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法事

激しい雨。
ワイパーを最速にして、家族を乗せた車はカミさんの実家に向かう。
カーステのFMラジオからは、映画「慕情」の主題歌、続いて高橋真梨子の歌声で「ジョニーへの伝言」「五番街のマリーへ」が流れる。
いろいろ思い出の詰まった曲は、法事に向かう朝にふさわしい。
今日は義理の祖父の一周忌の法要。
ガイド協会事務局からはガイドのオファーもきていたのだが、余所から来た私をいつも笑顔で迎えてくれた義理の祖父の法要を選んだ。

Pa0_0228_2カミさんの実家で僧侶を呼んでの法事の後、場所はお寺(歌人・斉藤茂吉の生家)に移し、ここでも法要。
その後、上山市内の温泉ホテルに場所を移し、親族一同集めてのお食事会。
親族といっても、カミさんの「旦那」という余所者の私にはいろいろ気を使う場となる。
予想に反してお食事会はテーブル・イスの会場。
おそらく義父が気を利かしてくれたのだろう、隣は上山山岳会のメンバーの方で、「この前朝日連峰に荷揚げ行ったとか聞いたけど、どさいってきたのや?」と山の話に突入。
相手はご高齢の方なのだが、「昔は朝日縦走にも一人コッペパン30個持ってったもんだ」という話を楽しく聞く。
普段、当ブログでは「酒飲み山岳会の糞爺」とか書いているが、私が嫌いなのは視野狭窄な傲慢爺の事であって、中高年の方の山の話しを聞く事自体は私は好きだ。
80年代末、大学近所のパン屋に作らせた、一斗缶入りの特注パンを背負っていった冬の北ア合宿を記憶している私と話が合い、「山はパンですよね」と意味不明な意気投合をみる。

酒にメチャメチャ弱いことがカミさんの親族に知られている私、食事会も中盤で中座しホテルの温泉に入る。
Pa0_0225脱衣所の窓から上山市近郊の里山を望む。
左が標高354mの虚空蔵山、右が標高398mの経塚山。
上山市近郊には味のある低山が多い。経塚山は私が以前に上山市内に住んでいたときに、ランニングコースにしていた山だ。所々に斉藤茂吉の歌碑が立っている、地元の人の散策コースだ。

Pa0_0227風呂で汗を流した後、直接宴会場には戻らず、ホテルのお土産屋を覗く。
ツアーガイドやら何やらで他県の人と関わり気づかされるのが、自分の住む土地の土産物については意外と知識が不足しているものだ。

ちなみに、東京、神奈川在住の読者が圧倒的に多い当ブログでございますが、上山市を含む蔵王周辺で月山朝日ガイド協会一の甘党(自称)の私がオススメするお土産は、
Pa0_0226蔵王・樹氷ロマン
硬めのウエハースに白チョコ挟んだ菓子です。
山形の土産物で「のし梅」?なんですかそれ?(←個人的に嫌い)

ホテルの土産物売場をチェックした後、観念して(笑)宴会場に戻る。
半ばお開きになっていたので、控え室の広い客間で酔い覚ましに睡眠を取る。ロンパールームなみの午後。
夕方、カミさんの実家経由で帰宅。
Pa0_0223 慣れない人付き合いに疲れた私を、玄関に咲く紫蘇の白い花が迎えてくれました。

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日山協のヒトの頭の中は80年で止まっているらしい。

ええ!?
まじ!?
日本山岳協会のヒトって1980年から思考停止っすか!?

栗城さん マナスルに単独無酸素挑戦 by スポーツニッポン8/29
以下記事引用開始
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栗城さん マナスルに単独無酸素挑戦
 世界七大陸最高峰の単独無酸素登頂を目指す札幌市の登山家栗城史多さん(26)が、最後となったエベレスト(8848メートル)挑戦を控え、世界第8位の高峰でヒマラヤにあるマナスル(8163メートル)の単独無酸素登頂に挑戦する。
 栗城さんは29日、9月6日の日本出発を前に札幌市内で記者会見。現地では、体を高度に順応させた上で、10月17日にマナスル山頂にアタック、下山にはスキーを使う予定。
 日本山岳協会によると、「単独無酸素」は人の手助けや酸素ボンベなしの最も過酷な登山方法。エベレストの単独無酸素登頂は、ラインホルト・メスナー氏(イタリア)が1980年に成功しただけという。
 来春の挑戦を予定しているエベレストでは、メスナー氏と同じ氷壁を登るルートを取り、スキーで下山の予定。栗城さんは「マナスルでも氷壁を登り、自信を付けたい。下山にスキーを使うのは北海道の登山家としてのこだわりです」と話している。
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以上記事引用おわり

で、問題はココ↓
日本山岳協会によると、「単独無酸素」は人の手助けや酸素ボンベなしの最も過酷な登山方法。エベレストの単独無酸素登頂は、ラインホルト・メスナー氏(イタリア)が1980年に成功した だ け という。』(強調文字は筆者)

日本山岳協会のどなたがコメントしたか知りませんが、95年にチョモランマ北面から無酸素・単独で登頂したイギリスの女傑、故アリソン・ハーグリーブスを知らないんでしょうか?
(知らないからこういうオマヌケなコメントするんだろうけど)

栗城史多氏については様々な言われ方がされていますが、私は個人的に、栗城氏が山岳部の無い大学から他の大学山岳部の門を叩くなど、その行動力と意欲はおおいに買っているし、敬意を表します。
 ちなみに当ブログで2005年に栗城氏を初めて取り上げたのも、その記事の不正確さを指摘した内容である。
 
 月山で2時間もたない男とはつはきあうな! 記録とは何か 

 栗城氏の掲げる「タイトル」の不鮮明さについては、かの竹内君もとりあげていますな。

 ガッカリ… 竹内洋岳ブログ

 『史上初の七大陸最高峰単独登頂』とか、今回の「エベレスト単独無酸素はメスナーしかいない」みたいなトンチキなタイトルのミスは、周囲の人間がよくフォローしてやるべき問題ですな。もちろん栗城氏本人の不勉強もありますが。

 こういうコメントをすると、よく「何もしない者が口を出すな」みたいな事を言う輩がいますが、記録にこだわり記録でスポンサーや人の関心を集め、資金を集め、誠意を頼りにするからこそ、こういったタイトルにまつわる記録の厳正性は重要視されるべきはずです。
 冒険・探検の世界も世界各地で様々なタイトルがうち立てられた現代、学術論文を書く者が過去の既存文献をあたるように、まずは過去の先達の業績を知らなければなりません。
 先に宮城に来県された横山勝丘氏の講演を聞いた際、とても過去の記録を調べられているな、というのは講演の端々に現れていました。

 このスポニチ記事を読むにつれ、登山史を知ることの重要性を強く感じます。

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南西壁再び 登山家パク・ヨンソクの『業』

8000m峰14座登頂を果たしたクライマーは、各々様々な道を歩んでいる。
14座全山登頂、南北両極踏破、セブンサミット登頂を果たした韓国のパク・ヨンソクは今秋、後輩を2名亡くしたエベレスト南西壁に再び赴く。
南西壁という『業』に憑かれた男は、何を目指すのだろうか。

それでもふらりと行くことができる私は自由人 by 朝鮮日報8/30
以下記事引用開始
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2008083000007_0 2007年エベレスト南西壁登攀で二人の後輩を失った登山家パク・ヨンソクは、南西壁再挑戦のため来月 2日出国予定だ。
「振り返れば、ずっと自分自身に挑戦して来たはずです。何かを達成すれば達成感で満足するのに、底の抜けたカップに水を注ぐ感じ・・・達成する程に空しい感じでした。」

登山家パク・ヨンソク(45)は来月2日、ヒマラヤのエベレスト峰(8848m)南西壁遠征に再び出発する。
彼に「欲望を止めることができると安全だ(知止不殆 筆者注・止まるを知れば殆うからず 老子の言葉)」と言うと、
「やめなさいという言葉は、私の生を、私の人生を止めろという言葉に聞こえます。登山行為が私の生の100%です。」と返ってきた。
「遠征を続けながら私の「人生」を感じて、登りながら私が生きているということを実感できて、登山は私が一番よくできる事です。しかし私が先頭に立って後輩を導くこともできず、逆に導かれていると感じれば止めるつもりです。」
彼は「ヒマラヤ 8000m峰14座の中に韓国人が作った登山ルートが一つもない。私は一番困難な南西壁に「コリアンルート」を作りたい」と言うが、この南西壁遠征は彼にとっても恐ろしいものかもしれない。

 昨年の南西壁遠征で、彼は血を分けた兄弟よりもっと大切だったオ・フィズン、イ・ヒョンジョ隊員を失った。彼のアパートで一緒に暮らしたこともあり、常に遠征のパートナーだった。この事故で彼はしばらく酒に浸って暮し、幻聴も聞こえたこともあり、髪を切り、登山を辞めることまで考えた。
そんな彼が再び 悪夢の道を歩もうとするのだ。今度の遠征隊にはよくある壮行式もない。
「人命在天、星回りとは思っても、私が引率する立場なのにあまり面倒をみてやれなかったという悔恨が残りました。当時オ・フィズンは非常勤として会社に就職し、「兄さん、もう私も税金収めてますよ」と言うのが好きだったが・・・それが胸に痛みます。彼等のためにも、行きます。」

彼の全盛期は 2005年『山岳グランドスラム』(ヒマラヤ 8000m峰14座登頂、世界7大陸最高峰登頂、南北両極点踏破)を果たした時だ。「あの時止めていたら、成功的な人生だったでしょうに」と言うと彼は「成功的な人生とは何ですか? やりたい事をするのが人生ではないですか?」と返ってきた。
「山岳グランドスラムをしたならこれ以上何をするのかと言われますが、私がやりたいことはあまりにも多いのです。私は1ヶ所に到逹すれば、もう次の行き先を考えています。」

-あなたには生と死の距離(隔たり)はあまり近くないんですか?
「誰が死のうと行きます。登る前ベースキャンプでプジャ(筆者注・ヒマラヤ登山前に行う安全祈願の儀礼)を執り行なう時、私は一回も成功するようにと願った事はないです。無事に下山できるようにと祈りますね。私は前世に犯した罪が多いようですね。」

