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ナンダデビ東峰にインド隊入山

続けてインド登山の話題。
久しく登頂の話題を聞かないインドの第2の高峰・ナンダデビにインド軍の登山隊が入山の模様。

THE KUMAON AND NAGA REGIMENTS NANDA DEVI EAST MOUNTAINEERING EXPEDITION FLAGGED OFF  by PIB/Goverment of India 8/31

例のCIAによる衛星追尾装置設置事件が尾を引いてたり、世界遺産指定などなど諸般の事情により、ナンダデビ峰を取り囲むいわゆる「内院」に対して入山禁止措置が取られているため入山隊は少なくなっていました。
(90年代にインド隊は登頂している模様)
世界でも有数の美しい山と言われ、あのテンジン・ノルゲイがエベレストをさしおいて「最も困難な山」と発言したことも、ナンダデビ峰の名前を広めるのに一役買いました。

今回の登山には英軍空挺部隊のメンバーが参加しているとか。
植民地時代の旧宗主国の役得か?
某国の山岳ガイドが2010年頃にナンダデビの公募隊を企画しているようですが、さてさて。

739d144fddナンダデビ東峰

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都会人のクライマー

いいよなー。
国内登山で6000m峰に行ける人たちは・・・

City climbers to scale rare peaks by The Telegraph

インドの「City climber」がニルカンタ、インドラサンなど6000m級の名山を次々と登っているという話題です。
従来はインドの登山界といえば軍人または国境警察など一部の人間の世界でしたが、ここ最近の経済発展に伴い、一般市民の登山隊も活躍しているようです。
今春には一般市民の登山愛好家がシブリンにも登りました。

欧米メディアでCity climberといえば人工壁を登るクライマーを指すことが多いようですが、インドメディアでは「一般市民」の登山愛好者をCity climberと表現するようですね。
いまだに食うや食わずの農村が存在するインドで、お気軽に6000m峰に行ける人たちってどんな階層なんだろう。ちょっと興味があります。

あ、山形市民が小国町民に向かってシティボーイだと自慢するのは、東京モンから見れば目くそ鼻くその世界なんでしょね。

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ガイドって何よ?

伝聞の話題ですが、
(まあソコんとこの事情は汲んで下さい)

舞台は東北某山の、夏山シーズン真っ盛りで登山客で満員の避難小屋。
そこで、某自治体の山岳ガイド組織の団体さんが夜中まで酒に酔って騒いでいたらしい。

最近、地方自治体が町興しも兼ねて独自に山岳ガイド制度を立ち上げているようです。
山やってる方はご存じのとおり、日本には日本山岳ガイド協会(JMGA)という組織が存在するワケですが、地域毎に、また季節毎に自然の変化の激しい日本、地域独自に地元の人間が活躍できる枠が設けられることは有意義なことだと思います。

んが、山岳ガイドってイコール単なる道案内&歩く植物図鑑じゃねえべ、と先の醜態のウワサに思うんだけどね。

先の八甲田の雪崩事故を受けて、青森県庁のウェブサイトでみかけた記事がこちら↓

http://www.pref.aomori.lg.jp/kenmin-koe/h18kankou-d-004.html

こういう行政の姿勢を読むに付け、日本山岳ガイド協会という組織が行政にも認知されている、ということを強く感じます。
また、地方独自の自然ガイド制度を立ち上げようとしているところでも、このように↓
https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?blog_id=19253
山岳ガイドという存在の必要性を真摯に捉えている地域もある。
以下記事引用
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本校の認定する最上巨木自然観光ガイド一種の資格レベル(インタープリター・レベル)の知識・能力を持つガイドの養成を目的としており、高度な登山技術、ツアーやコースのプランニング能力および事業管理能力を持つ高度なガイドの養成までは目的としていない。したがって、最上巨木自然観光ガイド一種の資格レベルの案内人が中級レベル以上の登山技術を要する山岳登山を企画し、ツアー客を募集してツアーを実施するというのには相当な無理がある。こうした本格的な山岳登山のガイドを行うには、特に高度な事業管理能力が必要とされる。(以下略)
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山での飲酒は結構ですが(はっきり言えば、私はウェブ上に散見される頂上での飲酒は危険だと考える)、自治体独自のガイドかJMGAのガイドか、という問題ではないんですね。
一般の方々から見れば同じガイドでしょうから。
また私も組織や資格の有無に関係なく、いろんな方から「山」を学びたいと思っています。
然るに、先のような醜態は・・・

ガイドは人から見られている。
まだ他の登山者の見本たる自信は無いけれど、今回の話しを聞いて、改めて肝に銘じる次第でした。

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日本の岳人は横川文雄氏に感謝せよ 【訂正】

韓国メディアを閲覧していて、ちょっと驚きのニュース。
メスナー文学の最高傑作とも言われる「ナンガ・パルバート単独行」の韓国語版が よ う や く 出版されたという話題です。

本と道 メスナー登山記・不屈の意志 byクッキニュース8/24

いや何が驚いたかといいますと、ナンガ峰のルパール壁再登に成功した韓国で、未だ「ナンガ・パルバート単独行」が韓国語版で読まれていなかったということです。
日本の植村直己の手記が韓国では「妻よ、俺は死にに行く」というトンデモなタイトルで出版されているのに対し、メスナーの「ナンガ・パルバート単独行」韓国語版のタイトルは「黒い孤独・白い孤独」となっています。(読んだことのある方なら、この二つのキーワードの重要性おわかりですね。)

この報道に接し、日本においてはプライベートでもメスナーを知る横川文雄氏の翻訳があってこそ、日本ではメスナーの著作が広く読まれたのだという事実をあらためて思い知らされます。
 日本の出版業界において翻訳書は出版物全体の1割程度、そのうち山岳書など微々たるもの。それを考えれば、日本の登山関係者は横川文雄氏という名翻訳者の存在に恵まれた事に、感謝しなければならないでしょう。

Messner
韓国語版「ナンガパルバート単独行」(韓国語題・黒い孤独・白い孤独)の表紙
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【訂正】
当記事に関して、大韓山岳連盟・京機道支部理事の申氏より情報提供いただきました。
韓国では1983年に今回と同じ金氏による翻訳本が出版されていたそうです。
今回の新聞記事は「新しい本」として紹介されていたので新版書でしょうか。

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男子三日会わざれば刮目して待て

070827_194201

私の場合・・・・・三百万年くらい待て。

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夏の終わり

Imgp0197
前山の登りはヤマホトトギスがいくつも咲いていた。

昼前には娘と公園で遊びに行く約束のため、早朝家を出て北蔵王連峰の一つ、山形神室をめざす。
自宅で洗顔を忘れたため、笹谷峠の水場で洗面、飲水の補給。
山で顔を洗うと、何か山の精気のようなものを受け取るような気がする。
笹谷峠から山形神室に至るコースは、ピークとピークの間が平坦な稜線となる。
考え事をしながら登るにはうってつけだ。
ガイドの資格のこと、ガイドの仕事の事、本業の事、海外登山の事。
答えの出ない考え事を、ループのように繰り返す。

自宅の玄関を出て2時間半、山形神室の頂に到着。
今日は考え事がメインのため、すぐに山頂から引き返す。

Imgp0207
自宅から車で30分ほどで蔵王の稜線、森林限界へ
(注・筆者は 住 宅 街 に住んでおります)

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もうススキが生えている登山道では、まだ蝉が賑やかだった。
残暑の夏を主張するかのように。
それとも、蝉の残り少ない生涯の証を示そうとしているのか。
気持ち良い稜線のそよ風に飛ばされそうになりながら、蝉は灌木にしがみついて鳴いていた。

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またまたメスナーおじさんがやってくれました。

最初このネタは複数のイタリアメディアで取り上げられていたのですが、機械翻訳の誤訳だろうと信じられませんでした・・・ドイツメディアでその画像を見るまでは・・・

やってくれましたラインホルト・メスナーおじさんがっっ!!

あのラインホルト・メスナー、化 粧 品 プ ロ デ ュ ー ス で す っ ! !

