はいはい年末ですよ

Rest
Model : Medina Maimaiti (Chinese (Uyghur) actress)

日々多くの方々にアクセスいただき、ありがとうございます。
毎年恒例、年末の現場作業とゆー地獄の黙示録が始まるためブログ更新テキトーになります。

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家政婦は見た

家政婦は見た。
はるかな高峰に立つ夢を。

白天当保姆,夜里爬楼,她去登了世界最高峰(昼は家政婦をこなし、夜はビルを登り、世界最高峰に行く) by 8264.com 2017.12.6

以下引用開始
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昼は家政婦をこなし、夜はビルを登り、世界最高峰に行く

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 フィリピン人家政婦といえば、何を連想しますか。
 彼女達は故郷を離れて住み込みで働き、収入は高くはありません。
 しかし香港在住歴21年のフィリピン人家政婦、46歳のリザ・アベリノは自力で資金と休暇を貯め、ヒマラヤを登り、キリマンジャロの山頂に立ちました。登山に行く度、彼女は常に唯一のフィリピン人、唯一の家政婦です。

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 普段の彼女は、香港在住の約35万人の外国人家政婦と同様、一日中雇い主の家の世話をします。一回海外登山する毎に、リザは1~2年の給料を費やします。しかし彼女にとって重要なのは金でもステイタスでもなく、さらに彼方をめざすことです。

 現在、彼女は少し名前が知られ、登山の援助を希望する人がいるとしても、彼女は支援を受けず、支援金をすべてフィリピン人家政婦組織の支援金として寄付してもらっています。彼女は登山することによって、フィリピン人家政婦達へのイメージを変えたいと考えています。

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 香港では法律により、外国人家政婦は雇用主の家に住所を定めます。リザの仕事は週6日、毎朝8時に雇用主Juliet(右)の子供を学校に送り、それから家事をこなし、夜は子供を寝付かせ、1日の仕事が終わります。


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 日曜日は外国人家政婦唯一の休日です。彼女たちはいつも広場や公園に集い、故郷の食物を食べたり、チャット、家族とFaceTimeで話したり・・・これが彼女たちの休日の過ごし方です。

 香港に来て初めの数年、リザは広場の上に座っていましたが、彼女はその環境が好きになれませんでした。とても騒がしく、その上見知らぬ他人が彼女たちの写真を撮っていきました。

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 2006年のとある日曜日、とても暑かったのでリザは図書館へ涼みに行きました。そこで一冊の香港登山ガイドブックを読み、彼女は山登りを始めました。

 最初の山登りは雇用主の家の近くにある「黄泥涌」でした。彼女は高いところから香港を眺めることを経験し、かつて感じたことのない美しさ、リラックスした気分を味わいました。それから日曜日ごとに、リザ山登りに行きました。

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 当時の雇用主がリザに香港の登山グループを紹介してくれました。会員に自己紹介する時、皆の職業は金融業のホワイトカラー、医者や教師で、リザは長い時間をかけてコンプレックスを克服しました。

 山友達はリザが道を覚える能力に長けていることを見出し、時にはリザが引率者の役目を果たしました。1度、登山に参加した外国人女性がフィリピン人家政婦の引率と知り、リザの能力を疑いとても戸惑いました。しかし見事な引率登山で事実を証明し、最後には外国人女性はリザにビールを奢ってくれました。

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 香港の外国人家政婦の最低賃金は毎月4310HKドル(訳者注・日本円で約62600円)です。外国人家政婦のほとんどは女性で、彼女たちは香港に来て普通1つの目的しかありません。生活を切り詰め仕送りし、家族の暮らしを良くすることです。リザの初めの数年もそうでした。

 しかしリザの結婚生活は幸福ではなく、不公平感を感じ始めていました。
「夫は仕事も探さず、月末に私の仕送りを待ち、私にどんな生活をしているのかたずねることもない。」
 リザはもう家に仕送りしないこと、家に帰らないことを決心し、稼いだ給与のほとんどを登山につぎ込みました。

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 香港には40以上のハイキングコースがあり、リザはとても親しんでいます。彼女はもはや卑屈でなく、家政婦であることを堂々と言うことが出来ます。

 一昼夜をかけて100キロにおよぶウォーキングイベントを完走した後、彼女は右手首にトンボ、サンスクリット語で「今をつかみ、この瞬間を掴む」という最初のタトゥーを入墨した。 リザは言う、「トンボは半年しか生きられないが、全力で生きる」

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 リザはずっとヒマラヤ山脈にあこがれていましたが、彼女はこれまで雪を見たことがありませんでした。更に雪の上を歩いたこともありません。2014年、彼女はまず日本をめざし、一度雪山を登ることを決意します。

 領事館では、リザが初めて日本を旅行する外国人家政婦でした。そのためビザの取得には多くの書類が必要でしたが、2週間待たされ、ついには領事館に電話して彼女はビザの取得がかないました。

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 彼女は連続して13時間登り続け、3189mの日本第5位の槍ヶ岳に登りました。

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 2015年5月、リザは2年かけて給与を貯め、初めてのヒマラヤ山脈を目指しました。6189mのアイランドピーク登頂を計画し、彼女は友達に登山装備を借り、自身は靴とアイゼン、防寒着をそろえました。

