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花巻市 石窯パン工房ミッシェル

昼過ぎに山行と入浴をすませ、ランチに花巻市街へ。
なめとこ山下山祝いに美味しいパン屋を目指す。
え?
下山祝いはラーメンにビール?
そんなもんはアルパインクライマーの皆さんで飲み食いしてください。

花巻に美味しいパン屋ありと聞いたのが、石窯パン工房ミッシェル
(最近移転したらしく、ネット上の所在地は古いものが多いので注意)

Pa0_0564 大きいパン屋で、しかも客は子連れの若い母親が多い。
なんと、店内にチャイルドルーム併設なのでありました。
イートイン可、店内でパンを食べる人はコーヒー無料。
いろいろ物色していると、
「今焼き上がりました~」という声に惹かれて、

Pa0_0565 できたてのマグロサンド(照り焼きソースのでっかいマグロ団子が挟んである)を300円で購入。
 ツナみたいなもんかと思っていたが、パサパサ感の全くないジューシィなマグロ肉で食べやすい、照りソースとの相性もGoodなサンドでありました。あ、もちろんパン本体も満足満足。

子連れで花巻近辺に遊びに来たときはぜひどうぞ。

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なめとこ山を、知っていますか。

宮沢賢治の著作『なめとこ山の熊』。
童話の舞台となる『なめとこ山』が実在するのは、皆様ご存じでしょうか。
所在地が確定されたのは、平成に入ってからであります。
宮沢賢治の著作に出てくる山岳をほぼ網羅した奥田博著『宮沢賢治の山旅』でもわずかに触れられているのみである。
その後地元研究者の古文書を元にした研究が認められ、現在では国土地理院の地形図にも記載されている。

N3 2万5千分の1地形図「須賀倉山」より
 
前述した奥田氏の著作では、山腹の伐採が進んだなめとこ山を「モヒカン刈りの山」と形容されている。
この「なめとこ山」に通じる県道の冬季通行止め解除を待ち、なめとこ山を目指してみる。
私にとっては2回目の試み。前回は不明瞭な踏み跡と藪に行く手を阻まれて温泉ツアーとあいなった。
今回は東方の金勢神社から入山。
そこには伐採を免れた、素晴らしいブナ林が稜線に展開していました。

Pa0_0570 登山口から15分ほどに位置する金勢神社。立木に結びつけられたしめ縄が、質素で山の神社らしい。山行の安全と、親類家族・ガイド仲間の安全を祈る。

Pa0_0572 登山道の両脇はマイヅルソウが一面に満開でした。

Pa0_0571 雨の日の低山には、ギョリンソウがよく似合う。

 童話の舞台、なめとこ山。
 なめとこ山が実在するという事実を前に、人々の反応は大きく二つに分かれるようです。
 実際に訪れ、原作の雰囲気を体感してみたいという人。(私はそうです。)
 物語の山はそのままに、イメージを壊さず、そっとしておきたい、という人。
 
 後者の方が多いようですので(前掲書の著者・奥田氏もそのようです)、山の様子の詳細な記述は省くことにしましょう。

 Pa0_0569 この日、私はなめとこ山の頂上で、カプチーノを飲みながら一休みしていました。ガスに包まれた、幻想的な林の中で。

 昨年書いた、「雪渡り」に出てくる氷上山の記事を求めて宮沢賢治フリークの方も当ブログを訪問されておられるようですので、追記を一つ。
 登山ルートには新旧とりまぜて、熊糞をいくつも見かけることができました。

Pa0_0567
正真正銘、『なめとこ山の熊』の爪痕。
なめとこ山の熊は、いまも健在です。
山のどこかに。

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山岳ガイドの重要アドバイス
 とはいえ、なめとこ山に入ってみたいと考えてる方のための重要情報。

 なめとこ山登山に関しては『やっちゃん日記』様のウェブサイトが参考になります。
 ただし、2009年5月30日現在、なめとこ山への最短コースである北ノ又林道登山口に至る林道が土砂崩れで通行不能になっています。
 Pa0_0573 北ノ又林道の土砂崩れ現場(林道分岐から約1kmの地点・2009年5月30日筆者撮影)
 もう一つの登山ルートとして、なめとこ山東方に位置する金勢神社から稜線伝いになめとこ山を目指すルートが存在しますが、2009年5月30日現在、途中のピークおよび頂上直下周辺の笹藪がひどく、刈り払い跡を探すのも困難な程度に荒れています。山慣れた方(具体的には、年月が経過した刈り払い跡・踏み跡を見分ける事が出来ること)以外は、入山は控えた方が賢明です。
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立ち寄り湯

近場には大沢温泉など、良い温泉場がいろいろあるのだが、やはり『なめとこ山の熊』にも登場する鉛温泉がおすすめ。

鉛温泉 藤三旅館(BGM付サイトなので注意)

Pa0_0566 ウェブサイトは立派だが、非常に静かな湯治場です。日帰り入浴料大人700円。
この入り口の「自炊部」という「部」がなにやら体育会系の雰囲気で私のツボにはまりますな。
湯治場なので、中には売店があり、湯治客のためにありとあらゆる生活用品が狭いスペースに並べられている。
時間が止まったような空間です。
肝心の温泉では、特におすすめなのが「白猿の湯」。
浴槽の深さ約130cmの立って入浴する浴槽。浮力が働くので、立って入浴しても楽です。この「白猿の湯」は基本的に混浴ですが、女性専用タイムが決められているので注意のこと。

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アリランの歌

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弘前で土方仕事。
ビジネスホテルの窓からは夕日と岩木山が見える。

部屋の冷蔵庫もOFFにして、空き時間は沈黙の中で読書。

A ニム・ウェールズ(エドガー・スノーの妻)、キム・サン共著の『アリランの歌』を読了。

 韓流ブームが日韓関係を深めるとかいう頭腐ったメディア関係者の世迷い言は信用する気にならず、朝鮮近代史の本に取組中。
 並行して呉善花女史の『韓国併合への道』を読んだが、さらに中国革命運動下の朝鮮人活動家という複雑な状況下のドキュメンタリーに関心を持った。
 岩波文庫『アリランの歌』の解説は、トンデモ歴史本として名高い講談社現代新書『朝鮮史』の著者にして北朝鮮賛美者・梶村秀樹氏というのも左翼な岩波らしく香ばしくて愉快愉快。
 しかしまあ、共産主義活動家の青臭い言動を読むにつけ、中学生の頃読んだオストロフスキー『鋼鉄はいかに鍛えられたか』読後のような感覚が蘇る。

 私にとって、アリランの歌を「まともに」聞いたのはテレビでもラジオでもなく、幸いにして肉声である。

 韓国のグォンギョル登山学校で夜遅くまでしごかれ、閉店間際の芸術の街・仁寺洞(インサドン)をぶらつくのが私にとって癒しになっていた。
 観光案内所を兼ねた土産物に入ったとき、カウンターで店番をしていた若い女性が、中を物色していた私を意識する様子もなく、突然にアリランの歌を自身に聴かせるかのように、静かに歌い出したのだった。

