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サダム・フセイン死刑執行に想う

サダム・フセイン死刑執行。

或るブログにとても印象的な言葉が掲載されていた。
『勝者が歴史を綴る。何千年も繰り返されてきた因習をIT時代の我々が繰り返す必要は無い。』

なぜか日本のマスコミは華麗にスルーしてますが、(我が家で購読している読売は小コラムで柳沢という記者が小さく取り上げていましたが)、クルド人の婦女子に対して大量破壊兵器(化学兵器)を用い虐殺した行為を法的に裁く機会は無くなってしまったといえるでしょう。
私はこの点をもって、死刑は早急にすぎたと考えています。

さて、中山千夏女史や中山女史を支持する一派を始め、死刑制度反対の左翼勢力の皆さん。
中には「ブッシュはどうした?」とブログに書いている方もおられるようですが、死刑制度反対のはずの左翼の皆さんはブッシュ大統領を死刑にしたくてたまらないようですね。
何より、そこまで「国家の殺人=死刑」「勝者の裁判」と表現するのなら、左翼の皆さんは今後絶対に靖国参拝を批判しないように。
ぜひその死刑反対の姿勢で東京裁判の非も訴えてくださいな、左翼の皆さん。

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