月月火水木金金

福島の現場作業も後半。

肉体的負担が大きい作業のため、連日、宿に戻っては内業もそこそこに寝込む日々。

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ビジネスホテルで静かに針仕事。

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気合入れて臨んだ某試験の2次試験、そこそこ点数は取っていたのだが「撃沈」「散華」。

「フルハーネス」と書くべきところ、クライミング用品が頭にあり「フルボディハーネス」と解答したのがまずかったか・・・

今夜は飲むよ。

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今週の土日は、業界の資格取得講習のため休み無し。(労基署のおじさん気にしないでね)

若手E君S君に現場作業を託し、私は始発いわき駅5時25分発のローカル線で仙台に移動。

車窓は真っ暗、外の景色も楽しめないが、移動の時間が唯一の休息時間。

今日から2日間、仙台泊で勉強の日々。

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2023年1月上旬日記

ガイド団体の代表になって以来、「文章を書く」ことに「恐ろしさ」を感じるようになる。

ブログ投稿もサボりがちになるのだが、気晴らしのアウトプットです。

 

【春の七草】

人生も後半にして、初めて「七草粥」を食べる。

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カミさんがスーパーで大分県産の「七草粥の素」みたいな乾燥七草セットを買ってきた。

東北では春の七草の時期は雪真っ盛りの為、温かい地方の人々とは異なり、食べるのは「納豆汁」。

初めて食べる「七草粥」の感想は「青臭い」。

セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。

私の勤務先は昭和なブラッ〇企業。

8000m峰遠征を許可してくれた会長が元気だった頃は、朝礼で「おい大滝!春の七草言ってみろ!」と言われ、七草全部言えないと

「馬鹿野郎!」と大勢の社員の前で罵声が飛ぶ朝礼でしたw

青臭く、苦い思い出も一緒に「七草粥」を食べます。

 【じゃんがら】

1月上旬から厄介な現場のため福島県某市に住み込み。

ここの伝統菓子が「じゃんがら」。

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中身は、

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水を使わず卵と小麦粉のみで作った分厚い皮2枚で、小豆餡をはさんだもの。食べ応えがあります。

肉体的消耗の激しい今回の現場、資材発注のタイミングも日々の現場進捗をみながらの気が抜けない日々。甘いモノ喰って頑張ろう。

【宿題】

平日は福島県に滞在のため、外大ウルドゥー語講座は相変わらずビジネスホテルの一室で受講。

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数詞1~10まで完全暗記せよ、と村上先生から宿題を出される。

今受講している外大講座も2月上旬で終わり。村上先生はすぐインドに渡るという。

子供達の教育費で貧乏まっしぐらの我が家だが、今年は海外に渡りたい。

【慶事】

以前、月山に連れて行った甥っ子が今月入籍。

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挨拶にやってきた。

あいにく我が家は乾燥させる洗濯物で熱帯雨林のジャングル状態のため、近隣のファミレスにて面会。

一緒に月山に行ったのは早や3年前。

月山を巡って、逝く命もあれば、新たな人生を踏み出す2人もいる。

激混みのファミレスでしばらく話し込み、幸多かれと願いながら2人を見送る。

彼らに元気を分けてもらい、明日、福島に戻り現場作業の日々に再び突入。

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1年の走りは元旦にあり

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新潟県村上市の元旦マラソン10kmの部に出場。

元旦は公私共に用事が入らない貴重な休日。以前は山形県川西町の元旦マラソンに好んで出場していたのだが、残念ながらコロナ禍で2年連続中止。

思い入れのある山形県鶴岡市・温海のさくらマラソンも3年連続中止。本当に思い入れのある大会なのだが、見切りをつけた。

そんな中、村上市で元旦マラソンが開催される事、しかも10km走れると知り、即エントリー。

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悩まされたのは服装だった。

私はそんなにマラソンに入れ込んでいる訳ではないため、冬季用のタイツが無い。

ふくらはぎが人様より太いこと、暑がりなこともあり、いわゆるサポートタイツは使用するつもりは無い。

川西町元旦マラソンは距離が5kmなので、「山岳ガイドが使わない」とかいうヒートテックのタイツで誤魔化せたが、今回は10km、さらに寒冷前線が通過するので天候は最悪の予想。

アップの為に実際に外を走り、気温を体感した上で、思い切って下半身はファイントラックのドライレイヤー・ベーシックのブリーフとタイツ、その上にナイキの夏季用ランパンを履く。上半身はファイントラックのドライレイヤー・ベーシックのTシャツの上にマラソン用の長そでシャツを着用、手袋、フリース地のワッチキャップといういで立ちでスタートラインに立つ。

