桜吹雪の中で

4月中旬に予定していたガイドのお仕事は悪天でお流れ。

平日は朝5時起きで現場で働きづめ、帰宅は夜8時。

22日、ストレス発散と普段のお菓子食いすぎのため、数年ぶりに温海さくらマラソン10km部門に出場。
2016年に出場料が3500円から5000円に値上げされて以来、ちょうどガイド山行と重なることもあってさくらマラソンとは疎遠になっていたが、私にとってマラソンレースの原点。今年はガイド山行日と大会開催日が重複しなかったため、久々にエントリー。

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娘の高校進学、息子の中学進学で幾足もシューズを買うことになり、スポーツ用品店に行くカミさんについていき、

「お、俺のレース用シューズも買いたいんだけど・・・」

と、どさくさに紛れて新シューズをゲット。

全国的に高気圧に覆われ、温海地区もレース当日は高温。

走っていて、やたら口内が乾く。
もう何回も温海さくらマラソンに出場しているが、結構肌寒い日が多かった。
今日は全く違う。
10kmコースには2箇所の給水所が設けてあるのだが、往路3km手前にある給水所は盛況。皆さん、やはり暑いらしい。
給水所ではスポーツドリンクではなく水をえらび、半分は口に含み、半分は後頭部から背中にかける。

なんとか往路の登り坂を走り抜く。
いつもなら復路の下り坂に身体を委ねるのだが、今日は脚が動かない。暑いのだ。
ここは山形でも山深い温海地区。
幸いにも、残雪残る山の方から、向かい風ながら少し涼しい風が吹いてくる。

8km地点でようやく走りに順応したのか、身体が少し軽くなる。

どうにかこうにか走り終えて、参加賞のエビ汁をいただく。
身体が塩気を欲しているのか、暑いにもかかわらず抵抗なく味噌仕立ての熱いエビ汁が口に入る。

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控えの体育館で休憩した後、毎回おなじみ、あつみ温泉のパン屋ヴァンベールに直行。

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本日はアスパラガスをまるごと一本生地に入れたパンを購入。パンの中でアスパラガスはベーコンに巻かれてます。

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温海温泉の老舗、萬国屋前の足湯に浸かりながらランチ。

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走っている時も、桜吹雪。
ランチをぱくついている時も、桜吹雪。

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3月から現場作業に忙殺され、季節の移ろいにも気づかぬままの生活が続いた。
今日、ようやくのんびり桜の花を眺める。

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第2の人生 ナタリア・グロスの場合

かつてクライミングコンペのトップ選手として活躍していたスロベニアのナタリア・グロス(Natalija Gros)。

2018年の現在、ダンス・パフォーマーとして活躍しています。

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ナタリア・グロス、ミハ・ペラットのダンスペア

Natalija Gros: Najtežje stvari v življenju so največ vredne! by GOBORI.se 2018.4.12

 2011年にコンペを引退したナタリア・グロスですが、2015年に夫であり映像作家のJure Breceljnik氏を脳卒中で亡くすという悲劇に見舞われました。
 一人娘を抱えたナタリア・グロスは夫の遺作を完成させ、自身はダンスパフォーマーの道に進みました。

上記リンクの『ナタリア・グロス 人生で最も困難なことに価値がある』と題したインタビュー記事では、「ダンスシューズはもう第2の皮膚のようになってるけど、履きにくかったり足の臭いはクライミングシューズと同じよね」とユーモアを交えながら、亡くした夫のこと、子供のこと、そして今輝いているダンスの事について語っています。

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在りし日の夫Jure Breceljnik氏と

クライマーらしく、屋外で岩壁を見ると今でも興奮と心が沸き立ちます、と語っています。

まずは動画で現在のナタリア・グロスのダンスをご覧下され。
かつて男性雑誌を飾ったプロポーション、世界トップレベルのクライミングで鍛えた身体能力がダンスに生かされています。

ナタリア・グロスの第2の人生に、幸あれ。

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【2018年】 月山スキー場リフト運行の中止

既に山形新聞による報道でローカルの皆様はご存じのことと思いますが、夏スキーで知られる山形県西川町・姥沢の月山スキー場リフトの一部支柱が土台から傾いている箇所が見つかり、リフトの利用ができない状況です。

緊急情報!月山スキー場ご利用のお客様へ 月山朝日観光協会公式サイト

ご案内 月山観光開発株式会社ウェブサイト

山形新聞報道によれば、リフトは運行しないままで4月8日からスキー場コースは開放予定です。
姥沢駐車場に通じる県道月山志津線は4月6日午前11時に開放予定とのことです。

