貧乏の神送り 山形県 小国町 白子沢地区

飯豊連峰山麓、小国町・白子沢地区。

ここでは新暦の8月1日、「貧乏の神送り」と呼ばれる行事が行われる。

集落の住民たちが隣接する沼沢地区の境で、「貧乏の神」を描いた似顔絵を焼き、お供えを川に流すという、「病送り」「虫送り」が重複したような行事である。

夜7時半頃、住民の皆さんが集落奥にある「湯殿山」石碑の前に集合し、提灯や「貧乏の神」似顔絵を持った役員と思しき方を先頭に歩き始めた。

急いで三脚をセットしたスマホを抱えて追いかける。

皆さん集落を通過して約1kmを歩き、学校前のカーブのところまでやってきた。ここが「儀式」の場所らしい。

P2_20200802224901

「貧乏の神送り」儀式の場所に住民の皆さんが集う

 軽トラックに乗ってきた年配の方に自己紹介と見学のお許しを得て、撮影させていただく。

 お話によれば、本来は太鼓を叩いて唱え文句を唱えるのだが、今日は雨天だったため、太鼓を傷めないように今年は太鼓無しで行うのだという。

 文献によれば唱え文句「オックレ オックレ オックレヤー 貧乏の神 オックレヤー」と唱えながら歩くらしいのだが、今日は皆さん楽しく雑談しながら夜道を歩いていた。

「貧乏の神」似顔絵を挟んだ竹棒が道路脇の草地に立てられる。

 P1_20200802225401

集落の子供が描いた「貧乏の神」はなんとも優しい表情である

P3_20200802225401

それからお供え物を「貧乏の神」前に捧げる。カボチャの葉で包んだ団子の類である。

研究者・菊地和博氏の著書によれば、人によっては「エサ」と呼び「人間の美味しいものは用意しない」との記述があるが、今日の見学で伺う限りでは「お供え」とおっしゃっていた。

「みんなあづまったが?」

集落の方々が来ていることを確認してから、代表の方が「貧乏の神」似顔絵に着火、燃やし尽くされる。

それから「お供え」が川の方向(闇夜でよく見えず)に放り投げられた。

30分ほどの行事でありながら、各世帯から誰かが参加するのだろう、手押し車を押す年配の女性から小さい子供まで、老若男女が参加する。

火の始末をし、再び歩いてきた夜道を皆さん戻っていく。

短時間の行事ながら、遥か昔から集落全体の健康と繁栄を祈って毎年続けられてきたのだろう。

つい先日、豪雨により山形県内各地で河川が氾濫し、深刻な被害を受けたばかり。

その一方で、今春の「やさら流し」に続き今回のように「川に災難を流し、集落の繁栄を祈る。河川が災難を引き受けてくれる。」行事を見学すると、古来の人間が抱いていた河川に対する想い、「自然観」のようなものを感じるのだ。

「貧乏の神送り」着火から「お供え」を流す(放り投げる)までを動画に収録しました。↓

| | コメント (0)

DNAは誰のものか?

コロナでうんざり。

早くワクチンできないかな~と願っている方も多いと思います。

最先端のバイオ企業では、着々とワクチン開発が進められています。

しかし、それが生身の人間の、マイノリティな人々の搾取の産物であったとしたら。

ネパールのシェルパ族は、バイオ企業に「搾取」されているのか。人類のために「貢献」しているのか。

NEPALI TIMES がコロナウイルス特効薬開発の光と影をすっぱ抜きました。

Sherpa genes for COVID-19 treatment?  by NEPALI TIMES 2020.6.23

--------------------------------------------

シェルパの遺伝子がCOVID-19の治療に?
アメリカのバイオテクノロジー新興企業による、シェルパのDNA配列研究が提起する倫理的問題

ネパールタイムズ 2020年6月23日

Nepalsherpa

写真 サガルマタ汚染防止委員会

 アメリカのバイオ企業がネパール・シェルパ族の血中DNAを研究し、高所の低酸素にもかかわらず彼らがいかに成長するかを調べることにより、COVID-19の治療法を見つけようとする試みは、一部の医師やシェルパ族によって批判されている。

 ヴァリアント・バイオ社は、シェルパ族が住む地域の空気中酸素が平地の半分しかないにもかかわらず、彼らにスタミナと持久力を与えているDNAの遺伝子コードを抽出しようとしています。

 同社は研究によって、COVID-19に苦しむ患者の治療法開発に役立つだろうとコメントする。

 バリアント・バイオ社の共同設立者で遺伝学者でもあるステファン・カステル氏は、ニュースレポートの中で「COVID-19では低酸素症で死ぬこともある」と述べる。「おそらく、その住環境の中で健康に保つ方法があるだろう。」

