盆過ぎたけど

Hanna
Photo by Hanna Watt

日々多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。

「夏の終わりを感じる山形です」と書いておきながら、残暑の現場作業でヨレヨレのため、更新テキトーになります。

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ブラックベリー

 歳なので、休日は休養。

 の、つもりだったが、そこは地方都市の長男の悲しさ、盆の挨拶の返礼のため、老母を連れて親戚周りの休日となる。

 天童の親戚から、とくに私あてにと頂戴したのが、

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 朝穫りのブラックベリー。

 朝穫りといっても日中は高温続きの日々、じゅうぶんに熟しすぎたブラックベリー。
 自宅に持ち帰り、カミさんに調理してもらう。
 砂糖を加えて軽く煮詰め、絞ってジュースに。

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 夕食後の一杯。

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 娘とカミさんは、ソーダ水が無かったので三ツ矢サイダーで割って飲んでました。
 サイダーで割るとちょうどいい甘さになったようです。
 サイダーの泡も見事なまでの紫色。

 あいかわらず残暑厳しい下界ですが、夜半の涼しい風に夏の終わりを感じる山形です。

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真夏の石段

盆休み、息子と2人で羽黒山の石段を登りに行く。

 7月から8月にかけては現場作業、休日は山に入っていたため、ふと気がつくと息子の夏休みに全然つきあってないのである。

 息子曰く、「夏休み宿題の作文の題材になるところに行きたい。どんなところに行けばいいのかわからない。」

 以前、育児のことでガイド仲間のOさんに悩みを吐露したところ、「男の2人旅いいですよ」と返事を頂戴した。Oさんは息子さんと一緒に登山にでかけたらしい。
 昨年の山寺の階段登りの経験もあるし、「よし、はぐろさんという山へ行こう!」

 というわけで朝早く息子と2人で自宅を発ち、羽黒山石段のスタート地、随神門へ。
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ここから2446段の石段が始まります。

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樹齢千年以上といわれる「爺杉」も、

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国宝・五重塔も、

「おとうさん、階段行こうよ」
と、関心まったく示さず_| ̄|●

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一の坂、二の坂と、石段は急勾配になっていきます。
普段はカードゲームばかりに夢中で運動不足の息子、「いそがない、いそがない、ゆっくりな」と歩調をリードしてゆっくり歩かせる。

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二の坂おわりかけにある茶店、「二の坂茶屋」。
実は私がここを訪れたかったのでした。
汗まみれになって登る息子に、「かき氷たべるか?」ではなく、「かき氷食べるぞ」と言って茶店に立ち寄る。

だいぶお疲れの息子はブルーハワイのかき氷が大好物。

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二の坂茶屋のかき氷、たずねてみれば、味は自家製シロップの「みぞれ」一択。
みぞれのかき氷一杯を買い求め、息子に差し出す。
そもそも「みぞれ」を知らない息子、
「おとうさん、みぞれって何!みぞれって何味なのっ!?」
と、すっごい不安そうに聞いてくる。
「みぞれって、雨と雪がまじったもの。透明なシロップかけて似てるから「みぞれ」なの。」

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あまり納得してない息子だったが、氷の冷たさの誘惑に勝てず、みぞれのかき氷を完食。

さて、私の狙い目は、
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二の坂茶屋のあんこ餅。
店のおかみさんから「黄な粉&あんこ餅」800円を進められましたが、粒餡原理主義の私は「単品でいいです」とあくまでもあんこ餅500円にこだわる。

 私が初めて羽黒山の石段を登ったのは、今から数十億年前の学生の頃。
 大学山岳部の夏合宿を終え、キャンパスのある熊谷市から自転車で札幌まで走り、そこで折り返して山形の庄内を放浪した時に立ち寄ったのだ。そのとき二の坂茶屋で庄内の田んぼを眺めながら餅を食べたのが思い出だ。
 羽黒山の石段そのものは、空手でお世話になった極真会館山形支部の夏合宿で毎回登っていた。しかし空手の合宿中にあんこ餅を喰う余裕は無い。
 
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お腹が空いた息子は、私が持ってきた大好物のピーナツパンをぱくつく。
私は数十億年ぶりに、二の坂茶屋から庄内の水田を眺めながら、あんこ餅を食べる。
都会の上品な甘味処で食べる餅とはひと味違う、自然に囲まれた中でのひととき。

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お盆の繁忙期、ミシュランにもとりあげられて、私が過去に訪れたときには想像もできない人の数。
賑わいでお忙しい中、息子のために「羽黒山石段踏破証明書」を出してくださいました。
二の坂茶屋のお店の皆さん、いつまでもお元気で。