Bergsteiger Messner kreiert sein eigenes Parfum by Tirol.com8/19

その化粧品の実物画像↓
Dnrmessnerparfum2gross

化粧品のタイトルは「Messner Mountain Magic」
いきなりメスナーおじさんのご尊顔のイラスト入り。
一昔前のチャールズ・ブロンソンの男性化粧品みたいで私はイイ感じだと思いますが。
ドイツ語はよくわかりませんが、日焼け防止の皮膚保護ローションのようです。

POLA化粧品の尾川智子さんどころじゃありませんぜ、昔は岩雪誌に狂って今は山で加齢臭撒き散らしている団塊世代の旦那衆。
さすがはメスナーおじさん、歳とってもやることが「第七級」です。
ニッピンで輸入販売してくれたら秋葉原まで買いに行こう(たぶん)。

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鬱くしい国・にっぽん

月末まで更新お休みと宣言しつつも、早くも復帰。
仕事では無神経とかもっと神経使えといわれるのですが、
自律神経失調ってやつでしょーか、
膝から下が冷えて(いるような感覚がして)いる日が続く。

070821_171001
灯台もと暗しってやつでしょうか、
十数年通勤している会社の近くで「大賀ハス」の群生地を示す看板を発見。
現場仕事を終え、5時も過ぎたのでふらっと立ち寄る。
鬱々気味の絶頂も過ぎて、なんとなく季節の移ろいってやつを感じる。

夕方なので花は全て閉じていました。

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更新おやすみのお知らせ

筆者鬱々につき、8月末までブログ更新をお休みします。
(本人の気分次第で早く再開します)

残暑厳しい折、皆様お元気で。

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8000m峰14座登頂を支えた男達 ザックメーカー「サミット」の場合

韓国のザックメーカー「サミット」の社長が、8000m峰14座登頂と交差する自らのビジネスを語りました。

登山業界のトップに聞く チャン・チェスン サミット・リュックサック社長 by 月刊山8/14

以下記事引用開始
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「欲張らず、リュックサック単品に集中したのが、生き残ることができた秘訣」とチャン・チェスン(54歳) 社長は語る。
「何年か前まではしばらく衣類も手がけてましたが、モデル一つ毎に心をこめて製品を出すのが身についた私としては、サイズ別に大量生産しなければならない衣類は体質に合わなかったんですね。」
単一品目で外国製品と立ち並ぶ競争力を見せている国産ブランドは、現在サミットリュックサックが唯一だ。総合商社製品と言っても外国製品との競争に耐えている韓国ブランドは極少数に過ぎないという点でサミットの存在は際だつ。

オム・ホンギル 8,000m峰登頂の度にサミットを愛用

2007081400449_1オム・ホンギルと共に一番多く8000m峰を登ったデナリエクスペディション

 国内の登山愛好家にも人気があるサミット25年の歴史をふり返れば、たとえ単一品目とはいえ、サミットは市場原則によって動いて来た。おかげで今のようなブランドとしての価値を享受するようになったことが分かる。
 まずチャン社長はスター的存在の登山家を通じて、效果的な宣伝效果を得ることに成功した。
「有名タレントが使う化粧品こそ、女性たちも買って使う」と言う消費者心理の基本を彼は本能的に悟っていた。しかし有名人をモデルに動員する資金力がなかった彼は、有名人たちが使うしかない製品を作って彼らにそのまま提供した。オムホングギル、パク・ヨンソク、 ハン・ワンヨンなど韓国の8,000m峰登山家たちだ。(訳者注・いずれも韓国が輩出した8000m14座登頂者)

 化粧品ではないリュックサックは, 特に高所登山ではその機能によって命が左右されることもある重要な装備だ。例えば、ザックのチャックの歯が小さすぎることによって凍結したり、あるいは濡れた手袋を換えなければならないのにザックの奥底に入れていて取り出しにくければ、すなわち深刻な危機となる。
 高所登山家たちは重量を減らすことに神経を使う。「靴下一足、あるいはチョコ一切れを入れるかどうか」考える。 チャン社長はこのような重量, 構造, 機能などが高所登山にふさわしいサックを作ってオム・ホンギル、パク・ヨンソクらに使って見なさいと与えた。

「オム・ホンギルが使うザックを作る時は特に背当てとショルダーベルトに気を使いました。 西欧人に比べて体格が比較的小さい韓国人にとって、ヨーロッパやアメリカの製品は背当てがとても長いんです。 特にホンギルは身長168cmで小さい方だから、ヨーロッパブランドのザックでは尻の下に重心がきて具合が悪かったんです。それで背当ての長さやストラップの長さをうまく調節することができる構造に作りました。」
以後、オム・ホンギルは彼の遠征スポンサーがどこであっても、8,000m峰登山にはほとんどサミットのザックを自ら要望して使った。

 しかし周辺の評価を探れば、チャン社長はそんなに用意周到な人ではない。
 チャン社長がオム・ホングギルのザックを作った最初の動機は、何より巨峰山岳会の後輩だったからだ。社長とオム・ホンギルは 80年に巨峰山岳会を一緒に創立するほどに親密な関係だ。「ひたすらオム・ホンギルの成功のために作ったし、それを彼が使っただけ」と社長は語る。そのザックはしかし、登山愛好者に広く知られ、多くの人が猫も杓子も捜すザックになった。

2007081400449_2職員とザックについて話を交わすチャン社長
「この小型ザック・ナルシソスはデザインや機能があまりに先行して売れていない製品中の一つ」と語る。
「パク・ヨンソクもノースフェイス専属になるまでは、サミットのザックを担いで登っています。ハン・ワンヨンも三座で私たちのザックを使っています。その外にも、93年光州全南連盟チーム朴憲裁隊員がエベレスト登頂の際に時担いだザックは山岳博物館に所蔵されています」
サミットリュックサックの中で 8,000m峰最多登頂のリュックサックは 2000年から市場に出たデナリエクスペディション(58リットル)だ。オム・ホンギルと8座に登った。

2007081400449_3サミットのザックを担いでヒマラヤを眺めるオム・ホンギルの写真で作った広告.
「アタック型サックは深く内部に入れた物品を取り出そうとすれば、上蓋をまず開いて上の絞り紐をゆるめて、上の装備を先に取り出さなければならないでしょう。デナリエクスペディションはザック裏側に開閉することができる構造を作り、リュックサック下半部を簡単に利用することができるようにしました。ザックの重さは 2kg 以下に減らしたんです。」

 オム・ホンギルと親しかったスペインのバスク隊もこのザックを好み、史上6番目の8000m峰14座登頂者であるファニート・オヤルサバル(スペイン)の場合、マカルーとローツェにこのザックを担いで登った。このザックはその後韓国山岳界で高所登頂用に位置づけされ、幾多の遠征隊がこのデナリエクスペディションを持って行った。現在、釜山山岳連盟の K2 遠征隊もこのザックを使っていると言う。
 このザックの便利さは国内の登山愛好家の間でもロングセラーとなった。90年代に大ヒットした小型サックST908以後、サミットリュックサックの中で一番多く販売されたザックで、現在も一月に 100個以上売れていると言う。

2007081400449_4 8,000m峰頂上に登ったサックたちを前に置いて座ったチャン・チェスン社長
単一ブランドのリュックサックが8,000m峰16座(訳者注・14座+ヤルンカン、ローツェシャール)を登った記録をギネスブックに申請すると言う。オム・ホンギルが今回ローツェシャール登頂時に使ったサミット・バタフライ(58リットル)はデナリエクスペデションを一段階進化させた製品だと誇る。このザックは背当フレームに既存品より軽く強い素材を使い、58リットルザックでは軽い1,850gに重量を軽減した。

しかし、社長はオム・ホンギルが帰国すると同時にこのザックを全てリコールした。通風性を高めるためのパーツに弱い部分が登山中に発見されたからだ。
自動車ならともかく、ザックのリコールは国内ではたぶん初めではないかと思う。販売の繁忙期にもかかわらずリコールを強行し、自負心をもって彼はリュックサックを作って来たし、今後もそんな方針だと語る。
チャン社長は新製品が出れば必ず直接そのリュックサックを担いで近くの南漢山城の 4時間コースを歩いてみる。その後いくつものフィールドテストを通じて短所改善を繰り返す。サミットのヒット作にはこのような長年のノウハウが集約されている。
 サミットがその間に市販したザックの種類はおよそ500種。なかでも最初の大ヒット作は90年のST908型だ。その頃国立公園内での炊事・野営禁止制が施行され、日帰り山行が流行りはじめ、サミットの20リットル小型ザックST908型は飛ぶように売れた。

