ショパンとブナの実

月曜、公休。
晩秋の月山へ。

Ku
早発ちしたこともあり、静かな山。

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紅葉したチングルマが草原のアクセントになってます。

Cho
四ッ谷沢ルートから直上すると、牛首を過ぎたところで視界が開ける。
秋の澄んだ空気をおかげで、庄内平野、鳥海山、日本海の眺めがよい。

そこへ御夫婦らしい2人組が登ってきた。
汗だくのおばさん、鳥海山を眺めて
「元気がでるわあ~」

鳥海山は山形県人にとってそんな山なのだ。

Ha
頂上直下の登り坂「鍛冶月光」の途中で、登山者を慰めるかのように一輪だけ咲いていたハクサンイチゲ。

せっかくの平日休み。
銀行に用事があったので、11時には下山して昼過ぎに帰宅。
しかし銀行に事前に電話してみると、窓口よりもネットで用事が済むことが判明。

9月中旬から、ブログを書く気力が萎えるほど現場作業に忙殺された。
午後はのんびり過ごすことにする。

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月山山麓で拾い集めたブナの実。

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ショパンを聴きながら、約1時間かけて皮を剥く。
カラッとローストしたブナの実が食べたいので、私はいつも全部皮を剥いてからフライパンで炒ります。

ショパンの曲は結構「自然」を描写した曲があるので、実の皮を剥きながら聴くと落ち着く。
普段の現場作業を完全に忘れ、のんびり過ごす月曜の午後。

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今回はあまり塩をふらず、実そのものの風味を楽しみます。
山の恵み、いただきます。

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【訃報】韓国のキム・チャンホ遭難死

まことに残念な報道です。

アジア人初の8000m峰14座無酸素登頂はじめ、ピオレドールアジア他、素晴らしい登攀を重ねてきた韓国のキム・チャンホが、グルジャヒマール山麓にて、雪崩およびその爆風と思われる災害で亡くなりました。49歳でした。

Kim
韓国の『哲人』、キム・チャンホ

김창호 히말라야 원정대 9명 시신 발견... 돌풍·눈사태에 추락 by 朝鮮日報2018.10.13

在ネパール韓国大使館の情報によれば、10月12日、グルジャヒマール峰3500m地点のベースキャンプが雪崩とその爆風に襲われ、翌13日、韓国人5名、ネパール人スタッフ4名の遺体が発見されたとのこと。その中にキム・チャンホ氏が含まれていました。爆風は立木も吹き飛ばす凄まじいものだったようです。

キム・チャンホ氏は以前から立ち上げていた「ヒマラヤ・コリアンウェイプロジェクト」の一環として、ヒマラヤのマイナーな山の壁に新ルートを開拓してきました。今回もグルジャヒマール南壁に新ルートを開拓すべく入山、事故に遭遇したものです。

キム・チャンホ氏はタイトル狙いのクライマーとは一線を画し、自身が持つ独特の哲学~山を愛し、人を愛す~に従い、ヒマラヤの困難な壁を陥してきました。

マスコミ受けしないその登山人生は、韓国の山岳雑誌でも長らくとりあげられることはありませんでした。

韓国の哲人、キム・チャンホ 当ブログ2013.1.3

もう書斎には行かない 8000m峰14座無酸素登頂 キム・チャンホ ロングインタビュー 当ブログ2013.6.19

キム・チャンホの死はゴ・ミスンのそれと同様、アジアのみならず世界的な損失といえるでしょう。
彼が蓄積してきた膨大なヒマラヤ・カラコルムに関する情報量、そして実践。
まだまだヒマラヤ登山の可能性を示してくれるクライマーの一人でした。

まことに残念ながら、私が知らない間に韓国メディアの取材で冬の山形県・月山を訪れたこともありました。
そのときはスノーシューツアーでホットワインを楽しんでいたとのことでした。

韓国の偉大なクライマーの死に哀悼の意を表します。

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韓国・小白山国立公園が弁当配達サービス開始

予約していた弁当を登山口で受け取り、食べ終えた弁当は下山口で返却。
韓国の小白山(ソベクサン)国立公園事務所が、韓国国内で初めて弁当配達サービス運営を開始しました。

