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今日は

今日は
昨日は青森、今日は山梨、流浪の土木作業員人生。
登山家Kさんの追悼展みる機会もありません。あるのは、ただただ広い葡萄畑。

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酒田市 小松屋

アクアスロンなんて疲れる事した後は甘いモノでしょ!?

Pa0_0649 レース後、酒田の和菓子店、『小松屋』に向かう。
歴史に詳しい方ならご存じのように、酒田は「北前船」による京都・関西の文化が流れているところ。
雛菓子で有名なお店です。
表通りから少し離れた、静かな場所に店を構えてました。

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本日買い求めたのは、左から「山居草子」「本女鶴の雫餅」「呉竹最中」。

特筆すべきは、「山居草子」「呉竹最中」でしょうかね。
ほのかに海苔の風味がする甘い和菓子です。
あー、海っぱたの街で買ったお菓子だなー、という感じ。

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「呉竹最中」は「呉竹羊羹」と並んで小松屋の名物のようですが、真ん中の膨らみがリアルに本物の竹を思わせます。
で中身ですが・・・
緑も鮮やかな、海苔風味の餡。
あまりに鮮やかな緑なのでパッケージを確認すると、着色料をふんだんに使ってますな。

「色も味わう」と思うか、「着色料使ってんのか」と思うか、評価が分かれるところかもしれません。

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一期一会

山岳ガイドは体力が命。
つーわけで、日曜日、第24回みなと酒田トライアスロンおしんレースのアクアスロン部門に参戦。

Pos09_2 アクアスロンとは、スイム+ランの2種目で構成されたレース。
バイク(自転車)レースの交通規制が困難な東京近辺では盛んに開催されているが、東北で開催されるのは珍しい。長い開催歴を誇るおしんレースでもアクアスロンは今年初開催。栄えある第一回のレースにエントリーしていた。
自転車が無いので一見楽に思われるかもしれないが、私の予想では水分補給がキーポイントになると考えていた。通常のトライアスロンならバイクパートで車載したボトルからの水分補給が可能であるが、水泳を終えた後、すぐにランニングになるアクアスロン。この予想が、実に悪い形で現実になる。

アクアスロンは11時30分スタートなので、朝5時に山形市の自宅を出る。
途中の月山越えではワイパーを最速にしなければならないほどの豪雨。
気温も低く、念のためランシャツ・ランパンとは別にトライアスロン用ウェアも持ってきていた。もとより保温性など期待できるウェアではないが、露出度の高いランシャツよりマシであろう。

Pa0_0651 会場の酒田北港に到着。
トライアスロンは8時30分スタート。
トップ選手の走りを見学しつつ、緊張感をふりはらいながらレースの準備をする。
雨雲もいつのまにか消え、雄大な残雪の鳥海山がクッキリ見えてきた。(携帯で撮った画像には残念ながら写ってない)
こんな鳥海山をバックにレースができてシアワセ。
と、思っていたのもつかのま、やがて日差しは強烈に強くなり、汗ばむほどになってきた。

Pa0_0656 受付でレースナンバーを書いてもらう。
10時45分、スイム会場にて競技説明。
アクアスロン・個人の部参加者は12名。
ええ゛~俺ビリに決まったじゃんじゃかじゃ~ん。
あまりに少ない参加者に、かえって仲間意識を持つ。
ウエットスーツを着込み、入水チェックを控えてストレッチしている頃には、強い日差しで汗がどっと噴き出てくる。

トライアスロン部門は、トップ選手が既にゴールし始めており、人数の少ないアクアスロン部門のスタートは応援者もまばらな、静かな会場。
水温20度。
皆でスタートラインの海中に入る。
「スタート3分前」のコールがかかる。
えー、こんな冷たい海水にあと3分も入ってんのかよ・・・とテンションは上がらない。
そしてスタートのサイレンが鳴る。
酒田北港の防波堤内に張られたワイヤーに沿って、250m往復の計500m泳ぐ。
呼吸の吐く方を強く意識して、ひたすら泳ぐ。
「もう折り返し近いよな」
と思い、ヘッドアップ(トライアスロン特有の、泳ぎながら頭を上げて周囲を確認すること)してみると、折り返し点のブイは遙か彼方。
気力が萎えそうなので、もうヘッドアップせずひたすら泳ぐ。

500mを示す三角ブイに到着。
少し泳ぎ、もう泳ぐくらいなら歩いた方がはえーよ。と思い立ち上がる。
毎度のことながら、スイムの後は身体に大リーグ養成ギブスを付けるとこうなるのではないか、というくらいに身体が重い。
ウェットスーツを脱ぎながらトランジションに走る。
おおかたの参加者は既にランに出た後。
ソックスを履くのもめんどくせえ、と感じるが、ここで慌てると後で泣きを見る、と自分に言い聞かせる。
ソックスを履き、ランシューズを履き、ヴァームを飲み、ゼッケンベルトを付け、走り出す。
なんとなくふがいない自分にいらだち、
「あ゛ーっ!!」
と叫んでみる。

・・・と、格好付けるのも一瞬で、またたくまに身体は重くなり、走りもマイペースになる。
とにかく日差しが強い。舗装道路の照り返しも強い。
レース前には考えられないほど、暑さとの戦いとなる。
ランパートは5km。
たった5kmなのに、折り返し点は遙か彼方にみえる。
(おしんレースはランコースが枝状になっているため、折り返し点が3~4箇所存在する)
あれ?
先行してるアクアスロン部門の選手が向こうから逆走してくる。
もしかして、今走ってるトコも往復すんの~?
競技説明書に書いてある地図をしっかり頭にたたき込んだつもりだったが、一本往復するルートを失念していた(笑)
あーダメだ。暑い。
この時の私の頭の中身↓

K
棄権。棄権。棄権。(エヴァンゲリオン風字幕。)

途中歩き出すが、気を取り直して再び走る。
給水所では必ず立ち寄り水分補給、スポンジを受け取り頭から水を被り、出発。
どうにかこうにか、ゴール。
気力も尽きかけたのに、何故再び走り出せたのか、走り抜くことができたのか、正直わからない。
こういう苦しいとき、家族の姿なんぞ思い浮かばない。
「じぶんに負けないっ!」
と、体育系クラブ活動の中学生みたいな台詞は、何度も言い聞かせていた。
まあ普段おとなしく「いい人」ぶってる自分には、こういう闘争心をかき立てる機会も、必要だ。

