« 蕎麦の静かな休日 | トップページ | 強い女性 »

大日岳裁判の判決に思う

先月に判決が下された、文登研研修中の大日岳遭難事故を巡る裁判の判決。
思いを巡らせたまま、ブログの「記事の作成」で何度も書き直しては5月になった。

上級登攀・登攀ガイドの方で『登山研修所講師』をプロフィールに掲げている方は多い。
こうした方々で、クライミング倫理やビレイシステムなどにはナーバスなまでにウェブサイトで意見を述べている方も、大日岳の件については全く意見を公表されていない。
それだけ意見を公にするのが、立場上難しいものと心中お察しします。
中にはコメントも受け付けないブログで、サイト上の言動を元に関係者糾弾に熱心な人もいますが。
私は文登研とは縁もゆかりも無い、大学山岳部の落ちこぼれなので、思うことを綴っておきたい。

2人の人命が失われた現実。
登山研修の過程で、10名以上もの多人数が雪庇崩落に巻き込まれた現実。

この現実に、登山を指導する立場にある人間は反論することはできない。
私が今回の判決に思うこと-違和感と言い換えても良い-は、文部科学省の無策である。


私が住む山形県。
過去に、高校山岳部の死亡事故がいくつか起きている。
残念ながら、失われた人命は一人や二人では、ない。

冬山を始めて2年目、高校2年の時。
入れ違いに蔵王に入山した、山形のある高校山岳部の合宿で事故が起きた。
雪洞ビバーク中に木から落雪、1名の生徒が埋没・死亡した事故である。
つい昨日まで同じ場所で幕営し、下山時にすれ違ったパーティー。
私にとって初めての身近で起きた死亡事故、山の恐ろしさを知る切っ掛けとなった。
この時、顧問の教師は隣接した小屋内に滞在していたことも、問題となった。
裁判にならなかったのは、亡くなった生徒の父君が教員であるからとも聞く。

若い命が失われた幾多の出来事。
もちろん、当事者たる我々登山者が事故から学び汲み取ることは大前提ですが、一方の文部科学省は何も学ばなかったのだろうか。
大日岳裁判の話題を耳にする度、過去に起きた高校山岳部の死亡事故を思うのである。
誤解を招かぬよう付け加えれば、高校山岳部の顧問を務めている教師の方の、リスクの大きい部活動監督を続ける姿勢には敬服している。

登山活動で人を引率・指導する者の立場は、今回の判決を受けて厳しくなっている。
それが現実である。
事故に関わった人々。
その後に続く私達は今回の裁判の行方を注視し、より研鑽を積むしかない。
他に何があるというのでしょう。

|

« 蕎麦の静かな休日 | トップページ | 強い女性 »

山岳ガイド日記」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21370/9923810

この記事へのトラックバック一覧です: 大日岳裁判の判決に思う:

« 蕎麦の静かな休日 | トップページ | 強い女性 »