 90年代中盤まで、リュックサック市場はサミットの独り舞台だったと言える. しかし近年は新しいブランドの国産リュックサックたちが台頭、有名外国ブランドリュックサックたちが輸入され、サミットの売上げは減少状態だ。何より地方の取引先販売店が有名ブランドの代理店となり、打撃を受けた。だからチャン社長は「近頃は緊張している」と言う。

「有名ブランド製品も中国で製造、安い価格で流入してきています。彼らと競争しようとすれば、品質には自信がありますからデザインで先に進まなければなりません。 これからはデザインに特に力を入れて高級ブランド化する予定です。」

 彼は高校時代から岩壁登山をした山岳人だ. 彼は 91年出した ST917を思い浮かべる. このリュックサックは当時としてはヨーロッパ有名ブランドリュックサックとほぼ同価格である 17万ウォンで発売したが大人気を呼んだ. デザインから裁断、縫製まで心をこめて作ったという広告を通じて広く知らせた。
 すべての長所は、他人に知らせなければ分からないものだ。
チャン社長はサミットのザックの特長を山岳メディアの広告を通じて知らせることにも特に力を注いだ。ST917型の場合、「このザック一つ作るために20個の試作品を製作しました」というコピーを雑誌広告に出し、ザック自体が山岳人の間に話題になった。
 その他、フォルクスワーゲン自動車の広告をもじった「小さな部分を見て下さい」というコピーで、小さなパーツをポツンと見せて、このパーツの角度がザックに重い荷物を入れても快適な構造であることを知らせたりする、ザックの各部分にどれほど真心をこめたのか広く知らせる広告を掲載した。
その広告シリーズが特に功を奏したと彼は振り返る。結局は韓国消費者に一番相応しい製品を作って效率的に広報するという、市場の基本に忠実だったわけだ。

 チャン社長は高校在学時代から山登りを手始め, 同窓生たちと YCS(Young Climbers Society)というクラブを作って仁寿峰の岩壁を登った。ソウル山岳遭難救助隊の諮問委員で活動した期間も長い。
 彼は高校卒業後、親から受け継いだ家業の家具業を捨てて80年からミシン二台でリュックサック製造業を始めた。83年からトンジンレジャーのリュックサックを下請生産する片手間に、サミットという商標で製品を生産し始め、90年代初めに多くのモデルがヒットしてサミット製品だけに賭るに至った。
「指紋が擦れるほどに熱心にリュックサックを作った」と彼は振り返える。
 彼は山岳人出身という自負心を失わないため, そして登山用品メーカー業者らしい登山経歴を積むために登山にも熱中, 92年 38歳の時に北米最高峰マッキンリーを登頂したりした。93年にはオム・ホンギルとともに遠征、8,000m峰の一つのシシャパンマ登頂を狙ったが、第3キャンプ(7,300m)で退却した。 下山中にクレバスに落ちたが、腰が引っかかり九死に一生を得た。
「私には運もあり, 何より人徳があります。もう再跳躍を始めたから見守ってください。国産装備の中でリュックサックだけは世界的に信頼受けるブランドが一つ出ると思う。」
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以上引用おわり

 以前当ブログで紹介したトレックスタ(TREKSTA)もそうですが、8000m峰14座を目指す岳人の活躍に伴って、韓国国内の登山用品メーカーが非常に影響を受けているということがわかります。
 かつて日本の登山雑誌でよく見られた「○○遠征隊が使った」という類の宣伝と提灯記事については、故・小西政継氏が著書の中で散々に喝破していますが、韓国では大きく消費者に支持されているようです。
 今回のサミット社長もそうですが、トンジンレジャー(コーロンスポーツ)社長といい、クライマーであり登山用品メーカーとしての「経歴」を積むために自ら8000m峰に赴くというのも特徴的ですね。
 日本ではクライマー出身→メーカー社長という経歴の方は幾人かおられますが、企業のトップに就いてからも自ら遠征登山に行くという方は少ないのではないでしょうか?(思い当たるのはマジックマウンテンとかロストアローとか・・・かな)

 なおザックメーカー・サミットのウエブサイトはこちら→ SUMMIT

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はいはい、ごめんなさい(棒読み)

商売のためなら中国サマに頭が上がらない売国経営者の愛読紙、日経新聞が楽しい記事を掲載しています。

中国人の「対日感情」、9.9ポイント改善・日中世論調査 by 日本経済新聞8/17

さて、ここで中国人民皆様のナマの声を聞いてみましょう。
先日、東京都勤労者山岳連盟隊が「不法」登山として入山した件について、中国のアウトドアサイト中国戸外資料網に寄せられた掲示板の声は・・・

関于日本団体併入四川省甘孜州雅拉神山併行非法登山的通報 by中国戸外資料網8/15
以下引用開始
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凍らせてミイラにして陳列して、日本のやつらを教育しよう

日本人は本当に厚かましい!私はその場に埋めることに賛成する!!

日本のやつらはくたばれ!

奴らは死ね!!!

このような事は更に広く告知して、彼等をその場で埋めて終わらせてはいかん!

最寄りの場所で銃殺刑にするべきです
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以上引用おわり

はいはい、中国人の対日感情は改善してますね(笑)

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インスボン(仁寿峰)最新トポ・パンフレット

大韓山岳連盟のサイトをチェックしていたところ、韓国のスポーツ用品店ネルソンスポーツコリアがインスボンのトポを配布という情報が掲示されていました。
同店の担当者に確認したところ、無料配布で航空便で送ってあげますとのご返事を戴いたので、早速取り寄せてみました。
全体はA2版大の図を六折に畳んだパンフレットタイプで、1(南東面)、2(西~西南面)の二枚に分かれています。裏面は山の解説とネルソンスポーツコリア取り扱いのギアカタログになっています。

Insu1二枚セットになっています。

Imgp0188南東面トポ

Imgp0189西~西南面トポ

日本におけるインスボンのトポといえば、山と渓谷誌2000年9、10月号に掲載された安村淳氏の筆によるトポが最も充実した日本語記事ではないでしょうか。
あれから7年、今回配布されたトポには78本のルートが掲載されています。
個々のルート解説については前述の安村氏の記事にかないませんが、山全体のイラストにルートが描かれ、概要を掴むには良い参考図だと思います。
ちなみに、表紙片隅には「月刊MOUNTAIN誌2007年8月号 別冊付録」と書いてあります。同誌の付録を別途配布しているものなのでしょう。
なお、このトポは全文ハングル語表記です。ルート記号凡例とルート一覧のルート名は英語表記になっており、韓国語ができない方でも最低限の情報は得られるかと思います。

さて、私のブログもいつのまにやらアクセス数10万を突破(普段は心理的に影響を受けるのが嫌なのでアクセス数は見てない)、私自身もインスボンに行く前は様々な方のサイトを参照させていただいた身。
今回インスボンのトポは二部ずつ送ってもらったので、ネットで受けている恩恵をお返しする意味で、先着一名様に今回紹介したインスボントポをプレゼントいたします。
できれば大勢の方に利用いただきたいので、今後インスボン行きを計画されている山岳部・サークルや山岳会の方のご応募を希望します。
 ご希望の方は連絡先cys01362@nifty.ne.jpまでメールを下さい。
 まことにすみませんが、早い者勝ちでございます。

※8月28日締め切りました。ご応募ありがとうございました。

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【速報】中国四川省甘孜州で日本人5名、不法登山として摘発さる

四川省甘孜州で、男性4名女性1名からなる日本隊が不法登山として当局に摘発、罰金刑を処せられた模様です。数多くの中国メディアが報じています。

日本一登山隊非法攀登四川雅拉雪山被査処 by 新華網8/16
以下記事引用開始
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 新華網 成都発(記者・劉海)8月15日、四川省登山協会は地元住民の告発を受け、日本人5人からなる登山隊が四川省甘孜州の境界内で不法な登山活動の展開を発見しました。甘孜州体育局はすでにこの登山隊に直ちに登山活動を停止するよう命じ、初犯であることを考慮して5000元の罰金行政処罰としました。

甘孜州体育局の登山協会の報告を受け取った後、四川省登山協会の副事務長の高敏は直ちに康定に駆けつけ、現地登山協会と共に現地調査に着手しました。高敏の証言によれば、この日本の登山隊は男性4名女性1名から構成され、8月初めに甘孜州に入りました。
6日に地元住民の告発を受け、甘孜州登山協会員が7日の定例パトロールの際、ベースキャンプ地にこの不法な登山隊を発見しました。当時、隊はすでに海抜4300メートルに到達し、第1キャンプを設立していました。

