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月山・姥沢口のリフト営業は10/26まで

更新休止といいつつ、先日の初冠雪の影響からか『月山』『姥沢』のキーワードで訪問される方が多いので現地情報。
今年の姥沢口のリフト営業は10/26(日)までの予定です。
既にご存じのように今季の月山は降積雪がありますので、登山される方は十分ご注意下さい。
最新の現地情報は月山朝日ガイド協会にお問い合わせ下さい。

八合目まで車でアプローチできるため県外の方に人気の高い月山の庄内側、八合目駐車場に至る月山高原ライン(県道月山公園線)は10/20(月)頃から冬季閉鎖の予定です。
最新の情報は磐梯朝日国立公園月山ビジターセンター又は鶴岡市役所羽黒庁舎産業課 観光商工室にてご確認ください。

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ぼ、ぼくも一度やってみたいんですが・・・

クルト・アルベルトといえば、フリーの第一人者でトランゴかどっかのビッグウォールも手がけているクライマーと記憶しているのですが・・・





Kult
フランケンユーラの『Devil`s Crack』ですんごいフリーソロしてます・・・・

大昔、どっかの欧米クライミング用品メーカーのポスターで、やっぱり『ビール瓶ラッパ飲みしながらフリーソロするオヤジ』を見かけたことがあるのですが・・・・
アルコール片手にフリーソロってのは、何か流行ってんのか?????
欧米人の、そういう『遊びは遊び』と割り切ったトコ、好き。

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月山、鳥海山で積雪

本日9月27日、月山と鳥海山で降積雪が観測されました。
(報道では岩手山でも。その他東北の山域でも同様でしょう)
10月の秋山を計画されている皆様、寒さ対策はしっかりとして登山をお楽しみ下さい。

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中国人に一番人気の日本人女性登山家は、だ・あ・れ?

中国でも大手のアウトドアサイト中国戸外資料網で日本人女性登山家3名が紹介されています。
3名とは、田部井淳子、渡邊玉枝、小松由佳の各女史。
各ページは掲示板形式になっているのですが、なんといっても一番人気はこの方。↓
(ちなみに植村直己賞受賞時のこの画像、掲示板では中国人に人気であった画像だったりする)

1175337860
それでは、掲示板から中国人民皆様の声を聴いてみましょう。
以下引用開始
--------------------------------------
・この写真は朗らかです。
・すごい女の子 彼女は神の土地を登った
・特に日本の女の子が好きです!
・特に日本の女の子が好きです!日本の女の子は普段は皆とてもやさしく、やさしさ、私も好きです。
(中略)
・中国で、もしあなたが日本女性を奥さんをするならば、たくさんの中国人が「国のために奮闘せよ!」と言うでしょう。昨晩の宴会上、そんな論調を耳にしました.
・おまえは日本の特高の女スパイと憲兵隊に連れて行かれてくたばりたいのですか?
・おふたりは小松の前で話が大いに脱線してますね・・・
(中略)
・だれか俺のコメントに答えるやついないか?
・もしあなたが日本の女性を娶ったならば、私はあなたを崇拝します!!!
--------------------------------------
小松由佳女史の話題から一気に日本人を嫁にする話に進んでいるとは・・・
おまいら、登山スレの2ちゃんねらー並ですな(笑)

 田部井女史については「強者」「凄い」という称賛の嵐、渡邊玉枝女史のページではなぜか「勤勉に働く→高収入→高所登山に行ける」という、ライフスタイルの話題になっています。
 注目すべき点は、小松女史についてはメディアが付ける肩書『登山家』を嫌い『登山者』を名乗っていること、秋田県名誉県民、植村直己賞を受賞など、かなり詳細に触れられています。
 また、チョモランマ女性第二登を果たしたパントグ女史が毛沢東政権下で比較的高い身分でいたのに対し、田部井女史は高度経済成長期の日本の『男社会』で苦労して活動せざるをえなかったエピソードを紹介している、極めて冷静に分析しているコメントもあります。
 いずれにせよ、日本の女性登山家3氏は登山愛好家の中国人民にもよく知られていることの証左でしょう。

参考資料
天才 田部井淳子
女神 渡邊玉枝
女将 小松由佳
 いずれも中国戸外資料網 驢友録より

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カザフ隊、2009年春にローツェ・エベレスト縦走を予定

表題のプラン、カザフスタン隊によるローツェ・エベレスト縦走は今年2008年に予定されてましたが、中華人民凶悪国の聖火オナニー登山隊で入山規制があったため、延期となっていたものです。
2009年春、実行の運びとなった模様です。

Проект Лхоцзе-Эверест состоится в 2009г by mountain.kz

119カザフ隊の予定は左図のルート。ローツェからエベレスト南東稜~西稜という壮大な計画。
ちなみに故・小西政継氏は1978年出版の自著で既に「ラウンド・エベレスト」と称してヌプツェ・ローツェ・エベレスト縦走の可能性を示唆しています。
それから30年、ようやくローツェ・エベレスト縦走をカザフスタンが手がけるわけになったのですが、あらためて故・小西氏の先見の明に驚嘆する想いです。
上記リンクのカザフスタン登山協会ブログでは、1991年から国家プロジェクトとして、8000m峰14座登頂に挑んだ足跡が紹介され、90年代、ユーリ・モイセーエフやアナトーリ・ブクレーエフなど、日本の岳人にもおなじみの名前が記されています。
21世紀になり、デニス・ウルブコら新世代が現れ、より困難なルートからの登頂を試み、今回のカザフ登山隊挙げての壮挙が計画された模様です。

 カザフスタンも計画的に14座登頂をプロジェクトとして立ち上げていたのですね。
 知られているところではフランスやイタリアのクォータ8000など、大型プロジェクトとして8000m峰14座を登ろうという動きがありました。
 一方の我が日本は、しっかりした専属事務局がバックアップしている竹内君以前は、クライマー各個人にマネジメントが委ねられていたわけで、大きく出遅れていたと言えるのではないでしょうか。(ちなみに14座登頂者3名を輩出している韓国では現在2名の女性クライマーが14座全山登頂を目指していますが、韓国の登山用品メーカーが強力にバックアップしています。)

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小泉氏引退

久々に政治ネタ。

飯豊のどっかの小屋番氏は糞味噌にけなしておりましたが、私は小泉氏の引き際に素直に拍手を送る。
その政治スタイルと『改革』がもたらした結果には賛否あるが、間違いなく傑出した首相であったと断言する。
一番印象に残っているのは、民主のアホ議員が予算委員会で小泉孝太郎のCMギャラが破格だという噂をネタに質問したところ、小泉首相が『そういう人の名誉にかかわることを、うわさで言ってもらっては困る。孝太郎はサラリーマンですよ。月収はわずか20万円です。』と激怒した時。おお、首相も人の親だねえ、と共感を抱きましたね。

売国奴河野洋平氏もめでたく引退しましたし、加藤紘一氏まだー?

