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ラファイユ、マカルーに消ゆ。そして、現実。(追記)

マカルーで消息を絶ったラファイユの経過です。

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最初の捜索、ラファイユの足跡確認できず

31日付パリ発AP通信によれば、飛行機による最初の捜索では、ラファイユの痕跡は確認できなかったとのこと。
フランス各メディアはラファイユの知人のコメントをとりあげていますが、これらの記事は共通して過去の「アンナプルナからの脱出」を例に挙げ、望みをつないでいます。
関係者は重ねての捜索実現をもとめ、交渉が続けられています。
ENSA関係者からは、「高度8000mで生存できる時間は、最良の条件下で最大5日でしょう。」という厳しいコメント。

Jean Christophe Lafaille: Bound to climb by k2climb.net

フランスの一般紙とは異なり、総括的によくまとめられた記事がk2climb.netにアップされています。
日本でラファイユが大きく取り上げられたのは、「岩と雪」誌においてグランドジョラス北壁新ルート単独登攀の様子をカラー頁で紹介されたのを嚆矢とする。
小柄な体格、ちょっと眩しそうに目を細めた表情が深く印象に残ったものでした。
その後92年、カンチ峰ソロ、マカルー南面ソロなど超人的な活躍をみせたピエール・べジャンと組みアンナプルナ南壁に赴きます。
 南壁での事故でべジャンは死亡、ラファイユは左腕骨折の重傷を負い5日間消息を絶った後、BCに生還しました。ラファイユはこの登山について「アンナプルナの虜囚」(日本では未刊行)という本にまとめています。
 フランス一般紙の幾つかはこの「アンナプルナからの脱出」を挙げ、奇跡の生還を祈る論調で報じています。 


ブログを書きかけていたところ、竹内君からメールが届く。
最悪の事態を示唆し、一言「悲しい」と短いメール。
いつもは楽しい、饒舌な文章を書く竹内君。
あまりに短い文に、却って彼の悲しさが伝わってくる。
カトマンズで彼はラファイユと知り合い、JACマカルー東稜隊報告書にサインを求められている。
その時すでに、ラファイユはマカルー冬季ソロの計画を温めていたのだろうか。

8000m峰の厳しさを知る彼からの、短いメール。
私は書きかけのブログから希望的観測の一文を削り、タイトルも変えた。
ラファイユが消息を絶って一週間。
現実を直視しなくてはならない。


追記

Il n’y a plus d’espoir de retrouver Lafaille by 20minutes.fr 2/1
ラファイユの捜索、絶望か
 記事引用開始
妻カティア・ラファイユは昨日、生存の証を発見する見込みが無いと認めました。カティアはカトマンズを水曜日に出発、夫に別れを告げるため、息子のため、マカルー上空を飛行したいとのこと。
 フランスの山岳関係者、スポーツ省関係者も、ラファイユの生存が絶望であることに言及しました。

 記事引用おわり

 さようなら、ジャン・クリストフ・ラファイユ。
 身長161cmの体で大岩壁、8000m峰を目指す姿は、やはり小柄な私にとってヒーローでした。

 jean-christophe_lafaille

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