山スキーで月山登山を予定されている方、最新情報を入手の上、ご来訪ください。

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キム・ジャインちゃんは歌も上手いらしい

半島問題があってもキム・ジャインちゃんファンの日本全国1億2千万の皆様こんにちわ。

キム・ジャイン、クライミングだけでなく歌も上手いらしい・・・・

Kata
韓国tvN制作の人気番組で『カタツムリホテル』という番組がありまして、タイトル名の架空のホテルに著名人ゲストを客として招き、まったりしたトークを楽しむというバラエティ番組。

去る3月20日に韓国で放映された『カタツムリホテル』にキム・ジャインが旦那様と共に出演。
韓国の歌手ソヌ・ジョンアが奏でるギター生演奏をバックにキム・ジャインが歌声を披露しています。
キム・ジャインちゃんの歌声を聴きたい方は動画開始0:50からご覧下さい。

韓国メディアいわく、『キム・ジャイン、クライミングクイーンのイメージに隠された美しい歌声の実力を披露』などと報じられております。
彼女が唄った歌は、プロポーズの際に歌った歌だそうな。
東京五輪のクライミング競技めざしてファイテン~

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駆け抜ける3月

3月×日

 気がつけば、もう3月下旬。
 ビジネス日誌を購入する時期。

 手帳もそうだが、建設会社に勤務していること、一登山者・ガイドとして冬季シーズンを分割したくないこともあり、日誌や手帳は4月始まりを購入。

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今年も例年と同じ、2ヶ月分のガントチャートがある能率手帳のA5版。
登山用にはPILOT社のテト-455型。

変化をつけようと他社の手帳・日誌もくまなく閲覧するが、やはり2ヶ月が見開きで把握できるガントチャートの使い勝手は手放せない。
今年はどんな日程、山行が記されることやら。

3月×日
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娘の中学校の卒業式。
翌々日は息子の小学校の卒業式。
慣れないスーツ姿の毎日。

3月×日
環境省から封書が届く。
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今年も引き続き、自然公園指導員。

資格証と指導員手帳を確認した後、ローカル線「左沢線」に乗り、寒河江駅へ移動。
今宵は、
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山形県朝日少年自然の家スタッフ、サポーターの懇親会に出席。
2年間お世話になった土屋所長が異動となるため挨拶。山形の少年自然の家の所長は校長クラスの人物が赴任するのだが、土屋所長からはいろいろと学ばせて頂いた。ありがとうございました。
研修担当のJさんは異動なく今年も自然の家勤務で私は一安心。

もっとも、酒席では隣に座ったプロハイカーの斉藤さんとオーストラリア、スペインのトレイル情報や登山ギアの話に集中。
朝日少年自然の家スタッフ、サポーターの皆様、次年度もよろしくお願い申し上げます。

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諦めない人々 クシストフ・ビエリツキ、K2冬季遠征をふりかえる

去る3月19日、冬季K2を目指したポーランド登山隊が帰国、ワルシャワ・ショパン空港にて記者会見を開きました。

ポーランドの大手ポータルサイトonetのスポーツ欄にて、クシストフ・ビエリツキ隊長のインタビューが掲載されています。

 隊に無断で単独アタックを敢行したデニス・ウルブコによって、良くも悪くも世界的に知られることになったポーランド登山隊。

 末端の現場作業員ながら、サラリーマンとして会社という組織に生きる私としては、超ウルトラスーパー個性的かつ強力なクライマーをまとめる隊長のクシストフ・ビエリツキの言動が気になります。

Krzysztof Wielicki: możemy zdobyć K2, ale trzeba wzmocnić skład by sport.onet.pl 2018.3.19

以下引用開始
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クシストフ・ビエリツキ:我々にはK2登頂のチャンスはあるが、登山隊を強化する必要がある
MACIEJ STOLARCZYK

Kusi
記者会見に臨むクシストフ・ビエリツキ

 月曜日、K2冬季遠征隊のメンバーがポーランドに帰国しました。登山隊隊長のクシストフ・ビエリツキは、戦術、判断、今後の活動などについて、長時間にわたり記者会見を行いました。また、単独で頂上をめざしたデニス・ウルブコに関する質問では、「私はデニスに対して門戸を閉ざしたわけではないが、彼はより誠実でなければならないだろう」と語りました。

ポーランドに帰国できた感想はいかがですか?

