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竹内洋岳、東海大K2隊小松由佳女史にコメント

久々にK2climb.netを読んでみる。
竹内洋岳君が東海大K2隊小松女史の登頂についてコメントしております。
いくつかの登山ブログや、珍しく日本のマスゴミも大々的に登頂マンセー状態で取り上げた小松女史のK2登頂。
高所登山に老練な竹内君らしい、高所についての厳しいかつ性格の良さが表れたコメントになっています。

Yuka Komatsu's work colleague Hirotaka Takeuchi: "A bivouac at 8200m was a risky bet - but it worked" (小松由佳は竹内洋岳の職場の同僚です。『8200mでのビバークは危険な賭けでしたが、有効でした。』) by K2climb.net

以下引用開始

日本の小松由佳は8人目のK2女性サミッターになりました。しかし、すぐに彼女は日常生活のルーチンワークに戻ります。プロの登山者ではなく、ユカは登山ギアを販売している新宿-ニシグチのスポーツ店に帰ります。
(中略)
竹内洋岳-ガリンダ・カルテンブルナーとラルフ・ドュモビッツの仲間-が遠征していない時には、ユカと同じ店で働いています。

 ビバークについてのアドバイス

ヒロは、彼女がパキスタンに発つ前、ユカと多くは話さなかったそうです。
「私はボトルネックの上部にある"厳しい三角形"について話しました。必要な場合にはビバークに適当な小さな場所であるとアドバイスしました」
「しかし、それが彼女とタツヤが登頂後にビバークした場所かはわかりません。しかし遠征以前、彼女は私が文科省登山研修所で教えた学生の一人でした。多分、K2に関する全ての情報を調べ、クライミングのために彼女を助けたでしょう。現実に、彼女は登頂しました。そして私が言えることはこれだけです。おめでとう!」

Time flies on the summit
頂上で、時間はぶっ飛んでいく。

ヒロは、8200mでビバークした後に問題なく下山したことを確認して安心しました。「多分、彼らは頂上に長く滞在しすぎたでしょう。 しかし、あそこでは、時間は飛ぶように過ぎていくんです!」
「たとえば、私がこの前8000m峰(今春のカンチェンジュンガ)を登頂した時、私は5分間頂上に立っていただけでした。しかし、私は同じ山で1998年の登山隊を覚えています。彼らは1時間頂上に留まり、そして2人のチームメンバーは下山中に亡くなりました。」

「(中略)しかし、経験だけは危険がどこにあるか、そして、どのようにそれを避けるべきか我々に教えてくれます。明らかに8200mのビバークは危険な賭けでした。私なら、完全に力を失うまで下山し続けるでしょう。しかし、誰が正常な行いが何であるかについてわかっていますか?また、それは彼らのために働きました - 彼らは生き残って、BCに生きて下にたどり着きました。」
「8500m以上の山は、一種の異なる山であることは間違いありません。登頂するために、自身を押し動かす必要があるのです。」

以上引用おわり

 さて、私は竹内君の押しかけスポークスマンでもなく、某ブログでみられる山野井泰史氏のストーカーまがいの行為に興味はないが、K2climb.netの記事に若干解説が必要となろう。
 竹内君は私と同じ遠征登山を過ごした直後パキスタンに飛び、96年の日本山岳会青年部K2登山隊で南南東リブより登頂を果たす。
 このときの僚友を、カンチェンジュンガで高山病にて失っている。
 以前、カンチェンジュンガ登頂を逃した後に竹内君に会ったとき、来年どこ行くの、の問いに対して「カンチェンジュンガ再挑戦」を真っ先に挙げていた。普段はひょうひょうとした感じの彼であるが、かつての僚友を失った山への執念はひしひしと感じられるものがあった。
 またチョモランマ北壁において瀕死の高度障害に倒れた彼ゆえ、今回の小松女史のK2登山においても、超高所に滞在することの危険性を誰よりも案じたものであろう。

 さて、当の小松女史であるが、だいぶ以前の秋田ローカル紙のインタビューにおいて、「将来はナンガパルバットに登りたい」とコメントしていたのが大変印象的でした。今後ますますのご活躍をお祈りいたします。

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