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朝日新聞はゴミじゃないぞ!!

記事引用はじまり
「購読しろ」押し売り2時間=朝日新聞販売店員を逮捕
 調べによると、鈴木容疑者は5月3日午後8時50分から11時ごろまで、県職員の男性(35)の住むアパートの玄関先で、同新聞を購読するよう強引に契約を迫った疑い。
 男性が「新聞はいいです(要らないです)」と断ると、「ありがとうございます」と応じて揚げ足を取り、「ごみになる」と言うと「ごみとは何だ」と怒鳴っていた。
 契約しなかったのに翌朝、新聞が配達され、男性が交番に相談した。

記事引用おわり 時事通信 5月30日19時1分更新 より要約
 
 朝日新聞はゴミじゃないぞ!!
 それではゴミに対して失礼だ!!!
 ゴミは再生がきくが、朝日新聞は・・・

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不怕慢,只怕站

 平均年齢50歳、シンガポールの女性12人パーティーが、アフリカ最高峰キリマンジャロ5895mに登頂したことが取り上げられています。
 日本でも中高年に大人気のキリマンジャロ、シンガポールにも「中高年登山」の波が押し寄せてきているのかな?記事のタイトルを訳すと「登山もダイビングもおこなう女性は50歳になってますます輝く」ってとこでしょうか。

登山潜水祥祥来女人50更精彩 by 中国戸外資料網5/26

記事引用はじまり
 彼女たちは高齢のハンディを越え、積極的に困難な運動に参加して、活力あふれた「50歳の女性」を証明しており、すばらしい。
 アフリカ最高峰登頂前、彼女達の経験はネパールトレッキング、キナバル山、エルブルース山、アコンカグア山、さらにはダイビングやマラソン・・・彼女たちは自らの行動で50歳の女性の可能性を証明して、各種の体力と耐久力を試す探険活動を行うことができる。
 黄旋英さん、59歳、モットーは「不怕慢,只怕站」、シンガポール国立大学の事務副長。
 探検の経験はキリマンジャロ登頂、寡婦山3回登頂、ネパールトレッキング、ダイビング、フルマラソン。ラソン。
 次の目標:定年退職した後に登る中国名山

 記事引用おわり

 この黄旋英さん、若い頃ぜんそくを患っていたが親友の勧めでマラソンを始め体質改善、その後登山を始め、ダイビングも46歳から始めたそうな。
 彼女のモットー「不怕慢,只怕站」、中国語圏では結構ポピュラーな言い回しで、直訳すれば「遅いことは恐れず、立ち止まることを恐れる」、すなわち『遅くても着実に前進しよう』を意味する。(只怕站の只を就とする表現もある。)
 この言葉、いいなあ。

 最近思うに、凄い実績を持ちながらも毒舌振り回しているクライマー氏より、中高年登山者の何気ない一言に共感することが多い。言葉はその人の人間性が産み出すものだからでしょうか。

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きょうの職場

設計を担当するウチの部署。
大型物件やら何やらが重複。

hinden
尻 に 火 が 着 き 始 め て ま す 。

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死よ 驕るなかれ

先週Bookoffで岩波新書の初期刊行本「死よ 驕るなかれ」売価105円を見つけ、速攻で購入。
著者は「アメリカの内幕」等で知られるジャーナリスト、ジョン・ガンサー。
内容は、ガンサーの息子ジョニーが脳腫瘍を患い、亡くなるまでの闘病記である。
この本、私が立正大学在学中、集中して読み漁った岩波新書の中で、特に印象に残った本。
それから20年近くたつ。
今の自分はどんな感想を抱くのだろう。
そんな興味もあって購入。

思えば学生時代、サハラ徒歩横断中に死んだ上温湯隆や、レーサーの浮谷東次郎とか何度も読み返していた。
共通するのは、いずれも強烈な個性と行動力を持ち、大いに可能性を示しながら夭折していること。
私が引っ込み思案で気の小さい性格だからこそ、そんな彼らにとても憧れていたのだと思う。
ガンサーが描く息子ジョニーは、闘病の合間にも向上心を忘れず、努力を怠らず、前向きな生き方をし、そして死んでいく。そこに「人は何故生きるのか」などという愚問を挟み込む隙は無い。
読んだ感動は、学生の時のままだった。
私という人間が成長していない証なのか、素晴らしい作品の与える感動は不変なのか。

 チャイナ・デーリーの英文記事で、中国チベット隊の落石事故の様子を確認する。
 亡くなったクライマー、リンナ氏の妻の名前が、山岳ライター柏澄子さんのウェブサイトでみかけたチベット女子隊隊員の名前と同じである。柏さんのウェブサイトを確認すると、やはり親交のあったクライマーとのこと、柏さん御自身の悲しみが綴られている。
 そして、チベット人クライマーの山への思いと、柏さんから視たレナ夫妻の様子が触れられている。
imagesCompact
 新華社が配信している、リンナ氏と娘との写真。
 私はリンナ氏のように高く困難な山に行くことはない。
 けれど、同じ幼い娘を持つ人間として、その写真がたまらなく悲しい。
 山での死はクライマーの未来と可能性を奪い、多くの人々の悲しみを伴う。
 
 来シーズンも、多くの登山者達が8000m峰に向かう。
 悲しいかな、誰もが無事に戻る絶対の保証は無い。
 インターネットに溢れる登山隊報道に接する度、みんな無事に戻ってきて、と思う。
 今季、戻ってこなかった人々に、この本の題名を送りたい。
 死よ 驕るなかれ

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おめでとうございます

山形県内のアウトドア愛好独身男性諸氏には、悲しいお知らせです。
私もウェブサイトをリンクさせていただいている、『森の住人』さんが、このたびめでたく御結婚されました。!(^^)!
おめでとうございます!!ぱちぱちぱちぱち!!!

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モンスーンがやってくる。

5月も末、エベレストには悪天・強風の気象情報。
もうすぐモンスーンがやってきます。
それは、夢を抱いた多くの登山者達に、登山の終わりを告げる風でもあります。

 カルマ・ギャルツェン、エベレストにブータン人初登頂↓
 Karma climbs Everest by Kuensel online 5/29
セルビア・ボイボディナ隊も現在、最後の頂上アタックをかけている模様。
 皆さん無事に戻りますように。

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山岳部員達よ、IT企業に就職しろ!!

