もう師走

Terry
Model : Terry (China)

 日々多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
 12月になったばかりですが、読書&考え事が多いので更新お休みです。

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米代川の贈り物

極寒の秋田の現場もおわり。
現地視察に来た、取引先の偉い人と一緒に皆で飲みに行く。

偉い人のリクエストで「キリタンポの喰える店」ということで訪れたのが、酒どこ べらぼう

このお店、なんと、日本酒頼むときには少し試飲させてくれる。
「もっと辛めのやつない?」
一緒に作業していた若い業者さんが頼むと、そのリクエストにこたえてくれるのだ。

キリタンポ鍋も食ったけど、お品書きでみんなで「これ何だ」 「喰ってみよう」と注文したのが、

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ヤツメウナギ鍋。

「昨年は米代川で全然獲れなくて・・・今年は獲れたんで、鍋OKです。精つきますよ~」
などなど、お店の人もヤツメウナギを熱く語る。

実は私ヤツメウナギは最上川産の焼き物を食った経験はあるが、鍋は初めて。
人によって好みがあるかもしらないけど、淡水魚の泥臭さがあまり気にならない悪食な私には美味しくいただけました。

取引先の偉い人は東大出身、ふだん話していても地頭力の違いをまざまざと思い知らされるが、酒席ではもっぱらエロ話やら過去の現場の苦労話で大盛り上がりに盛り上がる。

その人が仕事の話をしていてポツリという。
「それって、自分の知らない仕事を知るいい機会なんだよね。」
という言葉がとても心に残る。

いや会社の仕事に向上心燃やしたわけではなく、山岳ガイドとして「自分の知らない分野」にもっと積極的に目を向ける姿勢が足りねーんじゃないの?と考えさせられた次第。

翌日、山形にむけて長いドライブの末、帰宅。
少しは落ち着いて山の本を眺める時間がとれそうです。

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たまにゃー

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一人で飲んだくれたい夜もある。

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二ツ井町へ

23日。
現場が休工になったため、天候は今ひとつだが能代市・二ツ井町へ。

最高峰の権現倉(287m)をはじめ七つのピークが連なる里山、七座山(ななくらさん)を目指したのだが・・・
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JR二ツ井駅から仁鮒入山口を目指す途上、ぱらついていた霰が本格的な雪になってきた。
風も強い。
里山とはいえ、入山は控えるべきだろう。

途中のローソンでぬくぬくしようか・・・と山麓の神社で休んでいるところ、スマホに親方と仕事の相方とそれぞれから電話が入る。休日を過ごすため、ちょうど二ツ井町を通過するので車で拾おうかという。ありがたく申し出を受ける。

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風雪の中、広い県道で親方が運転してきたワゴン車に拾ってもらう。
登山は断念。まあ、こんな日もあるさ。

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3人して小坂町に足を伸ばし、かつて栄えた鉱山街の華やかさを伝える康楽館を見学。
昼は比内にて、比内鶏の親子丼を食す。

午後は山形から移動してきた作業仲間を拾い、帰宿。
私は部屋で、工事機械のパーツの修理。

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スーパーの惣菜コーナーで買った「みそたんぽ」。
秋田名物キリタンポって鍋料理として食べるんだけど、お一人様だと食べる機会を作るのが難しいんだよね。最近はキリタンポ鍋定食やってるところもでてきたけど。
昔々、東北を自転車で一人旅していたころ、金もなく鍋料理とも縁遠い生活で重宝したのがパックで売られている「みそたんぽ」。

洗濯をすませ、休日だか仕事だかわからん日が流れていく。

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山女日記 ~女たちは頂を目指して~

 さすらいの現場作業員生活、ビジホに滞在しているおかげてBSで放映中の 『山女日記 ~女たちは頂を目指して~』 を視聴。
 貧乏暮らしなもんで自宅では衛星放送見られないんす。

 第3話『てっぺん ~唐松岳~』から初めて視聴しましたが、いや~いいわ~
 佐 藤 藍 子 が っ
 やっぱショートカットの佐藤藍子って(以下省略)

 facebook経由で製作の模様など伝え聞く程度でしたが、実際のガイドの方々の感想が一つも聞こえてこないんすけど・・・

 視聴した感想は、テレビドラマとして私は面白かったです。
 それ以上でもそれ以下でもありません。
 山やってる女性の感想お聞きしたいですね。
 私は兼業ガイドとしてツアー引率して、女性客のドロドロした関係をみてきたけど(あんまりブログに書けない)、兼業ガイドの自分でさえそうなんだから、専業ガイドのセンセイ方はもっと修羅場くぐってきたんじゃないかと思います。
 