やすくおいしく... 小白山、お弁当の配達サービスを開始 by 韓国SBS 2018.9.28

ニュースの内容は以下の通り
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<キャスター>

 秋に入り、登山を計画される方も多いと思いますが、小白山国立公園事務所が全国の国立公園で初めてお弁当の配達サービスを開始しました。

イ・テヒョン記者です。

<記者>

おいしそうに包装されたお弁当が配達されると、登山客が弁当を受けとり登山を開始します。

全国の国立公園の中で初めて、小白山国立公園事務所がお弁当の配達サービスを開始しました。

早朝からおかずを準備する必要がなくなった登山客たちの足は、一様に軽くみえます。

[チョン・ナンキョ/登山客 : (弁当の準備に)常に早起きしているから疲れました。(お弁当サービスが)あるから、そんなことがないんです。]

大変な登山の後に森の中で食べる昼食は、まさに蜜の味。

メニューは、丹陽で生産されたニンニクで味付けされ、地域特産物のPRにもなっています。

[ギム・ヒョンミ/登山客 : 私もお弁当を作って通っていましたが、それよりもずっとおいしく丹陽の味を感じることができました。]

お弁当の容器はリサイクル可能なステンレス製で、下山時に空の容器を回収箱に入れれば良く、最近問題となっている使い捨てゴミ削減に大きな効果が期待されています。

[キム・サンボム/小白山国立公園の北部事務所 : ハイキングコースのゴミの80%以上は使い捨て用品です。お弁当サービスを介して、大幅に改善されるものと期待しています。]

ハイカーたちの利便性を高め、環境保護と地域経済の活性化まで、国立公園のお弁当配達サービスが1石3鳥の効果を狙っています。       
----------------------------------
以上引用おわり

あらためて説明しますと、
P1
国立公園3箇所にある登山口で弁当を受け取り、

P2
山の上で楽しくランチ。

P4
下山口に設けられたケースに弁当箱は返却、という仕組みです。

筆者がさらに調べたところでは、
P5
弁当は御飯1、おかず2の計3パックで構成され、料金は8000ウォン(日本円で約800円)。
カカオトーク(韓国のLINEに似た通信アプリ)でも予約可能。

たしか韓国の他の山域でも弁当配達サービス(こちらは個人営業の弁当屋)があったと筆者は記憶してます。
今回のニュースの注目点は、行政である国立公園事務所が環境保護を主目的に弁当サービスを展開していることですね。

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よくよくみれば、タッパーもケースもリラックマのキャラクターグッズ。
旭日旗は嫌われてますがリラックマの人気は韓国でも高いですね。

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マルコ・プレゼリ、中国・四川省の嘉子峰西壁へ

今秋、スロベニアのマルコ・プレゼリ、ウルバン・ノヴァクが中国・四川省の嘉子峰(6540m)西壁を目指しています。

Alpinistična odprava Jiazi Feng 2018 krenila na pot by Planinska zveza Slovenije2018.10.4

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マルコ・プレゼリ(左)、ウルバン・ノヴァク(右)

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今回プレゼリらが目指す嘉子峰(チズ峰 6540m)

 プレゼリらはもともと東チベットの鋭峰として知られるDojitsenga峰(5700m)遠征を計画していましたが、CMAから許可が下りず、嘉子峰西壁に転進したものです。

 嘉子峰北西壁には既に中国の故ヤン・ドンドンはじめ幾人ものクライマーらがトライ、素晴らしいルートが拓かれています。
 スロベニア山岳協会ウェブサイトの記事では「西壁」と記載されていますが、ベテランのマルコ・プレゼリ、セロ・キシュトワル峰はじめインドヒマラヤで素晴らしいクライミングを展開してきたウルバン・ノヴァクのペアがどんなルートを開拓するのか注目です。

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ローツェ、アンナプルナ、スキー滑降の挑戦

 去る9月30日、アメリカのヒラリー・ネルソン(Hilaree Nelson)とジム・モリソン(Jim Morrison)のペアが、世界第4位のローツェ(8516m)山頂からのスキー滑降に成功しました。

FIRST UPDATES FROM THE HISTORIC LHOTSE SKI DESCENT by Tetongravity.com2018.10.4

Lhotse
アメリカのヒラリー・ネルソン、ジム・モリソンのペアがスキー滑降に成功した「ドリーム・ライン」

ローツェ峰西面、ローツェ・クーロワールに沿って第2キャンプまで滑降、約17時間をかけた冒険でした。

一方、ロシア人のペアがアンナプルナ峰のスキー滑降を目指し、9月からネパールに入っていました。
この2人はヴィタリ・レゾ、アントン・プゴフキン。2017年にマナスルに無酸素登頂・山頂からのスキー滑降を果たしているベテランです。

Anna
出発前の記者会見の模様。左がヴィタリ・レゾ、右がアントン・プゴフキン。

こちらの計画は残念ながら大雪に阻まれ、アンナプルナ登頂・滑降は成りませんでした。

2人は「デスゾーン・フリーライド」と銘打ったプランを立ち上げ、長期計画で8000m峰スキー滑降に挑む予定です。
彼らのウェブサイトがこちら→ Deathzonefreeride.com

