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四川省ハンターピーク 韓国隊冬季登攀の記録(後編)

中国四川省ハンターピーク 生きていることに感謝するだけだ ~ABC出発から20時間ぶりにビバーク地に帰着~ by 月刊山08年2月号 
以下記事引用開始
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難易度はあまり高くはないが、高所でミックスクライミングができるという魅力に、私たちは胸ときめかせ12月26日成都行飛行機に乗った。
27日、食糧を準備した後に通訳を引き受けたバック・スンムックさんの助けで 9mm×100m固定ロープを得てイルリュンに出発した。成都から諸葛孔明で有名なイルリュン村までは260km、青山峠(4,523m)を越えて8時間かかる。イルリュンからハンターピークまでは世界自然文化遺産指定によって専用の車両だけが運行しているので、車を乗り換えなければならない。

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クーロワールを登攀中のギム・グォンレ隊長

暗い夜道を 1時間ほど走り、ハンターピーク山麓の農家にベースキャンプを設置した。
1年ぶりに会う顔だから、言葉は通じなくても嬉しいことは言い尽くせない。こちらには数日前からシンガポールチームがベースキャンプを打って双鮎一帯でアイスクライミングをしていた。お互いに簡単にあいさつを交わし、明日からの山行準備のために食糧と装備を点検する。

28日、キムチチゲを食べて高所順応かたがたルート偵察に出る。まだ闇が立ち込めた山道からハンターピーククーロワールを探す。去年来て見た経験があって、私たちが登ろうとする谷の入り口を捜すことは難しくなかった。ビバーク地で装備を付け、200mほど登る。ギム・グォンレ隊長が確保地点にアイススクリューを設置して “出発!”の声とともにアイスバイルを氷に打ちこむ。50mほど垂直の氷を登りルートはまた沢状のルートにつながる. 私たちは退屈な沢状よりは登攀速度が早い尾根筋を選んだ. いくら登っただろうか? キム・ヨンチョル隊員が吐き気を示す。初めて経験する高所登山で適応が順調そうだったが・・・現在高度3,800m。私たちの計画したABCまではかなり距離が残っているが、隊員たちのコンディションと下山時間を思い、惜しいがここで戻る。

29日, コンディションが良くないキム・ヨンチョル隊員を BCに残し、ギム・グォンレ隊長とともに固定ロープと装備を担いで ABCに向かう。200mほどのルンゼに9mm 固定ロープ 100mをデポし、50mの氷壁に10mm固定ロープをフィックスする。人跡は見あたらない尾根に沿ってアイゼンをはいたままひたすら登る。足のように心もひたすら重いだけだ。
午後 4時、海抜 4,000m。クーロワールが始まる所にABCを設けて装備をデポした後下山を急ぐ。予想より進行速度はとても遅い。いくら海抜高度5,000m台の山とはいえ、それでも高所遠征なのに、日常生活が忙しいという言い訳で身体作りに疎かだったのではないかと思う。登山は体力、精神力、登山力この三拍子がそろわなければならないのに心配だ。
ところで 50mの垂直氷壁を降りてから、100mの固定ロープが綺麗に設置されているのではないか。キム・ヨンチョル隊員がここまで登り、ルート工作組のために苦労したようだ。重かった心は一段階アップグレードして足が軽くなる。

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クーロワール区間を登攀中のギム・グォンレ隊長

30日、3泊4日の食料と装備を担いでBCを出発する。コンディションが戻ったキム・ヨンチョル隊員が設置してくれた100m固定ロープを回収して担ぎ、アイゼンとバイルを取りそろえて先頭に立つ。速度を出すために固定ロープでユマーリングを始めた。氷壁上端に至ると、昨日設置した固定ロープは流水が凍結した状態だった。
急に登高器が作動しない。いくら固定ロープが凍結したと言ってもわずか 1~2m 程度だが・・・
しまった。一番難しい区間だから対処する方法がない。
ギム・グォンレ隊長がスリングにペツルのベーシックを下げてくれ、九死に一生で危機を兔れた。
デポ地にある全ての装備を取りそらえたらリュックサックが肩を押さえ付け、足が運ばない。少しの傾斜地を経てまた右側のクーロワールをトラバースして、25mほどの氷壁を登ったら70度の勾配が前を阻む。
もう生きて呼吸する草木は消え、まっ黒くて四角い岩が堪えている。ABC以降、生きている生命体は私たちの三人だけだ。窮屈なビバーク地に集まってコッヘルに水を入れ、食べたラーメンの味は一品だ。