―生と死の勝負をして来た人生で、一日一日組職に縛られて生活している私たちのような人間はどんな風に見えますか?
「誰も、自分のすべきことがあります。その仕事がやりたくて過ごす人生は、その人生がいずれにせよ, 幸せだと思います。しかし、やりたくもない仕事をして暮す人を見れば、可哀想だと思います。たとえ大統領といえどそうです。」

―したい仕事ばかりできる人は少数で、生活していこうとすれば、したくなくても仕方なく(仕事を)する人が多いですね。
「私も喰っていくためにトレッキング事業もしたし、商業登山もしました。そうするうちに登山用品メーカーと契約して月給をもらえるようになりました。登山がうんざりする時もあります。特に隊員が死んだ時は。しかし、私が一番うまくやっていけることがこれだったわけで・・・。」

―あなたはふらりと行くことができるが、大部分の人々は日常生活に縛られていますね。
「ふらりと行くことができるから、私は自由人だと思います。これは私の命を担保として今までして来たからか分からないですね。多い死を見聞きし、生死を越え、後輩たちを失って・・・もしかしたらこんな苦労を心に決めた時、ふらりと行くことができるのではないでしょうか。」

―高所登山が自分の生きる姿勢を変えたことはありますか?
「ヒマラヤの、5000mより上は草一本ありません。神様が住む場所です。その高さでは、人間のできる事は極めて限られています。その広大な山に人が登ることができるのは数本だけです。私たちは神さまが許してくれる時に、ちょっと登って来るんです。私があまりテレビにも出ず、人々の集まる席を避け、講演にも出ないことは神さまに対する謙遜だと思っています。数多い遠征で後輩たちを殺し、神さまが生かしてくれてここまで来られたというのに、どこに行って講演などできますか。」

―本当に神さまがいると信じるんですか?
「私は特定の宗教はもたないが、神は存在すると信じます。」

―とても遠い将来、生物学的寿命を終える日、墓碑銘にどう書かれるように願いますか?
「考えてもみませんでしたが、死後、生きている知人たちが感じたとおりの言葉を使います。」
それとともに加えた。
「私がその気になれば、ふらりと行くことができますが、、私の人生を振り返れば休んだ事がないんです。1997年には8000m峰7座を登りました。山でばかり生活していたんです。会社員の仕事でいえば、365日夜勤したのとまったく同じです。家にも入らずに・・・。」

―家族と離れて過ごすのは自慢には成らないように思いますが、幸せですか?

しばらく時間をあけて口を開いた。
「・・・そんな重い話は、自信がありません。」
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 このインタビューを読んで先ず思ったのは、植村直己が遺した言葉、『エベレストに登ったということは、人を幸福にするか』である。
 同じ14座全山登頂者で、韓国メディアでも特に露出の多いオム・ホンギルとは対照的に、ここ最近パク・ヨンソクの消息が途切れていたのは気になっていました。とはいえ、昨冬は中国・四川の未踏峰連続登頂に挑み、一勝一敗だったようですが。
 昨年の南西壁遠征ではテントごと隊員が転落、後輩2名が死亡したことはパク・ヨンソク本人にとっても大きな傷となっていたようです。
 文中にもあるように、エベレスト南西壁に向かう登山隊にもかかわらず壮行式もせず、このインタビュー記事自体が朝鮮日報関連の出版社で発行している「月刊山」の記事ではなく、一般記事の人物コラムとしてインタビューを受けているのも異色でしょう。インタビュアーの朝鮮日報社の社会部長も、なかなかパンチの効いた質問を繰り出しています。
 興味深いのは、この記事の末尾にある掲示板に書き込まれた一般市民の反応。
 パク・ヨンソクの生き方に賛同する意見と共に、
『そうふらりと行くことができて君は自由人になることができるから良いだろう。家族の生計は ?登って死亡する場合も多いその後の、残された家族は ?まったく理解することができないことが高い山を登る人だ。』
『エレベスト初、北極と南極の最初の探検みたいなことは意味がある。しかし特別な人だけが登る山登りが何か意味があることか ?登って死んだ後、残った家族は誰が責任を負うか。こんな無責任で無能な人々が現実逃避にしているのではないか ?』
 などなど、厳しい書き込みもみられます。

 ま、万人共通の「幸福」なんて無いんでしょうね。
 いや、個人にとっても、時の移ろいと共に幸福の価値観なんて変わるものです。(そうですよね、家庭とやらを持って遠征登山を諦めた皆さん?)
 このインタビューを読み、パク・ヨンソクにとっては南西壁すらも、人生の通過点に過ぎないのだろうなあ、と私は確信しています。おそらく、走り続ける人生を歩む人なのだろうなあ、と。

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ドラキュラ生活から戻る。

27日、夜間作業もおわり、ドラキュラ生活から解放。
一週間以上、昼夜逆転の生活していたせいか、滞在先のビジネスホテルの玄関を出ると『お天道様がやけにまぶしいぜ』とムショからでてきたばかりの高倉健状態。
滞在先のホテル、部屋の窓からは
Pa0_0221雲を抱く月山

非常口の窓からは
Pa0_0222鳥海山

が姿を現していて、ここのところ外に行けない私には蛇の生殺し状態。
来る10月には資格試験2連発も抱え、またまた山は遠ざかるのでありました。

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【速報】スロベニアのPavle Kozjek死亡

先日、ムスターグタワーの記事を書いたばかりですが、スロベニアのPavle Kozjekがトライ中に死亡という情報が流れています。

Slovenian mountaineer dies in fall in Pakistan by International Herald Tribune 8/26

Muztagh Tower: Nangpa La hero Pavle Kozjek missing; Dejan Miskovic stranded by K2climb.net8/26

k2climb.netではmissingという表現ですが、 International Herald Tribune紙はfell into a chasm and died of injuriesとして、クレバスに転落・死亡と伝えています。

PortretPavle Kozjekの名は登山関係者より、むしろチベット問題に関心を持つ方に広く伝わっているのではないでしょうか。例のナンパ・ラにおける中共の豚どもによるチベット人銃撃事件の撮影・公開です。
クライマーとしての足跡は、
 ・スロベニア、ユリアンアルプスで登山開始
 ・スロベニア人初の無酸素チョモランマ登頂
 ・シシャパンマ南壁スロベニアン・バットレス開拓、
 ・セロトーレ東壁「地獄のデレティシマ」開拓
 ・ブロードピーク、G2峰各々5日間かけて継続
 ・その他、アンデス、ヨセミテでビッグウォール登攀
等々、高所にもビッグウォールにも長けたクライマーでした。
今回のムスターグタワー北面のアルパインスタイルによるトライも意欲的なプランであっただけに、その死が惜しまれます。あらためてPavle Kozjek氏の死を悼みます。

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カマボコテント

ロシアの某クライミングサイトから。
Kamaboko1
おおっ!!
カマボコテント!!
しかもポールも細くて軽そう。
ロシアでは今だカマボコテント健在也!
わたしゃ70年代生まれですが、カマボコテントに寝たことある最後の世代かな・・・
あの殺人的な重量はさておき、快適性は素晴らしいものがありますね。

ん?
屋根をよく見ると・・・
Kamaboko2
PLAYBOYのピンナップめっけ(笑)

ちなみに筆者はPenthouseの方が好きです。

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アルプスにシェルパがやってきた

当ブログでは過去にも世界各地で働くシェルパ族をとりあげてきましたが、今回は登山の本場・ヨーロッパアルプスで働くシェルパ達の様子です。

Nepalese sherpas bring a little Asian flair to Austrian Alps by AFP通信8/25
以下記事引用開始
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オーストリア・アルプスにネパールのシェルパがやってきた

彼女は長く黒い髪、そしてほほえみをもって、手を合わせたネパールの様式でお辞儀します。
「オーストリア・アルプスへようこそ」

 ニマ・ディッキーは西欧風ロッジ経営を学ぶため、今夏オーストリアの山小屋で働いている30名のうちの一人です。ウォルフガング・ナイルツによって企画されたプログラム無は5年目を迎え、相当な成功を収めました。
(中略)
「不法ながら、シェルパが山小屋で労働に誘われた個々のケースはありましたが、労働許可証も無く不法滞在で働いた彼らは逮捕され、キャビンマネージャは処罰されました。彼らは私がネパールで長年過ごし、多くの知り合いがいることを知っているので、私のところへ相談に来ました。」
 EU加盟国の市民ではないため、ネパール人はオーストリアで季節労働者の許可証を得ることができません。しかしながら、ナイルツはチロルで30人の訓練生のために許可証の免除を受けることができました。
 ネパール登山協会(NMA)と山小屋のオーナー達は彼が訓練生候補を選ぶのを手伝います。選定は誰が最もプログラムから利益を得られるか、ということに基づきます。
「必要条件は、彼らがトレッキングビジネスで、ガイドとして、ロッジで、または、ロッジのマネージャーとして働くということです。」
「ネパールを旅行するとき、どのロッジがオーストリアで研修した人々によって運営されているか、見分けられるでしょう。衛生面や運営方法から、より優れています。」とナイルツは語ります。
(中略)
 ニマ(28)は、6月中旬から東部チロルのリエンザー・ヒュッテで研修に取り組み、カイザーシュマレン作りの名人になりました。このオーストリア名物のパンケーキは、プラムコンポートと一緒に食卓に出されます。
「それは彼女が作ったものです。本当に上手くなりました」彼女の主人、ベルニ・バウムガードナーは笑って言います。ニマは東部ネパール・ソルクーンブでロッジを所有していますが、雨季の間は店じまいしなければなりません。そして3ヵ月半の間オーストリアのアルプス山脈で働くため、夫と3人の幼児を残してやってきました。
(中略)
ニマ(彼女は子供たちの教育費支払いに苦労しています)は「私がここで得るものは、大金です。ネパールで得られるのはわずかなお金です。」と言います。
「彼らにとっては、それは宝くじに勝つようなものです。3または4ヵ月後に、彼らは5,000ユーロを持って帰国します。450,000-500,000ネパールルピーになります」ナイルツは語ります。比較するならば、ネパールにおける教師の月給は10,000ルピー、医師の月給は15,000ルピー、ウェイターは3000ルピーです。
 ナイルツは全員のビザ、移動経費と給与等を管理しますが、シェルパ達がプログラムに参加できるのは3回までに限定されています。同じ人間がやってくれば、ゼロから学ぶ必要が無いため山小屋のオーナーには好都合ですが、多くの人間に同じ機会があたえられなければなりません。ナイルツは言います。
「私は彼等を援助したいのです。私はよくネパールを訪れ、多くの美しい経験を得ました。恩返しがしたいのです。」
(後略)
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Aleqm5ioi0qzqilhogxsat5wnlpkqgasg ←ロッジで研修するシェルパ族
このシェルパ族研修プログラムを企画したウォルフガング・ナイルツ氏は、78年、メスナーとハーベラーが人類初のエベレスト無酸素登頂に成功した際の登山隊隊長を務めた人物。
ネパール関連の報道を検索していた数年前、観光開発のシンポジウムで名前を見かけておりました。シェルパ達の季節労働許可証の免除を勝ち取るだけの、相応の経験と発言力、人脈をお持ちなのでしょう。