 氷河に囲まれたエベレスト峰の南側、アイランドピーク。5087mのエベレストBCに到着した後、リザは50度以上の急斜面を4時間登り続けましたが、アンダーウェアの品質が不良で汗が排出されず、服が濡れてしまい、リザは風邪をひいてしまい、進むことができませんでした。

 断念したとき、2年間かけて貯めたお金のことを思い涙があふれましたが、彼女は再び来ようと考えました。

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 ガイドは彼女に対して、本当にアイランドピークに登りたいなら、少なくとも週3回以上山に登ることが必要とアドバイスしました。

 リザは、月曜から土曜まで一日中働き、夜間にハイキングはできないと考え、雇用主の家の近くに21階建アパートを見つけ、15キロのダンベルを背負い、階段を登り続けている。

 初めは脚力が不十分で呼吸も乱れましたが、毎週3回は階段を登りに行き、少しずつ足どりと呼吸が楽になっていきました。

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 1年後の2016年、リザは再びヒマラヤ山脈に行き、今度はアイランドピークの5900mに到達、山頂まで200mまで迫りました。しかし目前に垂直の氷壁が立ちはだかり、リザの脚力ではよじ登ることができませんでした。
しかし彼女はそれでも自分の進歩を喜びました。

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 リザは自身にヒマラヤ山容のタトゥーを入れた。彼女はヒマラヤに戻り、いつか山頂に登ることができると言う。

 リザの話を聞き、彼女により良い支援をしたいとスポンサーの申し出もあったが、リザは登山2行くためにお金を節約したいと考えている。それは登山を楽しむためだ。彼女は本当に支援したいと考えるならば、フィリピン人家政婦を支援するNPOに寄付することをスポンサーにお願いしました。

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 2017年7月、アフリカ・キリマンジャロ山への旅に出発する前、フィリピン人家政婦の支援機関「The Help for Domestic Helpers」に依頼し、フィリピン人家政婦が自分の権利を守る方法・自分の資産を管理する方法を学ぶためのオンライン寄付プラットフォームを作った。

 タンザニアでは、リザは一日6時間から8時間かけて8日間登り続け、キリマンジャロ山5,895mに登頂、このように仲間のために募金を行いました。

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 リザはJuliet一家のために働き、すでに8年が経ちました。最近、10年間の契約を更新しました。 4歳と11歳の雇用主の子供たちは、リザがとても好きで、2人とも寝る前にリザを抱き締め、おやすみなさいを言います。

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 残念なことに、リザは自分の子供を15年間見たことがない。今は24歳の双子の男子です。リザは2人の子供の写真を1枚しか持っておらず、写真をしまい込んでいるが、もう見つからないかもしれない。

 フィリピンの家族は、彼女が非常に悪い母親であることを2人の息子に話し、彼女はそれを受け入れた。

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 リザは日曜日に雇用主の子供を連れて山に登った。たまに雇用主の子供を連れて香港の山に登るが、彼女は2人の息子とヒマラヤやキリマンジャロの話をする機会は、ありません。

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 息子達が彼女がやってきたことを少しでも誇りに思い、そしていつか再び出会えることを、願っています。

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以上引用おわり

 私はどうにも「高所遠足」という言い方が好きではない。
 高峰を目指す以上、一人一人の「思い」というものがあるからだ。

 金にモノを言わせて「七大陸日本人最年少」とやらでメディアに祭り上げられる小娘がいる一方、地道に給与を貯め、スポンサーの申し出は仲間たちコミュニティ改善の寄付にまわし、コツコツと自分の夢を実現させていく人もいます。

 この記事で取り上げられているフィリピン人家政婦リザ・アベリノ(Liza Avelino)はTEDx(TEDのフランチャイズ形式の地方版)にも出演し、そこそこ名前も知られるようになりましたが、今も家政婦として地道に働き、地道にトレーニングし、次の目標を目指しているようです。
 彼女の姿をとりあげた動画がこちらです。↓

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門松とマシュマロ

 山形県朝日少年自然の家主催 『クリスマスリースと門松づくり』 にサポーター参加。

 昨日まで、石綿が高濃度に漂う閉ざされた空間の中で工事作業。
 にぎやかな子供達に囲まれていると、精神的に生き返る思い。

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今回の私は門松作り班のお手伝い。

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ベースとなる空き缶に畳表を巻いていきます。

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今回のプログラムにサポーターとして参加するにあたり、事前に「門松のいわれ」、「門松の飾る時期」、「処分方法」、などなど事前に調べてきたのだが・・・・

私、『男結び』ができませんでした(;д;)

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講師の先生からも「ん~これ違うな~」と結び直される、私の男結び。

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なんとか『男結び』をクリアして、竹の飾り付け。この後はナンテン代用のツルウメモドキ、松を飾り付け、水引を結びつけて完成です。

館内で昼食。
私は早めに昼食を済ませ、「マシュマロ焼き」の会場へ直行。

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早めに会場に行き、さっそくマシュマロを焼いて食堂の子供達にアピール。

まもなく、ぞろぞろと子供達がやってきました。
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職員の方がコストコで仕入れてきた巨大マシュマロ、子供達に大人気。

