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韓国人が感じた冬富士 ゴー・ミスンの冬富士レポート

 かつてはコンペクライマーとして日本のロクソノ誌にも幾度か登場、現在は8000m峰14座全山登頂に挑戦中のゴー・ミスン女史が、高所順応のため日本の冬富士に登りました。
 その模様は韓国でテレビ放映されておりましたが、この程ゴー・ミスン自身による登山レポが韓国の登山雑誌『山』に掲載されました。

日本富士山“冬富士の風はヒマラヤに劣らないね!”女性高所クライマー、ゴー・ミスンの冬季日本富士山登山記 by 月刊山

以下記事引用開始
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日本最高の名山であると同時に、霊山である富士山(3,776m)。
円錐形の典型的な活火山の姿をしている富士山は、300余年前も火山爆発があった、生きている活火山だ。
日本人たちの崇拜と畏敬の対象であると同時に、それ以上の意味を持つ富士山を尋ねた。

金浦空港を出発してから1時間30分。
天気は晴れて東京に向かう機中でも万年雪に覆われた富士山が眺められた。東西35km、南北45kmに伸びている富士山は、空の上でも円錐状の均衡の取れた姿を見せた。
日本の人々は、夢に富士山を見れば、その年の願いが叶うと信じる。 ところが思うように富士山は夢に現われないと言われる。夢で富士山を見ると運が良く、富士山を見れば宝くじを買う日本人もいると言うほどに、霊山として信じられている。
「フジミ(訳注・富士見?)プレミアム」という言葉があるほどで、この言葉は家やホテル、温泉などで富士山の見える所はそれほど価格が高いという意味だ。

Pic1
険しい岩稜地帯を登って9合目に向かう隊員たち。吹雪が吹き荒れ苦労した区間だ。

 羽田空港に降り、山荘を運営しているノ・ジンガン先輩が出迎えに出ていた。
 東京から100km 離れている富士山へ行くには、東京の新宿で河口湖行きバスまたは近隣までの電車に乗ればよい。

 標高2,300mの五合目で山行開始

 格好よい木々とよく整備された道路を通って、2時間30分ほどで富士山の山行基点である一合目駐車場が現われる。
 富士山は下から頂上まで10等分して一合目から頂上に区分される。「合目」と言うのは、提灯に入れた油がすべて燃え上がって火が消える時までの距離と言われている。
 山登りはたいてい五合目から出発する。7、8月の山小屋開館シーズンには五合目まで車に乗って来て日の出を見る観光客が多いが、2ヶ月を除きすべての山小屋が門を閉めるから登山客には一人も会うことができないと言う。
 1,450mの駐車場から佐藤小屋がある五合目(2,300m)までは未舗装の道で時間をかけなければならない。五時間程経って周りが暗くなり始めたら、たちまちまっ暗になり河口湖の美しい夜景が目に入って来た。明るい十五夜の月が行く道を照らして気持ちもさわやかだった。

 Pic2
 1. 5合目に到着すると隊員たちは装備を身につけ行動する。ここからガリーが険しく、アンザイレンして登高しなければならなかった。/2.海抜 2,300mに位置した五合目佐藤小屋。一合目(1,450m)から徒歩で 3時間ほどかかる。

 小屋に到着して、気持ちの良い佐藤さんに出会ったら、凍った身が忽ち溶けるようだった。佐藤さんは 100年目にもなったこの小屋を守って4代目と言う。家の歴史を示すように、古い木製ピッケル、アイゼン、訪問者たちの写真などが壁をいっぱい埋めていた。彼は予約した私たちのために昼からあらかじめ暖炉を焚きつけていた。余裕のあるように積んだ丸太に、主人の寛大さが伺えた。

