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登山道整備というジレンマ

山形県庁のウェブサイトに、本年度10月分の県民の声として、次のような投稿と回答が掲載されている。

以下、引用
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観松平の石畳について
=ご意見=

 私たち夫婦は、蔵王連峰への思いは人一倍熱いものを持っており、年に数回登っております。蔵王温泉からワシ岩へ向かう観松平を歩いていましたところ、あの素敵な小道が、周辺の植物をなぎ倒して作ったと思われる石畳の階段になっていた驚きと無念さ。蔵王はどのコースも私達の期待を裏切らない山とずっと思ってきましたが、もうあのいたましい観松平には行くまいと心に決めました。山歩きの楽しさを知らない方の仕業としか思えません。あの楽しい小道にはもう遭えないと思うと残念でたまりません。どうか前の小道に戻してください。

=県の取組状況=
 御意見にありました歩道は蔵王温泉熊野岳循環線歩道といい、環境省の自然環境整備事業により山形県(環境保護課)が整備を進めてきたものです。
 自然歩道整備は、雨水による侵食や登山者の利用増による裸地化から歩道周辺の植生を保護すること、また、整備することにより登山者の安全を確保することを目的としています。
 荒廃した歩道は、登山者が歩きにくいために既存歩道の側部(植生部分)を歩くようになり、この部分がさらに荒廃します。このように、悪循環を繰り返し裸地化が面的に進行した歩道は降雨によりさらに侵食が進み、整備のタイミングを怠ると貴重な植生を失うばかりか、周囲全体の植生バランスを壊すことになってしまいます。
 今回整備した区間は、昭和50年代に整備を行った歩道施設の再整備ですが、歩道の素材は耐久性や周辺状況、維持管理のしやすさを勘案し、従来用いている石を使ったものとしています。
 施工に先立ち、蔵王の自然を管理している公園管理員や所管森林管理署に施工手法について同意を得、周囲植生を極力傷めないように細心の注意を払いながら進めてきました。歩道整備範囲は前後のすりつけ区間を除き勾配があり、荒廃の進んでいる部分です。施工により歩道部固定となり、登山者はこの部分のみを歩くようになりますので、周囲植生を傷めない、環境や安全に配慮された歩道となったと考えています。
 ただし、利用者からは好意的な意見も寄せられている一方、整備が過ぎるというお叱りの言葉も頂戴しております。
 今後とも皆様からの意見を真摯に受け止め、整備に当たりましては十分な調査と現地に適合したものとなるよう尽力していく所存ですので、何卒、御理解と御協力をお願い申し上げます。
                                       (環境保健部 環境保護課)

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以上、引用おわり

石畳登山道は蔵王だけではなく、月山や朝日連峰にも採用されている。
私個人の周囲では、興ざめするという声も多い。
たしかに、木道と石畳の道は景観上の他、足や膝に衝撃がかかる。
一方、大朝日岳の登山道のように、まるで第一次世界大戦の塹壕のようなえぐれた登山道は、やはり登山のおよぼす影響として、見るに耐えないものがある。
まさに登山と自然保護の合間のジレンマである。

自然保護の観点から、日本の山岳地においても入山制限をすべきだ、入山制限は時間の問題だ、という論評を目にする。
そのような意見を持つ方は、おそらくアメリカ等の国立公園を意識しているのであろう。
私の考えでは、それは不可能である。断言する。
なぜならば、日本の山には登山者だけではなく、農林業・観光業等の各産業の利益が絡むからである。

私が建設業に身をおくこともあろうが、大朝日岳、特に銀玉水から上部の保護土工については、登るたび、工事関係者の努力に頭が下がる思いである。
他方、前述の「県民の声」のような意見も、山岳ガイド、人を自然に導く役割を果たす立場として、改めて考えざるをえない。

 自分と意見を異にする者に対しては「辛口になる」だの「容赦しない」だの息巻く方が鳥海山麓におられるようだが、意見を異にする者に対してデカい声で威圧しねじふせる、田舎の爺みたいな手法は時代遅れ。
 自然にとって、人にとって、最良の選択は何なのか。
 最良と判断される手法を、人に納得いただけるために、どのように説明すればいのか。
 相手とコミニュケーションをとり、納得の行く方法を模索するしか、無い。
 たまたま、会社の部署内でプレゼンする機会があり、そんなことを考えた。
 地元の人間だから。
 博学だから。
 経験があるから。
 それだけでは、自然を舞台に活動する上では、井戸の中の蛙とやらで終わるに違いない。
 ただでさえ人より劣っているコミニュケーション能力を少し鍛えなくちゃなあ・・・と思った今日。

 追記・・・地下足袋で藪漕ぎしたときの、足裏に感じる山の地面の柔らかさ。やはり、あれは木道や石畳では味わえないものがある。

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コメント

これも何度も繰り返されるテーマですね。ここのケースは事情が分からないので何とも言いかねますが、重要なのは仰る事ではないかと思います。

整備をして登山を身近にする試みは、アルプスのクラッシクルートなどでも一般的で100年以上の歴史があります。先ずは、固定ザイルや梯子にビレーポイント等を意味しますが。またそれらのルートは、絶えず手を入れないと、ますます登られなくなって、使い物にならなくなります。反面、そのようなルートのなかには大変高度なルートもあって、明らかに限られた人しか恩恵に与る事は出来ません。

整備しても限界がある反面、整備しなければ荒れる。だからこそ仰るような細心の注意を持って、必要最小限の処置を施し、充分に説明していく必要がありますね。

このような微妙で繊細なバランスを取るには、「田舎の爺みたいな」感覚が既に間違っているというか、初めから何かを決め付けた誤りの論法なのでしょう。

投稿: pfaelzerwein | 2005.11.22 19:09

早速のコメントありがとうございます。
感情の赴くまま書いたので自身でも訳からん文章になっていてお恥ずかしい・・・
ただ、最近の自然保護に関する議論を拝聴していると、どうも自己主張の衝突ばかりでよりよい方向を探る姿勢に欠けていると感じるのも事実です。自然保護運動といえば「声をあげる」ことに偏りがちな気がするのですが、相手に説明し納得させるスキルがこれからは要求されるのかな、とも思っております。

投稿: 聖母峰 | 2005.11.22 20:55

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