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サポーター仲間で元職員の井上さんとも話ましたが、「やっぱり食べ物のプログラムって盛り上がりますね」
今日は親子参加が多かったのですが、焼きマシュマロとお子さんをスマホで撮影する保護者の皆さんが多い。

本日も多くの参加者の笑顔にほっとする思いでした。
職員・スタッフ、サポーター仲間の皆様、お疲れ様でした。

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筆者作成の門松。
これを飾る頃には、気が遠くなりそうな現場作業も終わっている頃だろうか。

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ミック・ファウラー、癌闘病を告白

イギリスのミック・ファウラーが癌と診断され、闘病の様子をバーグハウス公式ウェブサイトで告白しました。

A PERSONAL UPDATE – WHY THE MICK AND VIC REUNION-2 WAS DELAYED – MICK FOWLER by berghaus 2017.12.5

Mick
10日間、自身の身体にチューブを挿入され、化学療法に挑んでいるミック・ファウラー (Photo by Mick Fowler)

兆候は自身の大便の色がおかしいと思いつつ放っておいたところ、奥様にも診察を勧められ、内視鏡検査の結果、癌を告知されたとのことです。

現在は本人が画像を公開している化学療法の他、放射線療法も進めているとのこと。

ジェフ・ロウの場合もそうですが、なにゆえ神は真のアルピニストに病魔という試練を与えるのか。
死よ、驕るなかれ。

ミック・ファウラー氏の全快を心よりお祈り致します。

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2017年 ピオレドール・ロシアおよびクリスタルピーク賞ノミネート

ロシアおよび旧ソ連圏のクライマーによる素晴らしいクライミングに贈られるピオレドール・ロシア(ロシア山岳連盟選定)、クリスタルピーク賞(ロシアの山岳誌選定)のノミネートチームが先日発表されました。
今年は次のチームが選ばれています。

●トランゴ・ネームレスタワー6237m 南西壁「Claire de Lune」(1999年スイス隊開拓)ルート登攀 2017年7月15日~22日 ルート長1620m 6B VI A4 コンスタンチン・マルケビッチ、ドミトリー・スコトニコフ、アレクセイ・クロシュキン
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登攀の様子

●カナダ マウント・アスガード2011m 北西壁「ラタトスク」ルート開拓 6B ルート長1265m ドミトリー・ゴロフチェンコ、セルゲイ・ニーロフ
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ルートを伸ばすセルゲイ・ニーロフ
ルート名の「ラタトスク」は北欧神話に出てくるリスのこと。天と地を駆け巡るイメージで命名したそうです。
セルゲイ・ニーロフのコメントでは、アスガード登攀を思いついたきっかけの一つとして、レオ・ホールディングの動画に影響されたとのこと。ネット動画の影響力は小さくないですね。

●中国・四川省 Kamailong 東面 「アムステルダムへの道」開拓 6A~6B ルート長970m マリナ・コプティバ、ガリーナ・シビトーク 
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C22
しばらく大きな遠征をひかえていたマリナ・コプティバ、ガリーナ・シビトークでしたが、女性クライマーのための遠征助成金を受け、中村保氏著作の地図集からヒントを得て今回の遠征を決めました。いつものパートナーであるアナスタシア・ぺトロワは残念ながら山麓で体調不良となり2人での登攀となりました。

●サバ峰5300m北壁冬季登攀 2017年1月10~15日 1600m コンスタンチン・マルケビッチ、ドミトリー・スコトニコフ、アレクサンドル・パルフェノフ
Cp5

●プンギ6538m南東壁 初登攀 ユーリ・コシェレンコ、アレクセイ・ロウチンスキー
Cp12

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登攀の様子

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以上の5チームはビオレドール・ロシアにノミネートされているチームです。
同時に、これら5チームはクリスタルピーク賞にも重複してノミネートされています。

次にクリスタルピーク賞にノミネートされている他隊を紹介します。

●ハンテングリ・ポベーダ 冬季連続登頂 2017年1月~2月 セルゲイ・セリベルストフ、アレクセイ・ウサートフ、セミョーノフ・ドベルニチェンコ、ミハイル・ダニーキン
Cp3

●ノルウェー・ロフォーテン 2017年7月20~22日「北極のオデッセイ」 ドミトリー・パーノフ、アンドレイ・パーノフ、アナール・ジミーロフ 6A A3 950m
Cp4

●ケニア山5188m東壁北東バットレス 2017年9月30日~10月3日「ボストーク(東)」ルート開拓 5B 630m アレクサンドル・ユーリキン、アレクセイ・オフチニコフ、セルゲイ・グルジー
Cp6

●チャパエフ峰6371m 南西壁新ルート「チェッカー(サーベル)」 IV、4、AI 90、M4 デニス・ウルブコ、マリア・カルデリ
Cp7

●東サヤン山脈 無名峰「トロイ」ルート開拓 2017年7月11日 5A 550m
Cp8

●グレート・トランゴ「インシャラ」開拓 2017年7月9日~23日 6B 1850m イゴール・スツダルツェフ、イワン・テメレフ、アントン・カシェフニク
Cp9

●ポベーダ峰~ヴァジャ・プシャヴェラ峰縦走 2017年8月3日~8月10日 アレクサンドル・パルフィオノフ、アントン・レズネフ、アレクセイ・シュカレフ、ワデム・カーリキン
Cp11