 ま、アレです。
 自分ぶらさがったロープをナイフでぶった切ったりする「山岳」映画よりいいんじゃないんですか。

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月月火水木金金

11月×日
 所用で山形県朝日少年自然の家を訪問。
 毎年楽しみにしている、施設に続くアプローチ道路の紅葉を眺める。

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 例年、「化石掘り」プログラムの時期が紅葉の盛りなのだが、今年は1~2週間位ずれている。
 今年もこの紅葉を眺められたことに感謝。

11月×日
 怒濤の現場作業週間の始まり。
 寒気が東北を覆い、今シーズン初めて防寒ジャケットを着用して機械を操作。
 そんな最中、胸ポケットのスマホが鳴る。
 (あ~めんどくせー! 泥ついた手袋脱がなくちゃなんねーし!)
 ようやくポケットからスマホを出すと、画面は今年お世話になった某団体様の御名前を示している。
 電話に出ると、
 「来年の企画、また大滝さんにお願いしたいんですが・・・」
 とゆー、ガイド依頼のお電話を頂戴する。
 なんともありがたいお話です。ぶーぶー言いながらスマホ出す自分を反省。
 現場作業続きで、季節の移ろいにも鈍感になる今の時期、一本の電話で自分がガイドであることをあらためて自覚する。

11月×日
 今日も怒濤の現場作業の日々。
 またまたジャケットの中でスマホが鳴る。
 (こんどはどっから電話だー!)
 ※基本的に私は下っ端不良社員なので、携帯に電話がかかってくるのはロクなことがない。

 電話にでると、会社の女の子から。
 「大滝さん、年末調整の書類1枚足りません!」
 とほほ・・・すみませーん・・・

11月×日
 さすらいの現場作業員生活を目前に、作業段取を親方にお願いし、土曜日公休を取得。
 午前中、亡父の営んでいた店舗の内部を一掃すべく、専門業者との現地打ち合わせ。
 打ち合わせ後は息つく間もなく、老母と家族を連れ、亡父の命日墓参りを前倒しで本日行う。
 強い雨の中、寺へ。

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 子供の成長と老母の現在を墓に報告、家族達の未来を祈る。
 寺の紅葉も見事だった。
 老母は数枚のモミジを取り、私の車のダッシュボードの上に飾った。
 母の姉が亡くなり、火葬場を訪れた際も見事な紅葉の時期だった。

11月×日
 日曜潰して、さすらいの現場作業員、秋田県某所に住み込みます。
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 今宵の晩飯は、初日ということで近所のホルモン屋へ。

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 秋田ではホルモン産地として有名な鹿角から直送の材料でホルモン鍋。
 ホルモン鍋といえば、過去の出張先では福岡・博多が最高と思ってましたが、秋田でこんな美味いホルモン料理喰えるとは知らなんだ。

 明日からまた怒濤の現場作業の始まりです。

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深山 【278m 宮城県山元町】

 『わたり復興マラソン』を走り終えた後、20分ほど車を走らせ、隣町・山元町に位置する深山(しんざん 278m)を目指す。
 
 参考サイト 深山と少年の森(日本山岳会)

 駐車場は「深山山麓少年の森」の駐車場を利用。

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深山神社が入山口となる。

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あれ?ツバキかな?

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14時、既に傾いた陽が木々の間から差し込む道。

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ツチグリ

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ん~秋の花。

などなどを眺めながら、標高278mの里山ながら、つづら折りの道は登りがいがある。

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太平洋側が開けた道にでると頂上はもうすぐ。

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山頂には東日本大震災の慰霊の鐘。なにより、太平洋の眺めが素晴らしい。

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山頂から蔵王連峰を望む。南端からの、あまりみられない角度からの蔵王連峰の眺めも素晴らしい。

10kmマラソン走った直後で脚の筋肉もエンジンがかかった状態だったので「駒がえしコース」を約40分で登りましたが、素晴らしい里山でした。

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深山山頂のあずまやで、「とうふ処 豆達人」で購入した豆乳パン(チョコパン)で遅いランチ。
穏やかな太平洋、そしてまだまだ復興途上の亘理、山元の耕作地を眺める。
マラソン大会の会場とはうってかわって、1人だけの静かな時間を過ごしました。