 しかし公衆衛生の専門家は、そのような研究の科学的根拠に疑問を投げかけ、一部のシェルパ族の研究者は、研究の倫理的な問題を提起しています。

「世界中の先住民や辺境地に住む人々の遺伝子がどのように研究にされ、悪用されてきたかを知っています。彼らが私の故郷の人々を民間企業の利益のために利用しようとしているのではないかと危惧しています」

 アメリカ・アリゾナ州立大学、地球宇宙探査学部博士課程の学生であるソナム・フティ・シェルパは語る。

 彼女によると、バリアント・バイオ社のプロジェクトは、ネパール現地の人々がこの研究について知らず、研究に関わるクーンブのシェルパ族でさえ、研究の目的を知らされていない可能性があるため、ゲノム研究、法律、倫理について緊急の警告を発したという。

「この研究はいくつかのレベルで非倫理的です。国際臨床法によると、薬品が特定の地域社会によって開発された場合、その地域社会は薬品からの利益を得るべきであり、そうでなければ非倫理的であり、最終的には違法となります。」と説明する。

 科学者たちがヒマラヤの住人の秘密、標高の低い場所に住む人間が動けなくなるような高度でシェルパ族が活動的である理由を明らかにしようと試みたのはこれが最初ではない。エドモンド・ヒラリーは、かつてネパールのクンブ地域を「世界で最も調査され、検査され、採血され、人類学的に解剖された地域」と表現したことがある。

 COVID-19に対するワクチンと薬物療法の研究は、急性症状を持つ患者に対して絶望的な手段に頼らざるを得ない医師の注目を浴びる。あるニューヨーク市の医師は最近、COVID-19の患者が肺の低酸素症状に苦しんでいたため、高高度肺水腫(HAPE)の治療に使用されるダイアモックスのような薬を推奨した。

「急性高山病用の薬を使ってCOVID-19を治療するのは、全く異なる要因があるため論理的ではありません」と説明するのは、高所医学の専門家であり、イギリスの医学誌にこのテーマに関する論文を共著したBuddha Basnyat氏である。「COVID-19を治療するために高山病の薬を使用することは、潜在的に危険な結果をもたらす可能性があります。」

 しかし、バリアント・バイオ社は、シェルパの遺伝子がCOVID-19だけでなく、代謝障害や免疫反応に関する薬品開発に役立つ秘密が隠れていると確信している。

 過去に開発された多くの医薬品は、世界各地の民族の特質を生かし複製されてきたとして研究を擁護している。 例えば、抗コレステロールの処方薬の幾種類かは、遺伝的に病気になりにくいアフリカ人から抽出されたDNA配列に基づいて開発された。

 バリアント・バイオ社はまた、糖尿病の遺伝的治療薬を発見するために、他民族よりも炭水化物を代謝させる傾向があるニュージーランドのマオリ族の血液からDNAサンプルを取っている。また、フェロー諸島とパキスタン人も対象に研究を行っている。

 同社は、その方法論から倫理的な批判に備えていたようで、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団で感染症研究を率いていたCEOアンドリュー・ファーナム氏は、「治療法を見つける利点が他の懸念事項を上回る」ことをブルームバーグで示唆した。

 バリアント・バイオ社はネパールのシェルパ族の医師を雇い、現地の行政に呼びかけ、10月からネパールで2,000人の血液サンプル採取を支援しているという。同社は、シェルパ文化に関する本の翻訳費用や、クーンブの学校改修費用を負担することで、現地コミュニティに補償する予定という。

 ソナム・フティ・シェルパは「納得していない」とメールでネパール・タイムズにコメントした。
「同社はまだネパール保健研究評議会の許可を得ていないまま、サンプル収集を開始する予定です。民間企業がシェルパや他民族の遺伝子の『著作権』を所有すべきではない。」

-------------------------------------

以上引用おわり

 補足します。

 文中にヒラリーが引用されていますが、ヒラリーはエベレスト登頂に成功後、マカルー登頂を狙った際、標高5300mの高所に「銀の小屋」と呼ばれるプレハブ小屋を建て、自分たち登山隊メンバーを実験台に高所衰退・高所順応の医学実験・調査を行っていたものです。バリバリのバイオ企業の製薬研究と一緒くたにされるのは不本意ですな。

 現実として、世界各地の民族固有の体質そのものが医薬品開発に「貢献」している現代、コロナウイルスワクチン開発という御旗のもとに、いくつもの企業が国家から莫大な支援を受けて研究開発を進めています。

 冒頭に書いたように、特定の民族から得られるDNAデータは搾取の賜物なのか、人類への貢献なのか。

 なんでもかんでも AI に判断をお任せしようという現代、ますます「倫理観」が問われる時代になってきていると考えます。

| | コメント (0)