10km部門は10時40分スタートの予定。

10時からアップを始め、そのままスタート地点に向かう。だんだん雨が強くなる。降雨のため、37分になっても誰もスタート地点に現れない(笑)

10時40分直前、ワラワラと選手が集まりだし、アッというまに号砲が鳴る。

やはり寒冷前線通過の賜物か、強雨、強風、アラレ、みぞれの繰り返しの中、10kmを走り切る。

今回も10km1時間切れない鈍足。

私がマラソンレースに出場する目的は、ガイド山行では全力を出すことが無いため、自分を追い込みたいこと。

最悪な天候の中、最後まで応援・サポートして下さった大会スタッフ、ボランティア皆様には深く感謝します。

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気温3℃、様々な悪天候でしたが、ファイントラックのタイツはとにかく撥水が効いたので快適でした。快適とは、具体的には肌触りがサラッとしていて濡れ・汗による不快感が無いことです。風は通しますが、寒さを感じる以前に走って身体が発熱していたので寒さは気になりませんでした。

大会出場者に配布された割引券を手に、帰路は瀬波温泉の磐舟(ばんしゅう)で身体を温める。

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源泉は100℃とのことでしたが、浴槽はややぬるめで、走った後にゆったりするにはちょうどよい湯加減でした。

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鮭文化のある村上ですね。元旦のため、磐舟の蕎麦屋も近隣の食堂もお休み。

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2023年1月1日のランチは、鶏肉とワカメおにぎり。油断して体重リバウンドしたので、今年も減量目指します。

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謹賀新年 2023年

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新年あけましておめでとうございます

昨年も多くの方々に当ブログを閲覧いただき、ありがとうございます。

基本、当ブログは酒席で山岳部OBに語る調子で書いているおちゃらけブログでございます。

今年も私、家族、仲間、そして当ブログをご覧の皆様が安全かつ穏やかに過ごせますように。

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息子の冬山

獅子は我が子を修学旅行に追いやるという(あれ違ったっけ?)

息子の高校では保護者アンケートの結果、修学旅行を決行。行先は盛岡・青森・函館ツアー。

私はもちろん、コロナ感染のリスクを冒してでも息子には外の世界を見てほしかった。

行く前は「そんな暇あったら勉強してえ」とかブーブー言っていた息子、帰ってきてみるとかなり楽しんできた様子。

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わんこそばクラス1位だったらしい。なんとなく父親として嬉しい。

さらに英検2級に合格。父親の私は英検準2級。食欲も学力も負けた。

今週末は冬山の訓練登山。

保護者向け計画書を見ると、ロープウェイから山小屋までのガイド役として、S氏の名前があった。

S氏は山形クライミングクラフト会員としてヒマルチュリ登頂に成功された方。当時、キチガイ議員からヒマラヤ遠征の長期休暇を議会で問題視され、S氏は職場で相当苦労なさったと聞く。(この件は今は無きクライミングジャーナル誌読者欄にも掲載されていた。)

おりしも、栃木県高体連山行による雪崩遭難事故の被告となった教員の主張内容が問題視されている。

私も高校山岳部員の保護者としてリスクを抱えると同時に、いろんな方からバックアップをいただいていることを知る。

まずは気をつけて行ってらっしゃい。

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忘年会

私が所属する東北マウンテンガイドネットワークの忘年会で、月山ポレポレファームに一泊。

リアル忘年会はコロナ禍以降、久々となる。

夜半からドカ雪になり、一晩で50cm以上の降雪。

ガイド団体の代表に就いて8か月。
『一国一城の主(登山ガイド)をまとめるのは難しいぞ』と言われ、考える事ばかりで代表らしいことは何もできてない。


感染増の中で集まってくれた会員たちと対面で話をし、想いを聞き、

( これだけの人間が傍にいながら、何を迷うことがあろうか )

歴史の分岐点となる「官渡の戦い」で、あの曹操孟徳が悩みに悩み、漏らした言葉を思い浮かべる夜。

翌朝、

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月山に本格的な寒波襲来。

かくて気分転換の夜は終わり、新しい朝が来る。

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今週の目玉

12月×日、上司のK君と仕事で塩釜に行きました。

大事なことなのでもう一度書きます。
上司のK君と仕事で塩釜に行きました。

昼、K君と一緒に塩釜の魚市場食堂へ。平日だというのに魚市場は観光客の車で一杯、近隣の「塩釜 海の駅」に行く。

飯食う前に、以前K君が訪れたときは空っぽだったという物販ブース、本日は様々なマグロ商品が売り場に並ぶ。
2人そろって、トレイ一杯の中トロ¥1000、テニスボール大のマグロ目玉2つ入¥200、マグロの頬肉2切入¥200お買い上げ。