 アマゾンの書評にもあるのだが、キム・サン(偽名、本名は張志楽)は日本の官憲から連行される途上、『インターナショナル』を聴かせてくれと言う依頼を断り、アリランを歌う。

 それから半世紀以上経つ。
 私は良い(または、ましな、と言い換えても良い)時代にアリランの歌を聴いたものである。

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VOCE 7月号 第一特集を読んでみる。

柏澄子女史のウェブサイトに刺激され、VOCE 7月号を読んでみる。

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 第一特集『ランの次は……ゆる登山! なぜ登るのか? そこに山があり、私に贅肉があるからだ!』と題する4ページの特集において、柏澄子女史が『山岳ジャーナリスト』として登山を解説。

 取り上げられている山は高尾山、御岳山、金時山、六甲山など。
 柏女史の「山は体にいいよ」という解説を読んでいると、たしかに山に行きたくなる特集です。

 まあしかしなんですな、今まで散々各山岳団体のお偉方や登山家のセンセイ方、山岳会トップの爺どもが「登山の若者離れ」を嘆いていたというのに(つーか、嘆くだけで何もしてないのが大部分だとおもうけど)、なななんと、あっさりとVOCE誌は

『最近若い女性の間で山登りする人が増えている』

という趣旨のお言葉を掲載。
 日本の登山界の年寄りどもが喜びのあまり心筋梗塞起こさねばよいのだが。というくらいに今までの「若者離れ」という「常識」を覆すような論調です。
 山岳団体の偉そうな爺がアレコレ考えるより、賢い女性に営業かけた方が登山界人口減の問題はあっさり解決するのかもしれません。

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マトリョーシカ

ロシアの某クライミングブログより。

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Dolomite woman's というクライミングフェスの賞品だそうです。
メットとアックスが今風なのが素敵ですな。

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やっぱりチョコだぜ

池田常道氏が取り上げそうにない登山ネタをチョイスしてみる。

祝・シンガポール女子エベレスト登山隊登頂成功!

S'pore team reaches Everest by StraitsTimes5/21

Everes

日本全国の甘党登山者の皆様、このシンガポール女子登山隊をバックアップしているのはチョコ会社でありまして、下記リンク記事でチョコの優秀性を語っていたリー・リ・ホイ女史(上記画像中央)が最初に頂上に到達したとのこと。彼女たちは登山期間中に5kgのチョコを摂取予定という記事でした↓

やっぱり女性はチョコが好き by 月山で2時間もたない男とはつきあうな!07/12/3

お隣韓国隊は、

 パク・ヨンソク率いるエベレスト南西壁隊は20日午後3時(現地時間)、西稜を抜けて頂上に到達。75年のイギリス隊、82年の旧ソ連隊に次ぐ第三のルート開拓、8000m峰における韓国隊初のバリエーションルート開拓として大々的に報道されています。

 欧米メディアでは全く取り上げられていませんが、8000m14座女性初を狙うゴー・ミスン女史は5月1日にマカルー登頂後、5月18日にカンチェンジュンガ登頂。続いてダウラギリに向かう予定。
 同じく14座を狙うオ・ウンソン女史は5月6日カンチェンジュンガ登頂後、5月21日ダウラギリ登頂。オ・ウンソンは残す3座、ナンガパルバットとガッシャブルム1峰を今夏に予定、今秋にアンナプルナを予定。すべて成功すれば年内に14座登頂を果たす計画を立てている。
 本人の想いは韓国メディアでは伝わっていませんが、ニーブス・メロイ、エデューナ・パサバンの不調、登山計画には慎重なガリンダ・カルテンブルナーの様子を報じて韓国メディアは「韓国女性が年内中に女性初14座完登なるか」と白熱してますな。

 ま、私の目下の楽しみは、通勤途上に見える月山の残雪といったとこです。

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山形県山開き情報(6~7月)

山形の山開き開催日程を求めて当ブログを訪問される方がいらっしゃいますので、2009年度の6~7月の山開き開催日程はこちらに掲載してあります。(吾妻・朝日連峰・月山・鳥海山・摩耶山)

山形県 山開き情報(6~7月) by 東北マウンテンガイドネットワーク

 月山・朝日連峰鳥原山の山開き祭典の日程は確定しておりますが、その他山域に関しましては主催者自治体に詳細日程等ご確認の上、お出かけください。

 静かな山登りを求める方の嗜好には合わないかもしれませんが、県外の登山者の皆様、山開き祭典参加なんていかがでしょうか?地元登山者の方と触れあう良い機会かもしれませんね。

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テロと戦うべきは誰か。

 私は、読者の皆様に誤解を招かれても大いに結構でございますが、少数民族の人々に化学兵器をバラ撒いて虐殺したイラクのフセイン政権は打倒されるべき存在であり、そのためには軍事的手段しかあり得ないと現在もなお考えていますし、あらゆるテロ行為には断固たる措置を取るべきと考えています。

 しかしながら、テロと戦うのは誰であるべきなのか?

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 アメリカで、14歳から21歳の青少年が、訓練用ガス銃を手に対テロ戦闘の訓練を受けています。

 彼らの所属団体は『ボーイスカウト』。
 正確にはボーイスカウトの下部組織がこういった対テロ戦闘訓練を少年たちに施しているのですが、そのことがアメリカのリベラル系・反戦系メディアにセンセーショナルに取り上げられています。

Scouts Train to Fight Terrorists, and More by NewYorkTimes5/13

U.S. government and Explorers program trains young people against immigrants, "disgruntled" war veterans by PSL.org5/15

27878860 模擬銃を用いて訓練する少年たち。

27878858 実戦的なテロリスト拘束の訓練場面。

27878862 戦闘シミュレーションで負傷者役を演じる少女と訓練用ガス銃。

 ボーイスカウト自体、その歴史と起源を振り返るに戦争が大きく絡んでいることは関係者もご存じのはず。
 もちろんボーイスカウト自体は、現在では健全な野外活動を主目的とする団体であります。
 肯定的に考えれば、

 学校内での銃乱射・大量殺人が現実となっているアメリカ
 9.11を経験したアメリカ
 州軍など、「軍隊」が一つの職業として確立されているアメリカ
 郵便局の壁やスーパーの牛乳パックに、誘拐されて行方不明の幼児の顔写真が掲載されるアメリカ
 
 では、少年たちが銃を持ち、戦闘訓練を受けるのもさもありなん、と考えることもできましょう。
 しかしながら、野外活動を主目的とするはずのボーイスカウト団体がこのような軍事教練的な活動に手を染めるのは、保守的な政治思想の持ち主を自認する私でも容認できるものではありません。
 テロリストに対処する戦闘行為は、職業軍人ならびにそれに準ずる関係者が従事すべき「業務」だと考えます。

 最初にこの記事を読んだ私は、少年たちが戦争にかり出される例としてヒトラー・ユーゲントを連想したのですが、上記リンクのPSL(Party for Socialism and Liberation) はキューバ政府支持・親中国というアメリカ国内でも極左系メディアではありますが、やはり記事中で『the Hitler Youth』という表現を用いています。