アンジェイ・バルギェル、コロナウィルス罹患

An_20200721220401

 2018年、K2山頂からのスキー滑降に成功したポーランドのアンジェイ・バルギェルがコロナウイルス陽性であることが判明しました。

Andrzej Bargiel ma koronawirusa."No i mnie dorwalo" by Sport.pl 2020.7.20

報道によれば症状は嗅覚障害がある程度の軽症、自宅療養中ながらも自宅でトレーニングは続けている生活とのこと。

完全なる回復を祈るとともに、我々も気を付けましょう。

| | コメント (0)

2020年ピオレドール生涯功労賞は、

Catherinedestivelle_1

フランスのカトリーヌ・ディスティベルに決定した模様です。

| | コメント (0)

夏山の始まり

18日は休養を取り、19日、予約のあったガイド山行。

クライアントは若い男女ペア。といいつつ、実は私の甥と彼女の2名。

どんよりと朝から分厚い雲に覆われている月山。

姥沢から登り始め、稜線でも冷たい風に吹かれていたが、山頂で昼食をとる頃に青空がひろがる。

P1_20200719215101

 今日の庄内側は厚い雲で何も見えないが、一昨日は雲海で見えなかった村山盆地が見え始め、昼食をとっていた大勢の登山者たちが一斉にスマホを向け始める。

P2_20200719215201

 私たちが昼食を取り終える頃、青空が見え始めて30分もたたないうちにあっという間に暗いガスに覆われ、大粒の雨。

 「女心と山の天気は・・」と、どこかで聞いたようなフレーズがあちこちから聞こえる、昼の月山山頂。

 鍛冶月光を1/3降りたころには、再び暑い日差しが照り付ける。

 周囲の空には積乱雲。長い雨の日々を過ごして、ようやく夏山の始まりを感じる。

| | コメント (2)

雲と雲の間

17日、朝日少年自然の家所員の皆様を引率して月山・姥沢ルートへ。

P1_20200719213501

 どんよりした曇天だったが、登ってみれば雲海だった。

20200717_114002

頭上は高層雲、下界は厚い雲に覆われ、雲と雲の間を登った感じ。

梅雨の大雨が大気中の塵を洗い流したためだろうか、牛首から上り詰めた稜線からは粟島、佐渡島まで眺めることができた。

セカンドを歩く板垣所長が両膝にサポーターを装着した状態のため、なるべく段差の少ない歩みができるよう、コースどりに気を遣う。

20200717_164638

山行を終え、自然の家に戻ってミーティング後、解散。

自然の家駐車場でネジバナを眺める。

今手掛けている作業現場の敷地内も、ネジバナの盛り。

同じネジバナでも、今日は安堵感の中で眺めるネジバナだった。

| | コメント (0)

雨の中

Imgp0011

蝦夷アジサイが咲き乱れる、雨の月山へ雪渓の偵察。

Imgp0001_20200712194901

リフトを下りたところで、「タッキー!」と声をかけられる。

 バラエティ番組『それスノーマンにやらせてください』で無謀な若手タレントを一喝しつつも、親切に月山湧水地に案内、ツイッター世界トレンド2位を記録した今やレジェンドな真鍋ガイドに声をかけられる。今日は山形県自然博物園の企画事業、清掃登山とのこと。

 なりゆきで、若手ホープ伊藤ガイドと共に姥ヶ岳雪渓のカッティング作業に加わる。姥ヶ岳の雪渓も融解して2箇所になっていた。

 姥ヶ岳で皆さんと別れ、私は牛首へ。

Imgp0004

雨天ならではの、美しい光景もある。まだチングルマがたくさん。

Imgp0009 

コロナ禍の影響で今年は東北の山を目指そうという初心者山ガールの皆様、月山では可憐なアオノツガザクラが皆様をお待ちしております。

Imgp0003
今年は月山でも行ってみようかという元・山ガールの皆様、有毒植物のコバイケイソウが皆様をお待ちしております。

牛首到着11時。下から登ってくる登山者もおられましたが、私は風と雨の様子をみて牛首から下山。

Imgp0007

 金姥~牛首の稜線にて。

 左側に明瞭な踏み跡がみられますが、ここは登山道ではありません。植生保護のためにも、雪渓をお進みください。

 (正規の登山道は石畳で雪の下です。)

Imgp0008

最近の悪天で雨水が雪渓下を流れて雪渓を溶かし、雪渓末端が非常に薄くなっています。

雪渓の入り口・出口での踏み抜きにご注意下さい。

(バスンと音をたてて巨大な雪塊と共に体が沈んだりと、本日は私も数回踏み抜きました)

Imgp0012

姥沢の駐車場に下山、帰路はツルアジサイ、蝦夷アジサイを眺めながら帰る。

| | コメント (0)

さすらいの作業員日記 2020年初夏編

県外移動解除明け、さすらいの作業員生活。

6月×日

 気仙沼に出張。

P1_20200705220201

夜のお供は、「かわらけかりんとう」。

 