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上からマグロ中トロ切り落とし¥1000、マグロ目玉2個入¥200、マグロ頬肉2切入¥200

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昼メシは、めばち・びんちょう・キハダ・本鮪・各種まぐろの希少部位・漬け・カジキ・ネギトロなど、その時期の旬を乗せたどんぶり「マグロ刺海鮮丼」¥1000也。

大事なことなのでしつこく書きます。

上司のK君と仕事で塩釜に行きました。

後日、カミさんにマグロ目玉と頬肉を調理してもらう。

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マグロ頬肉はオリーブオイルとニンニクの洋風仕立てで食す。娘からは「こんな柔らかい焼き魚初めて~」と大絶賛。

ゲテモノ嫌いなカミさんにはマグロ目玉は嫌がられるかと思ったが、さすが元管理栄養士、慣れてるようでマグロ目玉を煮つけにしてくれ、二人で食べました。

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目玉周辺の身も柔らかくて美味です。

売り場のお兄さんが「DHAたっぷりですよ!」と宣伝してましたが、私の頭も少しは良くなりますように。

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高齢化社会

日曜。

午後を費やし、老母の住む実家のある町内を巡る。

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来年、町内会の「区長」の役割が母に廻って来るのだが、現実的に老母は高齢のため無理。

本人は「まわってきたときに断るはー」と気楽に構えているのだが、当番がまわってきた際に突然断るのも無理な話である。

私が町内会で別の方にお願いすべく、根回しのため奔走する。

奔走するつもりでお隣のおばさんに相談に行く。実家の隣家のおばさん、母とそう変わらない年齢なのだが、かなりしっかりされているので町内会の「重鎮」。

親切にも町内会の主要メンバーから区長候補者の家に至るまで、おばさんが廻ってくれ、私はひたすら付いて行って頭を下げまくる役割。

寒い夕暮れの下、町内会の主要メンバーが集い、ああでもないこうでもないと少し議論を重ね、私の母の代理者を絞り込み、さらに挨拶に至るまで同行していただいた。

隣家のおばさんには本当に頭が上がらない。と同時に、私が生まれ育った当時は同い年の子供に溢れていた町内も、今現在は高齢者の1人暮らしが進んでるんだなあ・・という思い。

全ての交渉を済ませ、自宅に戻ってきたときの私の様子↓

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娘からも「お父さん、なんか顔が疲れてるんだけど。」と言われる。

父の葬儀を経験して、地元町内会皆様とのつながりの大事なことは身を持って知ってることは知ってるんだけど、人付き合いの苦手な私には、なかなかハードでございまする。

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クリスマスリースと門松作り

弘前出張の後片付けを済ませ、10日、山形県朝日少年自然の家の企画事業『クリスマスリースと門松作り』にボランティア参加。

たまにはクラフトづくりも楽しみたいのです。

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所員の皆様が苦心して収集した材料。

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今年は私は門松作りのフォローを志願。

だいぶ昔に参加した際、門松のかなめとなる「男結び」ができず、年配の指導者から「この結び、違う!」とダメだしされる殺伐とした企画だったのですが、今は参加者親子が結び方を巡って「ああでもない、こうでもない」とかえって雰囲気が良い企画になっていました。

かくいう私も前夜までyoutubeで「男結び」のやり方を一夜漬けしていたのですが、造園業の職人の数だけ結び方があるみたい。

当日朝、自然の家職員の遠藤さん、宇佐美さんからそれぞれ教わる。結びは同じなのだが、そこに至る過程が微妙に異なる。まあ人生のようなものと割り切ろう。

なんとかインチキ臭い男結びで参加者皆さんをお手伝い(すみません)して、皆さん見事な出来栄え。

20221210_153536所員の方々も日程を工夫してくださり、門松作り、リース作り各々の参加者全員、松ぼっくりのクリスマスツリー作りが可能になりました。

参加者の保護者の皆さん、子供達も、ビーズや装飾ピース使い放題で大喜び。

私は雪の積もったツリーをイメージして、毛糸モールで松ぼっくりをくるみ、装飾ピースは雪結晶のピースを最小限にして、シンプルに仕立ててみました。しばらく車に飾っておきます。

