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柏澄子著『ドキュメント 山の突然死』を斬る

Totu柏澄子著『ドキュメント 山の突然死』を購入。ツアーで御老体を引率する身としては以前から気になるテーマであった。
ちなみに、私は『突然死』という表現は不適切だと考えている。人間が死に至るには、必ず何らかの前兆・予兆がある・・・論理的な根拠は無く、今まで触れてきた東洋医学からの憶測にすぎないのだが、そう考えている。

さて、柏澄子女史渾身(たぶん)の一冊を読む。
称賛記事は軽薄短小山岳雑誌が紹介してくれるであろうから、ここでは疑問に思ったことも含め感想を書いてみる。
結論からいえば、同書の高所登山に関する事例と記述は混迷を極めている。
何故、突然死の事例にチョーオユーとチョモランマの事例が入っているのだろうか?
前者はおそらく筆者・柏女史自身も登頂し、なじみのある山域ゆえ(著書に協力している橋本しをり医師は当時の隊長)、チョモランマの事例は日本のメディアでもセンセーショナルに取り上げられた事例ゆえだろうか。
日本の登山人口約600万(レジャー白書による)のうち、8000m峰や高所登山に向かう人間がどれだけいるのか?
筆者は近年の海外登山ツアーにみられる高所滞在を指して、巻末に『高所登山に縁のない方にも、どうか読んでいただきたい』と結んでいる。
それならば、海外登山ツアーにおける事例を引用した方がより身近でわかりやすく、多くの中高年登山者にも臨場感をもって読まれるのではないだろうか。
労災現場などでよく唱えられる「ハインリヒの法則」でいけば、数例の高所登山の事故例の陰には、おそらく数え切れないほどの(顧客の健康における)危険な問題がキリマンジャロやチベットなどを訪れるツアーに存在していたはずである。マス・ツーリズムの会社の連中は取材してもダンマリだろうけど。
さらに、同書の高所登山に対する見解の混迷。
チョーオユーの事例で橋本しをり医師による「・・・疲労は感じているだろうが、多くの場合、高所登山はたいした運動量ではない」という見解を紹介する一方で、次のチョモランマの章では平田恒雄氏の事例を紹介して「高所登山による疲労」を説く、ちぐはぐな構成。
医師の多くのコメントも「可能性」「推定」である。
ここからは、未だ高所医学の未解明な部分があまたあるということが読みとれる。
そして同書に欠けている視点は、登山隊における人間関係である。
高所登山を経験した者として体験を挙げれば、チョモランマBCで激しい咳、視野狭窄、そして就寝中に激しい胸の痛みに襲われたことがある。登山隊にはドクターがいるのだが、私は一切その事は口外しなかった。言えば、登頂メンバーから外れるためである。実体験からいえば、国内外の登山でそのような人間関係がもたらす疾病の隠蔽は少なからず存在する、と考える。
同書の冒頭に記載された国内登山での実例では、自分の健康状態を他人に伝えぬまま「突然死」を迎えた事例が実際に報告されている。しからば、海外登山という少なからず様々な「プレッシャー」がかかる登山では、類似かつ表に出ない事例が多いのではないか、と私は推測している。

同書の高所登山2例を読み、高所のリスクを改めて思い知る。
チョモランマ北稜やその他8000m峰の「一般」ルートを「歩くだけ」とネット上で書いているアルパインクライマーの糞爺が散見される。ま、ここは中華人民凶悪国や北朝鮮と違い日本ですから何書こうが自由ですが、高所のリスクに対する鈍感さには恐れ入る。

 さて話題は『ドキュメント 山の突然死』に戻る。
 著者が後半で再三強調しているように、山の突然死に対応していくためには、組織の垣根を越えた連携が必要となろう。
 とはいえ、今や団体に所属しない個人の登山者が数の上では圧倒的に多いのが現実。各個人に求められるのは普段からの摂生とメディカルチェック。登山という行為の性格上、体力自慢の人間が多い世界で、必要なのは自分の体との対話(トライアスロンでよく使われる言葉ですね)、より謙虚に自分の体と向き合うことだろう。
 その危機意識の向上と啓蒙に、この一冊はぜひ一読いただきたい。
 中高年と登山を共にする機会の多いツアーガイドは必読である。

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