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浜と食欲と私

13日、日曜日。

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宮城県亘理町で開催される『わたり復興マラソン大会』10kmに出場。

 汚染土のフレコン記念撮影してグダグダ語るアウトドアライターと違い、福島・宮城・岩手の被災地で汗を流して仕事をしてきた。
 いつかプライベートで、この地を訪れたい。
 そんな土地の一つが、亘理町だ。
 誤解されたくないので明記しておくが、私はアスリートなどではない。休日は山よりも図書館にこもって郷土資料を漁っているほうがいい。
 しかし図書館通いや、少年自然の家で子供達を相手に野外活動を続けているだけだと、登山の厳しい場面で要求される、自分自身に対する闘志、他人に対する闘争心のようなものが衰弱していくような気がする。
 年にいっぺん、自分に喝を入れるためにマラソン大会出場を決めている。

なーんてマジメなこと考えてるよりも、
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参加賞の「はらこめし」に目がくらんだワタクシでした。
10km走った後の「はらこめし」、激ウマでした。

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この『わたり復興マラソン』、やはり参加賞として配布される豚汁はおかわり可能という太っ腹。

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快晴の下、「はらこめし」と豚汁で一息いれました。

なお『わたり復興マラソン』出場予定の方へのアドバイス。

 ・2016年の大会では通常のマラソン大会で用意されている選手控え室(たいてい体育館)がありません。会場となる民間企業のグラウンドの芝生に銀マットを敷いて、屋外でストレッチする参加者も多いのですが、事情を知る地元の参加者の多くが「パッと開く」ポップアップテントを用意して参加されていました。
 私はたまたま車に積んでいたモンベルのムーンライトⅢとサーマレストマットで「個室」を確保、スタート前までリラックスして過ごしました。

 会場で少し休養した後、亘理町の商店街へ。
 行き先は、とうふ処 豆達人 へ。

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目的はもちろん、

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豆乳ソフトクリームです。
続々と入るお客さん達も皆、ソフトクリームを手にして店から出てきましたw
他にもドーナツやパンも置いてあり、亘理町を訪れる際はぜひどうぞ。

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亜州的香菜香味

先日の埼玉出張。
栃木県の某サービスエリアで衝動買いしたのが、

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パクチースープ。

さっそく自宅で作ってみました。
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インスタントスープとはいえ、香りはまさしくパクチー、香菜です。

子供達に香りを試させたところ、「ギャー」 「グェー」 と逃げてしまいました。
嗚呼、家族で東南アジア・中国圏には旅行できんな・・・

そういう私も香菜は苦手でしたが、少しずつ体験を積み重ねてパクチーも、香菜も、慣れていきました。
その体験は私にとって大事な体験なんでブログには書き散らしませんが、このパクチースープ、実は私も飲みにくかったりする(笑)

 また香菜の香りに「うっ」となりながら、中国奥地を歩きたい。

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おしごと日記

11月から、さすらいの作業員生活はじまり。

11月某日
 本日より福島県某所に滞在。
 滞在先は、現場作業員専門の旅館。
 部屋にコタツがあるのが嬉しい。
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 カップだろうが丼だろうが、喰えりゃいいんだよ。

11月某日
 5日間、現場と旅館とスーパーの三角地帯でのみ生活。ようやく福島滞在もおわる。
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 会津名物・馬刺&ニンニク味噌で体力回復を図る。

11月某日
 これからトラックで埼玉日帰り往復。では行ってきます。


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2016 第11回ピオレドール・アジア 黒部渓谷ゴールデンピラー隊、韓国ガンガプルナ隊共同受賞

 先にお知らせした2016年 第11回ピオレドールアジアは、黒部渓谷ゴールデンピラーを登攀した佐藤祐介氏ら日本チーム、ガンガプルナ南壁新ルートを登攀した韓国隊の共同受賞が決定しました。

 先の記事でもお知らせしたように、審査委員会は高所登山のみならず日本国内の冬期登攀を世界に通じる困難なクライミングと賞賛した模様です。

 ピオレドールアジア生涯功労賞には、日本の中村保氏が選ばれました。
 ヒマラヤ・中国登山を志す方には今さら説明の必要はないでしょう。
 
 同時に表彰された第9回ゴールデンクライミングシューズ賞には、韓国アイスクライミング界のホープ、ソン・ハンナレ、そして日本からは瑞牆・十一面岩正面壁における「千日の瑠璃」(5.14a R/X 7ピッチ)開拓が高く評価された倉上慶大氏の共同受賞が決定しました。