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自分で作った門松はコレ。例年ですと、奔放に松の枝をぶっ刺すのですが、今年は控えめに短い松の枝で整えてみました。

ナンテン、ツルウメモドキは相変わらずはみ出し放題で刺しこみました。

参加者の皆様、サポーターの皆様、また翌日の大人の企画も含め運営された所員の皆様、大変おつかれさまでした。

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ウルドゥー語文法の夜 第8夜

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今週は弘前に滞在。

幸い、それほど雪の影響を受けることなく仕事を終え、約400kmを若手S君と交代しながら7tトラックで爆走、外語大のリモート授業に間に合わせる。

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今週は「後置詞」の続き。千変万化のような語形変化に悩まされつつ、今日も例文を発音。

講師の村上先生から、後半期の講習内容について、文法一筋で行くか、南アジア文化の話題もとりいれたほうがよいか、受講生全員に提案が出される。結果、文法の復習を繰り返しながら南アジア文化の話題も取り入れることになる。

来週は今まで習ったダイアローグの復習。様々な会話を通じて使える用例を覚えてほしいとのこと。男性形・女性形の復習が全然進まんな・・・

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日曜は鴨南蛮

年末近く、現場作業部隊はもう人手が足りない。

出張続き、現場作業員と現場監督の二刀流でメシ喰っている私としては、機材の後片付けに次週の準備もあり、どうしても内業の時間がとれない。

日曜、無人の工場に出社。

皆の作業着を洗濯しようとするが、いつもならバルトロ氷河周辺の岩峰なみに積み上げられた作業着が消えている。

土曜の夜、若手社員たちも現場から帰ってきて慌てたのだろう、洗濯機の中に汚れた作業着が押し込まれ、洗剤が振りかけられたままになっていた。

洗濯機のスイッチを入れ、内業にいそしむ。

作業を進めているうちに、いろいろ溜まった課題を思い出し、嫌になる悪循環w

気分転換も兼ねて、早めの昼食はまたまた

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山岳部(やまぶ)を訪問。

本日のチョイスは、

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鴨南蛮、¥1100也。

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寒い12月に突入。新蕎麦が美味しいです。鴨南蛮食べて、再び内業にレッツゴーです。

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ウルドゥー語文法の夜 第7夜

現場作業で山形は庄内・鶴岡に泊まり込み。

ビジネスホテルの一室で外語大のリモート授業を受ける。

日中は雪も混じる気温3~4度の冷たい雨の中での作業。

若手E君&S君にメインの作業をやってもらい、私は元請担当者様からの指示で終日セメント打ち作業。

雪混じりの雨の中、気温は低温、現場には雨水が流れ込むという、セメント作業には最悪の状況。特別な速乾セメントを、マニュアルには従わず私のやり方でコネてなんとか固める。

激しい気温差で、ホテルの部屋に戻ると身体がぐったりする。そんな中、気力を奮い立たせてリモート授業に臨む。

今週と次週は2週かけて「後置詞」を学ぶ。英語で言う「前置詞」のようなものである。

سے se (から)、تک tak (まで) 、いわゆる英語で言う from 、to である。この後置詞によって名詞が変形するため文法としてめんどくさい。
先生から出題される例文を読みながら、

(うむ、ハイポーターに「C2からC3まで」というときに使えるな)などと考えてしまう。あいや、もう私は高所登山なんかやらない。

今日は村上先生から息抜きも兼ねてポピュラーなインド映画の動画を見せてもらう。以下がその動画。

 

インドでは有名な歌だそうな。歌詞は「靴は日本製、服はイギリス製、帽子はロシア製、でもおいらはインド人」(パキスタンでは最後の歌詞をパキスターニー(パキスタン人)に替えるという)

リモート授業が終わった後、ホテルの部屋いっぱいに授業用プリントを散らかして眠り込む。

さあ、夜が明けて今日も冷たい雨の中、現場作業だ。

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Jan morris著『CORONATION EVEREST』

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『Snow conditions bad stop advanced base abandoned yesterday stop awaiting improvement』(雪の状態悪く 昨日 前進ベースキャンプを放棄 回復待つのは止める)

1953年5月、エベレストがイギリス隊によって初登頂された日、The Times紙の特派員ジェームス・モリスが送ったエベレスト初登頂を知らせる通信文はこのような内容だった。まるで正反対の内容だが、いわゆる「暗号文」である。

