雪の無い1月

山形県朝日少年自然の家企画事業『チューブすべりとアイスクリームつくり』に参加。

暖冬の影響で肝心の雪が無く、事前に「代替プログラムで実施します」と連絡が入る。

当日朝、例年チューブ滑りの会場となる大斜面を訪れてみると・・・

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左が2020年1月18日朝の様子。右は2019年1月のチューブ滑り当日の様子。

 今年も低学年・幼児の親子参加を中心に57名の参加者。

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代替プログラムとして、午前中前半は「絵馬作り」。

私が受け持った班は3人の親子参加、兄弟で子供同士で参加の計5名を担当。みんな願いごとを書いて、絵を描いて。

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私はちゃちゃっと月山の絵を描いて、1年の願い事を裏に書く。

午前中後半は、レクレーションゲームで身体を温めた後、

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人力チューブ滑り。小さい子やお母さん方には疲れるかなと思いきや、皆さん楽しまれてました。

昼に朝少名物のカレーを食べた後、午後から子供達楽しみのアイスクリーム作り。

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例年であれば、建物の前が雪原になるのですが・・・

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今年は所員の方々が西川町・大井沢から搬入した雪を利用してのアイスクリーム作り。

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 積雪が無い割に本日は気温が2度前後と低く、比較的スムースにアイス作りが進行。

 所員の方々も進行の遅い班にはガンガン塩と雪を追加して下さったので、例年に比べるとかなり順調にアイスが仕上がる。

 20200118_134342 最後、冷え切ったボール底のアイスは買ったばかりのハーゲンダッツ並みの硬さ。

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散らばったカラースプレー、子供達の宴の後。

 「別れの集い」も終わり、解散を告げられた参加者皆さんを見送る。

 私が受け持った班に親子参加で来ていた姉妹とお母さんが、わざわざ私のところまで来て下さり、別れの挨拶を頂戴する。

 サポーター(ボランティアスタッフ)として、無事企画のお手伝いができた充実を実感する瞬間。

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自宅に戻ると、庭の広葉樹が花を咲かせていた。どうなる、今年の冬。

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2020年1月上旬日記

1月某日

 いつものようにヨレヨレになって会社から帰宅すると、 P2_20200113192601

 食卓には納豆汁。七草の日、我が山形では粥ではなく納豆汁が伝統である。

 下界には雪の全く無い冬、食卓が季節の移ろいを教えてくれる。

 

1月某日 P4_20200113193001

 小正月。

 久しく飾ったことのない「団子木」が自宅に飾られる。

 義母から、息子と娘が「今年は厄年でない?」とアドバイスがあった由。

 私の実家では団子木は毎年飾るものだったが、カミさんの実家(上山市)では厄年に関連づけて飾るらしい。

 小正月の風習も、地域が違えば全く異なることを実感。

 

1月某日

 月山へ。 P1_20200113195301

  ウチの預貯金なみに、今年の月山は雪が無い。例年ならば雪に埋もれている車道標識も、今年は遙か頭上。

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 歩いていると、ヤママユガの繭。

 春先、少年自然の家の子供達とブナ林を歩く頃にはスカスカになって、メッシュ状の繭になっている。

 

 帰路、国道112号を走りながらNHKラジオのロシア語講座を聴く。

 今日はシベリア鉄道の話題。ハバロフスクからモスクワまで、6泊7日を要する。

 先生がネイティブの講師に尋ねる。『この長大な鉄道、寝台列車での生活で必要なものは何ですか?』

 運転しながら「暇つぶしの、分厚い小説か本かな??」と予想するが、ロシア人講師の答えは、こうだった。

 『 楽 し い 仲 間 』

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キムちゃんに叱られる

今こそすべての日本国民に問います。

キム・ジャインちゃんの飼い犬の名前は、『 独 島 ( ド ク ト ) 』でした。

與 영입5호 소방관은 유명 몸짱커플···암벽여제 김자인이 부인  by 中央日報2020.1.7

以下引用開始

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 キムさんは最近インスタグラムで、政界に一歩を踏み出す夫を静かに応援する動きを見せた。夫妻は先月初め、捨て犬の里親になり「独島」と名付けて世話をしている。動物福祉を公約に掲げたムン・ジェイン大統領が捨て犬の子犬を青瓦台の「ファーストドッグ」に採用したことにならった。

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 というわけで、今、韓国の政党は来年の総選挙に向け、与野党ともに新たな人材を募っており、それが連日にわたり韓国メディアの話題になっています。