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以上がクリスタルピーク賞にノミネートされているチームです。

ピオレドール・ロシアは12月2日、ロシア山岳連盟の審査員によって結果が発表される予定です。

クリスタルピーク賞は12月9日に結果が発表予定です。
こちらは審査員投票の他に今年も一般投票が予定されており、
Sen
私も2票の投票権持ってますので、よーく考えて投票してみます。

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餅の里、一関

さすらいの現場作業員、先週から岩手県は一関に住み込み。

さっそく一関市立図書館にて調べもの。
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地方都市の公立図書館としては非常に垢抜けたデザインで、綺麗なカフェも併設されている。
なにより社会人にうれしい、開館時間が午後8時まで。

一関市を含む岩手県南は伊達藩の影響を多大に受けていること。
そして「餅食」文化の地であることを知る。

調べていくうちに腹へってきた。あー我慢できん。
急遽、「餅膳」で知られる ふじせい に直行。
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注文したのは、もちろん「ひと口もち膳 雑煮付」。
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こういうお雑煮付きです。

では、「ひと口もち膳」を一つずつ解説。

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しょうが餅 具はシイタケ、根しょうがのおろし汁を効かせた「あん」がかけられている。しょうががばっちり効いていて喉にきます。

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あんこ餅 岩手県南独特の「もち本膳」では最初にふるまわれる餅。冠婚葬祭に欠かせない一品とされ、こしあんです。

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納豆餅 岩手県南では冠婚葬祭で餅が出されるが、納豆餅は「糸を引く」という言葉から不祝儀に出すのは禁忌とされる。

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くるみ餅 オニグルミをすり砂糖・塩で味付けしたもの。ちなみにくるみ餅は「岩手県民の好きな餅」の上位に常にランクする餅だそうな。

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大根おろし 甘酢で味付けされている。岩手県南伝統の「もち本膳」の中央に位置する、欠かせない一品。

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ごま餅 黒ゴマをトロトロにすったタレ。

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えび餅 小さな沼エビを丸ごと炒って、だし醤油であじつけした餅。岩手県南独特の餅で、食文化に関する文献を調べていて一番気になっていた餅。真っ先に箸を伸ばして喰いましたが、エビの香ばしさが餅によく合う。けれども、最初にあんこ餅を食べるのが本式の作法です。

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ずんだ餅 枝豆をすりつぶし、砂糖・塩で味付けしたもの。本来は夏から秋の餅料理。そもそも岩手県南に餅文化が根付いた理由の一つは伊達藩の影響といわれるが、当然ずんだ餅も流入してきたものだろう。

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じゅうね餅 「じゅうね」とはシソ科の「エゴマ」の実をさす。ゴマ同様によくすって砂糖・塩で味付けしています。かすかにシソっぽい風味です。

タレを残さずたべられるようスプーンもつきます。各小皿の餅は一口サイズなので、小食な女性の方でも全部食べられると思います。

 以前とりあげた「お茶餅」でも書きましたが、餅文化といっても、もともとは貧しい農民たちはクズ米を粉にして練り、「しいな餅」として食していました。
 古老の証言では、現在のように「白い餅」が食べられるようになったのは昭和35年あたりから、と言われています。ちょうど日本の高度経済成長の頃ですね。
 しかし昭和40年頃を境として、県南地域の結婚式から本格的な「もちふるまい」、「もち膳」の習慣・作法が消えていきました。
 ようやく生活が豊かになり、「白い餅」が食べられるようになると同時に、地方独特の習慣も消えていく。

 一方で、岩手県南の自治体では「餅食文化」としてイベントや研究会などで、古来の「もち本膳」の作法を残すべく活動が続けられています。

 初日に美味しい「ひと口もち膳」を食ったし、今週も仕事頑張ろう(自己申告)。

参考文献 : 一関もち文化研究会「一関地方に伝わる「もち膳」の再現」平成18年、 一関もち食推進会議「もちのまち」平成29年、佐藤育郎「一関お餅道場」平成20年

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ショウナ・コクシーはワーゲン好きらしい

イギリスのショウナ・コクシーは、フォルクスワーゲン好きらしい・・・

イギリスはシェフィールドにほど近い街・ロザラムのフォルクスワーゲン輸入代理店・バン専門店「Leighton Vans」のPR動画に出演してます。
やかましいBGMのクライミング動画と違い、ピアノをメインにした音楽がヨーロピアン風ですな↓

ショウナ・コクシーはプライベートでもフォルクスワーゲンのバンを愛用してるようです。

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ロシア隊、プンギ南東壁完登

 信頼できるロシア情報筋によれば、ロシア人ペアがネパールヒマラヤ、プンギ(Phungi 6538m)南東壁の登攀に成功しました。

Phungi

メンバーはアレクセイ・ロウチンスキー(2014年タムセルク南西壁中央バットレス初登)、ユーリ・コシェレンコ(2003年ワレリー・ババノフと共にヌプツェ東峰南東バットレス初登)の2人。