今日は日曜。
なのに僕は会社の日直・・・
朝の9時半から、前日中国から帰国したばかりの会長が出社・・・

 パキスタンでは、G1峰のチベット隊がキャラバン途上で落石に遭遇、1名が亡くなった模様。ナムチャバルワで知られるペンパザシ氏も負傷した模様。中国メディアを検索すると、その悲劇的な事故の話題でもちきりである。ご冥福と他隊員の回復を祈ります。

 で、だ。
 その一方、『2005捜狗・美女と野獣登山隊』が発足。
 これは中国のポータルサイト捜狗を運営するIT企業の総裁・張朝陽氏が自ら組織した登山隊。
 え~!!
 こんな綺麗なおねえちゃん達 ↓ と一緒の登山隊で6000m峰登るんすかぁ~!!!
 (張朝陽氏は右端のおっさん、他のおねえちゃん達は大陸、香港、台湾の芸能人)
 05搜狗美女野兽登山队亮相

 日本の山岳雑誌の片隅で見かける、スーツ姿のおっさんが並んだ登山隊壮行式とはえらい違いですぅ~
 ちなみに登る山は○孜峰6028m(○は日本語フォントに無い簡体字)で、チベット語で犬(狗)の頭を示す。自分の企業名とひっかけたんでしょうな。写真でみるとこんな山↓
 http://travel.sohu.com/20050426/n225349786.shtml

 IT企業の偉い人はいいな~
 そんなに金あるのかっ!
 そんなにヒマあるのかっ!
 やっぱIT企業経営者の陰に女ありだよな~(意味不明)
 山岳部関係者で登山用品店に就職する人多いけど、これからはIT企業が狙い目なのか!?

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シモーヌ・モローが問いかけるもの 後編

エクスプローラーウェブに早速シモーヌ・モローのインタビュー第二弾が掲載されました。

Simone Moro's Batura II expedition: “Thank God Alpinism is anything but dead,” part 2 final

記事引用はじまり
バツーラ2峰との出会い
 私たちの惑星には何百もの未踏の山があります。私は、これらの最も高い山に注目しました。バツーラ2峰は7762mで、パキスタンのカラコルム西部、バツーラ・ムスターグ山群に位置します。バツーラ2峰はピーク31あるいはフンザ・クンジ(筆者注・原文はHunza Kunji)と呼ばれます。正確な情報を得ることはとても困難でした。頂上のの1つは1978年の日本隊によって登られ、多くのウェブサイト、いくつかの出版物がそれをリストしました。 登頂の試みは過去に4回ありました。

 アルピニズムは死なず
 最初のドイツ隊が1959年、日本隊の石川、伊藤、大久保マコト(筆者注1)がバツーラ南壁を試みた後、Batura4峰に達しました。その後、ポーランド隊が83年に試みました。しかし彼らはバツーラ2峰に挑んだ後、バツーラ1峰へ向かいました。ドイツ隊が2002年に再び挑み、私が得られた情報は、その際のマーカス・ウォルターによる情報と写真でした。
 アルピニズムは死んでいません。「死」からアルピニズムを救い出さんとするとき、応援してくれる登山者はまだいるのです。

 バツーラ2峰Iより高い高所を備えた山脈の少数の前の頂上(前衛峰)があります、
ローツェのミドルイースト峰(8376m)あるいはヌプツェ中央峰(7815m)、これらの峰は独立した峰とは考えられません。私達が挑むバツーラ2峰の南壁は、西面と比較してより困難ですが、それほど危険ではありません。

 今回の遠征のパートナーはアメリカの登山家兼カメラマンのJoby Ogwynになるでしょう。バツーラ・ムスターグ山域全体で活動するのは私達2人だけです。完全に孤立した中で、高々度でクライミングルートは未知の要員が多く、遠征計画が刺激的かつ困難で冒険的なのです。8000m峰で同じ事をするならば、冬季クライミングを計画しなければなりません。

 Joby Ogwynは、2000年に7サミット(カルステンツ含む)を達成しています。彼はエベレスト、ローツェ、マカルー、チョーオユーに登頂しており、K2とブロードピークにも挑んでいます。自伝の中で、彼は自分を現代(現実)のインディアナ・ジョーンズと表現しています。Jobyは、バツーラのクライミングを撮影するでしょう。
 記事引用おわり(自動翻訳後、筆者修正)
 筆者注1:文中の石川とは北海学園大学山岳部の石川裕司氏で、HAJのカラコルム登山隊を指すと思われる。

 前のブログ記事に書いたけど、70~80年代に大活躍したものの、現在は数少なくなったカラコルム7000m峰を目指す日本隊。
 今や、欧米のクライマーにとっては日本隊の記録って垂涎の的なのかもしれません。
 私の母校、立正大学山岳部の先輩方も、今も未踏を誇るリンクサール峰に挑んでおり、その記録についてアメリカから問合せがあったりしてます。

 私、ジンギスカン料理(羊肉)平気だからパキスタン行ってみたいんだよな。
 カラコルムなめてんのか、とOBの方々に怒鳴られそうだな。

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ブナ林へ。

来月上旬まで所用で時間がとれそうにないため、日曜の朝5時発で月山のブナ林に出かける。
午前中のうちに帰宅しようというもくろみだ。
山形県自然博物園到着、支度を整えて歩き出したのが7時。
既に周囲には車が何台も停まっている。月山の雪目当てのスキーヤーであろう。
国道112号から博物園に至る車道脇の雪はだいぶ消えたが、博物園周辺はまだまだ積雪に覆われている。
博物園の観察コースも、初めから雪に埋もれている。
夏道を忠実に辿ろうとするが、矮小ブナを過ぎるあたりからは多量の残雪のため、未だに「どこでも歩ける状態」である。それゆえ、無雪期とはまた違った風景が楽しめる。

hakubutuen

昨年は初秋~晩秋のブナ林ガイドを経験した。
四季を通じて月山山麓を知りたいため、今年は春~夏のブナ林を経験したい。
今、ブナ林の雪面は白ではなく茶色に彩られている。
ブナが開花し、花が落ちているためだ。それを「雪もみじ」と呼ばれていることは最近知った。
ブナ林広場に着くと、人影がちらちら見える。
早朝の穏やかな光具合を、ハイエナの如きカメラマン達が見逃すはずがない。
あまりの残雪に湧水地点への方角がわからず、素直に周海沼に向かう。
沼のほとりもまた、多数のカメラマンが陣取っていた。
ブナ林で出会った人数は10名以上になろう。全員、三脚にカメラバッグを背負った人たちだった。