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趣味でガイドをやるな

イギリスのThe Independent紙の就職・キャリアプランニング欄に山岳ガイドに関する面白い記事が掲載されてました。

Scaling the heights: Being a climbing instructor offers plenty of career highs by The Independent9/18

記事の内容は、James Thacker、Tim Mosedaleの二人の山岳ガイドを例にして、いかにガイドになったか、どのように生活しているかを取り上げています。Tim Mosedaleはヒマラヤ公募隊も企画しているので、名前だけは知ってました。
 以下引用開始
------------------------------------------------------
 軍を除隊した後、Mosedaleは野外活動への情熱を生かすために、地元の野外活動センターで働きました。
「私は、£2,000から始まり年間£25,000稼ぐまでになりました。」
(中略)
エベレストのサミッターであるMosedaleは、B&B(訳者注・ペンション風の宿)を経営し、定期的に遠征隊を組織します。
「働き始めたときには、私は8つの仕事を持ってました。レストランで働き、トイレ掃除もしました。徐々にクライアントがつくまで、私は何でもやりました」
「クライミングインストラクターとして生計を立てることは非常に困難です。年収は£5,000から£15,000の間と、それはタフでなければなりません。しかし、オフシーズンにリビアやオマーンのような場所で仕事を見つけることは可能です。油田調査の地質学者と働いているとたっぷり稼げますしね。」
------------------------------------------------------
以上記事引用おわり

イギリスのクライミングガイドも喰っていくのは大変ですね。
イギリスの平均年収は日本円で400万らしいのですが、£15,000でようやく年収300万円ですからね。
この記事でもっとも印象深いのは、Mosedaleが語り、記事も最後に強調している次の言葉です。

"Be professional and offer value for money. Don't treat it as a hobby," Tim Mosedale
「プロとして金額に見合う価値を提供してください。趣味でやらないでください。」

 今更ここで山岳ガイドという職業の意味を語るつもりはありませんが、ガイディングの経験を積めば積むほど「好きなだけではやれない」と感じる。
 この記事を読み、日本の田舎のトレッキングガイドとしては色々思うところはあるけど、今日は書かない。
 ただ、イギリスのガイドも頑張ってんだね、という感慨に浸った次第。

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マウンテンハードウェア スクランブラー

いつのまにか廃盤になってしまいました、マウンテンハードウェア社のザック、スクランブラー。
中国人が紹介記事を書いていましたので、私も負けじと紹介しておきましょう。

Mountain hardwear 一款多功能軽量小包簡紹評 by 中国戸外資料網9/22

Sc2_2スクランブラー、重量450gの超軽量な折り畳み式ザックで容量は26リットル。材質は100デニールの超薄型リップストップナイロン製。

Sc1特徴はその軽量さもさることながら、ショルダーベルトはメッシュの幅広テープという大胆かつ斬新なデザイン。

Sc3本来はウレタン製背面パッドがはいっているのですが、パッドを取り外せば、雨蓋に全体が収容できるようになっています。

私がこのザックを選んだのは、海外山行で、現地で使うザックが嵩張ることに端を発する。
私物や着替えを100リットル級の大型ザックに入れ、もうひとつ、現地での行動用にザックが欲しいわけだが、これが普通のアタックザックでは嵩張るわけだ。
そこで軽量なザックを探したわけだが・・・雨蓋に全体が収納できるタイプはたいてい容量20リットル未満のデイパックばかり。
海外でのクライミングなど、丸一日行動できる装備を入れるにはちと小さい。
そこで山用具でお世話になっている天童市のマウンテンゴリラで入手したのが、マウンテンハードウェアのスクランブラー。
背面パッドを入れたままでも、全体が薄いリップストップナイロン製なので大型ザックに入れても嵩張らない。26リットルなので、韓国の山を巡るには十分な容量であった。

ただデメリットもある。
ウエストベルトが無いため、クライミングなど動きが激しいときには大きく背中からザックが振れてしまう。
またリップストップナイロンの生地が薄いため、花崗岩でズリズリすると、穴が開いてしまいます。
私の場合、山行だけでなく普段のお仕事(出張時、宿から現場に行く際に着替え等を入れる)に使う機会も多いです。
まさに『サブ』ザックとしては近年の名作だと思います。
残念ながら、現在はマウンテンハードウェアを扱うコロンビアスポーツのカタログからも姿を消していますが・・・
サブザックを求めている方で、山の店の店頭で見つけたらぜひオススメします。

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福島の山行前には、コンビニへどうぞ。

今日は会社のおしごとで福島に一人で出張。るんるんるん(はぁと)

昼、弁当では少し食い足りないのでコンビニに寄る。
コンビニの書棚になんとっ!

Pa0_0255私が登山ガイドブック執筆者として尊敬する、福島の奥田博氏のガイドブック『ふくしまの高い山50―ハイキングガイド』が週刊誌とともに陳列されているではないか!
恐るべし福島のコンビニ!

しかしコンビニで山のガイドブック買う人ってどんな人でしょうね。
福島の山に遊びに来る皆さん、会津の山とか結構手強いですから、下調べはしっかりね。

ちなみに、以前当ブログでは山用品を売っているコンビニも取り上げています。
山行前のコンビニエンスストアも、なかなか興味深いものですな。

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【映画】 『Nordwand』 ~トニー・クルツの悲劇が映像化~

この情報、日本に紹介されて一ヶ月過ぎて私は知ったのですがぁぁぁ!
トニー・クルツの名前をご存じのあなた、『山屋』ですねっ!
山岳映画ファンの皆様!
泣け!
わめけ!
泣いて喜べっ!
あのアイガー北壁登山史を飾る、「トニー・クルツの悲劇」がドイツで遂に映画化です!!