10月26日にBCを発ち、雪氷壁をたどって10月28日16時30分に登頂、30日にはBCに無事下降。
登攀中はひたすら寒かった、とのコメントを伝えています。

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パンドラ(Pandra 6,700m)北東壁、陥つ

 去る10月18日、カンチェンジュンガ山群のパンドラ(Pandra 6,700m)北東壁がフランス隊によって完登されました。

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Mathieu Détrie, Pierre Labbre y Benjamin Védrines abren una gran línea al Pandra (6.700 m) by Desnivel 2017.11.3

マシュー・デトリー(Mathieu Détrie)、ピエール・ラブレ(Pierre Labbre)、ベンジャミン・ヴェドリーヌ(Benjamin Védrines)のトリオは10月16日に北東壁にとりつき、6000m、6400mでビバーク、18日14時に登頂、19日にはBCに無事下降した。

2016年の日本隊 (2015年の谷口けい隊か?) のラインを踏襲するのではなく自分たちのラインをたどったとしている。

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今回のフランス隊のライン

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10月16日、北東壁にとりつく

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10月18日、頂上直下の雪壁

彼らが登攀した北東壁のラインは「Peine plancher」(短期懲役刑)、(1200 m、ED、WI6、M6)と命名されました。

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フランス隊の3名。キャプションが無いので誰が誰だかわかりません。
先日のヌプツェ南壁を登攀した「髭ギャング」にならって「ハゲギャング」にしたとか。流行なのか!?

公開されている散髪の様子↓

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2017年 ピオレドールアジア賞は、

11月3日18時より韓国・ソウルで開催されたピオレドール・アジア賞の審査および表彰式において、

2017年ピオレドール・アジア賞はシスパーレ北東壁の平出・中島ペア、
Po2
2歳の我が子と共に表彰台に立つ平出氏

2017年ゴールデン・クライミングシューズ賞は、韓国のチョン・ジョンウォンに決定しました。
Po3
表彰台に立つチョン・ジョンウォン氏

そしてピオレドールアジア・生涯功労賞は、
Po1
インドのハリシュ・カパディア氏に贈られました。

本家ピオレドールの生涯功労賞は欧米・西ヨーロッパ人に偏向していますが、ハリシュ・カパディア氏がインドヒマラヤ登山に貢献してきた功績を考えるならば、十分に本家ピオレドールの生涯功労賞の資格があると当ブログでは主張しておきます。

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月山・姥沢口の県道通行止め 【2017年11月2日現在】

所属する月山朝日ガイド協会からの告知です。
10月30日の降積雪のため、姥沢登山口に通じる県道が早めに閉鎖になりました。

以下引用開始
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 志津から姥沢に向かう県道は、当初11/6の冬季閉鎖予定でしたが、10/30の積雪のため、早めに閉鎖になりました。志津の積雪はすぐ消えましたが、姥沢は積雪が残っている可能性があります。
 博物園入り口のところで閉鎖となっていますので、ご注意ください。
 また、強い寒気が入ると博物園までの道路や、国道112号もいつ積雪するかわかりませんので、夏タイヤの方は天気予報や国道ライブカメラなどチェックして無理のないようお願いします。

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以上引用おわり

山形県の庄内・内陸を結ぶ国道112号線では既に降雪がみられています。
山越えして晩秋の登山を計画されている方、道路状況にはじゅうぶんご注意ください。

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【訃報】 フレッド・ベッキー逝去

人生すべて山。

Fred2

 アメリカのフレッド・ベッキー(Fred Beckey)氏が10月30日、シアトルの親友宅にて、鬱血性心不全により亡くなりました。94歳でした。亡くなる直前まで、高齢にもかかわらず現役クライマーとして活動を続けていました。

Fred Beckey, legendary mountain climber, dies at 94 by Denverpost 2017.10.30

 最近は高齢でも現役を続ける姿が話題になっていましたが、そもそもはアラスカをはじめ北米を中心に活躍した「北アメリカでは最も活躍した探検・登山家」(ダグ・スコット著「ビッグウォール・クライミング」より)でした。

Fred
 北米各地で大岩壁を開拓しまくっていた頃のフレッド・ベッキー

 特筆されるのは、1940年代から60年代にかけて、フリッツ・ヴィースナーら往年の名クライマーを退けてきたバガブー山群の針峰群を次々と開拓していった経歴でしょう。北西部出身のベッキーとヨセミテで名を挙げたシュイナードが組んでサウスハウザースパイア・西柱状岩稜初登などを果たしています。

1970camp
1968年、ヨセミテ・キャンプ4にて クライミングのレジェンド達 クリス・ジョーンズ、フレッド・ベッキー、イヴォン・シュイナード

Bagaboo
バガブー・スパイアからのぞむスノーパッチ・スパイア西壁のルート。×印はビバーク地

近年になって記録映画『DIRTBAG: THE LEGEND OF FRED BECKEY』も製作されました。

フレッド・ベッキーの親友いわく、
「彼は常にやりたいことに満ち満ちていた。」

クライミング、登山の偉大な先達の死に、哀悼の意を表します。

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2017年 ピオレドールアジア・ノミネートチーム

今年も韓国の月刊誌『人と山』主催のビオレドールアジアに、日本、韓国、中国から登山隊がノミネートされました。
ノミネートされたチームは次の通りです。

12th PIOLETS D'OR ASIA 最終候補チームのプレビュー by 月刊『人と山』2017年11月号

以下引用開始
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12th PIOLETS D'OR ASIA

