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海を渡った『日本百名山』

以前に当ブログで、大韓山岳連盟ウェブサイトに掲載された「百名山ツアー」の広告を取り上げましたが(お隣の国まで波及している「深田百名山」)、この度ついに韓国でも日本百名山の書籍が出版されたようです。

「日本百名山」発行したユン・バクヒョン百山会会長 by 月刊山8/8
以下記事引用開始
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2008080801039_0「日本の山は雄大さ・壮厳さと自然美が圧巻です」
韓国人によって「日本百名山」が発刊された。
「日本百名山」は日本の深田久弥氏が選定して1964年、山登り案内書として発刊されて以来、日本の登山者から人気をあつめたロングセラーで、今もなお日本の山のガイドブックのモデルとして認識されている。

今回の「日本百名山」の著者は百山会ユン・バクヒョン(77)会長。 91年以後、 2006年に至るまで 16年間にわたり取材を重ねて発行したのだ。案内は北海道、東北、北アルプス、中央アルプス、八ヶ岳、南アルプス、九州など10地域に分けられ日本100名山を紹介している。名山に対する基準は深田久弥氏が規定したとおり、山の品格、 山の歴史、そして個性ある山、付加条件として山の高さを1,500m以上として決まったのだ。
「100名山山行を終わらせる頃まで日本の山(に関する出版)の具体的な計画はありませんでしたが、半世紀の間、山を友として暮して来た境遇で、国内にはない山行記を一冊発行する事も意義のある事ではないかと思って、この拙著を世の中に出してみました。」

俗離山麓で生まれたユン会長はもう 6歳の時には俗離山・天王峯を登った生まれつきの登山者だ。彼が山に本格的に通ったことは、1955年慶煕大法科大学を卒業して社会人生活を始めてからだったし、1967年には山にまともに通って見ようという考えから、山岳同好会である百山会を作った。歳月が経つほどむしろ 山への情熱を燃やした彼は 91年、還暦を記念して 20余日間の日本遠征に赴く。
「初めて踏んだ日本の山は大雪山(2,290m)、利尻岳(1,721m) など北海道の山山でした。高さ 2,000m 内外の山山が本当に美しかったです。特に都市化された我が国の山山と違い、安全施設物をなるべく設置せず自然が生きていました。北アルプスを含めて我が国の山より高さと規模が大きいというのも魅力的です。谷と森は本当に韓国の山に通っている方々には想像もできないほどです。」
日本の山に魅かれて日本の山を尋ねて来たユン・バクヒョン会長は、長年勤めて来た法律事務所を 74歳で退職し、2005年以後は回数を増やし期間も長く取って日本の山を訪れた。
「何より一人で行く時は大変だったです。霧の中で迷ったことも一二回ではなかったんです。それでも日本は適当な間隔で山荘が立っていて, 食事もそこで解決することができて、とても役に立ちました。もちろん山荘がない区間では野営をしなければならなかったけれども。」
ユン会長は写真に対しては自信がないと言う。写真撮影技術がはかばかしくない理由もあって、天気が悪くて写真撮影が難しいことも多かった。撮影できなかった山については、日本の山に通いながら交友を結んだ登山者たちや出版社関係者を通じて解決しなければならなかった。しかし概念図だけは彼の手で直接描いたものだ。
「資料収集が一番難しかった」ユン・バクヒョン会長は「日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」と, 日本の山を探し求める時に注目するよう頼んだ。
「日本の山は韓国の山に比べて危ないです。夏には台風の影響で荒れますし、冬には想像もできない位多くの雪が降ると言います。ヒマラヤの雪山より雪崩が恐ろしい所もありますよ。」
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以上引用おわり

前回当ブログで書きましたが、日本百名山は海外の登山者にこそ参考になる本かもしれません。
百名山をこきおろす人も多いですが、自分の価値観さえしっかり持っていれば、なかなか参考になる本です。
ちなみに私の価値観での「名山」とは、深田の唱える個性・歴史・高さとは関係無く「地元の人に愛されている山」です。
時には「ブランド」呼ばわりされる深田百名山ですが、外国人にとっての日本の山へのアプローチとしては、これほど適当な選定はちょっと見あたらないのではないでしょうか。

日本は歴史的には憎い国だが、山と自然を愛して保存する姿勢は本当に学ぶに値する」

忌み嫌われる日本人はお約束といったところですが、韓国人から「山と自然を愛して保存する姿勢」と言われています。信州のどっかの山域みたいに、山は地元の観光業者の所有物ではなく、海外の人々からも注視されていることを意識する必要があるでしょうね。

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