私の今日のテーマは越冬した動物の痕跡を見つけること。
ときおり倒木の穴や皮の下を観察してみるが、私の見方が悪いためか、とくに痕跡も見あたらず。
動物の痕跡といえば、雪上のウサギの糞くらいしか見つけられない。
ブナ林を案内する際、活発な子供達はやはり動物、特に哺乳類を見たがる傾向がある。
とはいえ相手は生き物、なかなか御要望に応えられないため、フィールドサイン(糞や食痕、足跡等)を見せてあげたいな、というのが私の考えだ。
博物園に戻り、事務室に挨拶に行く。
また、スタッフの方々から貴重な季節の話題をうかがう。
今年もまた、月山で経験を積んでいこう。

g1
博物園前で見つけたエンレイソウ

g2
エゾエンゴサク・・・かな?


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私は訛っているのか?

会社から帰宅、そして遅い夕食。
ついつい寝床に横になる。
そばに娘が座る。

台所から妻が洗い物をしている音が聞こえる。
娘「おかあさん何してるの?」
私「おかあさん、お仕事してるんだよ。おかあさんがんばれ~って、言ってこい。」
娘は部屋を出て叫んだ。
娘「おかあさん、だまれ~!だまれ~!

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シモーヌ・モローが問いかけるもの

パキスタン・バツーラ2峰に遠征中のシモーヌ・モロー(伊)が、ヒマラヤ登山の先っぽを突っ走るクライマーとして、重みのある言葉を吐いています。
Simone Moro's Batura II expedition: "Thank God alpinism is anything but dead," part 1 by ExplorersWeb

記事引用はじまり(記事は筆者要約)

 8000m峰にはあまりにも多くの人々がいて、彼ら全て8000m峰14座を収集しているようにみえます。皆、半世紀前にとったのと同じルートを目指します。
 別の傾向は、何かの「初」登山を目指すことです。イタリア人初、アメリカ人初、セネガル人初、最初の耳の聞こえない人(最初の障害者)、初の女性、初の白人、黒人、黄色人、最も速い、ハンサム(笑)等々・・・馬鹿げてます。
 だからこそ、私は冬期登攀(新ルート)を試みました、縦走、スピードクライミング、過去の偉大な登山家によって渡されたバトンをつかもうとすることであり、頂上成功は2の次です。過去によく行われたことの繰り返しではなく、自分のオリジナルの登山をしようとしました。今日のヨーロッパのアルピニズムは近視眼的になりました。処女峰、未知の壁の新ルートは達成できるのは一度だけ、冬期登攀、縦走登山などは現在の登山から欠けています。
 「一般大衆は8000m峰の登頂に関心があるだけです。」
 この新しい冒険に赴く人々はほとんどいません。それには多くの理由があります。主な理由のうちの1つは、8000m峰登頂のみに関心がある一般大衆に訴える難しさです。
 実際に革新的な登山を試みたとしましょう。登山家および登山愛好者からの最も多い質問のうち、2つはこれです。あなたは8000m峰に何度登りましたか?あなたは何回エベレストに登りましたか?このようにして、現代の登山家が比較されているように思えます。
 私は、ユニークな登山計画-高度、困難、孤独、不確実性、冒険、未知-の概念を組み合わせようとしました。私は、世界の山で、何をもって「最も高い」「未踏」の山なのか、自分自身に問いかけました。
 以上記事引用おわり(記事は自動翻訳後、筆者が修正)
 
 冒頭、太文字で強調した部分、マスゴミの皆さんも耳が痛いよな。シモーヌ・モローは初物タイトル争いを「stupidest」と強い調子で表現してます。
 次号の記事ではバツーラ2峰に出会った経緯が語られるようです。
 カラコルムの7000m峰といえば、70~80年代に日本隊の偉大な先達がわんさと押し寄せ、初登頂をなしとげた山域。かくいうバツーラ2峰も1977年に日本隊が初登。(・・・だったと思った)
 21世紀の現在、欧米の先駆者達が新たな境地を求めて再び同地の7000m峰に赴く、という図式は、まさに現在の『低迷する』日本の登山界を象徴するようです。(こういう書き方して先輩の皆様、ごめんなさい)
 98年頃、HAJの機関誌に掲載するため、チョモランマ登頂者の座談会のテープ起こしをした。当時の先鋭クライマーの皆さん、共通して「人のあんまりいない7000m峰がおもしろそうだよね」と言っていたのが印象的でした。
 まだまだ、ヒマラヤの歯磨きチューブは太いのか?(奥山章風。)

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台湾女戦士

チョモランマ北面で活動していた日中友好女性登山隊、チベット隊員のみの登頂になった模様。
日本のメディアは まったく 報道してませんが、台湾の女性クライマーも参加してました。
この台湾から参加した李美涼女史も、残念ながら登頂は断念したようです。

台灣女戰士李美涼放棄登珠峰 6月10日返台

台湾のメディアの見出し、「台湾女戦士」・・・
マサイ族かアマゾン女族か、という見出しである。
私自身8000m峰は2度しか経験ないけど「戦う」ってイメージは無い。闘争心かきたてる事はあっても、それは常に「自分と向き合う」程度。
まあおもしろおかしく書きたてるのは、どこの国のメディアもおんなじか。

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「漂亮」登山家、ニンチンカンサ登頂

さて、下記ブログで紹介した中国・広西省の「漂亮」登山家↓
広西省の女性登山家、ニンチンカンサ峰へ

無事ニンチンカンサに登頂した模様です。↓
成功登頂寧金抗沙峰 中華女子第一人凱旋 by 新華網5/25
興味深いのは、7206mのニンチンカンサの頂上写真、しっかりボンベ使ってます。
2006年はチョモランマ登頂狙っているそうです。

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妊娠に役立つ登山大会

以前このブログで、韓国で開催された「勃起不全克服」登山大会を紹介した。
またまた韓国から凄いニュースが!!