31日、今日がクーロワール最後の区間の攻撃日だ。天気は晴やかで雲一つない。しかしABCからC1区間はハンターピーク頂上部にかかるため、一日中陽がさすことがない。冷気が張りついている。一日中羽毛服を着て登らなければならない。
約 50度の傾斜のガリーは凍って登りやすかった。それも少しの間、ガリーを抜けると口と鼻で荒く呼吸する。深くて膝が上がらなければ腕で膝を引っぱって、膝でクラックを押し進めながら何時間も登る。それなのにクーロワールの 1/3ほどしか登ることができなかった。.
また60度傾斜のガリー面につながる。登ることも大変だが確保地点を捜すことがカギだ. たまに見える岩はすぐ壊れそうな腐った岩だけ。確保物を設置できない。三人がプロテクション一つに身を頼らなければならないから心配だ。

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5,050m地点でクーロワールを降りるキム・ヨンチョル隊員/クーロワールを登山中のギム・グォンレ隊長とキム・ヨンチョル隊員

午後になり隊長がキム・ヨンチョル隊員とトップを変えて進む。隊長の特技であるエイドクライミングの実力を発揮する時だ。隊長はキム隊員にエイドギアの設置要領を教えながら、余裕があるように確保地点を見回す。頼もしく見える。隊長がトップに出て速度があがる。
ラーメン一杯で続けるクライミングでは身体は疲労していく。
1時間ならば良いか?
一ピッチだけ上がれば良いか?
それともここでビバークするか?
頭の中にはあらゆる考えが交差する。少しだけ、少しだけと忍耐してもうちょっと力を・・!
私は自分にずっと繰り返して言い聞かせながら、落石を運に任せたまま一歩一歩進む。
安否の終りはそれでも見えない。70度の傾斜の壁から上では風が吹き、三人のヘッドランプの明りと情熱だけが叫んでいる。夜明け3時頃、上端部氷壁地帯に登ったらアイゼンが虚空を割る。アイゼンに力が入らない。鋭さがない。アイスバイルも氷壁を打つと砕けてしまう。

鋭い頂上稜線に “ファイト!”と叫んで

黙々と隊長がルートを見出して確保して登るのを繰り返す。夜明け 5時、いよいよハンターピーク裏側が眺めることができた。5,050m地点に到着した。ABCを出発してから 20時間経った。お互いを励ましながら新年あいさつを交わして寝袋の中にくたびれた身を入れる。暖かくて幸せだ。

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頂上に座るギム・ウンシック隊員/バーナーを抱きしめ水の大切さに感謝するギム・グォンレ隊長/頂上直前でギム・グォンレ隊長とキム・ヨンチョル隊員

2008年 1月1日午前 10時。
しまった!
朝寝坊してしまった。重い身を起こしカップ麺で朝をすませ、北壁を見上げる。ハーネスを着け羽毛服を着る。二重靴を履いて羽毛服を着たら身体が鈍い。それでも寒さに震えるよりはずっと良い。頂上岩壁区間はキム・ヨンチョル隊員が先に進む。初めて高所を登る隊員にしては速度と高所順応が早い。
三人皆、初めのピッチを終わらせてロープを繰り上げるとロープが上って来ない。降りて見たらロープが鋭い岩に引っかかって抜けないのだ。ロープを整理した後、また登る。
岩壁はいつ崩れるかも知れない。手を出せば落ち、踏めば落石になって虚空に消える。それなりに最善をつくして登ろうと思うが落石は落ちていってしまう。
カム、ナッツ、ハーケンなどを使ってみるが、岩自体が脆く確保には不安定だ。
岩が鋭くてロープがスムーズにあがらず何度登ったり降りたり。しゃくに障る。
そのようにロープといざこざを続けていたら、いつのまにかナイフリッジだ。
これ以上登る所がない。午後 5時30分、ハラハラする頂上にと立ってみた。頂上は踏む所もない細く鋭いナイフリッジ状だった。
風が強く吹き、立っていることができない位に鋭かった。頂上で記念写真を撮って “忠北登山学校ファイト”を叫んだ。

2008021300458_6登攀ルート

登山日程
12.26 仁川-成都(出国)
12.27 成都-イルリュン-双鮎で民家にBC構築
12.28 3,800mに装備デポー
12.29 ABC構築(4,000m)
12.30 ABCでビバーク
12.31~1.1 5,050m地点到着(ビバーク 2日目)
1.1 登頂(ビバーク3日目)
1.2 BCで帰還
1.3 休息(イルリュンに撤収)
1.4 イルリュン-成都
1.6 仁川空港到着

登山成果
中国四川省、登頂記録がないハンターピーク(5,362m)を冬季東壁神登頂。忠北アルパインスクール(Chung-Buk Alpine School)と命名。すべての固定ロープを回収して最大限跡を残さないクリーンマウンテン登山実践。
文・ギムウンシック 忠北登山学校教務
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以上記事引用おわり

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