今週は

Smoking
日々多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
さすらいの現場作業員生活準備のため今週いっぱい更新サボリです。

次の更新までごきげんよう。


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さあ、L.L.ビーンを買おう! by ドナルド・トランプ

先日書いた、L.L.ビーン創業者の孫リンダ・ビーン氏がトランプ大統領に過大な個人献金をしていたネタ。

アメリカでもローカルなニュースだったのですが、トランプ大統領がツイッターでリンダ氏を擁護した途端、ロイターはじめ世界各国のマスコミのネタになりました。

Trump urges people to 'buy L.L.Bean' amid boycott threat by MPRNEWS 2017.1.12

D1

『L・L・ビーンのリンダ・ビーン氏には多大な支援と勇気をいただき、感謝します。みんなはあなたをさらに応援するでしょう。皆さん.L.L.Beanを買おう』

NHKの国際ニュースでの話題と記憶してますが、大統領選挙の真っ最中、トランプ氏を支援するごく普通の市民の家に落書きされたという事件が報道された際、トランプ氏本人がその家に電話をかけ、

 大統領候補本人が応援の電話
 ↓
 家の人大感激
 ↓
 トランプ氏、家の子供にも直接電話で話しかける
 ↓
 家の人ますます大感激
 ↓
 家の人から口コミでさらにトランプ氏支援の輪がひろがる

という巧みな人心掌握術を展開していました。
自分の支援者で反対派に責められている者は、一般市民からセレブな人まできめ細かくフォローの手をまわすのは、ドナルド・トランプ氏の得意な戦術ですね。

でもまあ大統領という公人の立場にありながら特定の企業推しって、まずいでしょ普通。
当のL.L.ビーン社はだいぶ当惑しているようで・・・
アメリカのアウトドア産業、トランプ大統領には相当ひっかきまわされる予感がします。

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寄らば大樹の陰

おっぱい触ってたスケベ爺が大統領になりましたが、「大樹」かどうかは知りません。

 アメリカのL.L.ビーンの創業者の孫娘 Linda Bean氏がドナルド・トランプ氏を支援する団体に約6万ドルの献金をしていた事が発覚、このことにより反トランプ派団体からL.L.ビーン社が「ボイコットすべき企業」にリスト入りされ同社は対応に苦慮、メディアの話題になっています。

LL Bean on Defensive After Linda Bean's Political Donation by ABCnews 2017.1.10

Linda
渦中のリンダ・ビーン氏

問題になっているのは、連邦選挙管理委員会によって個人献金は5000ドルの制限枠が設けられてますが、それを遙かに超える6万ドルの献金を行っていたことです。

L.L.ビーン社自体はどっかのパタ何とか社と違い、創業ファミリー50人による経営委員は従業員も顧客も様々な政治見解をもつことを尊重していることを公式見解として強調しています。

もともと共和党支持者として知られているリンダ・ビーン氏、地元メイン州に幾つかの埠頭を所有、ロブスター養殖・販売産業にも深く関わっており、こちらのビジネスにも絡む献金ではないかともいわれています。

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 大統領選挙前、アメリカの4000社以上のメーカー・小売業者が集う Outdoor Industry Association が民主党の議員を後援している報道を読み、「これってヒラリー推しってことだよね?」と推測していたのですが、現実はおっぱい触ってたスケベ爺が大統領に当選したんでありんす。 いやいや、投票日当日は店を閉めてまで投票呼びかけていたパタゴニアの皆さんごくろうさん。

 成金爺が当選を決めた後も、オバマ大統領はインディアンクリーク含む国立公園でのクライミング認可、内務省長官のサリー・ジュエル女史は先住民のためパイプライン建設工事見直しと、環境政策に最後まで邁進していました。
 さてさて、「偉大なアメリカ」を標榜するトランプ大統領がどんな環境政策をとり、全米のアウトドアメーカー各社がどんな対応をするのか、とくと拝見させてもらいましょう。

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スキー&お買い物

世間様でいう三連休。
1月7日。
小学校のスキー教室を控えて足慣らしのため、息子をスキーに連れて行く。
行き先は蔵王。

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 いつも上ノ台ゲレンデを利用しているのだが、駐車場が比較的遠いのが難である。
 今回は試しに竜山ゲレンデの駐車場からアプローチすることにした。
 竜山ゲレンデから平地を少し移動し、いつもの上ノ台ゲレンデへ。