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 二の坂を越え、三の坂へ。見事な杉並木が続きます。

 汗だくで石段を登り続ける息子。
 彼は周囲のあふれる自然にも文化財にも興味を示さず、ひたすら歩き続ける。
 何を考えているんだろう?
 突然、息子が口を開いた。

 「おとうさん、今度「おたちゅう」に行けるの、いつなの?」

 「おたちゅう」、とは「お宝中古市場」という玩具・ゲームソフト・カードゲーム用カードの中古品を扱う大型リサイクルショップの名前である。
 羽黒山登っていて、君の関心事はそれですか・・・・

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祈り。
 参道沿いには多数のお社が建ち並んでいるのですが、子宝・安産・良縁祈願の埴山姫神社は願掛けの紐で真っ赤になっていました。女性の願いはなにより強い・・・

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1時間以上かけて、私と汗だくの息子は羽黒山山頂・三神合祭殿に到着。
ここで家族の健康を祈願、お守りを買い求めました。

羽黒山の石段、登っても約1時間なので歩いて下山する方が多いのですが、息子の様子を見てちょうど出発間際だったバスに乗り込み、車を駐車している「いでは文化記念館」に戻りました。

息子と過ごした羽黒山の石段。
どんな夏休みの宿題になるのやら。
そして、どんな風に彼の記憶に残ってくれるのだろう。

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おしごと日記【2016年8月編】

8月5日
 山形県朝日少年自然の家・チャレンジキャンプ2016の月山登山は無事下山。
 下山のバス車中は子供達も凄いはしゃぎよう。
 子供達にとって、月山登山はそれなりに緊張していたのかな、緊張をやわらげる配慮が足りなかったよな・・と反省。
 ザックからスマホを出して着信の確認。
 勤務先の親方から『電話請う』のメールが入っていたので、はしゃぐ子供達の声を背景にバスの中から会社の親方に電話。明日早朝、工事資材を積んで福島に走ってほしいという。
 今職場には大型車両を動かせる人間が少ないため明日OKと即答。
 兼業ガイドの悲しさ、今夜の子供達とのボンファイヤーはキャンセルし、スタッフの皆さんと夕食を共にした後、帰宅。

8月6日
 福島県某所で、私の勤務する部署総力挙げての業務が進行中。
 相方のYさんは12tのロングボディの大型車、私は7tの大型車で福島某所へ早朝出発。
 コースは、最近開通となった常磐自動車道を走っていく。
 高速道、浪江~富岡間の電光掲示板には「線量4μSv/h」の表示。
 以前も通って道を知っているYさんからも、「車のエアコンは内気循環で行きましょう」と言われる。

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 鳥の海PAに掲示されている電光掲示板。

 高速道は帰宅困難地域を通過する。
 緑あふれた里山、河川がみえるのだが、人家はさびれ、除染で詰められた土が満杯の黒いフレコンが文字通り山のように積まれている。

 昨日まで子供達と山の中を歩いていた私には、こたえる光景だ。

8月7日
 休むまもなく、大型トラックに工事機材を積んで札幌出張。

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 仙台から苫小牧までフェリーで行くのだが、世間様は夏休みシーズン。船内も家族連れでいっぱい。

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 私たちはトラック運転手ということで、業務ドライバーのための「ドライバーズルーム」に宿泊。
 一般の乗船客とは船室・トイレ・風呂も別になっている。
 家族連れでにぎわう船内からドア一つ隔てて、静かな寝床に横になる。今の私には、移動時間が休息の時。

8月某日
 現場作業が予定より進まず、一気に食欲減退。
 帰りのフェリーは決まっているし、盆の旅行シーズンのため変更もほぼ不可能。
 滞在先のビジネスホテルで作業のための策を練る。
 札幌滞在中に行きたい店はあったが、夢のまた夢。
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 結局、札幌滞在中のごちそうはローソン弁当とユンケル錠剤でごわす。

8月10日
 帰りのフェリーの時間に間に合うよう、ゴルゴ13の如く作業を完遂。
 仕事相方のYさんも疲れているので、札幌市内は私がトラックを運転、高速道にのったところで運転を代わってもらう。
 助手席の車窓から眺める、広大な北海道。
 実ったトウモロコシ畑が延々と続く。
 山岳ジャーナリスト柏澄子さんがツイッターで書いた、 『北海道は、いつ来てもいいところです。』 を思い出す。

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 折しも接近していた台風の影響で、苫小牧港で長い長い乗船待ち。

 明日は『山の日』、私は海の上で過ごします。

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おしごと日記【2016年7月編】

7月某日
 雪渓の状況を把握すべく、羽黒側から月山へ。
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 月山・弥陀ヶ原はキンコウカで黄金色。

7月某日
 山形県朝日少年自然の家職員の皆様と、夏季チャレンジキャンプの下見として月山登頂。
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 本番では晴れてくれますように・・・