 繰り返しますが、私は7月の飯豊連峰なみに頭の中がお花畑な市民活動家・平和運動団体のクルクルパーどもと違い、国家防衛は国民を護る重大な、誇るべき任務だと考えています。
 ただし、その戦闘行為の責をボーイスカウトの青少年たちに負わせるのは間違いであり、野外活動・野外教育が担うべきは、青少年の健全育成が主目的のはずである。
 今や世界唯一の大国と言われ、莫大な軍事予算を抱えるアメリカが、何故に子供たちに戦闘訓練を受けさせるのか。
 野外教育の分野でアメリカは先進国と私は理解していたのだが、ボーイスカウト団体が戦闘訓練の一翼を担うという今回の記事は、同国の野外教育の恥部を見せつけられた記事といわざるをえない。

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大福城 とちもち

Pa0_0562 息子・娘を月山姥沢に連れて行く途中、立ち寄った寒河江ダム展望台・関の茶屋。
ここではソフトクリームを買う人が大変多いのですが・・・ 

                                                                   Pa0_0561
 今日の行動食は大福城の栃餅にしてみました。
一袋10個入りも売っていますが、ちょいと食べたい方のために一つ98円で売ってます。
 栃の実は昔から山間部での貴重な食料。あく抜きが大変だというのはよく知られています。
 ちょっと山奥に入った食料品兼雑貨店などに入ると、この小豆餡入り栃餅が売られているので、山の帰りの小腹が空いた時にときたま買ってました。
 この「大福城」は庄内・鶴岡のメーカー。
 話は少々ずれますが、今年の正月、売国守銭奴放送局NHKの紀行番組「特集 小さな旅」で栃餅を作り続ける鶴岡市の集落が取り上げられていました。

 新年をよぶ 恵みのとちもち~山形県・鶴岡市行沢~ by NHKアーカイブス

 栃餅作りを続ける集落を取材したこの番組、中国共産党の犬NHKにしては素晴らしい番組でした。栃餅という伝統食品を作り続ける素朴な人々、という画一的な視点ではなく、高齢化のため栃餅を作り続けることが住民の負担にもなっている現実を冷徹に記録した、とても感銘を受けた小番組でした。
 この番組を見て以来、栃餅に対する見方もちょっと変わった次第。

 月山や朝日を訪れる皆様、行動食に郷土の伝統食なんていかがでしょうか?

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雪遊びと、どじょうしぇめ。

3歳の息子が『雪遊びしたい~』と言うので、娘と息子を連れて月山・姥沢へ。

途中の寒河江ダム展望台・関の茶屋でトイレタイム。
午前10時直前だったので、10時になるのを待つ。
Pa0_0558この関の茶屋から、「日本一の大噴水」、国道112号にゴロ合わせして高さ112mの噴水が定時に見られるのです。(噴水の時間は上記リンクをご覧ください)
 子供たちも「噴水だ噴水だ」と珍しそう。画像は噴水の上がりはじめ。じわじわと噴水は高度を上げていくのです。

姥沢の駐車場はほぼ満杯。なんとか空きがあり、警備員の誘導に従って駐車。
最初は駐車場裏の大斜面、よくガイド協会の雪上訓練で使う場所の近くを遊び場に考えていたが、傾斜を見て子供たちがえらく怖がる。
 傾斜に対する私の感覚と、子供たちの感覚に大きなギャップがあることを改めて感じ、大いに反省。
 スキー場入り口の緩い斜面で雪遊び開始。

Pa0_0557 そもそも息子が雪遊びしたい、と言い出したのはこの「雪玉メーカー」が発端。
そもそもは湯殿山スキー場の「雪とぴあ2008」に連れて行った際、娘がえらく「雪玉メーカー」が気に入り、翌シーズンの冬、早速スポーツ用品店で購入した次第。
                                                                       
Pa0_0556 ゆきだるま作って・・・

Pa0_0553 ソリで遊んで・・・

Pa0_0554 五感で自然と遊ぶのは、子供たちの天性の能力ですね。娘も息子も雪の上をゴロゴロ転がるのが楽しい様子でした。

Pa0_0555 あかねずみさん程の出来ではありませんが、娘制作の雪だるまを4体ほどスキー場入り口に献上。

春のザラメ雪、子供たちの手袋もウェアもずぶぬれになり体が冷え始めた頃を見計らって「雪遊びおしまい!」宣言、車に戻る。
ちょうどそこへ、携帯にカミさんから電話。
カミさん実家で田植えするので、14時まで来れば?と連絡が入る。以前から娘が「田植えしたい」「どじょう捕まえたい」と言ってたのだ。

で、人様には言えないスピードで高速道を走り、カミさん実家へ。そこから少し離れたカミさん実家所有の水田に行く。

Pa0_0551 義父が機械植えしているさなか、義母の指導で水田の隅に手植えをする。

Pa0_0552 一緒に来ていた義兄の息子とともに、水田脇のドブ臭い水路をかき回した成果。ドジョウは体長4~5cmのが10匹ほど、カエル、ヤモリなどなど。

 水ぬるむ春ですな。
 ここまで来る途中の高速道路、両脇の山の木々は藤の花で紫色に飾られていました。
 一日で雪遊びと田植え・ドジョウしぇめ(ドジョウ捕り)が体験できるのは雪国ならではですな。

 雪遊びしている際、娘に
 「リナワールド(山形にある遊園地)より楽しいだろ?」と聞くと、
 「リナワールドの方が楽しい。」と娘。_| ̄|●il|li
 少し間をおいてから、
 「でも雪遊びも楽しい」と、返事が返ってきました。
息子も「ゆきあそびたのしい」と車中で言ってくれたので、お父さんもほっと一息です。

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セブン『セカンド』サミット

南チロルの登山家で困難な壁からの未踏峰登頂に活躍しているハンス・カマランダーが新たな冒険のタイトルを提唱しました。
世界7大陸の「第2位」の山を登る、セブン『セカンド』サミットです。

Neues Abenteuer für Hans Kammerlander: Die "Seven Second Summits" im Visier by Mountain2b.com5/12

ちなみに各大陸の第2位のピークは、

アジア K2 8611m
北米大陸 Mt.ローガン 5959m
南米大陸 オホス・デル・サラド 6893m
オセアニア Puncak Trikora山(ニューギニア) 4730m
アフリカ ケニア山バティアンピーク 5199m
ヨーロッパ Dykh-Tau山 5205m
南極 Tyree山 4852m

だ、そうです。
メスナーのパートナーも務め、8000m峰14座中13座は登頂済み(K2含む)のカマランダーは、オセアニア・ヨーロッパ第二の山はいずれも困難な壁からの登頂を目指しているとのこと。

 このセブン『セカンド』サミットという概念、しょうもない「世界初」のタイトルで売り込み中の「冒険家」「登山家」と違い、ベテランのカマランダーが提唱した事に少々考えさせられます。
 冷静に考えてみれば、もはや商業主義が蔓延して登山システムも完備されたセブンサミットよりは遙かに困難な目標といえましょう。(日本からも中高年のツアーがでているケニア山も、バティアンピークを登るとなると完全なクライミングとなります)