本書『CORONATION EVEREST』は、エベレスト初登頂のスクープをイギリス本国に送るべく奮闘した新聞記者ジェームス・モリスの手記である。

ヘリコプターで次々と移動し、8000m峰14座スピード記録とやらがもてはやされる現代。1950年代、8000m峰初登頂時代の、しかも登頂したヒーローではなく、裏方で頑張った人の物語が読みたいなあ・・・と思って選んだのが本書。

1953年、著者ジェームス・モリスは登山経験もなく特派員として英国エベレスト登山隊に参加したが、特にインタビュー独占権など特権があるわけでもなかった。ガーディアン紙など同じイギリス他社の記者だけでなく、世界最高峰初登頂というスクープを狙い世界各地から新聞記者が集まり、初登頂の知らせを虎視眈々と狙っていた。

しかも今のように衛星電話やネットなどあるわけではない。近代的な通信手段である無線はナムチェバザールにある無線局経由でカトマンズへ、カトマンズ駐在のTimes記者からインドへ、インドからロンドンに伝えられるというシステムだった。

その間、エベレスト初登頂というスクープが外部に漏れる危険性は大いにある。

そこでジェームス・モリスは通信手段を考えた。伝書バト、通信文を瓶詰して激流の川に流す、果てはチベット仏教の僧侶にテレパシーで送ってもらう(当時は真剣に考えてたらしい)等々・・・

結局採用されたのは、エベレストベースキャンプからナムチェバザールまでメールランナーを走らせること。

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1953年、登頂を果たした英国エベレスト登山隊(左から3人目がヒラリー、左から5人目がテンジン、右端が著者ジェームス・モリス)

さらに通信文は暗号で送ることになった。暗号として、次のように取り決められた。

意味・・・暗号

書き出し ・・・ 雪の状態悪し

エドモンド・ヒラリー ・・・ 前進ベースキャンプ放棄

ジョン・ハント(隊長) ・・・ 第五キャンプ放棄

ジョージ・ロウ ・・・ 第6キャンプ放棄

テンジン ・・・ 回復待つ

シェルパ ・・・ 酸素ボンベを待つ

これらを組み合わせて「エベレスト初登頂」を知らせた通信文が、本記事冒頭に記したモリスの通信文であった。

ジェームス・モリスは南京錠のかかるキャンバス製バッグに通信文を入れ、メールランナーにしつこいほど「途中で誰とも話しないこと、安全に、黙って行け」と繰り返し命じるところは、世紀のスクープをモノにした記者の緊張感が伝わる場面である。

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登山活動中、隊長のジョン・ハントに「(女王の)戴冠式に間に合うかな」といわれる場面がある。

1953年のエリザベス女王戴冠式の日にエベレスト登頂のニュースがもたらされたというのはよく知られたエピソードである。

戴冠式の日に合わせるため、モリスが初登頂の情報を秘匿していたのではないかと後に疑惑がもたれるのだが、本書を読む限りでは、そんな余裕は全く無い。たしかに女王戴冠式を強く意識していたようだが、モリスは第2キャンプで初登頂を知り、その日のうちに僚友の協力を得て必死にベースキャンプまで下山、急ぎ通信文をまとめメールランナーに託したのだった。下山途中、知人のジャーナリストに出くわすが、英国隊の成功を誤魔化して別れる。嘘も方便、である。

さて、エリザベス女王戴冠式の日にエベレスト初登頂をイギリス本国に知らせた新聞記者の苦闘談、だけではない。

1950年代の古きネパール・カトマンズ、ヒマラヤ登山の様子もイキイキと描かれている。

後にインド隊が発見したと主張するヒマラヤ山中の湖について、「インド隊ではない、私とシェルパが見つけたのだ。エリザベス湖と命名した」と記す。未踏の地がゴロゴロしていた、なんとも素晴らしい描写ではないか。

ヒマラヤ登山が、エベレスト登山が男の夢だった時代のストーリー・・・といえば、今現在では「性差別」と言われるだろうか。Morris3

晩年のジャン(ジェームス)・モリス

著者のジェームス・モリスは後年、1964年に性転換手術を受け、名前もジャン・モリスとして女性として人生を生きる道を選んだ。

ジャーナリストとしての優れた記事の他、作家・文筆家として知られ、「戦艦大和」(未邦訳)を著し日本とも縁が深い。

1950年代、世界最高峰初登頂を人々に伝えるため苦心した人物の物語は、登山家のそれとは異なる視点で非常に興味深いものだった。

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【役人メシ】新潟県庁 渚の恵

11月×日、1人新潟に出張。

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昼、新潟県庁の食堂「渚の恵」に突入。

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凄い広くて明るい食堂でした。12時前は空いてましたが 、12時と共に県庁職員がなだれこみ、チケット売り場は長蛇の列になりました。

20221124_115718本日の日替わり定食「鶏味噌カツ」¥700也。

味噌カツにミニコロッケ、サラダが付いてます。

鶏肉が柔らかい!味噌ダレが美味い!キンピラがピリ辛じゃなくてマジ辛い!