 プルークボーゲンで自由に滑れるようになった息子。
 昨年のスキー教室では、自分の実力より低い初心者クラスに編入されて不満だったらしい。
 一方で、プルークボーゲンで自由に滑れる現状に満足してしまい、1時間ほど滑ったところで「帰りたい」と言い出した。
 スキーが上達する喜び、スキー板をそろえてターンできる喜びを教えたいのだが、残念ながら私にはその能力は無い。
 足慣らしとウェア、靴の調子をみる目的は果たせたし、興味を失ったまま滑らせるのも危険と判断し、二人で駐車場に戻る。
 本日は蔵王スキー場の「子供の日」で、小学生のリフト1日券は千円。朝から息子のやる気を観察してなんとなく予感はしていたので、私も短時間のリフト券を購入していたため金額の負担感は少ないが、息子のやる気を引き出せない自分にやりきれない思い。
 私「家から車で30分で、こんな大きいスキー場に来られるなんて、凄い恵まれているんだよ」
 息子「あっ、そう」 (昭和天皇風)

 駐車場への帰り、スキー場に勤務している義兄に挨拶に行く。
 スキー指導員の資格を持つ義兄に息子のことも相談しながら、今シーズンの蔵王の様子を伺う。
 数日前(1月7日現在での話)、ようやく積雪があり蔵王スキー場全ゲレンデが滑走可能になった、と義兄も安堵の様子。
 facebookで各地のスキー場の様子を拝見していたが、ようやく私も今シーズンのスキー初め。
 
 息子のおかげでスキー場早退したおかげで、予定を前倒しして午後から老母を連れて親戚廻り。
 田舎の長男は忙しい。

 1月9日
 昨夜の尾花沢市「裸参拝」で万一体調を崩した場合を考え、9日は何も予定を入れず休養日にしていた。
 幸い、あの強風の中で冷水をかぶり里山を駆け抜けても、風邪をひくことはなかった。
 バカは風邪をひかないのである。
 
 空いた時間を利用してモンベル山形店にて
Wear
 中間着を1着購入。
 性格が暗黒なもんで明るい色にしてみました。
 今シーズンは新たな相棒と山に行きます。

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二十三人の祈れる男 【尾花沢市 愛宕神社 裸参拝 体験記】

2017年1月8日、尾花沢市延沢・三日町地区で行われる「裸参拝(はだかまいり)」に参拝者として参加。

真冬の尾花沢で、下帯姿で人々の前で水垢離をおこない、近郊の里山山頂にある愛宕神社に参拝するという行事である。この行事は一度途絶したが、23年前、地元有志により復活した行事である。

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尾花沢市公式ウェブサイトより引用

山形県内の伝統行事の姿を追い求めて、カメラ片手に各地をまわってきた。
その度に思うのは、「当事者として参加してみたい」ということ。
文献やネット、動画だけでは知ることの出来ない風景、人々。
私はそれを見たい・感じたいのだ。

幸い、尾花沢市の「裸参拝」は参拝者を一般公募している。
「この時期に風邪ひいたらどうするの?」 というカミさんの忠告は無視して粛々と準備を進める。
裸参拝実行委員長の豊島氏に電話連絡をとり、当日必要なもの、集合時間などを確認する。

参加者が持参するのは足袋とサラシ。
足袋は近所の「しまむら」で1200円で購入。
サラシはベビー用品店「バースディ」で1280円で購入。

8日、連絡いただいた集合時間16時前に現地に到着。
指定されたJA施設の駐車場に車を停め、そこから2~3分ほど歩いた路上が水垢離の会場、目の前の納屋が男達の控え室だった。

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16時、まだ誰もいない水垢離会場にて

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三体の木像が会場を見守る

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男達が浴びる冷水が、静かにそのときを待つ。

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納屋に続々と参拝者が集まってくる。
来た方から下帯の準備。初心者は地元の方にサラシを巻いてもらう。
私もサラシの巻き方は全く知らないので、素直に巻いていただきました。
差し入れの大量の握り飯と、下帯姿の男たちに「日本」を感じる。

米どころ山形、握り飯はとても美味しかったのですが、皆緊張しているせいかあまり手が伸びません。

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参拝者に配布されるワラジ。
全て地元の方々の手作りです。おろそかにできない。

開会は18時。
参拝参列の順序を決める方法はあみだくじ。

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本日の参拝者は23人の男達。
県外からの参加者も多く、北は北海道、南は福井から参加の方がおられました。
あみだくじの結果が次々と言い渡される。
私は「7番目」として第一陣に加わる。