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【訃報】アキレ・コンパニョーニ氏 逝去

1954年のイタリア隊におけるK2初登頂者の一人、アキレ・コンパニョーニ(Achille Compagnoni)氏がイタリア・アオスタの病院で亡くなりました。享年94歳でした。

Aosta, muore Achille Compagnoni by Montagna.tv5/13

Compagnoni1 54年のイタリア隊によるK2初登頂については、当時、「登頂は隊全体の名誉」として登頂者の名前を公表しないという措置が取られました。古書店で当時発売された「山と渓谷」誌を確認した事がありますが、実際そのとおりでした。
 しかし世界第2位の高峰初登の記録が明らかになるにつれ当然事実は明らかになるわけで、アキレ・コンバニョーニ、リノ・ラチェデリの名前が世界に知れ渡ります。

 アキレ・コンパニョーニ氏は54年イタリア隊の中では、実はそう目立ったクライマーではありません。コンパニョーニ家はイタリアのスポーツ界の名家・競技スキーの名門一族として知られていました。そんなスキーヤー一族の最も年下だったアキレ・コンパニョーニは跡継ぎとなる兄たちの陰に隠れた存在で、若くして軍に入隊、そこで登山と出会います。

 コンパニョーニはジノ・ソルダと共にK2隊を牽引する立場として活動しましたが、ボナッティの『わが山々へ』を読み返すと、虎視眈々とコンパニョーニに取って代わろうとするボナッティの野心を私は感じます。
 結果的に54年のイタリア隊はK2初登頂に成功しましたが、頂上アタックにおけるメンバー間の齟齬はボナッティを精神的に傷つけることとなります。
 近年、54年K2隊におけるボナッティの名誉回復がイタリアのメディアを賑わせましたが、マナスルが「日本人の山」と称されるように、イタリア人にとってはK2は「イタリア人の山」なのでしょう。

 ちなみに、ボナッティが必死の想いで荷揚げした酸素ボンベを探り当てたコンパニョーニが懐から取り出したのは、コニャックでした。さすがは酒文化の深いイタリア人ですな。
 
 隊の中では決して秀でたクライマーではありませんでした。ボナッティとの齟齬をきたしたやりとり、下降中には岩場で転落しパートナーのラチェデリのおかげで救われるなど、スマートな登山とはいえませんでしたが、名だたるクライマーの間で発揮したその頑張りは、やはりK2初登頂にふさわしいものだったのではないでしょうか。

 あらためて、アキレ・コンパニョーニ氏のご冥福をお祈り致します。

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地の果てでも肉が喰いたい人々

今8000m峰で活躍中の竹内洋岳君から、
「自分の国の食い物にこだわるのは日本隊と韓国隊くらいなもんですよ」
と、言われた事がありまして、私としては少々懐疑的だったのです。

やはり!
中国人と台湾人も、めでたく「じぶんちのご飯じゃなきゃいや!」登山国の仲間入りでございます。

登峰報道 愛吃羊肉炖胡蘿ト 解密珠峰大本営飲食 by 広西新聞網5/8

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中国一美人な登山家という訳わからんタイトルで中国国内のメディアでは注目されている羅麗莉女史、今回チョモランマ再挑戦でまたまたメディアの注目を集めておりますが・・・

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 元気の素はもちろん中国料理!
 羊肉とニンジンをメインに、唐辛子、タマネギ、ニンニクで味付けした料理だそうです。随行記者も美味しいと語ってますな。
 今回、羅麗莉女史が参加しているチョモランマ中国隊、記事中では「東北の餃子、西南の麺」などと、中国に滞在したことある者なら垂涎な料理がベースキャンプで喰えるようです。

 一方の台湾隊は・・・

遠征聖母峰/遠征隊登頂的秘密武器是~ 羊肉爐和豬脚飯 by 今日新聞5/8

Pic1
 既に95年に台湾人女性初のチョモランマ登頂、セブンサミットを果たし、今回の登山でチョモランマ南北両面からの登頂を目指している江秀真女史がベースキャンプで作っているのは、『魯肉飯』!!

 記事によれば、ネパール人コックも美味しい御馳走作ってくれますが、どうしても台湾料理を食べたいそうです(笑)
 でも魯肉飯なら私も食べたい!(台湾滞在中はあちこちの食堂で魯肉飯食べましただ)

Pic2
と、いうわけで台湾料理を満喫中の台湾隊隊員。
羊肉で作る魯肉飯は登山隊の秘密兵器とまで新聞でタイトルつけられてます(笑)

ま、郷にいれば郷に従えっつっても、長い登山期間は食のストレス貯まりますよね。
今シーズンの登山隊隊員皆様の安全と美味しいお食事をお祈り致します。

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祭り

8日から、実家周辺では日本三大植木市の一つ、「薬師祭り植木市」が開催。
延々と露天が出店することもあり、山形の子供たちにとっては天国な三日間。

Pa0_0538 今年はオートバイのサーカスなんて大道芸がでてましたなぁ。
私が小さい頃(70年代末)は、おそらく身体障害者を連れてきていたんでしょうな、「牛女」とか「蛇女」とか、いわゆる『見せ物小屋』なんていう今や人権団体が真っ青になる小屋が開かれてました。                                                                                          

Pa0_0535 もちろん、縁日の「お化け屋敷」は今も健在です。

Pa0_0543 実家近くの露天の様子。
以前は東南アジア各国の露天市場が束になってもかなわねえだろっ!て程に道の両側に植木屋さん、ヤーさんっぽい人の縁日露天が立ち並んでいました。
現在は「緊急車両の通行を確保するため」として消防署から指導が入り、狭い路地では道の片側だけにお店が開かれてます。

縁日が待ち遠しくて仕方ない子供たちを実家に預け、私とカミさんは、祭りの喧噪とはかけ離れたカミさん実家の葡萄畑へ。
ここのところの高温で、葡萄もびっくりする位に成長が早く、農作業もせっぱ詰まっていたのでした。
Pa0_0546 日中はチョキチョキと、シザーハンズになって葡萄の剪定。
養分を集中させるため、余分な葡萄の実を切り落としていきます。
慣れない私は余分な枝の剪定だけでやっとですが、義父母たちはジベレリン液の漬け忘れが無いか確認しながらの剪定作業。
広大な畑で地道な作業。
人件費考えると、日本の農作物ってメチャメチャ販売価格が安価な気がします・・・なんて、作業に従事して初めて感じることではありますが。

夜はまたまた実家に戻り、子供の相手。

Pa0_0532 本日は乾物屋の露天で・・・

Pa0_0533 カボチャの実を買いました。娘も気に入ったらしくポリポリ食べてます。
私が松の実やカボチャ、ひまわりの種を食べるようになったのは、極真空手創始者、故大山倍達総裁の食生活に関する書籍に影響を受けたのが始まり。
 中国・台湾を一人旅するときも、食料品店で真っ先に買い込むのはこういった種子類ですな。こんな食品が存在するのは、すばらしい中国文化の一つだと思います。