今度は「元気で利口な子供を産むための」妊娠に役立つ登山大会です!
すごい子供産みましょう by 全北日報5/25

記事引用開始(要約)
深刻に低くなった出産率を高めるため、妊娠に役立つ山登り大会が母岳山で盛況裏に開かれた。

参加者達は行事初日の 22日午後 1時に母岳山駐車場を出発、大源寺を経てスワングサコースで山登りをして姙娠の敬虔あらたかという母岳山の機運を受けて下山、教育場所であるユースホステルに移動、竹林温泉で温泉を楽しんだ。引き続き夕方には「妊娠前から出産までの準備過程」の講義を受講、専門講師が夫と妻のための「大極拳と丹田呼吸」、「気体操」「 冥想」を指導した。

金某さん(36歳ソウル在住)は「山歩きをしながら妻と多くの会話を交わした」「気体操と丹田呼吸など健康法まで習ったので、二番目の子供ができることを信じて疑わない」と言った。
記事引用おわり

むむー。
韓国の人々って、ほんとに登山を健康法として親しんでいるんだなあ。
うちのガイド協会の支部行事でも「子供が授かるツアー登山」とか企てようかなあ。

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7大陸最高峰登頂の話題

毎週水曜日の朝、会社で朝礼前の草むしり。
皆、飼い慣らされた牧牛のごとく、会社駐車場にちらばり黙々と草をむしる。
「大滝、新聞読んだか?」
と、営業のG部長よりお声がかかる。
リストラにもまけず、7大陸最高峰を目指した方の記事のことだった。

7大陸最高峰の登頂に成功 群馬の田村さん by 朝非珍聞

7大陸最高峰踏破 太田市の田村さん 日本人で9人目 by 中日新聞

このG部長、山形大学山岳部OBで、過去に自ら文献・写真資料を頼りにインド未踏峰遠征隊を企画したのだが、会社から休暇の許可がおりず、自らは学術隊の一員として山麓トレッキングに参加した過去を持つ。
実はその数年前に私が遠征登山で派手に休職しているため、その影響で休暇の許可がおりなかったのではないかと思うとG部長には頭があがりません。
 7大陸の話題は、
 リストラの身でよくやるなあ
 7大陸で難しいのはどこだろう
 南極の山は難しいのか
 という、話題に集約される。G部長との話題はたいてい最後に
 「最近山行ってるか?」
 「いやあ、子供が動き回るようになってさっぱりです。」
 「そうだよなあ」
 と、お決まりの会話で締めくくられる。
G部長も、遠征登山の企画段階で家族との折り合いが大変だったと風の噂で聞いていた。
 こうして我々サラリーマン2人組は、7大陸最高峰登頂の話題を肴に、草むしりを続けた。

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【注意情報】エベレストで酸素ボンベに不調続発

k2climbnetにて、今春のエベレスト南北両面での酸素ボンベ不調について注意喚起されています。
explorerswebで話題になっているのはどうもポイズク社製らしいのですが(日本隊が主に使用しているのはツベヅダ社製)、ボンベの話題はデリケートな問題のため、関係記事へのリンクのみ下記に示します。↓
(もっとも、遠征登山予定するような真摯なクライマーが私の屑ブログ読んでいるとは思えんが)
ExWeb ALERT: Summit Oxygen system - High failure rate above 7300 m
ポイズク製にしろ、ツベヅダ製にしろ、なにぶんデリケートな製品なので取り扱いは要注意なのだ。一例を挙げれば、日本においてネジというのは締めるときには右に回す。(ペットボトル持ってたら試してみてね)
ところが、ロシア製酸素ボンベのレギュレーター締める方向は逆だったりする。
しかも、回しすぎるとネジ部が壊れて、ハイさようならだった。
私がロシアのボンベを使用したのは出回り始めた頃、もう10年近く前なので今は幾分改善されているのではないかと思うが・・・まあ十分注意して美味しい酸素吸っていただきたいものです。

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順序が違うぞ、ロイヤルネパール。

ええ!?
ネパールの航空会社に、こんな素敵な女性スタッフがっ!!
(筆者注:記事中の写真はブッダエア等のスタッフ)
The wonderful women and their flying machines by NepariTimes

私が過去に乗った関西発カトマンズ行ロイヤルネパール機のスッチー、こんな体型でした↓
p020
容貌はおしてしるべし・・・
カトマンズ市内にはアイドル系の女の子いっぱいいるのになあ・・・

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大草原の小さな家in中華人民共和国

先の中国出張。
私の勤務する会社の会長が現地に小学校を建設し、日中友好活動の一環として開催された運動会に参加してきたものである。
運動会、競技内容は日本とそんなに変わらない。
ただし、紅組白組ではなく、紅組『黄組』の対戦であった。

まり入れをやった後、片づけを手伝う。
地面に転がっている布製のまりを拾い集める。
やけに軽い。
ふと、地面にトウモロコシが無数に散乱しているのに気が付いた。
まりの中身、日本なら大豆か何かだろうが、ここ中国東北部では、主食のトウモロコシだったのだ。
小学校のある吉林省九台市郊外の村、収穫後のトウモロコシの幹が家の前に山のように積まれている。おそらく、それが家庭の燃料になるのだろう。

運動会を終え、吉林市内で食事をとる。
黄色いパン様の食べ物がでてきた。
ああ、と思った。
これは「大草原の小さな家」に出てくるトウモロコシのパンと同じではなかろうか。
アウトドア活動のヒントにならないかと思い、昨年から「大草原の小さな家」の原作を基にしたレシピ集や料理本を収集、読むだけでなく試作もしてみた私にはピンとくる味だった。
pan
↑自作してみたトウモロコシパン。
コーンミールではなくコーングリッツで作ってみた。

