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シーク教徒軍のアメリカ人

ここしばらくブログ更新を忘れ、大地と戯れる日々
世間一般では、 現 場 仕 事 というらしいが。

ネットのメディアを拝読していると、たまーに歴史に埋もれた人物の記事を見かけるわけでして。
シーク教徒(頭にターバンでおなじみですね)専門のメディアサイトにこんな人物が紹介されていました。

Scottish American Mercenary of Ranjit Singhs Army by SikhSangat.org1/21
(ランジット・シン軍のスコットランド系アメリカ人傭兵)

日中戦争前夜、いわゆる「大陸浪人」や信仰心厚い僧侶らがそれぞれの想いでチベット・ヒマラヤ奥地に潜入していったわけですが。
当然、日本人だけというわけではありません。

Usapgardnerpアレキサンダー・ガードナー近影

今回「傭兵」として紹介されているアレキサンダー・ガードナーは、アメリカ本国では南北戦争に前後して活躍した従軍カメラマンとして知られています。
1821年スコットランド出身、1856年春にアメリカ合衆国に移住。
彼の真骨頂はアメリカ移住前のアジア放浪にあります。
アフガニスタンのカブールで傭兵として血で血を洗う抗争を戦い抜き、後にインドで砲兵隊に加わります。
その時の写真が上記リンク記事に掲載されているターバン姿と推定されます。
これらの過酷な生涯の間、パミールやヒンズークシュ、西ヒマラヤを探検したとのこと。
同時期、ナンガパルバット周辺を探ろうとしていたヨーロッパの探検家が斬首刑に処せられたことからしても、当時の西アジア~西ヒマラヤは政情不安定な地。
厚い信仰心でチベットを目指し、帰らぬ人となった僧侶がいる一方、傭兵という人を殺める職業に就きながら、余生を静かに送り長寿を全うしたアレキサンダー・ガードナー。
人生の皮肉というべきか、それなりに生き延びる術を知っていたということか。

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