開会18時が近づくと、皆そわそわしてくるのがわかる。
私も気分転換に外にでる。もう日は落ちて真っ暗。
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例年ならば雪灯籠が作られているのだが、山形でも豪雪地として知られる尾花沢でも今年は異常なまでに雪が少ない。
ペットボトルを利用して、可愛らしい灯籠が道端に設けられていた。

「今年は(暖冬で)例年より優しい初心者向けだなあ」
と実行委員会の方が笑っていたが、やがて外は強風が吹き始めた。

そして開会の時間がくる。
下帯姿に上着を着用して、地元住民の方々、多数のカメラマンが待つ会場へ移動。
参拝者は拡声器片手に自己紹介をする。住所、名前、祈願する思いを述べるのだ。

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ライトに照らされ、人々の前で自己紹介と祈願する目的を披露する。

私の番だ。
「おばんですっ! 山形市から参りました大滝と申します! 子供の健康を祈るために参加しましたっ!始めての参加ですよろしくお願いしますっ!」
と拡声器で叫ぶ。

・・・ごめんなさい尾花沢の皆さん、神様、仏様。

大嘘です。

心の中では、
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と祈りました。

自己紹介と来賓挨拶の後、全員納屋に戻り、上着を脱ぎ、ついに「裸参拝」が始まる。
23人は第一陣と第二陣の二つに分かれる。
たくさんの地元の方々、カメラマンが待つ会場に歩み進む。
もう体中にアドレナリンがまわっているのか興奮のせいか、あまり寒さは感じない。
始めに、結構綺麗な巫女さんからお祓いを受ける。
さあ、水垢離の時が来た。

納屋で行われた説明では、
一、心臓から離れた右肩後ろに最初に水をかける。
二、次に左肩うしろに水をかける。
三、最後に背中中心に水をかける。このとき頭からザブンとかけると後々冷えて大変なので、頭・首を避けて背中にかけること。
と言われていた。

地元住民の方の掛け声、多数のカメラマンのフラッシュに皆さん気合いが入ったのだろう。

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(尾花沢市公式ウェブサイトより引用 昨年の写真です)
最初の方から、おもいっきり頭の上にざぶんと水をかけている。
並ぶ参拝者の間で、
「おい、話とちがうぞ」
「みんな最初から振りきってんなー」
とささやきあう。

私の番。
会場に一礼し、台に登り、右肩、左肩に水をかける。
もう興奮しているので冷たさはあまり感じない。
そして最後に一発、水の入った桶を振りかぶって上から背中に水を浴びる。
背後に並ぶ参拝者から
「おおっチャレンジャーだっ」と声が漏れ聞こえたので、それなりに豪快に水かぶれたかな。
台座から下り、愛宕神社の鳥居目指して参道を突っ走る。

※参拝者としての節度を考えて、水垢離の前後はカメラを手にしていませんので自分の画像はありません。

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愛宕神社まで250段の石段を登らなければならない。
1番手が第一陣の皆を待ってくれていた。
松明片手に、寒さに耐えながら暗闇の参道を行く。
この非日常性。

皆が息切れする頃、山頂の愛宕神社に到着。
お社の中にはいり、あらかじめ渡されていた2本の蝋燭の内1本を灯して捧げ、全員で参拝。
続いて、すぐ脇にあるお稲荷様の社に残る1本の蝋燭を灯さずに捧げる。

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御幣の付いた腰縄は、ここの鳥居に奉納する。
濡れている上に苔の生えた石段を皆で慎重に下りる。

参道を走って戻り、途中の大鳥居に
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履いてきたワラジを奉納。
ここまで来ると参拝者皆に不思議な一体感を感じる。
皆で協力し、脚立を押さえてあげたりして全員奉納するのを待つ。
全員そろったところで、会場めざして走る。

会場にもどったところで、松明を持っている者はおさいどう(山積みされたワラ)に点火。
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折からの強風でメチャメチャ激しく燃える。

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手の空いた者は餅をつく。

そして納屋に戻る。
その暖かさ。
一人が戻る毎に「おつかれさまー」と声がかかる。
出発前とうってかわって、裸参拝をやり終えた親近感。

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納屋の隣の建物では多くの方々に餅と豚汁がふるまわれていました。

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ふるまう料理の準備に大忙しの三日町地区女性の皆様。本当にありがとうございました。

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ひととおり皆が着替えたところで、参拝者、実行委員関係者で公民館に移動し、直会(なおらい)。