トウモロコシのパン。
トウモロコシの香ばしさはあるが、それだけ。
正直に言えば、口飽きする食物である。
吉林では肉料理のつけあわせにでてきた。
大草原の小さな家のレシピでは、ラードを用いて焼き上げる。
約100年前のアメリカ人達に思いを馳せながら、吉林省の片隅で私は中国料理に箸を伸ばした。

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チョモランマの『旗雲』

中国測量隊がチョモランマ登頂に成功、順調に測量計画を遂行している様子。
新華社の記事を検索すると、チョモランマ登頂の話題でもちきり。
日中合同隊の日本女性隊員の情報が流れてこないなー。
東京女子医大のブログを確認しても、なかなか更新されておらず、現地ではそれどころではないのでしょう。
良い結果になることをお祈り致しております。

で、中国メディアを検索中に懐かしい言葉を見つけた。
それは『旗雲』。
日本のサイトを検索しても、チョモランマの旗雲に関する情報はあまりない。
公募隊が増え、チョモランマ登山経験者は格段に増加している現在、なかなか自然現象まで目を向ける余裕は無いのだろうか。(そういう私も人の事あまり突っ込めないけど)
梅里雪山で亡くなられた京大の井上治郎氏による若干の解説が記載されているのみ。
気象人「ヒマラヤに吹く大風ージェット気流がもたらすおろし風ー」抜粋

日本のウェブサイトで検索される『旗雲』は、稜線から発生し、滝のように谷へ流下する厚い雲を指しているようだ。チョモランマのそれは、のぼり旗のように山頂稜線からなびく、まさしく『旗』の表現がふさわしい雲である。

旗雲の存在を知ったのは、チベットの気候を調べるため、東京大学出版『中国の自然地理』を読んだ時。同書は中国の自然環境を知る邦訳書としてはまとまった内容で、チョモランマ峰周辺の自然環境も詳細に解説している良書である。(ただし、地質に関しては中国独特の年代表記で???なところもあるが)

この『旗雲』、中国では車の名前にも使われている。
車の展示会らしき会場に、チョモランマの全景写真もバッチリ↓
搭載名門發動機 奇瑞·旗雲11.28萬
横文字だけの日本車のネーミングに比べたら、ずいぶん渋いよね。

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ぼくらのメスナー先生

実家で古いビデオテープを見つけた。
90年前後にNHK教育で放映された、メスナーの登山番組。
短期集中講座、という字幕の次の場面で番組タイトル。
題名はいきなり
『超人メスナーと登ろう』(笑)
内容は、メスナーが地元南チロルで初心者の若者達を引率して登山を教えるというもの。
第一回の内容は、これまたいきなり
『岩登り入門』(笑)
最初に視た当時、何か山の心構えとか装備の説明とか語ってくれるのかな~と思っていたところ、いきなりの『岩登り』だったので「う~む、さすがはヨーロッパアルプス」と変に納得していたのを覚えている。

番組内容、今となっては装備も古く、メスナー本人もとても若々しい。
こんな場面もある。
メスナーと若者達がザイルをハーネスに結びあう場面
メスナー『さあみんな、どんな結び方をするのかな?』
若者A『8の字結び。』
若者B『ブーリン結び』
メスナー『そうだね、私もブーリン結びだ。』

第一回目、岩登りといいながらも、ガラガラのザレ場をリズミカルに走って下るトレーニングシーンなど、なかなか興味深い点は多い。
特に注目したのはメスナーがゲレンデで岩登りのお手本を示す場面。
動く映像のメスナーのクライミングシーンというのは、なかなか無いのではなかろうか。
某サイトで、メスナーが初来日した際、三つ峠の岩場を登るメスナーの様子を見ていた方のコメントが載っていたが、いわく、『ヘビのように流れるような動き』だったという。
ビデオではニッカーズボンに登山靴のメスナーが、人工壁全盛の現代とはまた異なる、オーソドックスな岩登りを、流れるような動きで見せてくれている。

3倍モードで録画、画質が劣化してるため、ハンディDVでダビングを試みたが、あまりの劣化に画像をデジタル信号として認識できないらしく、とぎれとぎれの映像になってしまい失敗。なんとか保存できないか思案中。

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フェアトレード

フェアトレード商品を扱う団体、グローバルビレッジが発行しているカタログ誌『ピープルツリー』を久々に購入する。
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フェアトレードとは、
貧困のない公正な社会をつくるための、対話と透明性、互いの敬意に基づいた貿易のパートナーシップです。フェアトレードは、アジアやアフリカ、中南米などの農村地域や都市のスラムなどに暮らす人々に仕事の機会を提供することで、貧しい人々が自らの力で暮らしを向上させることを支援しています。
以上、グローバルビレッジウェブサイトより引用
というわけで、いわゆるオーガニックコットン製品、オーガニック食品などが主商品。
前述のように、当然デザインはいわゆるエスニック系がほとんど。
まあ、山形で言えば芸術工科大のおねえちゃんが着ていそうなファッション・アクセサリーのお店、といえば理解が早かろう。

いわゆるエコだの主張する環境保護・平和活動団体は生理的に受け付けない私だが、なぜかこのピープルツリー誌は別。
初めてカタログを手にしたのはもう5年前になる。
冷静に、フェアトレードの正当性を訴える姿勢には、素直に好感を持つ。
今月号、坂本龍一が『世界は富の分配の不公平に満ちています』などと、NY在住の人間が説得力のカケラも無い台詞を吐いているのを除いてね。
このような活動をビジネスとして立ち上げ成功させているサフィア・ミニー代表の手腕は素晴らしいと思う。(ビジネスと表現すると当事者からクレームつくかもしんないけど、活動を持続させていく利益は立派にあげてるわけでしょ?)