6月×日

 所用で山形から岐阜県某所へ。コロナ対策もあり、若手E君と運転交代しながらハイエースで岐阜に移動。

 岐阜県某所の名物・栗きんとんを買う暇もなく、途中の梓川SAで、

P2_20200705220601

信州土産はやっぱりコレです。

 

7月×日

 現場作業も終え、日曜。

 近所からのもらい物の「ビワ」を受け取る。

P3_20200705220701

梅雨の季節の、自然の恵み。

| | コメント (0)

民衆を叩く人々 アメリカ・パークポリス

毎日ニュースで話題になっている、アメリカの大規模デモ。

デモ参加者を容赦なくぶちのめす警官隊。

彼らの正体は、アメリカ国立公園局に所属する「パークポリス」でした。

一見、政治的事案と何の関係もない国立公園の所属部門であるパークポリスがいかにして民衆を弾圧する精鋭部隊となったのか。

その一端を、自然保護団体シェラクラブ機関紙が記事にしていました。

Why Does the National Park Service Have a SWAT Force? by SIERRA 2020.6.15

以下記事引用開始

-------------------------------------------------------

Police

警察は2020年6月1日、ラファイエットパーク周辺のエリアを排除しました。 Photo by AP通信 ALEX BRANDON

オピニオン記事

執筆者 JEREMY MILLER(ジェレミー・ミラー)
※ここで表明された意見は、執筆者の意見であり、必ずしもシエラクラブの公式見解を反映するものではありません


 2週間前、ワシントンDCで起こった警察による恐ろしい暴力行為-大統領警護チームが教会の前での写真撮影のため、平和的なデモ参加者を排除したことで、今後何十年にもわたり記憶に刻まれることになるだろう。6月1日、ホワイトハウス近くのラファイエットスクエアに数千人のデモ参加者が集まり、ミネアポリスの警官によるジョージ・フロイド氏殺害に抗議した。何の前触れもなく、「US Park Police」と書かれた盾を持った警官たちが群衆に襲い掛かった。現場にいあわせた非暴力のデモ参加者やジャーナリストたちは、催涙ガスを浴びせられ、警棒で殴られ、「低致死性」の銃弾で撃たれた。

 その直後、ドナルド・トランプは鎖でガードされたホワイトハウスから現れ、ペンシルベニア通りを渡り、セントジョンズ・エピスコパル協会に向かった。武装した警官の間をすりぬけ、しかめっ面とにや笑いを浮かべ、トランプは娘がデザインしたハンドバッグから聖書を取り出し、高く持ち上げた。

 多くの批判は警察の対応の悪質さと大統領の写真撮影の政治的破綻に焦点を当てていたが、より根本的な質問には答えられていない。トランプの個人的な暴力集団として行​​動した警官たちは何者なのか?なぜ彼らはここにいるか?そもそも、そのような部隊は存在すべきなのか?

 ウールのセーターにハット姿、笑顔のレンジャーで最もよく知られている連邦政府機関所属の国立公園局。USパーク・ポリスは、首都と周辺の連邦政府のランドマーク保護を任務とする、国立公園局の特別部署である。USパークポリスは、ニューヨーク市とサンフランシスコの連邦施設でも警備を担当しており、全国の市警同様に、伝統的な警察というよりも、準軍事部隊のような存在である。USA Todayの取材によると、 議会の予算削減により講演管理局は2005年以降、法執行スタッフの20%削減を余儀なくされましたが、デンバー警察より大規模な1750人以上の隊員を擁している。

 その強力さは、ここ数週間、ホワイトハウスの周辺にチェーンバリケードを設置し、抗議者を公園から排除し、リンカーン記念碑やワシントン記念碑からも遠ざけたことで明らかになっている。

 市民たちのデモに対するパークポリスの暴力行為は 違憲である可能性が非常に高い。その強硬な戦術は「この世代と将来の世代の楽しみ、教育、インスピレーションのために、国立公園システムの自然および文化的資源と価値を損なわないよう保存する」という国立公園システムの使命にも反している。

 皮肉なことに、国立公園局の近代的な警察組織は、警察の不正行為による悪名高いエピソードにまで遡ることができる。記事「その銃は熊のためのものか?」の筆者であり研究者のアリス・B・ケリー・ぺナズ氏によると、「1970年のヨセミテ暴動は、 7月4日の週末に約500人の若者がヨセミテのストーンマンメドウに集まった時に始まりました。集会はすぐに、アルコール、ドラッグ、ヌードなどの反社会的な「ハプニング」に変化しました。公園のスタッフは、すでに混雑したヨセミテバレーの他の訪問者への迷惑になることや、草原の生態系へのダメージを懸念して、若者たちと対立し、衝突した。緊張が高まるにつれ、若者たちは草原を「占領区」と宣言した。ある者は「殺し屋のレンジャーが我々の聖域を奪おうとしている」とニューヨーク・タイムズに語り、あるものはヨセミテバレーを奪還するために「10,000人の軍隊をよこせ」と要求しました」