トライアスロンはチームやクラブ単位で活動されている方が多い。
私のように一人で活動している人間は、むしろ少ないのではないだろうか。
心細いとは思わないが、周囲で団体さんがゴール後盛り上がっているとやはり寂しい。
いや、受け身じゃダメだよな。
アクアスロン最終走者が走ってきたので、スタッフに混じりゴール前にて拍手で迎える。

アクアスロンには障害者団体の方が一名参加しており、とてもフレンドリーな方でした。
聾唖の方でしたが、レース会場各所で会う度、身振り手振りで「会話」していました。
レース後、トランジションに残していたウェットスーツを片づけながら、「海水飲んで喉痛かったね」と、他愛もない話題なのですが。

トランジションに残していた私物を片づけ、車でゴール会場に戻っている途中(おしんレースはスイム会場とゴール会場がえらく離れている)、ウェットスーツを抱えながら歩いている方発見。最終走者の方でした。
暑い中大変なので、車に乗っていきませんか、と誘う。
車の中でレース会場の感想など語り合う。
もう出会える機会も滅多にないでしょうが、同じレースを走り抜いた方との交流は楽しい。

アクアスロン部門の選手の皆様、大会スタッフの皆様、お世話になりました。
そして、良い休日をありがとうございました。

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スパンティーク韓国隊隊長 キム・ヒョンイル

今夏スパンティーク北西壁をめざす韓国隊隊長キム・ヒョンイル氏については、当ブログでも過去にちょろっと取り上げました(最近は自分のブログ読み返すのもめんどくさい)

 自分を受け止めるということ。(06.02.13)

氏の近況が月刊「山」にとりあげられました。

[ピープル]光る壁スパンティーク北西壁に挑戦するK2エクストリームチーム キム・ヒョンイル隊長「極限の登攀から最高の達成感を感じたい」 by 月刊「山」6月号

以下記事引用開始
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2009060800767_0 キム・ヒョンイル氏(41歳、ソウル市山岳連盟理事・教育技術委員会副委員長)が再び高所のビッグウォール新ルートに挑戦する。キム氏は4名の後輩クライマーとともにパキスタンのスパンティーク(7,027m・別名ゴールデンピーク)北西壁にコリアン ルートを開拓する野心に満ちた計画で6月2日出国する。スパンティク北西壁は標高差2,100mのミックス壁だ。

キム氏は90年代末以降、韓国を代表するビッグウォール登攀を実践してきた。1999年エクストリームライダー(訳者注・韓国の登山学校)講師らと共に、火谷山(コクサン)採石場に人工登攀ルートを8本開拓したのに続き、2004年千等山(チョンドゥンサン)にA3級の人工登攀ルートを開拓した。彼がやり遂げた人工登攀の頂点は、2005年パキスタンの大岩塔ネームレスタワー・クラックスゾーン新ルート登攀だった。

その登攀の価値を認められ、2006年大韓民国山岳賞・開拓賞を受賞した彼は、以後新しいスタイルの登攀を試みた。 多くの装備を利用する人工登攀に代わり、できるだけ装備を減らし速い速度で登攀を行うアルパインスタイルの登山家に変身したことだ。 昨年成功したカラコルムヒマラヤのアディルピーク(5,300m)新ルート‘父のために(For Our Farthers,Ⅵ・5.11a・M7)’は彼の変身を見せた登攀だった。

彼はアルパインスタイル登攀のためにしっかりと準備をした。 心肺機能と筋持久力強化のために山岳マラソンを日常化し、雪と氷・岩と入り乱れたヒマラヤの壁の状況に合う訓練のためにミックス登攀に力を注いだ。彼はアルパインスタイル登攀の魅力を、極限の登攀から来る最高の達成感だという。

キム・ヒョンイル氏は一時期本人の名前よりは‘ヒョンジンの兄’と呼ばれたりしていた。 キム・ヒョンジュンは90年代を代表するビッグウォール・クライマーとして活躍、98年9月チェ・スンチョルらと共にインド ヒマラヤのテレイサガール北壁登攀中、頂上直下の雪壁で原因不明の事故で墜落死した登山家だ。キム・ヒョンイル氏は弟が事故に遭った後、テレイサガール北壁に二度挑戦した。

「最近は夢に現れる回数が減りました。 それでも浮び上がるときはとても見たいですね。テレイサガールは機会が与えられるならば、もう一度登攀したいです。 適当な高さ、難度の高い氷雪壁など色々な面で登山家にとって良い試練を与える舞台ですね。」

キム・ヒョンイル氏は昨年8月、韓国を代表する登山用品製造・輸入・販売業者のK2に電撃スカウトされた。
彼が引き受けたことはクライミングチームの支援および体系的な運営だ。キム氏は会社のために商業的なマネジメントにもウエイトを置くが、登山文化発展にも役に立ちたいと話す。同時に高所のビッグウォールに対する絶え間ない夢を明らかにした。

「来年にはチベットの7,000m級の未踏壁に挑戦したいです。もうやめなければならないのではないかとも言われますが、クライミングは私にとって生きていく過程と同様です。中毒したようですね。」
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以上記事引用おわり

今夏、スパンティーク北西壁をめざす方々のご活躍と無事下山をお祈り致します。

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今、そこにある危機

キチガイ国家ミャンマー政府軍がKNU(カレン民族同盟)の拠点の大部分を制圧した模様。

ミャンマー:武装組織の拠点制圧 政府軍、「国民和解」演出か by 毎日新聞6/19

ま、あいかわらずカレン民族同盟を巡る報道は日本国内では紙面の片隅・ベタ記事扱い。
欧米では多数のメディアが報じているのですが。

日本人ジャーナリスト射殺事件の際にはあれだけ騒いだ日本のマスゴミも、最近はとんとお静かですね。
ミャンマーが位置する東南アジアで、一国の政府軍が少数民族を堂々と軍事力で弾圧・虐殺しているのですが、遙か遠いイラクやらなんやらで平和と愛を叫ぶ市民活動家のみなさんもミャンマー問題にはだんまりですね。

これだけ日本のメディアがミャンマーの少数民族問題に沈黙を守るというのも、単に無知無教養なだけか、なんらかの圧力があるのではと勘ぐってしまいます。おそらく前者でしょうけど(笑)
もっとも、自民党の議員連中はミャンマー現政権とズブズブの関係ですし、日本の巨大産業たるト★タ自動車が事実上ミャンマー政府軍に車両輸出している現状では、とうていまともな報道など期待できませんが。

憂うべきは腰の引けたメディアの惨状よりも、カレン族の今後とKNUの行く末でしょう。

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強運。

竹内君の大切なパートナー、ガリンダ・カールセンブラウナーの乗っていたジープがぁぁぁ!

