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リスクマネジメント

職場にて、所属部署の存続を揺るがしかねないトラブル発生。
現場管理部門と現場作業班関係者全員集まってミーティング。

責任追及の場になりがちなものだが、ウチの部のヘッドは02年サッカーW杯の際、あのベッカム擁する英国チーム日本滞在のマネジメントを引き受けていた切れ者。
「問題はそういうことじゃないんだよ、これから同様のトラブルを防ぐための意見を出せ」
「トラブルの陰に必ず気の緩み、ひいては普段の業務に要因が隠れているはず、問題点を抽出しろ」
と、贅肉の存在を許さない本質を追求する話し合いの場となる。
こういう場って、つくづくリストラ寸前社員の自分の機転の悪さと普段の観察眼の無さを思い知らされる。

ひるがえって思う。
山岳遭難事故の陰には、その要因となるような小さいミスが積み重なっている。我々は事故そのものに目を奪われがちで、遭難事故の予兆ともいえる「小さいミス」の抽出の努力がまだまだ足りないのではないか・・・と。
たまに山に赴く趣味の登山者はともかく、山行頻度の高い山岳ガイドならなおさら普段の行動に自戒・自覚しなくてはならない。
そんなことを思うのであった。
(肝心の仕事は?まあリストラ寸前社員ですから。)

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こんな感じで

Pt03おしごとちゅう。

更新はさらにのんびりペースになりますのでご了承の程。

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みちのく一人旅

久々にレースに出場。
第17回チャレンジ磐梯吾妻スカイライン ウルトラマラソン

当ブログで書いているように、もともと私は自然案内・インタープリター志望ですが、ブナ林ガイドやツアーガイドばかりだと「いいひと」だけでおわりそう。
高所登山に必要なアクの強さというか、闘争心といったものが萎えてくるような気がしてならない。
それにレース特有の緊張感とゴール後の充実感が好きだ。
だから数年前までは10kmマラソンやトレイルマラソンに好んで出場した。
釜石国際トライアスロンで腰を痛めて以来、
 運動止める→太る→ますます動けなくなる
の悪循環からまだ脱していないけど、かねてから注目していた福島CKC(クレージートライアスロンクラブ)主催のチャレンジ磐梯吾妻スカイラインにエントリーしていた。
競技は70kmマラソンと30km徒歩の部に分かれる。
アスリート系ではない、本来おしとやかな性格の私はもちろん30km徒歩の部にエントリーであるよ。

27日夜中の1:30に自宅を出て、3:30会場の高湯温泉に到着、車内で着替えとテーピング、4:00に選手登録を済ませる。
4:30開会式。70kmマラソンには86名、30km徒歩には27名参加。
5:00スタート。無機質な号砲ではなく、スタッフ女性の掛け声でスタート。私好みの、アットホームな大会である。
あれ?
青地に数字のゼッケン、30km徒歩の部の選手も軽快に走っている・・・
え~
みんなずるいぞー
徒歩の部って歩くんじゃないのかよ~
私もつられて走り出すが、先は長いと思い直し、ひたすら早歩きに徹する。
コースは標高差約1000m。
しばらくすると大部分の選手は先行し、私だけ みちのく一人旅状態 である。

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やがてコースは吾妻小富士周辺の荒々しい火山地形となる。

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吾妻小富士を目前に、風景は日本離れしたものになる。
憧れていた、海外辺境地のアドベンチャーレースみたいでワクワクしてくる。

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「火山性ガス注意 この付近では駐停車しないでください」
ランナーはどないせーちゅーねん。
(注・大会ルールでは火山性ガス地帯では立ち止まらず走り続けるよう明記されています)

折り返しの浄土平に近づくにつれ、立っているのもやっとの強風。
浄土平のエイドであんパンを囓り、小用を済ませ、復路にとりかかる。
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延々と続く復路を見渡しても、自分以外誰も視界に入らない。
みちのく一人旅はまだまだ続く。

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最後の5kmが無限に思われるくらい長く感じる。
思わず見上げた、木々と空の風景↑

復路で1人追い抜き、逃げ切るためジョグでひたすら降り続ける。
やがて硫黄の臭いがする頃、木々の間にゴールの高湯温泉が見えた。
前にも後にも誰もいない、静かなゴール。

ゴールでは福島CKCのスタッフの方がタコ焼きを焼いて待っていた。
長時間の運動の後いきなりタコ焼きかよ・・・とスタート前は思っていたが、これがなかなか美味い。
素直に口に入る。結局しっかり8個食べた。
暖かいゆえ、疲れた内蔵に合うのだろう。
その後は水分補給に努め、公共浴場「あったか湯」で体をほぐす。
毎回思うけど、陸上レースやトライアスロンに集う女性って年齢問わず、ビューティフルとはいわないまでもキュートな人が多いよな。溌剌としているからかな。
今度結婚するときはアスリート系の人を捜そう。(問題発言)

最後に、素晴らしい本大会を運営されている福島CKCスタッフおよび関係者の皆様方に、深く感謝申し上げます。

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日本人トリオ、アラスカで活躍

イチムラフミタカ、サトウユウスケ、ヤマダタツロウの3人組がアラスカで大活躍の模様。

Trio of Hard New Routes in the Ruth by Climing5/23

画像で見る限り、素晴らしい「ライン」ですね。
私が最初にこの情報を知ったのはイギリスの登山サイトUKclimbingに「日本人トリオ」として小さい画像が掲載されていたのですが、すなわちヨーロッパ各国にも成果が知れ渡っていることでしょう。
情報発信はクライマーの山田達郎氏自身によって配信された模様。
登った本人が自ら情報発信。
ますますロクなんとかいうカルト雑誌の存在意義は薄れていくのでありました(笑)

しかしこういったクライミングの成果、日本の馬鹿マスゴミも少しは取り上げてほしいなあ、7大陸なんとか記録とやら大々的に報道するんだったらさ。
この前偉そうに「先鋭的なクライミングはなかなか表に出ない」とか登山ネタとりあげてた左翼偏向毎日新聞はどうしたよ?