私の地元の蔵王でも、欧州アルプス風を強調したロッジやレストランを見かけるのですが、ヒマラヤ山麓でもそのうちアルペンホルンが聞こえてくるようになるんでしょうか。北アのどっかの山小屋みたいですね(笑)
それはさておき、こういったシェルパ族への援助方法もあるということで、ヒマラヤ山麓で美味しいオーストリア料理が食べられる日は近いようです。

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海を渡った『日本百名山』

以前に当ブログで、大韓山岳連盟ウェブサイトに掲載された「百名山ツアー」の広告を取り上げましたが(お隣の国まで波及している「深田百名山」)、この度ついに韓国でも日本百名山の書籍が出版されたようです。

「日本百名山」発行したユン・バクヒョン百山会会長 by 月刊山8/8
以下記事引用開始
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2008080801039_0「日本の山は雄大さ・壮厳さと自然美が圧巻です」
韓国人によって「日本百名山」が発刊された。
「日本百名山」は日本の深田久弥氏が選定して1964年、山登り案内書として発刊されて以来、日本の登山者から人気をあつめたロングセラーで、今もなお日本の山のガイドブックのモデルとして認識されている。

今回の「日本百名山」の著者は百山会ユン・バクヒョン(77)会長。 91年以後、 2006年に至るまで 16年間にわたり取材を重ねて発行したのだ。案内は北海道、東北、北アルプス、中央アルプス、八ヶ岳、南アルプス、九州など10地域に分けられ日本100名山を紹介している。名山に対する基準は深田久弥氏が規定したとおり、山の品格、 山の歴史、そして個性ある山、付加条件として山の高さを1,500m以上として決まったのだ。
「100名山山行を終わらせる頃まで日本の山(に関する出版)の具体的な計画はありませんでしたが、半世紀の間、山を友として暮して来た境遇で、国内にはない山行記を一冊発行する事も意義のある事ではないかと思って、この拙著を世の中に出してみました。」

俗離山麓で生まれたユン会長はもう 6歳の時には俗離山・天王峯を登った生まれつきの登山者だ。彼が山に本格的に通ったことは、1955年慶煕大法科大学を卒業して社会人生活を始めてからだったし、1967年には山にまともに通って見ようという考えから、山岳同好会である百山会を作った。歳月が経つほどむしろ 山への情熱を燃やした彼は 91年、還暦を記念して 20余日間の日本遠征に赴く。
「初めて踏んだ日本の山は大雪山(2,290m)、利尻岳(1,721m) など北海道の山山でした。高さ 2,000m 内外の山山が本当に美しかったです。特に都市化された我が国の山山と違い、安全施設物をなるべく設置せず自然が生きていました。北アルプスを含めて我が国の山より高さと規模が大きいというのも魅力的です。谷と森は本当に韓国の山に通っている方々には想像もできないほどです。」
日本の山に魅かれて日本の山を尋ねて来たユン・バクヒョン会長は、長年勤めて来た法律事務所を 74歳で退職し、2005年以後は回数を増やし期間も長く取って日本の山を訪れた。
「何より一人で行く時は大変だったです。霧の中で迷ったことも一二回ではなかったんです。それでも日本は適当な間隔で山荘が立っていて, 食事もそこで解決することができて、とても役に立ちました。もちろん山荘がない区間では野営をしなければならなかったけれども。」
ユン会長は写真に対しては自信がないと言う。写真撮影技術がはかばかしくない理由もあって、天気が悪くて写真撮影が難しいことも多かった。撮影できなかった山については、日本の山に通いながら交友を結んだ登山者たちや出版社関係者を通じて解決しなければならなかった。しかし概念図だけは彼の手で直接描いたものだ。
「資料収集が一番難しかった」ユン・バクヒョン会長は「日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」と, 日本の山を探し求める時に注目するよう頼んだ。
「日本の山は韓国の山に比べて危ないです。夏には台風の影響で荒れますし、冬には想像もできない位多くの雪が降ると言います。ヒマラヤの雪山より雪崩が恐ろしい所もありますよ。」
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以上引用おわり

前回当ブログで書きましたが、日本百名山は海外の登山者にこそ参考になる本かもしれません。
百名山をこきおろす人も多いですが、自分の価値観さえしっかり持っていれば、なかなか参考になる本です。
ちなみに私の価値観での「名山」とは、深田の唱える個性・歴史・高さとは関係無く「地元の人に愛されている山」です。
時には「ブランド」呼ばわりされる深田百名山ですが、外国人にとっての日本の山へのアプローチとしては、これほど適当な選定はちょっと見あたらないのではないでしょうか。

日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」

忌み嫌われる日本人はお約束といったところですが、韓国人から「山と自然を愛して保存する姿勢」と言われています。信州のどっかの山域みたいに、山は地元の観光業者の所有物ではなく、海外の人々からも注視されていることを意識する必要があるでしょうね。

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第三の極地 ディレンフルト父子の生涯が映像化

『第三の極地』といえば古典中の古典であります。
父、ギュンター・ディレンフルトはカンチェンジュンガ探検で知られ、その息子ノーマン・ディレンフルトは63年、エベレスト西稜から南東稜に初縦走を果たしたアメリカ隊の隊長という登山家親子。2人に共通しているのは登山活動を記録映画として撮影することに情熱を注いだこと。
このたびディレンフルト父子の生涯がドキュメンタリーとして制作されました。

Telling It from the Mountain by Pacific Palisades Post8/20

Everest番組撮影中の模様(登山の再現シーン)

134aノーマン・ディレンフルト近影

63年のアメリカエベレスト隊を率いたノーマン・ディレンフルトは、ショーン・コネリーの「氷壁の女」、イーストウッドの「アイガー・サンクション」といった映画にも関わっていたとか。
父ギュンターは30年代にカンチェンジュンガ探検で活躍、ベルリン五輪で表彰されたりしていますが、妻へティがユダヤ人であったため家族はアメリカに移住します。最近見つかった記録映画「失われた足跡」を含め、登山と探検、そして映画製作に情熱を燃やした父子の生涯が描かれているとのこと。
あ゛ー見たい!
こういうドキュメンタリーが製作されるのはきちんと登山・探検が評価されている証左でないでしょうか。

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日本の名峰

会社のおしごとで夜間作業のため、

Review_dracula 昼 寝 て 夜 起 き る 生 活 。

盆明けからずっとビジネスホテル暮らしでありんすが、一日の数少ない楽しみの一つは、北京五輪で中共の犬に成り果てたNHKBSでやってる『日本の名峰』の再放送。
山岳ガイドが言うのもナンですが、日本には様々な山がありますな。
本日はついにお楽しみ、東北の山々。
フィールドの月山はやはりじっくり見てしまう。
月山の最後の場面、ナレーションが「名峰です」と語る。
日頃は身近な山として考えていた私にとってはちょっと違和感。
いや、はるばる遠方から訪れてくださる登山客の皆様には名峰なのでしょうがね。
ホントに地元の村落の人々が筍取りに入ってたりして日常生活の糧を得ている姿なんか見ると、名峰というよりは生活の山というイメージの方が強いのでした。

今滞在しているところは連日の雨で8月とは思えない涼しさ。
月山もじきに秋の山へと変貌します。

Pa0_0202
ホテルロビーにて、滞在先の名産である絵蝋燭。画像の蝋燭は水に浮かべて灯す球形型のものです。

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Pavle Kozjek、ムスターグタワーの新ルートを計画中

スキャンカンリに続きバルトロネタ。
ナンパ・ラにおける中共兵士によるチベット人銃殺の画像公開で名を馳せたスロベニアのパブロ・コゼックが「怪峰」ムスターグタワー北面でアルパインスタイルによる新ルート開拓を計画中。

Pavle Kozjek a por la Muztagh Tower by Desnivel8/14

Mustagh
ムスターグ・タワー(撮影Pavle Kozjek)

ムスターグタワーといえば、あのえぐれた様な山容を思い浮かべる方が多いと思いますが、隣接した前衛峰をはずすと上記のPavle Kozjek氏が撮影したような山容になるわけで、山岳写真家が捉えたムスターグタワーとは又ひと味違った印象を受けますね。

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ロシア隊、スキャンカンリにトライ中

ロシア・クラスノヤルスクの遠征隊がバルトロのスキャンカンリ(7545m)西壁にトライ中。

Skyang Kangri. To Be Continued… by mountain.ru

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ルートを伸ばすクラスノヤルスク隊

スキャン・カンリは日本の学習院大学隊が東稜から1976年に初登を果たし、80年にジェフ・ロウとマイクル・ケネディというアメリカの強力コンビが西壁を目指したものの断念。
今回のクラスノヤルスク隊はこの西壁に5名の小チームでトライしているもの。
mountain.ruの英語版には概要が報告されていますが、ロシアの某クライミングサイトに掲載されている、隊を率いるニコライ・ザカロフのインタビューでは「山容がシンプルかつ美しくて気に入った」と惚れ込んで今回の遠征を計画した模様です。

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韓国 人工壁事情

国体の鳴り物入りで人工壁ができたものの閑古鳥・・・なんてトコありませんかそこの山岳連盟のエラい人!
というわけでお隣韓国の人工壁繁盛記です。

人工壁の成功事例・ノウォン、ソンドン人工壁 by 月刊山
以下記事引用開始
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人工壁の成功事例・蘆原、ソンドン人工岩壁
 連日多い利用者で活気にあふれて…雨降る週末にはすし詰め