第11回アジア黄金ピッケル賞授賞式 by 月刊『人と山』ニュース

以下引用開始
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第11回アジア黄金ピッケル賞

 11月4日午前9時『人と山』本社で開かれた審査委員会の結果、「ガンガプルナ(7,455m)南壁新ルート」を開拓した韓国チーム(キム・チャンホ、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨン) 、「劔岳(2,999m)黒部渓谷ゴールデンピラー(登攀長380m)ルート」日本チーム(伊藤仰二、佐藤祐介、宮城公博)の共同受賞が決定した。

 ピオレドールアジア審査委員会が開かれた同日午後6時、ソウル特別市 瑞草区 良才洞ATセンター大会議室で開かれた『人と山』創刊27周年記念式を兼ねた第11回ピオレドールアジア賞の授賞式が開かれ、この席で韓国チーム全員と日本チーム伊藤仰二氏が直接「金のピッケル」授与式が行われた。

 今回の授賞式では、中村保氏にピオレドールアジア功労賞が授与された。今回の授賞式に参加して賞を直接受賞した彼は、1961年にペルーとボリビアでいくつかの初登頂を遂げた後、25年間に38回海外遠征を率い、継続的に中国四川省、雲南省、青海省を集中的に探査して日本山岳界に貢献してきた人物である。

 第9回ゴールデンクライミングシューズ賞はアジアを代表するアイスクライマー、ソン・ハンナレ、日本瑞牆山十一面岩」モアイフェイス正面の壁」千日の瑠璃(5.14a R / X、240m、7ピッチ)」 ルートの困難なフリークライミングに成功した倉上慶大氏が共同受賞した。
 ゴールデンクライミングシューズ賞審査審査委員会は、11月4日午前8時に『人と山』本社で進められ、授賞式はピオレドールアジア賞と同じく『人と山』創刊27周年記念式典で催行されした。
(以下略)

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第11回ピオレドールアジア受賞者。左から『人と山』ホン・ソクハ代表、伊藤仰二、キム・チャンホ、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨン。一番右は、今回のピオレドールアジア最終候補に上がったものの受賞を逃した香港のツァン・チ・シン・ジョン(Tsang Chi Sing John )。

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第11回ピオレドールアジア授賞式が開かれた『人と山』創刊27周年記念式典。

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『人と山』創刊27周年記念式典で挨拶をおこなうホン・ソクハ代表。

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第9回ゴールデンクライミングシューズ賞を受賞したソン・ハンナレが所感を述べている。
今回のゴールデンクライミングシューズ賞は彼女と共に倉上慶太氏が共同受賞したが、彼は式典は欠席した。

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第11回ピオレドールアジア賞受賞の感想を述べるキム・チャンホ氏。

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第11回ピオレドールアジア賞受賞の感想を述べる伊藤仰二氏。

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以上引用おわり

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韓国隊、PEAK41峰北壁からの登頂に成功 【Korean team successed north face of Peak41(6648m)】

韓国隊がネパールヒマラヤ・PEAK41峰北壁の登攀に成功、10月27日に登頂に成功しました。
複数の韓国一般メディア、山岳メディアが伝えています。

「ネパ・PEAK41北壁遠征隊」、世界初の新ルート開拓 by スポーツ韓国2016.11.01

以下引用開始
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「ネパ・PEAK41北壁遠征隊」、世界初の新ルート開拓
スポーツ韓国ガン・ビョンウォン記者
Peak41
ネパPEAK41北壁遠征隊の記念撮影するク・オンス隊長(左)とユ・ハクジェ隊員(右)の様子[写真=ネパ提供]

 「2016ネパピーク41(PEAK 41)北壁遠征隊」が世界で初めてネパールピーク41峰北壁新ルート開拓に成功したと明らかにした。
 ソウル山岳救助隊登山隊ク・オンス隊長ら計6人で構成された遠征隊は9月26日、世界初のネパール・ピーク41北壁新ルート開拓を目指し出国した。現地到着後、高所順応訓練などを経て10月17日に北壁登攀を開始、本格的なピーク41登頂に乗り出した。遠征隊は22日に北壁を突破、後に頂上に続く南壁を登ってク・オンス隊長とユ・ハクジュ隊員が現地時間10月27日08時にピーク41の登頂に成功した。今回の遠征隊は単に登頂を目指すだけではなく、新ルートを開拓する「登路主義」 (訳者注:登攀ルートに重きを置く登山スタイルを差す、韓国で用いられる登山用語) の実現に重点を置き、シェルパの助けを借りず、最小限の機材と食料だけで登山する「アルパインスタイル(Alpine Style)」方式で登頂した。遠征隊は山が険しく雪崩と落石のために途中で隊員が負傷し、平均70〜80度の壁を登らなければならない困難な条件の中で登頂に成功した。