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ナジール・サビール、シアチェン氷河問題を語る

久々にK2climb.netを拝見したところ、パキスタン登山界の重鎮ナジール・サビール氏がシアチェン氷河問題に言及。

Nazir Sabir on Pakistan's situation: "I hope for an accesible Siachen Glacier in the future" by k2climb.net5/25

以下記事引用開始
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ナジール・サビール氏語る「将来的にシアチェン氷河へのアクセスを望む」

パキスタン観光担当大臣の強制的辞任を含むパキスタンの最近の政治的な不安は、同国を訪れる登山者にどのような影響を及ぼすか懸念されています。
ナジール・サビール(同国の最も有名な登山家でパキスタン山岳会理事長)も登山者に起こりうる問題を予見できないところです。

「2007はパキスタンの総選挙の年です。政治活動とデモなど、民主主義のために努力する多くの国と同様、いくつか政治的な混乱はありえます」と、サビールはExplorersWebパキスタンのKarrar Haidriに語りました。
(中略)
彼はパキスタンは従来どおり安全であると語り、今まで以上に、新たな訪問客を待っています。

Siachen氷河の上で平和公園を望むこと

パキスタンを訪れる登山者は同国および観光省にとって非常に重要です。そしてナジール・サビールは自国の山々をPRしてきました。彼はインドの登山家と協力して、シアチェン氷河に「平和公園」の開発を望んでいます。この平和公園は、両国からアクセスできます。
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以上記事引用おわり

シアチェン氷河に関する話題は時折チェックしておりますが、まだまだ政治的な難問山積みといったところでしょうか。
今回のパキスタン・インド両国からアクセスできるという画期的な構想が実現すれば、シアチェン氷河一帯の山々も一気に解放されるという登山者だけの問題だけでなく、印パ両国にとっても大きなステップだと思います・・・難しいだろうけど。
 「旅行人」あたりには時折カシミール周辺の情報が伝わってきます。プータローでヒマなパッカーには一度訪れればそれでいいでしょうが、登山者のみならず地元住民に望まれるのは恒久的な和平であります。
 カシミールなんざ、インド発信のネット情報ではまるでリゾートパラダイスの如く報じられていますが、現実は銃撃・誘拐・レイプ・テロの報道が絶えてない訳でして、平和公園の実現はまだ遠い道のりと思われます。
 
 選挙を経て選ばれていない経緯があるとはいえ、ムシャラフ大統領は周辺のアフガン・イラク戦争を巧みに乗り越えていた有能な政治家だと私は考えていますが、ここ最近になって治安悪化の報道 だ け が 日本に伝わっており、かなり憂慮されます。
 
 あ、それから貧乏人の私にはパキスタン行きの航空券もちっと安くなって欲しい。

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Your song

今週はずっと現場仕事。
数年前まで「岩井法」とか統計学の本ひっぱり出してデスクワークの日々だったのとはうってかわり、そこは清く正しく美しい地方の建設会社に勤めるサラリーマン、生きるためには犯罪以外何でもやります。

おとなり仙台まで毎日4tクレーン車引っ張って行くのだが、大型車に慣れてない私はこれがまた神経使うのだよ。

4t車はおてのものの作業班T君の運転ぶり↓
20synchroad20warrior20fly_1

4tトラック初心者の私の運転ぶり↓
Drivingmissdaisy

今週は、ずっと昔若かりし頃聞き入った曲を聞く。

Your song (You tube 注・クリックすると音が鳴ります)

How wonderful life is while you're in the world
若かりし頃と異なり、今は子供がいるので無茶もできなくなりましたが(たぶん)

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風雨のブナ林ガイド

Imgp0089

日曜日。
幾つもの低気圧が接近して、山は雨と風。
雨は大したこと無いのだが風が強い。
横殴りの雨の強弱が、揺れるカーテンのようにも見える。
こんな日にお客様は来るのだろうか・・・

残雪のブナを求め、多数の写真愛好家達が博物園を訪れる。
しかし、ガイド依頼者は無し。
カウンターに詰めていると、「この天気じゃねえ・・・」と山に行きたそうにしているのに、空模様で断念する訪問者を幾人か見かける。

私は午後から旅行社バスが連れてくるお客様2名を案内することになった。
こんな悪天時に、どんなお客様が来るのだろう。
いつもなら緊張ばかりしている私が、今日は何故か気合いが充実、バス到着20分前には雨具の完全装備で外をウロウロ歩き回る。
到着したお客様はこの悪天時にウインドブレーカーに傘の中年女性二人組。
登山用ローカットシューズの女性には有料の貸し長靴を履くように奨め、もう一人の女性には私の予備の雨具ズボンを貸す。
さらに念のため、ガイド装備に私のお古の雨具を入れておく。

さあ出発。
私のボソボソとしたガイドトークから始まり、お二人の内一人は日本百名山達成者、もう一人も自然大好きな方らしい。
悪天にも関わらず、ブナの様子やムラサキヤシオ、タムシバの花に感激の様子。
残雪のブナ林をそのまま楽しめる人たちと判断、とって付けたような歴史に関する話題は割愛し、「素のまま」のブナ林を案内する。

Imgp0091
残雪の上は「雪もみじ」まっさかり。

下見でエゾエンゴサクを確認していた石跳川沿いのルートは雪の状態が悪く、残念ながら本日は案内できず。
帰りのバスが到着する時間に余裕をもって博物園に帰着。
悪天にも関わらず、自然好きなお客様に救われた格好だった。

しかし時折考える。
様々なインタープリターの手法はあれど、自然の姿に素直に感激している人に対して、第三者の言葉は必要なのだろうか?と。
諸般の事情で今春のブナ林ガイドは今日が最後なのだが、充実した一日でした。

Imgp0092
博物園に向かう途中に咲いていたリュウキンカ。

月山が花々に包まれる頃、私は山形を離れる予定です。

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国家を背負って頂を目指す女たち ~チベット族・桂桑(グイサン)の場合~