 クライミング教室も毎回人があふれるほどに人気上昇中、全国的に屋外型の大型人工壁が 40余箇所と推定されるようになった。
スポーツクライミング人口や需要がそれほどに増えたためだが, しかしいくつかの個所を除けば人工壁の利用率はあまり高くない。 大概は一日中がらんとしているか, でなければ少数の人が利用している程度だ。 最小でも2億ウォン、最大5,6億ウォンと言う施設費用を勘案すれば情けない位だ。 しかし例外的に驚くべき利用率をあげている人工壁もある。 なかでも代表的な所がノウォン人工岩壁とソンドン人工岩壁だ。

 ノウォン人工壁は連日利用者で活気にあふれている。
 秋ならロープが「すだれ」の様になっているほどだ。主な年令層や性別を問うと管理者であるソ・ウソク氏は “文字どおり老若男女”と言う。 実際に 7月18日金曜日午後、ノウォン人工壁は頭が白いお爺さんから小学校3年生まで、老若男女がめいめいに混じって人工壁を楽しんでいた。人数は30人ほどになるだろうか。そのうちにはほとんど毎日通うようになった人が半分、その他は週に何回か通う人々だ。
 これらはほとんどがノウォン人工壁で企画されているノウォンクライミング教室の卒業生たちだ。 これまでクライマーの輩出は大学や高校山岳部, 社会人山岳会, そして登山学校が主に担ってきたが、人工壁教室もその一翼を引き受けている。

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ノウォン人工壁。平日、そして蒸し暑い夏の日午後にもかかわらず多くの愛好家たちが人工壁クライミングを楽しんでいる。

(中略)
 ノウォンクライミング教室は、ノウォン区役所広報体育科で担当しているボーリング, ピンポン, テニス, インラインスケートなど生活体育プログラムの中の一つとして企画されている。昼と夜それぞれ20人定員で運営されているのに, 実際はいつも申請者があふれて30人以上になる場合が多く、最大43人が申し込んだ時もあった。 教育は毎週火・金曜日に12回にわたって進められ、受講者たちの熱気によって予定の2時間を超え3時間ずつの講習だ。最近21期が終わり、この間クライミング教室を卒業した延べ人員は約600人位になるとソ・ウソク講師は明らかにする。
 これら受講者数 600人の意味は決して小さくない。彼等がいつか岩壁やリッジクライミングに赴く人々だったと仮定すれば、正しい登山教育を通じて事故予防を果たすという意味でもクライミング教室は大変な役目をしているのだ。 首都圏の山岳地帯ではリッジクライミングなどで基本を無視した無謀登山で死傷者が数多いことを勘案する時さらにそうである。ソ・ウソク講師はこう語る。
「クライミング教室で一番重きを置くのが安全です。外岩でも人工壁でもロープと確保を利用した安全は基本中の基本ではないですか? その次が技術です。」
 ある受講者はクライミング教室修了後、ネット掲示板にこう書き込んだ「いままでどんなに無謀にリッジクライミングをして来たのかひしひし感じるようになった」 人工壁利用者たちの大多数はそのままクライミング教室修了者だ。 安全最優先の教育を受けた人々が壁全体の雰囲気を造り、ノウォン人工壁は初めてまともに運営されて行くようになったと言う。

(中略)

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ノウォン人工壁の指導講師チョン・ウォンジュ、ソ・ウソク、補助講師チェ・スクフィ、イ・ジョンナム、ユン・ゾンヒョン(左側から)。

講師たちの献身的な努力を支える財政支援が必要
 ノウォンクライミング教室の熱気はすごい。 12回中2回欠席すれば修了証を与えないのに、そんな人は全体の 10%に満たない。女性の中でわざわざ欠席する人もいるのが、8週めと9週めに行われる「リードと墜落」実習の時だ。わざわざ墜落体験をさせるから恐ろしくて出来ないのだ。 そんな事を除けばほとんど欠席者がいない位に熱気がすごい。
 受講費用は受講料 30,000ウォンと保険料20,000ウォン、総額50,000ウォン、その他、成績が良い受講者たちにはリュックサックやジャケットなども与えられる。受講者たちはハーネスとチョークバッグ、シューズだけ準備すれば良い。 高価なロープ、クィックドローなどの装備は全てクライミング教室側が提供する。
「うちの講師たちが区役所に積極的に話したんです。人々がアプローチしやすくなければならない。初期の装備購入費が数十万ウォンずつであれば誰がする、とですね。結局区役所側で納得しました。毎年ロープやクィックドローは廃棄処分して新たに購入します。受講者たちは大変恵まれているわけです。」

 毎年10月には秋に運動会をするように、クライミング祭りも開く。業者から物品の提供を受けて賞品として登山競技をするなど、楽しい一日を送る。冬には登りにくくて大概の人は室内の人工壁に行く。しかし二人の講師は人工壁の一角にドライツーリング(アイスバイルとアイゼンを利用した岩壁・氷壁混合登山技術)もできるように、冬に限りルート設定を変える。

 二人の講師は会社員達のために夜間照明施設を設けたりした。そのため夜10時まで気を使わなければならない。ノウォン人工壁とクライミング教室が活性化したことは、実はこの二人の指導講師がこのように真心で管理して来たおかげであり,ノウォン区役所の積極的なサポートのおかげでもある。
 ノウォン人工壁を管理しているソ・ウソク, チョン・ウォンジュ二人の指導講師は専門の登山家だ。 ソ・ウソク氏(45)は 16歳の時に光韻高校時代から登山を始めた登山家で, 海外遠征経験も多い。 ソウル山岳遭難救助隊隊長と同時にソウル市山岳連盟遭難対策を担当している。チョン・ウォンジュさん(32)は一昨年エクストリームライド大会で速度と難易度部門1位, 昨年大会も速度1位, 難易度2位を受賞した優れた登山家で韓国登山学校講師でもある。

 クライミング教室も毎度定員オーバーするほどに人気上昇している中、最高級の施設を取り揃えても利用率が遅遅として進まない人工壁が多い中、このように特別な実力と経歴を取り揃えた二人の登山家が講師として誠意をつくした結果、今日のノウォン人工壁の姿がある。教習は二人だけで進めるのは困難なため、イ・ジョンナム、ユン・ゾンヒョン、チェ・スクフィの三氏が補助講師として手伝ってくれる。「区役所が彼等に少しでも手当を支給すれば、クライミング教室がいっそう引き立つようになる」と二人の指導講師は言う。
 クライミング教室を修了した人々が自然に集まり2003年結成したノウォンクライミングクラブ(会長李正南)は現在会員が約30人で40~50代が一番多い。彼等は一週間に何度かノウォン人工壁に出るが、月に二度位は外岩に登りに行く。

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ソンドン人工壁の指導講師手チョン・ジュンさん。 慶煕大でスポーツクライミングの講義もしている。 ソンドン人工壁管理者と同時に指導講師であるゾ・ギュボク(左側)とソンドンクライミング教室出身者たちの集まりである「星岩会」シン・ジョンウォン会長。

 某所で設立した人工壁はシャワー室, 着替え室に室内人工壁まで全天候で楽しむことができるようにすべての施設を取り揃えたがまだ活性化することができなかった。 管理主体がハードウェアよりはソフトウェアがずっと重要であることを理解できなかったためだ。ノウォン人工壁は旧式のためシャワー室もないなど施設は不足な点が多いが、卓越したソフトウェアで全国最高水準の運用成果をあげている。
 ノウォン人工壁は周辺にソウル市民たちが多く訪れる水落山とブラム山という名山があり、多くの住民が殺到するタンコゲ駅の前に位置する。しかし遠く春川や盆唐からわざわざこのノウォン人工壁を尋ねて来る人々がいるという事実は、立地条件が人工壁活性化の大きい要素ではないことがわかる。

 ソンドン区役所が99年12月開場したソンドン人工壁は韓国最初の大型室外人工壁だ。
 この人工壁もノウォン人工壁のように模範事例として取り上げるに値する。ゾ・ギュボク、テチョン・ジュンの二人の指導講師は卓越したクライミングで講師として有名だ。ゾ・ギュボク(45)は全国規模のスポーツクライミング大会で何回も優勝した事がある実力派であると同時に、多様な経験で老練味を見せる名クライマーだ。テチョン・ジュン(44)は国内最初に5.14の高難度ルートを登ったクライマーであると同時にスポーツクライミング研究所を運営中だ。

 二人の講師が指導するソンドン区役所クライミング教室は、5月から10月まで9期にわたって進行される。夏休みの時の小学生組と5日間体験コースを主として、月・火・木・金の夕方7~9時の2時間ずつ2週間(総16時間)にわたり一般人を対象としたクライミング教室を開く。
 このソンドンクライミング教室は最初「普及するための欠点」として無料で始め、今現在も無料だ。受講者数はもちろん20人定員をオーバーして25人位になるのが常だ。無料であるだけに重複の受講申請は受けない。ただ最後に行われる中級クラスだけは重複申し込みを受けつける。その他、幼稚園児たちを5時間ずつ体験させるプログラムも進めている。

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人工壁教室の受講者たちに人工壁クライミングの要領を模範演技しているチョン・ウォンジュ指導講師。 ノウォンクライミング教室実習過程で真摯な表情で人工壁を登っている受講者。

数億ウォン投入した道峰人工壁の閉鎖

 こちらソンドンクライミング教室受講者たちも最初は「白紙状態」で始める人々が大部分だ。ここで学んだ後にインスボンなど各地の岩場で体験を広げて行く。ソンドンクライミング教室出身者たちの集まりと言う意味で星岩会(会長シン・ジョンウォン・62)と言う名前の山岳会も組職されているなど定着している。
 しかし初期には苦労が大変多かったとゾ・ギュボク講師は語る。(中略)これからは15人の星岩会の会員がノウォンクライミングクラブ会員たちのような役目を果たしているので安心だ。 それでも雨が降る週末には多くのクライマーたちが集まり、ぐっと緊張するとゾ・ギュボク講師は言う。
 その間ソンドン人工壁教室の受講者は年間最小180人ずつ、8年になったので延べ1,500人に迫る。岩壁登山の基本技術とメカニズムを原則どおり学んでいった1,500人の意味は先立って言及したとおり、正しい山岳文化の定着と言う点でも重要である。巨費を投じて運営される総合登山学校に劣らない役目を、これらソンドンとノウォン人工壁がその一部を担っているといえる。こちらソンドン人工壁の講師手当はノウォン区に比べて3分の2位にしかならない。それにもかかわらずソンドン人工壁がこのように円滑に運営されていることは、やはり二人の講師の老練さと努力、人徳が大きいと言うことだろう。