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アウトドアメーカー韓国K2、南北融和の陰で奔走す

独裁テロ国家・北朝鮮との親北路線をひた走る韓国・文在寅政権。
その危うい南北融和政策の陰で、韓国の大手アウトドアメーカーK2が奔走していたことが明らかになりました。

白頭山を登山した財界人の防寒着として指名されたK2、その背景は? by ソウル経済2018.09.20

以下引用開始
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白頭山を登山した財界人の防寒着として指名されたK2、その背景は?

前日の夕方、統一部の緊急要請でk2防寒服500着を納品
選定の背景をめぐりK2社「開城工業団地入居企業の経歴」が推測される

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平壌訪問3日目のムン・ジェイン大統領と共に訪朝したイ・ジェヨン三星電子副会長(右から)、イ・ジェウンSOCAR代表、グ・グァンモLG会長、チェ・テウォンSK会長、パク・ヨンマン大韓商工会議所会長、キム・ヨンファン現代自動車副会長などの特別随行員たちが、K2社の防寒服を着て白頭山・天地を背景に記念写真を撮っている./写真提供=平壌写真共同取材団

 去る19日午後5時、ソウル城東区のK2コリア本社に緊急電話がかかった。統一部(訳者注・日本のマスコミでは統一省とも表記)であった。

 「明日、南北首脳会談の特別訪問団が白頭山登山を行うため、防寒着が必要です。500着を夜10時までに城南空港に届ける必要があるのですが、調達可能でしょうか。」

 退社を控えた時刻、急な要求にK2社内は騒然となった。幸いなことに秋冬シーズンが本格的に始まる前、驪州倉庫に新商品の在庫が十分にあった。サイズと注文数量を確認して、K2社の「A +スリムダウンジャケット」250着、「ORG 2Lジャケット」250着など、計500着を用意して城南空港に送った。

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韓国K2社 A +スリムダウンジャケット

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韓国K2社 ORG 2Lジャケット

 注文から空港到着まで約5時間の緊迫した状況だった。準備された服は、飛行機で北朝鮮の三池空港に到着した。こうして到着した服を20日午前、パク・ヨンマン大韓商工会議所会長はじめ、イ・ジェヨン三星電子副会長、チェ・テウォンSK会長、グ・グァンモLG会長、キム・ヨンファン現代自動車副会長など4大財閥グループのトップら、特別な訪問団が着用して白頭山に登った。国内本格派アウトドアブランドであるK2社製品が白頭山に旗を翻した日だった。

 K2社が今回の特別訪問団の防寒着として指名されたことに関して、業界からは 「K2社が大型アウトドアブランドとして納品期限に間に合わせる能力をもつと統一部の判断が功を奏したもの」 としながらも、「開城工業団地入居企業だったのが作用した」と推測している。 「シンウォン」、「グッドピープル」など、開城工業団地に入居したアパレル企業の中で、今回、統一部から防寒用品の調達依頼を受けた企業はないと判明した。

 国内本格派アウトドアブランドに選ばれるK2コリアは、去る2013年に稼動が中断された開城工業団地入居企業であった。一緒に議論されるブラックヤク社も開城工業団地入居企業の一つだったが、昨年の「ムン・ジェイン大統領登山服」(訳者注:大統領当選当時、着用していたブラックヤク社の廃盤ウェアが再販されたことが韓国国内で話題になった)で話題を独占した経緯があり、1社に偏ることを避けようとK2社を選択したと分析されている。 ムン・ジェイン大統領は昨年5月9日、夫人である金正淑女史と一緒に登山に行った際、記者たちと登山を共にした際にブラックヤク社のウェアを着たことがある。 一方、これらと共に大型アウトドアブランドに選ばれるコーロンスポーツ社も統一部の要請を受けていないことが判明した。コーロン社のウェアはメンズ系の一部のみ開城工業団地で生産されたことがある。

 K2社の今回の防寒着選定に、開城工業団地に入居していたアパレル企業の間では、開城工業団地再稼働の希望を持ち始めた。シンウォン社の関係者は 「人件費を削減できるだけでなく、物流上の利点が多く、開城工業団地が再起動された場合、入居の意思は100%ある」と述べた。
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以上引用おわり