そのメンバーを圧倒的に高所に強いチベット族が占める中国の国家登山隊。
やはり個々人の経歴にはそれなりのドラマがあるようです。

桂桑:チョモランマ峰に二度登って by 宁海新聞网5/19
以下記事引用開始
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 桂桑(グイサン)はごく普通のチベット族の女性で、やせほそった体つき、黒い顔。
もし街角で彼女を見たならば、彼女が我国初の2度チョモランマに登頂した国際級の優秀スポーツ選手にはみえないでしょう。
 1957年、桂桑はチベットのシガツェ・南木林県、普通のチベット族の家庭に生まれました。
 偶然のめぐりあわせで18歳の桂桑は軍に入り国家合同訓練隊に入隊、この時から30年余りにわたり職業的登山家の生活を始め、チョモランマ登頂を夢見ました。しかし理想への道は順調ではなく、彼女は辛抱強く15年間機会を待ち続けました。
 1975年3月、桂桑は第1回チョモランマ登山隊に参加しました。彼女は中国登山隊のメンバーとして苦労しながら8600メートルに達しました。
 しかし、頂上アタックを目前にお湯で足を火傷、彼女は中国最初のチョモランマ登頂の機会を惜しくも失いました。あまりに悔やみ、彼女は自分が必ずチョモランマに立つことを決意します。1990年、経験を積んで15年間機会をうかがい、桂桑はついに自分の長年の夢を実現しました。チョモランマ登頂です。
 9年後に、桂桑は再度チョモランマに登る機会を迎えます。チベット登山探険隊は地球の頂で「第6期全国少数民族伝統体育運動会」の聖火の火種を採集することになりました。すでに42歳の桂桑は、幾重もの困難を克服して、再度勇敢にチョモランマ山頂に登りました。
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以上記事引用おわり

Xin_470701301304461561326桂桑女史 近影

Uploadfile73832度目のチョモランマ頂上に立つ
 
 桂桑女史の登山経歴はトムール(ポベーダ)、チズ、シシャパンマ、チョモラーリ、02年の日中女子合同チョオユー隊では中国側隊長を務め、中国十大当代徐霞客(明代の旅行家・徐霞客を記念した、文化活動を通じて社会建設貢献に対する賞)に選定されるなど、数々の賞の栄誉に輝く中国女性登山家の重鎮です。
 上記経歴記事からは、国家登山隊に選ばれた中でも相当な苦労を積んでようやくチョモランマに立てた事情が伺えます。

 私が注目したのは、テレビ局中央電視台サイトに掲載されている紹介されている桂桑女史の言葉。
以下引用開始
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『山で過ごす時間が長くなるにつれ、山にも感情があると思う。これまで山に恐怖感は感じなかったし、山は私達に対してとても寛容かもしれません。』
 氷雪の山々は1人の女性を鋼鉄のように鍛え上げたが、しかし家族を気にすることが常に彼女の胸の内につきまといます。
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以上記事引用おわり

 私にとって8000mの世界は「死の地帯」であり、正直常に恐怖感がつきまとい、一分一秒でも速く下山することが生き延びるための手法と考えているし今もそれは変わらない。
 この桂桑女史の「山は私たちにとても寛容なのかもしれません」という言葉はある種新鮮な想いで受け止めた次第です。ああ、この人は生涯を山に捧げているのかなあ、と。
 
 中国の「国家登山隊」とは、あくまでも私の印象では、登山ではかけがえのない「個人の個」を無視したような矛盾した存在。
 公募隊で資金と体力に恵まれれば8000m峰登山の機会に格段に恵まれた現代、それとは対極的に「国家のために登る」人々がどんな想いを抱えて登山を続けていたのか、これから続けていくのか、興味は尽きないところです。

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やっぱユーモアって必要だよね。

高所登山の遭難論議に飽きた皆さん、こんにちわ。

今春、チョモランマ北面から登頂に成功したベルギー人3人組の写真がフランスの登山サイトにアップされていました。




Belgianeverest

ご 立 派 で す な あ ~
ヘ ル メ ッ ト か よ 。

ボ、ボクなんかハーネスのビレイループだけでじゅうぶんな気がする。

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おことわり

今現在、

Slave
↑こんな感じで現場でお仕事中。
更新はのんびりモードになります。

チョモランマ/エベレスト/遭難のキーワードで検索して当ブログを訪問された皆様、
残念ですが、たいしたことは書いてありません。
興味のある方は人を高みから見下した遭難専門ブログや大手掲示板をご覧下さい。
あ、そうそう、昨日のエントリーで書き忘れました。
山で死にかけた事が自慢のタネになっているアルパインクライマーの糞爺にはおわかりいただけないようですが、私が高所登山で学んだ価値観は

命 を 賭 け る に 値 す る 山 は 存 在 し な い 。

です。

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チョモランマ遭難の件について

現場仕事でヨレヨレになって帰り、PCを開いてみると・・・
チョモランマでまたも悲劇的な「突然死」、そしてそれにまつわる様々な人間模様が 今 年 も 繰り返された模様。
ネットの情報をうのみにしてろくでもない事を語る馬鹿が大手掲示板に増殖中のようですが。
経験者として言わせてもらいますが、マスコミ報道にはバイアスが、当事者達の発信するネット経由の情報にはこれまた「主観」というバイアスがかかります。

96年の大量遭難時にその山にいた私が言いたいことはただひとつ。

みなさん、生きて帰ってきて。

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アイダーのパンツ購入

マウンテンゴリラでアイダーのパンツ今年の入荷品を購入。10500円也。

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ここ4年ほど、毎年入荷時期に合わせて店に行き、速攻で購入。
アイダーのパンツはすぐ品切れになるのだ。

ザックや靴で蘊蓄語る人はよくみかけるが、登山用のパンツで語る人は少ないように思う。
登山用具には人それぞれの思い入れがあるので、私はあまり「これがいい」と強く勧めることはないのだが、アイダーのパンツは別であります。
あの履き心地は価格をカバーしてあまりあると思う。
山のウェアに迷っている方にはイチオシのパンツであります。

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旬の味

Take

ここ最近、食卓はコシアブラ三昧の日々。
私やカミさんの実家からのもらい物。
それから筍も出ているようで、これまたカミさんの実家からのもらい物。
取れたて新鮮の筍刺身も最高ですが、煮物にした筍の下の部分、ちょっと口に残るエグ味も結構好きだったりする。

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中学生日記

諸般の事情で月曜休み。
来週のブナ林ガイドを控え、博物園に下見に行く。
月曜は自然博物園は閉館なので、静かな山が楽しめると思いきや・・・

Imgp0069_3某県の中学生約200名のご一行様、ご来園。

館長の横山さんに挨拶に行くと、今日はこの団体のために特別に開園したらしい。
この日集められたガイドはベテランばかり。
ガイドトークを盗むべく、私も賑やかなご一行様の後を追う。