7月某日
 愛用のプラティパスが水漏れ。
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 普段から折りたたんだりしないように使っているのだが、口元のシワが経年劣化で切れてしまったらしい。
 早速、天童のマウンテンゴリラに駆け込み、新品を補充。
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 これからの山行の相棒です。

7月某日
 勤務先の部署で、諸般の事情でついに作業用雨具が支給となった。
 今回支給となったのは、
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 エントラントの雨具。
 あらためて調べると、ゴアテックス全盛の現在においても、エントラントは低コストの透湿防水材として開発され続けていたんですね。
 普段の現場作業環境は、金属片にひっかけるは、グリスがべっちょり付くはという過酷な条件。
 みんな安価な完全防水の雨具を使用していました。
 当ブログでも書いているように、私は汗っかきなもんで透湿防水の生地ってあまり信用してないんですが、久々にエントラントの雨具を試してみたいと思います。

7月30日
 先日の親子登山の記事でアップするのを忘れてました。

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 7月31日早朝、御来光を月山山頂から眺めていた時、ふと反対側の西方を望むと、山形の大地に月山の影が映る。『影月山』。
 またひとつ、月山の見知らぬ姿を目にすることができました。

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月山 『山の日』 マイカー規制 【2016年8月】

 国民の祝日となった8月11日、月山・羽黒側登山口、八合目駐車場に通じる県道月山公園線におきまして、マイカー規制が行われます。


月山「山の日」マイカー自粛を 渋滞緩和検証  by 読売新聞2016.8.6

 8月11日は午前6時~午後6時の間、マイカー規制と同時にシャトルバスが運行され、中学生以上の利用者は「協力金」として500円(往復分)が必要となります。

 遠方からマイカーで月山登山を計画されている方、どうぞご留意下さい。

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More Than Friends

 8月4~5日、今年も、山形県朝日少年自然の家 『チャレンジキャンプ2016』 の月山登山で登山講師として参加させていただく。

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前日に行動食と飲料を子供達に配布。出発前に飲むなよ~

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出発前夜の夕食は自炊でカレーです。みんな上手にご飯炊けてました。

翌朝、皆より1時間早く起きて天候を確認。
快晴。湯殿山と姥ヶ岳がくっきりと見えた。
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月山山頂にて。
みんな頑張ってくれました。
土屋所長のお計らいで今年は班付サポーターも充実、安心して子供達を任せられました。
今年は全員おそろいの黄色いオリジナルキャンプTシャツ。
木道修復材の荷揚げに来ていた業者の方が、「歩くニッコウキスゲみたいだな」と笑顔で見送ってくれました。

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自然の家所員、サポーター皆様のおかげで全員無事下山。
リフト下駅では毎年恒例「水祭り」 みんな、水って美味しいだろ?

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西川町・水沢温泉で汗を流し、キャンプ場に戻ると、サポーターの柏倉さんが調理してくれた大鍋いっぱいの白飯、豚汁が待っていました。
 おそらく二日間のキャンプ場での自炊で苦労したのだろう、参加者の男の子が、
 
「こんなでかい鍋のご飯、米研ぐの大変ですよねっ!」

 と、柏倉さんにねぎらいの言葉をかけてくれていた。
 自分の体験から、人の苦労に思いを巡らす。
 そんな子供の何気ない一言に、感激させられました。

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 大鍋いっぱいの豚汁も、子供達の食欲に瞬殺です。

 今年は都合により、月山登山だけ子供達と一緒に過ごし、私は退出。
 「たっきー、今日帰るの~」
 男の子からのその一言が、私にとっての無形の報酬です。

 朝日少年自然の家関係者の皆様、サポーターの皆様、ありがとうございました。
 そして頑張り抜いた子供達に、おつかれさまでした。

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山小屋メシ in 月山

 山小屋の食事というと山岳メディアなどで北アルプスの小屋ばかりとりあげられてますが、ここ月山の山頂小屋でも素敵なおもてなしを受けました。

Dinner
月山・山頂小屋の夕食。
佐藤ガイドからは出発前にいただいた電話で「大滝君、岩魚の塩焼きがいいんだよ」と言われていたのですが、当日は月山筍をメインとする天ぷらと山菜白和え、右側手前の椀に入っているのがムキ蕎麦(蕎麦の実を挽かずにゆでたもの)。
佐藤ガイドは「この前は岩魚の塩焼き美味かったんだけどなあ・・・」と岩魚に未練があった様子(笑)
いえいえ、月山筍の天ぷらもじゅうぶん美味しいです。

Morning
朝は温泉卵に塩鮭の朝食ですが、ばっちり月山筍入りの味噌汁もつきます。
注目は手前の椀の酢の物。
山頂小屋のおかみさんが傍らにやってきて説明してくださったのですが、イタドリの塩漬けを刻んで、トマトと一緒に酢の物にしたとのこと。
塩漬けといってもイタドリの緑色がちゃんと残っており、トマトの赤と映えました。朝のさっぱり系でもちろん美味しいです。

