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栄光と狂気

冒険心と狂気の狭間。
その僅かな差異を探求した本が出版されるようです。

Explorers' madness  by PoughkeepsieJournal.com 10/1

カナダの登山家兼ライター兼心理学者であるジェフ・ポウターによる同書は、エベレストに挑んだアール・デンマン、北極探検のスコット、当ブログでも幾度か取り上げているクロウリーなど冒険・探検史の「変わり者」を取り上げ、冒険心と狂気の境界を探ろうとした本とのことです。
 この記事の紹介に、次の一文があります。

 記事引用開始
 人々は「ヨークシャーの狂人」モーリス・ウィルソンを敬愛します。彼は1933年、標高14,000フィート地点に飛行機を衝突させてエベレスト山を登る計画でした。
 彼の飛行機はインドで没収、しかし彼は修行者に変装してエベレストに潜入、そこで彼は抑えられない意志または自殺-冒険行為で死亡しました。
 記事引用おわり

Wilson
愛機の前のモーリス・ウィルソン。飛行機をエベレスト中腹に不時着させ、そこから登頂しようという豪快な計画を立てていたが・・・紆余曲折を経て修行僧に変装してチベットに潜入、後に遺体として発見される。

 モーリス・ウィルソンの名を初めて知ったのは、スポーツジャーナリスト山際淳司氏の「山男達の死に方」(現在は「みんな山が好きだった」の題で発売されている)。
同書は私の最も嫌いな山岳評論本である。同書の中で、山際氏はウィルソンのチャレンジ精神を高く評価していた。しかし、過去の遠征でいずれも死亡事故に直面している私にとって、山で死んだ登山家の考え方を「否定したくない」という感傷的な山際氏の主張など、私は絶対に認めない。
 
 ジェフ・ポウター氏はどのように探検家・冒険家達の心理をとりまとめるのか、原書を読破する根性はありませんが、取り上げられているのはいずれも20世紀初期の人々。
 現代からみれば狂気じみていても、当時画期的かつ合理的な探検・冒険を実行した人々の存在も忘れてはならないだろう。
 むしろ冒険心と狂気を取り上げるならば、地球の隅々まで踏破去れ尽くしたと考えられる今も尚、想像を絶する困難と危険を我が身に課して岩壁に挑む、現在の先鋭クライマーを取り上げた方がてっとり早いと思うのだが。

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コメント

 アムンゼンとスコットを思い出してしまいました。古いですね。
 どちらも狂気とは逆に緻密な計画と準備をもって南極点を目指しながら、まったく反対の結果となりました。極点に残された国旗とテント(中には食料と手紙があったそうですが)、これを見たスコットの気持ちは・・・・。
 非情とも冷徹ともいわれたアムンゼンが、後に遭難した探検隊救助に向かい二重遭難。ついに見つからなかった。「探検家はベッドでは死ねない」ということですけど。
 "赤いテント"という映画、レッド・テントのタイトルでDVDになっているようなので、もう一度見てみたくなりました。
 その上のチベット難民の記事。共産主義も独裁も、個人的にキライです。人を縛りつけ苦しめる、奴隷階級と貴族階級だけの社会じゃないですか。 

投稿: かもめ | 2006.10.03 15:24

「赤いテント」とはまたクラシックな。
検索すると「SOS北極レッド・テント」なんてハリウッド風なタイトルになってしまってますね。
 昨年だか一昨年だかはシャクルトンが日本のビジネス雑誌等でやたらともてはやされてましたが、探検家のオイシイとこ(人)だけ取り上げる出版社も商売上手です。

 チベット社会も実は「奴隷」「高僧」と結構な階級社会なんですが、インド側の亡命政府との関係は今世紀中に解決するのか、私は悲観的に見ております。

投稿: 聖母峰 | 2006.10.03 18:04

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