Imgp0070いやはや、ブナ林よりも多いのではないかという中学生たち。

Imgp0071ブナは新緑の芽吹きの季節。

Imgp0072_1
中学生たちにブナのシーソーを体験させる長岡先生。
引率の教師「こらこらっ!」
長岡先生「いやいや、これでいいんです。」

Imgp0073
タムシバが花盛り。
意外にも、中学生の男の子たちが「あ、白い花が咲いている!」と敏感でしたね。

Imgp0074
雪解けで湧水地が顔を出していた。
ある中学生曰く「パナジウム天然水よりうまいっ!」
おお、どっかの大臣に聞かせてやりたいぞ。

Imgp0076
ブナの木の下で、生育環境と根張りの関係を説明すべく横一列に並ばせてレクチャーする長岡先生。

Imgp0077_1
周海沼では注意してもついつい中学生たちは水辺に寄ってしまう。
引率ガイドがいくら目配りしていても、やはり大人数では目が届かない。

Imgp0079
周海沼で昼食をとる中学生たちから離れ、ガイドネタ探し。
うぶ毛に包まれたブナの葉を眺めながら、私も静かな場所で昼食。

Imgp0088新緑の中に雪の白さが取り残されたような、ムシカリの花。

下見といえど、来週はまたガラリと様相が変わっているんだろうな。
最後までワイワイ賑やかな中学生たちを見送った後、博物園事務所で皆でミーティング。
多くの中学生たちに新緑のブナ林を体験してもらう意義は認めるが、なかなか安全面の配慮には苦慮するところである。

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ミニ菜園

日頃よく拝見している癒し系ブログの皆様にならい、ウチでもミニ菜園を作ってます。
世話はもちろんカミさんです(きっぱり)。

仕事の用具を求めて近所の大型DIY店に行くと、季節柄、店頭にいろんな種苗がありますね。
私は園芸関係の知識がゼロなんですが、
「トウモロコシとか、ミニでない普通のトマトって作れないのっ!?」
と、農家出身のカミさんに聞くと、根っこが大きいので植木鉢では難しいらしい。ふむふむ。

Imgp0067
まだ緑色なんだけど、イチゴが気になって気になって仕方ないウチのボウズ。
娘が「さわっちゃだめっ!さわっちゃだめっ!」と怒る。

数日後、
070510_071001
いい色になってきました。
小さくても、食べられるモノが自宅前で育つというのはうれしいものです。

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中国登山協会、PCメーカーASUSTeKと調印

中国登山協会および国家体育局が、PCメーカー(日本ではマザーボードメーカーか?)のASUSTeKと戦略パートナーとして正式調印した模様。

商工業情報 by 中国経営網 5/13
以下記事引用
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 ASUSTeKコンピュータの援助を受け、中国登山隊は更なる高みを目指します

 近日、中国登山協会および国家登山隊、国家体育局とASUSTeKコンピュータは戦略パートナーとして正式に調印します。
 中国登山協会は有名なITブランド・ASUSTeKコンピュータを選び、2007~2008年の活動における全行程のIT技術サポートの供給を受けます。業界で品質・技術をリードするASUSTeKノートパソコンは抜群の性能で、PDAと無線LAN製品も国家登山隊の唯一機として使用を指定します。
 チョモランマをめざす登山隊において、ASUSTeKの軽量ノートPCにおける技術力を発揮して、特にインテル社セントリーノに基づく製品を提供、登山隊隊員のために資料記録、情報提供を強力にサポートします。
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以上記事引用おわり

こうして中国登山界に取り残されていく、お年寄・・あいや、ベテランの大センセイ揃いの日本登山界でありました。ちゃんちゃん。

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光の天使

10日は東北山岳ガイド協会山形支部の打ち合わせ。

会議中、言いたい事はこれくらい溜まったが↓

Ymt104

ついつい、じっと黙ったままで終わる。
精神衛生上よくないな。
しかも東北山岳ガイド協会総会には都合がつかず欠席。
・・・・そのうちブログ上でこうなる↓かもしれません。(予告)
Ymt018

今週はずっとこの曲で心を鎮める。

光の天使 ローズマリー・バトラー by Youtube
※注・クリックすると音が鳴ります。

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日本人が調べ、西洋人が登るexpeditionの実態。

ミック・ファウラー、ポール・ラムズデンのパーティーがニンチェンタングラ山群の未踏峰Manamcho (6264m)に登った模様。

FA OF MANAMCHO, REMOTE TIBETAN PEAK by Alpinist5/9

8日間にわたり垂直な700mの壁に張り付き、一部スカイフックの掛け替えが続くトリッキーなルートからの初登だったようです。
ま、なんですな。
上記リンクを読んでいただければわかりますが、
彼等クライマーの資料ネタはおなじみ日本が誇る東チベット研究者の中村保氏、掲載されている地図もまるごと中村氏製作のものを引用です。
日本人が山域情報を明らかにし、登るのはもっぱら西洋人。
当ブログで過去に取り上げたように、カラコルム山脈でも同様の現象が起きています。
クライミング志向は無い私にとっては、日本のアルパインクライミングが衰退しようがどうでもいいんですが、国連でカネだけむしり取られてあとは指くわえて見ているのと同様、なんとも献身的なオハナシです。
UIAAは中村保氏に金一封送ってもいいんでねの?

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ヤク工たちの経済学

チベット側からヒマラヤを登る場合、車が入る最終地点から先の物資の輸送手段としてヤク(チベット牛)が使われます。
そのヤクを操るのは地元のチベット族の遊牧民でヤク工(こう)と呼ばれます。
特に登山隊が集中する春季のチョモランマ、チョーオユー、シシャパンマといった山では、登山隊の数に対してヤクの頭数が不足し、順番待ちになるほどです。
さて、彼等遊牧民達にとっては貴重な現金収入の道でありますが、それはいかほどの額になるのでしょう。

チョモランマ探険旅行ブームにより牧畜民の現金収入増加 by 新華網5/8
以下記事引用開始
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 標高5200mのチョモランマ・ベースキャンプから約4km、チベット族の若者のバサンは簡単な英語で外国人と馬車の料金について交渉しています。結局、二人の外国人観光客は50元使ってバサンの馬車に乗り、チョモランマに向かいました。
  バサンは、今チョモランマ登山の最も良い時期ですと語ります。
季節柄、彼の商売は普段より格段に良くなったということで、一日に何度もチョモランマのベースキャンプを往復し、100数元の現金を稼ぐことができます。
  チョモランマ山麓、ティンリ西宗郷ではバサンのように登山隊・観光客にサービスする農民・牧畜民が数百人存在します。彼らはチベット族の特色ある民宿を開き、土産物屋を売り出し、登山隊の物資運送と高所活動の協力を引き受けます。
 特に登山隊の5200mのベースキャンプから6500mのアドバンス・ベースキャンプまでの物資輸送に活躍しています。これらの活動から獲た収益は、主要な現金収入源です。