 特に、地形や気象悪化により、計画していた登山日程よりも下山予定が4日ほど遅くなり、7日分準備した食料を11日間に食い伸ばし、登頂最終日には凍結したソーセージを2人が分けて食べるほど劣悪な環境を克服した。
 遠征隊が登頂に成功したネパール・ソロクーンブ地域に位置する6,648mの「ピーク41」は2002年にスロベニアチームが西稜を経て登頂した後、成功事例がない急峻なピークとして知られている。
 「2016ネパピーク41北壁遠征隊」は、今回の登頂で世界初の北壁新ルート開拓に成功し、世界の登山史に名を残すことになった。遠征隊は新ルート名をチーム名から「ネパ・ピーク41北壁ルート」と命名した。
 ネパ・ピーク41北壁遠征隊のク・オンス隊長は「最小限の食料と装備だけで頂上まで登るアルパインスタイルで誰も開拓していない新ルートで登頂に成功したとことが誇りであり、うれしい」「2年前に大雪などの天候悪化で退却せざるをえなかった遠征の失敗にもあきらめず、最後まで挑戦できるよう支援してくれた多くの方々に感謝の言葉を伝えたい」と語った。

 ネパ代表取締役イ・ソンヒョ社長は「世界で誰も成功していなかったピーク41北壁新ルート開拓に成功したク・オンス隊長をはじめとする遠征隊員の登頂に成功をお祝い申し上げ、世界的に山岳界の位置を高める貢献を果たした今回の登頂にネパもささやかな貢献を果たせることができて非常にうれしい」 「遠征隊員たちが登攀中、岩壁にハンモックにぶら下がって眠り、冷凍乾燥食品一人分を三人で分けて食べる困難な状況の中でも登頂成功と無事帰還を果たしたことについてもう一度拍手を送りたい。ネパは今後も、自然の美しさを伝え偉大なチャレンジ精神でルート開拓に挑戦する登山家たちの力になることができる、様々なスポンサー活動を展開していくようにする」と語った。

 一方、今回の2016ネパ・ピーク41(PEAK 41)北壁遠征を後援したネパはアウトドアブランドとして健全な山岳文化育成のために2006年インド・テレイサガール登頂後援をはじめ、韓国登山学校とソウル山岳救助活動の支援を継続的に行ってきている。
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以上引用おわり

 October 27th 2016, Korean alpinists Ku Eun-Su, Yoo Hak-Jae made a successful ascent via north face of Peak41(6648m). Their line isn't reported yet.
 Korean team (Ku Eun-Su) tried the north face of Peak41 in October 2014, they gave up climbing by heavy snowing.

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800万年の光沢

 山形県朝日少年自然の家の毎秋恒例行事 『地球の歴史探検隊!~ヤマガタダイカイギュウと化石掘り~』 にサポーターとして参加。
 自然の家主催行事でも高い人気を誇るこの行事、今年は午前、午後の二部に別れて催行するという。
 伺った話では募集開始と同時、各学校に配布したチラシが行き渡る前に定員40名が瞬時に埋まってしまったため、募集枠を倍増して二部開催にしたとのこと。
 
 今回は私も班付サポーターとして、午前・午後いずれも幼稚園児を含む年少者の多い親子連れをフォローする。

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 午前の部。ヤマガタダイカイギュウ発掘現場を見学。
 山形県立博物館の石黒先生からレクチャーを受けます。

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 その後、山形県朝日町某所で砂岩層・泥岩層の違いなどレクチャーを受けた後、古びた林道の斜面で化石発掘開始。

 初めての方はなかなか化石発掘のやり方がイメージできません。
 最初に私が速攻で掘り出し、

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 こんな風に貝がでてきますよ~、と実物を見せてあげる。
 今回は私が担当する班に自力で掘り出すことができない年少者がいるため、化石がチラリと見える程度に掘り出し、 「ほら、これ化石じゃないかな~」と差し出してみる。 保護者の方も子供達も「こんな感じででてくるんですか」 「もっと出てくるかも」とやる気を出してくれた。 