 全員で帰国できたことを嬉しく思います。ブロードピーク遠征では暗澹たる思いでしたので、安全が私にとって最も重要でした。

今回はK2登頂は果たせませんでした。今後のための、最も重要な教訓は何でしょうか?

 次の遠征にはアブルッツィ稜を目指すでしょう。夏季の資料からバスクルートを選定していましたが、冬季は雪が少なく、落石が激しいことがわかりました。初めにアダムが、そしてパキスタン人メンバーも苦しみました。それから登山隊をアブルッツィ稜に移動することに決めました。おそらくバスクルートを進むことが最も頂上攻撃の可能性がありますが、安全を確保しなければなりません。今の私達は最初に未知の領域を進む者として、長大ではあるが容易なルートを進むべきであることを知りました。

他に何か改善点はありますか?

 隊を2チームに分けることを考えています。最初のルート工作は7,000メートル以上で行われ、キャンプを設営し、ロープを固定します。 2番目のチームは後から到着し、休養をとり、頂上アタックの準備を行います。南米で順化を済ませてK2ではヘリでBCに飛ぶという考えもあります。
 これは登頂する手法として倫理的な問題もありますが、登頂を果たすためには考慮する必要があるでしょう。一般的な結論としては、登山隊を強化する必要があります。

あなたが次の遠征の隊長を務めるとすれば、デニス・ウルブコの参加についてはどうお考えですか?

 まず彼のチームメイトに対する誠実さを改めることが必要です。遠征中、インターネットで重大な記事を公開することはできません。もし彼がロシア隊の遠征でこのようなことをしたら、すぐに追放されるでしょう。チームワークの障害となることは許されません。彼の書き込みに関して不愉快になるメンバーもいました。もちろんデニスがネガティブな意見を持つのはかまわないが、BCでそれについて話したのか、批判を公に公開することは避けるべきです。彼は私たちに自分の主義を貫こうとしているほどの傑出したクライマーです。今回の遠征では「私、デニスとポーランド人」、こんな感じでした。

あなたがウルブコに今年の登山隊に参加するよう促しました。

 はい、私たちは20年間にわたってお互いを知ってますし、彼が素晴らしいクライマーであることを知っています。しかし登山隊を彼の考えに従属させることはできません。登山隊に招かれたのなら、彼は私たちのルールに従うべきです。私たちは3月まで登山活動を続ける予定でした。彼は出発前に断念すべきでした。

ウルブコがチームに居続けたなら、3月にK2に登頂する機会はありましたか?

 大いに機会はありました。天候のチャンスがありました。C3に入り、アダムとデニスが頂上にアタックすることができました。デニスは私達がK2に登ることを望んでいないと言いましたが、それは事実ではない。私達には私達の計画があります。彼が私達から去って行ったのです。

あなたは登山隊を強化すると話しました。ウルブコぬきで可能でしょうか?

 困難ですが、可能でしょう。強いクライマーが必要です。おそらくJędrka Bargiela(訳者注:ポーランドの強力なスキー登山家)を説得するでしょうか?ポーランドには冬季の経験が乏しくとも強力なクライマーが幾人もいますから、彼らには可能でしょう。しかしながらウルブコに対しても門戸を閉ざしたわけではない。次の遠征では、条件が整えられれば参加もやぶさかではないだろう。

あなたは次の登山隊でも隊長を務めますか?

 私の意志としては、やってみたい。しかし、その決定はポーランド山岳協会が決めることです。協会が他に誰かを選ぶとしても問題はない。私はアドバイザーを務めることができるだろう。私には9歳の息子がいるので、面倒もみなければね。

次のK2冬季遠征はいつ実行されますか?

 次の冬には機会があるでしょう。社会的関心も大きく、登山隊のスポンサーになってくれる企業もあるでしょう。今回の遠征ではスポーツ省の支援に感謝しています。海外に向けてポーランドのイメージ作りに貢献したと思っています。登山隊は世界的な関心を呼びました。

K2の冬季遠征が成功する可能性は大きいですか?