  地元住民は、普段は高い標高の山岳地帯で農業と牧畜業生産に従事しています。改革開放により、特に2000年以降、チョモランマ登山が盛んとなり、毎年の春季と秋季の2つの登山シーズンで大量の国内外の旅行者が訪れます。村人達はチョモランマがひとつの「秘宝」であることを理解し、チョモランマの旅行を通じて現金を得ます。
  チョモランマ・ベースキャンプの連絡官サンジュの仲介で、今年3月末から、現地では既に延べ500人数と約1000頭のヤクを投与、登山者達は農民牧畜民に総額50万元の報酬を支払いました。
 ある遊牧民は登山シーズンが終わる5月末まで山中に駐留することがあります。統計によると、登山・探険旅行がもたらす収益は300万元近くになります。
  観光ビジネスの隆盛は現地農民・牧畜民に「商業意識」を強くしました。農民牧畜民皆に現金を稼ぐ機会を与えるため、西宗郷では順番にすべての村人とヤクに旅行サービスの仕事を手配して、なおかつ幾つかの極貧家庭のために無料で馬車を貸与しています。
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以上記事引用おわり

Yak

実際に登山隊がヤク工を頼むときは中国登山協会orチベット登山協会の連絡官に手配を頼むため、それ以降の現地事情はわからなかったのですが、記事によれば地元の村では持ち回りで仕事がまわってくるなど、かなりシステマチックになっているようですね。
 激変する中国経済の今ではいささか古い数字ですが、04年8月の人民日報によれば、チベット自治区の農民・牧畜民の年間純収入は1681元という数字があります。(04年8月の人民元レートで約26000円←年収です。念のため)
 その年収からみれば、登山隊の仕事に従事することは良い稼ぎになるわけです。
 普段チベット侵略鉄道などと揶揄している私ですが、登山隊に参加した結果、大小に関わらず地元の遊牧民にインパクトを与えていたのが事実です。
 また機会を改めて書くこともあると思いますが、遊牧民との接触ではいろいろと考えさせられることもありました。
 チベットのみならず世界各地の辺境地に文明の利器や資本経済が進出しているのが現実ですが、そこに多少なりとも関わった者として、その変化を見守っていきたい。

 ・・・などと真面目に締めてみましたが、チベット族は交易民族の一面をもっています。
 おそらく登山シーズンまっさかりの今、したたかな商売に明け暮れていることでしょう。
 それから、ベースキャンプにおけるかっぱらい・窃盗の「闇の収益額」も相当なものだと思うのだが(笑)

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韓国人からみた日本の岳人 ~植村直己と鳴海玄希~

故・植村直己氏の著書は世界各国で翻訳され、読まれています。
さて、お隣韓国ではどのように読まれているのでしょうか。
韓国山岳会大邱支部会会員、ホグン・グヨル氏がヨーロッパアルプスで植村氏の著書に触れ、そして日本の若い世代の岳人と触れ合った記録を月刊「山」に寄稿しています。

アルプスから来た手紙 by 月刊「山」5/4
以下記事引用開始
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アルプスから来た手紙

この間のことだった。
筆者が滞在しているシャモニ市立図書館に行った時、ちょうど展示会があった。
北極地方に対する文化と生態、極限状況に対峙する人間活動など、多様な写真と動画で分かりやすく説明しており、関連諸本も展示されていた。
断然筆者の目を引いたのは多くの冒険家の活躍の姿だった。マイク・ホーン(Mike Horn·1966~)から最高の冒険家植村直己(1941-1984)まで、彼らの本とともに紹介されていた。
ちょうど直巳の『妻よ、私は死にに行く』をこの前韓国から帰って来る時求めておいて読まないでいたため、突然直巳に対する関心が大きくなった。もちろん長らく前に彼の本『青春を山にかけて』、『あれがコツビュの明りだ』 などを読んで、それに対してうっすら憶えていたところにこの北極展示会を通じて、小さいが彼の足跡を感じた。グリーンランドの人々の生肉を食べて興味をひく場面や北極グマ等々すべての場面が植村直己といきいきと繋がったのだ。
シャモニと直巳の出会いは彼が25歳でモンブランを単独登頂した時であり、その後冬季グランドジョラス北壁を登るまでになった。不確実性に対する挑戦は、たぶん登山家・探険家たちが第一に追い求める価値でしょう。
一方、多くの優れた登山家たちが、後に自分の冒険性をより広げるために垂直の世界から水平の世界に進んで
探険家の道に立ち入るケースがみられる。彼らの中でただ一人だけ名前を挙げなさいといえば、断然植村直己を選ばなければならないようだ。

(中略)

3,000m以上のアルプスでは相変らず鋭い寒さがとどまっている3月末だった。
筆者はナオミの本『妻よ、私は死にに行く』をリュックに入れてTour氷河に向かった。
鳴海玄希はイタリアで開催されたワールドカップ氷壁大会に参加した後、アルプス登山を経験するためにシャモニに滞在している20代後半の日本の岳人だ。これから半年後にでも日本に帰るつもりであり、これもその時になったみないとわからないという鳴海は直巳の後輩で、直巳が20代にアルプスで過ごした放浪の道にそのまま従っているということだ。

(中略)

午後 5時を少し過ぎた時間だから日が暮れるまでは時間がある。リュックに入れて来た直巳の『妻よ,私は死にに行く』を開いたら喜んでいた。自分もこの本だけでなく直巳の他の二つの本も読んだと言う。
彼は直巳こそ多くの日本人たちが英雄視する人物として、彼と比べるに値する登山家・探険家は出なかったと言う。
 話を交わしている途中、本の中にいるハセガワがアルプス 3大北壁を冬に単独登攀した彼なのか問うた。そうだと言う鳴海は、直巳が活動した明治大学山岳部が現在三、四人だけ活動するほど、直巳やハセガワが活動していた当時とは違い、この頃の日本の若者達は大変な活動が嫌がっていると言った。こんな現象は、日本だけに限ろうか?
また自分はしばらくスポーツクライミングに専念している途中でアルプス登山にひかれて来ているのに、もう 20代後半の自分はもっと心を入れ替えなければならないじゃないかと愚痴をこぼした。
北海道で 4年制大学を出たが、専攻が人文学だから就職先は難しいというのに続いて、山に通うかどうか今度夏までヨーロッパにいて決めると言った。
筆者も 20代後半にその同じ悩みを持ったが、彼に対して役に立つ一言も言うことが出来ず、ただ笑ってみせるだけだ。