 韓国の各政党が目を付けているのは、先の「チョ・グク疑惑」で揺れに揺れている20~30代の票の行方。

 韓国与党「共に民主党」は5人目のリクルート人材として、キム・ジャインの旦那様、オ・ヨンファン氏を将来の議員候補として入党させました。

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入党記者会見での様子。左からイ・ヘチャン「共に民主党」代表、オ・ヨンファン、キム・ジャイン夫妻

 キム・ジャインの旦那様オ・ヨンファン氏、2010年から消防士(航空救難隊)として勤務、出動回数は9年間で2000回以上の出動をこなし、退職後は「防災伝道師」として広報活動を行い、著書「ある消防士の祈り」を出版するなど、防災に尽力してきた人物。

 今回の政界進出に関してキム・ジャインは、次のように支持しています。

『最近まで消防現場を仕事場としてきた夫の突然の政治家転進に、キム選手はどんな反応を見せたのだろうか。 オさんは記者会見で「勧誘について妻に意見を尋ねるとすぐ、昨年独島(ドクト)消防救助ヘリ墜落事故で出動した時のような返事が返ってきました」と答えた。 当時事故現場捜索のために出かける夫を「行かないで」と止める代わりに声援を送ったキム選手は今回も「世の中で必要と考えることに最善を尽くすことを支持して応援します」と信頼を見せた。』 by 韓国日報2020.1.7

 さて、日本でタレント議員や○○チルドレン議員の失言が話題になりましたが、オ・ヨンファン氏も早速記者会見で「チョ・グク疑惑」について記者に質問され、チョ・グク前法相の子供の進学疑惑に関して

「 当 時 の 親 の 慣 行 」

と擁護発言したことが韓国メディア、ネット上で大炎上。野党からは「共に民主党の人材は人災だ」と揶揄されてしまいました。

 ただし、オ・ヨンファン氏は「生涯を消防士の仕事に捧げたかったが、現役時代に感じた法制度と現実との乖離の解消、国民の生命と安全に関する必要な法制度、予算を成立させる必要があると考えていた」と真剣な姿勢を見せています。

 それはさておき、昨秋は五輪クライミング競技出場権獲得に伴う悩み・戸惑いをモノローグとして韓国メディアに吐露していたキム・ジャインちゃん、旦那の政界入りのドタバタに負けないでファイテン~!

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聴覚障害者の山小屋体験 スロベニアの試み

 人口約200万人のスロベニアにおいて、聴覚障害者の山小屋利用キャンペーンが展開されました。

 

Gluhi učinkovito strežejo v planinskih kočah  by PLANINSKA ZVEDA SLOVENIJE 2019.12.2

 

 5月から9月にかけて、15箇所の山小屋で時期をずらして健常者・障害者によるボランティアスタッフが常駐し、聴覚障害を持つ登山者に便宜を図るというものです。主催はスロベニア聴覚障害者青少年協会、スロベニア山岳協会です。

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 聴覚障害をもつ登山者たちがスロベニア手話で注文中。手話を操るスタッフはボランティア。

 ここで目を引くのが、 

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 コミュニケーションローラーと呼ばれる器具。

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 コミュニケーションローラー説明図(日本語は訳者による書き込み)

 この木製スティックの置き方で聴覚障害者の意志を示すツールです。青色を上にスティックを立てた時は「注文します」、黄色を上にスティックを立てた時は「支払います(お勘定お願いします)」、横に倒している時は「楽しんでいます(構わないで下さい)」のサインを示します。

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コミュニケーションローラーの使用場面。青色を上にスティックを立て、注文しているところ。

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日本人にも知られたトリグラフ山・クレダリッツァ小屋で記念撮影する聴覚障害者およびボランティアの皆さん

この活動では、2018年は延べ90名のボランティアが参加したとのこと。

 ちなみにこの記事を書くために調べて改めて驚いたのですが、スロベニア手話が「スロベニア手話法」として法的に認められたのが2002年。日本で手話が言語として法的に認められたのは、つい最近の2011年でした。とはいえ、スロベニアの聴覚障害者に関する資料も検索してみましたが、決して障害者に対して手厚い保護がなされているとは言えない状況です。

 そんな社会、人口約200万人の「小さな」国家で、聴覚障害者に対してこのように自然体験の機会を作ろうとする動きがあるのは素晴らしいことだと思います。

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惟見長江天際流

正月、地方都市の長男は忙しい。

2日、私の家系の親戚廻り。父と母の実家、兄弟筋を私と老母の2人でまわる。

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 こういった「親戚廻りが面倒」というお悩みがネット上にあふれているし、私も若い頃は親に任せて海外一人旅や北海道の冬山単独行に傾倒していた。

