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職業としてガイドを続けるということ

サッカーW杯。
盛り上がってますね、バカマスゴミが。
実力以上に日本チームを煽り立てるっつーのは、やはり太平洋戦争以来の伝統か。
全然シュート打てない日本選手。
急にボールが来たから、はないだろ柳沢。
期待ハズレの選手、これからどう生きていくのか、というのに興味がある。
ここぞというところで、取り返しのつかない失態に直面した人って、どう生きていくのだろう。
自分自身そういう惨めな人生に足突っ込んでるので興味がある。
評判のいいビジネス本も、口当たりのよさげな癒し本も、そういう生き方は教えてくれない。


Run! Run this way!’ – then silence and 11 climbers dead by Thenewstribune.com

1981年6月21日。
レーニア山でアイスフォールの崩壊により、ガイドパーティーの11名が死亡。
アメリカ登山史上、最悪の事故といわれる。
記事はこの氷河崩壊で息子を亡くした母DOT TIPPIE、パーティーを引率していたガイドでアメリカの山岳ガイドの第一人者、著名な登山一家の一員であるピート・ウィテッカー氏のその後に光が当てられています。
 気丈な母親の悲しみもさることながら、私が興味を引かれたのはウィテッカーのその後でした。
 事故後、生存者を率いての下山は最悪の時だった、と述懐しています。

 人を死なせたガイドは敗北、失格という意見が、日本のウェブサイトでは大勢を占めるようです。
 ニャンコの森で知られる某ガイド氏しかり、コメントも受け付けないブログで大日岳雪庇崩壊事故で執拗に関係者糾弾を繰り返す某さん然り。
 でも、現実には過去にクライアントを死なせたガイドは存在します。
 そんな彼らは何を考え、どうやって復帰したのだろう。
 その過程に、駆け出しのガイドだからこそ私は興味を引かれるのです。
 事故後、ウィテッカーはコロラド川でラフティングをして過ごし、決断します。

 以下記事引用
 
“I decided to keep guiding so I could give back,” he said. “I love the mountain and I want to educate our guides and clients with the ability to make the best decisions to manage risks up there.”
「私はガイドを続けます。山を愛し、そしてリスク管理という最善の判断をする能力でガイドとクライアントを教育したいのです。」
(中略)

“I noticed he was a little different when he came back,” Lou Whittaker said. “He was more focused on helping people appreciate climbing and he became a heck of a great teacher for the sport of mountaineering.”
「彼が戻って来たとき、少し異なったと気がつきました」と、ルー・ウィテッカーは言います。「人々が登山の真価を理解することに集中し、彼は登山の優れた指導者になりました。」

 記事引用おわり
 英検4級の私にはルーウィテッカーのコメントを正確に訳すのが難しいのですが(言い訳)、アメリカ登山界の第一人者であるルー氏にも認められたピート・ウィテッカー氏。
 ガイドとして、クライアントの死は絶対にあってはならない事。しかしながらその不幸な事故が起きたとき、ガイドに再起という選択は許されないのだろうか。
 ピート・ウィテッカーの生き方は、沢山の解答の、一つの答えだと思います。

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