Mountaineer almost dies in jeep accident  by Austriantimes6/19

以下記事引用開始
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15gerlinde_kaltenbrunner 登山家は交通事故であやうく死ぬところでした。オーストリアの登山家ガリンダ・カールセンブラウナーは先週の月曜、パキスタンで交通事故の犠牲者になりかけました。

 K2遠征のキャラバン途上、スカルドからアスコーレまでの道のりで落石が道をふさいでおり、停車を余儀なくされました。

 カールセンブラウナーをのぞいて全員がジープから降りました。
 後輪の1つが落石で邪魔され、後方に回転するのを防いでいました。彼女は車の写真を取るため最後にジープを降りた直後、ジープが突然後方に走り出し、15m転落しました。

 ジープの残骸を見た彼女は「ぞっとして膝が震えました。」と語りました。

 カールセンブラウナーは別のジープのヒッチハイクし、彼女達は最終的にアスコーレに到着しました。 昨日(木曜日)にパイユ(3,400m)に到着、そこからポーターと共にキャラバンを開始、高度順応後にベースキャンプに向かう予定です。
 (後略)
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以上記事引用終わり

と、いうわけで、K2遠征のキャラバン途上、乗っていた車から降りた直後、その車が後ろにでんぐりかえったとゆーニュースでございました。

某著名登山家が語った「(高所)登山は、運だよ」という私の嫌いな言葉がありますが、まさにそれを彷彿とさせるニュースですな。
ガリンダ達のK2登頂と無事下山をお祈り致します。

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地域方言としての英語

仕事を終え、とっとと会社を退出。
天下りの役人あがりが学長を務める田舎大学・山形大学に向かう。
Mark Irwin准教授による公開講座『地域方言としての英語』を聴講。
英検の問題集やテキストばかりやっていると、英語もアルパインクライマーの糞爺の自慢話なみにつまらん。
たまにはこういう聴講で気分転換も私には必要だ。

今回の講座は、アメリカ英語とイギリス英語の差異、さらに世界各地(英、米、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランド等)の英語の特徴について解説するものである。

講師のMark Irwin准教授はイギリスの北アイルランド出身。
講義の冒頭で、日本の英語教育の現状~日本の英語教育における米英語への歪んだ偏りについて嘆いておられた。

まあ限られた時間の中で、各地方の「英語」について概要的な説明に終始した内容ではあるが、英語の地域差・様々な側面を知ることが出来、興味深い内容であった。

日本のセンター入試では年によりイギリス英語・アメリカ英語が入り交じるらしい。
一方、義務教育(中学以下)の英語教育では米語にのみ偏っているそうな。

ここで私が語るまでもなく賢明なブログ読者ならご存じと思うが、かつての大英帝国支配下の国々におよぼすイギリスの影響、そして第二次大戦後にアメリカが世界経済を事実上支配するにつれ、英英語、米英語の影響度合いが変わっていった。すなわち「英語」の変化の陰には政治・経済が密接に絡んでいたものである。
(Mark Irwin准教授は今回の講座では「政治の話題は抜きで」とあえて触れず、各地域英語の特徴を説明するにとどめていた)

 クライミング・登山のウェブサイトでも、イギリス・アメリカのサイトでは用語が微妙に違いますよね。まあ、それを言えば登山用語にドイツ語・フランス語・英語・和製英語が乱れ飛んでいる日本の現状はもっとハチャメチャですが。
 言葉は生き物、という名言をあらためて認識した夜でした。

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ああ、かんちがい。

アメリカのソルトレイクシティーにあるブラックダイアモンド社に、強盗が押し入りました。

Robber apparently confused over loot at 'Black Diamond' company by KSL.com6/15

記事によれば、強盗と以下のやりとりがあったとのこと。

強盗『宝石と金を出せっ!』
マネージャー『当店では宝石・貴金属は扱っておりません。』

幸い、ブラックダイアモンド従業員に危害はなく強盗は逃亡したようですが、マネージャーいわく犯人は宝石・貴金属店と勘違いしたのではと語っています。
Black Diamondという店名が災いしたのか。ははは(笑)

 そういや、先日の摩耶山で、地元の年配の男性がなななんと、『シュイナード・ドラゴン』銘柄のザックを背負っておりました。
 ダイヤモンド並みの貴重品ですな・・・。

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そんでもって、ソン・サンウォンとキム・ジャーインはどうなった?

 先に加須で開催されたボルダリングW杯で、クライミングの実力はもちろん競技マナーまでブログ上で絶賛されていた韓国のキム・ジャーイン。
 今や韓国国内のコンペでは敵なしのご様子。

 ソン・サンウォン、キム・ジャーイン、リード競技男女優勝 第29回全国SC選手権大会兼第12回ソウル市長杯 by 月刊「山」09年6月号

 以下記事引用開始
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 降雨と強風の悪条件の中で開催された、「第29回全国スポーツクライミング大会兼第12回ソウル特別市スポーツクライミング大会」で、ソン・サンウォン(コーロンスポーツ)とキム・ジャーイン(ノースフェイス・高麗(コリョ)大学)が男女リード競技で優勝した。

 大韓山岳連盟主催、ソウル市連盟とソウル市体育会の主管で5月16日と17日の二日間、漢江(ハンガン)市民公園、纛島(トゥクソム)地区人工壁で開かれたこの大会は、コリアンカップシリーズ2次大会として男子90人、女子45人の135人の選手が参加した。

