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主婦は偉大なり ジュリー・チュリス、その生涯

お隣韓国の韓国日報紙は、一般紙にしてはかなりコアなクライマーを取り上げ、記事にしている。
今回はイギリスの女性クライマー、ジュリー・チュリス。
K2の「ブラックサマー」で亡くなった方である。
日本での紹介例は少ないので、ここで全文紹介したい。

以下記事引用開始
[山そして人] <32> ジュリー・チュリス by 韓国日報10/4

立派な主婦と同時に登山は不可能?
障害を持つ夫の面倒を見て生計をたてて・・・30代後半から高所登山、山岳映画製作者として活躍

 ジュリー・チュリスが1986年、登頂後に亡くなったヒマラヤ K2の雄大壮厳な姿。
 妻として、母として、社会構成員として模範的な姿を見せながらも最高の登山活動を行った、偉大な女性登山家である。
 登山家は概してエゴイストだ。山に関わって家長としての役目をなおざりにして、いつも生と死の崖っぷちを歩いていれば、特に家族達から良い声は聞きにくい。男性たちの場合もそうなのに、まして家事を担う女性たちの場合はいかばかりであろうか。彼女たちは時々、山と家庭のうち一つを選ばなければならない、残酷な岐路に立つよ
うになり、仕方なく登山を選んだ結果、家庭に背くようになる場合が大部分だ。私の周辺にも、このような葛藤にぶつかって悩む女性登山家たちは多い。
 彼女たちが辛さを吐露して来る時、私がいつも思い起す人がまさにチュリス(1939~1986)その人だ。

K23遠征中のチュリス近影

 一体、一人の女性が立派な妻であると同時に慈しみ深い母、社会構成員として他の人々の模範になる同時に、登山活動でも世界的水準に到達することが可能な事か?
 理性的に判断すれば不可能だ。しかしジュリーはやり遂げた。

 イギリスで生まれ、アマチュアクライマーだったお姉さんと共に岩壁登山の世界へ入ったのは17歳の時。感受性と美貌を備えた少女クライマーは、すぐ恋に落ちた。イギリスの主要な岩場で、まるで約束でもしたかのように出会う青年クライマー、テリーが初恋の相手だった。ジュリーはテリーと20歳の時に結婚、二人の子供を生み、食料品店と登山用品店を経営して、青少年たちのための登山教室を開き講師に活動する、素朴な生活だった。
「たとえ貧しくても、幸せな時代だったんです」
20代のジュリーは花嫁と同時に幸せな母だった。少なくとも、テリーが交通事故に遭い左足に深刻な障害が生ずるまでは。

「初めはもちろん絶望しました。でも最初だけ。すぐに平常心を取り戻しました。とにかく生計を立てて行かなけれ
ばならなかったし、私は彼を愛してましたから」
障害を負った夫のため、ジュリーの献身はまことに感動的だ。
彼女はリハビリ治療に役立てるために、東洋伝統武技を習って自ら主人を教え、良い訓練だったと回想している。店の経営も熱心に進め、子供を皆育てあげた。一歩進んで夫と一緒に住んでいた地域のため、自分ができる最善の慈善活動をした。
「当時主人と一緒に一番熱心にした活動は、不良青少年を善導して障害青少年たちにクライミングを教えていたんです。そんな活動は彼らを順化させただけでなく、自分にも大きな勇気を与えたんです」

 ジュリーの30代はこうして過ぎ去った。真の勇気と献身的な愛がなかったら不可能な事だ。しかしこの時まで彼女は無名の登山愛好家に過ぎなかった。彼女が家庭という狭い巣を脱して世界の山岳界に飛躍したのは、驚くべきことに30代後半に至ってからである。
 「子供達が成長したからです。ありがたく皆立派な大人に育ってくれました。」

 1977年になると彼女は相変らず障害は残っているが、かなりの動作ができるようになった夫と一緒にアンデス登山に行く。ペルーのピスコとワスカランに登頂した。
 1980年は彼女の人生で一つの分岐点になる。ご主人と子供達を皆イギリスに残しておいたまま、一人きりで6週間のアメリカ旅行に出たのだ。目的地はもちろんカリフォルニアのヨセミテである。彼女はこの時 40歳に近い年齢にもかかわらず、古典的なビッグウォール46本を登攀して気炎を吐く。すべて、以前20余年の間一日も欠かすことなしに磨いたクライミングの腕前によるものだった。