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紹介記事→「北壁」― ロカルノ国際映画祭 - by SWISSInfo.ch8/10

もー待ちきれない人のために動画はこちら↓
http://www.youtube.com/watch?v=waIoZ7RNQJw

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映画は1936年、アンドレアス・ヒンターシュトイサー、トニー・クルツらのアイガー北壁登攀を描いています。

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ヒンターシュトイサーといえば、アイガー北壁のトラバース部分に名前を遺していますね。
そして「トニー・クルツの悲劇」とは・・・・
あえてここでは書きません。
知らない方はぜひ登山史の本でもひもといて、ご自分でトニー・クルツ達の死闘をお調べ下さい。
フィクションではない『ドラマ』が、そこにあるのです。

映画『Nordwand』ウェブサイト(表紙のみ公開中)

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鉈目(なため)

肘折温泉から月山に入る。
ただし諸般の事情により、念仏ヶ原を往復のみ。

Pa0_0253あまり見ることのない、村山葉山から昇る御来光を望む。

静かに、のんびりと。
肘折温泉から登る登山道は肘折カルデラの末端から登るため、幾つもの尾根と小ピークを越える。山旅と呼ぶにふさわしい。

のんびり歩いていると、コースタイムを気にして歩いている時には気が付かないものに目が届く。
Pa0_0252落ちたばかりのトチの実。

雨上がり、胞子で息がつまるのではと思うくらいに無数のキノコが生えている。しかも毒々しいやつが。
私がわかるキノコといえば、
Pa0_0251ホウキタケ
 食用のはずなのだが、登山道のど真ん中に残っているところを見ると、肘折集落の人々も喰わないのか?

長い道のり、苔むした『湯殿山』なんて石碑もある。
「古(いにしえ)の人々は、こんな道を踏みしめて月山をめざしていたんだねえ」(立松和平調)
と、ブナ林の趣を味わいながら登っていると・・・

Pa0_0248
『ハートに矢』(笑)の鉈目ですか。
大蔵村の村人も、こりゃまた粋ですなあ。

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山岳ガイドのワンポイント・アドバイス
 国土地理院の2万5千図において、月山に至る肘折温泉からの登山道は誤って表記されています。
 登山口からすぐに大森山からの小ピークを直登するように描かれていますが、実際には峰々の山腹を巻いていくように登山道がついています。
 この巻き道は幅が細く、下の沢まで切り立っています。月山から下山する際は疲労が蓄積している頃ですので、足下には十分御注意を。
 登山道は刈り払いはされていますが、小岳周辺から始まる木道は朽ち果て、残っている木道も苔で滑りやすくなっています。雨天時注意。

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台湾にまで広がる『作られた』屋久島のイメージ

 わたしゃ宮崎駿の映画は好きですが、何か環境問題とひっかけて必要以上に称え崇める方々にはついていけません。所詮映画でしょ?

 そういった方々の代表格が、映画のロケ地やイメージを観光に結びつけようとする観光業者や役場の観光課等々なわけですが。
 良くも悪くもいい事例である『屋久島=もののけ姫』というイメージが、台湾にまで伝わっていました。

日本秘境之旅 屋久島 拜訪「魔法公主」嘍! by 台湾新浪網9/21

 表記されている『魔法公主』とは『もののけ姫』の台湾版タイトル。
 ネット上を検索すると、屋久島=もののけ姫の森として称賛する声多しですが、肝心の地元・屋久島のネイチャーガイド氏で下記の如く訴える方もおられ、私も共感致します。↓

 屋久島自然史研究会 「もののけ姫の森」を消しませんか?
 以下引用開始
---------------------------------------------------
観光地がマスコミをありがたがり、イメージを固定化されて、消費されて陳腐化してしまう、というのはおきまりの流れです。

もののけ姫はたしかに優れた映画ですが、作品よりも白谷雲水峡の本物の自然のほうがはるかに価値があるのではないでしょうか? イメージを依存することによって消費されてしまうことは、避けなければなりません。
--------------------------------------------------
 以上引用おわり

ちなみに我が山形県の月山・弥陀ヶ原も宮崎アニメ「ゲド戦記」だかのモデルといわれましたが、正直その報道に接したときは「うるせぇ、弥陀ヶ原は弥陀ヶ原だろうが。」と思った私でした。
幸い、この報道は尻つぼみになってさほど騒がれずに終わりましたが。

アニメ映画のイメージと実在の自然を重ねるのは勝手ですが、メディアと業者に消費され尽くされるのには黙っていられません。

【追記】23日現在、山から帰ってきて性格が丸くなりましたので、当初書いた不適切な表現は修正いたしました。

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フランスの山岳ガイドに業務上過失致死の判決

顧客を死なせたフランスの山岳ガイドに、業務上過失致死(執行猶予付き)の判決です。

法国登山向導因失職獲刑 by ハルピン日報9/20

Quatre mois de prison avec sursis pour un guide impliqué dans un accident mortel de montagne by Nouvelobs.com9/18

フランスおよび中国メディアから得た情報によれば、フランスの山岳ガイドYves Olbrechtは2004年9月16日、モンブランにおいて顧客5名のうち3名を先に下山させ、この先行下山した3名のうち1名が滑落、巻き込まれた2名が死亡、1名重傷という結果を招いたもの。
この事故に対し、法廷でガイド本人も自分の過失を認め、サボィアの刑事裁判所は懲役4ヶ月、執行猶予2年の判決を下した。

 日本でガイドの事故が起こる度にネット上で、欧米とくにヨーロッパのガイドを 神 格 化 し て 扱 う 方 がいらっしゃいますが、彼の地フランスでもこういう事例があるということで。
 どっかの遭難専門ブログとか性格悪そうな雪氷関係者のブログでこのネタ取り上げないんですかね?

