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山への思い入れ

仏のジャン・クリストフ・ラファイユ、マカルーの冬季単独めざす

Jean Christophe Lafaille to solo Makalu in winter by everestnews 

いんやまず、たいした、たまげだ。
(山形弁訳→「いやいや、なんと立派な、驚くべき行為でしょう。」)
以前、HAJの故・野沢井さん達が計画したマカルー遠征の計画書を手にする機会がありましたが、「目的」の項目に「誰もいない時期の8000m峰登頂」とあり、感動させられました。
マカルーは、今後も意欲的な登山者の目標となりうるでしょう。

一昔前、登山界が妙にギラギラしてた頃なら、口の達者なベテラン登山家が「これからは8000Mも冬季単独の時代」などとアジっていたことでしょう。
十代二十代の私もだいぶ洗脳されてました。
しかし、それは違うね。
登りたい人間が自分の能力を見極めて、自分の価値観・スタイルに合った登山が「良いスタイル」の登山である。
私が登山隊立ち上げからウェブサイトで注目していた、ある小さな登山隊の顛末↓

ヒマラヤ登頂2県人が成功 西峰6837mを征服、本峰は断念 by 徳島新聞
早稲田隊が70年に第2登、女性のみの山岳会BUSH山の会遠征、目立つのでトレッキングの記事にもよく紹介されるツクチェピークに、徳島県の登山隊が目指していました。本峰は残念でしたが、西峰登頂おめでとうございます。地方の登山隊って、マスコミに派手に取り上げられる割に、家庭や会社など何かと身の回りは大変なんですよね、これが。

 二十代の頃、ある登山研究会でダウラギリ登頂のスライド上映会がありました。
 アプローチの風景で、隣にいたおっさんが突然叫びました。
 「あっ、ツクチェピーク!!ツクチェピークだよなっ!」
 おそらく、ツクチェピークか近くの山に遠征経験があったのでしょう。
 ちょっと場違いな喜びように、当時8000m峰を目指していた私は「何叫んでんだか」と冷ややかにみていました。我ながら、やな奴です。
 さて、自分が実際に遠征登山を経験してみると、山の規模・成否に関わらず、行った山や山域に愛着を感じるということに、初めて気がつきました。
 それからは山岳誌などでどんな山の記録であっても、
 「当人にとっては思い入れがあるんだろうなあ。ツクチェピークに興奮したおじさんもそうなんだろうなあ。」と思うようになります。
 
 山への思い入れはマカルーを一人で目指すフランス人も、ツクチェを目指した徳島のおじさん達も同じのはず。
 そのような気持ちが理解できないと、ジャーナリスト丸山某のように、極地法イコールつまらん登山などと、視野狭窄な見方しかできなくなるようです。

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