 極道な山登りをしている方には親戚つき合いに無頓着な方もおられるが、私の場合、父の葬儀を経験してから180度考えを改めた。盆正月の挨拶まわりはもちろん、不幸があった際には、仕事の都合が付く限り母の代理として積極的に顔を出すようにしている。

 今シーズン、親戚の方から「高齢なので、これからはお互い訪問して挨拶は無しにすっべはあ~(無しにしましょう)」と申し入れがある。

 もう一件の親戚宅では、かつて元気なおじさんが、認知症が進行し慌ただしい状況になっており、仏壇にお参りしてお茶も飲まずに帰る。

 「世代の移り変わり」を実感させられた、今年の正月。

 嵐のような親戚廻りから帰宅し休憩をとり、夕方から私の登山の原点である山形南高校山岳部、一年上の先輩方の飲み会に参加させていただく。

 思うところあり高校同窓会の郵便物など開封せずにゴミ箱に叩き込む私だが、御縁があって山岳部の一学年上の皆さんの飲み会にお誘いいただいている。お会いできて楽しい方々と飲めてリラックスできるひととき。

 

【山形南高校山岳部の思い出】

 私が登山を始めた山形南高校山岳部は様々な伝統ルールがあった。少し紹介すると、

 

 ○雪が降るまで、いくら気温が低下しようともシャツは常に腕まくりしていなければならない。

 ○1年生はシュラフカバーで寝なければならない。市販のシュラフは禁止。春・秋季に使えるのは自作のシュラフ(みんな古毛布を二つ折りして縫い合わせた自作シュラフを使用)

 ○校内マラソン(10km)で100位以下の者は、罰として順位から100引いた数だけスクワットをこなさなければならない。

 ○三年時に部長に選ばれた者は、山交ビル(※)一階を自転車で走り抜けなければならない。

 ※山形駅前にあるバス発着場も同居した大型ビル。当時はダイエーが入っており、一階は下着売り場など普通のデパートである。

 などなど、

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『魁!!男塾』なんかチョロいんじゃね?という高校生活である。

 中でも伝説なのは、後に小樽商科大に進学し、小樽・赤岩のクライミングルート開拓に尽力された高田岳人OB。高田OBは現役時代、後輩に「水くれよ」と頼んだ際、後輩が差し出した灯油ポリタンの灯油を「わざと」飲み干してみせた人物。後にアラビア石油に就職されたという逸話付きである。

 山南高校山岳部OBの足跡はインドヒマラヤ・ヌン東稜(明治学院大隊)、Z1峰・ブラマーⅠ峰(獨協大学隊)、ヤラシャンポ峰(山形県山岳連盟隊)、シシャパンマ北東稜、チョモランマ北稜(立正大隊)など各地に及ぶ。そればかりではなく、私のガイドネタでもあるのだが山形県内の生物調査に尽力されている沢和浩OBのような方もおられる。

 沢OBには、私が高校生の頃、「西高東低って、高気圧がきてるのにどうして天気悪くなるんですか?」というアホな質問にも優しく「それはね、日本海があるからなんだよ」とご指導いただいた記憶がある。

 そんな方々に見守られ、私たちは高校生活を送った。

 

 三次会はY先輩ご夫妻と3人で、ウイスキー専門バーを訪れる。

 カラオケの喧噪も無く、シンとした静けさの中でバーテンがグラスを磨いている。

 注文では、私の「いつかベンネビスを登りたい」という目標をこめてスコットランドのウイスキーをお願いしたところ、「初めての方なら教科書的に、まずこれだけは押さえておきたいスコッチウイスキーはこれですね」と、ザ・グレンリベット(The Glenlivet)12年物をお勧めいただき、これを注文。

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 スコッチウイスキーをストレートで飲みながら、静かな正月の夜を過ごす。

 今年も嵐の一年になるだろう。Y先輩ご夫妻との楽しい語らいの中で、今年も頑張ろう、と誓いをたてる。

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2020年 謹賀新年

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新年あけましておめでとうございます。

今年もぼつぼつテキトーにブログ更新していきます。

毎年書いていますが、当ブログは山岳部の飲み会で語る感覚で書いてますので、今年もバカ話と登山家ゴシップネタ満載でまいります。

今年も私含め皆様が安全にアウトドア、登山を楽しめますように。

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さよなら2019年

今年も多くの方々にブログをご覧いただき、ありがとうございました。

皆様にとって、今年はどんな年だったでしょうか。

私にとっては山あり谷ありの一年間、来年は嵐の予感。

そんな色々あった今年、会社からの帰宅途中によく聴いていた、イスラエルの Yair Albeg Wein による曲『Chasing Inspiration』をアップして、今年のブログの締めにしたいと思います。