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(上)リード競技男女授賞式  (下)決勝戦で熱戦を繰り広げるソン・サンウォン(右)とキム・ジャハ選手

 大韓体育会と国民体育振興公団が後援して、ブラックヤク・ディスカバリークライミングシステムが協賛した今回の大会は、男女初等部・中学部・高等部・大学部・一般部に分かれ、リード競技とスピード競技が行われた。

 リード競技はソン・サンウォンの復活を知らせる大会であった。 昨年指を負傷して成績が振るわなかったソン・サンウォンは大会初日、一日中続く雨によって体力が奪われた状態のうえ、二日目は強い風が吹く悪条件の中でもライバルらを抜いて堂々と優勝した。
 昨年コリアンシリーズ男子の部1位のミン・ヒョンウン(崇実(スンシル)大学)は準決勝まで素晴らしいクライミングを繰り広げて期待を集めたが、決選で難しい区間を通過後、最後の壁の小さいホールドで墜落、キム・ジャハ(ノースフェイス)に続き3位となった。

 女子部リード競技は持久力を要する例年のルートとは違い、男子ルートのようにパワーと瞬発力を必要とするルートが登場、選手たちを慌てさせた。女子決選ルートは岩壁とオーバーハングを越えて、また岩壁で構成されて、持久力と強い筋力を要求した。 しかしすでに数年間韓国最高の女性スポーツクライマーの地位を固め、今年に入って世界ボルダリングW杯でも優勝圏に入るなど技量が円熟したキム・ジャーインは予選と決選でトップを占め優勝をさらった。

 キム・ジャーインに続く有望株と目されるサ・ソル(清州(チョンジュ)運動中)、ソン・ハンナ(一山洞(イルサンドン)高校)、ハン・スラン(三日工業高校)はキム・ジャーイン独走で多少興味に欠ける競技に面白みを増す要素になった。 昨年に続き今年は着実に技量が向上している三選手は、韓国女性スポーツクライミングの未来を明るくする意味ある戦いを繰り広げ、サ・ソルが2位、ソン・ハンナとハン・スランが共に3位に上がった。スピード競技ではキム・チャンヒョクとキム・インキョンが各々男女優勝した。

 悪天候の中で行われたこの競技はこの頃スポーツクライミングの熱気を代弁するかのように多くの観衆の歓呼と応援を受けて成功裏に行われた。
 しかし今回の大会は選手権大会とソウル市将棋大会が個別大会で行われていた例年と異なり、合同開催、さらに大会が縮小され、ソウル市将棋大会まで賞金が無くなったために選手たちから失望と顰蹙(ひんしゅく)を買うこととなった。
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以上記事引用終わり

 というわけで、韓国のスポーツクライミング界は、
 ○キム・ジャーインに敵なし。
 ○キム・ジャーインに続く次世代が続々育成中。
 ○日本の著名クライマーとも仲の良いソン・サンウォン、怪我から復活。
 という話題でありました。
 なお男子リード競技2位に輝いたキム・ジャハ選手はキム・ジャーインのお兄さんであります。

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山岳ガイドの、或る日の夕食。

先々週から自然の家行事、ガイド山行で人から聞かれる質問。
もう何人から同じ事を聞かれたことだろう。

「土日にこういったガイド(または野外活動)やっていて、奥様から何も言われませんか?」

私の答えは決まっている。

「 何 も 言 わ せ ま せ ん 。 」(断言)

先日の自然の家のキャンプでは、私と同い年の保護者(母親)の方から、
「いえ、奥さん絶対何か思うところありますよ。」
とチクリと言われてしまった。

でもさ、家庭と山どっちが大事って聞かれりゃ、わたしゃ山ですけど何か?
カミさんに山控えろなんていわれようもんなら、えーえー、いつでも離婚届けに判押しますよ、わたしゃ。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            


と、いいつつ、摩耶山から下山後は速攻で電話を入れ、家族みんなを回転寿司に連れて行ったわたくしめでありました。ふー。
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素晴らしきかな、初夏の摩耶山

日曜日。
NPO法人エコプロ主催のガイド山行・摩耶山に on the job training を求めて押しかけサブガイド。
メインガイドは月山朝日ガイド協会の事務局を務める真鍋氏。クライアント7名を挟み、しんがりを私が務める。

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山頂からのぞむ摩耶山の山並み。

 山形の山と言えば鳥海、飯豊、朝日、月山、蔵王といったところが有名どころだが、日本海にほど近い場所に位置する摩耶山(標高1020m)はかつて修験道の山として古くから登られた山である。
 摩耶山の「摩耶」という名称は、仏陀の母親の名前からとったという説もあり(出典:山形県学術調査報告書)、また山麓の古い神社には鉄鉱石が奉納されている、古代の鉄の産地でもある。
 日本海に近い位置から冬季の厳しい気候で花崗岩は激しく風化し、急峻な地形でフィックスロープ、鎖場、ハシゴ場が連続する。それだけ事故も多い山域である。
 私が今回エコプロのガイド山行に同行したのは、あらためてそういった難場・悪場でのガイディングを経験するためである。

 あえて書いておくが、最近「岳人」誌で登山家・山本一夫氏が語るように「注意して」という言葉を出すくらいならロープ出せ、というのはもっともな論である。
 しかしながら、最近ガイド関係者(特にエラい先生方)にみられるような、「ロープさえあれば事故は減るのだ」という短絡的かつ単細胞的な発想は私は同意しかねる。
 ロープさえあれば事故は減るという方々は、かつてマスコミを騒がせた、ガイドが絡んだ一連の気象遭難をどのようにフィードパックするつもりなのか?