一泊二日のガイド山行で、山頂小屋の皆様のおかげで大変快適に過ごせました。ありがとうございました。

※山頂小屋宿泊は要予約です。
月山山頂小屋ウェブサイト

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光の山

 7月30日、山形県環境エネルギー部みどり自然課主催、『山の日制定記念』月山親子登山にガイドとして出動。
 月山朝日ガイド協会の重鎮・佐藤氏、IDEHAの石沢氏、そして私の3人がガイドとして3班に分かれ、姥沢から月山に登り山頂小屋泊、翌日に羽黒側に抜けるコースである。
 今回のガイドを引き受けたのは、月山朝日ガイド協会事務局からご指名があったこともあるが、なにより、子供達を月山に登らせる企画だったことが大きい。

 登山中に雷混じりの大雨に遭遇、距離・時間、雷の位置を勘案して山頂小屋に逃げ込む。
 子供達はよく頑張ってくれた。
 当初の計画では入浴できるか不明だったものの、山頂小屋の方の配慮で子供達がすぐ入浴できる体制になっており、スタッフ皆で安堵する。

 長年、月山でガイドやっていながら、山頂小屋宿泊は初めて。
 雨雲が去った後の月山で、山頂でしかみられない光景を目にすることになる。

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 山頂小屋からのぞむ日没。

 雨雲が去り、目の前に雲海がひろがる。
 参加者の保護者、子供達は山頂から見下ろす庄内平野、村山平野に感激した様子。

 翌朝は4時前に起床し、4時半頃の御来光を待つ。
 皆で寒さに耐えながら、薄明るい東の空を眺め続ける。
 そして、

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 東の空に太陽が昇る。
 白装束の参拝者がだれともなく、
 「ばんざーい!ばんざーい!」
 「今日はいいことあるぞ」
 と叫ぶ。

 宇宙に無数にある恒星の一つ、太陽。
 その「光」という電磁波の一種にすぎない可視光線に、人々は心を動かされ、幸福を感じる。
 なぜ日の光はそこまで人々の心を動かすのだろう。
 
 そんな冷めた思いを抱えていたのだが、参拝者の方々の感激をみて、あらためて思い直す。
 日の光は生き物にエネルギーを与えるのだ、と。

 今日は羽黒側に下山。
 白装束で、息を切らし、大汗をかき、金剛杖を頼りに高齢の女性たちが下から登ってくる。
 皆、月山に祈るために。

 私がみた、月山の御来光。
 それは月山を訪れる数多くの老いた参拝者たちが、心の底から見たくても見られない光景なのかもしれない。
 御来光を眺めた感動よりも、その光景を分かち合う術をもたない自分にやりきれない思いを抱えながら、私は多くの登山者たちとすれ違い、下山した。

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ラインホルト・メスナー、21世紀の闘い

ヨーロッパ・アルプス、イタリア・オーストリア国境に位置するブレンナー峠。

脳味噌空っぽなイギリス人がEU離脱を選挙で決めた大騒動の陰で日本のメディアではほとんど採り上げられませんが、この峠を巡り、ラインホルト・メスナーが極右政党に対して論陣を張って対抗しています。

Südtirol-Sager: Messner legt sich mit Strache an by krone.at 2016.5.6

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オーストリアの日刊紙Kronen Zeitungのウェブサイトに掲載されたコラ画像。
左がオーストリア自由党党首ハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ、右が南チロル・緑の党議員のラインホルト・メスナー

 事の発端は、シリア難民問題で揺れるヨーロッパ、オーストリアが難民流入を抑制するためにイタリア国境にあるブレンナー峠の封鎖を進めたこと。
 極右とされるオーストリア自由党党首、ハインツ=クリスティアン・シュトラーヒェ(以下、本人も用いる略称HCと略)が、 「我々はイスラム化やテロリスト流入に対抗する」 とノリノリで張り切り、あまりに張り切りすぎてブレンナー峠がある南チロル地方に関して「住民自身が決めることだが南チロル統合を願う」と発言。これに対して南チロル地方を擁するイタリア側が反発。
 難民問題と南チロル統合問題が重複してややこしいことになっています。

 これに対してラインホルト・メスナーは「我々が助けずして、難民は誰が助けるのか?」と題された記事で国境封鎖に反対の姿勢を表明。自由党党首HCに対しては、「ポピュリストは南チロルの平和を破壊する」と厳しく批判しています。
 その姿勢には難民援助という人道問題だけではなく、観光収入が財政を支える南チロルの観光客減への懸念も含まれます。