 私たちが「気象予報」に関してより発展させたことが非常に重要なことでした。ほぼ完璧な予報が得られ、効果的でした。好天の機会は周期性があり、遠征中に5回ほどの好天を捉えることが出来ました。それはルート工作を行い山頂を狙うには十分なものです。

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以上引用おわり

 このように、今回の経験を生かして次の冬季遠征やる気まんまんなビエリツキ隊長でした。

 冬季K2を狙いながら慎重なまでに安全を重視するクシストフ・ビエリツキ。
 インタビューでも触れられているように、冬季ブロードピーク登山隊を率いた際、2名の隊員を失ったことが尾を引いていることがうかがえます。

 なおonetに掲載されたインタビューは簡潔にまとめられたもので、詳細はポーランドのクライミングサイト wspinanie.pl 掲載のインタビュー記事を読むと、クシストフ・ビエリツキの考えがより深く読み取れるでしょう。

 今現在、年度末という現場作業員の地獄の季節なもんでブログにアップできないのですが、ロシアそしてポーランドメディアに流れているデニス・ウルブコ、第2のキーマンであるアダム・ビエリツキのインタビュー記事を読み比べてみると、K2冬季登山隊の興味深い人間模様が伺えます。

 おそらく次に冬のK2を訪れるクライマーは、やはりポーランド人達になることでしょう。

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【食べてみた】 Ga-JoL

神奈川の出張から帰ってみると、職場のテーブルに置かれていたのが、なにやら怪しいタブレット菓子。

いや、これ菓子なのか?

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ウチの会社の技術かエラい人が展示会か学会の出張のお土産で買ってきたのだろう、デンマークで根強い人気の菓子。
ラクリス(デンマーク語でLAKRIDS)、甘草を原料にしたキャンディらしい。

現場作業精鋭部隊のエースH田君が1つ口にしたら即吐き出し、「これ食いもんじゃねえ!」の捨て台詞と共に帰宅したw

かつて海外登山隊の「お毒味役」として、他の登山隊が捨てていった食糧の味見役をつとめたワタクシ、ぜんぶ味見してみる。

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まずは『REN LAKRIDS』 RENの意味がわからん。
どれもこんな黒いタブレット。(大きさは一円玉と比較して下さい)
味は、缶コーヒー(ブラック)をメインに、のど飴を足したような味。舌は苦みを感じる。

はじめてのGa-JoL、こんな感じ↓
Dragon

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次は『ORIGINAL』。オリジナルって、すげー強烈な味なのか?
口に入れると、ひたすらミント味。


続いて『SALT LAKRIDS』
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口に入れると、練り歯磨きの味と、雑草をかみしめた味を混ぜたような感じ。

感想はこんな感じ↓
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続いて『MINT LAKRIDS』。これだけ糖衣に包まれている。不吉な予感。
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口に入れると、日本のミントガムをキャンディーにしたっぽい味。

感想はこんな感じ↓
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最後に『POLET LAKRIDS』。
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口に入れると、漢方薬に湿布薬と塩を混ぜたような味。

感想はこんな感じ↓
Hidebu

これが人気菓子とは。。。デンマーク人恐るべし。。。。
文化の相互理解って、難しいですね(棒読み)

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舞台なきアスリートたち

平昌オリンピック開催を目前に控えて盛り上がる1月の韓国。

大韓山岳連盟の新年レセプションの会場の片隅で、鉢巻きにプラカードを持ったクライマー達の集団がありました。

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右端で白いダウンコートを着ている男性はアイスクライミング競技の第一人者、パク・フィヨン氏。(画像:月刊『人と山』誌ウェブサイト掲示板)
プラカードやハチマキには韓国語で『辞任せよ』という文字が読み取れます。
平昌オリンピックにおけるアイスクライミング公開競技開催失敗は、大韓山岳連盟キム・ジョンギル会長の辞任を求める運動に発展、アイスクライマー有志が会長辞任を求める声明を文書で提出する事態となりました。

アイスクライミング公開競技の「催行失敗」に至るまでの経緯を、ついに全国紙である韓国・中央日報もとりあげました。

「アイスキング」パク・フィヨン 「オリンピック正式種目になる機会を失った山岳連盟は責任を負わなければならない」 by 中央日報 2018.3.1

以下引用開始
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「アイスキング」パク・フィヨン 「オリンピック正式種目になる機会を失った山岳連盟は責任を負わなければならない」 キム・ヨンジュ記者 

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 パク・フィヨン(36)は「アイスキング」と呼ばれる。2000年にスポーツクライミング代表を経て2006年以来、アイスクライミング(アイスクライミング)国家代表として活動中である。
 アイスキングは海外でもトップレベルである。国際山岳連盟(UIAA)が主催するアイスクライミングワールドカップでは上位を守り、昨年はワールドチャンピオンの座に登り詰めた。また韓国は2011年から開催された青松ワールドカップを成功裏に誘致し、全世界のアイスクライミングをリードしてきた。UIAAもその点を高く評価し、今回の平昌冬季五輪を迎え、平昌でアイスクライミングショーケース競技(試験プログラム)を開くため、昨年12月にパク・フィヨンを広報大使に任命した。