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シンプルライフ

今週はずっと

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現場で 肉 体 労 働 にいそしんでました。

帰宅→メシ→子供と風呂→寝る
という、シンプルな生活。ネットにアクセスする余裕無し。

現場作業が続くとはいえ、

Pa0_0246
実りの秋を感じる感性は大事にしたいものですな。食べ頃アケビ。

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夏と秋の間に

家族サービスから解放され、休日を朝日連峰の某峰で過ごす。

Pa0_0242吊り橋って、ワクワクするのはなぜだろう。

Pa0_0241ブナの小径を行く。体はのんびり歩いているのだが、頭の中はのんびりできない。家庭と、仕事と、資格試験と、もろもろの事が頭にうずまく。

歳ですかね。

Pa0_0239ガス湧く頂上稜線。展望は無いものの、おかげで涼しい登山である。

Pa0_0236稜線は草紅葉の一歩手前といったところ。草はまだ黄色くはないのだが、木々の葉はもう秋色。

Pa0_0240樹林帯で癒してくれる、ホツツジの花。可憐ですが、蜜は有毒です。
女性クライマーみたいですね。ははははははは(棒読み)

Pa0_0235下山して車に戻ると、まだミンミンゼミが鳴いている。木漏れ日の日差しも、夏の名残か。

追記
 帰りの長い車中、退屈しのぎにNHKFMの丸一日かけた「ミュージカル特集」を聴く。
 山の帰りに聴く『サウンド・オブ・ミュージック』の『エーデルワイス』(注・Youtube クリックすると音が鳴ります)はいいですねえ。

 で、しばらくするとインド映画『ムトゥ 踊るマハラジャ』がかかる。(注・Youtube クリックすると音が鳴ります)
 うあ゛っ、長いドライブでヒンズー音楽がかかると、コスモトレックが手配したコダリ~カトマンズのマイクロバスを思い出す。暑苦しい・・・音の記憶とは恐ろしい・・・

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25回目の、春。

毎度おなじみ、
Depression 鬱 々 週 間 でございます。よってスロー更新。

さて、会社から帰ると我がPCは、娘・息子の『恐竜キング』サイトWEBゲームマシンと化しているのでありました。
子供たちが寝静まった後、家族が目覚めないようにこっそりPC立ち上げて、シコシコK2climb.netなんざ閲覧していると
『嗚呼、独り身なら俺は別の人生歩んでいたのにな・・・』
と、思う今日この頃のワタクシ・・・にカウンターパンチ浴びせるニュースがっ!

Wife number 25 brings contentment by BBCnews9/10
以下記事引用開始
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25番目の妻の幸福

 東部ネパール在住の49才のポーター、ラムチャンダ・カトワル氏は、24回の結婚生活に失敗した後、ようやく幸せを掴みました。 最近、彼等は7度めの結婚記念日を迎えました。

破滅的な結婚

 彼は26歳で最初に結婚しましたが、それから彼の人生は、破局を迎えました。最初の妻は、彼女の後継者の多くが続く先例を作ってしまいました。彼女は、恋人と駆け落ちしたのです。
「私の後妻も、3番目のカミさんも逃げました」
16年にわたり結婚生活を繰り返したカトワル氏は、はっきり覚えてるのは9人だけとのことです。
「24番目のカミさんに逃げられ、二度と結婚しないと決めました」

_45003785_katuwal_bodyしかし、彼の決意は長続きしませんでした。彼は7年前、23才のシャラダと結婚したのです。
カトワル氏は現在の結婚生活に満足していますが、子供達の教育問題を心配しています。
(中略)
彼の小さな、草ぶき屋根の家さえ、政府所有地に立てられています。絶えず貧困と立ち向かわなければならなかったことが、多くの妻が彼のもとを去った理由だと言います。
カトワル氏の仕事であるポーターは、低賃金で厳しい仕事です。
ヒマラヤの国々のポーターは、頑健さで知られています。山がちな地形で時には45kg以上の荷を運ぶこともあります。

それで、たび重なる破局にもかかわらず、なぜ、もう一度結婚することを決めたのですか?

"I wanted to have a wife, because a house is not house without a wife," he said.
「カミさんがほしいからさ。カミさんのいない家なんて、家じゃないさ。」
---------------------------------------------------
以上引用おわり

今までシェルパやポーターがいかに厳しい仕事しているかを書いた記事はあったけど、私生活で厳しい人(笑)を取り上げた記事は初めてですなあ。
結婚も24回破局すると、世界各国に通信社が記事配信してくれるんですねえ。
地球上に存在する8000m峰の数くらいお見合いに失敗している私なんか、どこかの通信社とりあげてくれないもんでしょうか?
しかし、本人がネパール語でどう語ったかわかりませんが、これ英訳したBBCの記者は偉いなあ。

a house is not house without a wife

やっぱ家族が一番ですか、そうですか。(棒読み)

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自然体験活動指導者養成事業 補助指導者研修会

先日、山形県飯豊少年自然の家で受講した『青少年体験活動総合プラン 小学校長期自然体験活動支援プロジェクト 自然体験活動指導者養成事業 補助指導者研修会』。
当ブログでも感想をいつものすちゃらかちゃんちゃんな調子で書いてしまい、関係各位には多大なるご迷惑をお掛けいたしました。
その後、飯豊少年自然の家の研修担当である江村先生とはメールのやりとりを行い、補助指導者研修の目的とねらいを深く理解した次第です。

この研修はこれから10月に山形県朝日少年自然の家(10月18~19日)、その後近県では宮城の国立花山自然の家(11、12月)で開催予定であります。
自然の家や各種ボランティア活動で、野外活動に関して理解を深めたい方、当該研修は教職員のみならず一般人も参加可能ですので、興味のある方はどうぞご参加ください。

参考サイト↓
文部科学省青少年体験活動総合プラン 小学校長期自然体験活動支援プロジェクト 自然体験活動指導者養成事業

平成20年度小学校長期自然体験活動指導者養成事業実施予定一覧(補助指導者)

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初秋つれづれ

5809ロ糞ノ誌を立ち読み。池田大先生のK2記事読んで、ハイサヨウナラ。

Pa0_0229
生プルーンをカミさんの親類からいただく。汁気が少ない割に、甘みと酸味が絶妙。毎日コンスタントに私が食べ尽くす。

Pa0_0231
日曜、子供を西蔵王公園に連れて行く。クルミの実がたわわ。イガグリもちらほら見える。実りの秋はもうすぐ。

Pa0_0233
自宅のプランターのトウモロコシ。
収穫は『 2 粒 』(笑)。実りの秋はいずこ?

