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情熱の香り

韓国の月刊「山」に、韓国のクライミング界をリードする女性の紹介記事が載ってました。

夢を捜して岩を上がる二人の女性 by 月刊山10月号
以下記事引用開始
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キム・ジャインは韓国を代表する、スポーツクライミング名門家の娘だ。
初めはクライミングなどするつもりは無かったと言う。しかし偶然を装った運命の紐は、本当に巧妙だった。
ジャインは小学校 6年生になった日、偶然に梨花女大の体力テストに参加して驚きべき結果を示した。その結果はクライミングに一番相応しい身体というものだった。思春期の少女に自信が沸いた。また周囲の全幅的な支援も、彼女を人工壁の女王にしたてていった。
そしてジャインはクライミングを始めた後、 1位の座をほとんど逃さなかった。
彼女の可能性を認めたノースフェイス社はジャインが中学校 3年生になった日から競技活動に支援を始めた。
(中略)

練習すれば誰にも負けない女性が、ここにまた一人いる。
女性スポーツクライミングの強者、キム・リンキョは 1993年、大学山岳部で山を始めた。
2003年、山岳部のマッキンリー遠征を準備した際、遠征に備えて体力訓練の一環として始めたスポーツクライミングの魅力に惹かれ始めた。
当時岩場で出会ったイ・ゼヨンとの縁でノースフェイス競技大会に参加した彼女は、女性スポーツクライマーとしては遅い三十歳で上位入賞して気炎を吐いた。
 易しくはない決定だった。キム・リンキョは、実は競争や人々の視線をあまり楽しむことができない性格だ。それで選手生活 1年めにはストレスをたくさん受けたし、選手生活をしなければならない理由も捜すことができなかった。そうして働きながら余暇としてクライミングに接すると心に決めてから、むしろ心の安定を取り戻した。
 当時彼女はスポーツクライミングをしなければならない二つの理由を見出した。
『第一は、スポーツクライミングは一つの流行だ。二番目は、私が誰かを指導するためには一つの領域で必ず頂点に立たなければ』と言う考えだった。この決心の後、キム・リンキョは安定した職場を辞めてクライミングコンペにだけ専念した。成績もいつも上位圏に入賞、ノースフェイス社に支援ももらって選手生活を送っている。
 頂点がどこかはよく分からないが、筆者が見るにはもう頂上に立ったといえる彼女にこれからの計画を問うと、彼女は年齢もありこれからは指導者・リーダーの道を歩きたいと言う。大学では会計学を専攻したが、登山教育のために延世大体育学科に編入・卒業して、今は韓国体育大学大学院で体育学を学んでいる。また後輩たちのために、現在アストロマンロックジムで一般人たちを相手にスポーツクライミングを講義している。
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2007100900480_8左がキム・ジャイン、右がキム・リンキョ

元の記事の写真キャプションにはこう書いてあります。
『トップクライマーである二人の女性からは、登山に対する情熱の香りが漂う

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