私も含め、皆様が良い年末年始を迎えられますように。

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Mick Fowler著『NO EASY WAY』

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 ミック・ファウラー(Mick Fowler)著『NO EASY WAY』を読む。

 ミック・ファウラーといえば、税務官としての仕事と世界でもトップレベルのヒマラヤ登山を両立させているところに、多くの日本人、特に勤労者クライマーはシンパシーと尊敬の念を抱いているのではないだろうか。

 本書の第1章は、職場である税務署での上司とのやりとりから始まる。そこで仕事、ヒマラヤ登山、それを支える日頃のトレーニング、そして家庭人としてもやりぬいてきたことを、最後の締めくくりで『There truly is No Easy Way.』と書き綴っている。

 本書は2000年代に展開してきた素晴らしいクライミングの記録集であると同時に、税務官を定年退職し、自身のガン罹患が発覚するまでが描かれている著作である。そんな人生を続けてきたミック・ファウラーの心情を吐露した言葉が、そのままタイトルになったと言えよう。本書では、

グロスバナー(2003)、カジャチャオ(2005)、スコットランドのシークリフ、マナムチョ(2007)、バスキ・パルバット(2008)、スラマー(2010)、ムグ・チュリ(2011)、シヴァ(2012)、キシュトワル・カイラス(2013)、ハグシュ(2014)、ガブ・ディン(2015)、セルサンク(2016)

 これら山行の記録が収録されており、アルパインクライマーにはたまらない内容である。

 2000年代初めは中村保氏の資料にも支えられ、積極的に中国奥地に赴くが、不安定な政治事情に伴う許可取得の困難さに辟易したのか、次第にインドヒマラヤへと惹かれていく。

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 キシュトワル・カイラスに向かうキャラバンで断崖絶壁の細い道を行く。凄い不安そうな表情のロブ・スミス。(著作写真より)ちなみに、この危険きわまりないキャラバンの記録動画は動画サイトで閲覧数1千万回超えとのこと。

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 キシュトワル・カイラスの山頂に立つミック・ファウラー(著作写真より) キャプションには「未踏の頂を楽しむ」とある。その喜びを支える日常が、本書には記されている。

 ミック・ファウラーは税務署勤務の傍ら、日常のトレーニングとして限られた時間を、ケービング、自転車、カヌーなど様々な手法で身体を鍛えていた。その中でもイギリスの風土に根ざしたクロスカントリー競技に特に力を注いでいた。

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クロスカントリー出場中のミック・ファウラー(著作写真より)

 週1という限られた時間でのクライミングトレーニングは、ノッティンガム城の城壁クライミングである。城壁クライミングといっても、かのダグ・スコットが拓いたルートもあったりする由緒あるトレーニング場。

 しかしながら、早朝にポール・ラムズデンと一緒に登っているときに通りすがりの男性から「何危険なことやってんだ?」と注意される。

「いや装備(ロープ)も使ってますし」と言い訳するが、らちがあかない。ついにポール・ラムズデンがミック・ファウラーを指さし

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「この人BMCの会長ですけど」

と言うが効果は無く、日曜の朝っぱらから警察沙汰になってしまう。その後の顛末は本書を読んで下さい。

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警察沙汰になったノッティンガム城でサムズアップなミック・ファウラー。(著作写真より)その登山の陰には色んな苦労がありました。

 来日した際の事にも触れられ、ヒマラヤ登山で使ったスプーンや安物時計、尿瓶が興味を引いたところをイタズラっぽく描いている。さすが税務官、「日本には銀行も休みになる『山の日』なる休日がある」と、日本の祝日「山の日」は印象に残ったようだ。

 ミック・ファウラー本人の控えめな性格なのか、おそらく日本人クライマーなら誰もが関心ある登山と日常生活との両立に関してはサラリと書いてあるのだが、彼の登山観を示す場面として、アリソン・ハーグリーブスの描写がある。