この日本登山隊は入山前、関連部門に登録を申請していませんでした。関連規定によれば、海抜3500メートル以上の登山活動については必ず省レベルのスポーツ主管部門に申請を提出しなければなりません。
(中略)
高敏によれば、日本隊は不法登山の事実について包み隠さず自供、中国側の行政処罰を受け入れたいと表明し、不法登山の事実に対して反省と陳謝を行いました。現在、甘孜州スポーツ局はすでにこの日本隊の登山活動を停止しました。

『外国人訪中登山管理法』と『四川省スポーツ経営活動管理法』により、甘孜州スポーツ局はこの日本登山隊に対して5000元〜50000元の行政処罰を実施する権利があります。この隊は初犯であるため、甘孜州スポーツ局は5000元の行政処罰を与えました。もしこの隊が引き続き登山活動を求めるならば、成都に戻って省レベルのスポーツ主管部門で登録を申請、許可を取得した後に、引き続き登山することができます。
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以上記事引用おわり

記事では隊員名は明らかにされておりませんし、登山活動の未申請がミスによるものか、登山者側の無知によるものか明らかではありません。
この記事から読み取れることは、地元住民からの告発とあるように、四川省同地域での登山活動に対して監視システムが確立していること、また登山協会も「定例パトロール」を出していることがわかります。

 私が個人的に推測するに、四川省同地域は自国民の登山愛好者も増加しているため、登山管理については厳しくなっているものと思われます。
 特に中国は急速な経済発展に伴う登山愛好者激増により、登山に関する規則の変化には常に注意を払う必要があると思います。
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続報
16日19時の時事通信の報道によれば、摘発されたのは東京都勤労者山岳連盟隊のようです。
こちらの報道によれば、『登山隊は地元の旅行社から、ヤラ雪山登山には許可は必要ないと聞かされていたという。』とのこと。
3500m以上のピークの登山(チベットにおいては5000m以上のピーク)に適用される外国人訪中登山管理法の公布・施行は1991年、日本の出版物ではHAJの「中国登山の手引き」(第四版・96年発行)にも明記されています。
 実際の経緯は定かでありませんが、海外登山においてエージェント(または旅行社)の情報をうのみにすることの危険性が端的に表れている事例だと思います。

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朝日連峰・日暮沢林道 続報

8月8日付の記事で朝日連峰・日暮沢小屋に通じる林道工事および通行止めの情報を掲載しましたが続報です。
『根子~日暮沢小屋間の林道は、23日(木)、24日(金)の日中のみ車両全面通行止めと、最終情報が入りました。夜間は通行可能です』とのことです。
情報ソースは西川山岳会様のウェブサイトより。

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セブンサミットを馬鹿にするなっ!

登山の事情通で七大陸最高峰登頂者「セブンサミット」を軽くみる人が多いけど・・・

あやまれ!
セブンサミット達成者や目指してる人にあやまれ!
セブンサミット達成は大変なんだぞ!
こんなにたいへんなんだぞっ!

どれくらい大変かはここをクリック↓
エルブルース登山の光景 by UKCclimbing forum8/7

いやあ、セブンサミットってたいへんですねー(棒読み)

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静寂の朝日連峰 -ぶな峠から鳥原山をめざす-

「ぶな峠」から鳥原山をめざす。
朝日連峰縦走の起点(終点)である鳥原山には、朝日鉱泉、古寺鉱泉、白滝から登るコースがポピュラーである。
しかしもう一つ、ぶな峠という箇所からのルートもあるのだが、不思議と市販のガイドブックには記載されてない。
だからこそ、ガイドとして確認しておきたい。

鳥原小屋の管理人、HAJの鈴木正典氏を訪問する事も目的の一つである。
管理人生活で不足しているであろう果物(スイカ)と発泡酒セットをザックに忍ばせ、いざ出発。
・・・しかし、ぶな峠コースの登山口が見あたらない。うっかり見過ごし、車で二回ほど登山口があるはずの箇所を往復する。
目立たない登山口を見つけだし、ようやく出発。
登山口から胸までの藪漕ぎが数メートル続いたが、樹林帯に入ると踏み固められたしっかりした登山道になっていた。タラタラと沢筋の細い道をゆく。
道と沢が交差したところで一気に稜線まで急登。急登は10分ほどで、稜線にあがると平坦でとても快適なブナの道。両側を二次林と思われるブナ林に囲まれ、夏の日差しをさえぎってくれる。

1時間ほどで畑場峰、古寺鉱泉からの登山道との合流地点に出る。
ここからは稜線をまく平坦な道。
快晴で暑く、Tシャツは汗で重くなり、裾から滴が落ちる。
少し登るとぽっかり湿原の島に浮かんでいるような鳥原小屋がみえた。
小屋番の鈴木氏と久々の再会。
時折訪れる登山者に応対する鈴木氏と、積もる話・・・お互いの近況やツアーリーダーの話、高所登山の話など交わす。鈴木氏との共通見解は、今後の日本の登山界において、高所登山の記録を一括してとりまとめる事が困難になるのではないか、と憂慮していることだった。
クライミングの情報・データのとりまとめについては雪山大好きっ娘さんがITエンジニアらしく関心を寄せておられるようですが、高所登山については記録の集積が「放置」され、埋もれていくのでないか。などなど、硬い話から昨今の登山者像まで様々な話題を話す。

昨日は鈴木氏は大変だったらしい。
鳥原小屋に荷物を置いたまま、中年女性が夜七時になっても戻ってこない。
心配した鈴木氏が捜索にでたところ、当の女性は大朝日小屋で小屋番の大場さんに誘われ酒盛りしていたという・・・
朝日連峰を訪れる中高年女性登山者の皆さん。
大朝日小屋の管理人、大場さんは齢80越えながら今夏も達者に大朝日小屋番を頑張っています。
歳が歳だけに、大場さんには中高年女性登山者は娘っ子にみえるらしいですから、誘惑に惑わされないように(笑)

鈴木氏の登山者の対応は元金融マンらしく心遣いが細かい。
登山者に目的地までの時間を訪ねられると、必ず「この小屋まで何時間かかりましたか?」と確認する。
かかった時間でその人のペースを把握・推定し、その登山者のペースに合わせた目的地までの時間を教えるよう、心掛けているのだそうだ。
伝わってきた話では、古寺鉱泉の駐車場には50台以上の車がひしめき、今日あたり大朝日小屋の宿泊者は100人近くなるのではないかという。
鳥原小屋は大朝日をダイレクトにめざすコースから外れているため、訪問者は比較的少ない。
しかし鈴木氏や朝日山岳会のご尽力で、ネット検索してもわかるが鳥原小屋は綺麗だと評判である。
静かな朝日連峰を目指す方は、ぜひ鳥原小屋、鳥原コースを計画に取り入れてください(宣伝)。

鈴木氏から「ぶな峠」コースの話を聞く。
もともと登山道ではなく、昔の山林伐採の軌道などが設置されていた道なのだそうだ。
なにぶん、古寺、朝日鉱泉など主要コースの陰にかくれていることもあり、地元役場でも予算がつかず、刈払いなども行われていないらしい。
しかし居合わせた朝日山岳会の方々の「ぶな峠コース」への評価は高く、途中の平坦なブナ林の道は快適だ、春先は水芭蕉が素晴らしいというお話だった。
長居をしているうちに昼になる。
鈴木氏手製の素麺を、朝日山岳会の方々と共にご馳走になる。

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登山道整備や山岳会の話題で盛り上がっている鈴木氏や朝日山岳会の方々を眺めていると、地元の方々の努力で登山道が成り立っているんだなあ・・・と改めて思う。
食後のコーヒーまで戴く。外の猛暑とは対照的に小屋の中は涼しく、熱いコーヒーが美味しい。
コーヒーを飲んだ後、鈴木氏に改めて御礼を言って下山。
小屋から10分ほどの鳥原山頂に立ち寄った後、ぶな峠をめざして下りる。
大賑わいの大朝日各コースとは異なり、まったく人に出会わない、静寂のコースでした。

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沢筋から急登を過ぎ、平坦なブナ林。
強い日差しも遮ってくれる快適な道。

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半ばひからびていたカエルに水をかけてあげました。
急に元気になってました。