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 掘り出した化石の鑑定をしてくださる山形県立博物館の伊藤先生。
 鑑定を待つ間の子供達の表情から、ドキドキ感が伝わってきます。

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 自然の家の土屋所長が掘り出した大型の巻き貝。
 今年はウニの化石を掘り出す子供達が続出、ウニ化石の当たり年でした。

 現地での昼食をはさみ、午後の部の参加者たちと合流。
 わずかな時間を利用して近くの公衆トイレへ。
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 今年もこの景色に出会えました。山形県朝日町、椹平の棚田。

 午後に担当した1年生の女の子は、私が最初にサンプルとして見せた二枚貝の化石がツボにはまったらしく、「この石ほってみて~」となついてくれた。
 砂岩の塊に耳をあて、 「なにか音がきこえるよ」 「化石がいびきをかいてねているよ」 と言う。
 採取時間がおわり、駐車場に帰る際に露頭を指さし「ここにまだ化石がねむってるの?」と聞かれる。
 「そうだよ、来年化石掘りにくるお友達のために、まだいっぱい化石眠ってるんだよ」と答えてあげる。

 今日は自分の化石採取は考えず、参加者たちの様子を巡回しながら一日がおわりそう・・・午後の採取時間もまもなくという時、足下に砂岩のフレークが落ちていたので何気なく拾ってみた。
 何かキラリと光る部分が露出している。
 貝の殻かと思ったが、この露頭で採取される貝化石はほぼ石化しているはずである。
 植物の根かと思ったが、光沢が明らかに違う。
 ハンマーで慎重に砂岩を崩すと、

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 サメの歯の化石でした。伊藤先生によればムカシアオザメの歯と鑑定いただきました。 
 化石といっていいのだろうか。エナメル質の光沢も美しく、内部は空洞になっている。
 自然の家でサポーター(ボランティアスタッフ)を始めて10年以上になるが、今までの化石掘りで貝、ウニ、魚の骨はでてきたがサメの歯は聞いたことがない。
 この地層は約800万年前に形成された層。化石掘りの記事で毎回書いているが、現在の学説ではアフリカあたりで類人猿が人間になりかけの時代である。
 800万年もの間、地中の闇の中でこの光沢を保ち続けてきたサメの歯に、感動せずにはいられませんでした。

 化石採取という活動を通じ、子供達や保護者の皆様にも驚きと感動を味わってもらえたこと。
 コミュニケーション下手、氷雪や岩に秀でている訳でもない、ガイドとしての自分に行き詰まりを感じていたが、自分のささやかな行動で子供達に自然の素晴らしさを味わってもらえる。
 少しずつでも、野外教育の現場で経験を積み重ねていこう、という想いを新たにする。

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第11回ピオレドール・アジア 最終ノミネートチーム発表

韓国の山岳雑誌 月刊『人と山』において、今年もピオレドール・アジア最終ノミネートチームが発表となりました。

今年の最終ノミネート内容は次の通りです。

第11回第11回ピオレドール・アジア 最終候補チームプレビュー by 月刊『人と山』

以下引用開始
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 純粋で進歩的な登山を展開した、アジアの若い登山家たちを激励する意図で制定されたピオレドール・アジア賞は今年で第11回を迎えた。
 登山のオスカー賞と呼ばれるこの賞は、過去10年間、アジアの山岳文化をけん引しており、アジアの登山家たちに未来志向的な登山の方向を提示した。つまり、アルパインスタイルによる速攻・軽量クライミングと高度な技術を追求する壁を登る、そして自然を保護し山を尊敬するアルピニズム本来の純度を強調しながら「人為的な支援を受けて成し遂げた登山の結果は、その過程よりも優先することはできない」ということを示し、商業主義に染まった登山に警鐘を鳴らした。

 ピオレドール・アジア賞審査委員会は、今年もこのような原則を実践した候補者のチームをアジア山岳連盟加盟国とアジア各国の登山専門誌から推薦を受けた後、厳正な審査を経て最終候補3チームを選定した。
 夢を叶えるための情熱一つで挑戦を躊躇しないアジアの若き登山家たちに出会ってみよう。


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01 KOREA TEAM

 韓国隊は、今回ネパールヒマラヤのガンガプルナ(7455m)南壁新ルート開拓に挑戦状を叩きつけた。韓国を代表するアルパインクライマーであるキム・チャンホ、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨンがまさにその主人公である。
 彼らはアルパインクライミングにより10月20日、ガンガプルナの頂上に立った。「2016コリアンウェイプロジェクト(KOREAN-WAY PROJECT)」という名前を掲げた彼らの旗は、未知の領域を探索し、過酷な環境の登山に挑戦し、高難度の新ルート開拓によって韓国の登山家の挑戦精神、探求精神を示すというものであった。