Pa0_0549 翌朝、祭り最終日10日早朝の様子。
身動きもままならないほどに混み合った夜とは対照的にあまりに静かな、非日常と日常が入り乱れた光景。
お祭り最後の日、子供たちはどんな思い出を作るんでしょうか。

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韓国パク・ヨンソク隊、エベレスト南西壁完登にリーチ【5/12追記】

パク・ヨンソク率いる韓国隊がエベレスト南西壁「コリアンルート」を開拓、登頂にリーチがかかっている模様。
10~11日未明に頂上アタック、と東亜日報が伝えています。
私のブログなみに怪しげな邦訳記事が東亜日報日本語版に掲載されています。
南西壁を抜け頂上まで西稜を登らなければならないと悲壮な覚悟を決めている、という趣旨の記事から推測するに、コリアンルートは南西壁左手の岩稜をたどり西稜に抜ける、82年の旧ソ連隊のラインに近いのではないかと推測されます。
 91、93、07、08年とエベレスト南西壁に遠征を重ね、4名の遭難者を出した韓国隊。今回の頂上アタックの成功を祈ります。

【5/12追記】
5/10の東亜日報の続報によれば10日の頂上アタックは悪天(強風)のために延期。5月中旬に再アタックを計画中とのこと。

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クリス・シャルマ、韓国での一問一答

クリス・シャルマがスペイン人の彼女とともに韓国訪問、ソウンサン(禅雲山)でクライミングを楽しんだ模様。
月刊「山」が取り上げています。

世界最初に5.15を登ったクライマー、クリス・シャルマ訪韓、デモクライミング by 月刊山09年5月号
以下記事引用開始
(原文は長い記事ですが、めんどくさいので結末の一問一答のみ引用)
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クリス・シャルマ一問一答
“水のように自然に登るのが私のスタイルだ”

Q.禅雲山でのクライミングはいかがでした?
A.正確な岩質はわからないけど、火山の溶岩みたいな突起や手触りがおもしろい。韓国のクライマーたちの水準が高いということを実感した。山は韓国的な美しさが漂う。

Q.韓国訪問目的は?
A.イボルブ・クライミングチームの一員として、アジアツアー(ブランドの広報)のために来ました。今回のクライミングは、手強いルートに対する挑戦よりも各国のクライマーたちと楽しむためです。

Q.このごろ近況を教えてください?
A.スペインに滞在してプロジェクトのクライミング(高難易度の記録的なクライミング)を行っている。今とりかかっている岩は高さが15m程度だが、体操のように高難度のムーブが要求される難しい岩だ。過去には限定された時間にクライミングをしていたからストレスがとても多かった。もうクライミングを、ストレスを受けながらはやりたくない。今はライフスタイルが定着して、休み休み行っている。そうしてクライミングの実力も上がった。

Q.プロジェクトの選定基準は?
A.私の能力より上のルート、美しくて幻想的なルートを選んでいます。また、いつも新しいことを捜して挑戦しようと思っています。安住や惰性に流れないということが私の考えです。

Q.プロクライマーとして29歳という年齢は、若くはないが?
A.身体的な年令と関係なく、怪我をしないで少しずつ少しずつ成長して行くのが私の目標です。ハードなスポーツクライミング、高難易度の記録的なクライミングにいつも関心が向いています。どんなクライミングをしようが自分自身を全力投球するつもりです。

Q.登山の難易度が 5.15を過ぎてずっと高くなることが可能と思いますか?
A.今スペインでいくつかのプロジェクトを同時に進めている。その中で一番難しいのが 5.15c位になるかならないかと思います。5.15c~d、こんな感じでずっと発展すると思います。

Q.登るスタイルが、まるで流れる水のように自然ですね。
A.そうですね。水のように、自然に登ることが私のスタイルです。私は岩を見て「同調」できる時に登ります。無理やり強引に登るスタイルではありません。岩に没入した時、そんなやり方で登ります。私の内面の「音」にいつも聞き入ります。いっしょに登る時は、面白くなければなりません。

Q.今日のように人々の期待が大きい場合のクライミングはどうですか?
(訳注・韓国でのクライミングは取材陣、多くのギャラリーの中で行われた)
A.今日のクライミングは完全な私のスタイルではないけれど、職業としてのビジネスだからしなければならない部分です。そこに対するストレスはありません。

Q.パワーパワー(5.14c)を登った理由は?
A.やってみたくてトライしました。見て、これが一番難しいルートであると予想しました。再登するつもりはありません。
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以上記事引用おわり

クリス・シャルマが焼き肉喰ったとかキムパブ喰ったとかいう話題を期待してましたが・・・月刊「山」は堅い・・・。

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山の味・海の味

今の季節、我々山形県人の食卓には

Pa0_0519 コシアブラの天ぷら、タラの芽の天ぷら、コゴミのおひたし。

Pa0_0530 蕗の煮付け。

なんてのが 連 日 食卓に並ぶわけです。春の味ですな。

本日は、
Pa0_0531 訳ありで沖縄産モズクが手に入りました。
スーパーで売ってる、酢で味付け・カップ入りのモズクとは太さが違う!

塩抜きして味つけされてないモズク。
いつも食べてるカップ入りモズクのように酢で食べるのも芸が無いので、九州出張の折に百均で買った濃縮そばつゆで、ソーメンみたいにして食べました。モズクも太いので、いや、これがなかなか。

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富士山と台湾・玉山の「姉妹山」締結を支持する

台湾フリークな私には嬉しい話題。
日本の富士山と、台湾の玉山が「姉妹山」として交流を開始するという報道です。

この情報については、日・台では微妙にニュアンスの異なる報道がなされています。
チャンコロ人民凶悪国のご機嫌伺いに忙しい日本の主要マスゴミはスルーのようで、ネット上では山梨日日新聞が報じています。

日台の山岳団体が観光連携 富士山と玉山、市民レベルで登山交流 by 山梨日日新聞4/17

上記リンクの山梨日日新聞の報道では、あくまでも交流開始ということで「姉妹山締結」ということには触れられていませんが、台湾の人間福報は、『富士山、玉山 即將締結姊妹山』(富士山、玉山、まもなく姉妹山として締結)というタイトルで報道されています。

富士山、玉山 即將締結姊妹山 by 人間福報5/5

台湾側の報道では、玉山国家公園管理センターの発表として、8月26日をめどに姉妹山締結、富士吉田市長を台湾に招く計画と具体的な内容を報道しています。

ち・な・み・に、07年に富士山が中華人民凶悪国の泰山と姉妹山締結をしたときの、中国人民皆サマの反応はこちら↓

富士山・泰山「友好山」締結 中国人民皆様の声 by 月山で2時間もたない男とはつきあうな!07年11月24日

 NHKとかいう反日守銭奴放送局が主張するほど台湾人は反日思想に染まっていないと私は 実 体 験 か ら 考えておりますので、このたびの富士山・玉山の相互交流は嬉しく思います。
 ま、政治的なことは抜きにしても、玉山国家公園の進んだ管理方式は富士山の将来を考える上でも、大きなプラスになるのではないかと考えます。

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立花隆に感心している、迷える子羊さんへ。

今期のGWは所詮(山の)遠出もできないし、ということで幾つか読書。
Kcwgavu9しかしまあ、ネット・ブログ上などで評判の本ではあるが、膨大な蔵書を抱えてビルを建てたとか、秘書募集とか、早い話が常人とはかけ離れた自慢話タラタラ読んでいて皆さん面白いですか?