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鳥原山の湿原にぽっかり浮かんだような鳥原小屋

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朝日山岳会の尽力で、木道に転倒防止のステンレス網がかけられています。

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鳥原山山頂から小朝日・大朝日を望む。
百名山なんて気にしなければ、静寂の山が楽しめます。

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名は体を表すといいますが・・・タマゴダケ。
自然の造形は、H・R・ギーガーのそれよりもユニークだ。

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ワンポイントアドバイス
ぶな峠~鳥原山コース
Map

登山口の状況↓
Imgp0171

上述記事のように、刈払いは期待できません。
登山道はしっかり踏み固められ明瞭ですが、前半の沢筋ルートは草むらを通過したり、沢と道が交差したりするため、無雪季の山でもしっかり登山道のルートファインディングができる人向きです。
また鳥原小屋まで、眺望はよくありません。

Imgp0186
上記のように丸木橋や徒渉が幾つかありますので、雨天時は要注意です。
また沢筋でアブが非常に多いため、8月は登山は避けたほうが無難でしょう。
水芭蕉が点在していたので、春~初夏がよいかもしれません。
本日のコースタイム
ぶな峠~鳥原小屋・鳥原山分岐 2:15
鳥原小屋・鳥原山分岐~ぶな峠 1:45
最近出版されたパンフレット「朝日連峰まるごとナビ」(朝日町・西川町・大江町・山形広域観光協議会)では、ぶな峠→畑場峰2:10 畑場峰→鳥原山1:20、 鳥原山→畑場峰1:00 畑場峰→ぶな峠1:30 となっています。ゆっくりペースと思われますが、ご参考まで。

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日本最大級の『不法投棄現場』に行ってみた

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9日、業務関連の研究会主催による、青森・岩手県境で発覚した「日本最大級」の不法投棄現場(の汚染対策現場)見学会に参加した。
平成7年、岩手県二戸町とニンニクで有名な青森県田子町の県境、総面積27haの高原において、マスコミを騒がせた香川県・豊島不法投棄事件を上回る総量92万tの産業廃棄物が不法に投棄されていた事件である。
当ブログは東京の方が数多く訪問されているが、日比谷公園の二倍弱の面積に不法投棄されていたといえば、事件の規模がご理解いただけるだろうか。
 事件の詳細については青森県のサイト 青森県境産廃不法投棄事案・環境再生に向けた取り組み が詳しい。

 この事件、私が所持している「地質調査技士」という資格の更新講習でも講演議題に取り上げられ、ぜひ現場を視察したいと思っていた。
 JR二戸駅から約40名のメンバーでバスで現地に到着。
 あいにくの大雨で現地サイトは車窓からの見学となった。
 青森県側は谷筋を埋めるように廃棄物が埋められた。汚染された地下水の浸出を防ぐため、莫大な費用をかけた浄水プラントが建設されていた。このプラントを見学。

 この事件について、強く印象に残っていることがある。
 事件発覚当時の現地調査にあたった大学教授が見せてくれた写真だった。
 おそらく不法投棄に従事した人間が作ったであろう、汚染水が流れる水路に木炭が敷き詰められていたのだ。もちろん、不法投棄された廃棄物の量・質からみて、そんな木炭の浄水効果など無きに等しいものだ。
 その木炭を敷き詰めたのは、不法投棄を指示した本人か、命じられた従業員なのかはわからない。
 だが、この事件に関わった人間にも、良心の呵責はあったんだな、とその木炭の光景を見て思ったのだ。
 実際に、その木炭を敷き詰めたのは何の目的かはわからない。
 この日本最大ともいわれる不法投棄の全容を知る産廃業者は、裁判中に自ら命を絶ってしまっていた。

 対策事務所内で詳細な説明を受ければ受けるほど、この投棄事件の深刻さがわかってくる。
 事務所の窓から外に目を向ければ、広大な高原が防水シートに覆われた不毛な光景が広がっている。
 この対策工に費やされた費用は青森・岩手両県で650億円超。
 莫大な金額よりも、もう取り返しのつかないものを人間の手で失ってしまったのではないか。
 そんなペシミスティックな想いにとらわれる。
 現場を立ち去るバスの車窓から、防毒マスクをした作業員が淡々と作業を続けているのが見えた。
 少し現場を離れれば、そこは美しい高原地帯。皮肉にも、事件発覚直前に環境省が「星のよく見える場所」に選定された高原でもある。 
 なんとも気が重い見学会であった。

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私をイカせて!

と、五月みどり主演にっかつロマンポルノ風タイトルで書いてみる。

土曜日の静かな職場。
ひーふー言いながらイラストレーターで展示会の資料作っている時、
「おい、パタゴニアって凄いんだな」
と、上司に話しかけられる。
え?
山好きな上司、パタゴニアトレッキングの本でも読んでいるのか?と思いきや、
Eco0708
日経エコロジーを手渡される。
中の記事は、シュイナードの『社員をサーフィンに行かせよう』の書評記事。
あ、パタゴニアって山じゃなくて会社のほうね・・・

上司よ!会社よ!
パタゴニア褒めちぎるんならボクも山にいかせてくり~!

以上、負け犬の遠吠えでした。

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富士山ワンデイ3回登頂、その後。

当ブログでも先日取り上げた、チャリティ目的に24時間で富士山登頂を3度試みた在日アメリカ海軍のジェフ・デ・グロート大尉とその仲間達。
その登山は日本のマスコミ・中国新聞等で取り上げられたようです。

富士山に24時間で3回登頂 米海軍士官がチャリティー by 中国新聞8/5

記事によれば今回のチャリティで四千五百ドル(約四十九万円)の募金が集まったとのこと。
ジェフ・デ・グロート大尉は過去二度富士山に登って未だ御来光を見たことがない、と語っていましたが、今回の登山で待望の御来光を望めたようです。
さて、今回のチャリティ登山の立案者であるジェフ・デ・グロート大尉より、私宛にメールと画像を戴きました。

2登山中のグロート大尉とシュワルツ大尉。

メールによれば、暗い中で難儀していた日本の登山者がいたので、自分たちのヘッドランプで五合目まで同行してあげたそうです。また幾つかの日本のマスコミの取材も受けたとか。
最近は富士登山が若い世代にも人気のようですが、ヘッドランプは登山に必携ですよ日本人の皆さん!
グロート大尉とシュワルツ大尉、そして仲間の皆さん、応援してあげた皆さん、当日は本当にお疲れさまでした。
またお二人が今後とも横須賀の児童福祉施設と良い関係を構築されることをお祈りしております。

さて、私は個人的に寸志とアミノバイタルプロをグロート大尉に送ったのですが・・・
いざ郵送する段になって初めて知ったのですが、横須賀の在日米軍基地のアドレスって、英語表記なのですね。
ネットで調べると在日米軍基地宛郵便物は国際郵便扱いになるという情報もあったのですが、我が山形郵便局では「日本国内にあるから」という理由で国内便扱いで受理されました。
(ちなみにモノはちゃんと大尉に届きました)
宛先を英語表記で書きながら、改めて「在日米軍」という日本の中の「外国」の存在を知った次第でありました。

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8000m峰14座登頂グッズ

何かとモニュメント好き(笑)な中国で出ました!
8000m峰14座登頂記念グッズ!

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世界14座8000米以上高峰登頂奨品方案已定 by 新浪旅遊8/10

 先日ガッシャブルム1峰登頂をもって8000m峰14座登頂を果たしたチベット隊の偉業を記念して、深圳市のコンサル会社が企画、隊員に送られる指輪だとか。
 18金で製造、山を象徴する14粒の天然宝石が埋め込まれチベット仏教の八吉祥(おめでたい結び目)の図案を構成しています。宝石の青は空を表し、登山する人の心が青空のように広大で明るいことを象徴しているそうです。
 中国人ってこういうの好きそうですね。
 14座記念掛け軸とか14座記念扇子とか出てこないかな?