さて、南北融和の動きについて、日本の頭お花畑な方々は文在寅大統領を賞賛までしていますが、人権問題を抱える独裁テロ国家・北朝鮮に無条件で経済制裁緩和をもちだすことは頭がおかしいとしか筆者は思えません。
おそらく朝鮮半島をめぐる国際協調よりも朝鮮民族の大義を優先させる文在寅政権は、このまま親北路線を突っ走ると思われます。

 その政治政策の間隙をぬってアウトドアメーカーが奔走していたことは、登山好きの文在寅大統領のウェアのチョイスにあわせて統一部が「忖度」してK2社を選定したものといえるでしょう。

 こうしてみると、アメリカのパタゴニア社vsトランプ大統領といい、韓国の防寒着選定といい、アウトドアメーカーって政治に左右される存在なんですね。

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【訃報】 ジェフ・ロウ氏、トム・フロスト氏 逝去

去る8月24日、登山史を彩ってきた2人のクライマーが亡くなりました。

The passing of two legends: Tom Frost and Jeff Lowe by Alpinist 2018.8.25

トム・フロスト(Thomas Frost )

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1961年ヨセミテでエイドクライミング中のトム・フロスト

ヨセミテの黄金期に活躍したトム・フロスト氏が癌のため、カリフォルニア州のホスピスで亡くなりました。81歳でした。
1961年にロイヤル・ロビンスと組んでエルキャピタンのサラテを初登。
1964年にはシュイナード他らと共にエルキャピタンのノースアメリカンウォールを初登。
1968年にはマッカーシーらと共にアンクライマブルズ渓谷のロータスフラワータワー南東壁を初登しています。

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1961年、CampⅣでビバーク中

ヨセミテの岩壁を登るために鋼鉄製のピトンが産み出されたエピソードではイヴォン・シュイナードだけが有名ですが、実はシュイナードと共にトム・フロストも製作に関わっています。
またヨセミテだけにこだわるでなく、ワールドワイドに活躍しました。
1963年にはジョン・ハーリンらと組んで当時モンブラン山群で最難といわれるエイドルートをフー南壁に開拓しています。
同年にエドモンド・ヒラリーと共にネパールヒマラヤのカンテガに挑み初登頂、1970年にはアンナプルナ南壁にトライ、1986年には後述のジェフ・ロウと共にカンテガに新ルートを開拓しています。
まさに「ヨセミテ流」で世界を駆けたクライマーでした。

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ジェフ・ロウ (Jeff Lowe)

クライミングの鬼才と呼ばれ、世界各地に難ルートを開拓したジェフ・ロウ氏は以前から筋萎縮症に似た未知の難病にかかり、車椅子生活が続いていましたが、トム・フロスト氏と同じく24日、亡くなりました。67歳でした。

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現役の頃のジェフ・ロウ氏

ジェフ・ロウ氏の足跡を書き綴ることはそのまま20世紀のクライミング史の一端を綴ることになりますが、コロラド州のブライダルベール初登など、アイスクライミング、ミックスクライミングの分野において才能を発揮してきました。
アイガー北壁の「メタノイア」開拓、また成功には至りませんでしたがジム・ドニーニらと組んだラトックⅠ峰北稜が知られているところでしょう。

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メタノイア開拓時のジェフ・ロウ

以前に当ブログでも書きましたが、ジェフ・ロウといえば困難なクライミング だ け が 取り沙汰されていますが、ビデオ『Alpine Ice』では初心者向けに地味な雪上歩行、滑落停止などの初歩の技術も実演、一般大衆向けに登山技術の啓蒙にも関わっていたことを強調したいと思います。

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晩年のジェフ・ロウ氏、孫のバレンティナちゃん、生活を共にしたパートナーであるコニー・セルフ氏と。

残念ながら晩年は筋萎縮症に似た全く未知の病にかかり、車椅子生活となりました。年々病状が進み、会話も困難になりi pad を使って他人とコミュニケーションをとる生活でした。私生活では離婚やクライミングギアの会社が行き詰まり順風満帆とはいえない人生でしたが、亡くなるまでの8年間はパートナーであるコニー・セルフに献身的に介護してもらい、時には電動車椅子で孫のバレンティナちゃんと共に山を訪れる、穏やかな暮らしだったようです。

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8月24日、2人のクライマーが世を去りました。
2人の共通点は、卓越した才能だけでなく、クライミングギアの開発に積極的に関わり、登山界に貢献したこと、そのクライミング技術をもって登山史を自ら綴ってきたクライマーであるといえましょう。