 拡大する群衆を分散させようと、公園局は夜間外出禁止令を出しましたが、自称占領者たちはこれを無視しました。その後、パークレンジャーは暴力で対応しました。ある目撃者は、暴動の最初の瞬間をこのように説明しています。「パークレンジャー、整備作業員、さらには建設ヘルメットを着用し、斧の柄で武装したナチュラリストまでもが草原に出てきた」  他のレンジャーは馬に乗って、警棒と催涙ガスを使って群衆を一掃しようとした。群衆は、道路に火をつけ、パトカーを転覆させ、反撃した。数時間後、公園スタッフは最終的に彼らを鎮圧した。周辺の町から警察官の応援を得て、レンジャーは130人以上を逮捕した。後日の調査では、寄せ集めのヨセミテ警備チームが多くの違法な取り締まりを行っていたことが明らかになった。不適切に没収された金品の目録を作成し、違法な捜索を行ったことに加え、レンジャーは「ヒッピー」を鎮圧するために過剰な暴力を行使したと目撃者から非難されています。


 ペナズ氏によると、ヨセミテの暴動は分水嶺だったという。「暴動は、法の執行と国立公園局内でのレンジャーの姿について、二極化した見解になっていたものを先鋭化した」とペナズは述べる。「公園局が法執行プログラムを専門化し、訓練を強化し、法執行官としてのレンジャーの役割をより明確にする必要があると考える人々がいました。その一方で、法の執行に反対する人や、公園内では法の執行は見えないままでいてほしいと考える人もいました」

 公園内での「見えない」法の執行を求める人々は、すぐに、そして確実に排除された。1971年、議会は法の執行に力を入れ、人材育成と訓練に50万ドル以上の予算を計上した。過去50年間、国立公園局は数十億ドルもの税金を投じて警察能力を強化してきた。1975年、国立公園局は特殊部隊を設立、オートバイ、警備犬、航空隊、そして完全装備のSWAT部隊を含む。公園局のWebサイトによると、SWAT部隊は「サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、および低致死性武器を含む様々な武器に精通している」という。9.11後の「テロとの戦い」では、手榴弾やM-16ライフルなどの軍用兵器が公園局に流入した。今日ではアメリカ西部の国立公園、ほとんど人が訪れることのない国立公園でも、法執行機関のレンジャーが大型のピックアップトラックやSUVを運転しているのを目にすることは珍しいことではない。

 トランプ政権が国立公園管理局の予算削減(ホワイトハウスが提案した2021年予算案では、内務省の予算を14%削減)を提案しているのにもかかわらず、国立公園管理局は「特殊部隊」プログラム、特に行政府の高官の警備プログラムに資金を注ぎ込もうとしている。2021年の予算では、公園管理局は内務長官を警護するための専用警備部隊のために140万ドル近くを要求した。その理由は、「長官はテロ行為、暴力行為、外国情報機関の脅威、嫌がらせの標的になる可能性があるからだ」というものです。予算要求によると、追加職員は警護するだけでなく、「内務長官に向けられた不適切な通信、脅迫、組織的抗議、市民的不服従などの潜在的な要素を積極的に嗅ぎつける」ことになるという。

 2週間前のラファイエットスクエアでの抗議者への虐待に戻ろう。パークポリスが動員されたのは、史跡を守るためでも、市民が平和的に抗議する権利を保証するためでもない。その数時間前にはホワイトハウスの地下の地下壕に退却したと報じられた大統領を守るためである。 これは単に連邦政府のリソースの浪費であり、米国の数少ない真に愛すべき連邦機関の一つを汚しただけでなく、米国の「best idea」を守るために作られた警察組織の悪用でもある。

 これに対して、下院自然資源委員長のラウル・グリハルバ率いる民主党議員は調査を要求し、警察に命令を出した政府関係者の身元を明らかにし、暴力行為に関与した他の法執行機関のリストを要求した。上院では、上院エネルギー・自然資源小委員会国立公園委員会のメンバーであるメイン州の無党派議員アンガス・キング氏が、6月1日の事件について懸念を表明するため、内務長官デビッド・バーンハート氏に書簡を提出している。「これらのデモの間、パークポリスは、他の警察機関の中でも、過剰な暴力、催涙ガス、低致死性弾丸を使用して、公園から無差別に抗議者を排除したとみられる。」


