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山と渓谷84年11月号 ~昔の自分に出会う~

行きつけのBookOffに80年代の山渓が並んでいた。
偶然、84年11月号を見つける。105円で即購入。
ここで「偶然」と表現するのは、この号は私が登山を志したきっかけであるからだ。
今までヤフオクなどで探し求めていたが、この号は欠番になっていたり、私にとって幻の号であった。
特集は「新田次郎の世界」である。
巻頭に新田次郎の代名詞ともいえる冬富士、そして次のページには見開きで故・岡田昇氏による暗雲たちこめる悪天下の北鎌尾根の写真。
この号を読み、新田次郎の影響を受け、当時中学生の剣道少年だった私は登山に目覚めたのであった。
新田次郎について、作家であり妻であるふじわらてい氏による、こんなくだりがある。
山行の前夜は枕元にきちんと山道具を並べる新田次郎。
奥様が装備にさわろうとすると、こう言ったという。

「さわるんじゃない、神聖だ。」

普段散らかしっぱなしの私は猛省です。
過去を懐かしく振り返っても別に意味は無いことは承知の上であるが、この号を手にしたとき、登山をやってみようと思い立った時の事が明瞭に思い出される。
84年11月号は、そんな特別な山渓誌である。


この号には後日談がある。
新田次郎特集の中で、小説「栄光の岩壁」のモデルとなった登山家芳野満彦氏が新田氏の著作をこう評している。
『(中略)モデルのくせにくそみそにけなしますよ。(中略)・・半分以上がうそだと、いい迷惑だと、事実はこうだったと。(省略)』
このコメントに激怒したのが、山岳小説に影響を受けた作家の森村誠一氏。
森村氏自身のエッセイ集の中で、芳野氏を匿名としながらも、小説にとりあげてもらった恩義を忘れ何たる暴言、と怒っていらっしゃった。
森村氏の生真面目さが伝わるような一文である。
私は学生時代、森村氏の出身地である埼玉県熊谷市に二年ほど住んでいた。
熊谷市立図書館には森村氏が寄贈した文庫があり、氏がただの大衆小説作家ではないことを感じさせられた。

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コメント

新田次郎
藤原てい
両者とも心に残る作品を読みました。
妻の「流れる星は生きている」は圧巻でした。
夫の「銀嶺の人」に心いやされ、そんな友人がほしいものだと願い、「栄光の岩壁」にはその緊迫感伝わる描写にひきこまれたり。基本的に好きな作家ですがまさかそんな風になっているとは思いませんでした。モデルとは聞いていたがあくまでモデルで、難しいものですな。

芳野満彦さんの絵を以前みかけて驚いたことがあります。
穏やかさを感じました。
あーこんな絵を描く人なんだーって

だけどやっぱり私は新田次郎は好きだなあ。
(恋愛ものが下手だという話だが。笑)

投稿: POP | 2006.11.21 13:04

本文の補足になりますが・・・
新田次郎を有名にしたともいえる、「チンネの裁き」などの「山&悪人&悲劇」ものは読んだことがありません。
孤高の人とか栄光の岩壁とか、「痛快さ」を求めてました。

<<(恋愛ものが下手だという話だが。笑)
下手と言いましょうか・・・
でてくる女の人、必ず「白いセーターが似合う」女性ばっかり。
たぶん作者本人の好みなんでしょうね。

<<あーこんな絵を描く人なんだーって
新田次郎つながりで芳野氏の著作も読みましたが、たしかにいい絵ですよね。
以前の山と渓谷誌では、小林泰彦氏の太いペン画も好きでした。

投稿: 聖母峰 | 2006.11.21 17:08

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