 彼は議論の中心に立たされた。アイスクライミングショーケースが、最終的に主管競技団体である大韓山岳連盟の未熟な業務処理のために失敗に終わると、彼は山岳連盟を相手に責任論を提起した。そんな彼の主張に対し歓迎する人もいたが、一部では彼を山岳連盟から除名せよという声も出ている。

 パク・フィヨンは先月21日、中央日報とのインタビューで「アイスクライミング競技を世界に知らせ、2022年の北京冬季五輪で正式種目となる絶好の機会だったが、理解できない理由でショーケースが開催されなかった。選手として指導者として、声をあげるしかなかった」と話した。
 彼はソンナム(城南)クライミングジムを運営し、スポーツ・アイスクライミングの人材を育てる指導者でもある。パク・フィヨンは「大韓山岳連盟が生まれ変わらない限り、2020年の東京オリンピックで初めて採用されるスポーツクライミング競技も傍観者となるしかないだろう」と述べた。

一進一退の連盟は国際的な恥

-オリンピックショーケース競技には、どんな意味があるのか。

「ショーケースはカルチャープログラムです。しかし単にデモンストレーションのためのショーではありません。正式種目採択という目標を持ち、オリンピックに出場する楽しさと興行性を、全世界のIOC委員たちにアピールする場なんです。アイスクライミングは、ロシアのソチ冬季五輪に続き、平昌で2番目のショーケース開催が期待されていた。平昌でショーケースが盛況であれば、2022年の北京冬季五輪に正式種目になる可能性が高まったはずなのに、惜しいです。韓国が過去10年間、実質的にアイスクライミング界をリードしてきたので、さらに惜しいんです。

-ショーケースが失敗に終わった理由をどう見るか。

「最初は「予算がない」というのが理由でした。しかし、そのような大金ではありません。当初は5億ウォンで財政難と言われ、1億~2億ウォンまで予算を減らしました。選手たちもお金がないということは知っていました。
 山岳連盟は他の競技団体のような大企業のスポンサーもなく、クライマー達がずっと会場を管理・運営してきたからです。だから選手たちも「それなら私たちも十匙一飯に加えよう」との意見が出ました。(訳者注:十匙一飯とは、「十匙の御飯を足せば一杯の飯になる、皆で力を合わせれば人を助けられるの意味)
 一部の選手は、「国際大会で獲得した賞金を出す」と言ってくれました。しかし予算より連盟の実行力不足が大きかった。ここ半年の間に「ショーケースをする、しない」と声明を変え、国際的にも恥をかいた。大会が開会されなかったことよりも胸が痛みます」

-何度も翻意した理由は何でしょう。

「キム・ジョンギル会長や他の役員に理由を尋ねましたが、まだ回答を聞いてません。前後の説明もなしに「残念だ」の一言だけです。連盟は昨年11月頃に「開催しない」と決定した後に、国内はもちろん国際的に問題になることから「開催する」とした。しかし、その後も一進一退でオリンピック開催月まで氷壁の設置場所も割り当てられませんでした。それまでも「無条件に開催する」という言葉を繰り返していました。開会式を3週間前に控えた今年1月中旬、平昌鱒釣り祭り会場でショーケースを開催する」としました。」

-鱒釣り祭り会場でオリンピックショーケースを開くことができるんでしょうか。

「オリンピック開催地から数十kmも離れたところでショーケースを開くという言葉にあきらめました。ところが、その後も海外の選手たちに「ショーケースのボランティア(選手)に参加してください」というeメールを送っていました。すでにUIAAで「白紙」と発表した後です。恥ずかしいことです。韓国はこれまでアイスクライミングのグローバル化への貢献が非常に高かったが、これまで築きあげた信頼が崩れました。個人的にも信頼を失いました」

-他の国の選手たちから恨み言をたくさん聞いたんですか。

「恨み言とまでは言いませんが、物足りなさを伝えてくる選手が多かったです。アイスクライミングは選手生命が長いので、十数年間かけて親交を積み重ねた選手がかなりいます。友人として、海外でトレーニング中に会えば、技術的な事を助言したりしてくれる。韓国で開催されるショーケースにみんな来たがっていましたが「飛行機のチケットをキャンセルすべきかどうか」訴えてくる友人が多かったです。なんと言えばいいか言葉もなく、困惑しました」

-物足りなさがたくさん残ったようですね。

「半年の間に沢山の失望を重ね、また不本意な論議の中心に立たされてつらかったです。たとえ正式種目ではないとしても、韓国で開かれたオリンピックでアイスクライミングの魅力を見せたかった。もうこのような機会は来ないと思うとより悔しいです。」