トム・フロスト、ジェフ・ロウ、二人の偉大なクライマーに哀悼の意を表します。

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森の山まつり・流れ灌頂の供養 山形県酒田市 持地院

山形県の庄内地方には、死者の魂は初めの数年は近隣の里山にこもり、それから月山にゆくという民間信仰がある。
それが「モリ供養」である。

死霊のこもる山へ行く 庄内・モリ供養 by 当ブログ2015.8.23

 前述の私のブログ記事には訂正箇所がある。モリ供養という行事は、古来の姿を残しているのは鶴岡市・三森山だけになってしまっているが、モリ供養という行事そのものは寺院の施餓鬼供養、先祖供養の行事として、平成21年の山形県教育委員会の調査によれば庄内42箇所にて確認されている。

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死者を弔う行事、また「山に行くのが大変」という現実的な理由から、多くの場所でモリ供養の「寺院行事化」が進んでいった。
今年は休暇の関係で25日しか動けなかったこともあり、モリ供養の様々な形態を見学したいと思い、酒田市の持地院で開催される「森の山まつり」を訪問した。

持地院の「森の山まつり」は、本来は水死者を供養する「流れ灌頂」行事と融合していることが特徴的である。

流れゆく仏 by 当ブログ2016.7.11

流れ灌頂の供養の時間にあわせて持地院に到着。
受付では先祖霊の木羽仏(\500)、没年月日の木羽仏(\400)の2種を受け付けており、私は亡父の没年月日の木羽板を購入。
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持地院入り口をふり返る。中央奥が木羽板の受付、右側では歯骨供養(\6000)、子供供養(水子供養、\5500)の受付となっている。左側には地獄絵が飾られている。

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会場に入ると、そこは寺院内で運営されている若草幼稚園の敷地。
唐揚やかき氷などの露店があり、ビールなども売っている。
幼稚園の敷地ということもあり、地元の親子連れが大勢来ている。

幼稚園のグラウンドらしい敷地を通り、持地院の名所である「酒田大仏」の裏が小高い丘になっている。この丘の頂きが「森の山地蔵堂」であり、森の山三尊像を祀る霊場である。

とにかく子供達が多い。地蔵堂を目指す途中、小学生低学年くらいの男の子が友達に、
「ここから先には閻魔様がいるから行かない方いいよっ!」
と力説している。
地方都市の子供達は、純だなぁ~。

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森の山地蔵堂に到着。
私が購入した木羽仏は、若衆や檀家の奥様方に促されて係の方に渡す。
画像の左にあるのが「流れ灌頂」で使われる船「大悲丸」、左の僧侶の脇にある盆に私の木羽仏が置かれ、読経とともに供養される。
中央にみえるのが森の山三尊像。画像ではみえにくいが、中央の無縁地蔵の前に置かれた厨子の地蔵尊が持地院のご本尊。森の山まつりの3日間だけ御開帳される。

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8時を過ぎた頃、森の山地蔵堂から「大悲丸」が若衆らによって下ろされ、場内を一周し、会場中央の焼き場に運ばれる。

そして僧侶達の読経の中、火が放たれる。その様子は動画に記録しました↓

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流れ灌頂に用いられる「大悲丸」は、昭和30年代までは港まで担がれ海に流されていた。
後に港が改修され、最上川も堤防で仕切られて以来、現在のような焼却するスタイルに変化したという。

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読経が終わり、僧侶達が帰っても、会場の多くの家族連れは帰ろうとせず、いつまでも炎を眺めているのが印象的であった。

炎と共に先祖の霊も、無縁仏も帰っていく。
庄内にも、秋が来る。

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持地院の「森の山まつり」全体の雰囲気を記録した素晴らしい動画も公開されています。↓

参考文献 『庄内のモリ供養の習俗 「庄内のモリ供養の習俗」調査報告書』 山形県教育委員会 平成21年

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相棒あらわる

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サブで使っているトレッキングシューズを新調。

あえて名前を出すが、今まで使っていたキャラバン社のグランドキングは靴底のゴムの品質なのか、異様なまでに岩のフリクションが効かず、何度も転倒した。

いつもお世話になっている天童のマウンテンゴリラにて品定めをするが、欧米系メーカーの靴は細身なのでパス。
結局、今度は靴底にビブラム社ソールを採用しているキャラバン社のシューズに舞い戻る。
(筆者の足、幅広なんで靴選びにはいつも苦労してます・・・)

ついでに靴紐の結び方、靴のフィットのさせ方について、マウンテンゴリラ店主の誉田さんからあらためてレクチャーを受ける。
私ガイドではあるが、大学山岳部時代の体力任せのやり方で登山を続けていることもあり、時には装備について人から学ぶことも必要。装備も変われば使い方も変わる。誉田さんは業界の最前線にいるので、教えを請うこともある。