最終候補チームのプレビュー

 純粋で進歩的な登山を展開し、アジアの登山家たちを激励し鼓舞する意図で制定された、ピオレドールアジア賞も今年で12回を迎えた。登山のオスカーと呼ばれるこの賞は過去11年間、アジア山岳文化の発展を牽引し、アジアの登山家たちに未来志向的な登山の方向を提示してきた。
 すなわち、アルパインスタイルの速攻軽量登山、高難度を追求するクライミング、山を畏敬し自然を保護するアルピニズム本来の純度を強調しつつ、酸素ボンベや人為的な補助、固定ロープやシェルパなどの支援を受けて達成した結果がプロセスより重んじられることができないことを知らしめ、また商業主義に染まった登山・破壊的な登山行為にも警鐘を鳴らした。

 ピオレドールアジア審査委員会は今年も、このような基調を実践したチームをアジア山岳連盟加盟国およびアジア各国の登山専門誌から推薦を受けた後、厳正な審査を経て、最終的な候補3チームを選定した。
 夢をかなえるための情熱一つで挑戦と冒険を躊躇しないアジアの若き登山家たちに会ってみよう。

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ダラムスラ(6,446m)北西壁新ルート
New Route on the Northwest Face of Mt. Dharamsura(6,446m)
KOREA TEAM

 韓国を代表するアルピニスト、キム・チャンホ隊長率いる「2017コリアンウェイプロジェクト・インド遠征隊」が新ルート開拓という素晴らしい成果を収めた。
 しかし成果よりも高く評価される点は、挑戦と探検精神を実現しつつ、将来を担う若手登山家育成を目的とした点である。インドのヒマチャルプラデシュ州のクルー山群に入った5人の遠征隊員は高所順応を順調に済ませ、4人がダラムスラ北西壁に挑戦、アルパインスタイルによる4泊5日のクライミングで新ルート開拓に成功した。
 この北西壁は過去に試みられた記録がない新鮮な目標である。この登攀は、韓国遠征隊がヒマラヤにおいてフリークライミングで開拓した最高難度と評価した。コリアンウェイプロジェクトは、今後も優れた成果を上げることが期待される。ピオレドールアジア審査委員会は、今年の韓国を代表する当チームを最終候補に選定した。

ダラムスラ北西壁新ルート
対象 ダラムスラ(6,446m)北西壁
位置 インド・ヒマチャルプラデシュ・クルー山群
ルート 北西壁新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 キム・チャンホ、アン・チヨン、ク・キョジョン、イ・ジェフン 4名

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チョーラ東峰(6,163m)新ルート
New Route on Chola East(6,163m)
CHINESE TEAM

 今年は中国においても優れたクライミング成果があった。もちろん海外登山の環境が整っているとはいえない彼らの舞台はヒマラヤよりは四川省近くの未踏峰である。それでも中国の若いアルピニストたちの挑戦は止まることはない。
 3名の中国人青年ガオ・チュン、リウ・ジュンプ、チェン・シャンシャンドンは四川省のサンルイ山群北に位置するチョーラ山を目指した。彼らが目標にしたのは、この山の最高峰である東峰(6,163m)。西峰(6,149m)は1988年に日中合同隊によって登頂されたが、東峰はまだ未踏峰として残っていた。
 東峰頂上直下は強風にさらされた100mの長いリッジで、転落の危険性が高く老練な登山経験と確実な確保技術が必要であり、決して簡単なルートでは無い。しかし彼らは2017年8月9日、頂上に到達した。ビオレトール審査委員会は、中国を代表して今年の優れた登山を成し遂げた同チームを最終候補に選定した。

チョーラ東峰新ルート
対象 チョーラ東峰(6,163m)
位置 中国四川省サンルイ山群
ルート 東峰新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 ガオ・チュン、リウ・ジュンプ、チェン・シャンシャンドン 3名

 P3
シスパーレ(7,611m)北東壁新ルート
New Route on the Northeast Face of Mt. Shispare(7,611m)
JAPAN TEAM

 平出和也と中島健郎。
 このデュオは2017年に素晴らしい登山をやり遂げた。シスパーレ北東壁の初登攀である。パキスタン、カラコルム・バツーラ山群の2,700mの壁は、これまでに数多くのアルピニストの胸をときめかせた。シスパーレそのものは1974年ポーランド・ドイツ学術遠征隊が1,500mの固定ロープを使い35日かけて初登頂した山である。
 平出和也はシスパーレに4度、北東壁は2度の試みの末、ようやく成功を収めた。これはアルピニストが不屈の精神を一般大衆に示した模範的な事例といえよう。平出和也は谷口ケイと共に2008年カメット(7,756m)南西壁を初登攀し、すでにヨーロッパのピオレドール賞を受賞した経験を持つ。
 今回彼は中島健郎とペアを組み、アルパインスタイル5日間でシスパーレ北東壁を登り、自分自身の目標にピリオドを打った。ピオレドールアジア審査委員会は、このチームをためらうことなく、最終候補に選定した。
 
