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夢の第一歩

検討を重ねたうえ、来年予定している山域の資料(洋書)を紀伊国屋とアマゾンに発注。さらに愛知県の登山用品店「穂高」にジェフロウのビデオも依頼。
バックパッキングも、登山も、情報収集には金と時間を惜しまないのが私の主義だが、来月のニコスビザカードの請求がちと怖い。
でも、資料をひっかきまわしてプランニングしている時が、これまた楽しい。

一箇所、非英語圏の山域なのだが、なかなか書籍資料が見あたらない。フィールドに恵まれ、優秀な高所登山家やクライマーを輩出している国なのだが・・・夢を実現するまでにはあと数年かかりそう。じっくり探そう。

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嵐を呼ぶ男・妻の実家編

登場人物
俺(筆者・大滝勝)
義母
ひいばあちゃん(義母の母)
ひいじいちゃん(義母の父)
嫁さん(義兄の嫁さん)

妻が入院中のため、娘は一時的に妻の実家に預けている。
今夜は義母が近所の不幸のため外出することになった。
俺が早めに会社を退出し、妻の実家で夕食をごちそうになりながら娘の面倒をみる。
妻の実家におうかがいすると、嫁さんが早速フライにすきやきにてんこもりのご飯の夕食を持ってきてくれた。
「さあさあ、カツフライ食べなさい」
と、ひいじいちゃんにうながされ、食事に手をつける。
娘は特に私が面倒みなくても、ひとりで踊って遊んでいる。
う~む、これではただ単に飯を喰いに来てしまったようなものだ・・・
「遠慮すねで、ご飯おかわりしてけろ」(山形弁で、遠慮しないでご飯をおかわりしてね)
と、ひいばあちゃんが勧める。
何回も言われるので、十分な量だったけれども気の小さい俺はおかわりをお願いした。

おりしもテレビでは忠臣蔵の真っ最中。
垣見五郎兵衛のストーリーがクライマックスを迎えている。
ああ、俺こういう男気をみなぎらせた体育会系の話に弱いんだ。涙ちょちょぎれそうだ。
あれ?
おかわりお願いしたひいばあちゃんがいつまでも戻ってこない・・・
なにやら、家の奥で嫁さんとひいばあちゃんの会話が聞こえる。

しばらくして戻ってきたひいばあちゃん。
「われなあ~ごはんもうないんだどお~」(山形弁で、ごめんなさい、もうごはんないそうです)

え゛え゛~!!!!!!!!!!!
それでは、嫁さんが悪者になってしまう~!!!!!!!!!!!
俺が嫁さんに恥かかせたことになってしまう~!!!!!!!!!!!!!!!

しかも予想に反して、義母が予定よりも一時間早く戻ってきた。
先手を打って、調子に乗っておかわりしたらごはんが無かったようですみません・・・とやんわりと説明しようとする前に、ひいばあちゃんが東北パイオニアバレー部も真っ青の速攻で
「おかわりしようとしたらごはんなくてよ~」
と、NHKビジネス英会話顔負けに『真っ先に結論だけをきっぱり』義母に告げた。
義母もいきなり不満顔になり、
「う~、ごはん無いあてなんだず~」(山形弁で、ごはんが無いなんてなんてことなの)
と言い出す。
 風向きは、まさに最悪。

 しばらくして嫁さんも洗い物するため二階から降りてきたので、お騒がせしてすみませ~ん、と挨拶に行く。
 ごはん一杯で他家の人間関係ぶちこわすところだった・・・・
 
 ひいじいちゃん、ちなみにおかずのフライ、カツフライじゃなくてシャケフライでした。

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独身生活2週め

独身生活2週目に突入。
起床→朝風呂→ストレッチで体をほぐし、食事。
たまった洗濯物を2回にわけて洗濯→干した洗濯物とりこみ→風呂掃除
→郵便局に荷物取り→銀行で生活費おろし→妻の実家に挨拶・娘の様子見
→散髪→会社に出社、明日打ち合わせ予定の書類整理→病院へ妻の見舞い

 空は曇り空。厚い雲の下に、雪で白っぽくなった蔵王の稜線が見える。
 休日に山に行けない気分を紛らわせるため、移動の車の中で聞く曲はバロックが多くなる。
 
 夕食は気分を変えて「ごちそう市場」へ。
 野菜を中心に惣菜を選ぶが、あれこれ詰め込んでいるうちに料金702円也。
 スーパーのタイムサービスの方が安かったか・・・賢い主夫業への道は遠い。

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秋から冬へ

今朝。
会社に行く途中の田畑は、細かい砂糖をまぶしたように白っぽくなっていた。霜だ。
蔵王連峰の稜線から漏れる朝日を受けて、ますます白く見える。
晩秋から初冬に移り変わる。タイヤはもうスタッドレスタイヤに履き替えた。

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飯豊体育館

3日前から妻が入院。
自宅・会社・実家・妻の実家の4地点をばたばたと走り回る。

娘を妻の実家に預け、空き時間を利用して飯豊体育館に行く。
超久々の室内クライミング。
来年予定している登山のため、山形フリークライミングクラブの門を叩く。
人工壁の片側でホールドの設置、もう片側でトップロープと何かとあわただしい。
挨拶もそこそこに早速トップロープ体験。
クラブ主宰の本田さんからは
「アルパインか何かやってました?」と聞かれる。さすがフリーの達人だけあって、私のような素人然とした登り方でも、何かわかるのだろうか。
あいかわらず私の登り方は腕力まかせで、本田さんからは足を使うようにアドバイスを受ける。
う~む、昨年体育館を訪れた際も、本田さんからは全く同じアドバイスうけてたんだよな・・・進歩が無い・・・


