ワイダ、そして『灰とダイヤモンド』
天災と鬱は突然やってくる。はい、鬱です。
私のお守りワイパックス舐めながら、映画のお話です。
先の出張中、NHK教育のETV特集でアンジェイ・ワイダ監督の特集番組を見ました。
私の好きな映画監督、その映画との出会いは中学生の頃、高校生になってから自主上映会でさらに親しむこととなりました。
特に好きな映画は『灰とダイヤモンド』。
中学生の頃、生徒会長などという自身の能力をわきまえない立場にいた自分が「単に生徒を管理するための存在ではないか」と悩んでいた当時、祖国建設を夢見ながらテロリストという許されざる存在となり、やがて死んでいく主人公の姿は非常にシンパシーを感じるものがありました。
さて、この番組で意外だったのは、東側諸国の例に漏れずポーランドでも映画製作に際しては厳しい検閲制度があったのですが、映画『灰とダイヤモンド』のラストシーンは共産党幹部に「反政府主義者の惨めな最期」が描かれているとして歓迎されたとのこと。
ははは、共産主義者って時代を超えて バ カ ですね。
番組では紹介されていませんでしたが、私の記憶では『灰とダイヤモンド』の主人公の最期、胎児のように身を縮めて死を迎える場面は、主演のズビグニエフ・チブルスキー自身の発案によるものと記憶している。
番組によれば、検閲は厳しいものの、映画製作の現場には「自由」があったとのこと。
『灰とダイヤモンド』が名作たりえたのは、ワイダの才能はもちろん、俳優や大勢のスタッフの情熱の賜と私は解釈しています。
ズビグニエフ・チブルスキー
番組でもっとも印象に残ったのはワイダ監督の言葉。
検閲をくぐり抜けて社会主義体制の現実を描くべく挿入された、様々な演出を指していわく、
『沈黙は、時には雄弁である』
情報があふれ、コミュニケーションの手段が発達した現在、会社員生活において 常 に 意志の伝達で失敗・鬱々になっている私にとっては、鋭利な刃物のように感じ入る言葉でありました。
抑圧の下、沈黙でさえ表現の手段とした人々がいる一方、他人と接することに挫折を感じる自分ってなんだろうね、と責め続ける今日この頃です。
それでは今夜も抗鬱剤をつまんで、サヨウナラ。
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コメント
私も番組見ました。
>共産主義者って
共産主義者だけでなく組織の上層部にも多い。
組織で自己保身する人に限って表面しか見れないのでしょう。
ワイダは凄い。
投稿: きじばと | 2008.06.28 11:11
<<私も番組見ました。
ご覧になりましたか。
たしかにワイダ監督は凄いですよね。あの「カティン」撮影に賭ける執念といい。
映画の検閲・弾圧というならば、日本のお隣の国も厳しいはずなのですが、ちっとも日本のメディアはとりあげてくれませんな。
投稿: 聖母峰 | 2008.06.30 04:13