最近、子供に着せる衣類も、少しオーガニックコットン使ってみようかなあと思ったものでして。

フェアトレード、ピープルツリー誌の詳細情報はこちら↓
ピープルツリー
なお、私が住む山形でピープルツリー誌を置いているのはジャスコ北山形店2Fの書店のみ(なぜかジャスコ南山形店の書店には無く、ここだけ)
 グローバルビレッジ製品を少量ですが取り扱っているのはここ(注・衣類は扱ってない)↓
 山の店モンターニュ

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最上川電子大事典よ、お前もか。

新緑の季節。
泥縄式と笑われそうだが、月山やブナ林の文献に目を通し始める。
ふと、話題になっていた『最上川電子大事典』をみてみる。

いわく、
月山はアスピーテ型火山の代表的なものと言われています。

いまだに月山は盾状火山という誤りを表記しているサイトは多い。
ハロー通訳アカデミーなんとかいう学校の模擬試験でもそうなっている。
だいじょぶか、日本の観光業界。
植物の名前はこまごまとうるさい人は多いんだが。
今年は地学の知識も理論武装しておこう。

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はじめてのかいけん。

5月は、山形の美しい季節。
ここ数年、5月連休は海外を訪れているため、帰国してみるといつのまにか新緑が増している、というパターンが続く。
今の時期、お役人、そして建設・土建業者にとっての一大イベント、『会計検査』の季節である。
たまたま、私の担当していた設計現場があたることになった。
今回の中国行き直前まで関係書類の作成に追われていた。
帰国翌日、すぐに書類を携えて上司とともに役所の控え室で待機となる。
検査院の相手をするのは役所担当者であり、我々業者は控え室で待機、担当者が回答につまったり問答になった場合、業者がフォローすることとなる。
会計検査とは、早い話が会計検査院のエリート役人が、全国各地の役人どもが適正に予算を使っているか検査するものである。
「会計検査は、我々業者が役所に対して唯一イニシアチブをとれる機会。正々堂々と役所の担当者とお近づきになれる機会でもある。みんながんばるようにっ!」と、今春から職場に異動してきた燃える技術部長から激が飛ばされていた。
実は私、会計検査を経験するのは今回初めてなのだ。
内心ワクワクしながら役所で待機。

役所から、残雪を被った葉山が美しく見える。
1時間、2時間・・・午前10時に待機して、もう夕方の4時。
まだ我々の担当現場の検査は始まってないらしい。
聞けば、マメな検査官で、設計書を一つ一つ辿るように確認しているらしい。
昼食以外休憩もなく、ぶっとおしでやってるらしい。
さすがエリート公務員、Ⅰ種試験パスしてるだけあって集中力が違うね。
設計思想等はつっこまれなさそうだが、復習を兼ねて水理計算の教科書を読む。
ずいぶんお世話になった酒井軍次郎先生の水理計算テキスト。
残雪が美しかった葉山、いつのまにか日が傾いて夕陽にシルエットが浮かぶ。
やがて5時。
役所の廊下からは、茶碗の後片づけをする筆耕(注)のキャピキャピした声が聞こえる。
5時半、担当者がにこやかな顔で控え室に入ってきた。
検査は終わったらしい。我々の現場も、特に問題なかったとのこと。
関係者の間で空気がやわらぐのがわかる。
帰路、夕暮れの中、新緑のさくらんぼ畑を眺めながら会社に帰る。


注解説:筆耕(ひっこう)・・・役所において、お茶くみ、コピー、図面トレースなどを担当、その真の存在目的は出会いの機会の少ない若手公務員の花嫁候補もしくは公務員に嫁入りし安定した生活・玉の輿を狙う女性臨時職員のこと。採用はおもてだった一般公募はなく、たいていコネで決まるようである。けっこう美形・アイドル系が多い。(ボク何か間違ったこと書きました?)

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まあ、その、カーマ・スートラの国ですから。

読売の国際欄にも載ってましたね。この記事↓

女性教師にエプロンの着用指示、男子生徒の授業集中で by CNN

記事の趣旨は、まあ、その、なんだ、インドのある学校で、思春期の男子生徒が女性教師のサリー姿にムラムラきちゃうので、校長がエプロン着用しなさいと命じた・・・そうだ。

記事引用はじまり
校長によると、2年にわたる調査の結果、思春期にある高学年の男子生徒らが、女性教師のいる教室で「集中力に欠けている」ことが判明したという。
記事引用おわり

その学校の校長に聞きたい。
2年もかかって、どんな調査したのか、はっきりしてもらおうか!?

ネパールの首都カトマンズに滞在中、本屋で買ったエロ・・・もとい、男性雑誌、インドで出版された本でした。(知る人ぞ知る『DEBONAIR』誌)
歴史さかのぼりゃあ、あのカーマ・スートラの国でしょ?
男性雑誌の一冊や二冊、あって当然だよなあ~
まあインドの男子生徒諸君も、煩悩に苦しみつつ勉学に励んでくれたまへ。
え???
毎年何百何千とネパールを訪れる登山者の中で、こんな本買ったの私だけ???
日本の登山者って、みんなマジメだなあぁぁ~

注・期待している方には残念ですが、『DEBONAIR』誌の表紙画像の当ブログへの掲載は自主規制であります。

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記録とは何か

前記事「その意気や良し!!」には続きがある。

ヨーロッパ最高峰「エルブルース」の単独登頂に挑む栗城史多さんが23日、ロシアに出発 by BNN

この記事の文中、「」書きでこんなコメントがある。
記事引用はじまり
「ソ連崩壊後、ロシアが誕生、ロシアはヨーロッパに含まれるため、最高峰は従来のモンブランからエルブルースになった。しかし、この山はいまだにアジアの山とする見方もあるため、モンブランの登頂を決意した」
記事引用おわり

これが、記事に取りあげられている栗城さんの認識であれば、
大学山岳部員なんだから、登山史勉強してね。
記事中にある、エルブルースを『いまだにアジアの山とする』とかいう人は、
やっぱり勉強不足。

ヨーロッパとは何か。
その定義は、ウラル山脈以西となる。
その定義を定めたのが国際地理学連合。
欧州最高峰がモンブランからエルブルースになったのは、ソ連崩壊とは関係ない。
登山史をさかのぼれば、ソ連崩壊の1991年より以前、五大陸登頂を果たしていた植村直己氏は欧州最高峰がエルブルースと知り76年に登頂、田部井淳子氏も89年に登頂している。

