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シモーヌ・モローが問いかけるもの

パキスタン・バツーラ2峰に遠征中のシモーヌ・モロー(伊)が、ヒマラヤ登山の先っぽを突っ走るクライマーとして、重みのある言葉を吐いています。
Simone Moro's Batura II expedition: "Thank God alpinism is anything but dead," part 1 by ExplorersWeb

記事引用はじまり(記事は筆者要約)

 8000m峰にはあまりにも多くの人々がいて、彼ら全て8000m峰14座を収集しているようにみえます。皆、半世紀前にとったのと同じルートを目指します。
 別の傾向は、何かの「初」登山を目指すことです。イタリア人初、アメリカ人初、セネガル人初、最初の耳の聞こえない人(最初の障害者)、初の女性、初の白人、黒人、黄色人、最も速い、ハンサム(笑)等々・・・馬鹿げてます。
 だからこそ、私は冬期登攀(新ルート)を試みました、縦走、スピードクライミング、過去の偉大な登山家によって渡されたバトンをつかもうとすることであり、頂上成功は2の次です。過去によく行われたことの繰り返しではなく、自分のオリジナルの登山をしようとしました。今日のヨーロッパのアルピニズムは近視眼的になりました。処女峰、未知の壁の新ルートは達成できるのは一度だけ、冬期登攀、縦走登山などは現在の登山から欠けています。
 「一般大衆は8000m峰の登頂に関心があるだけです。」
 この新しい冒険に赴く人々はほとんどいません。それには多くの理由があります。主な理由のうちの1つは、8000m峰登頂のみに関心がある一般大衆に訴える難しさです。
 実際に革新的な登山を試みたとしましょう。登山家および登山愛好者からの最も多い質問のうち、2つはこれです。あなたは8000m峰に何度登りましたか?あなたは何回エベレストに登りましたか?このようにして、現代の登山家が比較されているように思えます。
 私は、ユニークな登山計画-高度、困難、孤独、不確実性、冒険、未知-の概念を組み合わせようとしました。私は、世界の山で、何をもって「最も高い」「未踏」の山なのか、自分自身に問いかけました。
 以上記事引用おわり(記事は自動翻訳後、筆者が修正)
 
 冒頭、太文字で強調した部分、マスゴミの皆さんも耳が痛いよな。シモーヌ・モローは初物タイトル争いを「stupidest」と強い調子で表現してます。
 次号の記事ではバツーラ2峰に出会った経緯が語られるようです。
 カラコルムの7000m峰といえば、70~80年代に日本隊の偉大な先達がわんさと押し寄せ、初登頂をなしとげた山域。かくいうバツーラ2峰も1977年に日本隊が初登。(・・・だったと思った)
 21世紀の現在、欧米の先駆者達が新たな境地を求めて再び同地の7000m峰に赴く、という図式は、まさに現在の『低迷する』日本の登山界を象徴するようです。(こういう書き方して先輩の皆様、ごめんなさい)
 98年頃、HAJの機関誌に掲載するため、チョモランマ登頂者の座談会のテープ起こしをした。当時の先鋭クライマーの皆さん、共通して「人のあんまりいない7000m峰がおもしろそうだよね」と言っていたのが印象的でした。
 まだまだ、ヒマラヤの歯磨きチューブは太いのか?(奥山章風。)

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