 90年代半ば、アリソン・ハーグリーブスは専業登山家として、世界三大高峰、すなわちエベレスト、K2、カンチェンジュンガを単独登頂することを目標に掲げていた。

 ミック・ファウラーは彼女に対して批判めいた表現は用いていないが、「彼女は楽しんでいたんだろうか」と綴っている。

 今の日本社会、以前よりも転職が容易になり、その機会を掴んで公募隊で8000m峰を目指す人もいると聞く。

 一方、ミック・ファウラーのように税務官という一つの職場に勤めながら、トップレベルのクライミングを続ける人もいる。

 いや、「トップクライマー」であることに目を奪われている人が多いが、私はミック・ファウラーがその人生を通じてクライミングを「続けている」ことに注目している。

 本書にはその器用な生き方のための明確なノウハウ、「答え」は無いが、「ヒント」に満ちているといえよう。

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人生いろいろ

【アレックス・オノルド、婚約決める】

映画『フリーソロ』で時の人となったアレックス・オノルド。

 既にSNSでご承知のクライマーも多いと思われますが、12月26日、かねてより交際中のサンニ・マッカンドレス(Sanni McCandless )との婚約を公表しました。

 某日本テレビのバラエティ番組では「僕、もてないんですよね・・・」と草食系男子として報じられていたアレックス・オノルド、おめでとうございます!

Alex Honnold si sposa, Sanni ha detto si !  by Montagna.tv 2019.12.27

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Sanni McCandlessのインスタより

 2人の出会いは2015年、シアトルで開催されたアレックスの著書サイン会。

 アレックスが著書にサインして手渡した際、サンニが電話番号を書いて渡したことがきっかけ。一方、アレックスの方は友人に「可愛い女の子から電話番号もらった!」とコーフンしていたとのこと。

 初めの出会いは何もありませんでしたが、三週間後、著書サイン会ツアーを終えてシアトルに戻ってきたとき、アレックスがSMSで夕食に誘い、2人の仲が急接近したとのこと。

 イタリアのMontagna.tvの報道では、アレックスから具体的なプロポーズは無く、「僕たち、このままでいいかい?」みたいな事を言ったらしい・・・

 オラオラ、「結婚はクライマーの三大北壁」とかほざいてる日本の独身アルパインクライマーもちったあ見習えよ。あ、そういう私は見合い結婚で(以下省略)

 

【ラインホルト・メスナー、離婚しました】

今年8月、スケベ爺ラインホルト・メスナーがサビーネ・シュテーレ夫人と離婚していたことが明らかになりました。

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Meine Frau hat mich verlassen  by Bunte.de 2019.8.28

参考記事 で、メスナー爺さんは今なにやってんの? by 当ブログ2009.8.1

 離婚の具体的な理由は明らかにされていませんが、メスナーの「常に新しいものを追い求める」生き方と価値観に相違があったのか、奥様の方から離れていったとのメスナーの弁。

 2人は3人の子供をもうけ、娘さんが管理しているメスナー山岳博物館の運営権をサビーネ・シュテーレ夫人に譲ろうとしましたが、これも断られました。

 なお、メスナーは半年たたずして、「数十年若い」女性をパートナーにしているとのこと。

 いやいや8000m峰登頂は無理でも、こういう姿勢は真似したいですね(棒読み)

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日本の官僚は何を食べているか

12月某日、所用で速攻日帰り上京、霞ヶ関へ。

農林水産省の職員食堂『手しごとや 咲くら』にて昼食。

霞ヶ関の官庁で、農水省の食堂は一般市民も利用可能なのだ。

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さすが日本という国家の中枢、あちこちに守衛さんが立っていて部外者がオフィス内に入らないよう眼を光らせている。

食堂オープンの11時に訪れてみると、入り口に立つ守衛さんから

「最近11時オープンになりましてね。昼頃になると凄い行列になるんですよ。」と優しく話しかけてくれる。

メニューは全ての品目に、カロリーと共に「食料自給率」の数字が明記されている。さすが国政の最前線。

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 11時を少し過ぎた頃にオープン。既に一般客の女性2人組が先行して並んでました。

 従業員の方の説明では、11時オープン直後はセットメニューのみ、カフェテリア形式の惣菜・料理は11時半から販売とのこと。

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農水省職員食堂「手しごとや 咲くら」全景。

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本日チョイスしたランチは、「イワシ鯨ステーキ膳」、食料自給率56%、798kcal、税込1000円也。

 鯨肉の臭みを消すためだろう、ソースはかなり濃い味付け。鯨ベーコンなどとは違い、肉自体は柔らかく噛みちぎれる鯨肉です。食べているうちに、口腔の奥で鯨肉特有の風味を感じます。サラダ、味噌汁、御飯が付きます。御飯は中盛りまで無料サービス。他に卵、梅干し、納豆などは100円で販売。