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ノウォンクライミング教室の実習過程。 写真に見える低い人工岩壁は数年前に設置したボルダリング壁。

大部分の屋外大型人工壁の效率の落ちる理由は、結局運営資金の問題だ。全国人工壁の実態に詳しい登山スポーツクライミング委員会アン・ガンヤン委員はこう語る。
「管理主体が費用をかけて管理人を常住させる所が結局よく運営されています。ノウォン, ソンドン以外にもナンナ, 仁川, 富川,光州の人工壁が数えられるでしょうか。ドボン(道峰)の人工壁は2億ウォンで設置され6千万ウォンも投じて補修してから閉鎖してしまいましたが、多くの人の努力と巨費が入った公共施設を、こんな風に無用の長物と化してはいけないでしょう。」

 別に必要もないのに立てた大型人工壁も数多くある。たいてい岩壁登山の人口自体が極少数である小都市の人工壁だ。このようにほとんど使う人がいないにもかかわらず無理して建設した人工壁は困り者になって、いざ必要な他の地方の人工壁の建立までも邪魔するようになっているという点で慎む必要がある。
 建立後に放置されている人工壁は事故の危険が存在する。雨が降る週末、人々が押しかける人工壁も安全が保障されているのは常住管理者がいるノウォン, 鷹峰, ナンナ, ボラメ公園等に限定される。
 これからの運営はもっと困難となる。事故の時の損害賠償問題のためだ。昨年春、提川人工壁で無知なまま登って墜落した人が提川市と提川山岳連盟を相手に損害賠償訴訟を申し立て, 安全管理義務違反としてソウル中央地方法院は30%の賠償判決を下した。すべての人工壁管理者たちの尻に火がついたのだ。数億ウォンも投入した人工壁を何年もたたず閉鎖することはできない事だから, 結局解決策はノウォンやソンドン巌漿のような体系的管理システムを取り揃えてソフトウェアを開発することだけだ。
  文 アン・ジュング 写真ホ・ジェ

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以上引用おわり
日本では国体競技もスポーツクライミングに集約され、「あれは登山とは別物だ!」という方が多いようですが、韓国では安全登山普及の一環として巧く人工壁が利用されている事が伺えます。
その一方、巨費を投じた屋外型人工壁で閑古鳥が泣いているという現実は、登山が盛んな韓国においてもあるようです。
 この記事で強調されている、人工壁を管理運営する「ソフトウェア」に力を注ぐべきというのは、我が日本の公営施設でも耳が痛い方は多いことでしょうね。
 日本の地方都市で、公営施設に人工壁があるにも関わらず商業ジムがあちこちに誕生し支持されているというのは、やはり運営者という「ソフトウェア」が大きく影響しているからではないのでしょうか。
(ちなみに我が山形県にも山形市と酒田市に商業ジムが、米沢市に有志によるジムが運営されています)

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再掲 星のクライマー(Youtube)

『星のクライマー』で検索をかけて当ブログを訪れた方、Youtubeでユーミンの曲が削除されて久しく期待倒れですみませんでしたね。
このたび同曲を作曲した麗美のバージョンもYoutubeに投稿されたようです。
前回記事でも書きましたが、この曲はデナリで消息を絶った植村直己をモチーフに作られた曲。
氷河を経験したことのある人ならググッとくる曲です。
さあ削除される前に聞いてみませう!

星のクライマー 麗美 by Youtube (注・クリックすると音が鳴ります)

動画はこちらが秀逸・ユーミン版星のクライマー↓
星のクライマー ユーミン by Youtube(注・クリックすると音が鳴ります)

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「歯磨きチューブ」の嘘

クリス・ボニントン卿が王立地理学会の講演でいいこと言ってます。

Climbing into a golden age  by Telegraph.co.uk 8/16

一般市民の関心はエベレストやK2ばかりに向くが、それが全てではないとして、最近は中国の未踏峰で活躍しているミック・ファウラー、困難なフリーソロを果たしたデイブ・マクロード、ムースズ・トゥース東面で困難なクライミングを行ったジョン・ブレイシー、女性ビッグウォーラーのルイーズ・トーマスを紹介しています。
そしてミック・ファウラーに関するくだり、

Fowler believes that we are in a golden age of mountaineering. "Alpine climbing has only just taken off. In Tibet there are countless numbers of spectacular peaks awaiting ascent [154 to be precise]."
ファウラーは、自分達が「登山の黄金時代」にあると考えています。「アルパインクライミングは、今まさに飛躍する時ですね。チベットでは、無数の(正確には154座)の素晴らしい未踏峰があります。」

黄金時代だそうですぜ、アルパインクライマーの皆さん。
なにやら「歯磨きチューブ」がどうしたこーしただとか「山は登り尽くされた」とか言うおっさんが日本にいますが、要は目のつけどころってやつでしょうか。
こうした話題を一般紙が記事にする。
ゴミ拾い屋を登山家と紹介してはばからない日本の馬鹿メディアや軽薄短小山岳雑誌と違い、英国の気風というものをこの小さい記事に感じますな。

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朝日連峰 静寂の鳥原小屋へ

昨年に引き続き(静寂の朝日連峰 -ぶな峠から鳥原山をめざす-)、朝日連峰の鳥原小屋を訪問。管理人の鈴木正典氏への差し入れを背負い、今年は古寺鉱泉から鳥原小屋を目指す。
地図やガイドブックをご覧いただければわかるが、古寺鉱泉と鳥原小屋を結ぶ登山道は、大朝日岳を目指すには関係ない位置にあるため、登山者は少ない。そのため藪漕ぎも覚悟していたが、訪れてみるときちんと刈払いされている登山道であった。
折しも低圧前線に湿った大気が吹き込み、大気の状態は不安定。
山形から寒河江に向かう途中、朝日連峰を覆う雨雲がピカピカと雷で光っていた。
登山口の古寺鉱泉に6:30に到着するが、雷による天候待ちのため8:00出発。
そこは性格もダークで嫌われ者の私、雷神様からも避けられたらしい、登っているうちに雷も収まる。

メリハリの無い上り下りを繰り返し、古寺から二時間ほどで鳥原小屋到着。
鈴木正典氏と一年ぶりの再会。
積もる話・・・お互いの近況、そして登山界の展望。高所登山の自慢話ができる者は山形にも幾人もいるが、今後の展望を語れる人物となると限られてくる。鈴木氏はその数少ない一人だ。
インドヒマラヤに造詣の深い氏らしく、今年日本からカメット峰を目指した登山隊の動向と結果を気にされていた。
今年の盆休みは私もタイトな日程で、本日は夕方からカミさんの実家に行く予定のため、「昼飯喰ってったら~?」という鈴木氏のお誘いを泣く泣くお断りし、下山。

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雨の朝日連峰を歩く。雨に濡れたブナを眺めながら。

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ブナの樹幹から雨水が滴り落ちる。そして山々が潤い、キノコ等の菌類が勢いづく。

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ムーミンの「ニョロニョロ」みたいなキノコがうじゃうじゃ生えてきてました。

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鳥原小屋への最後の登り、さあ気合いをいれて顔を上げると、花の乏しい登山道でノリウツギが突然に励ましてくれる。

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湿原の彼方の小山の上に立つ鳥原小屋。メルヘンチック(誉めすぎですか?)

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鳥原小屋手前、管理人鈴木氏お手製の道しるべ。氏の気遣いがよく現れています。

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下山は雨上がりで湿度100パーセント近いながら、木々を吹き抜ける風は涼風。心地よい風に火照った体を冷やしながら、ブナと雑木の道を下る。・・・が、そこは夏山、古寺鉱泉の発電器の音が聞こえる頃には、全身汗でずぶぬれ。

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先日掲載したヤマナメクジ、大きさはこんなものです。(これでもMサイズ。)

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あらためて、ブータン難民問題とネパールの行方。

盆休みを利用して公立図書館からトニー・ハーゲン、薬師義美の両大先生の著作を借り、あらためてネパールについて学ぶ。私が欲しいのは、ライジング・ネパール紙等で社会問題を扱う記事を読む際に役立つような、根幹となる基礎的な知識。

さて、そんなところへ以前当ブログに書いた 『国民総幸福量』のいかがわしさ ~ブータンの真実に目を背けるな~ という記事で相変わらず失礼な書き方で引用した独立行政法人経済産業研究所の西水美恵子女史より直接メールを戴きました。
 私は当ブログの過去記事で、ブータンが提唱する「国民総幸福量」の偽善ぶりを指摘する過程で西水女史の個人名を挙げて相変わらずのおちゃらけ風に書いてしまったのですが、今回西水女史から頂戴したメールは大変丁寧な内容で、ブータンの現実、またネパールの政治状況についても考察した記事をご紹介いただいております。

独立行政法人 経済産業研究所 思い出の国 忘れえぬ人々 西水美恵子

上記リンクの07年8~12月号の「羅生門」と題した一連の記事でブータンについて取り上げられております。
また、05年3月号「行く道を謝ったネパール国王」、07年5月号「ネパールの返歌」、08年5月号「草の根(5)戦いを略す」でネパールについて取り上げられております。

当ブログ、過去にも様々な方を実名匿名で取り上げては御本人様より誹謗中傷とご指摘を受け何度もヒラ謝りした経験があるおちゃらけブログではありますが、今回は西水様より大変丁寧な内容のメールで関連情報をご教示いただきました。
 第三世界開発の最前線にいる西水様より直接ご教示いただいた事に深く感謝申し上げるとともに、あらためて色々な視点から知識を吸収していかねば、と思いを新たにしたところです。

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スキャンダラスなセブンサミットと登山メディアをめぐる由無し事

当ブログでは、日本国内でも志有る登山者が数多く閲覧しているK2climb.netはあえてネタにしていないのですが、今回は特に注目致します。
セブンサミットの「最速達成」を誇っているスウェーデン人クライマーFredrik Strang氏の経歴がアンタそれホント?っつーことでK2climb.netからボコボコに叩かれています。