 一時間ほど経って現地ガイドである島田さんが到着した. 工学博士ながらも山が良くて山岳ガイドを生業にしている彼を見たら、真正なる山岳人の姿が伺えて親しく感じられた。KBS 1TV映像アルバム「山」のキム・ソクオン監督が仲間に初めて会ったように親しく挨拶した。 皆俳優になったように、引き受けた役割を果たしてくれた。
 (撮影)三回目でOKサインを受けた後、ノ・ジンガン先輩が重々しく持って来た三枚肉と、チョ・チャンゴン先輩が準備した度数の強い飲み物(?)で富士山の初日の夜は暮れた。 知人たちと一緒の山行はいつも幸せだ。なおかつ国内山行ではなくて海外山行なので楽しさが満ちる。
 夜 10時に消燈をして早く寝床に入った。誰かのいびきをかく音が子守歌に聞こえながら深い泥沼に入るように眠りについた。

 山行の中で滑れば五合目までまっすぐに滑落

 夜明け 4時、ご飯とみそ汁を軽く食べて出発準備を急いだ。富士山で青空が見られる日は一月に 4, 5日位に過ぎない。高山地帯であるうえ、太平洋で吹く風をそのまま受けるから雲・霧が立ち込める。午後になれば間違いなく強風を伴った雲が生じて、道に迷って苦労する登山客がたまにいると言う。
 アイゼンを蹴って凍りついた道を歩く音がまことに身軽かった。幸いに風は強くなく、十五夜の月は相変らず私たちの行く道を照らしてくれた。五合目からは登りやすい一本道だ。40分程経って六合目に到着した。富士山にはあちこちに山小屋があり、 トイレは皆有料、高く上がるほど値段が高くなる。今は守る人がいないから無料だ。火山地帯で泉も谷もないところに雨が降っても水がたまらないため、山小屋では雨水を貯めて使う。
 六合目から荒れてさびしい道を登り、七合目小屋に到着した。七合目からは傾斜があるから火山灰や落石, 雪崩から登山客を保護するために木柵が設置されてある。日本人たちの几帳面な安全対策をうかがうことができた。

 富士山の日の出は、海や山に浮び上がるのではなく空の雲の間に浮かび上がる。
 荘厳な光景が圧巻だ。そのため夏には日の出を見ようと登る人が多いと言う。八合目からは雲海が足下に広がり始める。傾斜がきつく登山道どおりに登らなければならない。雪が結構積もっていて落石はないが、転ばないように愼重に登る。ジグザグに歩きながら呼吸を調節した。2,300m 高さの五合目から3776mの頂上まで一回で登れば、高所に適応できない一般人は高山病の症状が始まり、疲れも加わって下山中の滑落事故につながる。こちらでも大部分の事故は滑落による事故と言う。木一本、草一株もないため、墜落すれば五合目まであっという間に滑落してしまう。

 私たちは撮影のためにアンザイレンして登り始めた。各々登れば楽なのだが、ロープを結べば自分勝手に行くことはできない。二人が疲労のため下山した。撮影チームは内心で快哉を叫んだ。仲間が全員登れば視聴者たちは冬季富士山を易しく思い、断念する人がいれば準備を堅実に、慎重にして登れる山だというストーリーが自然に展開されるからだ。

Pic3
 1.山中湖から眺めた富士山。典型的な円錐形態の姿を見せている。 / 2.五合目を出発してから 8時間後の午後1時頃に到達した富士山頂上。現地ガイドは午後 1時なら間違いなく雲が上がって来て頂上を覆うから急いで山から下りなければならないと強調した。こちらには日本で一番高い所に位置した郵便局がある。料金は 450円(約 6,800ウォン)で高いが、富士山から送った手紙を受けとれば気持ちが良さそうだ。

 八合目と九合目の間は熔岩が冷えて固まった岩が静かに座っている。風がますます荒くなった。ずっと上り坂なので休むたびにしきりに後を見た。昨夜素敵な夜景を飾った都市を昼に見たら、あちこちに湖を抱いていた。富士五湖と呼ばれる五つの湖は、富士山の噴火による火山活動で流れこんだ熔岩が谷を阻んで形成され、四方が山で取り囲まれてきれいな水質を誇る。不思議だった。大きな湖がどうやってできたのだろうか。