-もし北京で正式種目になれば出場するつもりですか。

「それはいいのですが、現在では可能性が低いでしょう。また北京で正式種目になるといっても、そのときには私の年齢は四十を越えています。個人的な成績よりも後輩たちの力になりたい。まだ現役選手ですが、今は後輩の面倒をみるべき時だと思う。今シーズンはクライミングの才能に恵まれた中高生10人を無料で個人指導していました。素晴らしい後輩を育てることが、私が過去10数年間クライミングに投資したことに対する答えだと思っています。」

-スポーツクライミングジム代表として韓国の登山界の将来はどう思いますか。有望な人材はいますか。

「一般の方々は韓国をスポーツクライミング最強国として認知していますが、世界のクライミングの傾向は変わりつつあります。このままの状態であれば、東京オリンピック出場も難しいでしょう。リードとスピード、ボルダリングを全て上手くこなさなければなりません。オリンピックのメダルも三種目を合わせた結果によります。」

-山岳連盟に言いたいことは。

「アイスクライミングのオリンピック正式種目採択は、今回のショーケース開催失敗のためにやむを得ず待たされることになるでしょう。連盟には、より責任のある姿勢を示して欲しい。スポーツクライミングは事実上、監督・コーチがいないのが実情です。国際大会を控えて、その都度に代表チームを作っているためです。そんな状況では体系的なトレーニングを行うこともできない。技術習得も選手自身が処理しなければならない課題です。選手と指導者層との乖離がとても大きすぎる。コーチの中に、選手に技術的アドバイスをしてくれる人がいない。その間、連盟の動きは停滞していました。改革が必要でしょう。」

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以上引用おわり

パク・フィヨン氏のfacebookを閲覧しましたが、会長辞任を求める抗議行動に関する記事でも「自分は(後輩達に対して)恥ずかしい人間でありたくない」という短い文を記しているだけでした。 上下関係が厳しい韓国社会、表だって山岳連盟の先輩方を糾弾することは大変な勇気が必要だったはずです。

さて、結局アイスクライミング競技の行方はどうなるのでしょう。
その方向性を示唆する文言が、韓国の山岳雑誌・月刊『山』2018年3月号のUIAAフリッツ・ブリジランド(Frits Vrijlandt)氏インタビューにうかがえます。

以下引用開始
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Q.アイスクライミングの冬季オリンピック正式種目採択のために、今後どのような計画がありますか。

A.冬季ユニバーシアード大会など、できるだけ多くの大会にアイスクライミングを参加させようと努力します。また、アジアチャンピオンシップをはじめ、アジアユース選手権、ナショナルカップ、ヨーロッパカップなどの大会を開催します。オリンピックのような世界大会にショーケースやオープン戦を徐々に拡大していく計画です。その後、自然に底辺も拡大して選手層も広がり、五輪正式種目に採択されることが可能だと思います。

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以上引用おわり

大韓山岳連盟の失策はさておき、UIAAではアイスクライミング競技の冬季五輪種目採択にむけて今後も活動していくようです。

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キリル文字の夜 最終夜

東京ロシア語学院、通学最終日。

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今日は少し時間に余裕があったので早めに登校。

ぼつぼつと他の皆さんが登校してくる。
男性受講生の方が
「今日で最終日ですね」と声をかけてきた。
嗚呼、私も少しはキリル文字に慣れただろうか。

いつもと同じように、キリル文字の解説、そして例として挙げられている単語を一人ずつ音読していく、という授業。
キリル文字、ロシア語アルファベット33文字のうち2文字は発音しない。
その発音しない文字「分離記号」、「軟音記号」を学ぶ。
それから疑問文、平叙文のイントネーション。
イントネーションによって疑問文になったり平叙文になったりする例を学ぶ。

いつものように淡々と授業は進められ、21時、授業のおわりを告げる「白鳥の湖」のオルゴール音が館内放送で流れる。こうして5日間の集中講座は終わった。
皆で「お疲れ様ー」と声を掛け合い、教室を去って行く。

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記念に「ロシア語文法表」(ロシア語の格変化などを冊子にまとめたもの)を買い求め、東京ロシア語学院から退出。

今回の講座はひたすらキリル文字、ロシア語のアルファベットの発音とイントネーションの解説に的を絞った内容なので、文法にはほとんど触れられていない。
ロシア語という広大な海のほとりに、ようやく立ったにすぎない。
まあ慌てても仕方ない。好きでやっていることだ。