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あらためて自己紹介と感想発表。
落ち着いた場所で、他の参加者の皆様ともいろいろな話を伺いました。
実行委員長の豊島氏の話では、行事を復活させた23年前は本当に小さな催しで、数えるほどの人の前で水をかぶっていたとのこと。
先ほどの盛り上がりを拝見するに、地元の方々の並々ならぬご尽力があったことは想像に難くない。

直会の自己紹介で、今年初めて参加された若い方でしたが、
「自分の地元にこんな行事があるとは知らなかった、これからは積極的に地区の行事に参加していきたい」とおっしゃってました。
地域の活発化って、どこぞの大学教授やコンサルの爺が指南するものじゃなくて、若い世代が自発的に行動するところから始まるんではなかろうか。
この行事でも、『地域興し協力隊』の方々が活躍されていました。

私の感想は、裸参拝の準備段階ではなんとなくよそよそしい雰囲気の男達が、行事が進むにつれて力と声をあわせていく一体感、達成感を共有できるひとときの素晴らしさ、それは何物にも代え難いと思いました。

最後に、私たち余所からきた参加者をも温かく受け入れて下さり、様々な準備を進めていただいた実行委員会の皆様、数々の美味しい手料理でもてなしてくれた地区女性の皆様、延沢三日町地区の皆様に、素晴らしい体験をさせていただいたことを深く感謝申し上げます。

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FOREVER 中高年クライマーの皆様へ

ドイツで製作された動画『FOREVER』。
4人の高齢クライマー達の姿を描いた、約7分間の動画です。

久々に心動かされるクライミング動画でした(少なくとも私は)。

東京オリンピックでのクライミング競技採用に伴い、あちこちでジュニア世代のクライマー養成に血眼になっているようですが、この動画に出てくる彼らのような、息の長い愛好家が楽しめる環境作りも大事なのではないでしょうか。

年をとるとクライミングパートナーがみつかりにくい、パートナーが昨年亡くなったので、インドアのボルダリングを始めたんだ、という老人の言葉が印象的です。

サブタイトルの『It ain’t over ‘til it’s over.』は、乱暴に訳すと 『終わるまで終わりじゃない』 かな。

平易な英語の字幕付きです。
真にクライミングを愛している方なら、何かを感じ取っていただけるのではないかと思います。


FOREVER – It ain't over 'til it's over. from cafekraft on Vimeo.

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お別れ

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荒れた天候の中、寒河江市の斎場に向かう。

山形県自然博物園、月山朝日ガイド協会でお世話になった工藤隆弥氏が逝去。享年75歳。

会社を早退させてもらい、告別式に参列。
工藤氏は、私にとって山形県自然博物園ブナ林ガイドの師であり、子供達を自然にいざなうガイディングの師でもある。

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子供達をブナ林に案内中の、在りし日の工藤氏(最奥のベージュ色の帽子)
(2014年6月、山形県朝日少年自然の家行事にて撮影)

もう10年以上前。
右も左もわからぬまま、御縁があって山形県自然博物園のブナ林ボランティアガイドの機会を得た私。
初めは工藤さん率いるブナ林ガイドツアーについていって、知識だけではなく、その温かい人柄に魅了された。

植物など何もわからない私。
博物園では「あれってなんですか?」 「途中で青い実があったんですけど何なんですか?」と、質問攻めの日々だった。

そんな私に工藤さんは、~たしかあれはトチの木の花だったと記憶している~
「大滝くん、建物(博物園)の前、外にいって、みてきてごらん。」
と、実物を自分の目で確かめることの大切さを、それとなく教えてくれた。

あるシーズン、登山ツアーが盛りになる直前。
月山・姥ヶ岳の稜線を歩いていると、工藤さんと偶然出会った。
工藤さんは稜線に咲いている花、植物の様子を手帳に記録していた。
あれほど豊富な知識の陰には、地道な努力があることを教えられた。

斎場に入り、祭壇の遺影をみて 「ああ、もう2度と会えないんだ」と実感する。
月山朝日ガイド協会事務局・横山さんの弔辞を聴き、不覚にも涙がにじむ。

「漢とは、涙ではなく汗を流すもの」のはずだったのだが。 (←三国志のパクリです)

告別式が終わり、月山ガイドの方々と挨拶を交わし、会場を後にする。
激しい風雪の中、


Thomas Bergersen の『 Always Mine 』を車中に流しながら、工藤さんとブナ林を歩いた思い出を反芻する。

暖冬とはいえ月山にはこれから厳しい冬、そして春が来る。
また子供達とブナ林を歩けるよう、私も前をむかなければならない。

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三日とろろ

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正月・1月3日の朝は健康を祈願して「三日とろろ」を食べます。
当ブログをご覧の皆様も、今年一年健康でありますように。