シスパーレ北東壁新ルート
対象 シスパーレ(7,611m)北東壁
位置 パキスタン・カラコルム バトーラ・ムズターグ
ルート 北東壁新ルート
クライミング方式 アルパインスタイル
隊員 平出和也、中島健郎 2名

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以上引用おわり

同時に優れたクライマーに与えられる「ゴールデンシューズ賞」には、韓国からチョン・ジョンウォン、日本から一宮大介、中国からベテランの王清華がノミネートされています。

参考記事 当ブログ 中国の王清華、中国人初の5.15a(9a+)に成功

「人と山」の紹介記事を読む限り、平出・中島ペアのシスパーレがぶっちぎりのような気がしますが、ノミネート3隊の中で唯一隊員が公募制だった韓国隊の「若手育成」という持続性のあるテーマがどう評価されるか、中国隊による未踏峰をアルパインスタイルで陥した成果がどう評価されるのか。
11月初めの表彰式の結果を待ちたいと思います。

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Art of Freedom

Art_of_freedom 山岳ジャーナリスト Bernadette McDonald女史の新刊『Art of Freedom』を読む。ポーランドの岳人ヴォイテク・クルティカの伝記である。

 ヴォイテク・クルティカといえば、日本では断片的なインタビュー記事がたまに掲載された程度で、あとはニコラス・オコネル著『ビヨンド・リスク』がまとまったインタビューを掲載している程度であろうか。

 クルティカといえば、そのスマートな「アルパインスタイル」、ラインを重視したより困難な高所登山が高く評価されているが、この本には「人間、ヴォイテク・クルティカ」がよく記録されている。

 読んでいて気がついたことだが、ヴォイテクにとっては「アルパインスタイル」はごく自然な登山スタイルにすぎなかった。日本の70~80年代、やたらと「海外ではアルパインスタイル」と、欧米崇拝はなはだしい先鋭登山家および池田某老人にリードされた日本登山界であるが、そういった「他者の評価」など全く気にすることは無い。
 あたりまえだ、なぜなら彼らには「アルパインスタイル」がごく自然な、当然な登山形態だったのだから。

 アレックス・マッキンタイアらと組んだダウラギリ東壁の記録は、まさにシンプルイズベストともいうべき、素晴らしい描写である。
 そして読み進むうちに、そのシンプルなアルパインスタイルの陰にある地味な活動やエピソードも明らかになる。

生卵300個と格闘するヴォイテク・クルティカ

1983年、クルティカとククチカはガッシャブルム2峰南東稜をめざしパキスタンに入る。
クルティカは食糧係として1人1日卵2個×メンバー2人×登山期間60日プラス予備=生卵300個の購入する。
ククチカは「はぁ?!ポーランドから持ってきた旨いハム缶あるだろ!なんで卵そんなに要るんだよ」 (当ブログ流意訳)とあきれ顔。
そしてより新鮮な卵を選ぶために、リエゾンオフィサーから「ミスター・ボイティク、エッグテストをご存じですか?」
と、新鮮な卵の見分け方を教えてもらう。
それは卵を水の中に入れ、水中に沈んだ卵は新鮮な良い卵、という方法だ。

卵300個購入に不満なククチカは協力してくれない。
クルティカはたった1人、生卵300個を水中に出し入れし、新鮮な卵をより分けていく。

日本人クライマーから「哲学的」 「求道的」 とあがめ奉られているヴォイテク・クルティカが、1人で生卵300個を相手に格闘する。
とかくクライミングの成果ばかりが強調されがちなアルパインスタイルのクライミングの陰に、こんな地味な行動があったのだ。

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1984年マナスルにて、ルートの雪崩の危険性について議論するイェジ・ククチカとヴォイテク・クルティカ 撮影アルトゥール・ハイゼル

クルティカとククチカは食糧で結構モメる。
登山も終了、余ったハムをクルティカが鳥に投げ与えていると、
「おめーなにやってんだよー、食い物粗末にすんじゃねーよ」とククチカが文句を言う。
「ハムとっといても悪くなるだけだし、ポーターもリエゾンもパキスタン人でハム食わねーし、しょうがねーべ」
(当ブログ流意訳)
そして決定的なのは、メスナーに対抗意識を燃やして新ルート・冬季登頂であくまでも「登頂」をめざすククチカ。それに対して登攀「ライン」を重視するクルティカ。ブロードピーク三山縦走直前も、登攀ルートを巡って議論になった2人。袂を分かつのは当然だったといえよう。

山田昇らとの合同登山の事
1986年の山田昇らとの日ポ合同隊として挑んだトランゴタワーに関しても、一章を割いて詳しく描かれている。
ご存じの方もあろうかと思うが、この遠征では山田昇氏ら日本人クライマーがルートの困難さを理由に断念したことが知られている。
本書においても、山田昇氏が「このルートは我々にはハードすぎる」と断念を正直に申し出る姿が包み隠さず記録されている。
ボイティク・クルティカは登山当初から、キャンプ地選定において日本人達が雪崩や落石のリスクがあると思われる場所を選び、意見具申をしつつも「saving face」(メンツを立てる)を理解し、いたずらに自己主張することなく、素直に従っている。
クライミングの断念を申し込まれたクルティカは、最初は冗談かと思ったという。あくまでも登りたいクルティカは吉田憲司氏に一緒に登らないかと誘うが、合同隊であること、全員で行動を共にすべきという理由から断られる。
この登山断念に対し、ボイティク・クルティカは
「誰かに過ちをたずねられれば、日本人達との関係を上手く構築できなかった私にある」と謙虚な言葉を書き記している。
事実、ベースに下山後も冗談を言い合いながら過ごしていたという。

