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幸福と苦痛は全て享受した 8000m峰14座登頂者ペンパザシ

中国メディアの提灯記事はさておき、今夏8000m峰14座全山登頂を達成したペンパザシ隊員のコメントが報道されました。

登頂のために、いかなる苦痛も全て堪え忍ぶ by 新華網7/15
以下記事引用開始
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ガッシャブルム峰ベースキャンプ・新華社発

ペンパザシはとてもユニークな人で、記者が取材中もこんな冗談を言いました。
「私の顔の筋肉は緩んでるんで、上手く話せません」
しかし談話が本題に入ると、彼は厳かに
「2005年の事故が起き、その後は14座登頂最後の1座登頂をずっと考えていました。この目標のため、私はいかなる苦痛も全て辛抱することができます。」
(訳者注・2005年、ガッシャブルムを目指すチベット隊はキャラバン中に落石に遭遇、ペンパザシは重傷を負い、中国登山界のエース仁那を亡くした)

「北京で治療中、私はずっとベッドの上で横たわっていました。筋肉はとても緩くなり、すねを触ると、ビニール袋に水を詰めたような感じでした。早く鍛えなければと考え、医者をごまかして、床を離れて歩きはじめたりもしました。」
「傷を完全に治すため、多くの苦痛を辛抱しました。顔面麻痺を完全に治すため、毎日鍼治療しなければなりませんでした。6ヶ月間、顔面の半分に20、30本もの針を打ちました。筋肉の検査をした結果、私は「耐えぬいた」と叫びたい心境でした。医者はこれまで見たことがないと驚いていました。」

家族と山仲間の手助けでペンパザシは重傷の身から回復しました。
しかし彼はずっと自分が最後の1座に登れるかどうか、これが彼の養生期間中の最大の“悩み事”になりました。
「あの時私はとても心配していました。(中略)「大丈夫、お父さんが駄目でも最後の1座は僕が行く」と息子が慰めてくれました。」
(中略)
ベースキャンプに到着後、彼は毎日服薬を堅持していました。チベット医学、西洋医学の薬を隠れて服用していました。左側の肋骨、左足の内側が携帯電話のように震動・痙攣し、毎回約40秒くらい続きます。これらの事を彼は誰にも言わず、一人黙々と耐えぬきました。
ベースキャンプの隊員は誰も気が付かなかった、もう一つの事、それは、
「入山前、私は羽毛服、下着を整然とたたみ、(中略)テントの外に置いてある個人装備の樽に妻と二人の子供のための幾ばくかのお金を置き、樽には施錠しませんでした。全て私はよく考え、万一に備えたものです。」

20年余りの登山経験、優れた体力・技術、チームメイト相互の助け合い、そしてペンパザシは順調に14座最後の1座に登頂しました。成功したものの、ペンパザシにとってはとても嬉しいというわけではありません。
「うれしくはありません。最も残念に思うのは、チームメイトの仁那です。とても良い仲間でした。もし彼が(14座全山登頂者)になるならば、私達は間違いなく大喜びしたでしょう。(中略)しかし、兄弟はいないのです。」
ペンパザシは最後にコメントしました。
「登山隊に参加して以来、私は最高の栄誉を享受しました。多大な苦痛をも経験し、幸福と苦痛はすべて享受しました。私の人生は完璧なものになりました。」
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U397p6t12d1534489f44dt20050429210939国家体育局の座談会で発言するペンパザシ氏(左)

ペンパザシ(辺巴扎西) 1965年生、チベット族
1984年チベット登山隊訓練に参加
1985年チョーオユー6500mまで
1986年ニンチンカンサ7206m登頂
1988年中日ネ三国合同チョモランマ隊8000mまで
1992年中日合同ナムチャバルワ隊参加
以後、ペンパザシおよびチベット隊14座全山登頂の経歴
1993年アンナプルナ、ダウラギリ
1994年シシャパンマ、チョーオユー
1995年ガッシャブルム2
1996年マナスル
1997年ナンガパルバット
1998年カンチェンジュンガ、ローツェ
1999年チョモランマ
2001年ブロードピーク
2003年マカルー
2004年チョゴリ(k2)
2006年アンナプルナ
2007年ガッシャブルム1

14座登った人のコメントって毎回気になります。最初に達成したメスナーの「これで(記録から)解放された」という意味の言葉はむしろ悲痛な感じをうけましたがね。
幸福と苦痛は全て享受した、と言い切るペンパザシ氏の姿勢に、なんと申しましょうか、男として惚れるなあ。

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コメント

僕には山をここまで登れるなんて、この人幸せだなーと感じます。

投稿: 西羅(にしら) | 2007.07.16 20:12

彼等チベットチームは山に登ることがいわば仕事ですが、国の体制や環境は変われども、仲間や家族に支えられて山に登るという事は世界中変わりないのだなあ・・・と感じました。

投稿: 聖母峰 | 2007.07.17 04:58

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