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山の仕事、山の暮らし

高桑信一氏の『山の仕事、山の暮らし』を読む。

Taka一読して、大きな衝撃を受ける。
滅び行く山の人々の仕事を取り上げた書籍なら、従来も遠藤ケイ氏の著作などを読んでいたのだが、高桑氏の著作には、完全に異なる感銘・・・衝撃に近いものを受けた。

冷たい言い方であり、誤解を恐れずに書けば、取り上げられている山の人々に私は憧憬の念は抱くことはない。
16章で山形・飯豊山麓に住む関英俊氏がとりあげられ、
「・・・(中略)それまで営々と向き合った山に背を向けて、ときおり追憶をたしかめるようにしか山に入らなくなったひとびとのかたわらで、都会を離れ、ただひたむきに山に向かいこもうとする関英俊の試みは、大げさにいえば、山を切り捨てることによって突き進んできた現代文明への痛烈な批判であり、たったひとりの反乱なのである。」という結びの文章を読んでも、陳腐な表現にしか思わない。
不良社員とはいえ、建設業に身を置く私にとって「山・自然=善、都会=悪」というステレオタイプな図式は、陳腐以外の何者でもない。著者が高桑信一氏であろうと、私のその考えに変わりはない。

それでもなお私が受けた衝撃は、おそらく著者・高桑氏の山の人々に向かう姿勢に由来するものであろう。
ゼンマイ採りの舞台となった叶津付近は私も赴いたことがある。
私の父は仏壇製造業で「漆」は身近な存在であった。
(正確には、代替品のカシューではあるが)
山形県内、少し車を走らせればこの本に記されているような山の暮らしはどこにでもあったのである。(あった、と過去形にしておこう)
それに対して地元の人間たる私は、ただ気づかずに通り過ぎていたのではないか。
その無知と後悔の念が、この本から受けた衝撃の大分であろう。

山岳ガイドとして、クライミングや氷河の歩き方に習熟するのが高尚な技術なのだろうか。
日本の東北地方、山形に住む自分にはさらに知るべき現実があるのではないか。
そこまで考えさせられる一冊である。

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