ロシア語使いになることを夢見て、ビジネスホテルに帰る。
明日も仕事だ。

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キリル文字の夜 第四夜

東京ロシア語学院、通学四日目。

本日は神奈川も冷たく激しい雨。
日中の現場作業でも気温は上がらす、山形から念のため持ってきていたアンダーウェアを着込んでいても寒い日。
身体が資本の現場作業員なので、絶対に風邪をひいたり体調を崩すことは許されない。

17時半過ぎにビジネスホテルに戻り、少し休憩。
日中あまりにも寒かったので温かい部屋に戻るとボーッとする。
ボーッとしている間に時間が過ぎ、電車の時間が迫っていることに気づき、身支度を調えてホテルを出発。

電車2本を乗り継ぎ、経堂駅を出てからコンビニのイートインコーナーでアンパンと缶のブラックコーヒーを口にするのが日課だ。
授業中に眠くなるのを防ぐため、アンパンの軽食だけにして夕食は摂らない。

木曜日、現場作業の疲れに加えて、授業内容もひたすら子音の軟音の練習。
頭がボーッとしてくる。
ときおり姿勢を正して眠気を払う。

四日目にして「o」や「H」の発音には慣れてきたが、まだまだ「п」などキリル文字特有の単語に戸惑う時がある。

1時間半の授業を終え、まだ電車2本乗り継いでビジネスホテルに戻る。
雨と汗で濡れた作業着や手袋を乾かしたり、洗濯したりする野暮用を終え、就寝するのは12時前。

私の場合たった5日間だけど、定時制学校に働きながら通う学生の苦しさをちょっぴり味わった、雨の一日。

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キリル文字の夜 第三夜

東京ロシア語学院、通学三日目。

疑問文、平叙文のイントネーションを学ぶ。

ロシア語からの直訳らしい「硬母音」、「軟母音」、「硬子音」、「軟子音」の世界に突入。

学び初めて三日目だが、まだ時々「o」や「H」を英語読みしてしまう。
今回の授業ではキリル文字の発音が中心なのだが、滝野先生がサービスで「ちょっと挨拶もやってみましょう」と2つのフレーズを教えてくれる。
単調な文字の解説が続いていたので、私含め皆さんの雰囲気がパッと変わるのをなんとなく感じる。

滝野先生が教えてくれたフレーズは、

『Здравствуйте! 』

『До свидания』

本日の授業の終わり、滝野先生は『До свидания』と言って退出していった。

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東京ロシア語学院の男子トイレにて。
「一歩前へ」もロシア語表記です。

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キリル文字の夜 第二夜

東京ロシア語学院、通学2日目。

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教室は机が3列ほど並ぶ、小さい教室だ。
受講生は私を含めて7名。男性2名、女性5名という構成。
担当講師は滝野泰志先生。

授業はひたすらキリル文字(ロシア語のアルファベット)の発音。
各文字の発音、イントネーションの解説が終わった後、子音には母音を付け、各文字の項目では例文(例「単語」)が出てくるので、
「はい大滝さん、この単語を初めから読んでみて下さい」
と受講生全員が一人ずつ音読していき、次の文字に移る、という流れで授業は進む。

今日は初めからロシア文字「P」の発音に悩まされる。
ロシア文字「P」は舌を震わせてラ行の発音になるのだが、この舌を震わせて発音するのが難しい。
受講生皆さん、ロシア語学習に思い入れがある方ばかりなのか、皆さん舌を震わせるのがなかなか巧い。

さらに厄介なのが「ы」。
日本語の「い」の口の構えのまま、舌を奥に引っ込めた状態で発音する。
先生曰く、「日本語にも英語にも無い発音、これは練習が必要です」。

もっとも、テキスト独習ではできないナマの発音を知りたくて、わざわざ仕事帰りに専門学校に通っているのだが。

2日目はロシア文字発音の困難さの洗礼を受けてトボトボ帰る。

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キリル文字の夜 第一夜

3月5日、月曜。

本日から、東京ロシア語学院春期集中講座、夜間クラスに通学する。

神奈川県某所に出張中の身だが、現在従事しているのは某大手ゼネコンの現場作業。
幸いにも、17時きっかりに作業終了となる。
月曜から金曜までの5日間、空いている夜をロシア語の学習に費やすことにする。
教材費込の受講費16800円は、会社からの出張手当を注ぎ込んで工面した。