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モノは大切に

オッパイ触りまくってた成金爺が当選したアメリカ大統領選挙。

 敗れたヒラリー・クリントン氏、敗北直後は山を散策していたところを支持者と出会い、その画像がメディアに流れていました。アメリカメディアでは「hiking」と表現されてましたが、ちょっとした散歩のようですね。

 その後、メディアを賑わせたのは、ヒラリー氏が着用していたフリースウェア。
 旦那のビル・クリントン氏が大統領だった頃も同じウェアを着ていたことが判明、約20年同じフリースを愛用していた、と話題になっています。

Hillary Clinton Has Been Wearing the Same Patagonia Fleece for 20 Years by ELLE.com 2016.12.9

P5
2016年11月、大統領選で敗北確定直後、散歩中のヒラリー氏と偶然出会った支持者が撮影した画像

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1995年、グランドティトン国立公園で撮影されたクリントン夫妻の画像

フリースの銘柄ですが、メディアによればパタゴニア製らしいと報じられてますが正確なところは不明です。
デイリーメールとかメディアによってはコメント欄に
『俺は44歳だが18の時にもらったフリース大事にしている』
とか
『eメール問題で刑務所にも持っていくんだろ』
とか書き込まれていて、散々です。ヒラリー氏嫌われてますな。

でも、セレブな方でも「モノを大事に使っている」話題は素直にいいなと私は受け取りますけどね。

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91年に購入したノースフェイスのアルマディラジャケット、私も今も使ってます。
さすがに繊維もへたってきているのでお客様の前で着ることはありませんし、たまに着用するセレブな方のフリースと、ハードにこきつかうガイドのそれを同一視するつもりもありませんが、思い入れのあるウェアは大事にしたいと思います。

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一年の走は元旦にあり

市民マラソン大会。
出場を申し込むエントリー期間は、たいてい開催2ヶ月くらい前には締め切られる。

私のように直前に出張が決まる仕事の多い人間には、これがネックになる。
会社の業務にも邪魔されず、マラソン大会に出られる期間を考える。

で、でた結論が1月1日開催の『元旦マラソン』。
今回は山形県 川西町で開催される 『第41回川西町元旦マラソン』 5km部門にエントリー。

今年は時折小雨がぱらつくが、幸いにも穏やかな天候。
川西町は人口1万5000人の小さな町だ。

普通の何千人も参加するマラソン大会とは異なり、きちんと全員参加して開会式が行われる。
5km部門、○○高駅伝選手やら、もう体型がトップランナー風の若者が目立つ。
やべえ、結構ガチな大会だと今頃気がつく。

スタート。
予想通り、凄いハイペースで皆が走り出す。
なんとか大多数のランナー達の後方にくいつきながら走る。

隣のおっさんが
「いやあ、なかなか練習する機会なくて、大会は昨年の元旦マラソン以来なんだよね」
と話しながら走っている。

(おお仲間、仲間、あんまりトレーニングしてない人ここにもいるよ~)
と思いしばらく近くを走っていると、沿道に立って応援している川西町住民の皆さんが、そのおっさんにむかって

「がんばって~!」
「町長~!」

え?
よくよくそのランナーの横顔みたら、今朝の開会式でスーツ姿で挨拶していた原田俊二町長でしたw
しかも町長、足が速い。あっというまに離された_| ̄|○

なんとか5km走りきり、控え室の体育館へ。
ここで水分補給と入念にストレッチ。
レース後、実はマラソンよりこっちが本番ではないかとささやかれる、川西町元旦マラソン大会名物の「大抽選大会」が始まる。

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抽選大会の様子

この大会はぁ、全員手ぶらでは帰しません!
という競技役員の凄みあるアナウンスと共に抽選開始。
大会スポンサーである川西町各地の企業・商店、協賛スポーツメーカーから提供された物品が次々と抽選でランナー達に手渡されいく。
日本酒が多数提供されていたが、厳正なる抽選の結果、そのほとんどが小学生ランナーの手に渡る珍事が発生。
「おとうさんに渡して、お年玉いっぱいもらえな」
と、フォローが入る。

かくいう私、
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大塚製薬提供のスポーツドリンク用ボトルをゲット。
ボトルは40個用意されていたので、まあ高い確率で当たります。
自分のくじ運の無さを再認識。
右は参加賞で渡される米『つや姫』450g。