混む前に食べ終え退出したので、混雑している様子はわかりませんが、オープン直後は職員よりも一般人の入場が多いようです。

 実は毎朝晩、通勤途上の車で聴いているのがNHK第2放送の語学講座。語学をモノにしようという高尚な目的ではなく、たまに解説にでてくる各国の文化背景の説明が楽しみで聴いている。

 たまたま聴いたドイツ語講座で、霞ヶ関官庁の建築物を設計したドイツ人の話題がとりあげられ、その中で講師の先生が「農水省の食堂は一般に開放されてます」という話を聞き、上京の際には行ってみようと思った次第。

 その他、通路のコーヒー自販機はカップが「間伐材で作られてます」という自販機だったり、さすが農水省というところ。

 東京でランチに迷った皆様、ぜひ日本の中枢でお食事を。

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2019ピオレドールロシア、スチールエンジェル決まる

 去る12月7日、ロシアの首都モスクワ中心部、ヴォルフォンカ公会堂にて、ロシア山岳連盟主催のピオレドールロシア、旧ソ連圏の女性クライマーの成果に贈られるスチールエンジェル賞の式典が開催されました。

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Pio2 式典には約400名もの登山関係者が集まり、ゲストとして8000m峰14座スピード登頂で話題の人となったニルマル・プルジャが招かれました。

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 2019年のピオレドールロシア賞は、パキスタン・ハーン渓谷のタングラタワー初登を果たしたデニス・プロコフィエフ(左)、マリーナ・ポポワ(中央)、ニコライ・マチュシン(右)のパーティーが選ばれました。困難な未踏ルートを初登したことが高く評価された模様です。

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 一般投票によるオーディエンス賞として、キャゾ・リ西壁新ルート「ドラゴンの道」開拓・登頂したロストフ隊(アンドレイ・ヴァシリエフ、イヴァン・オシポフ、ドミトリー・リバルチェンコ、ヴィタリ・シピロフ)が選ばれました。ステージに立つのはアンドレイ・ヴァシリエフ(左)、ヴィタリー・シピロフ(右)

旧ソ連圏の女性クライマー達のクライミングを表彰する、2019年のスチールエンジェル賞に輝いたのは、

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 プチジョラス(3650 m)北西壁のアヌークルート(M.ピオラ、V.スプルングリ 1990)とコンタミヌルート(A.コンタミヌ、P.ラブラン、M.ブロン、1955)の混成ルート (ED-6c~6a + A0 II )を登攀した、ナタリア・テプロヴァ、オルガ・ルカシェンコ(サンクトペテルブルク)のペアが選ばれました。

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 アックスのパーツで天使を模したスチール・エンジェル賞トロフィーを受け取るオルガ・ルカシェンコ。ちなみにトロフィーのプレゼンテーターはニルマル・プルジャがつとめました。

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2019年初冬おしごと日記

11月某日

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朝、出勤しようと自宅を出る。

蔵王の山並みの陰から、朝陽がレーザービームのように差し込んでいた。

雲の隙間から日光が漏れている現象とはわかっているが、なんとなく見とれてしまう。

光線はまもなく消えた。今冬も皆が安全に仕事できますように。

 

11月某日

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 所属するガイド団体の長、高村代表が南極観測隊員として山形を発つ。その壮行会に出席。

 様々な、多くの方々に見送られる代表を眺めながら、こういう人とのつながりを構築するのはオレには無理だなあ~と思いつつ、高村代表に乾杯。

 

12月某日

 年末の建設会社は忙しい。今週からしばらく福島県民。

 私と期待の若手E川君と二人で現場作業。

 三日目、もう現場も九分九厘終わりという最後の最後で、大どんでん返しともいえるアクシデント発生。

 宿に帰る途中、若手のE川君は「悔しいっす~」と悔しさを素直に口にする。

 私は、発生した事実を黙って受けとめる。

 その夜、ビジホで隣あったシングル部屋に滞在している私たちは、壁を隔てて各自の部屋で飲んだくれていた。

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 今夜のつまみは、スーパーのタイムサービスで激安購入の会津馬刺し。

 

12月某日。

 後発の親方を迎え、福島での仕事は続く。

 本日のランチは、我々作業員の素敵な隠れ家、

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新鶴駅前にある 肉の丸長 で焼き肉ランチ。馬ホルモンが絶品です。もちろん仕事もバリバリです(自己申告)

 

12月某日

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福島の仕事も終わり、お土産は ドライブインほり で馬刺し購入。これで疲労回復はかります。

 

12月某日

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 注文していた名刺が完成。

 サラリーマン稼業に忙殺されても、ガイド業は忘れませんぜ。

 さほど営業に力を入れてないので、今まではパソコンで作る自作名刺でやり過ごしていたのだが、最近メーカー関係者ともお会いする機会もでてきたので、まとまった数が欲しくなった。

 以前はネット通販を利用していたが、カネと色にまみれた犯罪都市・東京の企業よりも地元山形の企業にお願いしたいと思い、通勤途上にある「はんこ屋さん21山形店」のお世話になる。パソコン自作の名刺キットとは異なり、紙質・印刷ともにシャープな仕上がり。

 

12月某日

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あ゛~っ!!