 登っている途中、今まで歩いて来た道を振り返るたび、あの下からここまで来たというのが信じられなかった。富士山は円錐状だから谷や衛星峰がなく、通り過ぎた道がすべて見える。 私の通り過ぎた道は平坦な所もあって、登山道もあって、岩壁もある。人生と言うのはこのようなものなのか? 大変な事を経験してからは良いことが生ずるものと決まっているように、一歩一歩積み重ねて至る頂上だった。

Pic4
1 富士山頂上標識で記念撮影した隊員たち。左側から筆者、パク・ホソン、 ガイドの島田さん。/ 2.五合目と九合目の間のガリー。アイゼンを装着した隊員たちがピッケルを利用してジグザグ登高している。

 頂上に立てばその間の苦労を皆忘れるようになる。 一番高い所で下を見下ろしながら胸がいっぱいになるだけだ。何回も経験しているが、上を見て登る時は瞬間瞬間が大変だが、期待と胸のときめきが大部分をしめる。しかし、常に耐えることができるだけの恐ろしさも一緒にある。

 頂上で “大韓民国万歳! 万歳! 万歳!” 叫んで

 富士山頂上には二つの頂上がある。山小屋近くに頂上があるが、噴火口がある所が実質的な頂上だ。水一滴見えない噴火口は深みが 200~250mの切り立った絶壁だから下ることができない。日本アルプスの壮大な山なみが見える頂上には、最大探知距離600kmのレーダーを取り揃えた気象観測所があって、毎日の頂上の温度が分かる。
 頂上では耐え難い位の強風が吹き付けた。体感温度は零下 30℃を越すようだった。20分後遅れたメンバーが到着するやいなや行動食を食べる。早く撮影を終わらせて下がりたいのに、彼は凍りついたヤンヤンギャン(訳注・韓国の製菓メーカー・ヘテ社の羊羹)を食べていた。彼の鼻先はたちまち凍りそうで、早くバラクラバを使いなさいと大声を出した。
 寒いがただ一回で撮影を終わらせようとすれば、笑わなければならない。太極旗を振って拳を握って「大韓民国万歳! 万歳! 万歳!」
 海外登山は初めてと言いながら、パク・ホソンさんがカメラを回すとアナウンサーみたいだった。

 遠く感じられた富士山と、雲の間に見下ろされる河口湖とその街並は、いつのまにか「近い友」になっていた。
 神様が生きている神聖な山として、昔から霊峰として崇拜されて来た山。70余個の富士山の寄生火山たちが、周辺を屏風のように取り巻いている。
 胸いっぱいの、生きている幸せを満喫した。

 文 ゴー・ミスン(コーロンスポーツ・チャレンジチーム)
 写真 コ・サモ
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以上記事引用終わり

 8000m峰14座登頂をめざし、昨年はK2で危うい目に遭ったゴー・ミスン女史ですが、富士山に対する畏敬の念、何より「登っている時の幸福感」がよく表れているレポートですね。
 ちなみに、私も滞韓中の山行で現地の方から羊羹もらいましたが、やっぱり美味しいです。あれは。
 私も見合いの数ほどに冬富士は登りましたが、

 『登っている途中、今まで歩いて来た道を振り返るたび、あの下からここまで来たというのが信じられなかった。富士山は円錐状だから谷や衛星峰がなく、通り過ぎた道がすべて見える。 私の通り過ぎた道は平坦な所もあって、登山道もあって、岩壁もある。人生と言うのはこのようなものなのか? 大変な事を経験してからは良いことが生ずるものと決まっているように、一歩一歩積み重ねて至る頂上だった。』

というゴー・ミスンの言葉は、冬富士に登られた方なら誰もが納得する想いではないでしょうか。

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