 ネパール西部アンナプルナ山群に位置するガンガプルナは1965年にドイツ隊が南面~東稜ルートで初登頂以来、2015年までに24チームが登頂を試み、8隊だけが成功した山である。
 その後の主な登頂ルートは、1971年日本隊の西陵ルート、1981年カナダチームの南西壁ルート、1983年ユーゴスラビアチームの北壁ルートなど5本ある。
 遠征隊を率いたキム・チャンホ隊長は8,000m級の高峰14座を無酸素で登頂した記録を持つ韓国最高のアルピニストであり、チェ・ソクムンとパク・ジョンヨンも抜群の実力を誇る韓国を代表するクライマーである。
 ピオレドールアジア審査委員会は、優れたチャレンジ精神でアルパインクライミングに成功した彼ら3人を今年のピオレドールアジア最終候補に選定した。
 ガンガプルナ南壁新ルート
 対象:ガンガプルナ(7455m)南壁
 ロケーション:ネパール西部アンナプルナ
 ルート:南壁新ルート
 クライミング方式:アルパインスタイル
 隊員:キム・チャンホ、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨン 計3名

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02 JAPAN TEAM

「ゴールデンピラー(Golden Pillar)」は、日本・北アルプス劔岳の黒部渓谷最奥に位置している。
このルートは、長さ380m、総11ピッチであり、難易度は6級である。伊藤仰二、佐藤祐介、宮城公博は、11ピッチを登る過程で9回もハンギングビレイをしなければならなかった。
 彼らは2016年2月25日午後3時から登山を開始、3ピッチを登り雪が積もったテラスに到着した時間は21時。2月26日に頂上まで登り、そこでビバークした。登山中はスノーシャワーを浴び続けた非常に難しい登山だった。
 日本・北アルプスの冬はかなり厳しく、彼らは22日もの間、好天を待ち続けた。ここでは大雪が降ることでも有名である。一部の人々は、黒部渓谷に入り劔岳を登ることはヒマラヤを登ることよりも難しいと言う。
 ピオレドールアジアのターゲットが必ずしもヒマラヤなどの高山に限定される必要はない。
 ピオレドールアジア審査委員会は、過酷な条件を克服し優れたクライミングをやり遂げた彼ら3人を今年のピオレドールアジア賞の最終候補に選定した。

劔岳 黒部渓谷ゴールデンピラールート
 対象:劔岳黒部渓谷ゴールデンピラールート
 ロケーション:日本北アルプス
 ルート:ゴールデンピラー
 クライミング方式:アルパインスタイル
 隊員:伊藤仰二、佐藤祐介、宮城公博 計3名

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03 HONGKONG TEAM

マナスル速攻軽量登山とエベレスト3度登頂

 都市国家というイメージを持つ香港で「アルパイン」という言葉を連想するのは容易ではない。
 それは「ツァン・チ・シン・ジョン(Tsang Chi Sing John)」にほかならない。
 彼は白い山を夢を見たアルピニストとして、輝かしい業績を成し遂げた。香港人として初めてヒマラヤ8,000m級4座に登頂した。そしてエベレストを南側と北側から登り、2009年には3度目の登頂を果たした。 また、香港人として二番目に「セブンサミット」を達成した。

 2010年に彼はマナスルを4日間で登る快挙を成し遂げた。彼は今まで香港の登山やクライミング文化の発展に多くの努力を傾けた。登山指導者、スポーツ栄養士、スポーツクライミング指導者として活動し、他にも香港の若者のために活動し冒険を行う多彩なアウトドア活動を展開してきた。
 ピオレドールアジア審査委員会は彼の登山活動の中から、特にマナスルを4日間で登った登攀力を高く評価して、今年のピオレドールアジア賞の最終候補に選定した。
マナスル速攻軽量登山とエベレスト3度登頂
 対象:マナスル(8145m)
 ロケーション:ネパールヒマラヤ
 クライミング方式:速攻軽量
 隊員:ツァン・チ・シン・ジョン(Tsang Chi Sing John)