(中略)

彼の妻の言葉のように、冬季エベレスト、南極遠征と次々に失敗した自分を許すことができなかった結果、冬季マッキンリー遠征で永久に帰って来ることができなかったことに多く考えさせられる。
直巳のように誰もやりこなすことができなかった大冒険を成したい情熱はないとしても、常に山をやりたい欲心にいつそのような運命になるかも知れないと思えば、気が重い。

(中略)

直巳が冒険という泥沼の周辺をくるくる回わって火の中に飛び込む蛾のように自滅したといえども、彼の想いは誰より強烈ではなかったのか。
いや彼は火の中の蛾ではなく、より高くより広い世界を志向して限界を超越したい私たち人間の本性に、直巳は忠実に従ったのだ。
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以上記事引用おわり

ホグン・グヨル氏による、原文の大部分を占めるスキーの場面は割愛しました。
文中の「鳴海玄希」氏とは、アイスクライミングコンペで名を馳せた北海道のクライマー鳴海氏のことと思われます。
今回の記事で驚いたのは、植村氏の著書の題名が『妻よ、私は死にに行く』となっていること。
植村氏の命題「冒険とは生きて帰ること」と大きくかけ離れているこの本のタイトル、日本の原本はいったいなんなんでしょうね?

私個人の推測として、大学山岳部出身の植村氏の、目上の人をたてるお人柄は韓国の岳人にも受け入れられやすいものと思っています。
8000m峰全座登頂の話題になる度、韓国メディアでは「日本人は達成していない」と枕詞をつけますが、植村直己氏に関しては文句なく登山家・探検家として尊敬されていることが伺える記事であります。

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パンフレット

突然、アメリカから大きな封書が届いた。
だいぶ以前、もう時間が経ち過ぎて記憶も薄れかかっているのだが、アメリカの山岳ガイド会社に請求していた資料が今頃届いた。
このアバウトさ、さすがピンポイント爆撃でアフガンの一般市民をぶち殺しても「あ、わりいわりい」で済ませるアメリカンテイストである。

 春になると、日本の登山ツアーを企画している主な旅行社には一斉にパンフ請求し、東北の山域でのツアー動向を探るようにしている。
 日本のツアー登山のパンフ、虫メガネで見ないとわからないような山容の写真に大きなロゴで料金が提示してあり、どこの会社もだいたい似たような「カタログ」である。
 今回届いたアメリカ某社のパンフ、ちゅど~んと山の写真、クライミングの写真をページ正面に大きく載せ、料金・ガイドレシオ・日程などは隅に小さく載っけてある。すなわち、読んでいてムズムズ「登りたくなる」造りなのだ。

 あらためて思うのだが、立派な造りのパンフレットに、アメリカではガイド登山というのは普遍的なものなんでしょうか、と考える。
 日本ではガイドに率いられた登山というと何故か「おもしろみがない」とか恥ずかしいことのように考える人がいるようです。私なら現地の詳しい人と登ってみたい・・・と自然に考えますが。
 それからクライアントとしての立場を経験したことも無い方が、クライアントの立場になって考えるのって難しいような気がするんですけどね。

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とうちゃんのおやすみ その2

連休最後の5月6日。
朝、カミさんの実家に子供達とカミさんを送り届ける。

Free晴れて自由の身ですっ!!

子供向けイベントをカミさんと探している時、チラシに見つけた「大古本市」の文字。
匂う!
匂うぞ!
山岳書の匂いがっ!
越後・飯豊山岳史の雄、藤島玄氏の著書でも流入していないか確かめるべく、カミさんの実家から古本市の会場である山形駅前の十字屋デパートに車をとばす。
出店していたのは仙台の古書店で、しっかり山岳書コーナーがある。
なるほど東北大学山岳部の遠征隊報告書も数冊ある。
エベレスト初登頂(もちろん英国隊)当時の日本語文献・写真集など、かなりコアな書物が並ぶ。
郷土出版物も多かったが、残念ながら東北六県だけで新潟県に関する書籍はなく、目的の藤島玄氏の著書は見あたらず。
レビュファの「モンブラン山群 特選100ルート」3000円也には心惹かれ迷ったが、ヨーロッパアルプスに行く予定も無いのでパス。
日本登山大系・北海道・東北の山を1500円でゲット。
師匠の蔵書や図書館で参照できるのだが、やはり手元に置いておきたい資料の一つである。

十字屋を出て、以前から目をつけておいたインド料理屋に行く。
本店は寒河江市にあるのだが、山形市に支店を出したらしい。

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スパイスマジック山形店

注文したのはマトンカレー(980円)、ナン(350円)、そしてもちろんラッシー(400円)。
店内のテレビにはヒンズー音楽のPVが放映されている。
料金は高いけれど、味はまあそこそこ。
ナンが厚くボリュームがあって満足でした。

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カレーの辛さは普通・中辛・辛口・激辛から選ぶことができる。
私は辛口を頼んだのだが、それでもマイルドな味だと思います。
過去、山形市内には幾つものエスニック系レストランが現れては消えていったのだが、支店を出すとは繁盛してるんでしょうか?
特筆すべきは、メニューにカレーとナンの子供向けキッズセットがあり、私が食事している間も家族連れが来たりしていました。

食事を終え、帰宅してすぐ携帯に電話が入る。
子供達が遊び終えたから迎えに来て~というカミさんからの電話。
こうしてとうちゃんの短い自由時間は終わる。

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とうちゃんのおやすみ その1

大朝日を日帰りで往復した翌日。
天気がもちそうなので、子供達を西蔵王公園に連れていく。
勤務予定をみるに、リストラ寸前不良社員にもかかわらず、6~7月のヒメサユリ、クロユリのシーズンに私は山形にいない可能性が大と判明。
気分はこんな感じ↓

Platooncover

それに伴い、家族サービスできる時間も限られるため、連休後半は子供たちと過ごす。
翌5日は山形放送主催の「子育てフェア」とやらに行く。
目的は昼からの「アンパンマンショー」である。
帰宅後、娘が私に尋ねる。
娘「おとうさん、あした、かいしゃ?」
私「いや、おやすみだよ。」
娘「やったあ!」
おお、私が家にいることをそんなに喜んでくれるのか・・・と思っていたら娘の言葉は続く。