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お盆明けに朝日連峰に向かう皆様へ

お盆明けの平日、静かな朝日連峰登山を計画している皆様へ。
日暮沢小屋に通じる林道が8月20日~8月24日にわたり舗装工事のため一般車両完全通行禁止になる模様です。
情報ソースはこちら↓
マウンテンゴリラの朝日、月山、山情報

同期間に日暮沢方面からの登山を計画されている方はご注意下さい。

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ストライクアラートについて

岩手の海水浴場で小学生が落雷により亡くなるという痛ましい事故が起きました。
そのためでしょうか、「ストライクアラート」で検索して当ブログを訪問される方が多いようです。

私は今のストライクアラートの初代モデルを購入しました。
山行に利用した結果、感想として言えることは、

1.「雷が遠ざかっていったか」の参考に使った。
2.やはり基本はマメな気象情報確認と観望天気。

の2点ですね。
実際に山に登っていて、ストライクアラートのLEDを気にするよりは、今目の前にある空の雲の様子に注目すべきです。
あるツアー山行の出発前でしたが、突然の激しい雨と雷に出くわし、落雷の間隔がだんだん長くなり、もう大丈夫かなあ~というときにストライクアラートのLEDは参考にしましたがね。あくまでも参考です。

やはり基本は出発前の気象情報のマメな確認、これに尽きると思います。

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山屋だったロレーナ・オチョア

先頃全英女子オープンで優勝したメキシコの女子プロゴルファー、ロレーナ・オチョア。

欧州女子】感無量のオチョア-聖地で決めたメジャー初制覇 by SANSPO.COM8/7

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サンスポの紹介記事では「登山」をやっていたそうですが・・・
日本では報じられていないオチョアの正体やいかに!

全英女子ゴルフ「聖地」征服した'おてんば娘' by連合ニュース8/7
以下記事引用開始
--------------------------------
500年間、女子選手に門戸を開かなかったゴルフのメッカ、セントアンドリュースで生涯初のメジャー大会優勝を成し遂げ「ゴルフの女帝」を位置づけたロレーナ・オチョア(25歳メキシコ)は、か弱い印象を受ける。
ほっそりした体つきのオチョアは、幼い時から極限的なスポーツに親しむ 'おてんば娘'として有名だ。
5歳の頃 4mを越す木に登って落ち、両手首が折れる事故があった。完治した際には "手首がもっと丈夫になった"と大きい声で叫んだというエピソードはオチョアの ' 過激性'を言い表すエピソードに数えられる。
(中略)
幼い時からハイキングと乗馬を楽しんだオチョアは、12歳の時海抜 4358mのネバド・デル・コリマ山を登った。
13歳の時には5000m峰の頂上に登ったオチョアは 17歳の時四日間でトレッキング、スイミング、カヤック等で構成されたアドベンチャーレースに最年少選手に出場して完走したりした。
(中略)
お兄さんのアルレハンドはヒマラヤ8000m峰14座の一つチョーオユー(8201m)を無酸素・最年少で登頂し、エベレストにも登頂した。
--------------------------------
以上記事引用おわり

両手首が折れる事故があった。完治した際には "手首がもっと丈夫になった"と大きい声で叫んだ
って・・・・それってまんま「巨人の星」の花形満の台詞だろうが!
話作ってねえか連合ニュース?

ちなみに、ロレーナ・オチョアのお兄さんアルレハンド・オチョア氏は2004年のメキシコ・カナダ合同チョモランマ隊で登頂した模様です。

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チベット難民銃殺で軍関係者処分

中国共産党の犬らしく朝日新聞が表題の件を報じています。

中国軍成都軍区副司令員、チベット族銃殺事件で引責か by 朝日新聞8/7

ま、毒入り風邪薬や毒入り食品を輸出する共産党独裁殺人国家中国はオリンピックを控えていることですし、これで幕引きしようという魂胆でしょうが。
しかしさ、イラクで米兵が住民虐殺したと憤る日本の左翼平和人権活動家の皆さんは「殺人者ブッシュ」とかプラカード掲げてデモしてたけど、中国大使館前で胡錦涛国家主席を罵倒したりしないんですか?

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「千人の悪魔の山」マモストン・カンリ

シアチェン氷河源頭にそびえるマモストン・カンリ(7516m)にフランス隊が入山するようです。

Paulo Grobel : Départ pour le Mamostong Kangri (7516 m) , Nord Cachemire by KAIRN.com

Mamostongeastマモストン・カンリ東面

マモストン・カンリの山名の由来は、手元の資料によれば「中央アジアの略奪者が大雪崩で全滅した」という伝説が伝わる「千人の悪魔の山」という意味だそうです。
84年に尾形好雄隊長率いる日本ヒマラヤ協会・インド登山財団合同隊が初登頂を果たすまで、外国人の立ち入り禁止、接近ルートすら不明の全くの未知の山でした。
84年の初登後は88~91年にかけて複数のインド隊が入山・登頂しているようですが、外国隊は84年以来のようです。
 今回のマモストン・カンリ登山の意義は二つあります。
 一つは、(報道ではカシミール問題はまだまだ深刻ですが)意志ある登山者にとって、シアチェン氷河の門戸が開かれつつあること、二つ目は当ブログで再三主張していますが、20世紀に展開された過去の日本隊(または合同隊)の成果が現代の登山者達の礎として活かされていることでしょう。(フランス隊を率いる山岳ガイド・Paulo Grobel のサイトに掲載されている山域概念図は、初登時のそれです。)

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映画 ブラインドサイト

夜行バスで早朝5時過ぎに東京駅前に降り立った私。
竹内君の入院している病院は面会は昼過ぎから。
私の秘密の花園、湯楽三昧の早朝料金で風呂に入った後、午前中はまるまる空いているので、

Bilindsinght
映画 ブラインドサイト~小さな登山者たち~ を品川プリンスシネマで視てきました。

全盲のエベレストサミッターであるエリック・ヴァイエンマイヤーが、チベットで盲学校を展開するサブリエ・テンバーゲンと共に、6人の盲目の子供達とともにチョモランマ北面のピーク、ラクパ・リを目指すドキュメンタリー映画です。

さて広告チラシには「チャレンジすることの大切さを教えてくれる」とあるのですが、この映画、日本のマスゴミが好むような「困難に打ち勝ち栄光を掴む」という類のお話ではなく、
「子供達にとってこの登山は何なのか」
「子供達にとって、そもそも「チャレンジ」とは何に対して、何を意味するものなのか」
と、登山を通じて根元的な問題が追求されていきます。
子供達を引率するスタッフ、サブリエ、エリックの衝突に息をのむ思いがしました。
強く印象に残ったのは、エリックの言葉、
「子供達を利用して何かを証明しようとしてはならない」
という言葉でしょう。
事実、80年代末~90年代初頭にかけて、ヨーロッパあたりでは「障害者の登頂」をウリにスポンサーを集め、肝心の障害者は「客寄せパンダ」でガイドとシェルパが登頂しておしまい、という「悪しき前例」があります。

私自身、盲目の子供達が実際に登った、この映画の舞台となるチョモランマBC~ABCの道は何度も上り下りした経験があるので、その苦しさ、まして盲目というハンディを負った子供達の奮闘が身にしみて感じ入りました。
この映画を評したブログの多くは子供達の奮闘に感銘を受けているようですが、私としては先週に自然の家行事で子供達を山に引率したばかりのため、劇中の引率スタッフの方に感情移入せざるをえませんでした。

クライマックス、子供達の身を案じるサブリエと、是非とも登頂させて子供達に何かを掴ませたいというエリックやガイド達の意見が衝突します。
その結末は映画を実際に見ていただくとして、普段、子供達を山に登らせて何を学んでもらえばいいのだろう、と考えてきた私にとって、サブリエの考え方に少し励まされる想いがしました。
劇場は10月末の月山のように座席はガラガラでしたが、素晴らしい映画でした。
頭がヨセミテの花崗岩より硬い登山者よりも、学校の先生、野外教育関係者にぜひ視てほしい映画です。

話題は蛇足ですが、この映画のウエブサイトに「今秋上映予定」と掲載されている仙台・山形の映画館に電話かけてみたら、いずれも「その映画の上映予定はありません」と回答が返ってきたもんだ。
東北の映画関係者って「俺は、君のためにこそ死にに行く」とかを頭ごなしに酷評する左巻きの連中が多いけど、これこそ政権与党の批判の的にしている 地 域 格 差 ってもんだろ?
おまえらこそ口で言うことと実際やってることが違うんだよ。

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竹内洋岳君のお見舞い

夜行バスで上京、三途の川で一泳ぎしてきた竹内洋岳君のお見舞いに都内某病院を訪れる。
まだ体を起こせる状態ではありませんでしたが、口だけは達者でした。
今回の見舞いに際しては、チームメンバーに死傷者が出ていることから山と事故の話題は出すまいと心に決めていたのですが、竹内君本人が事故の状況についてよくしゃべる(笑)ので、私は専ら聞き役に。ついでに国際隊の様子を聞いたりする。