 メスナーとHCが論争している間、国境閉鎖が進むブレンナー峠ではイタリア系住民による国境封鎖反対のデモ隊と警官隊が衝突、ガス弾で鎮圧される事態に至っています。

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ブレンナー峠で対峙する警官隊とデモ隊

 ブレンナー峠でのデモ隊鎮圧の様子↓

 さらに輪をかけて、5月22日に行われたのが当事者であるオーストリアの大統領選挙。
 こちらでは有権者460万人のうち3万票の僅差で、緑の党出身のアレクサンドル・ファン・デア・ベレン氏がHCを破り当選。EU加盟国初の極右大統領当選は僅差で阻止されました。

 南チロル問題に首を突っ込むのは、極東の島国の土木作業員ごときの私には泥沼にはまるのでやめときますが、ブレンナー峠封鎖問題でラインホルト・メスナーが語った印象的な言葉を引用します。
 メスナーがヒマラヤだけでなく、世界各地を冒険、サハラ砂漠横断などの経験を積んでいることを紹介して次のような言葉がオーストリアのメディアで紹介されています。

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Und in der Wildnis gibt es keinen Streit, da würde eine Gruppe alles tun, um den Schwachen, den Kranken, den Verletzten zu helfen, weil die Gruppe besser überleben kann, wenn alle am Leben bleiben

Reinhold Messner

( 荒野では争いは存在しない。病や怪我など、集団で助け合って生きている。なぜならば、集団ならばより良く生き延びることが出来るからだ。 ラインホルト・メスナー )
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 著書『Die großen Wande - Geschichte, Routen, Erlebnisse』(邦題 『大岩壁』)では、ローツェやマカルーなどの未踏の大岩壁を「21世紀の課題」と表現しているラインホルト・メスナー。
 メスナーって、リカルド・カシンがそうであったように、将来老境に入ったら若手を育成してそれら未踏の岩壁に挑むのか?と昔予想していたんですが、実際は政治家の道を進みました。
 
 シリア難民問題、イギリスの離脱によるEU分裂の問題、オーストリア大統領選、そしてラインホルト・メスナーを深く注視していた方はご存じでしょうが、その人生につきまとう「南チロル」分離独立問題。
 これらがいっぺんに重複して噴出したのが、まさに現在。
 ラインホルト・メスナーが「21世紀の課題」として直面したのは、大岩壁ではなく、グローバルな政治的課題でした。
 
 そして7月に入った今、オーストリアでは選挙運営に問題があったとして、憲法裁判所が大統領選挙のやり直しを命じました。前回の選挙直後から選挙無効を訴えていた自由党が返り咲くのか。

 日本のマスコミが報じないところで、まだまたラインホルト・メスナーの政治活動は続くようです。

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月山残雪情報【2016年7月17日現在】

山形県の月山・姥沢口からの登山ルートの残雪情報です。

リフト~姥ヶ岳の間の残雪は消失しました。

金姥~牛首の間の稜線に約40m、約20mの残雪はありますが、平坦でアイゼン不要です。

牛首から1~2分下った箇所に、約40m程の残雪があります。
傾斜はありますが、登山者の踏み跡、スプーンカットをうまく辿ればアイゼン無しで可能です。
雪上を歩き慣れない方、不安な方は軽アイゼンを御用意下さい。

悪天や早朝など気温の低い時は夏季とはいえ残雪は堅くなっています。
また残雪の出入り口は堅く凍結したり、落とし穴状態に内部が空洞になっている場合があります、じゅうぶんご注意下さい。


いやいや、本日も雨、雨、雨。

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そろそろニッコウキスゲも賑やかになってきました。花はまだまだこれからです。

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自分のブログをふり返ると、昨年の今頃に全く同じ事書いてましたが、
「ハクサンフウロには雨の滴がよく似合う。」

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稜線にはミヤマホツツジが花盛りでした。
可愛らしいけど蜜は有毒。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    


山形の女の子みたいですね( ̄ー ̄)

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【訃報】 ノルベルト・ヨース(Norbert Joos)死去

80年代から8000m峰登山で活躍していたスイスの高所クライマー、山岳ガイドであるノルベルト・ヨース氏が、去る7月10日、ビッツ・ベルニナでガイド中に事故死しました。55歳でした。

Tod am höchsten Gipfel der Heimat by nzz.ch 2016.7.11

Nor
ノルベルト・ヨース氏近影

 ノルベルト・ヨース氏は1960年生まれのスイス・クール市出身。
 20歳の誕生日目前にアルプス三大北壁を完登する早熟ぶりで、82年のナンガパルバット峰キンスホーファールートを皮切りに8000m峰詣でが始まります。
 スイス出身の名クライマー、エアハルト・ロレタンと組み、1984年にアンナプルナ東稜初登~北面下降という当時としては画期的な8000m峰縦走を果たします。
 その後も8000m峰に登り続け無酸素で13座に登りましたが、唯一、世界最高峰エベレストは未踏のままでした。
 2008年にやはり無酸素で挑みますが断念、「エベレストはもはや不可能」とのコメントを残しています。