K2 report: Missing summit pics and no world records - turning the tables on Fredrik Strang by k2climb.net8/6

この記事について気が付いたのはUkclimbingの紹介による、先日大量遭難があったK2を巡るダークな話題がk2climb.netにスクープされたという記事。

Topic - NEWS: Explorersweb Scooping Up The Dirt on K2 by Ukclimbingフォーラム

同フォーラム掲示板では、K2climb.netがあまりにスキャンダラスな話題をとりあげ人の不幸をネタにしているという批判も書き込みされています。

さて、上記記事のように、自分の記録を誇大広告・詐称してスポンサーからカネまきあげるクライマーやら、エベレストのベースでカミさん虐待するクライマーとか、まあ、ワイドショーネタが出てくる出てくる。しっかし「porn in mess tents」ってナニよ?(良い子はpornなんて言葉は検索しないでね)
以前当ブログでも取り上げました「Henry Todd」なる御仁もいましたし、8000m峰やエベレストに挑む人が増えて、怪しげな人物も増えた・・・と幻滅する方がもしいるとすれば、そんな人は「お子ちゃま」ですね。
もともと山の世界なんて、多くの人間、しかも個性の強い人間が集まるわけで善人ばかりなワケがないのですよ。
日本においても、ご存じの方は多いと思いますが戦後の登山黎明期、八ヶ岳・阿弥陀岳南稜冬季単独の記録を発表したものの、後日その記録が偽作と判明した御高名な登山家とか。(この記録、当時の山岳雑誌を探しあてて読みましたが良く書けて(笑)ましたね)
おうおう、それからK2北東稜を初登したアメリカ隊の隊長とドクターが不倫関係になって、この不倫パートナー同士でヤルンカン目指したけど死んじゃったとか。
ああ、それから私個人の経験ですが、秩父連峰は富士見平小屋にて、小屋主による女性登山客の 強 姦 殺 人 があったとも知らず誰もいない同所に一人で寝泊まりしたこともありますな。

山なんて、人が集まれば所詮は小さな「社会」となり、悪人やら頭のおかしい奴がいるなんてのは世間の常、下界と変わらぬところであります。
これから高所登山を志す若者(そんな奇特な若者がこんな当ブログを読んでいれば、ですが)がいるとするならば、世間の荒波も少しは味わっておいた方がいいでしょうね。「いいひと」ばかりじゃ決してありませんから。
K2climb.netに関してですが、竹内洋岳君がチョモランマ北壁で高度障害で窮地に陥った際、情報提供についてウェブサイト管理人と直接メールのやりとりをしましたがそれなりに誠実な対応をしていただき、私は好印象を持っています。
また先のK2大量遭難に関しても、ハングルを解しない西欧諸国メディアはもちろん、韓国メディアもまだ取り上げていないゴー・ミスンの証言を得るなどキメ細かい態度は素晴らしいと思います。
いろんな人間が集まる登山界、くりかえしますが皆が善人なワケではありません。
登山を扱うメディアがどんな切り口でそれを取り扱うか。
スキャンダラスな話題が多いと言われていますが、それはやはりクライマーという人間の一面であると考えます。
私はK2climb.netを支持し今後もウォッチしていきたいと思います。

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嵐の夏

Simg_t_tsimg_t_o0395485908jpg110実家に立ち寄ったついでに自分の書棚から、学生時代に買ったジム・カランの『K2: Triumph and Tragedy』を持ち帰る。
カーザロット夫妻、妻ゴレッタの笑顔が、今となっては痛々しい。
この本の真価は内容はもちろん、appendixとしてヴィリ・バウアーのインタビュー、女性初登のルトキェビッチの記録、ブノワ・シャムーの速攻登頂の記録が掲載されていること。
速読できるほど英語力はござーませんので、参照しながらディームベルガーの『嵐の夏』再読。(訳者の海津正彦氏も参考図書としてK2: Triumph and Tragedyを挙げている)
512r9z0a12l_sl500_aa240_大昔の岩雪で読んだワスカラン北壁の驚愕の記録で尊敬していたカーザロットの最期は悲痛である。
いや、ラウスも、ジュリー・チュリスも、その他のクライマー達も、「軽い死」などありえない。
BCでは良き関係を保っていた人々。
それが超高所において、ほんのささいな意思疎通の齟齬から全ての歯車が狂っていく。
生き残ったククチカも、シャムーも、ルトキェビッチも8000m峰で後に死ぬ。
人は何故K2に惹かれるのだろうか。
クライマーの数だけ存在する答に思いを巡らせながら、惨劇の記録に目を通す。

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9月1日に富士山に登る方へ。

9月1日に富士登山を予定している皆様へ。
または知人友人が登山を計画しているという皆様へ。
4人組のアメリカ人を見かけたらぜひ応援してあげてください。

あの男たちが帰ってきやした!
しかも今年は「富士登山1日4回登頂」をめざして!

Climb Mount Fuji four times in 24 hours? Sailors raise the stakes to help kids by Stars and Stripes7/24

在日アメリカ海軍の軍人が、チャリティー目的に昨年は「富士登山1日3回登頂」を果たしたもの。
横須賀の養護施設・春光学園支援のため、ジェフ・デ・グロート大尉をはじめとする面々が「富士登山1日3回登頂」に挑みました。上記記事に寄ればチャリティーの結果、8台の自転車、洗濯機とDVDプロジェクターを購入、寄贈したそうな。
今年はDoug Szwarc大尉が計画を引き継ぎ、五合目からの「1日4回登頂」をプランしたもの。標高差ではキリマンジャロのワンデイアタックに匹敵すると記事は報じています。
さらに今年はチャリティー登山のウェブサイトも整備されました↓

Fuji for charity 4-in-24challenge

今年の新メンバーは、登山経験豊富なRob Lovern大尉、横須賀のフィトネスコーディネーターでアイアンマンレース参加予定のトライアスリート、ルーク・ネルソン氏、全海軍陸上選手でマラソンが得意なMichael Raney海曹長という強力メンバー。

1日4回登頂。
単純計算でも24h÷4=6h。
私の現役時代、遠征登山を意識して結構飛ばした際も五合目から山頂まで2時間半かかってるから、一日4回登頂ってかなりハードですなあ。
富士登山の皆様、9月1日に「急いでいるアメリカ人」見かけたらぜひぜひ応援してあげてください。

昨年当ブログで取り上げたFuji challengeの様子↓
7月22日に富士登山を予定されている皆様へ
富士山ワンデイ3回登頂、その後。

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緑化ネット荷揚げin朝日連峰

クライマーと称する性格最悪な連中も「岩場清掃」やら「リボルト」やら、自分達の環境整備には力を尽くしている。
では振り返って我々トレッキングガイドには何ができるのだろう。
そんな疑問から、登山道整備には前々から関心を抱いていた。

最近、環境省と組んで飯豊連峰では「緑化ネット」による登山道整備が盛んになり、この度、朝日連峰でも試験的に緑化ネットによる登山道復元の試験が行われることになった。
しかしながら、私の所属する月山朝日ガイド協会では事実上ノータッチ。
協会の総会でも話題になるのは月山の木道整備だけ、そして行政は予算不足、もっと行政に整備を陳情しましょうという結論でおしまいだった。朝日連峰は話題にもならない。

そりゃおかしいだろ?
月山 朝 日 ガイド協会なんだからさ!
ガイドも現在進行中の登山整備に協力しなきゃ!
とはいえ、飯豊連峰をとりまくウェブサイトで内輪で盛り上がっているあの雰囲気は近寄り難いものがあり、今まで敬遠していたのだが、ここで考えを改めることにする。
今自分に必要なのはシコシコとインターネットばかり眺めている事ではなく、色んな人に出会い色んな事を学ぶこと。
朝日連峰の竜門小屋への緑化ネット荷揚げ公募に申し込む。
山の恵みを享受している山岳ガイドこそ、こういった活動に参加する必要があるのではないか。そんな想いから、登山道整備活動の中心人物である井上邦彦氏の山行に同行、緑化ネットによる登山道整備の実際の一端を学ぶことにした。

参考情報
飯豊朝日連峰の登山者情報
朝日連峰登山道崩壊の現状
登山者情報 第1150号 崩壊地
登山者情報1170号

10日朝、日暮沢小屋にて井上氏と合流。昨日は11名が荷揚げに従事、本日の荷揚げ隊は小国から井上氏、konchangさん、武田ご夫妻、山中さん、私、遅れて西川山岳会の柴田さん。
荷揚げするモノは「緑化ネット」と呼ばれる麻製のネットである。
久々に引っぱり出してきた、私の100リットルザックにすっぽり入る奴を受け取る。
5:20に小屋を発つ。5:45には、腕には玉の汗。視界に何か白いものが走る。鼻とアゴからしたたり落ちる汗の滴だった。
先頭を歩く井上氏と武田ご夫妻の、飯豊の昔話を楽しく拝聴しながら登高。
8月。
盛夏とはいえ、稜線に出ると涼しい風が吹いた。
ああ、山の上は盆を待たずに秋の気配だなあ・・・と、風流な気分に浸っていられるのは短時間で、両側が灌木で遮られた登山道になった途端、また汗が噴き出し現実に戻る。(笑)
ユーフン山の山頂で休憩時、井上氏に緑化ネットによる登山道整備について、その概要をレクチャーしてもらう。
現在試験施工が計画されているのは朝日連峰の三方境と、中岳周辺の荒廃地とのこと。
現在朝日の登山道で用いられている「シュロ」は保水性が無いことが欠点で、麻が最適なのだという。
この登山道整備で最も考えさせられたのが、施工者は行政および土木業者ではなく、登山者自身によって行うとする事。行政発注の工事では決められた設計書が必要となる。それでは融通が効かない、そもそも設計者が山を知らない。山を知る登山者自身で施工を行うという。
それから、歩きながら井上氏から登山道整備にまつわる裏話を聞きながら竜門小屋へ。
管理人の西川山岳会の遠藤さんが待っていてくれた。
遠藤さんの山小屋生活の今の楽しみは、毎日定時に餌場に現れるツキノワグマの観察らしい。
武田ご夫妻は大朝日を目指し別途出発、残った我々は遠藤さん、同じく山小屋管理の安達さんを交え、山小屋生活の裏話に花が咲く。後半、ガイドには耳が痛い話題も幾つか。
下山は山の画像をとりながら帰ろうと、井上氏、konchangさんより先に単独で下山開始。
今日の山行で印象に残った井上氏の言葉、
「山で遊ばせてもらってるから、山に恩返ししたいよね。」
再び全身汗でずぶぬれになりながら日暮沢小屋に戻った。
山の神様、広い人脈とマネジメント能力に長けた井上氏と違い、私ができるのはほんの少し緑化ネットを荷揚げすることだけです。ごめんなさい。と想いながら。