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北京汚輪でボロ儲け(たぶん)した登山用品メーカー

パラリンピックの選手達には純粋に頑張って欲しい今日この頃。
しかし中共の犬NHKは『北京がいかに素晴らしい街になったか』宣伝に必死ですな。

さて、あの退屈極まりない開会式・閉会式の、中共のアカどもの威信をかけたマンモスお遊戯会、けっこう人がヒョイヒョイ空中を飛び回る仕掛けがありましたね。
「あー、たぶん、どうせペツルのハーネス・ギアかな・・・」とおじさん予想してましたが、実は、ベアール製品だったのでした。

Beal産品応用系列(1)Beal攀爬安全帯奥运会閉幕式現身手 by 中国戸外資料網9/5

Bearl1←こんなお遊戯で、

Beal2なるほど、「ハーネス」付けてます。

Beal3こんな感じですね。

使われていたのは、ベアールのAeroteamという製品。ロストアローのカタログには見あたりませんが、本国のウェブサイトには掲載されてますね。
H_aero_team3gf

画面からも想像は容易ですが、おそらく何百人単位で使われているでしょうから、メーカーから購入したのか、国家プロジェクトとして寄贈されたのか知り得ませんが、いずれにせよベアールにとっては一大PRとなったことでしょうね。
貧乏人の私としては、使用後のハーネスがどこに行くのか気になるトコです。

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メルー峰韓国隊、余話。

先のメルー韓国隊が多用した「BEAK」。日本でいうバードビークで、ロストアローのコレ(BDの製品名ペッカー)ですね。↓
Bd80232l1_2これを連打して、ボロい壁に打ち込んで・・・・って、あー恐ろしい・・・。

記事の前後に「小さな図書室」を設けるという話が出てきますが、こんなエピソードです。

Books for Himalayan Children by 東亜日報英語版8/8
以下記事引用開始
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2008080812548ダスバ村の子供達のために、小さい図書館を設けた登山家が子供達と共に微笑んでいます。彼らは世界で初めて、7月13日にインド・ヒマラヤのメルー北壁を登った後、続いて本を子供達に寄贈しました。 前左がキム・テマン、彼の後方キム・セジュン、ジョウ・ウーリョン隊員です。
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といった具合に、地元の子供達にも貢献していたのでした。

さて、このメルー登山隊が韓国に帰国した後、盛大な歓迎会が開催されました。
その帰国報告会のパンフがこちら↓
200808050716350099結構洒落た感じの表紙であります。
無粋な話ですが、この帰国報告会の会場はソウルのウェスティン朝鮮ホテル。創業1914年、ツイン一泊約4万5千円、あのカジノで有名なシェラトングランデウォーカーヒルホテルより高額な『超』高級ホテルでございます。ちなみに我が名門!立正大学体育会山岳部の某8000m峰成功祝賀会は『五反田ゆうぽうと』、ツインお一人様8,893円でございます。あっ!鬼より怖いOBの皆様、その節はマリアナ海溝より深く感謝致しております。(免罪符)
は、さておき、帰国報告会は百名以上の来賓、韓国登山界の重鎮を迎えての祝賀会で、いかにメルー韓国隊が注目されていたかが伺えます。

 今回の記事を読んであらためて思うのですが、韓国国内の岩場はインスボンはじめ、しっかりした岩場ばかりというイメージなのですが、こんなボロボロの絶悪な壁に立ち向かう技術、精神力はどこで養っているのでしょうか。
 因縁の山、テレイ・サガール北壁を陥し、今夏メルー峰にトレースを残した韓国のクライマーの行方に引き続き注目です。

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誰も墜落を避けることができない ~韓国隊メルー峰北壁の記録~

今夏、韓国隊のめざましい成果のひとつに、インド・ガンゴトリ山群メルー北壁の完登が挙げられるでしょう。
この度の月刊誌「人と山」にその凄まじい記録概要が掲載されました。

空に通じる門、その終りに立つ by 月刊「人と山」
以下引用開始
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空に通じる門、その終りに立つ
メルー峰北壁初登
文・写真 キム・テマン

空が開かれた瞬間!
そこは風さえ凍りついていた。
死と共に壁で過ごした時間… その長うとも同じ時間が経った後、 私たちを待っているものは何もなかった。
ひたすら一つのラインを追う私たちのトレースと、誰も残すことができなかった白いトレース。
私たちが刻みこんだその長いラインだけが、そこに残されているだけだった.

200805082014213889韓国隊ルート図

蒸し暑いどころではないインド・デリーで私たちは遠征隊に必要な食糧と行政手続きを終わらせ、ヒンドゥ人たちの聖地であるガンジス河の源をめざす車に乗った。‘空に通じる門’という名前のメルー北壁はインド、ヒンドゥ人たちの最高聖地であるガンジス川の源と場所を一つにする。
タポバンの街ではメルーは見えず、シブリンとバギラティ 1、2、3峰だけが輝いていた。何も遮るもののない陽の光を受け、肌が真っ黒に焼ける。
この熱い日ざしを頂上めざした登山期間10日間、2時間しか見られないことが分かっていたら、もうちょっと草地に横になって日ざしを満喫したものを。
しかし私たちの中で誰も気象の変化に気づいた者はいなかった。ここからは神の領域だからだ。

200809_oversea01ベースキャンプの光景

6月7日、ABC設営と高所順応のために私とセジュン隊員、ジュンホ隊員、そして 5人のポーターたちと朝から急ぐ。タポバンから8キロメートルの尾根を迂回して氷河地帯のクレバス地帯を越え、5時間登る。そして氷河の上の岩場に石垣を積み、テント2張を設置してベースキャンプに帰って来た。
数日ベースで休んだ後、固定ロープ作業とC1~C2ルート工作のためにまたABCへ出発する。みんな高所順応がよくできて、5時間かかった行程が3時間で行けた。
C1(5570m)に上げる食糧と装備を整理していると、メルー峰が雲の間に、その燦爛たる壁をはにかむように現わした。胸が詰ったような思い。しばらくその姿を現わした岩壁は、しかしたちどころに雲の中に消えた。恥じらう処女のように。

200809_oversea02メルー北壁全景

6月12日、隊員同士のミーティングで、ポーター達の子供のために小さい「図書館」を作る事にした。
ヒョン・ウックイ隊員がポーターたちの夢を尋ねると、年長のポーター、バラとキルタンは子供達により良い教育を施したいと言う。年間収入が25万ウォン程度である彼らにとって、教育を後回しにして一日一日生きるために暮していることがわかっているから、少しでも手助けになるために下した決定だった。

14日、清々しい天気に雪が融けて雪崩が起きる。荷物を背負ってC1に出発する。私とセジュン隊員がC1からC2までロープをフィックスして、ジュンホ隊員が ABC(5000m)からC1(5570m)まで荷揚げを引き受けた。雪崩と落石の音が止まない。

