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ナンガパルバート・ルパール壁完登を支えた男

パキスタン大地震被災者の早急な救出をお祈りします。

さて、韓国の代表的な山岳誌「山」のサイトに、先の韓国隊によるナンガパルバート・ルパール壁登攀を支えた隊員の記事が紹介されてました。

登山、それは困難への挑戦そして楽しみ キム・ミゴン(金未坤) 月刊「山」

キム氏は隊員3名とともに、ルパール壁の「リンネ」7550M地点を登攀中に落石に遭い、右足骨折・肩の筋肉断裂という重傷を負う。仲間に救出され、過酷な下山を敢行する。

記事引用
 以後 1m, 1mが悽絶だった。小キジも食事も一人でできなかった。彼の頭の中は ‘こんな状態では到底降りることができない’と悲観的になったが、仲間たちは黙黙と彼を引き下した。三日後、 C1(5,280m)に降りてようやく彼の顔に笑みが広がった。
 「妻と子供と別れるのは寂しいが・・・事故直後、仲間たちを危険にさらしてはいけないと考え、ナイフでザイルを切ろうと思いました。事故に遭わなかったら頂上に立ったのにと思うと、涙が出ますね。病院では動くなと言われたがじっとしてられなかったです。私のために沈んだ雰囲気を刷新させて、頂上に上がる隊員たちを応援しなくちゃいけないと考えて再びベースキャンプに戻ったんです。遠征が成功に終わったというのがもっとも嬉しいですね。もし失敗したら4,500mの巨壁を登るために再び苦労しなければならないですからね。」
 ルパール壁6,450m地点は、キム氏が開拓した区間だ。登頂者であるキム・チャンホ隊員、イ・ヒョンジョ隊員だけでなく隊員皆、彼がいなかったら 35年ぶりのルパール壁登攀の成功はおぼつかないだろうと語った。

 キム・ミゴン氏は2002年から韓国道路公社光州支社に勤務、大学時代から登山に親しんだ。卒業後も就職しないで山に通うのが不満の父親は、山に行けないようにしようと息子を部屋に閉じこめたりした。しかし現在、 山に没頭した彼は山を通じて就職もし、また妻ともう 17ヶ月になった息子ゾングユンと睦まじい家庭を築いている。
 記事引用おわり

 この後も月刊「山」の記事はキム氏の遠征経歴について述べているのだが、実家とのやりとりが凄い。
 2000年のマナスル遠征の際には「山には行かせん!!」と父親に家に閉じ込められてしまったが、窓からなんとか抜け出したという。不憫に思った母親がこっそり靴を持ってきてくれたそうな。
 ああ俺こういう話によわいんだよな・・・
 今回のルパール壁では何も知らせず出発、しばらくししてギプス姿で実家を訪れたという。本人いわく「山に通いながら本当に両親をたくさん心配させて、申し訳ありません」
 マナスル後はチョーオユー、マカルー、シシャパンマ南西壁など8000m峰登山を続けている。来年はエベレストを予定とのこと。ノーマルルートでもいいから、高所登山は毎年続けたいそうだ。

 登山に反対する実家とのやりとりに、とてもシンパシーを感じるなあ・・・
 なにより、高所登山家として秀でた能力を持ち、ルパール壁という先鋭的な登山の最先端でチームの和を第一に考えるその姿勢に、その人柄が感じられます。

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