 グリハルバ議員とキング議員は、懸念事項のリストに加えて、最後通告を要求することを提案した。

 アメリカのパークポリスが国立公園局の民主的な価値観を守ることができないのであれば、政治的なデモ参加者を攻撃するための実行部隊にまで矮小されているのであれば、解散すべきである、と。

----------------------------------------------------------

以上引用おわり

 文中のSWATとは、サディスティック・ワースト・アメリカン・チームの略(嘘です。アメリカのジョークです)ではなく、Special Weapons And Tactics の略で、要は特殊部隊のことですね。

 アメリカ国立公園局にこのような部署が存在することは、私も不勉強ながら記事を読むまで知りませんでした。

 クライマー、クライミングを長くやっている連中なら、ヨセミテキャンプ場でのパークレンジャーとのいざこざや、著名クライマーの「武勇伝」なんかを聞いたことがあるかと思います。

 日本でも、そんなヒッピー文化の影響を真に受けたバックカントリースキーヤーやクライマーの爺が「登山は反社会的・・・」と持論を唱えてますが、この記事を読む限り、アメリカ国家権力の恐ろしさを知ってて書いてんの?という気がします。

 香港を蹂躙する国家保安法に対して中国と対立するアメリカですが、民衆を弾圧する国家権力機関が国立公園管理局にも存在するという、私にとってもショッキングな記事でした。

| | コメント (0)

蜂の巣駆除

老母の住む実家の片隅に、お銚子を逆さにしたような蜂の巣ができていた。

カミさん「あれ何蜂なの?」

私「トックリバチか何かじゃねえの」

と、スマホで検索すると、出てきた答えは「コガタスズメバチ」。

しかも7月から8月にかけて働き蜂が狂暴化するという。

老母はよく散歩に表にでるので、休暇をとった火曜日、素人技で駆除する。

P1_20200630221801

いつのまにか、綺麗な「お銚子」の形は崩れて球形になった蜂の巣。働き蜂か女王蜂か不明だが、盛んに動いている蜂が見える。

20200630_093740

用意したのは「アース ハチアブ マグナムジェット」と壊した巣を収納する厚手のビニール袋。

 このアース ハチアブマグナムジェット、普通の殺虫剤の「フマキラー」程度かなと思ったら、威力・噴射する液量ともに小型消火器並み。

 画像左側のハンドルが可変式で、ちょうど自動小銃のように構えることができる。

 これを蜂の巣にむけて発射。

P3_20200630222201 

働き蜂に抵抗されるのが嫌なので、映画『プレデター』のごとく殺虫液を情け容赦なく噴射。

前述のとおり噴射される液量も凄いので、壁、蜂の巣あっというまに殺虫液漬けになる。

巣の中にいる蜂の動きがみえないことを確認し、金属製ヘラで巣をそぎおとす。

20200630_094100

殺虫液が強力なのか、巣の中にいた蜂はピクリともせず即死。

 こうして平日の貴重な休暇は終わる。

 ※まだ活動期前で蜂がおとなしかった可能性があります。大きな巣や盛んに活動する蜂がいる場合は専門駆除業者にお願いしましょう。

| | コメント (3)

今日、浄土を見た

P1_20200628202401

7月1日の山開きを控えて、月山・姥沢ルートへ。

P2_20200628202501 

姥ヶ岳一帯はチングルマが絶賛大公開中。

P5_20200628202601

月山山頂にて、クロユリと対面。昨年、一昨年と数が減少していたが、今年は比較的多くみられるようだ。

P7_20200628202801 

山頂小屋前の細道に入り、クロユリの群生を確認。

梅雨模様で気象予報の情報も安定しない。

午前中は大雨の予報を承知の上で、着古した雨具をいつでも出せるようにパッキングしてきたが、結局降られずに済んだ。

山頂の花畑で強風にあおられる。

ふと上を見上げると、

P6_20200628203101 

ガスが風で飛ばされ、うっすらと青い空、一面ハクサンイチゲが咲いている向こうに月山神社が姿を現す。

突然、「浄土って、こんな景色かな」という思いが頭をめぐる。

豊富な残雪を利用して下山。

今日は花の咲き具合を観察しながら登ったので、下りは残雪を利用して速攻下山。

速く下りないと、手作り茶屋だんご かたくらの団子が売り切れる!!

