人を呪うということ
不特定多数の方々が読まれているブログでこういう事を書くのはある意味危険かもしれませんが。
私は人格者でもなく、かつ誰もが陥る可能性がある現象と思っているので書いてみます。
時折、職場の人物に対して「死ね糞野郎」と 心 の 底 か ら 願 う 時があります。
そういうネガティブな心境の場合、その反発として自己嫌悪に陥り心療内科からもらう薬の服用量も増えちゃったりなんだりします。
はっきり、藁人形でも近所の神社のナラの木に打ち付けたいほど。
私のわずかなオカルトの知識では、日本では「呪う」という行為を実行した場合は自分に不幸が返ってくる、というのが一般的なようです。西洋の黒魔術あたりはどうか知りませんが、そういう「戒め」がある点では、日本はずいぶん健全な気がします。
実話として、神社を管理されている方のお話、「丑の刻参り」を実行している人物を目撃した談話を読んだことがあります。とても印象に残っているのは、丑の刻参りの行為の恐ろしさそのものより、五寸釘を打ち付けている人の形相が「もはや人間ではなかった」とのこと。
負の感情がいかに人間を歪めていくのか、という事を教えてくれる目撃談でした。
この談話が頭の中にあり、「せめて人間でありたい」という気持ちがあるので、性格の陰湿な私でも丑の刻参りを実行するに至っていません。
育児でもそうですね。
基本的に「登山あっての自分」と信じているので、育児等々で山に行けない時期が続くと
「なんで自分の人生犠牲にする必要あんのかよー」
と、子供に対して怒りと憎しみのマイナス感情でいっぱいになることがあります。
態度に現れたり、時には妻に正直に話してガス抜きするわけですが。
こればっかりは、ベストセラーになった育児書が、自分の負の感情を肩代わりしてくれるわけはなく、自分で直面し自分で処理するしかありません。
息子と娘が大きくなるまで、この繰り返しでしょうか。
ただし時折、北朝鮮の金正日とか、散々儲けた挙げ句政治献金するとかほざいている銀行頭取とかに対して「全国一斉丑の刻参りの日」とかあったらぜひ試してみたいと思ってますが。
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