15日、小川を渡り、膝まで沈む雪壁をラッセルしながら登っているのに暴風雪が吹き付ける。 降りしきる雪が強まる。400メートルのロープをフィックスしてC1に帰り、テントの中で濡れた服を乾かす。

17日、雪がずっと降る中、滑めらかな岩場150メートル3ピッチを登り、氷雪壁50メートルを登る間、東壁では氷と落石が無数に落ちている。東壁寄りに氷壁を100メートル登ったら、ポーターレッジと装備が氷漬けになっていた。この装備の主はどんなに熾烈な登山を行い、これらを置いて撤収したのだろうか? 東壁の落石と気象悪化であきらめただろうか? 知りたい。手 袋が濡れて手が冷えるうえに痛い。1000メートル、ロープをフィックスして、さらに少なくとも400メートル以上はフィックスしなければならないようだ。

18日、ベースキャンプでキムチジャンを作って食べ、久しぶりの余裕。
山羊が遊牧民に連れられてきた。「あれ一匹喰えば、一日で頂上まで行くことができるんじゃないですかね。」3週間近く肉を食べていないので力が足りない。
 ここガンゴトリとタポバンは、ガンジス河の源であると同時にヒンドゥ 4大聖地であるため、肉や卵はもちろん、タマネギやジャガイモみたいな食べ物も搬入しなければならないなど制約があまりにも多い。腹一杯食べても足りず、目の前を山羊たちが冷やかすように近付いてくる。

26日、C2(6150m)まで、残った100メートルのフィックス工作のため、食糧と装備を担いで1200メートルをユマーリングで登る。「今日運んで一日休んで個人装備だけ揃えて行こう。みんな力を出そう。」セジュン隊員が私たちを励ます。天気が良好なため、氷と岩が四方から降ってくる。デポ地点でフィックスロープを準備していると “ウルルン クァンクァン”(訳注・韓国語で雷の鳴る音) と聞こえる。壁では大きい岩が崩れ、雪崩を起こしながら落ちていく.

200809_oversea037月2日、ベースキャンプからABCに飛ぶように2時間で到着。ラーメンでお昼を食べてC1キャンプに出発。何日間か降った雪が雪崩になって墜ちる。C1は幸いに損害はなかった。

3日朝5時、アルファ米を食べて出発する際に手足に痛みが走る。デポさせておいた荷が雪崩で飛ばされていないか心配だ。固定ロープは雪に埋まっていて苦労する。ベースで養った体力がここで消費するかと思うと、惜しいことは言い尽くせない。
 氷と岩が飛び散る。大きい氷が轟音とともに崩れ、散弾のように割れて襲って来る。数えきれない落石の中を叫びながら登る。落石と落氷は登る私たちを終始脅かした。氷塊が爆弾のように弾け落ちる。壁はまだ50メートル以上残っているが、フィックスロープが足りない。ロープを担いでセジュン隊員の確保でアイスバイルを効かせて登る。スパッツの間から雪が入って靴が濡れ、足指には感覚がない。辛うじて身を支えることができる所で登山靴を脱いで揉んでみるが、効果は無い。手足が冷えて痛い。私の荷物はまだ100メートル下にあるのに、とても寒い。ジュンホ隊員が荷物をあげるまで震えていなければならないから、ミシンの速度よりもっと早い速度で震える。動くほどに寒くない。単純だが、これがヒマラヤで生きていく方法だ。

誰も墜落を避けることができない

5日、セジュン隊員のリードでいよいよメルー北壁の登攀が始まる。セジュン隊員が力強くハンマーを叩くと、ナイフハーケンがスルッと入って行く。触れるだけで壊れてしまう北壁は手始めから私たちのクライミングを拒否する。硬く見える壁なのにギアも設置できず狼狽する。岩をかきだしてリベットボルト二つを打ちこんだが、これ以上進むことはできない。陽が暮れて、ポーターレッジに帰って寝ることにした。

200809_oversea046日、今日中に脆い岩の区間を越えることができなければ、食糧が厳しい。午前5時から装備を付けたジュンホ隊員と私が30メートルをユマーリングで登る。雪はずっと降っていて、東壁では落石、落氷、スノーシャワーの音がうるさい。岩を取り除いてバードビークを打ちながら登る。脆い岩では打ち込んで支える方法しか無い。バードビークにラダーをかけて立ち上がった瞬間、バードビークが抜けて10メートル吹っ飛んで落ちた。確保ポイントはリベットボルトだ。脆い岩を取り除いて打ったリベットボルトは無事だったようだ。リベットボルトまで登って、バードビークを打ってまた登る。脆い岩にバードビークがまた抜けて、10メートル余り墜落してひっくりかえる。またリベットボルトに救われた。
 リベットが曲がっていて、ため息をつく。もう一度墜落すれば、抜ける。墜落した所にバードビークを二つ打ってイコライザーをかける。装備を回収する時には、抵抗なくスクスク抜ける。 リベットボルトは曲がって抜ける直前だ。30メートル登るのに、ぶっ通しで一日かかった。

7日、ナイフハーケンを落とす。100メートル下に落ちていく光景をぼうっとして見る。くそ、初心者的な間違いをするなんて。他の隊員に申し訳ない。5,6動作のハーケンとバードビーク区間を登って、カムNo.2を決めて果敢にラダーに立ち上がる瞬間、重力に引き寄せられるように10メートル墜落、ロープにぶらさがる。抱いて落ちた岩は100メートル下で雪崩を起こしていた。バードビークを打ちこんでフィフィを繰り上げる瞬間、また墜落する。理由が分からない。「大丈夫か? あれ!フィフィが折れた! ゆっくり急がずに、 ところで今日の内に終わるのか?」
ポーターレッジから顔を出しながらセジュン隊員が、忠告まじりのジョークをとばす。腹も立つが、すまなくもある。またいつ落ちるかな、と知りたかったりもする。

8日、脆い岩が崩壊してピンが抜け、セジュン隊員が7メートル落ちる。墜落は、私たちの誰も避けることができない。リベットボルトを打って越え、4ピッチを終了したところで10時間の登攀が終わる。

9日、陽がいつ照ったか記憶にない。ロープは凍りついて太い綱のようになった。ジュンホ隊員は指を痛めた。比較的良好なクラックをたどって登攀ははかどる。そういえば、韓国にいる兄さんの息子フィドの弟がまもなく産まれるようだ。
 60メートル5ピッチ終わった後、私が登ってホーリングしているとジュンホ隊員が「夜登をしてみようか。寒くていられないだろう」「どんなに登ってもホーリングしても、私も寒いですよ、 兄さん」原始的な本能だけが、私たちを動かす。