記録を読み返すと、今まで使ってた靴を買ったのが2013年8月。5年は保ったことになる。
3年目すぎたあたりから、マメにソールの剥がれなど目視で点検しつづけてきました。
専業ガイドの方ですとワンシーズンで一足はきつぶすと伺ったことがあります。
兼業ガイドとはいえ、私もまだまだ修行が足りませんね。

新しい相棒と共に、また色んな山域に出かけたいと思います。

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ケビン・コスナー先生が中国人観光客にお怒りのようです。

アメリカで放映中のテレビドラマ『Yellowstone』。
イエローストーン国立公園に隣接した、広大な土地を持つ牧場主ジョン・ダットン(ケビン・コスナー)が主人公。
土地開発業者、ネイティブアメリカン居留地との土地を巡る争いを描いた社会派ドラマです。

このドラマの中で、個人の所有地内に勝手に入り野生の熊を見物している中国人観光客とのトラブルの様子が描かれています。
動画はこちら↓

実はこの動画の存在を知ったのは、中国のアウトドアポータルサイト8264
この中国を代表するアウトドアポータルサイトでは、海外ではその国の法律・慣習を順守すること、野生動物に注意することなどが取り上げられています。

いやいや本当に注目してほしいのは前者なんですけどね。

上記動画は英語字幕もあるので理解しやすいと思います。
主人公のケビン・コスナーが「ここは自分の土地だ」とフェンスなどを指し示しますが、観光客の中の老人が「こんな広大な土地を個人が所有しているとは信じられない、国民が共有すべきだ」と主張します。
それで業を煮やしたケビン・コスナーがショットガンを空に向けてぶっぱなして観光客たち(そして熊)を追い払います。

今現在の、アメリカにおける中国人観光客に対するイメージが表現されているドラマでしょう。

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ラトックⅠ峰、北稜は未踏のまま第二登さる

先日掲載したイギリス・スロベニアのクライマーらによる、ラトックⅠ峰の第2登の詳細が明らかにされました。

Po 40 letih neuspešnih vzponov Česen, Stražar in Livingstone prvi na Latoku 1 s severne strani by Planinska zveza Slovenije 2018.8.17

8月5日深夜に北稜に取り付いた3名は北稜を3分の2まで登ったところでラトックⅠ峰・Ⅱ峰のコルに進み、ピークをまわりこんで第2登に成功したものです。

ラトックⅠ峰・Ⅱ峰のコルに進んだという情報が先走り、supertopoや東欧のクライミングサイトで推測によるルート図が出回っていましたが、上記リンクのスロベニア山岳協会が発表したルート図がこちらになります↓

Latok_2

今回のクライミングについて、イギリスのトム・リビングストンが「我々は北稜を完登したとはいえない。目指す者がいれば、北稜はまだそこにそびえています。」とコメントしています。

La norte del Latok 1 sigue sin haber sido escalada by Desnivel 2018.8.18

途中から北稜を離れたとはいえ、それで難峰ラトックⅠ峰第2登というクライミングの素晴らしさが損なわれることはないでしょう。

P1_2
ルートを探るアレシュ・チェセン (トム・リビングストン撮影)

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北稜に点在するキノコ雪に幾度も悩まされながらの登高(アレシュ・チェセン撮影)

3名は日曜19日に帰国予定。さらに詳細なレポートが公開されるでしょう。

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都 会 に て

盆の雑事が終わり、8月17~18日、家族4人で東京旅行。

貧乏な我が家、盆シーズンを微妙にずらし、早割でなるべく交通・宿泊費は安く済ませる。

夜は上野のペッパーランチを目指す。
同じビルに「叙々苑」があり、息子が牛タン食べたがっているのを知っているカミさんが「叙々苑がある・・・」と料金表を見始めるので

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「叙々苑ダメ。遠い未来までないだろうけど給料上がるまでダメ。叙々苑無理。」
と完全拒否。

バカ息子もハンバーグなら食べてもいい、というので予定どおりペッパーランチに突入。
あれ?ペッパーランチのはずが・・・
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店を訪れてみると、「いきなりステーキ」になっている。
娘が前々から「いきなりステーキ」に行きたがっていたものの、山形の店舗はどこも激混みで行けなかったので、ここで食事することにする。

食事を終え、料金明細をみた瞬間の私の心象風景↓
Tom
盆明けから、また地道に働こう・・・

今回の東京旅行、秋葉原の「あきばお~」で1TBのポータブルHDを激安でゲット。
同店の外で投げ売りされていたのが、

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インチキくさい、1200円のEMS腹筋トレーナー。12000円じゃなくて1200円ね。
前々から数万円するEMS腹筋トレーナー欲しがっているバカ息子が「これでもいい、欲しい」というので一つお買い上げ。

