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飯豊連峰に氷河は存在しなかった。

と、挑発的なタイトルで書いてみる。

 先に山形で開催された「マタギサミット」に関する記事を検索中のこと。
 ある方のウェブサイトで
 「最も驚かされたのは、氷河地形が小国の地形で初めて確認されたという事実。」
 というくだりに「驚かされた」。

 2003年のマタギサミットにおいて、明治大学講師(地理学)の長谷川裕彦氏が「小国の山地地形」と題して飯豊の氷河地形について講演したものらしい。
 その方のウェブサイトの記事では、「・・・石転ビ沢の2段構えのU字谷。この特異な景観を写真で見せられれば、素人でも氷河の侵食が作った美を直感できる。」と書いてある。
 なるほど、飯豊・石コロビ沢周辺の地形を眺め、かつて日本に氷河があったといえば、ロマンかきたてられる方々も多かろう。
 さて、日本の氷河研究は大きな問題を抱える。
 地質・地形・地理・気候・地球物理など、各方面の研究者がバラバラに研究を進めていたことだ。 
 日本に氷河が存在したとする「肯定派」の研究者はおおむね、地形判定→周辺地質の年代測定で氷河地形と判定している。
 たしかに、約1~2万年前のウルム氷期は現在よりも6~8℃平均気温が低いとされ、日本は亜寒帯~冷温帯に属していた。
 しかしながら気候学の見地では、当時の日本海は湖状になっており、降積雪をもたらす対馬海流が遮断されているため、当時の日本列島は氷河を涵養できる気候ではなかったのではないかと疑問視している。
 また、1930年代に日本の学会で氷河論争が起きた際には、氷河存在の根拠ともなるモレーン地形、氷河擦痕は雪渓によっても発生可能と実証された。
 氷河地形を主張する多くの地理・地形学論文には、気候学からの検証が全く欠けているものが多いのだ。
 かくして、私は大学時代に教わった新井正教授(地理学・水文学)の影響で、日本の研究者は氷河を「作りすぎている」説に傾いている。
  
 明大の長谷川裕彦氏には面識は無いが、日本地理学会の氷河地形研究グループでの発言や、日本自然保護協会で若者達を対象に、進路としての研究者の道を講義するなど、真摯に活動されている研究者と思われる。また最近の知見では、氷河時代の古気候についても新たな見解が出ているようだ。私も勉強中。
 冒頭に紹介したウェブサイトで思ったのは、飯豊の氷河地形の真偽よりも、マタギサミットの講師に地理学者を招いた主催者の英断、長谷川氏のように積極的にプレゼンしていく姿勢が大事なのだと思った。
 前々からこのブログで主張しているが、アウトドアの世界では植物に詳しい人は沢山いるが、地質・地理に精通した人間は少ない。私は後者を目指している。
 全国にその名が知られるサイト「飯豊朝日連峰の登山者情報」の井上氏でさえも階状砂礫を氷河地形と書いている程であるから、山岳関係者の地学関連知識の混乱は相当なものである。私もマジメに勉強しよう。

 ところで、ウェブサイト「飯豊朝日連峰の登山者情報」、今週の表紙には笑顔がとても素敵な女性が写っている・・・普段は色気の 全く 無いサイトだけに要チェ~ック!!

 追記:飯豊連峰の氷河地形に関しては、昭和45年の山形県学術調査報告「飯豊連峰」において、存在の証拠は確認できないとしながらも「氷河擦痕と思われる」岩の写真を掲載、氷河地形の可能性を示唆している。

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