電車を乗り継ぎ、小田急線の経堂で降りる。
映画『ブレードランナー』に出てくるようなゴチャゴチャした商店街を抜け、東京ロシア語学院に到着。

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受講内容は『発音とイントネーション』。
ロシア語のアルファベット、キリル文字33文字の発音とイントネーションのみを集中的に学習する講座である。

最初はа、o、у、эの母音から始まり、子音へと続く。
キリル文字特有のд。
ロシア語特有のアクセントとして、アクセントの無いoは短く弱いaと発音するなどに戸惑いながら、第1日目は終了。
授業時間は19時30分から21時までの1時間半びっちり、休憩無し。

帰路、小田急線の登戸にあるパン屋でタイムサービスのピロシキを買う。
明日も現場作業、そしてロシア語の授業だ。

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ポーランド隊、冬季K2登頂を断念

冬季K2登頂を目指すポーランド隊は3月5日、冬季K2登頂を断念しました。

K2: Krzysztof Wielicki ogłasza koniec wyprawy by Wspinanie.pl 2018.3.5

隊長のクシストフ・ビエリツキによれば、

ルート偵察に向かったアダム・ビエリツキ、ヤヌシュ・ゴラブの報告によれば、C1までフィックスロープは雪に埋まり、C1~C3までキャンプが破壊されている可能性が高い。

気象予報では、3月11日頃の一度しか頂上を目指す機会が無い。

隊員の高度順応が不十分。

ルート上部では降雪量が80cm以上に達し雪崩の危険性が高い。

3月11日以降の気象が不安定。

これらの状況から、隊長のクシストフ・ビエリツキは登山活動続行を断念した模様です。

今回の登山活動では、単独行動をとったデニス・ウルブコが報道によってまちまちですが7600m付近に到達したといわれていますが、確認されていません。隊としてはアダム・ビエリツキの7400mが最高到達地点となりました。

南南東リブにおける負傷者続出、南南東リブからアブルッツィ稜へのルート変更、物議を醸したデニス・ウルブコの単独行動など、様々な要因はありますが、隊の主力であるアダム・ビエリツキが「あと2回、好天がきてほしい。高度順応のためと、山頂アタックのためだ。」とコメントしているように、不安定な天候に翻弄されたようです。

これに先立つ2月28日、デニス・ウルブコは登山隊を離れ、先に下山しました。
そのときの様子がこちら↓

2014年の冬、自ら冬季K2登山を計画したものの「政情不安」を理由に中国政府から登山許可取り消しを喰らい、2015年には、wspinanie.plが報道したように将来のポーランド隊冬季K2計画を見越してポーランドの市民権まで取得したデニス・ウルブコ。

チームワークを重んじるクシストフ・ビエリツキ。

それぞれの思惑など関係無いが如く、冬季のK2は世界でもトップレベルのクライマー達を寄せ付けず、未踏のまま、次のクライマーを迎えることになります。

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笑う子供達

 神奈川県某所の出張先から一時帰宅させてもらい、山形県朝日少年自然の家企画事業『ブナ雪原探検隊』の第2日目日程にサポーター参加。

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今年も晴天に恵まれました。

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豊富な積雪のおかげでヤドリギも間近に観察することができる。

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斜面は滑り台に早変わり

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今年の参加者は小学生7名、保護者の方1名。
学校が異なるのでスタッフの方も雰囲気作りに気を配ったとのことでしたが、皆打ち解けて補食(行動食)のお菓子を交換したりしている。
所長いわく「大人より子供達の方がすぐに打ち解けるよね」
横で聞いていて、人間関係の構築が下手な私は反省。

「一本ブナ」と呼ばれる大木のところまで来ると、たいてい女の子たちは「ここでお昼にしようよー」 「つかれたー」という声が出て歩くペースも落ちてくる。

隆ちゃん(所長の奥様)から「キットカット配るよー」と差し入れの声がかかると、

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これぐらいの勢いで駆け寄ってきた子供達↓

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いつもの小ピークは冷たい風があたるため、風のあたらない沼地に移動して昼食。
何が可笑しいのか、女の子4人組の笑い声がいつまでも響く。

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雪の斜面があれば、そこが遊び場。

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私は静かな昼食時間を過ごさせてもらいました。
本日のガイド講師、月山朝日ガイド協会事務局の横山さんともガイド談義。

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昼食時、お湯とコーヒーを配って歩くスタッフのお三方。
今年度も朝日少年自然の家での行事ではお世話になりました。

この日は別れの集い前に、退出させていただく。
自宅で山道具を手早く片付けた後、ふたたび神奈川県某市に車で移動。
また明日から現場作業の日々に戻ります。

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