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以上引用おわり

 今年のピオレドールアジア最終ノミネート候補はヒマラヤのアルパインスタイル、北アルプス・黒部のアルパインクライミング、多くのクライマーが訪れるようになった8000m峰登山の中で速攻登山とバラエティに富んだ内容となりました。
 私個人の感想としてはアジアのクライミングの「現代(いま)」を象徴する内容になっているのではないかと感じています。
 例年ですと、11月初旬に月刊『人と山』が主催するレセプションで、クライミング界のホープに与えられるゴールデンクライミングシューズ賞と同時に審査・発表・授与式が行われます。
 さて、今年のピオレドールアジアの行方はいかに。

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韓国隊、ガンガプルナ南壁に新ルート開拓 【Korean team established new route on south face of Gangapurna】

 キム・チャンホ率いる韓国隊が10月20日、ネパール・アンナプルナ山群のガンガプルナ(7455m)南壁をアルパインスタイル・新ルートからの登頂に成功しました。

ガンガプルナ南壁にコリアン新ルート開拓 by 月刊MOUNTAIN 2016.10.23

以下引用開始
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ガンガプルナ南壁にコリアン新ルート開拓 
キム・チャンホ、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨンらアルパインスタイルで7日間のクライミング、20日登頂

イ・ヨンジュン編集記者

Ganga
キム・チャンホ、チェ・ソクムン、バク・ジョンヨンら3名が7日間かけてアルパインスタイルによる新ルートからの登頂に成功したネパール、ガンガプルナ(7455m)南壁

 ネパール、ガンガプルナ(7455m)南壁に新ルートが開拓された。キム・チャンホ隊長とチェ・ソクムン、パク・ジョンヨン隊員ら3人は、高度差2900mにおよぶガンガプルナ南壁を7日間のアルパインスタイルで登攀した。3日間かけて下降し22日、BCに下山した。
 今回の遠征隊は、ネパール・アンナプルナ山群のガンガプルナとアシャプルナ(ガンガプルナ西峰、7140m)南壁新ルートからの登頂を目指し、9月12日に出国、最初に試みたアシャプルナは、山頂まで100メートルに迫ったところで退却した。

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 ガンガプルナ(7455m)南壁アルパインスタイル新ルート登頂に成功した韓国遠征隊。左からキム・チャンホ隊長、チェ・ソクムン、パク・ジョンヨン隊員。

 1965年5月6日、ドイツ山岳会のギュンター・ハウザー隊長が率いる遠征隊隊員とシェルパが二度にわたり南面から東稜を経るルートで初登と2登を果たし、1971年に日本隊が西稜から第3登を果たしている。
 南壁は1981年春、カナダのジョン・ラチランとジェームズ・ブランチが初登した。韓国隊は1984年冬にイ・ソクウ(韓国山岳会)が単独で北壁を試み、1986年にキム・ギチョル隊長率いる遠征隊が初登ルートである東稜を経て韓国人初登に成功した。
 初登以来2015年までに24回登られたガンガプルナは、これまで8隊が登頂、1989年にユーゴスラビア隊のフランツ・プシュニク隊長率いる登山隊が北壁から登頂して以来、現在まで登頂者がなかった。

遠征隊は10月29日タイ国際航空便で帰国する予定。今回の遠征隊は、ノースフェイスが後援した。
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以上引用おわり

 2013年にインド洋から自転車・カヌー・徒歩という人力でエベレスト無酸素登頂を果たし、8000m峰14座全山を無酸素登頂したキム・チャンホ氏。
 エベレスト人力登山行で、大事な後輩で8000m峰12座登頂を果たしていたソ・ソンホ氏を亡くし、そのショックからしばらく遠征登山を休んでいたキム・チャンホ氏でしたが、復帰第1弾として選んだのはガンガプルナ南壁でした。
 なお月刊MOUNTAINの記事にもあるとおり、ガンガプルナ南壁そのものは1981年にカナダ隊がやはりアルパインスタイルで初登を果たしています。カナダ隊のラインがはっきり確認できなかったのですが、AAJに記載されている当時の記述、「下部雪田~ロックバンド左寄り~上部の大雪田を詰めて山頂」という様子から、カナダ隊の初登ラインと近接している可能性はありますが、今回の韓国隊のラインは山頂に直上する見事なルートといえるでしょう。

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October 20th 2016, Korean alpinists Kim ChangHo, Choi Seok-Moon, Pak Jungyong established a new route on the south face of Gangapurna (7455m). Their new line, they climbed south face for seven days by alpine style, and they descend for three days to BC.
Gangapurna south face, Canadian team(James Branch,John Lauchlan,the others) made the first ascent in 1981 spring.

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