 ま、ガイドといえばヨーロッパアルプスあたりのガイド に し か 頭が向いていないセンセイたちはさておき、東北の山でも滑落して死人が出ているのは現実。前述のようにロープフェチな登攀ガイドのセンセイ方には辟易するが、私も今シーズンは心を入れ替えることにする。
 ガイドの師匠からは「ハーネスはレッグハーネスよりシットハーネスも用意した方がいい。装着が面倒なハーネスは、ロープを出すことを面倒に感じてしまうからな」と言われていたのでハーネスも新調。  

 本日は摩耶山の倉沢コースをめざす。
 ちょうど倉沢登山口の山開きと日程が重なっており、地元の草刈りメンバーと相前後しながらの登山となる。
 花崗岩の山といっても風化が激しく、岩がしっかりしているところがほとんどだが、一部もろいところもあり、「ラクッ!ラクッ!」と叫びながらの登山となる。
 そして私たちを驚かせ、疲れを吹き飛ばし、癒したのはあまりにも見事な花模様。

 標高700m付近、沢を横断する箇所からヒメサユリの大群落。沢筋の斜面をピンクに飾っている。
 さらに急峻な道、両側が切れ落ちた道を進むと再び樹林帯。
 そこで私たちが目にしたのは、純白のイワカガミだった。しかも斜面一面を覆う大群落、すべてが白い花のイワカガミなのだ。
 クライアント達は皆感嘆しながら、頂上稜線に近づく。
 稜線直下に岩壁があり、その下をトラパースするのだが、その大きな岩壁は

 ヒメサユリの大群落の淡いピンク
 ニッコウキスゲの明るい黄色
 ツツジの紅色がかった赤

 で彩られていたのだ。まるで幼子がクレヨンで描く花畑のような、見事な色彩。
 その画像は、

 Photo
ご覧になりたい方は、ぜひ初夏・山開きシーズンを狙って摩耶山にお越しください。
私たちが歩いた倉沢コースは、たいていのガイドブックでは難コースとして省略されているか、簡単な記述が乗っている程度の紹介で終わっている。そのため、あまり花が見事だとは聞いたこともない。
花の山として、自信をもっておすすめいたします。

登山そのものはやはり急峻なコース、7名のクライアントと共に登り、いろいろ考えさせられる。
鎖場、フィックスロープといっても、よくよくみれば良い手がかり・足がかりの岩場がすぐ横にあるのに、あまり山慣れない方にとってはやはり鎖やロープに視線も気持ちも集中してしまうのだろう。
ついつい鎖を握りしめ、体重をかけてしまい、ごろんと横向きに斜面にへばりついてしまう光景をよく見かける。
これまた私は持論として認めたくないのだが、クライミングが登山の基本になる、という事を痛感させられる。

ほんのちょっとした岩場・枝に手足をかける際の効果的な体重移動は、やはりクライミングのそれであるからだ。

私自身は、乾いた花崗岩に登山靴のフリクションを聞かせて登高する感触を楽しむ。
急峻な山、花崗岩。
以前訪れた韓国の雪岳山で、大韓山岳連盟の申氏といつ果てるともわからぬ下降を続けた事を思い出す。

15時には登山口に下山、無事にプログラムは終了。
私は一日、寡黙なサブガイドで過ごす。少しは真鍋節のカケラも真似せねば。

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摩耶山山頂に咲いていたヒメサユリ。

Pa0_0637 山開きのため、登山者でごったがえす山頂。本来はもっと静かな山でございます。

Pa0_0638 クライアントは女性が多いのですが、皆さん行動食や昼食には一工夫も二工夫もされていますね。薄いコンニャクと昆布を巻いた煮物。美味でした。

Pa0_0641 手作り笹巻きゆべし。これまた美味でした。

この日ご一緒したクライアントの皆様、ごちそうさま&おつかれさまでした。

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すくって 食べて 流しそうめん

土曜日。
娘を連れて山形県朝日少年自然の家へ。
先週はスタッフ側で参加したが、本日は参加者として、『もうすぐ夏だ!すくって 食べて 流しそうめん』に参加。
前回の『ピザ作り』に引き続き、食べ物系のプログラムが娘の興味をひくかと考えた。

 もちろん、ただ流しそうめんをするだけではなく、午前中いっぱいをかけて太い竹を切り、マイ箸とマイカップを作るのだ。
 こういったクラフト系プログラムは娘が飽きてしまうのではないかと心配したが、それも杞憂に終わる。
 予想以上に、モノを「作る」ということに子供達は興味を示すようだ。

 今回は若い学生のサポーター(ボランティアスタッフ)が多く、私たちの班を担当するのは若い女の子二人組。
 彼女たちはサポーターは初めての様子だったが、子供達への対応がとてもハキハキしており、年数だけは古参サポーターの私にとっても大変勉強になる。

Pa0_0635 まずは箸を作る。あらかじめ裁断された竹を削る。小刀は初体験の娘。

Pa0_0634 「あ、くるくるだ!」と、削りだしてクルクル丸まった竹の滓が子供達の興味を引く。

Pa0_0633 箸ができあがった後、太い竹をノコギリで切り、マイカップの作成。私の班は娘の他、小3の男の子二人だったが、それぞれノコギリの扱いには苦労していた。
 ついつい手と口を出したくなるが、最後まで自分の力で切り落とすのを見守る。

Pa0_0632 娘もノコギリ初体験。非力なのでなかなかノコギリの刃先が安定せず。ある程度私が手を添えて切ってあげ、最後の切り落としは自分の力でさせてみる。

Pa0_0631 できあがった箸とカップは熱湯で煮沸して、消毒と竹の臭み消し。

箸とカップが準備完了!
激しく降っていた雨もあがった。
自然の家玄関口にセットされた流しそうめん会場にみんなでGO!

Pa0_0626 流しそうめんのコースは3コース、それぞれ二班ずつ割り当てられ、そうめんが流されるのを待つ。

Pa0_0629 流しそうめん。単にそうめんが流れてくるだけかと思いきや、そうめんが流れてくるのを待つ楽しさ、流れてきたそうめんをキャッチする楽しさが相まって、なかなか美味しい。子供達の食も進む。

Pa0_0627 で、太いうどんも流れてきます。

Pa0_0625 で、わらび餅も流れてきます。

で、本日の流しそうめんのサプライズは、

ミニトマトがゴロゴロ。
杏仁豆腐がスルリ。
ここは山形、サクランボがゴロゴロ。

と、いうわけで、そうめん以外に色んなモノが流れてきて子供達もおおはしゃぎなのでした。

プログラムも終わり、別れの集い(ふりかえり)も終わって解散。
流しそうめんの会場、よく見るとそうめんや他の食材が結構地面に散らばってしまい、楽しむ目的にはとても楽しいプログラムだけど、「食の大切さ」を感じる上では少々検討が必要かな・・・と思っていた。

