『岳人』誌・近藤邦彦氏の文章に対する異論
岳人誌10月号に国際山岳ガイド・近藤邦彦氏による『ガイド山行での事故を防ぐために』という一文が掲載されている。
現行のガイド制度発足以来、未だガイド山行における事故が続くのは組織の末端ガイドとしても残念であるとともに遺憾なことである。
黒田誠ガイドが述べるように、私たちは良い方向に変えるべく努力を怠ってはならない。
さて、そのことを前提としてなお、近藤氏の文章には異論がある。
同氏は「1.ガイドによる事故の現状」章で、
1.既得権でガイド資格を得たガイド
2.傘下のガイド組織毎のレベル差
3.同じ資格者同士のレベル差
を指摘している。
近藤氏はご丁寧にご自分で調べたというガイド事故一覧表を掲げている。
そしてご丁寧に「(1件を除いて)すべて既得権ガイド資格者」と注釈を付けている。
私は近藤氏だけではなく、身内の東北山岳ガイド協会内でも話題になると不愉快に思うのだが、いわゆる既得権で資格を得たガイドと、試験により資格を得たガイドというカテゴライズに、何か意味があるんでしょうか?
現実問題として、日本山岳ガイド連盟と日本アルパインガイド協会が統合して現在の組織に よ う や く まとまったものである。
あの時点で、どこのだれが主体となってガイド認定試験の実施が可能だったというのか?
既得権によって誕生したガイドをいたずらに貶めたり自虐的な発言をする者は、ぜひこの疑問に答えていただきたい。
また他の団体の事情はよく知らないし、知ろうとも思いませんが、東北山岳ガイド協会が当時のガイド協会に団体として認定を受けるべく、皆が平日にも関わらず日程を調整し、会長を筆頭に全員汗を流して検定員の前でレスキュー・ガイディングの研修を行った事実を、誰にも否定はさせない。
近藤氏は現ガイドのレベル低下の一例として、「研修に参加せず資格停止になっているガイドも多く、150人近くに達する」と述べている。
遭難事例についてはあれだけ独自のコメントをしながら、近藤氏は「何故研修に参加できないか」に思いが至らないようである。
現在の日本社会では、ガイド業だけで飯を喰っていくのは至難の業である。
当然、兼業ガイドも多い。
あの、平日に羅列された更新研修に参加するため、日程を確保するのに兼業ガイドがどれだけ苦労するかおわかりいただけないようである。(私個人として、日本山岳ガイド協会の更新研修の日程については改善の余地があると考えている。)ま、関西には兼業ガイドを軽蔑されるガイド氏もおられるようですが。
さらに近藤氏の文章で疑問に思うのは、わざわざゴシック体文字で強調されている「私たち日本山岳ガイド協会にいま一番欠けているのは、ガイド山行中にガイドのミスで起きた事故に対しての罰則の甘さである」という箇所である。
罰則の強化でガイド山行の事故が防げる?
そんな単純な問題であろうか?
近藤氏が提示されている事故事例において、近藤氏はみずから「判断ミス」という言葉を使っている。
判断ミス。便利な表現である。
たいていの山岳遭難は判断ミスの一言で表現できるだろう。
私が思うに、罰則強化よりもこれらの事故を「判断ミス」の一言で片づけず、分析・還元できる体制が必要であると考える。
そして何より不思議、はっきりいえば気に入らないのは、最後に掲げられた山岳ガイド認定制度の一覧表において、「トレッキングガイド」と「ネイチャーガイド」が欄外に注釈としてのみ記載されているのはどういうことだろう。
現実を振り返った場合、近藤氏が掲げた事故例はごく一部にすぎない。
もちろん、尊い人命がガイドの責任下で失われたことは謙虚に反省しなければならない。
表に出ない、特に「危険だ」と根拠も無く言われているツアー登山を引率する立場の登山・山地ガイドについて、何も言及しないんでしょうか。
まあ、近藤氏ほどのビッグネームが何か言えば、盲従する単細胞は山の世界に沢山いることと思いますから、私の書いたことに何かご意見あればはい、どうぞ↓
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コメント
現在の日本社会では、ガイド業だけで飯を喰っていくのは至難の業である。
当然、兼業ガイドも多い。
あの、平日に羅列された更新研修に参加するため、日程を確保するのに兼業ガイドがどれだけ苦労するかおわかりいただけないようである。(私個人として、日本山岳ガイド協会の更新研修の日程については改善の余地があると考えている。)ま、関西には兼業ガイドを軽蔑されるガイド氏もおられるようですが。