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1984年、アンナプルナ遠征から帰国した際のショット
右が故エアハルト・ロレタン、左がノルベルト・ヨース

 8000m峰14座を断念してもそこはクライマー、近年はエルキャピタン・ノーズを登るなど世界各地の岩場に意欲的に取り組んでいました。
 今回はガイド中の事故で、目撃者によればピッツ・ベルニナ峰を下降中に発生した事故とのこと。顧客の2名のイタリア人男女は重傷ながら生存と報じられています。

 スイスが輩出した名クライマーの死に哀悼の意を表します。

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流れゆく仏

 平成28年7月10日、「流れ灌頂(かんじょう)」を見学させていただくため、山形県東田川郡 庄内町 荒鍋地区を訪れる。

 流れ灌頂。
 本来は、成仏できないとされる妊婦の霊を供養する儀式である。
 現在では、九州・四国など西日本で、灯籠流しなどの形式で残っているようだ。

 ここ山形県の庄内町(旧・立川町)では、本来の姿とは異なるが「流れ灌頂」という名称で小型の舟を流し、有縁・無縁仏、施餓鬼供養を行う風習が残っている。
 郷土資料の文献を漁ってはみたが、この「流れ灌頂」に関する記述は少ない。
 庄内の祖霊を送る儀式として、この目で見てみたかった。

 午前10時半、荒鍋地区公民館で法要が始まる。
 余所者の私はカメラ等記録用具をスタンバイして外で待つ。
 午前11時、地区役員の方々が「流れ灌頂」の主役であるワラで出来た舟、賽銭箱などを持ち、冷岩寺のご住職を先頭に荒鍋地区を練り歩く。

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ご住職の鳴らす鐘の音とともに参列が練り歩く。

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地区の方々は賽銭をおひねりにしたり、ポチ袋に用意して参列を待つ。

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庄内町・荒鍋地区の流れ灌頂はワラで舟と人形(船頭)を作る。
舟の中にはお供え物がぎっしり詰められている。

荒鍋地区は小さいので、参列は20分ほどで周り終える。
集落を流れる「吉田堰」で舟を流すのだ。

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地区役員の方が供物と船頭(わら人形)が乗った舟を流してやる。

動画を撮影して気がつかなかったが、舟をカメラで追っていくと、
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橋の上には地区役員はじめ、集落の方々が集まり、皆手を合わせている。
有縁・無縁の霊を供養するため、舟は流れていく。

静かな集落の伝統行事のため、余所者の私はかなり目立ったらしい。
参列について歩きながら、役員の方からいろいろなお話を伺うことができた。

Map
「流れ灌頂」の出発点となる荒鍋公民館は、もともとは川除寺(せんじょじ)という尼寺で、数十年前まで尼僧が住み込みで管理していた場所だった。
昔は公民館の裏手がすぐ最上川だったという。
地形図で確認すると、なるほど公民館のすぐそばが旧河道となっている。

そもそも荒鍋地区が開拓されたのが17世紀、以来、氾濫する最上川との闘いの歴史だった。
この川除寺も18世紀の大洪水を機会に建立されたもので、水害よけを祈願したものといわれる。

舟を流し終わった後、「あやしい人でなさそうだし、こうして行事を研究しに来られたので直会も一緒に・・・」と地区の方に声をかけていただいた。
 恐縮している私に、「直会まで参加するのが流れ灌頂です。」とおっしゃっていただいたのが、庄内民俗研究会の方だった。
 そのおかげで、遠慮して見られなかった公民館に入らせていただき、中にある川除寺須弥壇を拝見することができた。

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荒鍋地区公民館内部に設けられている、川除寺、その須弥壇。

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地元の方いわく、神仏混交の時代を反映して、神官像が祀られている。

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祭壇の様子。
出発前はここにワラで出来た舟を置き、法要を行う。
左の角切り野菜が盛られている椀に注目。
庄内一帯では「アラレウリ」と呼ばれ、餓鬼供養のため火を通さない野菜が盛られる。

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荒鍋地区伊藤区長、地区役員の皆様と共に、直会に参加することを許されました。
青菜胡麻あえ、よく味のしみた豆腐とコンニャクの煮物、漬け物などなど、庄内の味です。

口下手な私は皆様の話の聞き役にまわってばかりでしたが、
「大滝さん、内陸でもドジョウ食べる?」
「ええ食べますよ。母が天童出身ですけど、味噌仕立てで・・・」
「おおっ、やっぱり、芋煮でも庄内と内陸で醤油・味噌で味付け違うよね!」
「ドジョウ喰うと精力つくしな」
などなど、静かな農村の話題にあふれていました。