私は竹内にとって過去の人間に過ぎないのですが、結婚式で新郎からスピーチ頼まれた立場としては「可愛い奥様と子供いながらヤバい目に遭いやがってコンニャロ」と言いたかったのですが・・・とにかく本人を目の前にほっとするばかりでした。遙か遠い昔でも同じコッヘルの飯を喰った者としては、14座のタイトルよりも彼の命の方が何億倍も大切なのは言うまでもありません。
当ブログやメールを通じて竹内君の身を案じていた皆様、御心配いただいた事については勝手ながら私から代弁させていただきました。
ただただ早い回復を祈りながら、山形新幹線に乗り込んで帰郷。

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おら東京さ来ただ。

おら東京さ来ただ。
夜行バスで揺られること6時間、大都会東京さ来ただ。
アートコーヒーの朝セットでお食事中。

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子供達との、熱い夏。【後編】

朝、3時半頃には目が覚めてしまう。
今日の登山、一番緊張してるのはこの俺か・・と思う。
最新の気象情報を確認すべく、携帯テレビをつけるが電波が届かないので携帯電話でネットに繋ぐ。
空を見る。
曇り空だが、一部青空も見える。
根拠はないが、経験上、天候は保ちそうな気がする。
今日の登山のポイント、ミクロな視点では雪渓と木道、マクロな視点では疲労しきった子供達を月光坂の下りでいかにフォローするかにある。

朝食はレトルトハンバーグを利用したハンバーガー。
食事中の子供達をみる限り、皆食欲は大丈夫の様子。
バスで姥沢のリフト乗り場に向かう。
リフト駅で登山の講師である山形県自然博物園館長、ブナ林ガイドでお世話になっている横山氏と合流。

姥沢のリフト下駅には、沢水を引水してマグカップも備え付けた水場がある。
それを見た1人の子供が、
「あ、水を出しっぱなしにしているよっ!あれっていいの!?」
なるほど、子供達の視点は面白い。ちなみに、キャンプ場では「鳥の声がにぎやかで寝られなかった」という声もあった。

 横山氏は高山植物の近くに名前を書いたペナントを取り付ける、という作業のため、登山パーティーから大きく離れて先行することになった。そして私が子供達36人とスタッフの皆さんを先頭で引率する。
 登りはじめはとにかくスローペースで進む。姥ヶ岳山腹をまく道で牛首を目指す。
 幸い、天候は崩れることなく視界が良くなってきた。
 雪渓の入り口は例外なく凍結している。
 雪渓に足を踏み入れる際に転倒しないよう、アックスで硬い氷を叩き割る。雪渓下部が空洞になっているところは踏みつけて雪を取り除く。雪渓そのものはスプーンカットが発達していて、アイゼン無しで通過できる。
 
 牛首への急登はまだ皆元気だ。ここから月山山頂まで、岩が積み重なった急登が続き、一番きついところ。
 月曜日にもかかわらず、白装束の参拝客が多い。
 登り優先にこだわらず、要所要所で順番待ちをし、他の団体をなるべく先行させる。
 途中、単独行の糞爺が強引に道を巻こうとし、派手に石を崩したためヒヤリとする。
 この急登に子供達も疲れてきたようだ。 
 鍛冶小屋跡に到着、ここを頂上と勘違いしている子供が多い。
 休憩時間を過ぎても、座り込んでいる子供もチラホラ。
「あともう少しで頂上だよ!サザエさん一話ぶんの時間で頂上だよ!」と説明する。
 それに刺激されたのか、元気な子が揃った班はサザエさんの主題歌を歌いつつ、頂上をめざす。

 そして頂上。
 私が子供達に特に見せたかった、月山神社横に見える鳥海山山頂は厚い雲に覆われていた。
 ここで時間をかけて昼食。私の頭の中は帰路の湯殿山コースでいっぱい。
 頂上から出発の際、改めて子供達には飛び跳ねたりしないこと、班付きリーダーには子供達の靴紐に目をかけるよう声をかける。
 ゆっくり下山するが、やはり急坂の下りに脚力を消耗し、幾人か子供達が遅れ始める。
 牛首から1人、姥沢コースに下山。本人もだいぶ悔しそう。
 牛首を出発、稜線づたいに歩くが、空が厚い雲に覆われてきた。目指す湯殿山方面もガスに隠れている。雪渓を通過するが、風は冷たいくらいだ。
 時間との闘いになる、と思った。
 横山氏が「ここは通過しよう」と言い、金姥で休憩をとらず、そのまま施薬小屋をめざす。
 子供達には酷な時間帯になる、と思いつつ、天候を考えると止むを得ない。

 金姥から先はノウゴウイチゴがいっぱい。
 子供達に教えてやると、「これ食べられるの?」と疑問の眼差し。
 横山氏と二人で、「(国立公園内のために採取は) やはりダメだよね~」と残念がる。
 横山氏はもともと私のブナ林ガイドの師匠。
 アメリカあたりの思想にかぶれた狂信的環境保護主義者は自然界のものは一切手をつけるなと主張するが、横山氏は山ブドウなど食べられる実は見るだけでなく積極的に味わってみろ、という主義であり、私も同様である。
 
 施薬小屋に至る道は途中で急になる。子供達が「休憩まだー?」と口にし始めた。
 小屋はもうすぐだとわかってはいるが、施薬小屋から先の下山に差し障ることも考え、それとなく横山氏に休憩を促す。横山氏が導いてくれたのは、ちょうど良い沢の合流部で平場になっており、休憩には最適の場所だった。
 休憩中、班付きリーダーから子供達に
「沢水飲んじゃダメよっ!食中毒あったばかりなんだから!」と注意が飛ぶ。
 朝日少年自然の家では最近、沢水による集団食中毒があった。
 もっとも伺うところによれば、後日該当の沢を検査分析しても大腸菌は出ず、正確には沢水が原因なのか、子供達が持ち込んだ食物が原因か、あくまではっきりしないらしい。
 そのあおりを喰らい、今回のキャンプ生活でもキャンプ場の水は駄目、子供達の水分補給は備え付けの麦茶または支給のペットボトルのスポーツドリンク。
 野いちごも食べられない、沢水も飲めない。
 リスク管理の一環でスタッフの立場から見れば仕方ないとはいえ、私からみれば残念でならない。

 施薬小屋から先はいよいよハシゴ段。
 据付が緩んでグラグラ動くハシゴもあるため、細かく後続の子供達に指示。
 なにぶん36名もの集団なため、私の目が届くのはせいぜい先頭の2班までだ。
 自分のガイディングの限界を感じると共に、もっと最良の方法は何だろうか、と考えてしまう。
 ハシゴ段の後は、油断のならない滑りやすい沢筋となる。
 一度先頭の班を砂防ダムの休憩地まで下ろし、私は遅れている子供のところへ向かうため再び登り返す。
 ショートロープ方式ではクライアント、ここでは子供が道を先行することになる。
 山に慣れない人間は、先行させるよりガイドが先導すべき、と過去のツアー登山から思うことがある。山道に慣れていない人間は、「どこをどう歩けばよいか」すら戸惑っている状態だからだ。
 遅い子供の前にぴったりと着いて、歩くコースを示す。
 休憩地の砂防ダムが見え、元気な子たちが追い抜いていくが「気にしない!マイペースで行こう!」と声をかける。
 湯殿山御神体に至る道も片側が沢に切れ落ちている道のため、注意を促してから出発。
 御神体参拝所の駐車場経由で湯殿山神社にたどり着く。
 先頭を務め終えた安堵の気持ちも大きかったが、何より子供達が頑張り通してくれたこと、子供達の間に入って歩いてくれたスタッフ皆さんの尽力が大きいことを感じた。
 湯殿山神社から水沢温泉で皆で入浴、その後キャンプ地に戻る。

 今日の夕食は自然の家厨房の小松主任のおかげで、大変美味な豚汁とごはんが既に用意されていた。
 小松主任の一言、「今日は俺はサポーター(ボランティアスタッフ)で来てるからね」に感動。
 山形県朝日少年自然の家は、こういった方々に支えられてるんだよ、と、山形県内の自然の家統廃合を画策する山形県の役人共に小一時間ガツンと言いたい。