ただし、取材に至るまでの心掛けや準備段階は、社会人としてはためになるものでした。
よく拝見している山岳ライター女史の取材前のご苦労も伺えますな。まあ提灯記事書いてる三流アウトドアライター諸氏には関係のない話題ですが。ははは。

 しかし早熟早熟って対談中で立花は褒め称えられてるけど、小学生の頃に難解な外国文学読むのがそんなにすばらしいことですかね?
 こういうのもなんですが、私も小学生の頃に伏せ字だらけの『チャタレイ夫人の恋人』読んでましたが、そのなれの果てがスケベ親爺の私であって、それ以上得る物は何もないような気がしますけど。
 読書って、それなりの人生経験を経た歳と、その本の内容がマッチしたときに初めて『読書』として消化・吸収できるものだと思います。
 常人とはかけ離れた人間の読書論って、得る物も多いけど一歩距離を置いて読んだ方が無難ですな。私はあくまでも公立図書館を愛用する一般庶民、それで十分です。

00596513立花隆の自慢話を読んだ後は、久々に岩波文庫にかじりつく。ジョンストンの『紫禁城の黄昏』に突入~
 邦訳にはかなり問題点が指摘されている岩波版ですが、まあ批判する前に対象をじっくり知っておかなくてはね。

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韓国人が感じた冬富士 ゴー・ミスンの冬富士レポート

 かつてはコンペクライマーとして日本のロクソノ誌にも幾度か登場、現在は8000m峰14座全山登頂に挑戦中のゴー・ミスン女史が、高所順応のため日本の冬富士に登りました。
 その模様は韓国でテレビ放映されておりましたが、この程ゴー・ミスン自身による登山レポが韓国の登山雑誌『山』に掲載されました。

日本富士山“冬富士の風はヒマラヤに劣らないね!”女性高所クライマー、ゴー・ミスンの冬季日本富士山登山記 by 月刊山

以下記事引用開始
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日本最高の名山であると同時に、霊山である富士山(3,776m)。
円錐形の典型的な活火山の姿をしている富士山は、300余年前も火山爆発があった、生きている活火山だ。
日本人たちの崇拜と畏敬の対象であると同時に、それ以上の意味を持つ富士山を尋ねた。

金浦空港を出発してから1時間30分。
天気は晴れて東京に向かう機中でも万年雪に覆われた富士山が眺められた。東西35km、南北45kmに伸びている富士山は、空の上でも円錐状の均衡の取れた姿を見せた。
日本の人々は、夢に富士山を見れば、その年の願いが叶うと信じる。 ところが思うように富士山は夢に現われないと言われる。夢で富士山を見ると運が良く、富士山を見れば宝くじを買う日本人もいると言うほどに、霊山として信じられている。
「フジミ(訳注・富士見?)プレミアム」という言葉があるほどで、この言葉は家やホテル、温泉などで富士山の見える所はそれほど価格が高いという意味だ。

Pic1
険しい岩稜地帯を登って9合目に向かう隊員たち。吹雪が吹き荒れ苦労した区間だ。

 羽田空港に降り、山荘を運営しているノ・ジンガン先輩が出迎えに出ていた。
 東京から100km 離れている富士山へ行くには、東京の新宿で河口湖行きバスまたは近隣までの電車に乗ればよい。

 標高2,300mの五合目で山行開始

 格好よい木々とよく整備された道路を通って、2時間30分ほどで富士山の山行基点である一合目駐車場が現われる。
 富士山は下から頂上まで10等分して一合目から頂上に区分される。「合目」と言うのは、提灯に入れた油がすべて燃え上がって火が消える時までの距離と言われている。
 山登りはたいてい五合目から出発する。7、8月の山小屋開館シーズンには五合目まで車に乗って来て日の出を見る観光客が多いが、2ヶ月を除きすべての山小屋が門を閉めるから登山客には一人も会うことができないと言う。
 1,450mの駐車場から佐藤小屋がある五合目(2,300m)までは未舗装の道で時間をかけなければならない。五時間程経って周りが暗くなり始めたら、たちまちまっ暗になり河口湖の美しい夜景が目に入って来た。明るい十五夜の月が行く道を照らして気持ちもさわやかだった。

 Pic2
 1. 5合目に到着すると隊員たちは装備を身につけ行動する。ここからガリーが険しく、アンザイレンして登高しなければならなかった。/2.海抜 2,300mに位置した五合目佐藤小屋。一合目(1,450m)から徒歩で 3時間ほどかかる。

 小屋に到着して、気持ちの良い佐藤さんに出会ったら、凍った身が忽ち溶けるようだった。佐藤さんは 100年目にもなったこの小屋を守って4代目と言う。家の歴史を示すように、古い木製ピッケル、アイゼン、訪問者たちの写真などが壁をいっぱい埋めていた。彼は予約した私たちのために昼からあらかじめ暖炉を焚きつけていた。余裕のあるように積んだ丸太に、主人の寛大さが伺えた。

 一時間ほど経って現地ガイドである島田さんが到着した. 工学博士ながらも山が良くて山岳ガイドを生業にしている彼を見たら、真正なる山岳人の姿が伺えて親しく感じられた。KBS 1TV映像アルバム「山」のキム・ソクオン監督が仲間に初めて会ったように親しく挨拶した。 皆俳優になったように、引き受けた役割を果たしてくれた。
 (撮影)三回目でOKサインを受けた後、ノ・ジンガン先輩が重々しく持って来た三枚肉と、チョ・チャンゴン先輩が準備した度数の強い飲み物(?)で富士山の初日の夜は暮れた。 知人たちと一緒の山行はいつも幸せだ。なおかつ国内山行ではなくて海外山行なので楽しさが満ちる。
 夜 10時に消燈をして早く寝床に入った。誰かのいびきをかく音が子守歌に聞こえながら深い泥沼に入るように眠りについた。

 山行の中で滑れば五合目までまっすぐに滑落

 夜明け 4時、ご飯とみそ汁を軽く食べて出発準備を急いだ。富士山で青空が見られる日は一月に 4, 5日位に過ぎない。高山地帯であるうえ、太平洋で吹く風をそのまま受けるから雲・霧が立ち込める。午後になれば間違いなく強風を伴った雲が生じて、道に迷って苦労する登山客がたまにいると言う。
 アイゼンを蹴って凍りついた道を歩く音がまことに身軽かった。幸いに風は強くなく、十五夜の月は相変らず私たちの行く道を照らしてくれた。五合目からは登りやすい一本道だ。40分程経って六合目に到着した。富士山にはあちこちに山小屋があり、 トイレは皆有料、高く上がるほど値段が高くなる。今は守る人がいないから無料だ。火山地帯で泉も谷もないところに雨が降っても水がたまらないため、山小屋では雨水を貯めて使う。
 六合目から荒れてさびしい道を登り、七合目小屋に到着した。七合目からは傾斜があるから火山灰や落石, 雪崩から登山客を保護するために木柵が設置されてある。日本人たちの几帳面な安全対策をうかがうことができた。