というわけで満足の¥700でした。ちなみにセルフサービスのお茶は緑茶麦茶じゃなくて黒ウーロン茶。

新潟県庁は昔、地質調査部門で働いていた頃、地質資料を入手するために一度訪れたことがあります。
当時の官公庁はNECのPC98マシン全盛期、新潟県庁資料室の検索機だけはなぜかマックが備えてあり、ずいぶん個性的な官庁というイメージがありました。セルフサービスの黒ウーロン茶に、変わらず個性の強さを感じます。

美味しい日替わり定食で昼メシを済ませ、今日は山形に帰ります。

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高玉芝居

自宅トイレのドアを修理してから、山形県白鷹町に移動。

11月23日は、白鷹町の伝統芸能である「高玉芝居」の定期公演日。

コロナ禍により久々公演ということもあり、しっかり席指定の前売券をゲットしておいた。

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公演会場である蚕桑(こぐわ)コミュニティセンターには幾つもの幟が立つ。

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会場の蚕桑コミュニティセンター

高玉芝居とは、農民達によって演じられてきた、いわゆる「地芝居」である。

始まった正確な年代は不詳だが、残されている台本で古いものは寛政2年(1790年)と手書きされた一冊がある。

当時の米沢藩は財政が極度に悪化している時代であり、度重なる改革・倹約令の下、演劇などはご法度だったのだが、地元の寺院・瑞龍院の保護を受け、農民たちは密かに演劇を続けてきたという歴史がある。

米沢藩は吉良上野介の実子が上杉家を継いだ関係で忠臣蔵の上演は禁忌なのだが、やはり民衆には人気があったのだろう、忠臣蔵上演の記録も残っている。

本日の演目は『三保の松風 しぶきの仁義』。

あらすじは、

江戸時代の東海道三保の宿。
一の子分・与五郎の妻こさんに横恋慕した親分・大五郎。
たまたま身を寄せていた忠太郎に与五郎が妻を奪ったと嘘をふきこみ、与五郎を三保の松原で殺すよう指令を出す。
三保の松原で与五郎を斬ったものの、今わの際に与五郎から真実を聞かされた忠太郎、仇を討つ為に三保の宿に戻るが・・・
というもの。

まあなにぶん古い人情物だよね。。。と思いきや、見ていると劇に引き込まれました。
ジョイント企画で自分達の演劇を披露し、その流れで参観していた地元の蚕桑小学校4年生たちには退屈だったようで、
「ねえ、どの人が一番悪い人なの?」と漏れ聞こえてきた声が、子供達の正直な感想を表しています。
勧善懲悪ではなく、登場人物皆が善でもあり悪でもある(みなヤクザ者です)、すなわち人の弱さを描いた物語。

見回すと、観衆は年配の方が圧倒的に多い。

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死の間際の与五郎が、忠太郎に真実を語る場面。

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ドーランを塗った他の役者に比べ、与五郎の妻・こさん役を演じる市川由希がかなり色っぽい(筆者は熟女好きです)

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最後は忠太郎が見事、与五郎の仇を討ち再び旅へ・・というラスト。

会場は拍手で包まれる。

普通の演劇と異なり、台本は簡単なシチュエーションと台詞だけで、ほぼ即興で進められる部分が多いという。

役者と観衆とのやりとりも多い。そこが小さな会場で演じられ続けてきた「大衆演劇」の魅力なのだろう。

コロナ禍で禁じられているが、酒や弁当をパクつきながらの観劇が高玉芝居本来の姿だった。観衆、演者の高齢化が進む中、高玉芝居は生き残れるのだろうか。今日は劇で用いられる背景画の初お披露目の日でもあった。退屈かなと思っていた人情劇も悪くない。人の心をとらえる劇である限り、高玉芝居は続くのだろう。

参考文献 高玉芝居後援会発行『郷土芸能 高玉芝居』平成30年、郡司正勝著『地芝居と民俗』民俗民藝叢書58 昭和46年

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