私は両足にキネシオテープ貼りまくっていたのだが、競技役員らしき女性から「冷却スプレーとか大丈夫ですか」と声を掛けられる。彼女は救急箱を持って会場各地をまわっていたようだ。
小さい大会とはいえ、しっかりした運営体制のマラソン大会。
普通のマラソン大会と異なり、誰も途中で帰ることなく抽選大会、そして閉会式が進められ、解散となる。

町長も先頭切って参加、運営体制もしっかりしており、楽しく過ごした元日でした。
何千人も参加するマラソン大会しか知らないランナーには、オススメの大会です。

ガイドとしてだけでなく、一登山者として体力はキープするだけでなく、年齢に抗って向上させていきたい。
私は蔵王もろくに登れない体力で登山を始めて今に至っているので、体力をつけることがいかに地道なことか身に染みて知っている。

体力の低下と抜けない疲労で自分の年齢を自覚し、休養の大切さを知った昨年。
今年は少しずつでも体力増強を目指していきます。

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謹賀新年 2017

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2017年。
あけましておめでとうございます。

土建業の仕事や家庭に忙殺されて、更新頻度が北朝鮮のミサイル発射並みになっていますが、今年も山岳部OBに酒席で話すノリで山の話題と自分の日常を綴りたいと思います。

アウトドア、自然を愛する皆様にとって、今年も安全で楽しい年になりますように。

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2016 師走日記

年末にかけて現場作業が休む間もなく続く。
あわせて会社行事の幹事として準備作業も進めなくてはならない。

やることが自分のキャパを越えているため、ブログ更新も登山の計画も中断。

現場作業場所が某工場のため、人の少ない土日に作業を遂行。
現場が続くため、次の現場準備のために休日出勤。

それでも「山」から離れたくないので、寝る前のほんのわずかな時間、キンドルで某著名クライマーの自伝を1行でも目を通す。


12月×日
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休日もいないので、カミさんが気を利かせて日程前倒しでクリスマスケーキを用意。
前倒しといっても、我が家でおなじみのケーキ屋『パティシェ・ル・ショージ』はクリスマスのだいぶ前から、駐車場に警備員が立つ盛況ぶりです。
いくつかの選択肢から、何も考えず「モンブラン」を食す。

12月×日
某企業跡地で工事、いつ埋められたのかもわからないコールタールまみれになりながら作業遂行。
会社行事の幹事をやっているため、28日の午後にはなんとしても山形に戻らなければならない。
ほぼ私専用のマシンと化しているじゃじゃ馬な工事機械の作業を終え、元請け担当者にも挨拶し、山形に戻る。

自宅で風呂に入り、念入りに身体を洗いコールタール臭を落とし、

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夕方から始まる、会社グループの忘年会・余興の司会。
出し物は『利きワイン』。
コールタール臭で邪魔してやればよかった(毒)

数時間前はコールタールにまみれながらの現場作業。
今はスーツ姿で司会。
部署の仲間達はみな、遠方の出張先から戻るべく長距離をトラックで走っている途中。
この会場に同じ部署の仲間はいないことに、複雑な想い。

12月29日。
昨日で仕事納めのはずだが、私は出社。
勤務先では年末恒例行事として大量の餅をつく。
私の部署がある工場に御供え餅を飾る人がいない、というわけで、たまたま工場に用事がある私が引き受ける。

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あれ?
そういえば、鏡餅で昆布って、どんな風に配置するんだっけ?
もう何年も、プラスチック容器の鏡餅しか使ったことない。

日頃「民俗・風土」などとブログに記事を書いておきながら、肝心な身近な習慣に疎い自分を知る。
鏡餅、スマホで飾り方調べて適当に(笑)飾る。

年末。
出張帰りの皆が洗濯場に残した作業服をガンガン洗濯機で洗いながら、私は誰もいない、静かな職場で残務処理。

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たまたま検索で当ブログを訪れた方、
日々、当ブログを訪問されている方、
今年はどんな年だったでしょうか。

どうぞよい年末年始をお過ごしください。

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故・田部井淳子氏と原発事故

この記事に書くことは、もしかしたら田部井淳子女史に近しい方には知られたエピソードかもしれない。

不勉強な私は田部井氏の著書を全て読んでいる訳ではないし交流もなかったので、確かめる術もない。
既に関係者の方に知られたエピソードであれば、諒とされたい。

Eve
左から、田部井淳子氏(エベレスト女性初登、1939~2016)、潘多氏(中国 エベレスト女性第2登、北面女性初登1939~2014)、ワンダ・ルトキェビッチ(ポーランド エベレスト女性第3登、1943~1992)