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日暮沢小屋から稜線に登り振り返ると、おなじみののっぺりとした姿とは一味違う、三角形の月山の姿。

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竜門小屋に到着、緑化ネットとその抜け殻。

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終わりかけのマツムシソウ、消える寸前に輝く蝋燭のように、道端を青く彩っている。

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清太岩山手前のピークにて。大型のウサギが胸元をくりぬかれ内蔵を撒き散らして死んでいた。人の見知らぬ所で、厳しい世界があるんですね。

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暑いのでヤマナメクジも日陰で避暑です。

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タムシバの若い実、何回見ても子供向け駄菓子に見える。

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稲の花

Pa0_0197車で市内を走っていると、田んぼの稲穂が目についた。
稲の花。
秋の季語らしいですね。
立秋過ぎて、蒸し暑い中にも少しずつ秋の気配が忍び寄ってきました。

まだ蒸し暑い日が続きます。
リスクに鈍感な方は「月山は容易な山」とブログに書いていますが、去る8日、熱中症で20代の方がヘリ搬送されました。
盆休みで夏山にお出かけの方、水分は十分に。

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アウトドアガイドへの道

日本でもアウトドア産業に関連する専門学校や野外教育を扱う大学が出てきました。
さて、海の向こうの少女はどのようにアウトドアガイドを目指しているのでしょうか?

Outdoor guides must be fit, have communication skills by The ChronicleHerald8/4
以下記事引用開始
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Pp073108ジュニアガイド、チェルシー・ハンフリーは、Lower ProspectにあるでEast Coast Outfitters社でカヤックをラックから引き離します。同社は、シーカヤックレッスンとツアーを専門にしています。
年齢は障壁にはなりません。
14歳の少女は、ガイド会社EastCoastOutfittersでカヌー指導、ジュニアガイドとしての仕事を持っています。
チェルシーは、デイブ・アドラー(East Coast Outfitters社長)に数年前、カヤックを教えられ、ガイドに興味を持ちました。彼女は子供を対象としたプログラムに関わり現在、若者達にカヤックを教えます。ジュニアガイドとしてグループを引率するときは上級ガイドの下で働きます。
野外でいろんな人々に出会うのが楽しいと言う彼女の業務には、多くの責任が伴います。
どのようにカヤックを漕ぐのか、転覆時にはどのようにカヤックから脱出するかを指導し、案内する地域の海洋生物など環境に関する情報を提供します。
若きガイド(彼女は6月にガイド研修コースを修了しました)は上級ガイドになることを楽しみにします。18歳に達すればそれが実現します。彼女はヘッドガイドになることを目標としています。その経験は、彼女自身の業務の礎になりうるでしょう。
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記事引用終わり

この後、記事は現地ガイドの雇用状況や仕事に向いている人のタイプなど掲載してます。
賃金の話題もあり、そこには

Earnings in 2007: averaged $11.50 hourly with a maximum of $23

と記載されています。
別資料によれば、北米のマックの接客(クルー)の時給が6~11ドル、トヨタ北米工場従業員の賃金が平均時給26ドル。
むしろ私がこの記事で注目したのは、取材されている14歳のチェルシーが
She eventually would like to be a head guide, and the experience could be the basis for eventually establishing her own business.
奉仕活動などではなく、はっきりと仕事、ビジネスとしてガイド業を捉えていることですね。
日本では未だに金を取ってガイドする事に対する偏見があるわけですが、こんなティーンの頃からビジネスとしてアウトドア活動を行える環境があるあたり、アウトドア産業が活発である土台を感じさせます。

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ネパールのミスコン中止に追い込まれる

先月、「ネパールに『も』いるバカ女」という記事で、ネパールのミスコンがマオイストと女性団体の猛反対を受けていると書きましたが。
ついにコンテスト中止に追い込まれたようです。ふー。

Maoists turn their guns on Miss Nepal by Sindhtoday(Pakistan)8/7

Miss Nepal 2008 show suspended by Nepalnews.com8/7
(↑Youtubeで報道映像・デモ隊の様子や反対派がミスコン事務所を施錠する動画あり)

ま、言わせてもらうけどさ、当ブログで昨年取り上げたけど、マオイストの首領プラチャンダが婦人雑誌主催アンケートで「ネパールのセックスシンボル」に堂々選ばれたときにゃ共産主義者や女性団体のアホどもは反対したか?
ところで、上記Nepalnewsの動画見てわかったけど、日本もネパールも、ミスコン反対する女って ブ ス ば か り ですね(笑)
(タメルで見かけた女の子はもっと可愛かったぞ)
日本もネパールもおんなじですね。
嗚呼、地球は一家、人類は皆兄弟。

参考情報

風の旅行社 ウペのネパール駐在日記 ミスネパールコンテスト

ブログ 今日のネパール MissNepal2008

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山形の朝と夕べ

あ、k2遭難情報を求めてこられた方、残念でした。
いいかげん暗い情報の検索に飽きました。

Pa0_0196_2
妻に言われて初めて玄関の朝顔が満開であることに気が付く。
夏ですね、でも暦は立秋。

Pa0_0194会社からまっすぐスポーツジムへ。
時はまさに日没の瞬間。
屋上から、夕暮れの朝日連峰の大パノラマのシルエット。
山形盆地からは、空気が澄んでいれば朝日連峰が見渡せます。

以前、当ブログに山形移住に関してご質問を戴いた事がありました。
住んでいてよかったと思う時って、モノや交通などの「利便性」よりも、こんな風景の一瞬に心奪われる時に「住んでいて良かった」と思うものです。
それは山形に限らず、日本全国、そこにお住まいの方が何からの形で感じている事でしょう。
昔の人はそれを「住めば都」と形容したようですが。
「世界遺産」などという型枠にはめずとも、よく周りを見渡せば、誰もが郷土を愛するに足る風景を見つけることができるのではないでしょうか。

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世界のマスゴミが絶対取り上げないチョモランマの話題。

さあダークでいかがわしい山の話題を期待している皆様お待ちかね!
前々から『噂』に聞いてましたが、ついにネット検索で検出されるメディアにこの話題が登場!

Did China fake Olympic Everest summit? by News.com.au 8/5

Nepal blog claims that Chinese mountaineers faked Everest Olympic flame climb by Thaindian.com8/5

題して、
中 国 の エ ベ レ ス ト 聖 火 登 山 は 嘘 ?

元記事はネパールのブログblogdaiを元に、News.com.auのJack Marxが記事をブログ形式で書いたモノ。検索をかけると、Jack Marx氏の記事が世界中に配信・コピーされているようです。
記事の概要、登山隊への疑義をかいつまんで書くと、
 ・頂上にあるはずのタルチョやカタが古びていない。
 ・他の登頂記録映像では見られない隊員の呼気が白く見えている。標高が低いからではないか?
 ・山頂の映像で隊員がしゃべりまくっているが、あの高々度でそんなおしゃべりが可能なのか?
 などなど。
さらに2006年にエベレストで死にかけた事で世界的に知られたリンカーン・ホール氏がコメントし、隊員の呼気については天候次第でありうるとしながら、聖火登山隊が成功したか確信は持てないと回答。
 そして記事の最後、ある人物の説として、失敗時の「保険」として2007年に既に聖火登頂場面は密かに撮影されていた、という話を紹介しています。

 UFOとか芸能人のゴシップとか、根拠も根も葉も無い情報をバラまく日本のメディアも、絶対この話題にゃ触れないでしょうな。
9.11はアメリカの自作自演だと盛んにおっしゃってる左翼あいや、平和人権活動団体の皆さん、人権抑圧国家の中国が嘘ついてるらしいですよ~こういう情報には飛びつかないんですか?いつもみたいに(笑)
 もうここまでくると「カプリコン1」の世界ですな。

 ところで私の見解ですが、
 聖火登山隊が嘘だろうが事実だろうが、
 5fa4400599b124c2d7b8b6fba48ec47fどーでもいーですよー

 え?
 登山史の記録という点から疑いははっきりさせなくてはならないって?
 チョモランマ北稜なんて「歩いて」登れる「簡単な」コースなんしょ?
 そんな簡単なルートで中国が何お遊びしようがどうでもいいっしょ?
 ですよね、登ってもいないのに能書き語れる想像豊かなアルパインクライマーの皆さん?
  