ボタン電池式で作動するのですが、結構腹にピクピクきます。
アマゾンで検索すると、数週間で「壊れた」というレビュー多いw
しばらくは息子の腹具合で1200円EMSトレーナーの使い具合をモニターしよう。

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すれ違い

8月13日、例年は午前早い時間に済ませていた盆の墓参り、夕方に出かけることになった。
どうにか時間を作り、朝日連峰の鳥原小屋訪問に出発。

山深いというイメージの朝日連峰、県外から日数をかけて遠征に来られている方々には申し訳ないような感じだが、日帰りで訪問できるのも地元在住の利である。

訪問の目的は、鳥原小屋管理人の鈴木正典氏と山の話をすること。
今夏は人でいっぱいの月山を何度も歩いたので、人に会わないで済む「ぶな峠」コースを選択。

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登山口からしばらくは沢沿いの道を行く。
ツリフネソウはじめ、夏の花を愛でながら進む。

刈り払いされてない「ぶな峠」コース、道はしっかり踏み跡があるのだが、草に覆われていて徒渉箇所などわかりづらい。
2度ほど地形図を取り出して現在地と進むべき方向を確認し、稜線の気持ちよいブナの道をたどる。
古寺鉱泉から続く登山道に合流、田代清水まで登ってくると・・・

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犬がいました。
しかも首輪を付けている。
最寄りの登山口から1時間以上はかかる場所なのに、迷い込んできたのだろうか?
犬は私にかまうことなく、田代清水からわずかに流れている水をピチャピチャ音をたてて飲み始めた。
そりゃ犬だって暑いよね。

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正体不明の犬を激写していると、人の気配。
道を譲るため木の陰に下がっていると・・・

「あれ?大滝くん!?」
「ええっ!正典さん!」

鳥原小屋方面から下ってきたのは、今日訪問するはずだった小屋管理人の鈴木正典さん。
小屋の食糧補充に、これから古寺鉱泉経由で街に買い出しに行くという。

事前にアポをとれればよいのだが、鈴木さんも鳥原小屋暮らしで連絡とれない。
「いや今日あたり大滝くん来るんじゃないかと考えてたとこだったんだよ~」
と鈴木さんはおっしゃる。さすが元・金融マン、口が巧い。
私たちの目の前にいる犬、鈴木さんが飼っている犬でした。鳥原小屋のアイドル犬らしい。
「名前は ポ チ です。みんなに可愛がってもらったなぁ~」
ポチというどストレートな名前も鈴木さんらしい。

積もる山の話はあれど、残念ながら、今回はすれちがい。
「小屋でゆっくり休んでいってよ。」
鈴木さんは古寺鉱泉方面へ。
私はテンションあがらぬまま、主のいない鳥原小屋へ。

灌木帯を抜けると、湿原が広がる。鳥原湿原だ。
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湿原のあちこちが白い。
チシマゼキショウが花盛り。

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湿原の中にぽっかり浮かぶ古城のような小屋、鳥原小屋。

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変わらず、掃除の行き届いた小屋内で一休み。

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鳥原小屋から望む蔵王連峰が美しい。

小屋で一息いれた後、同コースをたどり下山。
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誰もいない、静かなブナの道で、自分だけの朝日連峰を満喫です。

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ぶな峠 登山口について

朝日連峰・古寺鉱泉~鳥原小屋間の縦走路に通じる「ぶな峠」コースはガイドブックにまったく掲載されていない登山口ですが、わずかながらネット上にも記録が散見されます。

2018年8月現在、踏み跡はしっかりしていますが、刈り払いされておらず湿地帯や徒渉地点で道を見失いやすく、初めての方にはおすすめできません。

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私も2007年以来11年ぶりに訪れましたが、登山口は当時と全く異なっています。
登山口の左右両側に林道が開削され、ブナ林も伐採されています。
(「登山道」の表示は有り。画像には写ってませんが、この登山口の両側に林道が開削されています)

入り口には東北森林管理局、環境省、山形県みどり自然課他の連名による『スノーモービルの乗り入れはご遠慮ください』という看板がありますが、ものすごいブラックジョークですね。
私も冬期山岳地帯における無秩序なスノーモービル運行には反対ですが、これだけ大規模に山林を破壊し尽くされた一方で「スノーモービルによる樹木の損傷」って・・・