 富士山の日の出は、海や山に浮び上がるのではなく空の雲の間に浮かび上がる。
 荘厳な光景が圧巻だ。そのため夏には日の出を見ようと登る人が多いと言う。八合目からは雲海が足下に広がり始める。傾斜がきつく登山道どおりに登らなければならない。雪が結構積もっていて落石はないが、転ばないように愼重に登る。ジグザグに歩きながら呼吸を調節した。2,300m 高さの五合目から3776mの頂上まで一回で登れば、高所に適応できない一般人は高山病の症状が始まり、疲れも加わって下山中の滑落事故につながる。こちらでも大部分の事故は滑落による事故と言う。木一本、草一株もないため、墜落すれば五合目まであっという間に滑落してしまう。

 私たちは撮影のためにアンザイレンして登り始めた。各々登れば楽なのだが、ロープを結べば自分勝手に行くことはできない。二人が疲労のため下山した。撮影チームは内心で快哉を叫んだ。仲間が全員登れば視聴者たちは冬季富士山を易しく思い、断念する人がいれば準備を堅実に、慎重にして登れる山だというストーリーが自然に展開されるからだ。

Pic3
 1.山中湖から眺めた富士山。典型的な円錐形態の姿を見せている。 / 2.五合目を出発してから 8時間後の午後1時頃に到達した富士山頂上。現地ガイドは午後 1時なら間違いなく雲が上がって来て頂上を覆うから急いで山から下りなければならないと強調した。こちらには日本で一番高い所に位置した郵便局がある。料金は 450円(約 6,800ウォン)で高いが、富士山から送った手紙を受けとれば気持ちが良さそうだ。

 八合目と九合目の間は熔岩が冷えて固まった岩が静かに座っている。風がますます荒くなった。ずっと上り坂なので休むたびにしきりに後を見た。昨夜素敵な夜景を飾った都市を昼に見たら、あちこちに湖を抱いていた。富士五湖と呼ばれる五つの湖は、富士山の噴火による火山活動で流れこんだ熔岩が谷を阻んで形成され、四方が山で取り囲まれてきれいな水質を誇る。不思議だった。大きな湖がどうやってできたのだろうか。

 登っている途中、今まで歩いて来た道を振り返るたび、あの下からここまで来たというのが信じられなかった。富士山は円錐状だから谷や衛星峰がなく、通り過ぎた道がすべて見える。 私の通り過ぎた道は平坦な所もあって、登山道もあって、岩壁もある。人生と言うのはこのようなものなのか? 大変な事を経験してからは良いことが生ずるものと決まっているように、一歩一歩積み重ねて至る頂上だった。

Pic4
1 富士山頂上標識で記念撮影した隊員たち。左側から筆者、パク・ホソン、 ガイドの島田さん。/ 2.五合目と九合目の間のガリー。アイゼンを装着した隊員たちがピッケルを利用してジグザグ登高している。

 頂上に立てばその間の苦労を皆忘れるようになる。 一番高い所で下を見下ろしながら胸がいっぱいになるだけだ。何回も経験しているが、上を見て登る時は瞬間瞬間が大変だが、期待と胸のときめきが大部分をしめる。しかし、常に耐えることができるだけの恐ろしさも一緒にある。

 頂上で “大韓民国万歳! 万歳! 万歳!” 叫んで

 富士山頂上には二つの頂上がある。山小屋近くに頂上があるが、噴火口がある所が実質的な頂上だ。水一滴見えない噴火口は深みが 200~250mの切り立った絶壁だから下ることができない。日本アルプスの壮大な山なみが見える頂上には、最大探知距離600kmのレーダーを取り揃えた気象観測所があって、毎日の頂上の温度が分かる。
 頂上では耐え難い位の強風が吹き付けた。体感温度は零下 30℃を越すようだった。20分後遅れたメンバーが到着するやいなや行動食を食べる。早く撮影を終わらせて下がりたいのに、彼は凍りついたヤンヤンギャン(訳注・韓国の製菓メーカー・ヘテ社の羊羹)を食べていた。彼の鼻先はたちまち凍りそうで、早くバラクラバを使いなさいと大声を出した。
 寒いがただ一回で撮影を終わらせようとすれば、笑わなければならない。太極旗を振って拳を握って「大韓民国万歳! 万歳! 万歳!」
 海外登山は初めてと言いながら、パク・ホソンさんがカメラを回すとアナウンサーみたいだった。

 遠く感じられた富士山と、雲の間に見下ろされる河口湖とその街並は、いつのまにか「近い友」になっていた。
 神様が生きている神聖な山として、昔から霊峰として崇拜されて来た山。70余個の富士山の寄生火山たちが、周辺を屏風のように取り巻いている。
 胸いっぱいの、生きている幸せを満喫した。

 文 ゴー・ミスン(コーロンスポーツ・チャレンジチーム)
 写真 コ・サモ
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以上記事引用終わり

 8000m峰14座登頂をめざし、昨年はK2で危うい目に遭ったゴー・ミスン女史ですが、富士山に対する畏敬の念、何より「登っている時の幸福感」がよく表れているレポートですね。
 ちなみに、私も滞韓中の山行で現地の方から羊羹もらいましたが、やっぱり美味しいです。あれは。
 私も見合いの数ほどに冬富士は登りましたが、

 『登っている途中、今まで歩いて来た道を振り返るたび、あの下からここまで来たというのが信じられなかった。富士山は円錐状だから谷や衛星峰がなく、通り過ぎた道がすべて見える。 私の通り過ぎた道は平坦な所もあって、登山道もあって、岩壁もある。人生と言うのはこのようなものなのか? 大変な事を経験してからは良いことが生ずるものと決まっているように、一歩一歩積み重ねて至る頂上だった。』

というゴー・ミスンの言葉は、冬富士に登られた方なら誰もが納得する想いではないでしょうか。

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リサイクル!リサイクル!