 冷静に振り返ってみて、登頂に疑問を持つ意見はせいぜいブログ記事どまりで正々堂々記事として載っけたメディアは見あたらないし、今後もまず出ないでしょうね。
 日中友好登山とやらで中国登山関係者にモノ申すなんてできない爺さんが日本の登山界には沢山おられますし、日本のバカマスゴミは北京五輪で浮かれてますし。
 登頂を否定する意見も推測の域を出ていないし、私自身最初から中国メディアの聖火登山隊の記録映像を確認していないので、ゴシップ記事程度の紹介しかできないわけですが、あらためて私の意見を書きます。
 聖火登山が嘘か真か、どうでもいいこってすな。それが私の意見です。
 なぜなら、聖火登山は「農薬入りギョーザは日本国内で農薬入れられた」と平気で嘘を吐く国家の プ ロ パ ガ ン ダ であって、トモ・チェセンのローツェやマエストリのセロ・トーレなどのアルピニズムとは次元の違う世界のお話であるから。
 プロパガンダに嘘か真実か、質す必要はありません。
 毎日届けられる新聞のチラシ同様、忘れ去られるのがオチでしょう。

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メスナー爺さん、K2遭難にコメント

今回のk2遭難に関して、事故から間もない時期(8月3日)に、既に商業隊に関する批判記事をロイターが掲載していました。

Commercialism a factor in K2 deaths by TVNZ, New Zealand 8/3(元記事はロイター)
以下記事引用開始
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K2遭難の要因は「商業主義」

今週末パキスタンで亡くなった多数のクライマー。その死因は「商業登山の隆盛」に責任がある。ここでは、金を払えば誰もがトップクラスの山々に挑むことが出来る。「登山の生きた伝説」ラインホルト・メスナー氏がコメントしました。
(中略)
「多くの人々が、K2、特にエベレストで公募隊に申し込みます」
メスナーは電話インタビューにおいて語りました。
「彼らは確かに登山家として強い。しかしながら、彼らは十分な経験を持たない。非常事態に対応する方法を知りません - 悪天候の場合、ロープが無くなった場合。」
「多くの人々と共に行動することによって、彼らは安全であるかのような感覚を覚えます。しかしこれが問題で全てはうまくいかないのです。それが今、k2で起こっていることなのです」
「山は、山なのです。海辺やホテルの部屋ではない。そして山には氷壁があり、天気が変わる。そこに(準備のできていない)人々がいるのです。」
メスナーはかつて標高7,485mのアフガニスタン最高峰ノシャック峰で1972年に登山隊を率いました。
登頂の直前で、登頂できる状態にないクライアントに下で残るように指示しました。頂上に着くために相当な金額を払ったと言う彼等は、訴訟を起こすと脅しました。
メスナーは登山者は規制されるべきでないと考え、誰もが自由でなければならないと言います。しかし、商業登山は冒険を滅ぼすと、メスナーは結論づけています。
「うんざりです。二度と私は(公募隊の引率)しないでしょう。あまりに危険なのです」
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以上記事引用おわり

「こういう遭難は誰さ聞いだらいいんだべ?」
「やっぱりメスナー先生でねが?」
「んだんだ」
って感じで、ロイターもメスナーに電話インタビュー決めたんですかね。
まだ現地状況もはっきりしてないのに、ストレートに商業隊が遭難の原因って、フライングじゃねえのかよロイター通信?
(5日現在、フィックスのミスなど様々な要因が明らかになってはいますが。)
メスナーは前々から商業隊・公募隊に批判的だったけどさ、そういう隊に参加してk2の頂上を目指すクライマーの「冒険心」をひとまとめに完全否定できるワケ?と私はメスナー爺さんの言い方に反発を覚えるのであります。まあ山の世界、メスナーを神様みたいに拝んでる輩は多いんでしょうけど。
だいたい商業商業って、アンタも数億円のお城に住んでるでしょうがっ!

しかし、事故間もない3日の時点で、
多くの人々と共に行動することによって、彼らは安全であるかのような感覚を覚えます。
という点を指摘しているのは、さすがメスナーだと素直に感服します。

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明らかになるK2遭難の模様

惨劇となった今回のK2大量遭難。
救出者(オランダ隊のWilco Van Rooijen)からコメントが得られたことにより、当時の状況の詳細が明らかになりつつあるようです。

Dutch survivor of K2 avalanche describes ordeal by AP通信8/5

Aleqm5j7n_fyigosgyletdeotfsqqasq
パキスタン軍の病院に収容されたWilco Van Rooijen

この記事で気になる箇所はここ
以下記事引用開始
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The first setback was when the climbers had to reposition fixed ropes that an advance party had mislaid across a treacherous gully 1,150 feet below the summit, he said.
(最初の妨げは、先発した登山隊が頂上直下1150フィートの不安定なガリーにフィックスを張り違え、クライマー達が張り直さなければならなかったことです)
-----------------------------------------------
以上記事引用おわり(強調文字は筆者による)

ここでキーポイントとなる単語 mislaid の解釈には「置き忘れる」「置き間違える」とあるのですが、the climbers had to reposition とあることから、フィックスを張り間違えたと解釈するのが自然でしょう。
フィックスの張り替えで無駄に時間を費やし、引き返したパーティーと頂上アタックを断行したパーティーに分かれたとのこと。

この件については韓国メディアも触れています。

ヒマラヤ遭難事故で先発隊のミスも一因 by 韓国YTNニュース8/5
以下記事引用開始
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 11名の死者を出した今度のヒマラヤ遭難事故は、雪崩の外に登頂途上のミスも主要原因になったと言う主張が証言されました。
 ヒマラヤ K2峰から下山途上に遭難に遭ったオランダ隊のウィル・ホルロウェン氏は昨日パキスタン軍用ヘリコプターによって救出後、証言しました。
 オランダ隊の同僚 1名と共に救出されたホルロウェン氏は、搬送された軍病院で記者たちに、今度の遭難事故が雪崩だけではなく、頂上攻略のための準備段階での間違いも関連したと明らかにしました。
 彼は先発の登山隊が最初にk2頂上の誤った地点にロープを設置した事が事故を起こしたと指摘しました。
 彼はロープが設置された地点はボトルネックとして知られた、非常に不安定な谷も含まれていたと明らかにしました。ホルロウェン氏は今度の登頂で同僚隊員 3人を失っています。
-------------------------------------------
以上引用おわり

直接の事故の原因はセラックの崩壊といわれていますが、まだ不明な点が多い今回の事故。
フィックスの設置ミスがクライマーの渋滞を引き起こしたのか、今回の多数の人間を巻き込んだ崩壊事故にどのように関わっているのか明確ではありません。
しかしながら、安全を確保するためにこそスピードが要求される8000m峰、特に客観的な危険が多いK2峰ではフィックスの設置ミスは遠因の一つと考えて然るべきでしょう。

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K2で大量遭難、韓国隊3名不明、韓国のゴー・ミスンは無事

K2で9名が死傷する大量遭難が発生した模様。

Seven climbers dead at Pakistan's K2: expedition operator by AFP通信8/3

国際隊が主で英語圏のメディアでも情報が錯綜、特に韓国隊の行方不明者については5名死亡or3名不明など、様々な内容が流れています。
Ukclimbing.comは、各遠征隊をバックアップしているエージェント旅行社から情報を集めているようですが、韓国隊は全員無事と報じられるなど、はっきりしません。

Tragedy On K2 by Ukclimbing.com8/2

日本のサイトでは雪山大好きっ娘。さんが、ここのところのカラコルムでの事故をまとめて取り上げておられます。

カラコルムでの遭難 by 雪山大好きっ娘。8/2

今回の報道で私が気になったのは、日本でもコンペクライマーとして知られる女性クライマー、ゴー・ミスンの安否。ゴー・ミスンの安否については、ソウル新聞社が触れています。

韓国隊3名ヒマラヤK2で遭難 by ソウル新聞社8/3
以下記事引用開始
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標高8611mのヒマラヤ、K2峰で韓国隊の3名が去る1日、遭難した。3日午後 5時現在、安否は確認されていない。
慶南山岳連盟は、キム・ゼス(45)隊長が率いるK2遠征隊のファン・ドンジン(45)、パク・ギョンヒョ(29·以上慶南山岳会)、キム・ヒョキュン(33·蔚山山岳会)隊員が遭難したと 3日明らかにした。
彼らは 1日にK2に登頂後、下山中の8200m地点で雪崩に遭い、他国の登山家4名と共に埋没したと報じられた。先に下山していたキム隊長と女性山岳連盟のゴー・ミスン隊員は無事であると伝えられた。.
事故発生後、標高8000mの第4キャンプにとどまった隊員たちが事故地点に上がって捜索活動を行っている。12名の登山隊は去る5月27日に韓国を出発したが、天候悪化のため登山活動が遅れた。
これに先立ってdpa通信は、K2の遭難事故で韓国隊1名が死亡、2名が行方不明と報じた。
パク・ミョンファン慶南山岳連盟副会長は「K2はあまりに高く、ベースキャンプでも遭難発生の事実が分からない場合がある」とコメントした。
駐パキスタン韓国大使館は「現地エージェントを通じて登山隊に韓国人が7~8人含まれ、この中の2~3名が死亡したと聞いた。現地の気象及び通信事情が良くないため、確認に苦慮している」とコメントしている。
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以上引用おわり

韓国メディアを探っても、8月3日午後現在、現地の状況は未確認の模様。
過去の「ブラック・サマー」と照らし合わせて、何故再び今回のような大量遭難が起きたのか、K2という山の特異性と共に探る必要がありそうです。
そのためには、現地状況が確認される「時間」が必要となることでしょう。
行方不明者の無事を祈ります。

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【映画】トゥヤーの結婚

※以下の内容にはネタバレが含まれます。

Touya毎日クソ暑い屋外での現場仕事で脳味噌もとろける日々。
現場仕事が終わり、時計を見ると公開時間にギリギリ間に合う。
「気分転換。」とカミさんに電話を入れ、会社から映画館直行。
ああ、また見てしまいましたよ中国映画という名の「人の不幸の切り売り映画」。
ストーリー書くのもめんどくさいので、どうぞ公式サイトご覧ください。

トゥヤーの結婚 公式サイト

中国・内モンゴル自治区に住むトゥヤー。
身体に障害を負った夫と家庭を養っていくため、過酷な労働の日々。
それを見かねた夫、義姉の勧めもあり、トゥヤーは離婚、そして再婚という選択を迫られることになる。
トゥヤーの再婚の条件は、夫バータルとの同居。
その条件を頑なに通そうとするトゥヤーの前に、幾人もの求婚者が現れる・・・・

というお話。
で、私の結論からいきますが、

『結婚しない』という選択肢が存在する日本の男女は幸せですねえ(棒読み)。

いやいや、主演のユー・ナンの「眼」の美しいこと。
映画全編、牧畜に従事する女性なわけでノーメイクにスカーフでほおかむりしてるんですが、眼が美しい。

映画も後半、紆余曲折を経て、ある仲人の持ってきた話を受け入れ、相手に酒を勧めるシーンがある。
その男性、「酒は飲めません」と無邪気に断る。
「では私が代わりにいただきます」と、酒を一気に飲み干すトゥヤー。
その瞬間の、「このすっとこどっこい」と言わんばかりのトゥヤーの眼の鋭さと迫力。
あー、僕つきあい程度に少しは酒飲めるんで良かった、と思いましたね。

ハリウッドあたりで作られたクルクルパーな恋愛映画でぐだぐだ能書きたれる バ カ 女 とか提灯記事得意な映画評論家とか、たまにはこういう映画もご覧になってはいかがでせうか。

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