このたびの見学では、情報を提供してくださった庄内町観光協会・観光専門員の齋藤様、突然お邪魔したにもかかわらず、見学では様々な話を賜り、そして直会に列席することを許して下さった荒鍋地区区長伊藤様はじめ地区役員の皆様に深く感謝申し上げます。

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帰路、国道から荒鍋地区をふりかえる。
ここ庄内町(旧・立川町)は、その季節風の激しさから、日本でも風力発電の先駆けとなった土地だ。
テクノロジーの先端ともいえる巨大風車が、幾つも立ち並ぶ。
すぐ近くの集落では、何百年にもわたり霊を見送る行事が続けられ、人々は「祈る心」を忘れずに持ち続けているのだ。

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【全俺が】 台湾映画『太陽的孩子』 【泣いた】

本記事には、映画のネタバレが含まれます。
該当映画は作品の素晴らしさにもかかわらず、日本の配給会社の無能のため商業上映が未だ実現されておりませんのでご了解ください。

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町内子供会の行事のため、家族で蔵王・坊平でバーベキュー。
とりあえず家族サービスは済ませた。
子供会行事終了後、おまわりさんに言えないスピードで車をぶっ飛ばし蔵王から下山、私だけ山形県立図書館で下ろしてもらう。
台湾映画『太陽的孩子 (太陽の子)』を鑑賞するためである。

Sun

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ストーリー

台北でジャーナリストとして働くアミ族のパナイは、父が病に倒れたため帰郷。
久しぶりの故郷の田畑は荒れ果て、観光客目当ての再開発計画が持ち上がっていた。
開発と伝統の二つに分かれるアミ族の人々。
パナイは自分の名前の由来(稲穂=パナイ)である伝統の米「海渡米」栽培を復活させるべく、会社を辞め、故郷に戻る。

行政の無能さと冷たさに抗い、反対する村人を研究者とともに説得し、水田復活のカギとなる水路を再整備し、海渡米栽培を復活させる主人公パナイ。

しかし、行政の不手際で水田が国有地として登録されており、突如、駐車場工事が着手される。
座り込みをして主人公や村人たちは抵抗するが、警官隊に強制排除される。

パワーショベルが水田に向かったそのとき。

今まで、主人公パナイの水田復活に反抗的な姿勢を示していたパナイの娘、ナカウがパワーショベルの前に立ちはだかる。
ナカウは警官に取り押さえられるが、その模様は映像としてネットに流出、テレビニュースでも採り上げられる。
「未成年でモザイクもかけずに・・・」とマスコミの報道に激怒するパナイ。
だが、その報道によって台湾全土に支援の声があがり、まったく売れていなかった海渡米が完売。工事も中止となる。

そして村人たちがアミ族伝統の祭りを繰り広げる夜・・・・

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 台湾には政府認定の少数民族が16民族、存在します。
 その中の一つ、アミ族の人々。
 開発と伝統に揺れる村。
 民族問題、農業問題、台北と地方との格差。
 世界各国が抱える普遍的な社会問題をうまくドラマとして紡ぎ上げているため、この映画はヨーロッパでも高く評価されました。
 日本では残念ながら商業的な問題で日本の配給会社が手を出さないため、ジャーナリスト野嶋剛氏をはじめとする有志が非営利での上映権を取得、日本での自主上映を実現させました。
 この山形市での上映は日本で3箇所めになります。

 私も最近は歳なもんで、

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 突然に水田で工事が始まり、警官隊が村人を強制排除するシーン。
 老婆が若い警官にむかって
 「ぼうや、あんたもどこの部落なんだい?」
 と語りかけ、同じアミ族らしい若い警官が呆然とし、排除する警官隊の列から離れていく姿に涙がサラッと流れました。

 そしてラストシーン。
 この映画は前編を通じて、主人公パナイと反抗する娘ナカウとの姿を描いた「家族の映画」でもあります。
 ナカウが陸上競技の才能を開花させ、その才能で進学が決まるストーリーが伏線にあるのですが、ラストでナカウは弟に言い聞かせます。
 
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『お姉ちゃんは台北の学校に行く。お母さんをよろしく。』

 ナカウが陸上競技で推薦されて進学が決まる場面はないのですが、巧妙な演出で観客はそれと気がつきます。そのナカウの決然と語る姿に、やはり涙がサラッと流れました。
 ナカウを演じるのは、現地オーディションで決まったアミ族のウー・イエンズー。監督いわくナカウにはこの子しかいない、と直感したとのこと。そのまっすぐな瞳が魅力ですね。
 この映画は出演者のほとんどが現地住人のため、ロケ地を訪れると普通に映画出演者が歩いているらしい(笑)