このトランゴ遠征をとらえて、丸山直樹なるライターが山田昇氏に関して「岩の実力は上手くなかった」というような非常に不愉快な表現で山岳雑誌に書いているのを読んだが、同行したパートナーであるボイティク・クルティカは日本人メンバーに対してあくまでも温かく接している。
最も困難な壁といわれるガッシャブルム4峰西壁を共に登り、サードマン現象まで一緒に体験したロベルト・シャウアーなどすぐに袂を分かったクルティカだが、日本人にはなぜか温かい。
その理由を探ろうと何度も何度も本書を読み返したが、ついに理解できなかった。どなたかボイティク・クルティカにインタビューしてください。

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1986年、トランゴタワーで山田昇氏とともに

故・谷口けい女史の言葉
本書で特筆すべきは、ボイティク・クルティカの「登山観」を示すために、故・谷口けい女史の言葉(Alpinist誌から引用したもの)が本書4箇所にわたり引用されていることである。
そのうちの一つは章の冒頭を飾る。引用しよう。

I love to draw beautiful lines as simply and silently as possible...
- Kei Taniguchi, "Being with the Mountain"

古今東西、とくに欧米にはアルパインスタイルのスーパースターともいえるクライマーがキラ星のように存在しているはずなのだが、著者 Bernadette McDonald女史はクルティカの心情・山に対する姿勢を表現するために谷口けい女史の言葉を選んだ。
まぎれもなく谷口けい女史の再評価であり、あらためて故人の不慮の死が悔やまれる。

人生の後半を迎えて

本書は若いアルパインクライマーだけでなく、むしろオールドクライマーの皆様にお勧めしたい。
年を取りヒマラヤでの活躍から身を引いたボイティク・クルティカは、スポート・クライマーとして困難なフリーソロを果たすなどするが、本書後半では少しずつ家庭人としておさまっていく姿が描かれている。

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愛娘Agnes とともに

娘いわく「仕事(自営の貿易業)の出張なのか、遠征登山なのか、出かければわからなかった」と言い、息子は「遠征登山の帰りはイキイキしてたのですぐわかる」と言う。男と女の違いなのか?
ボイティク・クルティカは家庭では躾にうるさい親であり、娘はことあるごとに反抗していたという。
アルパインスタイルは経験してなくても、この部分は共感する読者は多いのではないか(笑)

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家庭ではガーデニングを趣味とするボイティク・クルティカ。
娘のAgnesいわく、「自然に対する愛情は父親譲り」という。この部分だけでも見習いたいものです。

登山のパートナーを死なせなかったことを誇りとするボイティク・クルティカですが、私生活では2度離婚し結婚生活は破綻しています。世界各国の登山家から最高のクライマーと称されるクルティカも、女性に関し(以下省略)

本書は、渋っていたピオレドール生涯功労賞を受諾するまでが描かれています。
山岳雑誌や山岳本でその登山哲学を知ることは出来ますが、「人間としてのボイティク・クルティカ」を知りたい方、アルパインスタイルで素晴らしい業績を重ねてきた真の登山家の生き方を知りたい方、ぜひ本書をどうぞ。

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韓国人のストーブ、中国人の鍋

日本の山岳雑誌では、いかに燃費よく湯を沸かせるかインプレッション記事が書かれたりしてますが。。。。

旨い焼肉が喰いたい!
そんな韓国人皆様のご要望に応えたガスストーブが開発されました。

Stove
ZEDKOREA社  Z-3 Stove

従来の小型ガスストーブでは、バーナー火口部が一つだけで火力が1箇所に集中するため、「直径が広いフライパンで肉を焼くのに不便だった。」(月刊『山』の表記より)デメリットを解消するため、火口部を3箇所に増設した製品。
これにともないゴトクも大型になり、直径30cmのフライパンも安定して設置可能。
まさに焼肉をするために開発されたバーナー!
ただし、火力が3倍になる分、ガス消費量も増加、「予備のガスを準備しなければならないだろう」とは韓国の月刊『山』誌の評。


キャンプ料理にはやはりお国柄があるようで、チタン器具を得意とする中国・広東省のアウトドア用品メーカーKeithが開発したのが、

Co
Co2
チタン製の多機能スチーム鍋。
本体は1.8リットル容量の鍋、フタは0.9リットル容量のフライパン、そして蒸し料理用のプレートが特徴です。これで、

Co3_3
こんな中華料理や

Kani
蟹の蒸し料理ができるらしいです。
そして、この蒸し料理用プレートが
Tea
中国茶をたしなむ時の茶盤(チャーバン)になるんですな。
すでに複数の中国アウトドアメーカーからはチタン製の中国茶セットが販売されており、keith社も2100元(約8000円)で販売しています。

アウトドア用具も欧米の受け売りだけじゃなくて、アジア各国の自国文化に合わせて進化していくようです。

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