P10_20200628203601 

浄土を見た後は団子だよね(意味不明) 本日は直球勝負であんことぬた。

 

-----------------------------------

月山残雪情報 2020年6月28日現在

P11_20200628203801

 姥が岳の斜面は大部分が雪渓に覆われています。中腹部は勾配のきつい斜面が続きます。慣れない方(雪上歩行の経験のない方)はアイゼン必携です。

 姥ヶ岳~金姥の間の雪渓は消失しました。

 P3_20200628204001

 牛首は完全に残雪に埋もれています。(画像中央の黒点は牛首の道標の頭) 一部登山道が露出していますが、鍛冶月光(月山山頂直下の急坂)下部まで雪渓が続いています。画面上部の赤線は、鍛冶月光にむかう登山ルートです。視界不良時のためのロープは張られていますが、道案内のロープのため体重はかけないでください。

P4_20200628204301

鍛冶月光下部に至る雪渓 雪上歩行になれない方はアイゼン着用推奨します。

牛首から四谷沢コース(谷筋を行くコース)の下りも大部分が雪に覆われており、中間部に急斜面があり、過去に幾度も滑落事故が発生しています。アイゼン着用を推奨します。本日の私は鍛冶月光下部の雪渓はキックステップで降り、牛首からはアイゼン着用で下降しました。

ここまで「アイゼン」と表記してきましたが、山開きはじめの時期は軽アイゼンではなく、8本爪以上のアイゼンでの行動をお勧めします。

P8_20200628204501

四谷沢コースからリフト上駅に至る登山道は、いくつもの雪渓で覆われています。(赤線は登山ルート)

P9_20200628205001

上記画像のように、沢筋に雪渓が残っています。これからの雪解け時期、薄い雪渓の踏み抜きによる負傷にご注意ください。

※当記事の雪渓に関する情報は筆者の個人見解であり、月山朝日ガイド協会の公式見解ではありません。雪渓の状況は気温、降水により日々変化します。現地の最新情報を参考にして登山を楽しんでください。

| | コメント (0)

酒仙の墓

山形は酒どころ、らしい。

らしい、というのは、私は普段は晩酌もしないし、飲むのは会社と山仲間の飲み会だけなので、日本酒は詳しくはない。

以前別件で山形の石碑を調べていたところ、山形には「酒仙」と呼ばれる人の墓があることを知った。

コロナ禍で各地の民俗行事・年中行事が中止になっている今、「酒仙」の墓を訪れてみる。

P1_20200621155501

山形市・正覚寺の酒仙像

 山形市の古い市街地の奥に位置する正覚寺の「酒仙」の墓は、個人の墓石の隣に建てられている。

 高さ30cmほどだが、左手に酒樽を抱え、右手に盃を持った、堂々たる石像である。寛政4年(1792年)作。

 もう顔面は欠けていてよくわからないが、文献では「大笑い」している像とのこと。

 風化してよくわからないが、辞世が刻まれている。

 『一世を計てみれば樽の酒、酔ふも醒るも夢のゆめなり』

 資料には個人名が記されているが、ここでは伏せておく。この墓に埋葬された方は大百姓で、大の酒好きで知られ、ある時雷が激しく皆が震えている際にも一人悠然と盃を傾けていたという。

 

P2_20200621160501

山形市・妙見字地区の「酒仙の墓」

 山形市の妙見字地区の杉林にひっそりと建つ「酒仙の墓」は、法印定胤 という修験者(家は豪農)の墓である。

 これまた大の酒好きで「酒に明け酒に暮れる」生活を送っていたとのことで、その死後に弟子たちが建立したものだといわれる。

 この法印定胤の家も前述の墓主と同じく、子々孫々も酒豪だったため家が傾き、廃絶してしまったという。 

 

 私が参考にしたのは、民俗研究者として知られる武田好吉氏の資料(※)なのだが、氏の調査によれば山形県内において「酒仙」といわれる方の、ユーモラスなデザインの墓は14箇所確認されている。中でも、前記のような盃と徳利を重ねたデザインの墓が最も多い。

 製作年代も寛政年間から弘化年間(1792~1847)に集中しており、江戸時代の中でも比較的に平穏で、交通も信仰も盛んな時期であること、そして何より「建てる人」「建てられる人」「僧侶」の三者が共に「酒を肯定して」こそ、建てられたものだと武田氏は指摘している。

 亡くなった山仲間で「散骨」で葬られた方もいるし、最近は山形でも「樹木葬」などテレビCMが流れ、故人をしのぶ在り方は様々だ。

 昔の人々が故人を象徴する強烈なデザインを墓石に刻んでいた事実は、古来からの「酒と人」の結びつきを知るうえで実に興味深い。

 

※参考文献 山形の酒を語る会『酒仙の墓』昭和46年3月刊

| | コメント (0)

お仕事日記 2020年5月

先月は諸事情で書類作成に没頭。

普段は雲の上の役員皆様に添削指導を受けた書類をそろえ、上司と共に決済を受けに行く。

社長デスクに向かう、上司と私の心境 ↓ (イメージ)

As2

特定警戒都道府県の移動自粛開け、早速さすらいの作業員生活に戻れそう。

| | コメント (0)

