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炭焼研修

日本広しといえど、スティーブ・ハウスの講演聞いた翌週に炭焼作業にいそしむ人間は私くらいのもんではなかろうか?(意味のない想像)

私が所属するNPO法人エコプロから炭焼作業のお声がかかり、参加を決める。
ブナ林ガイドコースで原生林・二次林の解説で炭焼きに触れる場所がある。
炭焼き小屋は何度も身近に見ているが、実際に作業に加わったことはない。
また、かつて「山と渓谷」がまだ登山者のための雑誌であった頃に朝日・飯豊連峰特集があったが、その民俗に関するレポートが秀逸だった。
炭焼きの煤で真っ黒な顔の男のポートレートが強烈に印象に残っている。
かように、朝日連峰を語る上でも炭焼体験は積んでおこうと思った次第。
炭焼きのイロハも知らないので、事前に遠藤ケイ氏の著作で知識は仕入れておく。

そして日曜日、西川町吉川地区炭焼保存会の作業に従事させてもらう。
Su1炭焼小屋全景

Su2小屋内部 左側には沢水が導水され、洗い場になっている。炭焼きで使う道具の冷却場にもなる。右中央に真っ赤に見えるのが炭焼き窯。21世紀の炭焼き小屋には電子レンジも完備(笑)

Su3今日の作業は、既に火入れされた炭(白炭)の取り出し。赤く光る炭を窯からかきだす。窯の中は約1000度。かきだす作業はひたすら「熱い」!!

かきだした炭に、土と炭の混じったものをスコップでふりかけ「あら熱」を取る。激しく白い蒸気が舞う。
炭のかきだし→スコップでふりかけの作業の繰り返し。
その背後で、

Su4炭の選定作業も始まる。白炭を全てかきだした後に入れる薪割も始まる。複数の作業が同時進行し始め、遠藤ケイ氏言うところの「灼熱地獄」のような慌ただしさになる。

白炭を全て取り出した後、窯の温度が下がったのを見計らって次に炭にする薪を入れる。
1m長のミズナラを割ったものを窯に入れる。
窯の中はまだ数百度の温度。
当然、中に入れないので、さすまたを小型にしたような用具で器用に薪を立てていく。
この作業もやらせてもらったが、窯の中にぎっしり詰めにするため薪をなるべく垂直にたてるのが難しい。5本ほどたてたところでへとへとになる。

Su7窯の中に薪を詰め、しばらく燃やして火入れした後、蓋をして粘土で密封。窯に用いられている石は大谷石とのこと。

Su5ひたすら楽しみにしていたお昼(笑)
はっとう(蕎麦粉を練ってお湯に入れ、団子状に茹でたもの)です。

Su6ご馳走になった「はっとう」。納豆やクルミだれ、めんつゆでいただきます。そば湯も濃厚で美味しいです。
白炭を冷却するときに一緒に焼いたジャガイモの旨さも実感。皮ごとかぶりつく。
遠赤外線効果って、ほんとにあるんだね。
濃密な人間関係の中、薪の燃える臭いの中でいただく食事。
年長者を敬い、年少者は洗い物などテキパキ動く炭焼き保存会の皆さん。
山の生活というものを、あらためて考えさせられます。

Su8炭焼き窯の背後、木酢液の採取状況。試しになめてみるとやはり酸っぱかった。

Su9木酢液採取時に取れるタール。私のガイドネタですが、「正露丸」の原料はブナのタールなんです。

炭焼きに用いる木材は、樹齢20年くらいの若い木の方が身が詰まっていて良いらしい。
近年は里山に人の手が入らなくなり、樹齢の老いた木がほとんど。
樹齢の老いた木、すなわち太い木は炭にしてもスカスカな炭になる。
里山という、人と自然の共存形態を実感する。
何より、炭焼きという作業の重労働なこと。
今は重機や油圧の薪割機、チェンソーがある。エネルギー革命以前、石油が大量消費される以前の時代、家族総出で炭焼きしていたという時代はどうだったのだろう。
その過酷な仕事・生活を想像するに、かつて山に生きた人々に、超人的なヒマラヤ登山とはまた異なった「尊敬の念を越えるもの」を抱かざるを得なかった。

炭焼き作業体験に際しましては、山形県西川町吉川地区炭焼保存会の皆様に深く感謝申し上げます。
NPO法人エコプロの炭焼作業レポートはこちら

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