やっちまった~!! 出張ビジホの領収書、作業服と一緒に洗濯した~!!

事務のお姉さんに説教される~!!

そこは有名チェーンのビジホ、即連絡したところ、あっさり領収書再発行に応じてくれた。

疲れてるんですかね。

 

12月某日

 娘とチョコ「DARS」を食べていたところ、

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激レアな「ダース」とカタカナ表記のチョコ発見。

森永製菓も混入数などは一切明らかにしていないカタカナ表記のチョコ。

大企業でも、こんな遊び心あるんだ、と感心。吉兆の知らせでありますように。

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さんげさんげ 祈りの夜

12月7日、山形県 鮭川村の庭月観音で行われる年中行事「さんげさんげ」に参加。

「さんげさんげ」とは出羽三山信仰に由来し、唱え文句の「さんげさんげ」は「懺悔懺悔六根清浄」に由来する。

地元住民が集い、「さんげさんげ」と読経を唱え、翌年の家内安全・五穀豊穣を祈願する年越し行事である。

現在は山形県の最上地方、鮭川、真室川、新庄、大蔵村に残る行事である。

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庭月観音 祭壇には、前もって祈願依頼された方々の蝋燭が幾本も灯されている。

18時30分、ご住職の吹く法螺貝で始まり、読経開始。

この日集まったのは親子連れ二組、おばあさんと孫らしい女子高校生、私含め11人。

祭壇脇には地元関係者らしき男性3名が並ぶ。

初めに般若心経を読経、それから「懺悔文(ざんげもん)」と呼ばれる「さんげさんげ」独特の経を皆で読む。

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幼稚園年長か小学1年生くらいか・・・のお友達同士。この子たちが大きくなる頃には、この行事は残っているだろうか。

懺悔文は、

『懺悔懺悔六根罪性、御住連八大金剛童子一時礼拝』(さんげさんげろっこんざいしょ、おしめにはちだいこんごうどうじのいちじらいはい)

「さんげさんげろっこんざいしょ」の文句の後は「天照大神」「愛染明王」など様々に言葉が入れ替わる。

「羽黒三者権現」「補陀落三所の権現」などの言葉もみられ、そもそもは山岳修験の行事であることがうかがえる。

ご住職のお話では、もともと庭月観音は羽黒山系の寺院とのこと。庄内の「モリの山供養」のように本来の行事が仏教寺院の行事へと変化・受け継がれたものだろう。

読経は19時過ぎに終わり、それから前もって申し込みしていた方々のご祈祷、名前が読み上げられる。

もっと年配の住民が参加する行事と思っていたが、今日は若い親子連れが参加しており、それゆえ地元の方々の厚い信仰心がうかがえる。

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ご住職の短い法話の後は、子供達お楽しみ、御護符のみかんが撒かれ、皆で楽しく拾い集める。

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近年、映画化でも知られた「むかさり絵馬」

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行事後、寺院で用意したおもちゃの「あてくじ」を楽しむ子供達。ご住職のお話では、単に子供達のためのくじではなく、かつて「さんげさんげ」行事が盛んだった頃、露店も出店していた頃の名残だという。

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私がゲットした御護符のみかんとお餅。今年は山仲間の死、自分の車両事故、様々ありました。

「神頼み」を嘲笑するほど私は無神論者ではなく、何かにすがりたくなる時もある。

仕事仲間、ガイド仲間、家族、ブログをご覧の皆様の安全、欲張りにも沢山の祈願をさせていただきました。

「さんげさんげ」は、本来は2~3日かけて行者姿で「お籠もり」をして祈願する宗教行事。いつか機会を得て、こちらも見学してみたい。

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ピオレドール・ロシア2019ノミネート

ロシア山岳連盟によって公開された、2019年ピオレドール・ロシアにノミネートされたクライミングは次の通りです。

 

1.キャゾ・リ(6186m) 西壁「ドラゴンの道」初登 ネパール・ヒマラヤ 2019年10月2~9日 6B

アンドレイ・ヴァシリエフ イワン・オシポフ、ドミトリー・リバルチェンコ、ヴィタリ・シピロ

Kyazo

 

