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【訃報】アキレ・コンパニョーニ氏 逝去

1954年のイタリア隊におけるK2初登頂者の一人、アキレ・コンパニョーニ(Achille Compagnoni)氏がイタリア・アオスタの病院で亡くなりました。享年94歳でした。

Aosta, muore Achille Compagnoni by Montagna.tv5/13

Compagnoni1 54年のイタリア隊によるK2初登頂については、当時、「登頂は隊全体の名誉」として登頂者の名前を公表しないという措置が取られました。古書店で当時発売された「山と渓谷」誌を確認した事がありますが、実際そのとおりでした。
 しかし世界第2位の高峰初登の記録が明らかになるにつれ当然事実は明らかになるわけで、アキレ・コンバニョーニ、リノ・ラチェデリの名前が世界に知れ渡ります。

 アキレ・コンパニョーニ氏は54年イタリア隊の中では、実はそう目立ったクライマーではありません。コンパニョーニ家はイタリアのスポーツ界の名家・競技スキーの名門一族として知られていました。そんなスキーヤー一族の最も年下だったアキレ・コンパニョーニは跡継ぎとなる兄たちの陰に隠れた存在で、若くして軍に入隊、そこで登山と出会います。

 コンパニョーニはジノ・ソルダと共にK2隊を牽引する立場として活動しましたが、ボナッティの『わが山々へ』を読み返すと、虎視眈々とコンパニョーニに取って代わろうとするボナッティの野心を私は感じます。
 結果的に54年のイタリア隊はK2初登頂に成功しましたが、頂上アタックにおけるメンバー間の齟齬はボナッティを精神的に傷つけることとなります。
 近年、54年K2隊におけるボナッティの名誉回復がイタリアのメディアを賑わせましたが、マナスルが「日本人の山」と称されるように、イタリア人にとってはK2は「イタリア人の山」なのでしょう。

 ちなみに、ボナッティが必死の想いで荷揚げした酸素ボンベを探り当てたコンパニョーニが懐から取り出したのは、コニャックでした。さすがは酒文化の深いイタリア人ですな。
 
 隊の中では決して秀でたクライマーではありませんでした。ボナッティとの齟齬をきたしたやりとり、下降中には岩場で転落しパートナーのラチェデリのおかげで救われるなど、スマートな登山とはいえませんでしたが、名だたるクライマーの間で発揮したその頑張りは、やはりK2初登頂にふさわしいものだったのではないでしょうか。

 あらためて、アキレ・コンパニョーニ氏のご冥福をお祈り致します。

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