帰り際、玄関口に行くと、自然の家所長の大沼先生が一人ぽつんと庭を見ている。
挨拶をすると、所長いわく
「たくさん鳥が集まってますね。普段はこんなに来ないんですよ。」
見ると、たくさんのスズメ達が会場に来ており、私たちが地面にこぼした食材をついばんでいた。
自然の家の活動に関わるようになって8年近く経つが、歴代の自然の家の所長は、やはりどこか鋭い視線をお持ちである。

鳥たちがそうめんをついばんでいる姿を見て、ぜひ今度は子供達に食の大切さを感じてもらえる活動に参加したいものだ、と思った。

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Phil Packerの挑戦は、終わらない。

イラク戦争で脊髄を損傷、歩行すら不可能と言われた傷痍軍人がエル・キャピタンを登りました。

Major Phil Packer: 'I don't want to let other people down' by Telegraph.co.uk6/11

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ロンドンマラソン挑戦中のフィル・パッカー少佐

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エルキャプでユマーリング中のフィル・パッカー少佐。
パラグライダー用のベンチに座り、ユマーリング回数は4000回以上に達するとのこと。脊髄損傷で脚部だけでなく上腕部にも障害が残っている身体だそうです。
クライミングの模様は下動画をご覧くだされ。

 イギリス軍のフィル・パッカー少佐は昨年イラク駐在中、バスラにて乗っていた車両がロケット弾攻撃を受け負傷、軍医には歩行も不可能とまで言われていました。
 その後、100万ポンドのチャリティーを目標に掲げ、英仏海峡カヌー横断、そして「2週間かけて」ロンドンマラソン完歩を達成。そして今回、アメリカのヨセミテ、エルキャピタンを目指したものです。

 当ブログでも以前なんどか書きましたが、心臓移植者や車椅子のクライマーがエルキャピタン完登を果たして話題になっておりました。ひとつの「乗り越えられるべき目標」として、エルキャピタンはメディア的にも格好の目標なのでしょうね。
 フィル・パッカー少佐の今回のクライミングには、アンディ・カークパトリック、イアン・パーネルらイギリスのベテランクライマーが同行、サポートに当たっています。フィル・パッカー少佐のウェブサイトはこちら↓

http://www.philpacker.com/

 記事にも「Major」(少佐)の階級が付いているように、まだ軍籍にいることもあるのでしょう、あのチャールズ皇太子もメッセージを寄せています。
 メディアで語られたフィル・パッカー少佐のコメントでは「クライミングを楽しみたい」という余裕しゃくしゃくの言葉とともに、若い世代に障害者スポーツの認知を広めたい、ともコメントしています。
 戦火を乗り越えてきた方だからでしょうか、コメント中に「young people」という若い世代を意識した言葉が数々見受けられます。

 このフィル・パッカー少佐の話題はアメリカおよびイギリスのメディアでは数多く取り上げられています。
 イラク戦争における傷痍軍人が力強く生きていく姿は、欧米メディアでは時折見かけますね。キチガイ左翼のうがった見方をすれば、それもイラク戦争遂行のための政府系プロパガンダ(笑)でしょうか。
 イラク戦争に関して米英軍を鬼畜のごとく罵倒して悦に入っている労山系山岳団体の方々にはご理解いただけないでしょうが、人が人として生きる上での可能性を見いだすことができる。
 それもまたクライミングのすばらしさじゃあないでしょうか。
 少佐のコメントのしめくくりは次の言葉。

『This will not stop here.』

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ブナの森探検隊2009【後編】

Pa0_0614起床時間の1時間半前、午前5時に目が覚める。
外は、雨。
ガイド山行と同様、朝はラジオの気象通報、そして携帯でネットにアクセスして天気図と気象情報を確認。しとしと雨が続く予想。
私の想いとしては、雨の森も子供たちに体験してもらいたい。
自然の家所長は昨晩「雨でも行きますよっ」と張り切っていたので、この天気ならブナの森に行くことになるだろう。

Pa0_0613洗顔とトイレを兼ねて外に出る。
イラガの卵をめっけ。
人間にとっては有毒な虫に、神はなんとも可愛らしい家を与えたものだ。
雨の朝のキャンプ場、その静寂で、日頃の鬱々を解消。

さて、今日の朝食は『朝からバーガー』。
スタッフが前もって沸かした湯でハンバーグを温め、参加者は野菜などを切るのだが、相変わらず我が担当1班の母娘は見事な連係プレーで『瞬殺』調理。昨夜同様、他の班が準備半ばというのに『いただきまーす』の声が響く。
Pa0_0608ウチの班の女の子、朝から食欲旺盛です。

今回の参加者達はキャンプのベテラン揃いのため、朝食も早めに終わる。
少し余裕の朝を過ごし、皆で月山山麓、自然博物園に移動。
ここでブナ林ガイド2名と合流、私たちは2班に分かれ、ブナ林ガイドの引率でブナ林に入る。
まあ私も自然博物園のブナ林ガイドなのだが、ここはおとなしく他ガイドの自然解説の勉強も兼ねて後に従う。

Pa0_0601
さあ、雨のブナ林に突入~

ブナ林ものがたり

Pa0_0593
大きなブナの倒木が、木道をふさいでいます。
今年倒れたばかりのブナですね。

Pa0_0592
倒木の上を見上げると、森の間にポッカリと空間が開いています。
この空間は『ギャップ』などとも呼ばれています。

この隙間から陽の光が森に射しこみ、

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次の世代が生育していきます。
倒木は朽ちていき、他の動植物の養分となっていきます。
太古から繰り返されてきた、森の仕組みです。
画像は、倒木の苔に生えていたブナの芽。

Pa0_06026月初旬、あちこちに『ブナもやし』が生えていました。ブナの実の殻を被った芽がたくさん。
しかし、大きく成長するのは、そのうちのごくわずか。

Pa0_0600ブナの幹にはエゾハルゼミの抜け殻が見られました。
やはり生き物や、その痕跡は子供達を引きつけます。
画像には記録していませんが、キャンプ場でも子供達が夢中だったのは池でのザリガニ釣り。工夫をこらしたレクレーションも、小さな生き物にはかなわないような気がします。