 夕食の時間、既に班付リーダーに甘えて眠り込む小さい子もいる。
 すーさんや彦さん、石井氏などメインスタッフは既に明日の川遊びの打ち合わせで忙しい。
 私はすっかり気が抜けてしまったが、スタッフの先生方にとってはキャンプはまだ始まったばかりなのだ。

 そして夜。
 ふりかえりの時間、子供達の反応は・・・
  夏のリフトに初めて乗った。
  リフトに乗るのが初めてだった。
  山頂まで行けて嬉しい。
  みんなで励まし合って頂上に着いた。早くおにぎりにかぶりつきたいと思った。
  登りきったときの笑顔が良かった。
  登った甲斐があった。

  などなど。
  今回班付リーダーを務め、心理学に詳しい田中先生からは「子供達の口から何々し甲斐があるって言葉がでるのは素晴らしいですよね」と言われる。
 私も一言求められたので、子供達には「今日山に登れたのは、今周りにいる仲間達がいるからだよ」と話した。
 
 このふりかえりの時間を終え、スタッフの先生方に挨拶して私はキャンプ場を去った。
 長期キャンプは始まったばかり。子供達には素敵な経験を積んで欲しい。
 私も来年に向け、まだまだガイディングを磨かなければならない。

 今日のガイド、「あと少しで頂上だよ」「少しだけ岩のたくさんある所下るよ」と言い続けた私に最もウケた子供たちの言葉は、
 『大 人 の 「 も う 少 し 」 は 結 構 長 い 。』

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子供達との、熱い夏。【前編】

 会社の夏期休暇を使い、山形県朝日少年自然の家・山形県海浜青年の家主催の「輝け!夏原石!山・川・海200kmチャレンジキャンプ」、10泊11日長期キャンプの冒頭2日間に参加。
 今回二日間の参加にしたのは理由がある。
 従来は毎年、登山の日の早朝にキャンプと合流、登山終了後にすぐ帰宅していた。
 やはり、登山の前に子供達の事をしっかりと把握して登山に臨みたい。また、子供達が山に対してどう向き合うのか、「ふりかえり」を確かめたい。
 それが今年の私の目的である。

7
 7月29日11時。
 集合時間、父兄や祖父母に連れられた子供達が続々と朝日少年自然の家に集まってくる。
 常連の子供達は慣れた感じで、初めての子供達は硬い表情で親にくっついている。
 私は本部付きスタッフとなり、子供達の出会いのレクレーションを行っている間、月山志津キャンプ場に先行して設営を担当。

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 日本キャンプ協会からレンタルの馬鹿でかい六角タープを皆で設営する。 
 15時、自然の家で出会いのレクレーションを終えた子供達がキャンプ場にやってきた。
 子供達が寝泊まりするテントは子供達自身で組み立てる。
 その様子を見たかったが、夕食準備や本部設営、まだまだやることが沢山あった。

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初日夕刻、ようやく整ってきたテント村。

 少し設営の作業も落ち着いてきた頃、日本キャンプ協会所属で自然の家指導員でもある石井氏から「テントの入り口が空いていて湿気と虫が入るよ」という指摘を受け、石井氏と二人で子供達のテントの入り口を閉めにまわる。
 ある班の男の子達のテント本体の入り口を閉めていた時だ。
 背後から
「あっ!侵入者だっ!侵入者発見っ!」
 と、叫び声が聞こえるや否や、走り寄ってきた子供達に、これくらいの勢いで↓
Bakuretuken2集団で尻に蹴りを入れられる。

石井氏いわく、「プライバシーがありますからね」と、フライを閉める程度にしていたらしい。
私はフライの中に頭を突っ込み、テント本体の入り口を閉めていた。
子供達にとって、私は勝手に自分達の城に入ってきた「侵入者」に見えたようだ。
なるほど、確立した人格として、子供達のことを私自身が心の中で認めていなかったのだろうか・・・と深く反省。

ミーティングの後、すぐに子供達は夕食作り開始。
初日はカレーである。

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やることなすこと、皆おっかなびっくり。
しかも周囲は今日出会ったばかりの知らない子達。
自分で米を研ぐのも、鍋で飯を炊くのも初めて。

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お互い今日出会ったばかりの女の子同士が、飯炊き鍋の火加減を見つめていた。
ドキドキした雰囲気が、私にまで伝わってきそうなキャンプ初日の夕方。

そしてカレーと御飯ができあがる。
自分達で作った食事を各班毎に食べる。
みんな笑顔である。
ああ、日本中の、世界中の子供達が皆こんな風に笑顔で食事を食べられればいいのになあ・・・と思う。

常に子供達の面倒をみる班付きリーダーと異なり、本部付スタッフで子供達となかなか接触できないながらも、キャンプ協会の石井氏やスタッフの教職員の先生方から子供達の見方や指導法を盗むべく、影のようにつきまとう。
夜のスタッフミーティングは一番勉強になる時間である。

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子供達が寝静まった(たぶん)頃、人里離れた志津キャンプ場で長期キャンプのブログを更新する彦さん。
今回、あらかじめ父兄たちにブログ閲覧のパスワードを教えており、保護者はブログで子供達の様子を日々確認するのだという・・・凄い時代になったものだ・・・

さて、明日の気象予報は雨。
研修担当のすーさんから、悪天時の対応について話をする。私からも、悪天の場合の行程変更について、組織の中で決定権を持つのは誰か、確認しておく。
私にとって、雨なら雨でもよいのだが(子供達に自然の厳しさも知って欲しい)、自然の家の先生方にとっては、出だしの登山、ぜひ晴れて子供達を頂上に立たせ、長期キャンプのさい先の良いスタートを切りたい、という願いが強いようだ。

寝る前、何度も夜空を仰ぐが、幾度みても、星一つない曇った夜空だった。

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場所を選びましょう。

下ゴコロありありで山岳会に所属している、日本の独身山屋の男女の皆様。
くれぐれもプロポーズの場所は選びましょう。

英国一女子接受求婚喜至暈倒 失足摔下山坡 by 北京晩報8/1

以下記事引用開始
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 人々は『嬉しくて気絶する』として、突然やってきた嬉しさに直面した事を表現します。
 イギリスで、意外なプロポーズを受け入れた女性が驚喜するあまり、山頂から斜面を滑落して、おでこを10針縫いました。イギリス《デーリー・メール》紙が報道しています。

 シャロン・パリーは現在36歳、イギリスの百貨店勤務です。彼女のボーイフレンドのアンディ・ロレンス、38歳は同じ職場で紳士服売り場のマネージャーを担当しています。
 7月28日、彼らは登山に行き、山頂に到着した後に、ロレンスは突然ポケットの中からダイヤモンドの指輪を取り出し、ひざまずいてプロポーズしました。
「私はとてもびっくりしたけど、すぐに承諾しました。」
パリーは突然訪れた意外な喜びにめまいを起こし、その後本当に気絶しました。
彼女は山を下りる際、突然足を踏み外して斜面を滑落しました。
ロレンスは直ちにパリーを介抱し、救助を求める電話をかけました。二人は病院の中でプロポーズの晩を過ごしました。
 多くの人がパリーをからかいます。「たとえ承諾できないプロポーズでも、山の上から跳び跳ねる必要はないでしょ。」
 現在、パリーはロレンスと来年結婚することが決まっています。
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以上記事引用おわり

はいはい、ごちそうさまでした。

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【訃報】国際山岳ガイド連盟代表 クラウド・レイ氏

国際山岳ガイド連盟(UIAGM)代表であるクラウド・レイ氏が7月29日17時、アレッチ氷河にてクレバスに転落、亡くなりました。享年63歳。
謹んでご冥福をお祈り致します。
と同時に、クラウド・レイ氏のようなベテランでもクレバス事故で亡くなるのか・・・私のような末端ガイドは氷河のガイディングなど全く夢の又夢ですが、改めて山のリスクについて考えさせられます。

なおUIAGM代表は、11月に日本で開催されるUIAGM総会まで副代表Valaisan Hermann Biner氏が代行するとのことです。

Suisse: décès du guide de montagne français Claude Rey, président de l'UIAGM by KAIRN.com7/29

http://www.clauderey.com/ (クラウド・レイ氏ウェブサイト 事故現場の画像・報道紙掲載あり)

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