娘「パソコンが見られる!
・・・最近、ネットの「二人はプリキュア・ゲーム」にハマっている娘である。

Tolkdfcyy人類はコンピューターに敗北した・・・

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個人主義

 今朝の読売の一面の特集、『日本 第3部 漂流する倫理 「他人の目」お構いなし』を読んでハッとさせられるところがあった。

 この特集は最近の日本人の倫理観を問うたものであるが、コラムの中盤にこんなくだりがある。
 客同士の喧嘩で電車が遅れたトラブルが連続したことについて、関係者のコメント。

以下記事引用開始
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 こうしたトラブルの当事者について、ある鉄道会社では「金を払っているのに何が悪いんだという態度が目立つ」と話す。その視界に周囲の目は入っていない。
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以上記事引用おわり

 はじめに明言しますが、どっかの遭難専門ブログと異なり、私はツアー登山肯定論者です。
 さて、上記の読売の記事の「金を払っているのに何が悪いんだ」という箇所、ツアー登山の批判でよく見聞きする、「金払ってるんだから登頂させろ」というクレームと全く同じ状況だなあ、と感じた次第です。
 ただし、ネットでよく散見される、ツアー登山で「金払っているんだから・・・」という意識が遭難事故に結びついているという意見、推測論ばかり多くて当の山岳ガイドや添乗員のコメントが少ないのが気になりますが、ここでは置いておきます。

 私自身、さほどのガイディング経験ではありませんが、「金払ったんだから登頂させろ」または「登頂させて当たり前でしょ」とクライアントに直接すごまれた事は まだ ありません。
 ただし某社のツアー登山で、悪天下で下山の時間が一時間ほど遅れ、「(バスで)時間どおり東京に戻れよ」と添乗員に凄んでいるクライアントを目撃したことはあります。
 
 上記の読売の記事では神戸女学院大学の内田樹教授が
「自己の欲求の充足を図る消費は、きわめて個人的な行為。消費主体化がきわまれば、集団の一員としての自分を意識することもなくなる」と評しています。
 あー、うまいこと言うなあ。というのが正直な感想です。

 私は有償ガイドを志している故、山行を「商品」として「消費」いただくことには何の抵抗も感じませんが、登山には山の世界の鉄則が存在します。
 ツアー登山のみならず、山のパーティーは一つの社会といえます。
 社会を構成するのは個人であるが、個人の領域だけが突出した社会は破綻を招きます。
 この悪しき個人主義というのはツアー登山には限らないようです。
 ツアー登山批判論者はなぜかあまり言及しませんが、最近、2~3人の少人数・お友達パーティーでも不調の仲間を残したり、何らかの理由で離ればなれになって→遭難 というパターンが目に余るような気がします。

 団塊の世代とやらの大量流入に期待している登山関係者もいるようですが、あらためて登山パーティーの社会性に目を向けるべき時期ではないでしょうか。

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やっぱり登りたいんでしょ?

先日アイガー北壁完登の最速記録をうち立てたスイスのクライマー、ウェリ・スティックがアンナプルナ南壁のソロに挑戦中です。

South face solo by Nepali Times, Nepal 4/4

以下記事引用開始
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 スイスのクライマーはアンナプルナ1峰南壁に単独で新ルートを開拓すべく挑戦中です。8000m峰の中では最も危険な峰の一つで、雪崩が起きやすい山です。
 アンナプルナはスティックにとって今年二つ目の大きなプロジェクトです。去る2月、彼は悪名高いアイガー北壁で、従来より46分速い3時間54分の最速記録を樹立しました。
 現在、最強のクライマーと目されているスティック(30才)は自分でも驚いたと語ります。「驚きました。私はこれが可能だとは思っていませんでしたから。」
 スティックはアンナプルナ南壁にトライするため、高所順応としてエベレスト山域におもむき、チョラツェ (6,335m)を速攻で登りました。
 アンナプルナ南壁を登る計画は2004年に思いつきました。彼はチョラツェ北壁(高度差1,500mの垂直な岩と氷)とタンボチェ東面をソロで登りました。
 「私が『クーンブ・エクスプレス』を終えたあと、8,000m峰に登ってみたいと思い、アンナプルナ南壁が最も魅力に満ちあふれていました。」
 スティックにとっては8000mで酸素ボンベを使うことは「詐欺」であり、従来の彼のクライミングは無酸素で成し遂げられてきました。「酸素を用いたら、それは同じ「経験」ではありません。酸素を用いる人々は彼ら自身を貶めてます。ある高度にいるふりをしているだけですよ」と主張します。
彼はエベレストの商業化に批判的でありますが、時間とカネに余裕があれば、世界最高峰に立ってみたいといいます。
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以上記事引用おわり

注目したのは次のくだりです。

 The trained carpenter is also critical of the commercialisation of Everest, but says he’d love to stand on the top of the world one day? if wallet and time allow.

 日本のいわゆる先鋭的なクライマーの皆様、エベレストなんて人が多すぎて全く眼中にないということがよく言われてますし噂にも聞きますが、ウェリ・スティックの「やっぱり登っておきたいんだな、これが」という感じのコメントにちょっと好感をもつワタクシです。

 しかし上記ネパールタイムス掲載のウェリ・スティックの写真、おそらくアンナプルナではない別の山で撮影されたものでしょうが、スティックが握っているアックス、日本ではコンペ用とされているブレード無し・ハンドル付きのミックス用アックスなんですねえ。
 今時の極限なまでに困難なクライミングを展開しているヒマラヤ登山、ソロで登るぶんにはもうスピッツェなんて不要なんでしょうか。

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北朝鮮の犬・吉田康彦教授の読書センスを嗤う

その電波ぶりで保守系ブロガーを楽しませてくれる吉田康彦教授ですが、この人ホントに大学のセンセイなのか?

