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1984mの孤独

月山の縦走登山ガイドのオファーを受けた。

山行前日。
予定では二名でガイド予定だったのが、もう一名のガイドS氏が体調不良を理由に行けない、ということになった。
夏山繁忙期の今、代わりのガイドが見つかるはずもない。
私が単独で引率する決意を固める。
前夜判明したのだが、このツアー、蔵王、鳥海とハシゴしてきているらしい。
いわゆる百名山駆け足ツアーである。
普通、山岳ツアーで知られるA社などは参加者の疲労を考慮し、鳥海往復→月山縦走→最終日に軽く蔵王、といった難→易というパターンなのだが、今回の某旅行社は最終日に月山縦走をもってきた大胆なプラン。
参加者の疲労度が心配、様々なリスクに思いを巡らす。

体調不良のS氏、JMGAの試験・検定を受検中の方で、とてもマジメな方。
大変申し訳ないとのことで、月山庄内側の羽黒国民休暇村まで送ってくれ、さらに仏生池小屋まで、あくまで個人行動として同行してくれることになった。私の精神的な負担もいくばくか助かる。
んで、当日朝、宿で添乗員と打ち合わせ。
その結果、

・参加者は当初聞いていた34名ではなく39名。
・本日中に仙台空港から飛行機で帰るので、絶対に行程は遅らせたくない。

すなわち、昨日まで蔵王、鳥海を登って疲労した中高年39名を、一人で率いて月山越え。しかも飛行機の時間が決まっているため、一人の落伍者も許されない。
今回のツアー、添乗員が二名なので、彼らにもうまく動いてもらうしかない。

軽く体操を終え、歩き出す。
隊列が長い。長すぎる。
月山の庄内側ルートでは、休憩ポイントは決まっているのだが、人数が多すぎる。
私がよく最初の休憩に利用する、広いガレ場。
大人数なので道の端にクライアントを寄せていると、講(山岳信仰の行者さんの集団)の隊列が嫌がらせのようにクライアントの真ん中を歩いてくる。
近くで休み始めた、講の法被を着た爺が「道の真ん中で休むなよ」と、誰にいうともなく、声をあげる。
こんなに踏み跡が無数にある広い場所で、一方に隊列を寄せているのに?
「どこに目ぇつけてんだ糞爺、てめえこそ蹴躓いて死ね!」
と、叫びつつ(心の中で)、ジェームズ・ボンド並に紳士な私は
「あ、すみません!ありがとうございます!」
と、謝罪と感謝の意をわざと大声かつ笑顔で返しサラッと受け流す。
39名の大人数を引率する大事の前に、小事に関わり合っているヒマはない。

仏生池小屋に到着。
ここで後尾を守ってくれたS氏と別れる。体調もよくない中、来てくださったS氏に感謝。
小屋の前で一人の男性参加者が近づいてきた。
「月山の一等三角点に触れてみたいんですが・・・」
大きなマップケースを首から下げ、三角点好きな方らしい。
今の大人数を勘案して、とても対応は無理に思える。
月山の三角点は山頂から北側に少し離れた稜線にあり、登山道からは外れているのだ。
山稜の植生保護のためにも、とてもこの大人数で三角点を訪れることはできない。
かといって、ホスピタリティという点で、一人のクライアントのリクエストを無碍に断っていいものか。
私も地理学科出身、三角点を見たいという気持ちはよくわかる。
「一等なのでどうしても見てみたいんですが・・・」
そうつぶやく男性に、まず現地で立ち寄れるか判断しますので、隊列の先の方についてください、と指示する。
また一つ、プレッシャーが増える。

山頂に近づいてきた。
私のかすかな記憶にある三角点の位置に、他のパーティーが休んでいた。
幸い、我が隊列は先頭と後方の間隔が空いていた。
後ろの隊列を待つ口実でいったん先頭の数人を待たせ、私は走って稜線に登り、三角点を確認。
三角点マニアの男性に位置を教え、写真撮影が済んだら隊列の後方に戻るよう指示する。
これで一つ、クライアントの要望をパス。

頂上には10時前に到着。
山頂神社前の広場は私たちのパーティーだけでいっぱい。
ここで休憩の指示。
トイレの位置など細かい指示を与える間にも、クライアント達からは
「次のトイレはどこですか」
「リフトまで休憩とります?」
「飯豊山どれですか?」
「あの山はなんですか」
と、息つく間もない問い合わせ。
ああ、聖徳太子になりたい。
山の眺望の質問にしても、今回の関西からのお客様はよく勉強しておられ、「船形山ってどれですか」とか「摩耶山は見えますか」とか、えらいマイナーな山名を聞いてくる。どうも日本200名山というやつで勉強されているようだ。
休憩とはいえ、ガイドの私は 全く 休む間もなく出発。
月山山頂のクロユリは萎みかけていた。
一昨日は風雨の中、さりげなくその黒い花を咲かせていたのに。
もう今年のクロユリは終わりである。

