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シモーヌ・モローが問いかけるもの 後編

エクスプローラーウェブに早速シモーヌ・モローのインタビュー第二弾が掲載されました。

Simone Moro's Batura II expedition: “Thank God Alpinism is anything but dead,” part 2 final

記事引用はじまり
バツーラ2峰との出会い
 私たちの惑星には何百もの未踏の山があります。私は、これらの最も高い山に注目しました。バツーラ2峰は7762mで、パキスタンのカラコルム西部、バツーラ・ムスターグ山群に位置します。バツーラ2峰はピーク31あるいはフンザ・クンジ(筆者注・原文はHunza Kunji)と呼ばれます。正確な情報を得ることはとても困難でした。頂上のの1つは1978年の日本隊によって登られ、多くのウェブサイト、いくつかの出版物がそれをリストしました。 登頂の試みは過去に4回ありました。

 アルピニズムは死なず
 最初のドイツ隊が1959年、日本隊の石川、伊藤、大久保マコト(筆者注1)がバツーラ南壁を試みた後、Batura4峰に達しました。その後、ポーランド隊が83年に試みました。しかし彼らはバツーラ2峰に挑んだ後、バツーラ1峰へ向かいました。ドイツ隊が2002年に再び挑み、私が得られた情報は、その際のマーカス・ウォルターによる情報と写真でした。
 アルピニズムは死んでいません。「死」からアルピニズムを救い出さんとするとき、応援してくれる登山者はまだいるのです。

 バツーラ2峰Iより高い高所を備えた山脈の少数の前の頂上(前衛峰)があります、
ローツェのミドルイースト峰(8376m)あるいはヌプツェ中央峰(7815m)、これらの峰は独立した峰とは考えられません。私達が挑むバツーラ2峰の南壁は、西面と比較してより困難ですが、それほど危険ではありません。

 今回の遠征のパートナーはアメリカの登山家兼カメラマンのJoby Ogwynになるでしょう。バツーラ・ムスターグ山域全体で活動するのは私達2人だけです。完全に孤立した中で、高々度でクライミングルートは未知の要員が多く、遠征計画が刺激的かつ困難で冒険的なのです。8000m峰で同じ事をするならば、冬季クライミングを計画しなければなりません。

 Joby Ogwynは、2000年に7サミット(カルステンツ含む)を達成しています。彼はエベレスト、ローツェ、マカルー、チョーオユーに登頂しており、K2とブロードピークにも挑んでいます。自伝の中で、彼は自分を現代(現実)のインディアナ・ジョーンズと表現しています。Jobyは、バツーラのクライミングを撮影するでしょう。
 記事引用おわり(自動翻訳後、筆者修正)
 筆者注1:文中の石川とは北海学園大学山岳部の石川裕司氏で、HAJのカラコルム登山隊を指すと思われる。

 前のブログ記事に書いたけど、70~80年代に大活躍したものの、現在は数少なくなったカラコルム7000m峰を目指す日本隊。
 今や、欧米のクライマーにとっては日本隊の記録って垂涎の的なのかもしれません。
 私の母校、立正大学山岳部の先輩方も、今も未踏を誇るリンクサール峰に挑んでおり、その記録についてアメリカから問合せがあったりしてます。

 私、ジンギスカン料理(羊肉)平気だからパキスタン行ってみたいんだよな。
 カラコルムなめてんのか、とOBの方々に怒鳴られそうだな。

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