この件については、まだ内容がまともだった頃の「山と渓谷」誌で論議されている。
植村、田部井各氏が大陸最高峰登頂の記録のため、エルブルースやカルステンツに新たに目標を定めたことについて、「有名人は大変ですね、もっと鷹揚な扱いでいいのではないか」という趣旨の記事に対し、「記録とは何か、記録と呼ぶからには各「大陸最高峰」の定義が尊重されて然るべきではないか」と論破されていた。

ウェブサイト「もっと、遙かな山旅を」で知られる石角氏のように、個人的な思い入れでヨーロッパ最高峰をモンブランとする方もいる。
登山は所詮、個人の満足を主題とする行為であるから、石角氏のような方がいても特におかしいとは思わない。大陸最高峰を目指すという行為に対しても、個人の抱く夢であるからには、同じ山を愛する者として、登山者の一人として、ぜひ実現してほしいと思う。
しかし、大陸最高峰登頂の記録を謳うならば、その定義に従うことが絶対条件である。
それは私個人の意見というよりも、普遍の真理として疑わないのだが。

あ~、個人的に、モンブランってイタリア側から登ってみたいなあ・・・・・

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その意気や良し!!

札幌国際大学の4年生が『5大陸最高峰の単独制覇』のため、ロシアに出発。

ヨーロッパ最高峰「エルブルース」の単独登頂に挑む栗城史多さんが23日、ロシアに出発 by BNN
○○大陸最高峰登頂とか、またかよと思ってるクライマー多いだろうな。
あの九里氏 で さ え も マスコミ紙上で苦言呈したくらいだからな。

しかし、である。この記事の文中、
札幌国際大には山岳部がなく、酪農大の山岳部に所属した。

自分の大学に山岳部が無く、チャムラン遠征で知られる名門、酪農学園大学山岳部に入部。
私、立正大学体育会山岳部OB大滝勝はあえて言う(またまた空手バカ一代の梶原一騎風)
目的意識を持って学校の枠を越え、自ら山岳部の門をたたく。
そ の 意 気 や 良 し !!

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世界を旅した人形

栃木県の「那須テディベアミュージアム」には、世界各地を旅したテディベアが展示されているそうな。
今度娘連れて見に行きたいな。

テディベアってなんだか分かりますか? by 秋田魁新報社 
記事引用はじまり
話は変わりますが、このミュージアムにはひときわ目を引くテディベアがいます。彼の名は「テディ・エドワード」といい「世界中を最も多く旅したテディベア」だそうです。エドワードは、仲間のぬいぐるみ達とサハラ、エベレスト、グランドキャニオンと世界各地を旅しており、その冒険写真と冒険ギアが多数展示されています。
記事引用おわり

私が台湾をMTBで縦断したとき、意味もなく成田で購入したバレーボール大のピカチュウ人形をMTBにくくりつけて縦断しました。あやしい旅人に見えたことでしょう。
蔵書『Kingdoms of Experience Everest, the Unclimbed Ridge』著書 Andrew Creig(86年当時未踏だったチョモランマ北東稜の記録)に至っては、クライマーがウサギの着ぐるみ姿で写ってます。
そういう西洋人のイカれたユーモア精神は好きだ。

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中国から帰りましただ。

いろいろハプニングにまみれて中国から帰国しました。
中国の子供たちとの運動会はとても楽しく、印象にのこりました。
勤務する会社会長のご威光のおすそわけで、長春滞在中は全行程、公安の護衛・先導パトカー付き。
こんな経験、最初で最後でしょう。
帰国直前に立ち寄った上海は、5年前に訪れたときよりもさらに勢いが増して見え、経済的な隆盛では日本、台湾、韓国を遙かに上回ってます。
 その一方、中国北部の寒村は未だに昔NHK特集でみたような風景そのまんま。
 この歪み、今後の中国にどのような影響をおよぼすのでしょう。

 帰国して山のネット情報を巡回する。
 あちこちで登頂ラッシュです。
 チベット隊もガッシャブルム1峰登頂、最近は中国の民間人によるエクスペディションの報道も目立ちます。
 中国の手頃な5~6000m峰はこれからにぎわうことになるでしょう。

 あ~とにかく疲れた。
 長春のむさ苦しい待合室で10時間近くフライト待ちしてたもので・・・・

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車椅子のクライマー

槍の北鎌尾根に初めて登ったのが、19歳の春。
その時、聾唖の二人組と一緒になった。
幕営地で肩を叩かれ、振り向くと一枚の紙を渡された。
紙には、
『ラジオで天気予報聞いてましたら教えて下さい』
と書かれていた。
ああ、そうか、聞こえないというのは、こんな不便もあるのか、と改めて考えさせられた。
同時に、ハンディを抱えてまで北鎌に登る、人をひきつける山の魅力にも思いを新にした。

Climbing誌の広告で車椅子の人が人工壁に対峙している写真を見た。
そして、こんな報道が。
Wheelchair-bound get a lift with rock climbing by ピッツバーグ Post-Gazette

車椅子の人たちは、滑車システムを駆使して人工壁のクライミングを楽しむ。
第一人者、マーク・ウェルマンはエルキャプやハーフドームなどのビッグウォールからシャスタ山などピークハントまで、その活躍はハンディを感じさせないほどである。
クライミングのようなマイナースポーツにも、果敢に障害者がチャレンジする。
俗な言い方だが、その姿はアメリカらしいと私は感じる。
極真空手出身の、著名な空手の先生のエピソード。
アメリカで道場を開いた際、車椅子の入門希望者が現れた。
それまでは相手を倒すこと・勝つことに目が向いていた先生は、車椅子の入門者を前に、何をどのように指導するか、考えこんでしまったという。