11日、雪がたくさん降って登山が不可能。ポーターレッジとハンモックに横になって、雪が止むことだけを待つ。腹がすいた。予想より登山期間が長くなって食べる物がない。

12日、30メートルを速攻で登ってバードビークを使用、20メートル登り、7ピッチを終了。セジュン隊員は目を痛め、35メートル登って雪の積もったテラスにボルトを打ち、寒さに震えながら下降。

13日、装備を回収してセジュン隊員がボルトを打ったテラスまで登った。ポーターレッジのフライを閉め、寒さに耐えていると、ジュンホ隊員が「 テマンよ、どうしようもない、とても寒くて手足が冷えて到底登れそうにない。少し解凍して行かなくちゃいけない。」という。三人が狭いポーターレッジにうずくまって息苦しい。
「ジュンホ兄、私が登りますよ」
装備を取りそろえ、ホーリングロープにぶら下がるや否や、右側10メートルほど振られる。ユマーリングでテラスに登り、数日間分の重たい大キジを撃ったら幾分楽になった。誰も立ち上がることができなかった所での「快便」だった。

20メートルさらに登り、8ピッチを終了したらガリーが見える。ホーリングはしなくても良いから4時までガリーに到達できれば、頂上に到逹することができる。クラックが結構良好で、2時間あれば到達できると思われた。バードビークを設置して5,6動作を登り、岩にカムNo.5を決めて立ち上がった瞬間、石を抱いて真っ逆さまに10メートルを飛んで腰に衝撃を受ける。
「落!」
石は 500メートル下に落ち、音だけが聞こえる。気力を振り絞ってまた登ったら、バードビークが残っているのが見えた。これが抜けたらどうだったろうかと考え、ゾッとした。
 これ以上遅くなれば登頂が大変になる。スノーシャワーが服に入り、全身はずぶ濡れだ。50メートル登り、9ピッチを終了したところで午後4時を過ぎていた。ガリーを小さな雪崩が落ちていく。氷壁区間を越え、セジュン隊員を確保していると無線で興奮した声が聞こえる。
「現在18時、頂上だ。寒いから早く登ってきて!」

ジュンホ隊員が、誰もくぐれなかった空に通じる門、メルーの頂上に立った。そして20分ほどおいて私とセジュン隊員が頂上に立つ。
去年、パキスタンのツイ・ゾム遠征失敗以後、苦労はあったが計画したメルー峰登山を私たちがやりこなした。遠征隊発起式の日、所感を問う人々に「一番完璧なメンバーたちと一番完璧なチームワークで行けるようになってあまりにも嬉しい」と言った兄さんの言葉がこんな良い結果になった。
しかし喜びもつかのま、そこには風が存在するだけだ。そして私たちは下山のことを心配する。腹もすいて体力は底を打っている。

今度の登山はそれこそ残っている最後の力を出し尽くした後、やっと空を見られた。メルーの意味がなぜ ‘空に通じる門’なのか分かるようだ。
ABCのウ・ヨン隊員とベースキャンプの連絡官に登頂を知らせてから日が暗くなる。テレイサガールが少し見えたら、ガスがひどく立ち込め、たちどころに消えた。とても寒く、早く下降したい。暗い中、ランプをつけての下降は大変だった。

14日、行動食が落ちて朝は飢えたまま。昨日装備を整理して9時から下降開始。C2まで下ったら3時だった。雪崩でフィックスロープはボロボロに切れていた。C1まで下る間、3箇所のロープが切れており、危険を冒してクライミングダウンをしなければならなかった。食べていないため、足に力が入らない。15日ぶりに地面に下ったら地形が変わっていて、ABCに到着したのは8時過ぎ。雨は降り続いている。兄さんたちが来るのを待って、ベースキャンプに下ったのは夜十二時に近かった。


ダスバ村に向かう道

‘空に通じる門’という意味のメルーは、今まで誰にも通るのを承諾しなかったのかをひしひしと感たし、私たちにその空を見せてくれた。
私たちはその登攀ルートの名前を ‘the sky was opened(空は開かれた)’と名付けた。
下山のキャラバンが終わってから、ヒョン・ウックイ隊員が半月かけて運んできた英語の本を持って、子供達が待つダスバ村に向かう。
メルー峰は長年の準備、すべてをかけた私たちの夢をつかむことができるようにしてくれた。私たちはその山裾に暮す子供達に夢を植えるために本を持って登る。
一冊の本は一つの夢を植えてくれると思う。
ベースキャンプから二日、車で二日、それからまた一日かかるダスバ村には、夜明けから前を見られない位の雨風が吹きつけていた。道が寸断されていたし、凍傷にかかった手と足を休ませることもないまま、壊れた橋を渡って山道を通り、村に到着した。

2008年7月、ガルワールヒマラヤで、誰も許さなかったメルーの空は開かれ、誰も関心を持たなかったダスダマウルで新しい空に向けた夢が始まった。
今もそこには、私たちの夢と子供達の夢が共存しているでしょう。
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以上引用おわり

文中の「兄」というのは韓国ならではの年長者への敬称ですね。
『誰も墜落を避けることができない』の一言が、今回の登攀のすさまじさを物語っています。
月刊「人と山」の記事では岩壁下部までの画像しか掲載されていませんが、メンバー全員が墜落を繰り返した上部岩壁のキレてる登攀の画像は、アメリカのClimbing誌サイトに掲載されています。

Koreans Climb Huge Himalayan Wall by Climbing誌

今回の登山の記事で最も印象に残ったのは、最後の一文、
『今もそこには、私たちの夢と子供達の夢が共存しているでしょう。』です。
この韓国メルー隊の余話については、別エントリーで。

参考情報 雪山大好きっ娘。クライミングニュース(2008/9/5)

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ボルダリングマット喰われる!!(川口浩探検隊風)

