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山形新聞社の情緒に満ちた嘘くさいコラムを楽しむ。

有名大学進学者数を増やすことが教育県の証だっ!
国連とは、正義と平和を求める場ではないのかっ!
西表島のホテル開発は地域振興に必要だっ!
と、ウハウハなコラムが掲載される、山形新聞。
地元の情報が得られる欠かせない存在の地方紙であるが、時折ツッコミどころ満載の時代錯誤なコラムが載るので楽しい。
26日はこんな記事。
以下、引用開始

マルチアングル・「昭和30年代」に戻ろう
 しみじみと、ほのぼのと、どこか甘酸っぱい-そんな感傷に浸った。懐かしの昭和30年代。タイムスリップさせてくれたのは映画「ALWAYS 三丁目の夕日」。ちょっと照れつつあの時代に戻ってみた。
 映画の舞台は1958(昭和33)年、東京のとある下町が舞台。東京タワーが着工された年でもある。貧しいけれど輝いていた人々の、人情味あふれる日常を描いた。「ピーピー、ガーガー」鳴るラジオから流れるプロレスの実況放送。

(中略)

 コロッケ、カレーライスがごちそうだった。広場ではフラフープ遊び。駄菓子屋でくじを引く。また「スカ」。あー、スカの字に思わず笑った。景品の1等のおもちゃのピストルが、夢となった。穴の空いたセーター。そのひじ当てを古布で縫い付ける母親がいる。あのころ、みんな服装は継ぎはぎだらけだった。はな垂れ少年のそではテカテカ光っていた。

(中略)

 昭和の30年代。人それぞれに思いはあるだろう。確かに貧しかったが、何か輝いて、夢があった。家族も友達も近所の人たちも。今、あの心の豊かさはあるのだろうか。

以上引用おわり

 なんといってもタイトル『「昭和30年代」に戻ろう』にぶっとぶが、結語の「今、あの心の豊かさはあるだろうか。」
 うさんくせぇ~。
 アジア紀行ものの文章にもよくある陳腐な表現、「心は豊か。」
 数字で昭和30年代を探ると、次のような項目がある。

 乳児死亡率・・・昭和30年、1000人中39.8人(平成15年で3.0人)
赤痢菌保菌者・・・600万人(その後、上水道普及とともに激減)
 結核罹患者・・・50万人(平成9年で4万人)
 少年犯罪・・・昭和35年に最高発生件数を記録
 昭和30年代の食生活・・・主食としてイモ類が減、米が増。肉の摂取量は、昭和35年の国民平均摂取量は18.5g(現在の4分の1未満)
 
 こんな時代に戻りたい方は、勝手に北朝鮮にでも行ってくれ。
 蛇足ながら、私にとってはコロッケとカレーが食卓にでると十分ご馳走だと思うのだが。
 山形新聞社のコラム書いてる偉い人は、よっぽどいいもん喰ってんだろうな。

 もちろん、「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画作品を貶めるつもりはない。宣伝を見ていて、むしろあの時代を懸命に生きてきたジジババに見てもらいたいと思うくらいだ。
 乳児死亡率の数字などみても、貧相な生活環境を改善すべく先人が努力した末に現代が成り立っていることに感謝せずにいられない。
 なんの根拠もない懐古趣味は、むしろ先人達への侮辱でもあろう。

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