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韓国隊エベレスト登頂30周年

1977年9月15日、韓国隊が同国初のエベレスト登頂に成功。
そのため、9月15日は「山岳人の日」とされているようです。


[しおりの中の今日]1977年コ・サンドン氏エベレスト登頂成功 by 東亜日報9/15
以下記事引用開始
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エベレストを登った私たちの話は、昔話ではない。
エベレストは単純に氷と岩の山ではなく、究極の目標としての象徴だ。

1977年 9月 15日午前 5時半。
最後にベースキャンプ(8500m)を去る前、温度計のガラスが割れた。
「不吉だ。」 悪い予感を振り切って、コ・サンドン隊員はキャンプを出発した。
六日前、パク・サンリョル隊員が頂上(8850m)を 100m 残して悪天候と酸素不足で断念した。

午前 9時半、南峰に立った。酸素ボンベを替え、ヒラリーステップ(頂上直前の険しい氷壁)が残った。幾多の挑戦者がここで命を失った。
無意識に前に向かって行った。白い尾根の上で青い空が姿を現わした。後に従ったシェルパが叫んだ。
「頂上だ!」

コ・サンドンは太極旗をあげた。涙が出た。「万歳! 万歳!」昼 12時 50分だった。
無線機を持ち「ここは頂上です。もう登るところはないです!」
1971年、ネパール外交部にエベレスト登山許可を申請してから 6年めの事だった。空の下一番高い世界の屋根。エベレスト頂上この日初めて韓国人の足を許した。イギリス、アメリカ、中国などに引き続き国家では世界 8番目だった。

この日の登頂は韓国山岳人に大きい希望を与えた。
「山岳グランドスラム」を果たしたパク・ヨンソク氏の夢もこの時始まった。今年で 640余名の韓国人がエベレスト頂上に挑戦し、93人が頂上を踏んだ。

しかし犠牲もあった。30年間に8人がエベレスト登山で命を失った。コ・サンドンも 2年後の 1979年 5月、アメリカのアラスカ・マッキンリー峰(6194m) 頂上から下山中、滑落して永遠に山に眠ってしまった。わずか30歳であった。

彼らはどうして危険を冒して雪山を登るのか。
お金? 名誉?
「数多くの挑戦で本当に恐れたことは鋭い寒さ、雪崩ではなく私自身だった。自分との喧嘩に勝ち、目標を果たした瞬間、言い表せない喜びと幸福感が押し寄せる。」パク・ヨンソク氏の言葉だ。
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以上引用おわり

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エベレスト山頂に立つ故・コ・サンドン氏、祝賀パレードの同氏

韓国メディアでは9月初旬からエベレスト30周年、そして初登頂者のコ・サンドン氏を取り上げる記事を掲載していました。
コ・サンドン氏は上記記事のように、エベレスト登頂の2年後、デナリで滑落死してしまいます。
日本の植村直己がデナリで亡くなった際には、韓国においてコ・サンドン氏と重ね合わせた論評が出ていたと記憶しています。

しかし思うに、マスメディアがこれほどエベレストと初登頂者に重きを置くのは登山が盛んなお国柄故か、韓国の方の熱い血が成せることなのか。
ひるがえって日本のメディアの登山に対する冷淡さが浮き彫りになる、ここのところの韓国メディアの報道ぶりでありました。

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