私も自然公園指導員なもんであらためて確認しましたが、ぶな峠登山口一帯は国立公園の指定からは巧く外れた地域。だからといってこれだけやり放題が許されるのか、とあらためて思わずにいられない光景でした。

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ラトックⅠ峰北面、陥つ

まだ詳細なルートは公表されていませんが、アレシュ・チェセン(スロベニア)、ルカ・ストラザール(スロベニア)、トム・リビングストン(イギリス)の3名がラトックⅠ峰北面の登攀に成功と報じられています。

Latok I zdobyty od północy! by Wspinanie.pl 2018.8.13

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ラトックⅠ峰北面登攀に成功した3名 左からアレシュ・チェセン、トム・リビングストン、ルカ・ストラザール

同峰はトマス・フーバーも狙っており、インタビューで「温暖化の影響で夏の遅い時期が登攀の適期」と答えていたのが印象的だったのですが、スロベニア・イギリスの若手チームが先んじたようです。
詳細なルートの公表が待たれます。

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握 手

登山用品メーカー様主催の山の日記念・月山縦走ガイド山行に出動。
月山朝日ガイド協会所属で以前にもガイド山行を共にした細谷さんとペアを組みガイド。

私がチーフガイドなのだが、細谷さんのガイディングの方がバリバリと細かいところまで行き届いており、どっちがチーフだかわからない状態。

湿った空気の影響で、朝から月山は小雨。
姥ヶ岳を通らず、四ッ谷川ルートで牛首に直接向かう。
幸い、月光坂にとりつくあたりから雨は降ったり止んだり、さらに空も少し明るくなる。
お客様の足並みもそろっており、スムーズに月光坂を登り、予定よりも早めに山頂着。

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濃いガスで視界も阻まれ、うっとうしい小雨に悩まされていたが、山頂でガスが晴れる。
山の日で大勢の登山者が居合わせていたが、一斉に歓声があがる。

帰路は羽黒口、八合目駐車場へ。
傾斜はないが距離が長い。しかも登山道のほとんどを硬い石畳、岩が占め、足の弱い方は脚力を消耗する。
月山の羽黒側ルートで不特定多数の方々を引率する時のペース配分には神経を使う。

羽黒側を下山中、「あれ、大滝さん?」と声を掛けられる。
エムフリー登山ガイド主宰の和田さんだった。
「お久しぶりです~!」
和田さんからさしのべられた手でがっちり握手する。
和田さんもガイドで登高中、挨拶だけですれちがうが、お互いガイド中であることが嬉しい。

羽黒側ルートはひたすら石畳の道が続く。
弥陀ヶ原に近づくあたりからスリップするお客様が続出。疲労で足の踏ん張りが効かなくなっているのだ。
川原状の広いところで休憩を入れ、歩く速度も抑えて下山。
予定を過ぎていることはわかっていたが、弥陀ヶ原参篭所手前で主催登山用品メーカースタッフのM澤さんから「できればペースアップ」と言われる。

弥陀ヶ原湿原のコース取りで時間短縮できることは細谷さんとも協議していたのだが、月山が「信仰の山」であることを印象つけるためにも、私はいつも弥陀ヶ原参篭所を通過しているのだった。
今回のゲストには東京・埼玉から参加されている方もいる。おそらく新幹線の時間もあるのだろう、仕方が無い。
参篭所での解説は最低限にして弥陀ヶ原湿原の木道を通過、下山のストレッチも帰路の温泉で代替することにしてお客様たちには急ぎ足でバスに乗っていただく。

温泉を経由し、山形駅近くの登山用品メーカー店舗に帰着したのは予定より30分オーバーの19時半。
お客様たちを見送り、私たちスタッフ、ガイドも解散。
帰り際、細谷さんから「またよろしくお願いします」とがっちり握手して別れる。

自分の車に乗り込み、はっと思い出す。
ガイド駆け出しの頃、ガイドの師匠と大朝日岳ガイド山行を共にした時のこと。
師匠は山頂で、下山口で、お客様全員と握手していた。
「師匠、いつも握手してるんですか?」
「ほら、ツアーって大人数だから話できない人もいるだろ、コミュニケーションだよ」

先日の少年自然の家月山登山引率も、今日の月山ガイド山行もそうだが、今シーズンはうまく表現できないのだが、自分のやっているガイディングがなにか「上滑り」しているようなもどかしさを感じていた。
今日の和田さん、細谷さんとの握手で思う。ガイドの初心に戻ろう。何が足りないのか、立ち止まって考えよう。

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自宅に戻ると、茄子の漬け物とスモモが待っていた。無事下山し、夏の夕餉を味わうありがたさ。

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