軽蔑されて当たり前、ガイド更新の時間さえ作れないような者はガイドを廃業して、別の生き方を探るべし。山岳ガイドとしての実力を公表すればいい。認定試験を受けなおすことが必要かつ簡単な方法である。
投稿: 古代人 | 2010.08.21 17:53
re:古代人様
コメントありがとうございます。
3年前に書いた文章につき、更新研修を受けないガイドに対する考え方は若干変わりましたが、基本的に当時の近藤氏の記事に対する考えは変わりません。
おそらく古代人様も、現在の登山界を憂いていらっしゃるものと存じます。
<<認定試験を受けなおすことが必要かつ簡単な方法
ごもっともですが、その簡単なはずの方法が現在まで実施されないのはどういうわけなんでしょうね。
さらにいわせて頂きますが、「別の生き方を探るべし」とは、何様のつもりですか。
投稿: 聖母峰 | 2010.08.22 00:19
・・既得権でガイド資格を得たひとりとして・・
近藤さんの考えに対する、この反論、基本的に僕も賛成です。
①協会の以前の組織「山岳ガイド連盟」では国際認定ガイド資格取得希望者のために「数」を集めて日本にも連盟を作り国際山岳連盟の認定得る必要があった。 つまり、組織の都合で既得権ガイドは作られたことになる。
②華々しい登攀歴とガイド業は、まったく別物。 遭難は山に入ればどこでも起こりえる。スキルを求められるルートでの事故以上に「こんなところで」の事故も多い。 顧客から参加の連絡を受け取った時点から、ガイディングはスタート。 顧客の心の不安や依存心をケアする精神療法的なものからスキルまで、奥深い能力をガイドには求められる。ここまで深いので、資格研修だけではガイドの能力は計れない。
③多様性を認めるべき。 これまでの日本の登山界はヨーロッパアルプスの価値観に「右ならえ」。 それをひきずっているのか協会も同じ。 だいたいフランス、スイスやイタリアの登山価値観をもって「国際山岳ガイド連盟、または協会」と唱えるのがおかしい。 北米、アフリカや南米でガイドを家業としている彼らの方が、現地においては総合的にはレベルは上。
日本も然り。 北アルプスを仕事場にしているガイドが東北や九州の山をガイドさせても地元のガイドには敵わない。 九州山地のヤブ山の獣道のような山や沢を、彼らはガイド出来るのか・・否。 多様な地域、国の価値観を認め、誇るべきでしょう。
④「上から目線」もいただけない。 これは僕も経験したことですが、八ヶ岳や北アルプスでそこの山域で生業を立てているガイドを雇い一緒に仕事をする時もありましたが、自分のスキルや登攀歴に酔っているのかに終始「上から目線」で傲慢さを露にする輩もいます。 これは研修時における所謂、講師、資格検定員の中にもいます。 登山とはスポーツであり、趣味であり、冒険、探検などでもある訳で「差別」とは遠い文化的存在な筈なんですが。
⑤結論:ということで、既得権ガイドとか資格検定認定者とかの線引きは僕の頭にはありません。 毎日、切磋琢磨して、電話で参加申し込みを受けた時点から、体力・技術や語学力も含めて自己研鑽です・・喰っていかなければなりません・・・が、協会脱退も視野に入れて。
元酒田勤労者山岳会会員、元静岡県富士宮山岳会会員、福岡在住の「既得権ガイド」より。
投稿: 村岡由貴夫 | 2014.05.03 08:50
re:村岡様
コメントありがとうございます。今年も大船渡~鳥海山の5月を過ごされてますでしょうか?
組織の都合で「既得権」ガイドは「作られた」とは、私の言いたいことを代弁して下さっているようです。やはりガイド組織立ち上げとして軟着陸させるには、当時はあの手法しか無かったかと思います。
<<華々しい登攀歴とガイド業は、まったく別物。
おっしゃる通りですね。各地で様々な人と出会い、地方でコツコツと活動されている方で有形無形の教えをいただいた事は多々あります。
<<多様性を認めるべき。
今現在のガイドの職能に関しても思いますが、北アルプス目線の「職能」はどうにかならないかと私も思います。今現在の規定では森林限界を境界に「職能」が一律に区分けされていますが、森林限界といっても、北海道、北ア、さらに九州の山ではまた違うわけで。まだ公に書くことはできませんが、JMGA内でも検討する方向にあるようです。
たまに「既得権ガイド」とかネットで侮蔑されてる方いらっしゃいますけど、クライアントから見れば「ガイド」以外の何者でもないわけで、村岡様おっしゃる通りガイド山行始まれば自分の腕次第の世界ですよね。私も研鑽に努めます。
村岡様も各地に飛んでお忙しいご様子、お体にはどうぞ気をつけて。素晴らしい写真、facebookで楽しみにしております。
投稿: 聖母峰 | 2014.05.04 07:46