自宅でゆっくり当ブログをご覧の皆様。
できましたら中島みゆきの「地上の星」を聴きながら、今回の記事を読まれることをおすすめ致します。
以下、TrekSta:登山を芸術とするby中国靴網 の訳文です。
世界登山靴のトップブランドをめざす
山河を旅行するTrek、道案内する星Starを併せたのが名称の由来。TrekStaは世界の高品質の輝く星として、トップブランドをめざすことを諦めない。
韓国釜山、かつて全世界70%の靴を生産した工業都市が、90年代中期には凋落の一途をたどる。主要な原因は、これら企業は自社ブランドが無く、ただ生産加工するだけだったからだ。
韓国TrekSta社の創始者、権東七理事長は企業の限界と自社ブランド確立の重要性を認識していた。様々な圧力と困難に直面したが、彼は毅然と巨額資金を投入、先進的な靴製造の機材をそろえ、専門靴製造の理念、巧みで完璧な靴製造の技術、完璧の精神を求める、TrekStaの苦しい創業の旅を始めた。
軽量化をめざして
私達が歩く時、足は均一に圧力を受けるわけではない。圧力を靴の各々の部分に分散してはじめて「良い靴」と称することができる。
TrekStaがまず研究に着手したのは韓国人の足型である。当時まだ足型のデータが無かったため、研究・開発部門を会社に設立、韓国人2万人の足型の正確なデータを収集した。1年余を経て、ついに体系的な韓国人の足型データを作り上げ「韓国人用木型」が完成する。これを受け継ぎ、会社は同様な方法で各国の人間に合わせた木型の開発を始めた。
靴用木型と同時に進めたのは、登山靴の軽量化プロジェクトである。会社の幹部達は率先して山に登り、登山者の装備を観察した。予想外だったのは、普通の登山者が履いていたのは登山靴ではない、普通の運動靴であった。
「硬くて重い登山靴は負担になる。気楽に登れる靴を。」権東七理事長のこの理念は、TrekStaの研究開発を貫く思想だ。TrekStaはそれから登山靴軽量化に挑戦した。目標は不思議なくらいに軽い・・・世界の常識を超える290グラム。
290グラムの目標を達成するため、TrekSta全職員が考え、さらに登山靴の重量を軽減する。研究開発部の責任者は毎日手元に量りを持ち、日夜努力して重量を軽減する方法をついに探し当てた。そして誕生した、290グラムの登山靴。
10年辛抱して志を変えないことを誓う
TrekStaの経営理念は「Only One Number One」。きっと世界で最もよい靴を作り出すことができる、と信じている。
生産過程において、靴の品質・生産管理を完璧にするため、TrekSta会社は多額の設備投資を行い、登山靴の試験設備を開発した。繰り返し入念に厳格な品質テストを行う。例えば、完成した靴を捻るテスト、DINテスト(ゴムの摩耗テスト)、生地の圧力テスト、紫外線テスト、裁縫の線に沿って水を噴射するテスト、生地の摩擦テスト、皮革の防水テスト、皮革の退色テスト、低温テスト、恒温での老化テスト、GORE-TEXを検査・測定する機材も導入している。
さらに中国国内市場を開拓するため、中国人用靴の木型の開発を重視、中国の千変万化する消費者動向を探求している。そのため、TrekSta会社は韓国の開発研究部を中国に異動し、次期開発の重点も中国に対応したものとしている。
2001年3月、TrekSta会社は有名な登山家オム・ホンギルを業務顧問に招聘した。厳弘吉は8000メートル峰14座登頂した登山家である。去年5月、厳弘吉がヒマラヤ山脈の海抜の8505メートルまで登る時、1ヶ月以上の登山に付き添った靴は他国のブランド靴ではない、TrekSta社が研究・開発してきた登山靴である。ヒマラヤは最高の品質の登山靴のすばらしい実験場所となる。同時にTrekStaは厳弘吉の最も信頼する登山の仲間となった。
TrekStaは市場に参入してから、顧客に親切な態度で接し恩に感じることを続けている。
速いスピード、整った物流ルートで製品を供給、迅速に顧客の要望を処理して意見や不満、小さい細い点も軽視せず、顧客満足を果たす、これはTrekStaのサービス目標だ。
日本市場を開発した当初、かつて3回ヒマラヤに遠征した日本の有名な登山家Simizi先生に登山靴を贈呈した。彼がTrekStaを履いて下山中、滑って転んでしまい、TrekStaに対する信頼を失ってしまった。彼はTrekSta会社に厳正な抗議を出した。
抗議ファックスを受け取り後、社員は飛行機で日本に急ぎ駆けつけ、Simizi先生に向って謝った。Simizi先生の「身の安全は、滑落を防ぐ登山靴が保障する」の言葉に、社員達は言葉もない。このため、会社は真剣に検討し、価値120万元の靴底を焼却処分した。丈夫かつ滑らない靴底の開発が急務となった。
徹底的に滑るのを防ぐため、毎日夜明け方2,3時まで、当時の生産総括責任者、李尚道(TrekSta現社長)は工場に出向き、数千種類にわたるゴムの物性実験を始めた。問題はついに解決した。これが世界20カ国で最高の技術とされる、TrekSta登山靴採用、HYPER-GRIPだ。
神話は市場を席巻する
軽量登山靴TrekStaは市場参入初期、伝統の登山靴メーカーの排除に遭遇する。在庫品が増える危機に直面、TrekStaは新しい道を切り開く。消費者に向かい合い、直接普及する方式をとったのだ。週末になると、社員達は手分けして登山口に行き、宣伝をした。登山者に靴の修理もした。
事が次から次と口コミで伝わり、10は100となって伝わり、TrekStaはついに大衆に受け入れられた。TrekStaはついに自社ブランドを打ち出したのだ。そしてただ重くて厚い登山靴を売るだけの販売ルートを変えた。
現在、TrekStaは旋風のように韓国登山靴市場の50%を席巻した。欧米ブランドに独占される日本の登山靴市場も年々開拓している。同時に輸出するニュージーランドなど二十数カ国で、世界の登山愛好者の評価を獲得した。TrekStaは神話と奇跡を創造した。全社員が創造した神話だ。
製靴用の木型と靴底を開発する過程が体現する、先端の技術力。
大胆に既成概念を打ち破り、290グラム・・・卵4個程度の重さの軽量化の挑戦。
根気よく続けて新アイデアを打ち出し登山靴を開発。
アウトドアの世界ブランドに執着する信念を求め、TrekStaは一つ、又一つと神話を創造していった。
TrekSta、それは登山愛好者の山中の道を示すスターだ。
以上、記事引用おわり
いやあ・・・熱い物語だ・・・。
翻訳しながら胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じてしまいました・・・マジで。
遠い昔、試作品ザックのモニターしたことあるけど、もっと真剣に取り組むべきだったと後悔しておりますです。ニッピンの平川さん、ごめんなさーい。
日本だったら、月山姥沢口で登山靴の宣伝とか修理とかやってたら、ちょっと引くな・・・とちょっぴり思うけど、社員が登山口に赴いたなんて感動するなあ。
ところで、記事中にでてくる、ヒマラヤ3回行ったsimizi先生って誰なんだろう?
話題のtreksta社のサイトはこちら(要ハングルフォント)
ちなみに昨春韓国に滞在中、テレビ視ていた。
テレビショッピングで登山靴を売っていた。
恐るべし、韓国。