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山は墓標たりうるのか

先月中旬からインドの鋭峰チャンガバンで消息を絶っていた、メキシコのクライマー2名の捜索が打ち切りとなりました。

El lunes suspenden la busqueda de los alpinistas mexicanos by laaficion 11/7
(月曜をもってメキシコのクライマーの捜索打ち切り)

メキシコ登山界の大御所、カルロス・カリソリオに率いられた登山隊でしたが、20代の若きエースクライマー2名が行方不明という悲劇に終わりました。
記事において、カリソリオは捜索打ち切りについて、このように語っています。

『我々クライマーがどこで死にたいかを選択するならば、人混みの街中よりも山を墓所に選ぶでしょう』

西堀栄三郎作詞の雪山賛歌を彷彿とさせる言葉です。
もちろん、捜索には多額の費用と多大な危険にさらされるいう、現実的な問題もあるのですが。

Changa1_sチャンガバン遠景(98年米露合同隊サイトより引用)

山を墓標とする。
でもやはり、登山は生きて帰らなければなりません。
メキシコのアンドレス・デルガドとアルフォンソ・デ・ラ・パラの両氏よ安らかに。

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