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そば粉

山岳写真家の高橋金雄氏のウェブサイトをみた。
そば粉を使った料理のレシピがアップされていた。

そば粉で条件反射的に思い出すのが、ヘミングウェイの短編「二つの心臓を持つ大きな川」
ニック・アダムズを主人公とする短編小説の一編である。

私が山登りを始めた理由の一つに、幾つかの文学作品が絡んでいるのだが、
「二つの心臓を持つ大きな川」も、特に影響を受けた。
もっとも、ストーリーは登山ではなく、バックパッキング(徒歩旅行)の様子を描いている。
そのキャンプの様子で、「そば粉」でパンケーキを作る場面があったのだ。
そば粉でパンケーキか・・・どんな味がするんだろう・・・アメリカ人もそば粉を食うんだ・・・
と、初めて読んだ当時中学生だった私は感心しきりだった。

気になったので帰宅途中書店に寄り、ヘミングウェイの短編集を探してみる。
私が愛読していた新潮文庫、私の気に入っていた大久保康雄氏の訳本ではなく、高見浩氏の訳になっていた。
しかも、以前の版と異なりニックアダムズ物は時系列的にきちんと収録されている。
ほほう、と思いぱらぱらと主人公がキャンプしている場面を探すと・・・・
「そば粉」の場面は「スパゲティ」になっていた。あれ?
インターネットでテキストを検索してみると、やはりスパゲティだ。
大久保康雄氏訳の「そば粉」は、いまだ強烈な印象のまま、残っている。

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引っ込み「思案」

朝日少年自然の家、サポーターの部屋。
どんな活動をやろうかという雑談中、おすぎから
「おおたきさんも、結構なにか野外活動経験してますよねぇ~」と振られる。
「え~、そんなにやってないですよ~」と首を振り否定する。
そこで会話は終わる。
いままでさんざ講習だなんだを受けてきて、こういう回答もないよな・・・と内心思う。

ほんとは一泊二日の日程を利用して、
子供達に、一人だけのビバークを経験させる(厳重な安全対策が必要だ)
とか
『大草原の小さな家』のレシピを利用して、西部開拓時代の料理を作らせる(これは人数が必要なのだ)
とか考えているのだが・・・・
プログラム実現のそのまえに、てめえの引っ込み思案を改善せねば、と思う今日この頃。

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焚き火

久々に朝日少年自然の家に行く。
本日の内容は「森の料理人 焚き火でやきいも、ホットドッグを作ろう」である。
ホットドッグは、使用済みの牛乳紙パックに、アルミフォイルに包んだコッペパンを入れて紙パックを燃やすという、日本キャンプ協会のテキストでも紹介されている豪快な料理である。一度経験してみたかった。

参加者は約80名の親子。私の担当する1班はMさん一家とYさん一家+まどかちゃん。
この2家族+まどかちゃんはそれぞれ知り合いで、何度も自然の家の行事に参加しているリピーターであった。
特に私が先頭にたたなくても、どんどん事が進んでしまう。
こ、これでは8~10月の自然博物園での修行の成果がでてないよ・・・

で、紙パックのホットドッグもやき芋も大成功。
それ以上に、MさんYさん一家が懸命に拾い集め、焚き火で焼いた沢山の「銀杏」が子供達に大好評だった。
「なにこれ?」「どうやって食べるの?」から「おいしい~!」になると、あとは奪い合いになっていた。
今は意識しなくとも、いつか大きくなったとき、自然の恵みということを意識してくれるときがくるだろうか。

みんなが解散したあと、自然の家の冬ごもり(野外施設の撤去・片付け)を少し手伝う。
夏の間子供達でにぎわっただろう、風呂に使うドラム缶を片付けながら、来年の活動のことをぼんやり思う。

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お天気

出発前に確認した天気図では、やたら派手な高気圧が日本に接近していた。

が・・・月山がすっかり晴れたのは14時頃、それまではずっと雲の中だった。
蔵王連峰に目を向ければ、前衛峰の龍山はずっと美しい姿を見せているが、熊野・刈田は午後も厚い雲の中だった。

 山の天気は難しいのう。

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冬来(きた)る

午前3時半に目が覚めた。ゆっくり準備し、月山に向かう。
姥沢に続く道は、志津集落の先で通行止めになっていた。
バリケードの手前に車を止め、自然博物園経由で装束場を目指す。

自然博物園は既に板で雪囲いされている。
一週間前に最後のブナ林ガイドをした時とはまるで異なる風景に驚く。
木々の葉はほとんど落葉し、まるで伐採したかのように視界が広がっている。
強風が吹いたのか、木道にヤドリギの葉が散乱している。
装束場へ続く古い登山道を登る。
月山中腹は強風とガス。

日本、特に地方に住む人なら感じているだろう。四季の「空気」には各々違いがある。
まだ雪は積もっていないが、断続的に吹く風の勢いと刺すような冷たさは冬の空気だ。
なぜか気分は重い。来シーズンの活動予定について考えながら歩くが、ますます気分がのらない。
いくつか沢を越えたところで引き返す。登ることについて全く執着心が沸かない。
途中で単独行者2名、老若男女の1パーティーとすれちがう。この時期の月山に来るだけあって、いずれもしっかりとした足取りと装備の方々だった。

車で国道112号を移動、普段なら歩行者などいないダム脇の歩道を歩いている集団がいた。
地元集落の美化運動か・・・・と思ってよく見れば、クライアントを引率中の月山エコプロ・白田氏と真鍋氏のパーティーだった。
私も目標たるプログラムの実現に気合いれなくては。
 

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