 世界の山岳界への本格的デビューは1982年のナンガパルバット遠征を通じてである。当時彼女の引き受けた役割は登山隊員ではなく、撮影隊員だった。不本意な役を引き取らなければならなかったが、主婦時代、ご主人
の趣味を助けるために学んだ写真と撮影技術が発揮された。彼女はこの遠征を通じて、以後自分の一番頼もしい登山パートナーとなるオーストリアの登山家クルト・ディエムベルガーと出会う。ジュリーとクルトはこの時撮影した山岳ドキュメンタリー映画 ‘ディアミール’でスペイン国際山岳映画祭で最優秀作品賞を受賞、その余勢を駆ってフランスとイタリアでも賞の栄誉に輝いた。無名の家庭主婦が世界最高の山岳映画製作者として羽ばたいたのだ。

Julie_1クルト・ディームベルガーと(ご主人のテリー氏撮影)

 以後彼女はヒマラヤ登山と山岳映画製作で輝かしい活躍を見せた。1983年イタリアK2隊、1984年スイスK2隊、1985年イギリスエベレスト隊とオーストリア・ナンガパルバット隊、1986年の国際K2隊の様子が彼女のカメラで撮影された。1984年にはブロードピークに登頂、1986年にはK2に登頂した。

 しかしそこまでだった。
 彼女は1986年のK2から戻ることができなかった。ヒマラヤに通い始めわずか5年。
 自分のすべての夢を広げるには、あまりにも短かった期間だ。しかし死の瞬間に後悔した様子は無い。彼女はいつもこんな事を言った。
 「人生は多くの夢で成り立っている。そうではなければ何の価値も無い」

(中略)
 1983年、イタリアK2隊に参加した時の事だ。
 彼女はイタリアの放送局に依頼された山岳ドキュメンタリー映画製作のため遠征隊に参加した。彼女とクルトはノーマルルートを通じて頂上に向かい、7,900m地点でビバークした。
 幾千もの峰が赤い夕陽の中で黄金色に輝く光景を、その感激を永遠に忘れることができないと言った。
「それは偉大な芸術作品だったんです。私自分も、その芸術作品の一部になってしまったようで本当に慌惚としました。」
 芸術家ジュリーの姿をよく現わす言葉だ。
 もしこの時K2登頂に成功していたら、ジュリーの人生も違うように展開されたかも知れない。彼女とクルトは8000m付近で20時間、暴風雪に閉じこめられ、登頂をあきらめた。以後 K2はジュリーにとって「必ず登りたい山」になった。
 1984年に一度失敗した後、1986年に遂に登頂したが、'帰らざる山'になってしまったのだ。
 ジュリーは自分の表現そのまま、「巨大な芸術作品の一部」として、永遠にその場所に眠っている。

以上引用おわり

 私にとってジュリー・チュリスの存在を知ったのは、まさしくK2ブラックサマーの遭難記事をリアルタイムで読んだときだった。
 ブラックサマーとは、86年夏に発生した先鋭登山家達の大量遭難を指す。その多くは、アルパインスタイルで頂上直下に迫ったところで悪天が襲来、アラン・ラウスら一流の登山家が「衰弱死」という悲惨な最期を遂げた一連の遭難である。
 記事中にある「東洋伝統武技」とは合気道であり、チュリスは黒帯、このK2登山でもベースキャンプで合気道の型を行い、精神を集中させて挑んでいた。袴姿のチュリスの写真が最も印象に残っている。その合気道との出会いが、旦那様のリハビリのためとは、今回の記事で初めて知った次第である。
 男性の私が読んでいても、社会人で山を続けている者なら勇気づけられる記事である。
 改めて故人の冥福を祈りたい。

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コメント

うーむ
サラリーマン生活。
組織変更で泣く子も黙る?(次々と部下がやめる移動する)上司の配下となってしまったこのワタクシ。このような女性のお話には「憧れ」の言葉しかありません。

つまるところ
強くしなやかであることこそが一番であり、
優しさと楽しさを忘れずにいることが
実は一番の元気の素なんだろうなーと思います。

守るものは年老いていく家族。自分もちと守られてみたいなどと甘えの心がもろばれなワタクシ。深く反省して日々精進しようと思います。苦笑

投稿: POP | 2006.10.08 23:35

re:pop様
<<強くしなやかであることこそが一番であり、
そうなんですよね。
でも、なかなかそうなれないんですよねー。
最近、周囲でメンタル系でつまずく方が幾人かおりまして・・・
元気の素ってなんだろうと考える日々です。

投稿: 聖母峰 | 2006.10.09 08:56

メンタルなことにいたる要因をつぶす
回避する、かわす、スルーする。
こういうのがしなやかさかと思います。

私の周りもメンタルでつぶれる男性多数。つーか私紅一点なんですがね。苦笑
優しい真面目な人ほどこの要素は高いと思うこのごろです。

私の場合は自然にスイッチが入るので、「戦う」という男前っぷりを発揮してしまい、あとでどっと疲れますが、「あやつとまともの関わるのはよそう」と思っていただければこれ幸いかな。などと牙を隠しているときにはといでおこうと強く思うのでした。。涙

投稿: POP | 2006.10.09 20:48

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