K2 2018夏 登山報告書

 先日の小谷部明追悼集「すかり」に続き、郡山市在住の保坂昭憲氏より、北日本海外登山研究会登山隊報告書『K2 2018夏 登山報告書』をお送りいただいた。

Repo

同隊は日本人隊員6名、ハイポーター2名の登頂に成功するものの、渡辺康二郎隊員がボトルネックで滑落死してしまった。

記録を詳細に読むと、困難な山の代名詞であったK2も公募隊全盛となっている現実、「今現在のK2」がよくわかる内容になっている。

隊長であった故・小谷部氏はネパールから来たシェルパ主導のルート工作を避けるために現地に最初に乗り込む形で主導権を握ろうとするのだが、後からやってくる大手公募隊とやはり調整をとらなければならず、さらには隊のテントや装備、デポ品の無断使用などが横行する現実と向き合わなければならなかった。

 そのような「8000m峰の今」とは別に、私が最も興味深く拝読したのは、報告書と併せて送られてきた保坂氏ご自身による、渡辺隊員の事故処理の記録である。私情を挟むことなく簡潔に、事実を時系列に記したその記録はまさに貴重な記録といえる。

 私は保坂氏の記録を幾度も読み返し、今のヒマラヤ登山隊では失われつつある「事務局」の存在と必要性、さらには「組織」の存在意義まで思いを巡らせた。

 ライトエクスペディション。 

 アルパインスタイル。

 掛け声は勇ましいが、いざ事故が発生したとき、人間は現実を突きつけられる。

 遠く離れたパキスタンでの事故、保険、死亡証明、ご遺族との対応等々。

 「登山の反社会性」などとウェブやツイッターで威勢のいい事を書いている輩は多いが、ひとたび事故が発生すれば、法と行政という社会のシステムから逃避することはできない。

 自宅に届いたK2隊の報告書は、そのことをあらためて自戒する、保坂氏からの教えでもあった。

| | コメント (0)

葉山、死者を見送り生者を見守る山

13日、寒河江市の葉山市民荘から「畑コース」たどって葉山山頂を往復。

林道歩きを過ぎ、雑木林を抜けるとブナ林に入る。

P10_20200613233201

 登山口の蒸し暑さから、少し気温が下がり気持ちの良いブナ林歩きが続く。

 P11_20200613233401

ブナ林の中は、エゾハルゼミの大合唱BGM付。

緩急織り交ざった登山道を登りつめ、稜線へ。

P1_20200613232801

 あまり見慣れない西側からの山形盆地の光景を眺める。天童の里山、出羽の三森(みつもり)と呼ばれる舞鶴山、八幡山、腰王山が離れ小島のように浮かんで見える。

P2_20200613233701稜線出だしの木道沿いはツマトリソウの大群落。花言葉は「純真」。私には無縁の言葉である。

P3_20200613233801 

さらに稜線を進むと、登山道の両側をアカモノの花が埋め尽くしている。他の登山者とすれ違うときには足の置き場に困るほどだ。

P4_20200613233901稜線全般を彩るゴゼンタチバナ。花言葉は「移り気」。好きですゴゼンタチバナ。

P5_20200613234101

曇天ながら、彼方に鳥海山がくっきり見える。爆裂火口跡の葉山東面の光景と相まって見とれてしまう。

P6_20200613234201

何より驚いたのが、シラネアオイの大群落。(畑コースを往復するのは10年ぶり位) 蕾もありましたので、来週くらいはまだ楽しめそうです。

P7_20200613234401小僧森~大僧森の稜線を彩るツバメオモト。 バラエティに富んだ稜線の花々に、あらためて葉山の魅力を実感。

P8_20200613234701

稜線を歩いて突然ひろがる月山東面の風景。この角度からの眺めは、平地だと葉山の陰になってしまう。登ってきた者が楽しめる光景。

山頂は虫がパニック映画なみに飛来してくるため、行動食を齧り水分補給して即下山。

P9_20200613235001

登山口の葉山市民荘で買い求めた、葉山オリジナルシェラカップ。(1個¥1,500で販売中。私はオリジナルグッズに弱い) 早速買ったカップで長命水(葉山市民荘前の水場)で一息つく。

 

 数年前、父方の叔父の葬儀に参列したときのこと。

 叔父は葉山を間近に眺められる、村山市の高台に住んでいた。

 自宅での法要を済ませ、葬儀場に行くマイクロバスに乗り込んだ。バスは葬儀場のある村山市内へと降りていく。

 その日は晴天、車窓には葉山の東面が大きく見えていた。

 御遺骨を抱いた娘さんが、つぶやいた。

 「じいちゃん、今日はお山がはっきり見えているよ。」

 叔父は日々、葉山を眺めていたのだ。

 以前に葉山に登った際、湿原に供えられていた蝋燭を思い出す。葉山信仰は、現代に生き続けている。

 

 死者を見送り、生者を見守る山。それが私にとっての葉山である。

| | コメント (0)

«追悼 服部克久氏