2時間ほどブナの森を歩き、自然博物園の和室で皆で弁当を食べ、別れの集いをして解散。
今回も私にとっては反省点の多いキャンプでしたが、次回に繋げることにしましょう。

ほとんどの参加者(親子連れ)は自然博物園で解散後は最寄りの水沢温泉に。
私たちスタッフは自然の家に戻り、

Pa0_0590広い体育館一面に広げて干していた寝袋50枚(寒さ対策のため一人二枚使用した)、巨大なムーンライトテントの収納。
体育館の空気がテント臭え~
みんなで一斉に寝袋を巻き、ムーンライトテントを折りたたむ。
こんな時ふと、キャンプの裏方の仕事をしている実感を抱くとともに、次にこのテント・寝袋を使う子供達はどんな体験をするのだろう、と思います。

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ブナの森探検隊2009【前編】

6日、土曜日。雨。
雨天の中、幼稚園の運動会。
息子の全力疾走を見届けてから、山形県朝日少年自然の家に直行。
1泊2日のプログラム『ブナの森探検隊』(PDFファイル)に裏方として同行。

予定では月山山麓の志津キャンプ場で催行予定だったが、雨天のため自然の家キャンプ場に変更。
参加者が来る前に、まえもってスタッフでテント設営。

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いびき対策で、私とK越先生のテントは隔離政策。_| ̄|●il|li

さて今回は久しぶりに私は『班付き』として参加者の1班を担当。
この1班、2組の母娘で構成されているのだが、母親は姉妹同士、子供たちもベテランのキャンパー。
母親のIさんは某新聞の市民記者をされており、偶然にも私は過去二回、Iさんの書いた野外活動の記事でアップの写真つきで新聞掲載させてもらっていたのでありました。

母子ともにベテランなので、夕食の野外炊さんなど全く口を出せる隙無し。
Iさんがてきぱきと指示を出し、子供たち(小6、小4の女の子)がなれた手つきで野菜を切っていく。
ちなみにこの日は焼き肉&焼きそば。
当初の打合せでは親子のふれあいを大切にするため、スタッフは別に夕食をとるように指示されていたのだが、Iさん親子に私の分も夕食を用意していただいたので、ありがたく夕食を共にする。
なんといっても母親同士が姉妹ということもあり、皆の息がぴったり合っているので、他の班が鉄板を火にかける頃には私たちは「いただきまーす」(笑)

食べた後の片づけ。
鉄板にこびりついた焼きそばを、ベテランIさんは菜切包丁の先でこすり落とす。
娘さんがそれを見て「私やってみる」と手伝う。
親子のふれあいはそれなりに進行中。
私の口を挟む隙は、どうやら無さそう。

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スタッフ仲間のマサさんはアメリカのアパラチアントレイルを踏破した猛者。
用意してきたソロ用テントは子供たちの関心の的。
長大な距離を単独で踏破してきたマサさんの装備品はすべてコンパクト、システマチック。
自然の家の活動でご一緒する度、勉強になります。

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私の今夜のねぐら。自然の家キャンプ場に常設された、オールドスタイルの家型テント。
ちなみに今回のキャンプでは参加者はモンベルのムーンライト7&9を使用。
なんといっても高さがあり居住性良好で参加者に好評でした。

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夜になって雨。
炊事場のかまどでボンファイヤー。
ほどよく燃える薪を眺めながら夜を過ごす。
さて、明日は月山山麓、自然博物園のブナ林をみんなで歩く予定。
どうなりますやら。

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田舎にて

おしごとで、秋田県は角館に滞在中。
楽しみにしていた秋田県側からの和賀岳の姿は、厚い雨雲の中。
角館は、

Pa0_0615
レトロな街並みでした。

先日の土日は山形県朝日少年自然の家プログラムに同行、子供たち・親御さんとキャンプ。
いろいろ楽しいことがありましたので、後日アップ。

ここのところ多くの方々に当ブログをご訪問いただき、ありがとうございます。
先日デナリで発見された、昨年亡くなられた日本人クライマーの御遺体に関する検索で訪問される方が多いようです。
自分のために情報収集は怠りませんが、ブログ上では最近ちょっと不幸な話題はあえて避けております。御了解ください。

と、いいつつ控えていた政治ネタを爆発させたい今日この頃。

『多国籍軍、ピョンヤンに侵攻』
とか、
『キム一族、革命軍の銃弾に倒れる』
とか、新聞の一面飾るのまだー?

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クライミングの可能性 ~自閉症児のための人工壁~

 ガイドは最低5.12登れとかグレードに囚われている登攀ガイドの偉いセンセイ方には思いも至らないでしょうが、人工壁のクライミングは子供たちの可能性を引き出す手段として、野外教育のフィールドでも採用されています。 山形県においては、飯豊源流の森にある『プロジェクトアドベンチャー』(野外教育メソッドの一種)のコースにも採用されてます。
 
 さて、アメリカにおいて自閉症児のための人工壁が開発・利用されているようです。

 Rock climbing wall for autistic kids by KIDK.com6/5

C4
自閉症児のための人工壁。垂壁で、マットを敷いているところ。
特徴的なのは、その人工ホールドですね。

C2
ホールドには、丸いプレートが付いています。

C3
この丸プレート、付け替え自由で、この色をたどって登るよう自閉症児に課題を与えます。
クライミングされる方にはおなじみ、人工壁でルートを示すのにカラーテープをホールドの横に貼り付けたりしていますが、これなら子供たちにも一目瞭然。
 あくまでも子供たちの能力を引き出すためのクライミングで、困難なムーブを追求する訳でもないので、一般的なクライミングジムみたいに壁がテープだらけにならず、この丸プレートで十分なんですね。

 子供たちは遊んでいるように見えて、学んでいるのです、とは自閉症専門の教師・リンゼイ女史の言葉。学ぶのは信頼、集中力などだそうです。信頼を学ぶとは、『 If they fall they will be held 』とあることから、「受け止め役」のスポッターのことでしょうか。 倒れる人を大勢で受け止める、というのは、信頼関係を構築するアイスブレイクでよく用いられるゲームですね。
 