2016年10月20日、エベレスト女性初登を果たした田部井淳子女史が逝去。
その報を受けた私は、会員登録しており貴重な情報をもたらしてくれるロシアのクライミングサイトに訃報を転載した。

数日後、田部井淳子氏が旧ソ連のエルブルース峰(5642m)に遠征した際の関係者から、コメントを頂戴した。
コメントは田部井氏の思い出に関する長文で、同内容の英文が併記してあった。
そのサイトは外国人が書き込むことはあまりないので、外国人であるスレ主の私むけに英語で書いて下さったのだろう。

その方は92年当時、エルブルースの山小屋に常駐するパトロールの方だった。
旧ソ連の山域では「国際キャンプ」という形式で外国人が入山可能で、政府のスポーツ機関が一括して登山者を集め、登山活動をマネジメントしていく中で登るという方式がとられていた。

書き込みの概要を記すと、

・田部井淳子氏率いる13人の日本隊は、週末を挟んで現地に到着。

・週末のため宿泊施設や関係者も休暇だったり、登山隊の通訳は登山経験もなく、受け入れ体制に齟齬があった。

・登山隊は悪天の中で登山を強行、登頂に成功したものの、風がひどかったのでコメント主がサポートに出動、登山隊全員を無事迎え入れた。
・コメント主は、田部井氏から登山行程とサポート体制について当初の契約と違うと抗議を受けた。

・コメント主は「自分の仕事は全ての登山者を救援サポートすることで、ガイド・支援員のマネジメントに関しては自分の業務の範囲外であること」を主張。さらに、 「あなたへの支援は十分ではなかったかもしれないが、私は女性初のエベレストサミッターを支援することが出来て光栄に思っています」と答えた。

・登山から三ヶ月後、田部井氏から謝罪と感謝のとても温かい内容の手紙が届いた。登山隊メンバーが誰であるか説明付きの写真も同封してあった。

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そして私が最も印象深く受け取ったのが、次の書き込みである。

コメント主の娘は、1986年のチェルノブイリ原発事故の影響で甲状腺の腫瘍で療養中だった。
治療のために缶詰の海藻を食べさせるなどしていたが、甲状腺腫瘍に効く投薬治療が日本で開発されたと知り、コメント主は「ワラにもすがる」思いで田部井氏に連絡をとった。

田部井氏はすぐに日本から医薬品を送ってくれ、娘は投薬のおかげで回復しました。

その言葉で書き込みは締めくくられている。

田部井氏のエルブルース登山から19年後。
東日本大震災による、福島の原子力発電所の事故。
そして放射能による災厄。

チェルノブイリの影響で甲状腺を患った子供のため、治療薬を日本から送った田部井氏は何を思っただろう。

田部井氏が東北の高校生を富士山に連れて行った原動力には、一人の子供のために治療薬を日本から送ったことと同様、「次の世代」を支えようという確固たる意志があったのだろう。

登山の先達として、ご冥福をお祈り致します。

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忙中菓子有り

嵐のように押し寄せる現場の数々に、会社行事の幹事のお仕事。

土曜日の出社、広い事務室に3人だけ。
人望篤いリーダー役のKさんは、ようやく終わった大プロジェクトの報告書作成のため休み返上で出勤。
若手のリーダー役KS君は、アメリカ出張から戻ったばかりで出張報告書作成。
そして不良社員の私は、来週からの現場準備と会社行事の準備作業。

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忙しくて海外登山情報のチェックは忘れても、職場でのお菓子試食は忘れません。
アメリカ帰りのKS君のお土産、HARRY LONDONのHOLIDAY PRETZELS。
すんげーしょっぱいプレッツェルを硬いクリームでコーティングしたアメリカっぽいお菓子でした。

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畏怖の念 【山の神勧進 山形県新庄市 萩野地区】

平成28年12月11日。
今年の4月に引き続き、山形県新庄市 萩野地区で行われる「山の神勧進」を見学させていただく。

 山形県の最上地方で行われている「山の神勧進」とは、集落に祀られている「山の神」を子供達が持ち回り、集落の家々を訪れる行事である。
 最上地方の「山の神勧進」の開催時期は、新暦の4月、12月末、そして今回の12月12日に近い週末の三つに大別される。
 その由来は、最上地方における山の神とは「田の神」に変化すると考えられており、
 ・新暦4月は山の神が田の神に変わる季節
 ・12月末は子供達が冬休みに入り行事が執り行い易い時期
 そして12月12日は、山の神にとっての年越しの日、と信じられていることに由来する。