2.タングラタワー 5820m 初登 6B 2019年7月30日~8月2日

デニス・プロコフィエフ、マリーナ・ポポワ、ニコライ・マチュシン

Tang

 

3.トライデント峰 初登頂 5780m 6A
マルケピッチ・コンスタンチン、デニス・シュシュコ、ヴァレリー・セミョーノフ

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4.ブロクピーク峰 初登頂 5239m 6A パミールアライ・トルキスタン山脈 2019年8月6日~10日
 アレクサンダー・パルフィヨノフ、ヴャチェスラフ・ティモフェフ、アレクセイ・スハレフ

Blok

5.ジャヌー東壁(山頂には到達せず)

 セルゲイ・ニーロフ、ドミトリー・ゴロフチェンコ

Ja

6.ガッシャブルムⅡ峰 新ルート「ハネムーン」開拓・単独登頂 2019年8月1日

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 補足します。

 タングラタワーとトライデント峰は、ロシアの若手クライマー達が集い、パキスタンのハーン渓谷の未踏の壁・峰を登る「ハーンプロジェクト」として入山、めぼしい壁を登ったものです。

 デニス・ウルブコは新婚の奥様と入山しましたが奥様がアプローチ途上で負傷したため、単独で登山を敢行したもの。

 今年のピオレドール・ロシアは、ゲストに8000m峰14座最速登頂で話題の人となったニルマル・プルジャを招いて12月7日に開催されました。受賞結果はまた後日。

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メンタルの弱さ、強さ

10月某日。

諸般の事情で詳細は書けないが、運転していた車両が横転。

そこは立正大学体育会山岳部のターミネーター(自称)たる私、外傷は全く無く済んだのだが、周囲の勧めで整形外科で検査した結果、

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背骨の横に飛び出ている「横突起」が3箇所折れていた。(画像右は事故直後、左は約2週間後のレントゲン画像)

身体よりも精神的ダメージの方が大きい。

普段、若い社員に「運転気をつけてね~」と言ってるのに、メンツ丸つぶれである。

職場では若手社員の皆から「身体大丈夫ですか?」と言われるが、親方だけは報告の電話からして

「おい、気をしっかり持て!」

「家帰っても、カミさんと子供には普通に接するんだぞ!」

と、精神面の叱咤激励の嵐。

数日経過すると

「大滝、気分転換に山でも行ってこいよ」

と、メンタルの弱さが親方にはバレバレである。

 

医師からは骨がつながるのに要する3ヶ月は安静に、と言われているが、現場作業員なもんでバリバリ鉄骨解体作業にでて気を紛らわす。

寝る前には『魁!!男塾』を読んで寝る。そのためか(たぶん)、痛みも一週間ほどで消えた。

 

1979年、当時未踏峰だったリンクサールに遠征した山岳部の大先輩から、「リンクサール峰の頂上の写真って無い?」と問い合わせをいただく。

そういえば、Rock and Ice誌やClimbing誌、世界各国のクライミングサイトを閲覧しても、登攀ルートは公表されているが山頂のショットはみたことが無い。

リンクサール峰を初登したアメリカ隊のGraham Zimmerman氏に連絡したところ、山頂に立った時の動画を保存しているファイル共有サイトのURLを紹介してくれた。Zimmerman氏いわく「カメラが凍りつき、ピントがぼけているので公開していなかった」という動画を拝見する。

それは、狭い山頂で歓喜の声を上げるクライマー達の姿だった。わずか20秒のピントが合っていない動画は、その登山の厳しさを物語るものだった。

幾度も繰り返し動画を視て、山頂で喜ぶクライマー達のテンションの高さに「彼らはどんなに過酷なクライミングを経て頂きに立ったんだろう」と直感する。その趣旨でZimmerman氏に御礼のメールを送る。

その動画をご覧になった大先輩は、私とは異なった感想を伝えてきた。

技術も装備もあらゆるモノが進化したけど「最後は気持ちの強さ」と感じたとおっしゃる。

「気持ちの強さ」。

実際にリンクサール峰を経験した大先輩が語る「気持ちの強さ」という言葉が、頭から離れない。

背骨がまだ治ってない身体をかかえ、なんとなく気力も低下していた。今冬から来年にかけて実現したいと思っていたことも、カネや身体を言い訳に次々と考えるのも止めていた。

山岳部の大先輩からのメール、Graham Zimmerman氏からのメール・動画を幾度も見直す。

さて、まずは明日の仕事を頑張ろう。

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