 このような教育にクライミングが用いられることは、クライミングの裾野を広げるだけでなく社会的認知がなされるということで大きな意味を持っているのではないかと考えます。

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山は怖えーよ(笑)

 ビア・フェラータ(コースにワイヤー、ハシゴが整備され、クライマーはカラビナでセルフビレイをとりながら登る、ヨーロッパで盛んな岩稜登り)を舞台にしたホラー映画『Vertige』が6月24日からフランスで公開。
このおどろおどろしい映画ポスターからストーリーをご想像ください。

Affiche4a13d76a96311

雰囲気は、下動画の予告編をご覧くだされ。

「非公式」映画サイトとして、映画制作状況を記録したサイトも公開されています。↓

V I A F E R R A T A - L E F I L M . C O M

 フェラータという日本ではあまりなじみのない登山形式が舞台になっていますが、ぜひ日本でも見てみたいですなあ。

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クライミングテクノロジー アルピコ

確保器「ファシル」のメーカー、クライミングテクロノジー社が折りたたみ式ピッケルを製品化したようです。

1030
クライミングテクノロジー社 アルピコ(ALPICO)

どんな風に可動するかは下記動画をご覧くだされ。↓


残雪という不確定要素が多い東北地方の山を歩く身としては、ちょっと魅力的ですね。

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韓国隊もスパンティーク・ゴールデンピラーに遠征

今夏はカラコルムのビッグウォール、スパンティーク峰北西壁・ゴールデンピラーにあのGIRIGIRIボーイズが遠征と聞き及んでおりますが、お隣の韓国隊もバリバリの強者が同じくゴールデンピラーを狙う模様。

我々が登れば新ルートになる 「K2遠征隊 黄金壁」挑戦 by 中央日報5/24

K2、スパンティークゴールデンピーク遠征隊発足 by 韓国経済新聞5/20

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左より、87年ミック・ファウラー隊、00年ロシア隊、そして右のラインが今回韓国隊予定のライン(画像は中央日報)

以下記事引用開始
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“新ルートで登るということはガイドブックの無い旅行のようだ。それは文章に付く疑問符も同じものだ。”
スロバキアのクライマー、ドド・コポルドが 2006年カラコラムヒマラヤのビッグウォール3ルートを登った際に残した言葉だ。彼はハイナブラック、シプトンスパイア、ウリ・ビアホをアルパインスタイルで登った。

 ヒマラヤでアルパインスタイル登山を初めて試みたのは、伝説的なクライマー、ラインホルト・メスナーだ。1975年メスナーはガッシャブルム1峰(8068m) 北西壁を57時間で登った。アルプスでも行われた大胆なスタイルのクライミングが、ヒマラヤ 8000m峰でも本格化されたのだ。
 アルパインスタイルでカラコルムヒマラヤのビッグウォールに挑戦する遠征隊が企画された。カラコルムヒマラヤの難壁、スパンティーク・ゴールデンピーク(7027m) 新ルート開拓のために 6月 2日出発する、K2スパンティークゴ−ルデンピーク登山隊(K2コリア・中央日報後援, 以下 K2遠征隊)だ。

 キム・ヒョンイル(41)・ミン・ジュニョン(36・以上 K2イクストリームチーム)・キム・パルボン(35)・ソ・ゾンファン(26)ら 4人で構成されたK2遠征隊は、酸素使用と固定ロープを排除したアルパインスタイルで高度差 2000余mのビッグウォールに挑戦する。
 スパンティークゴールデンピークはパキスタン北部カリマバード(フンザ)から 30kmほど離れ、日暮れに北西壁が黄金色に染まることから付けられた名前だ。柱のように見えるとしてゴ−ルデンピラーとも呼ばれる。

 上端1500mはほとんど垂直に近い難壁で、ミックスクライミング(雪・氷・岩壁)で 30ピッチ(1ピッチ 50~60m) 以上登らなければならない。87年ミック・ファウラーと2000年ロシア隊が開拓したという二つのルートがあるだけだ。
 K2遠征隊が挑戦する新ルートは、ゴ−ルデンピーク右側に計画された職等ラインで高度の体力とテクニックを要求するルートだ。新ルートから頂上に登ったら、韓国遠征隊が新しい名を付けることになる。
 アルパインスタイルの核心は超軽量・速攻だ。K2遠征隊はベースキャンプ(4600m)から頂上まで一気に登る計画だ。キム・ヒョンイル隊長は「登山では5泊6日の予定で眠る時間を削って、90時間位は休みなしに登る」と語った。
 クライミングはキム隊長がルートを開拓、2人が後に従って荷揚げする。隊員たちのリュックサックの重さは15kg前後、クライミングに必要なハーケン・スクリュー・スノ−バーなど最小限の装備と食糧、そして寝袋がすべてだ。ビッグウォールで用いられるポーターレッジ無しにビバークをして強行突破する。
 隊員たちは去る 4月、国内最大の岩壁の一つである鬱陵島錐峰(430m)北壁に新ルートを開拓、「Leave No Trace」と名付けた。キム隊長は「クライミングでよく使われるハーケンとボルトを使わず、‘跡を残さない’と言う意味で名付けた」と説明した。
 文・キム・ヨンジュ記者
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以上引用おわり

 隊長のキム・ヒョンイル氏はだいぶ以前当ブログでも取り上げましたが、韓国隊によるテレイサガール北壁完登で活躍されたクライマーですね。
 記事の最後に鬱陵島の話題が出てきますが、こちらは月刊「山」に記録が掲載されておりました。NHKラジオの気象通報でおなじみの鬱陵島にあんな岩壁があるとは知りませんでしたが、このスパンティークの前哨戦だったんですねえ。
 この登山隊の主体を成すK2イクストリームチームとは、韓国の登山用品ブランド「K2」が組織したスポーツクライミングとビッグウォールクライマーからなる専属クライミングチームであります。
 先日書いた女性初8000m14座登頂を目指すオ・ウンソン、ゴー・ミスン女史もそうですが、韓国では登山用品メーカー・ショップが 大 い にクライマーをバックアップしているのが特徴的です。
 さて、日韓クライマーの成果が注目される今夏のカラコルムです。

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