12月12日に近い週末、新庄市の黒沢、吉沢、萩野の3地区で山の神勧進が行われる。
文献を調べ、ある特色をもつ萩野地区の「山の神勧進」に興味をもち、現地を訪れた。

朝9時、国道の温度掲示板は-2度を示す。
ときおり激しい降雪の中、中学生・小学生の子供達が歩いていた。

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現在各地で行われている「山の神勧進」は付き添いの大人が同行している場合が多いが、この萩野地区では昔と変わらず、子供達だけで集落をまわっていた。
 「山の神」木像を持つ一番大将(リーダー)に見学させていただきたい旨、挨拶してから同行する。

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 萩野地区の「山の神勧進」の特徴は、訪れた玄関で「山の神」木像を転がす点にある。
 訪問先で神像を転がす、という行為は「山の神勧進」以外、近隣の尾花沢市で行われる「地蔵ころがし」行事との共通点がみられる。

 住民の対応は様々だ。
 玄関口で御賽銭を渡して終わる方、玄関口にお膳やお盆に御神酒・灯明を準備して木像をお参りする方。
 昔から伝わる様式は、子供達からいったん木像を預かり、奥の仏間に持ち込んで参拝、それから子供達に木像を御賽銭と共に返す、というやり方である。

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 山の神をお迎えするため、玄関に置かれた御神酒と灯明

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 そして人々は五穀豊穣・家族の健康、未来を祈る。
 この日は前夜からの激しい降積雪、集落の男性は除雪や急な雪囲いに忙しい。
 対応するのは女性が多い。
 どの家も、子供達をいたわり、山の神をうやうやしく参拝する。

 住民からいただくのは御賽銭の他に餅、お菓子などだ。
 廻り始めて10時前には担当の子供が持っているビニール袋はお供え物でパンパンだ。
 途中、大人は車でお供え物を回収にくるのみで、集落をまわるのはあくまでも子供達だけだ。

 つきそいの大人がいないので、子供達の会話も奔放だ。
 住宅を訪れおわった後、
 「ここ、○○円だけだぜ」
 「え~すくねえなー」
 「山の神あるんだから、川の神つくってまたもらえるんじゃないの」
 ※賽銭は子供達で分け合うのが「山の神勧進」共通の習慣である。

 などなど、ずいぶん「すれた」会話だなあ・・・と思っていたが、しばらく子供達につき合うと、次第に子供達の「山の神」に対する気持ちが見えてきた。

 子供A「疲れるなー、もうここ(家)とばしちゃおうか」
 子供B「山の神にとばすなんて、ありえねーべ」
 子供A「山の神(木像)、二つに割ってさ、二手に分かれよーぜ」
 子供C「そんなことできるわけねーべ」
 一番大将がなにげなく山の神の木像をお手玉のように放り投げながら歩き始めると、同じ年頃の二番大将らしき中学生が、

 「山の神様になんてことすんだよ!」

 と声が飛ぶ。
 気温マイナス2度、激しい降雪、長距離を歩いての移動。
 年上の中学生らは楽しげに会話を交わしているが、うしろをついていく小学生は不安げな表情でちょっぴり辛そうだ。
 そんな中でも、「山の神勧進」の口上を唱えながら元気に集落をまわっていく。
 その会話の中に、ときおり現れる子供達の「山の神」に対する畏怖の念。

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 新庄市萩野地区の山の神勧進、一番大将が持つ「山の神」木像
 
 「仲間」をナイフで切り刻み、川に沈めて人命をもてあそぶ中学生もいる。
 東北の山奥で、「山の神」という見えない存在に畏怖の念を抱く中学生もいる。 

 同行して約1時間以上経過、広い県道にでたところで、子供達がまわった家々を確認し始めた。
 立ち休憩も兼ねているのだろう。
 そのタイミングを見計らい、一番大将に御賽銭を渡し、見学させていただいた御礼を述べる。
 「これからまだ何軒もまわるんですか?」
 とたずねると、さきほどの奔放な会話は消え、子供達から丁寧な言葉遣いの回答が返ってきた。
 おりからの激しい雪と積雪、子供達に「どうぞ気をつけて」と挨拶し、私は集落を離れた。

 新庄市萩野地区、山の神勧進の子供達の口上は次の通りである。

 山の神のおいで
 銭なら四十八文
 餅なら十二
 祝ってたもれば亭主殿
 銭倉米倉つぐように
 この家の身上のぼるように
 この家の身上のぼるように

 

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