平壌外国語大学日本語科に教材を寄贈して 日朝相互理解促進のために  by 朝鮮新報5/2
以下記事引用開始
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 ひとくちに150冊といっても大小さまざまだが、8人全員がスーツケースいっぱいに重量制限ギリギリまで詰め込み、手分けして運んだ。折りしも団長の私が、昨年暮、第三書館から「北朝鮮核実験に続くもの」を上梓したのが縁で、社長の北川明氏から同社がシリーズとして出版している大活字版全集、「ザ夏目漱石」「ザ宮沢賢治」「ザ芥川龍之介」などが贈られ好評を博した。

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以上記事引用おわり
んで、笑いのツボはここであるよ↓

 社長の北川明氏から同社がシリーズとして出版している大活字版全集、「ザ夏目漱石」「ザ宮沢賢治」「ザ芥川龍之介」などが贈られ好評を博した。

第三書館・・・アナーキーな出版物の多い会社
その社長、北川明 ・・・ 日本連合赤軍メンバー
「ザ夏目漱石」「ザ宮沢賢治」「ザ芥川龍之介」・・・知ってる人は知っている、編集の怪しげな粗悪本。

「ザ宮沢賢治」(正確には「ザ・賢治」)については、宮沢賢治学会イーハトーブセンター掲示板でこう喝破されている。
以下引用開始
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『ザ・賢治』という本は、作者の没後、いくどにも亙って検討し直され改訂をされてきた宮沢賢治全集の、まだ原稿解読が不十分で間違いが多かった最初の時期(1938~1940頃)の全集(文圃堂版や十字屋版など)を使って作られたものです。『ザ・賢治』が刊行された時には、すでに『校本宮沢賢治全集』が完結しており、過去の諸全集の誤りが多数みつかり、訂正されていました。そうした全集改訂や本文校訂の歴史をまったく無視してつくられた『ザ・賢治』の編集方針は甚だ非良心的といわねばなりません。(以下略)
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以上記事引用おわり

「ザ夏目漱石」については、
 (中略)・・・夏目漱石の著作権が切れているのを逆手にとって岩波の全集あたりを底本にして「ザ・漱石」なる粗悪本を印刷し大量に売りさばいていた。出版社としての信義にもとる卑劣な行為と言わざるを得ない。
 (社民党ウォッチング 北川明氏資料集より引用)

こーいう本を喜々として寄贈する吉田康彦先生の脳味噌に乾杯。

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余韻の山 ~5月連休の大朝日岳~

5月連休、古寺鉱泉ルートから大朝日岳を目指す。

Imgp0046
小朝日岳の頂上から大朝日岳の全貌を望む。ルートは右の稜線をたどる。

銀玉水より先は急勾配の雪面だった。
この季節、銀玉水は雪の下である。
この膨大な雪が、あの美味い水を醸成してくれるのだろう。
広い雪面をひたすら登る。
上を見上げると、青い空に白い雲が強風で流されていく。
だだっ広い雪の斜面を一人で登高していると、某8000m峰での単独下降の真っ最中にいるかのような感覚に襲われる。座り込みたくなるような、孤独感。
 これがフラッシュバックというものだろうか?
 若かりし頃、失恋の痛手は長引いてもせいぜい一週間程度だった私ですが、もう10年以上も前の登山の記憶は消えてくれないらしい。
 過去の記録にはこだわらない振り返らない、と鼻息荒い山スキーヤーさんやクライマーの大先生がいらっしゃいますが、消したくても消えない山の記憶というものも、あるんですがね。

大朝日岳避難小屋には11時半到着。
小屋の二階の入り口が冬に開きっぱなしになっていたという。
管理人さんが苦労して掻き出した氷の塊が入り口周辺に散乱している。
ブナ林や雪稜上の赤布、そして小屋の管理と、地元の大江山岳会の皆様のご尽力にはただ感謝するのみである。
頂上には12時到着。やはり下山を決める。
一泊二日の食料・寝具とガイド装備のフル装備を担いできたが、内心では日帰りすることを考えていた。
管理人さんからも私のパンパンに膨らんだザックを見て「降りちゃうの?」と言われる。
もっとも、出発時には小さいザックで来ようと悪魔のささやきに悩まされたが、師匠の言葉「ザックの重さは命の重さ」で結局フル装備のザックで来た。どうも最近は自分を鍛えようとする自制心が足りなくていかん。
頂上で昼食兼行動食をとり、下山に移る。
周囲の、雪をかぶった朝日連峰の大パノラマを眺めながら。
Panorama

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帰路、雪解け著しい雪庇の滴をカップに溜めて飲む。
「昔の人は、こんな滴で、喉をうるおしていたかもしれないねえ」(立松和平調)

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小朝日岳から熊越の間の登山道は勾配が急で、不安定な雪塊が登山道にのっかっている状態。
帰路はストックをしまい、ピッケルで登る。

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古寺山を過ぎ、広大なブナ林を下山する。
先行者のトレースをたどるのが馬鹿馬鹿しくなる広い尾根。
無雪期と異なり、ブナの根張りに足下を気遣うこともなく、気楽な下り。
なんと表現してよいのだろう、不安定な雪塊に神経を使う上部と異なり、下るにつれて広がるブナ林は登山に「余韻」というものを与えてくれる。

「年ですから、もう二度と来られませんよ」
そんな言葉を残したお客様がいらっしゃった。
いや、朝日には季節を通じていろんな姿がある。
紅葉や頂上からの眺望だけが魅力ではない。
このブナ林の、のんびりした道程こそ、ツアーのお客様達に味わってもらいたい。
頂上の看板を背景に写真をとるお客様達の笑顔に喜びを感じるとともに、もっと味わっていただきたい世界がある、というもどかしさ。
そんな事を考えながら歩く。

Imgp0056
登山道に束縛されない積雪期だからこそ、この枯れたブナに出会えたのかも知れない。

Imgp0058
ブナに混じってマンサクの花。

ひたすら下る。
雪面に写る私の影法師が素敵な長身になり、やがて登山道から積雪も消える。
かすかな薪を燃やす匂い、古寺鉱泉朝陽館の屋根が見えてきた頃、登山道に幾つもの花が迎えてくれた。

Imgp0060イワウチワ

Imgp0064キクザキイチリンソウ?

Imgp0066ショウジョウバカマ

積雪期の朝日をガイドする。
それは、もともとガイドの師匠から聞かされていたガイドプログラムの構想だ。
なるほど、北アや八ツ等メジャーな山域では冬~春季登山のガイド登山が盛んであるが、積雪期の東北の山を舞台にしたガイドプログラムはあまり見かけない。
いつ依頼がくるとも知れぬ「その日」に備えて、私の「下見」山行は続くのだろう。

コースタイム 6時鉱泉駐車場発~12時大朝日岳頂上~16時鉱泉駐車場帰着

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