Rocky rangers reminding boulder climbers to remove crash pads by coloradoan.com9/2
以下記事引用開始
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 ロッキー山脈国立公園のレンジャーによれば、岩場へのアプローチの途上にクラッシュパッドを隠しておくボルダラーが増加しているそうです。
 ボルダラー ― ロープまたは他のギアなしに岩や小さな岩場を登る人々 ― は、墜落から身体を保護するために厚いパッドを用います。
 ロッキーのレンジャーによれば、アプローチで運搬する必要がないように、多くのボルダラーがクラッシュパッドを岩の間に隠しているとのことです。
「これらのパッドは、マーモットなどの齧歯動物によってかじられ、周辺を散らかし、野生動物に悪影響を与えます。」と、国立公園のスポークスマン、カイル・パターソンが声明を出しました。「昨夏のパトロールの結果、レンジャーによって25枚以上のパッドがChaos Canyon地域で発見されました。」
パターソンによれば、ボルダリングで最も人気のある地域がChaos CanyonとEmerald湖にあるとのことです。
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以上引用おわり

私もマット欲しいんですが、高いですよね、アレ。
現地にデポするなんてアメリカらしいというか・・・車社会だから持ち運びには日本人より不便じゃないような気がするんですが?アメリカ人はめんどくさがりなのか?
【追記】
 雪山大好きっ娘。の、えのきど。様よりコメントいただきました。
 『このエリアは標高 3000m、アプローチ 1時間と結構大変なエリアなんです。』とのことで、プロクライマー尾川智子さんの記録のURLもご紹介下さいました。ありがとうございました。
 尾川智子さんの同エリアの記録→ はーとふるボルダリング「ロッキーマウンテン」

ちなみに検索するとChaos Canyonってこんなところらしいです↓
1001955165_51f26feda9Chaos Canyon
現地の登山用品店によるクライミングエリア紹介記事によれば、最寄りの駐車場から2.1マイル(約3.4km)離れているそうな。現地のみなさんマットをデポしちゃうわけですね。

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本業はどうした?

以前よくお見かけした山名が。

The Bombay Sappers Mountaineering Expedition to MT SATOPANTH (7075 M)  by Press Information Bureau , India9/2

Mhsatopant80年代インドヒマラヤに入れ込んだ方ならご存じ、サトパント峰に9/2、インド軍のボンベイ工兵隊が登頂したとのこと。
同峰はHAJはじめ、日本からも多くの隊が遠征していましたねえ。
ちなみにボンベイ工兵隊が2009年に予定しているシシャパンマ遠征のプレ山行だそうです。チョモランマでは前例はありますが、登山とはいえインド軍関係者が中国・チベットに遠征計画するのはちょっと意外でした。

しかし、今インド・ネパールでは大洪水で大被害を受けているのに、工兵部隊がのんびり登山してていいんでしょうか?そこはインドテイストか?

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コーカサス・カズベク山のBCスキー

もう2、3ヶ月もすりゃスキーシーズンですねえ。
と、早々とスキーネタ。

The Quest for Skiing the SE face of Kazbek (Mkinvartsveri, 5034 m). by Mountain.ru

コーカサスはカズベク山(5034m)のBCスキーの様子が掲載されてます。
F_23_2画像右の赤線が登攀ルート、左の青線が滑降ルート

記事中には周辺ピークのスキー滑降の難易度などサマリーも掲載されてますが・・・ここでネタにしたかったのは、この画像↓

F_18
知る人ぞ知る、同時登攀でのタイブロックによるプロテクション。
本文中にも、
『So we decide to use our rope on the last 180m – we simul-climb with Tiblocs』、とあります。

このテクニック、私は今や有名人になりました竹内君から直接話聞いて教わりましたが、御本人はブログでこんな風に解説いたしております。↓

悪い子のタイブロック! 竹内洋岳ブログ

問題はどのようなルート状況でこのプロテクションが有効か?ということですが・・・・それを質問する人はこのプロテクションを使うべきではありません。』(悪い子のタイブロック!より引用)
あっ!ごめーん竹内君、使用例の画像載せちゃったい。
お約束ではございますが、このプロテクションの方法はタイブロックの本来の使用法に外れた用い方であり、この記事を参照した結果において重大な結果を招いても、責任を負う意志は無いことを明言いたします。

・・・しかし、わざわざ画像を掲載するくらいだから、このロシア人もあまり普段は使わないテクニックなんだろうな。

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消えた靴下

山歩いてて、急に大きい方もよおした事のある人いるよなっ!なっ!

キム・ジソク、あまりにも切羽詰まっていた「野外トイレ」 by デイリー8/26
以下記事引用開始
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News1219737307_123744_1_m 人気連続ドラマ『憎くても愛しくても』の主人公カン・ベクホ役で高い人気を集めたタレント、キム・ジソクが ‘野糞’ した過去をびっくり大公開した。
 キム・ジソクは 25日放送された SBS「芸能界選手村」に出演、「タレントとして売れた後に野外で用を足した事がある」と切り出して出演者たちの興味を引いた。
 キム・ジソクはガールフレンドと一緒に北漢山でデートに行った際、普段食べてない朝食を腹いっぱい食べて、お腹に「信号」が来たという。中腹まで登ったキム・ジソクはあまりにも切羽詰まってガールフレンドに「早く先に行って」と言い、「遠い所に行って、うずくまって座って用を足した」と打ち明けた。
 引き続き彼は「いつもは平らな所でしているのに、傾斜がある所でしようとするから思うようにいかず、しばらく大変だった」と言って視聴者たちの笑いを誘った。
 キム・ジソクは「コトを終わらせた後、下で待っていたガールフレンドが私を見るやいなや「どうして靴下が無くなってるの?と聞かれた」と共に困り果てた顔をして録画場を笑いの渦にした。
 これに対してユン・ゾンシンが「よく捜せば木の下に大きい木の葉があるでしょ」と聞くと、キム・ジソクは「秋だから落ち葉が粉々に壊れた」と返して出演者たちを爆笑させた。
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ちょうど今、講談社α新書の朴宗玄著『韓国人は好きですか?』という本を読んでますが、韓国の人って下ネタが好きらしい・・・山でお世話になっている韓国の方からはそんな話聞いたこともないのであるが・・・

でもさー、あるよね。
山歩いてて、突然腹にキュキュッと便意が、という時が。
月山なんか見渡しのいい木道ばっかなので、腹の調子には気を使ってますよ、マジで。

でも以前、蔵王でトレイルランニングしていた時、お腹がキュッと。
ちょうど公衆トイレ(トイレットペーパー無し)があったのですが、そこは森林限界より上で葉っぱもなんも無い!
しかもキム・ジソクと違って素足にトレイルランシューズ履いていたときたもんだ!
仕方ないので、ランニングパンツの下にはいていたブリーフを(以下省略)

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