努力が足りない・根性が足りないと罵倒するだけの上級クライマーがよくいる。
私自身トライアスロンや素人マラソンを経験して思うのだが、日本の登山やクライミングの世界での「コーチング」技術は他の競技に比べて20年は遅れている。
何が足りなくて、どこを伸ばすのか。
それをどうやって見つけ、どのように相手に伝えるのか。
障害者がクライミングを楽しむ。
障害者自身の前向きな姿勢だけに目を奪われがちであるが、それをとりまく環境・・・指導する人間も前向きな研鑽を積んでいる成果だと思う。

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アメリカ人初の8000m峰全山登頂

アメリカ各紙のサイトはこの情報でもちきり。
エド・ビスタース(Ed Viesturs)がアンナプルナ登頂し、アメリカ人初の8000m峰全山登頂を達成した模様。

プロ登山家としてバリバリのビスタース。
実は私、この人の登頂写真がプリントされている速乾性Tシャツを愛用しています。

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いってきます。

明日深夜発で中国・長春に行ってきます。
今回は会社の出張・・・早い話が、協力会社の接待&偉い人の鞄持ち&小間使いみたいなもんです。
二十代、中国奥地(南部)は幾度か訪れたけど、東北部は今回初めて。
下っ端サラリーマン、雑用が多いけど、久々の中国かなり楽しみであります。

こんな料理が喰えるかな?
chinadinner

こんなだったらどうしよう・・・(注・グロ画像)
wanwan

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メシがうまけりゃ。

サッカー日本代表について詳しくないのだが。
今朝のテレビニュースでのコメント

Q.北朝鮮戦の会場がタイに決定したことについて?

A.ジーコ監督「グラウンドの状態が良ければどこでもよい。」
  宮本恒靖選手「北朝鮮で試合をするのは不安があったのでいいんじゃないでしょうか」
  大黒将志選手「メシがうまそうっすね。」
 
 メ シ が う ま そ う っ す ね。 
  dusit_01

私サッカーのことはあまり知りませんが、大黒選手イチオシです。

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アイダーのパンツ

GWの渡韓で金欠なのだが、天童市の登山用品店マウンテンゴリラでアイダーの登山用パンツ(ズボン)を買う。
私は登山用パンツはアイダーと決めている。
以前は服装に無頓着で、登山用パンツも勤務先で支給された作業ズボンを流用していた。
いろいろな山岳ガイドさんに出会い、やはり初対面のクライアントの前でヨレヨレの格好はまずいだろ、と感じた事。機能性は登山メーカーの製品が上である事を感じていたところに、マウンテンゴリラでアイダーのパンツを勧められたのだった。

 アイダーのパンツ、欠点を挙げれば、岩との擦れに弱い。ワイドクラックを登った際には布地にほつれが生じ、先日の韓国のスラブで滑落した際には千切れるように布地が破れてしまった。
 しかし、立体的な裁断と、はきごこちの良さはその欠点を補ってあまりある。
 店主の誉田さんの話では、一人で2着も3着も購入するリピーターが多いとのこと。油断しているとすぐ品切れで来年の入荷まで待たなければならない。
 今年は装備もいろいろ買い換え、金かかるな。

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竹内洋岳、シシャパンマ南壁成功

ICI石井勤務の竹内君。
シシャパンマ南壁成功。
おめでとぉぅ~!!!!!

Shisha Pangma South Wall - Alpine style summit! by explorersweb

若かかりし頃、エボガンジャロ氷河を歩けただけで私など感涙にむせっておりましたが・・・
チョモランマ北壁も気をつけていってきてね。

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グォンギョル登山学校

私の入校した登山学校は、「グォンギョル登山学校」という。
トワンソン氷瀑のフリーソロ等も行った韓国のクライマー、グォンギョル氏が開設した個人運営の学校だ。
夏は岩、冬は氷のクライミング専門校で、「平日」課程と「週末」課程に分かれている。
私は土日を含めた平日組なのだが、週末課程の第41期生に編入という形で受け入れてもらった。

私自身は韓国語はごくわずかしかできない。
グオンギョル先生も外国語はあまりできない。
私の事が学校のウェブサイト掲示板に載ったことがきっかけで、大韓山岳連盟の理事である申氏から、学校テキストの日本語訳、訪韓初日のホームステイなど、様々な面でフォローしていただいた。
聞けば、申氏本人は学校とは関係ないのだが、奥様がグオンギョル登山学校出身とのこと。
また、41期生のパク氏には、日本語を解するとのことで練習中もつききりでお世話になった。
本来であれば、私がきちんと韓国語を操れるようにしておくのが本筋なのだが、現実には言葉もままならぬ私に、多くの方々のフォローがあった。

もともと政治的には保守的な思想の持ち主である私、一週間、直に韓国の方々と生活と登山を共にして、初めて見えてくるもの、わからないと気が付くものがあった。
GWのため、通常よりも倍の価格の航空券を購入せざるを得なかったのだが、金額には換えられない貴重な経験を得ることができた。

 自然を紹介し、人と自然を仲介する役割を果たす。
 そのために、人よりも多くの経験と考察を積み重ねたい。
 今回の韓国行きがその礎の一つとなるよう、今後も精進したい。

kousyuu
講習中の様子。中央の赤いメットが筆者。オレンジのシャツがグォンギョル先生。

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バックパッカー引退宣言

5月5日、韓国から帰国。
初めての韓国、初日は韓国の方の家にホームステイ。
登山学校では私が初めての外国人入校生。
岩の技術を学んだ以上に、いろんな方に出会えた事が有意義な7日間でした。

で、今回の旅をもって、私、大滝勝はバックパッカー引退です。
ソウル市内のゲストハウスに宿泊していましたが、さすがに30過ぎてドミトリ生活はきつい。
途中でついに「宿替え」を敢行しました。
世界各国からの旅人が集う宿で、以前のようなワクワク感が「全く」感じられない。
もともと放浪とか沈没とかいうスタイルの旅は好きではなかったが、もうバックパッカー名乗るのはやめやめ。
この次は、子供達をつれて象乗りにタイの山奥に行きたい・・・・
やっぱりザックは手放せなさそうだ。

この人みたいな旅をしたい。
DrNo

山ではこの人並に危ないコトしてたんですが。
寄ってくるのは空港の売店のねーちゃんだけですだ。

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