月山縦走のキーポイントともいえる鍛冶月光の下り。
急なだけでなく、時間帯からいってどうしても大混雑になってしまうのだ。
登ってくる集団とすれちがうたび、
「すみません、40人の集団です」と声をかける。そのたびにギョッとされる。
下山途中、以前北アルプスの山行に同行させていただいたY氏と遭遇。
こんなに大勢の集団の先頭に立っているのに、知り合いに出会うとホッとする。
ガイドとは孤独な業務なのか、私の修行が足りないのか。

登山道の別れ道である「牛首」で休憩兼早い昼食。
一人、ペースが遅く息の荒い女性の脇に座り、積極的に話を聞いてあげる。
そしてこのツアー最後の山頂、姥ヶ岳。
ここで月山仲間のI氏と姥ヶ岳頂上で出くわす。
姥ヶ岳を下山、歩けば5分程度の短い雪渓があるのだが、最後のツメで気を引き締めさせるためにも、全員にアイゼンを装着させる。
「はい練習です練習、せっかく買ったアイゼンに月山の雪を味わせてくださ~い」
そしてリフト駅から姥沢へ。
姥沢で待つバスに乗り込み、めでたく私の役目は終わる。
車中での挨拶で、ガイドが一人減ったことをお客様達にまず詫びる。
下山が当初の予定時刻どおりだったこともあり、添乗員の稲葉氏からは
「じゅうぶん2人分働いてくれましたよ!」と笑顔で言われる。
それはそれで嬉しいが、ガイドは添乗員を喜ばせるのではなく、安全を確保した上でお客様に喜んでもらうべきだろ、と心の中で自戒する。

姥沢でツアーと別れ、デポしていた自分の車に乗り、クライアントがレンタルしていたアイゼンを返却するため自然博物園に行く。
偶然、姥ヶ岳山頂で出会ったI氏も事務室を訪れていた。
「いやあ、ガイド一人だけで大変そうでしたよ」
と、 し み じ み と 言われる。
他者から見て大変そう、と感じるほど、私は動き回っていたのだろうか。
大変なことを大変だと思わせるようでは、ガイドとしてまだまだ、とも思う。

今回のツアー、JMGAのガイドレシオを大幅に超過した人数を引率せざるを得ない状況に追い込まれての登山だった。
私は以前から当ブログで主張しているように、ツアー登山については肯定的な立場である。
しかしながら、さすがに今回の登山では大人数のあり方を考えざるを得なかった。
最近は私もある程度のガイドスタイルを確立しつつあるのだが、その基本である「声による指示」が全員に行き渡らないのだ。
それよりももっと重大な問題がある。
登山中、女性客がこうおしゃべりしていた。
「月山には樹林帯がないのねえ」
そう、月山の庄内側から縦走してバスに乗り込んでしまえば、月山の目玉の一つである豊穣なブナ林の存在にも気がつかず、帰って行ってしまう。
限られた行動範囲の中で、どうやって月山の魅力を伝えればいいのだろう。
ツアー登山の限界と可能性について、改めて考えさせられる一日であった。

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コメント

ツアーの皆さん、お気楽すぎではないですか?
自分がどの山のどのコースを歩いているのかぐらい知っておかないと、はぐれたときに帰れないでしょうに。
起伏の少ない月山あたりで濃霧にまかれたりしたら位置を見失いますよね。
なんでもかんでもガイドまかせで、何かあったら責めるんでしょうか。
お疲れ様。

投稿: かもめ | 2008.07.15 15:42

<<ツアーの皆さん、お気楽すぎではないですか?
 まあ人によりますね。よく勉強されている方もいますが、やはり多くの方は・・・です。
 もっと主体的に山に登った方が面白いと思うのですが。それをどう促すか、頭痛いです。
 地元の月山朝日ガイド協会では、前夜に登山客の宿で月山のコースの状況から歴史に至るまで細かく事前レクチャーを今年から始めたり、いろいろ取り組んでいます。

<<起伏の少ない月山あたりで濃霧にまかれたりしたら位置を見失いますよね。
 特に山頂付近はだだっ広くて道もいろんな登山口に広がってますしね。今回のお客様でも「登山道しっかりしてるから一人でも来られるわね」という方がいらっしゃいましたけど、油断は禁物な山です。

<<なんでもかんでもガイドまかせで、何かあったら責めるんでしょうか。
 あまり表沙汰になってませんが、「おまかせ登山」で裁判沙汰になっている事例もあります。ふー。

投稿: 聖母峰 | 2008.07.15 18:08

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