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あの人は昔 ワンダ・ルトキエピッチ

中国のアウトドア総合サイト中国戸外資料網で、ポーランドのワンダ・ルトキェビッチを取り上げている。
タイトルは『永遠のワンダ 史上最も偉大な女性登山家』

Rutkiewicz
ワンダ・ルトキェビッチ近影

中国戸外資料網の記事は中国人の筆による投稿。
しかし、私はこのタイトルには大いに異議がある。
もちろんその足跡は素晴らしく、「偉大な」と冠詞が付くにあまりある経歴である。
  1970 レーニン峰
  1972 ノシャック峰
  1973 アイガー北壁
  1975 ガッシャブルム3峰
  1978 マッターホルン北壁
     エベレスト (女性第3登)
  1979 グランカピュサン東壁、ドリュ西壁
  1985 ナンガパルバット
  1986 K2
  1987 シシャパンマ
  1989 ガッシャブルム2
  1990 ガッシャブルム1
  1991 チョーオユー、アンナプルナ
  1992 カンチェンジュンガで行方不明となる

女性高所クライマーの先駆者としての想像を絶する苦労もあったと思われる。
しかし、である。
マカルー北西稜で登山を共にした故・大西宏氏の話を伺ったところでは、登頂には「手段を選ばない」傾向があったようだ。
何より92年、無理を押したアタックによりカンチェンジュンガで行方不明となった最期は「痛々しい」といえる。
エベレストに「女性」第3登を果たしたワンダ・ルトキェビッチ。
女性初登の田部井女史、第2登のパントグ女史はいずれもその後、社会活動に力を注いでいる。
はっきり書く。
ワンダ・ルトキェビッチは「8000m峰14座登頂」という名誉欲に囚われて死んだ。
それゆえに、私は「最も偉大な」というタイトルには疑問符を付けざるを得ない。
人の死に軽重はありえないが、その素晴らしい足跡をもって、さらに女性クライマーの先導を果たしていれば、登山史もまた変わっていたのではと思う。

その墓碑銘は
Do not stand at my grave and weep; I am not there, I do not sleep. I am a thousand winds that blow.

千の風となり、ワンダ・ルトキェビッチはカンチェンジュンガに眠ったままである。

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