 経済、そして教育。
 大都会・台北と、仕事も無い地方都市との格差も、この映画のテーマです。

 全編を流れる、先祖伝来の土地への畏敬の念、稲作と米食への賛歌。

 今秋9月に福岡での国際映画祭で上映が決まっています。
 人の不幸の切り売り映画のような芸術映画と違い、鑑賞後は爽やかな印象とおそらくは各地どこにでも存在する社会問題と家庭の問題を考えさせられます。
 日本人なら絶対観ろ!
 自信をもってお勧めします。

 背景に流れる、アミ族歌手Difan(郭英男)の「酒を飲む老人の歌」をアレンジした曲が懐かしい。
 若かりし頃、台湾を自転車で走っていた時に何度も頭の中でリフレインしていました。

 映画トレイラーを兼ねた、主題歌『不要放棄』動画もお勧めです。
 

 映画『太陽的孩子』正式予告編

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トモ・チェセン、マルコ・プレゼリら、スロベニア政府から受勲 【Tomo Cesen, decorated for the medals for contribute to develop slovenes climbers】

去る6月20日、スロベニア大統領府において国家勲章の伝達式が行われました。
今回勲章を授与されたのは、スロベニアを代表する登山家達です。

Državna odlikovanja slovenskih alpinistov, plezalcev in planincev  by najdi.si 2016.6.21

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今回の受賞者 右から、マルコ・プレゼリ、アンドレイ・プリバー、ボルト・パホル(スロベニア大統領)、トモ・チェセン、トーネ・スカリャ

 今回の叙勲は、長年にわたるスロベニア登山界への貢献に対して勲章が贈られたものです。

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マルコ・プレゼリ氏。
当ブログをご覧の山屋な方には今さら説明するまでもありませんね。幾回ものピオレドール受賞に代表される素晴らしいクライミング以外にも、近年のヒマラヤ遠征にみられる若手クライマー育成もスロベニア登山界への貢献として評価された模様です。

 マルコ・プレゼリ氏といえば、こういった賞の類いを嫌っているイメージがありますが、軍に所属していた頃には、その個性的な性格が災いして酒保のバーテンを務めていた不遇の時代もありました。あのプレゼリが「お通しこちらです」とか、「お会計です」とか、に近いことをやってたんでしょうな。
 クライミングの成果が認められ、軍隊で登山コーチを務めるのはその後になります。軍という国家組織において苦労した経験から、政府からの叙勲はピオレドールとはまた異なった感慨があるはずです。

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今回の報道でもっとも注目すべきは、トモ・チェセン氏の叙勲です。
スロベニア大統領公式ウェブサイトも確認しましたが、80~90年代にわたるソロクライミング(ローツェ南壁に関しては全く触れられていません)、それ以上に、90年代以降におけるスロベニアのスポーツクライミングを世界レベルに引き上げたコーチとしての実績、大会運営への尽力が評価されました。

 トモ・チェセンといえば、いまだに日本では「疑惑の人」呼ばわりされていますが、こうして国家から叙勲される人物を、いつまでも池田某老人の評価をうのみにして詐欺師扱いしてよいものでしょうか?

 息子2人はいずれも世界レベルのアルパインクライマーに育ちました。
 その一人アレシュ・チェセンはマルコ・プレゼリと共にハグシュ北壁でピオレドールを受賞、スロベニアを代表するクライマーとなりました。またトモ・チェセンがコーチを務めたスポーツクライミングでもスロベニア勢の活躍はご存じのとおりです。
 国家勲章の叙勲それ自体はローツェ南壁「疑惑」の払拭にはなんの関係もありませんが、いい年した山屋なら覚えているでしょう、あれだけ世界各国の山岳界を騒がせた疑惑騒動を乗り越えて、こうして登山・クライミングに貢献してきた生き方は評価されるに値すべきものがあるのではないでしょうか。

 東京住まいで仕事も山も立派にこなしている優秀なアルパインクライマーの大センセイ方と違い、私は失敗の多い人生を送ってきましたので、山と渓谷社ウェブサイトに「大悪党」などと侮辱されたチェザレ・マエストリや「疑惑の人」トモ・チェセンの『その後の人生』には非常に興味を持っています。

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トーネ・スカリャ氏は今年79歳、ユーゴ隊によるエベレスト西稜隊隊長はじめ、旧ユーゴおよびスロベニアのヒマラヤ黄金時代を築いた重鎮です。

もう一人、アンドレイ・プリバー氏はスロベニア山岳会における長年のボランティア活動が評価され、今回の叙勲となりました。

叙勲の模様は動画で公開されています。

なお日本で入手できるスロベニア登山史の資料として、当ブログで紹介した Bernadette McDonald著『ALPINE WARRIORS』 があります。マルコ・プレゼリ氏のトモ・チェセン氏に対する見解も興味深いものがあります。

Bernadette McDonald著 『 ALPINE WARRIORS 』 by 当ブログ2015.11.22

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