ロシアの某クライミングサイトより。
いやあ、さすが北国、北国。
(↓クリックして拡大してご覧くだされ)

Ski

我が山形県では山形県北部(最上地方)で の み 盛んなクロカンスキーですが、あれだけ多数のクロカンスキー人口抱えながら、中古板はどこに消えるんでしょうねえ・・・

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ごほうび

今日は会社の日直当番。
会社図書室にある中国関連本と、人民日報日本語版で中国情報収集。

会長が出社あそばれ、社外視察後、「おい、もってけ。」と頂戴したのが・・・

Pa0_0525 乃し梅本舗佐藤屋の最中 15個 入った紙袋\(^ ^)/

葡萄畑で奮闘しているカミさん実家のお茶菓子に持ってきます。

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スローライフ in 葡萄畑

都会の岳人の皆様、GWで北アや各山岳地帯に遠征中のこととお喜び申し上げます。
都会の皆様に美味しい葡萄を食べてもらおうと、カミさんの実家の葡萄畑で一日畑仕事。

ここ山形盆地南部、上山から南陽にかけては火山性の丘陵地が葡萄に合うのだろうか、葡萄の栽培が盛ん。
一升瓶に詰め込んだワインで知られる「タケダワイナリー」もここの近所だ。
時折拝見しているブログ『Wein, Weib und Gesang』様のように、ワインをたしなむ方なら葡萄と土壌に関して深い考察もできようというものだが、残念ながら私にとっての葡萄は生食専門だ。

Pa0_0524 今日の仕事は「ジベ漬け」と呼ばれる、葡萄の「ジベレリン処理」。
時期的なものがあるらしい、ここのところの暖かさで葡萄の成長も早く急がなければならないらしい。
一家総出どころでなく、義父母、義兄夫婦、私たち夫婦にカミさん実家の親類夫婦も交えた一族総出で作業。

Pa0_0523 まだ小さい小さい葡萄の実に、植物ホルモン剤であるジベレリン(画像の赤紫色の液体)を浸していく作業。これによってデラウェアの種なし葡萄ができあがるのだ。
この葡萄棚、150~160センチ高の顔あたりに番線のメッシュが張ってあり、頭や顔を葡萄棚にぶつけないよう気を遣う。何より、ずっと腕を上げっぱなしなので長時間になると結構きつい。

 私はなにぶん素人なので、ジベレリン液を浸すだけで精一杯だが、義父母たちは余計な実の剪定も同時にこなしながらの作業である。いやはや、葡萄を作るのも大変だ。
 作業は一服や昼食・昼寝を入れながら丸一日続く。畑は広いので、5月上旬は葡萄に関わる作業にカミさんが手伝いに行く。
 スローライフとは、ハードライフでもある。

Pa0_0520 葡萄畑のハウスの中で、田植えを待つ稲の苗。

鳥の声を聞きながら一日を葡萄畑で過ごす。
こんな職業もあるのだな、と思いながら。

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段ボールでピザを焼こう

ついに我が娘、山形県朝日少年自然の家デビューの日。

本日のプログラムは『段ボールでピザを焼こう』。(PDFファイル)
段ボール製のオーブンでピザを焼くという、クラフト系のブログラム。
料理好きな娘には、いきなり山の中を歩き回るよりも、クッキング系プログラムがよいのではと画策。
娘は小1ということもあり、私はサポーターではなく保護者として完全に参加者として申し込む。

当日は99名の参加者が集まった。
プログラムの性格上、親子連れがとても多い。
うちの娘、へたに父親が付き添っているせいか「出会いの集い」でも私にべったりで、サポーターのお兄さんから「先生のお話聞いてる?」と注意が飛ぶ。恥ずかしいー

Pa0_0513 まずはみんなで生地をコネコネ。一緒の班になった西川町のAさん親子、小4、小3の姉妹と一緒に作る。うちの娘、妹さんの方にはとても可愛がってもらい、今日の活動もスムーズに行った。

Pa0_0512 体育館の外、太陽の下で生地を寝かせます。

Pa0_0510 生地を寝かせている間、段ボールでオーブンを作ります。焼酎ケースの段ボールをいったんバラしたもので、両面テープでアルミホイルを貼り付け、再び組み立てたもの。
箱にバーベキュー串を4本刺しこみ、焼き網が2段に入るようにしてあります。

Pa0_0508 寝かせた生地が膨らんでいるのに子供たちはびっくり・大喜び。
ピーマン・タマネギ・シメジを切り、とろけるチーズと共にもりつけます。
娘はハート型のピザを作りました。

Pa0_0507 ピザが焼ける仕組み。段ボールオーブンの下に、着火したキャンプ用木炭を乗せたトレイを入れ、箱の蓋をして閉じます。木炭の輻射熱を利用します。(写真は箱が少しタイトなのでトレイが斜めになってます)

Pa0_0506 体育館脇にずらりと並んだみんなのオーブン。
焼いている間は子供たちの遊び時間になるわけですが、子供たちは興味津々、時折やってきては「中みたいー、中みてみたいー」と騒ぎます。何度も開けて熱が逃げてしまい、ウチの班はできあがりが遅い・・・
所長先生やサポーターのマサさんに熱々の木炭を追加してもらい、どうにかこうにか焼き上げました。

Pa0_0504 焼き上がったピザ。
ピザ好きの娘、自分で作ったということもあって美味しい美味しいと食べてました。

 こういったクラフト系のプログラム、自然に触れるという活動ではありませんが、別れの集いの感想発表で、ある子供が述べてました。普段は(店で)売っている食べ物を、自分で作ったことが嬉しかった、と。自分たちの食生活・食の環境を少しでも振り返ってもらうきっかけになればいいなと思ってます。

 私は自分の子供にモノ作りを通じて、他の学校、異なる学年の子供と広く接してもらいたいと考えてましたが、お友達もできて本日はなんとか大成功。

 山形県朝日少年自然の家では、6月には『竹でマイカップと箸作り、流しソーメン』を企画しています。
 親子連れでぜひどうぞ。

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生と死

叔父の葬儀参加のため、30日~1日と一泊二日の東京行き。
ただし、父含む年寄り爺7人引率。
乗車券と特急券の区別もわからない、JRと私鉄の違いもわからないお年寄りをエスコートしての二日間。
10kmマラソンのゴール後、「すみませんが今来た道走って戻ってください」と言われるような疲労感。

葬儀場のある東京、多摩市に到着。
葬儀場の裏にある川に年寄りたちが鯉を見つけ、
「鯉泳いっだず」(訳・鯉が泳いでいるぞ)
「誰も釣らねんだべが?」(訳・誰も釣らないのですか?)
そして鯉の洗いや鯉の肝喰ったとか、鯉の話題で小一時間過ごす。

告別式が終わり、火葬場へと向かうマイクロバスに乗る。
年寄りたちは、緑豊かな多摩市の森や緑地に目を向け、
「あそごさワラビみだいな生えっだず!」(訳・あそこにワラビのような植物が生えているよ)
と騒ぎ出す。

東京の自然保護系NPOのお上品な方々と違い、山形の爺どもは

自然 = 喰える

という発想 しか 頭にないことがよぉ~くわかった二日間。

年寄りたちのエスコートに少し疲れ、葬儀場の近くのコンビニで東京新聞と産経新聞を買って読む。
気晴らしに外の空気を吸いに行く。
ご遺体の入った棺から、ほんの十数メートル離れた庭先の笹にカマキリの卵を発見。

Pa0_0502

孵化した無数のカマキリが、笹の葉に群がっている。
死者の傍らで繰り広げられる、生命あふれる光景に、しばし私は見とれていた。

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