« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

久々に

D
鬱々にてブログ更新お休みです。

|

日本は本当に冒険・探検に理解がない国なのか?

BMC(British Mountaineering Council)が大変興味深い記事を掲載しています。
2008年末までの、ヒマラヤにおける国別「初登頂」数の順位です。

Japan and Great Britain top first ascents table by BMC7/25

記事に寄れば、2008年末までの統計で、日本隊は約225座の初登頂を達成でトップ、2位はイギリス隊で147座、3位はインド隊で約103座。以下、オーストリア(69座)、ドイツ(59座)、ロシア(50座)、ポーランド(40座)、米国(37座)、スイス(34座)、フランス(30座)と続きます。

 記事中でアレックス・フーバー曰く、「誰も行ったことがない土地に乗り込むことがイギリスの伝統」と語っています。まあ登山史に関心のある方なら誰もが頷く言葉でしょう。

 さてこの記事でもっとも興味深いのは我が国日本に関する分析。
 以下記事引用開始
------------------------------------------------------
日本の成功に関する理由としては、重要な要素としてスポンサーシップが挙げられるでしょう。日本における登山の多くは国家的なプロジェクトです。(訳注:原文はMountaineering in Japan is much more of a national pursuit.と表記) 日本の生活水準は比較的高く、より多くの可処分所得(所得から生活費その他出費を差し引いた、自由に使える金額)が提供されます。過去、遠征登山のために重要なスポンサーシップが存在していました。
------------------------------------------------------
 以上引用終わり

早い話が日本は金持ちだからだ、という総括のようです。
昔から、登山だけでなく地平線会議あたりの連中は「日本では冒険・探検・登山に理解が無い」と言い続けてきたわけですが、えげれす人から見れば日本は豊かでスポンサーに事欠かない、と見られているようですな。

 昨年聴講した講演会で、中村保氏がイギリスの登山・探検隊への奨励金制度について詳しく語っておられましたが、イギリスではそういったエクスペディションへの支援制度が確立していることも注目すべきでしょう。

 自分の経験を省みて、乞食の真似事して民間企業から食料品の寄付を募り、山に行ったといわれれば肯定せざるを得ないのですが、BMCの記事のように日本登山隊の成功要因としてスポンサーの存在が挙げられるとは意外でありました。
 日本のヒマラヤ登山はある意味、日本経済の恩恵(影響)をフルに受けてきた行為なのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

点の記 山岳映画にして山岳映画に非ず。

土曜日、日中気温32度。
会社は休みなれど、我が作業班は現場仕事。
蒸し暑い中スコップをふるい、「○○の現場で砂利足りねえ」の一言でダンプを駆り、山形市内を走り回る。
日本の由緒正しい「土方作業員」として一日を過ごす。

 夜、「気分転換」と言い残して家庭を離れ、ワークマンで買った現場作業用Tシャツにアイダー社パンツ、サンダルという姿で映画館直行。映画『点の記』を見る。
 どうせ邦画、来年あたりテレビで放映するのだろうが、JMGAの研修でお世話になったロッジ「わがや」のご主人がスタントで出演されていること、時折拝見しているみいらさんのブログで「やはり大画面はいい」と賞賛されておられたので、映画館に足を運ぶ。

 いや良かった!!

M2 宮崎あおいがっ!

M1 宮 崎 あ お い が っ!

M3 み や ざ き あ お い が っ !

こんな奥さんいたら毎晩子作りに励むのにぃ~(セクハラ発言。)

はさておき、結論から言って大変素晴らしい映画でした。
約2時間があっという間に感じられました。
この映画についてはストーリー性や人間描写について浅いなどという批判もあるようですが、そういう方は

13
一度MRIで脳を検査されてはいかがでしょうか?

私がなんでこんなに感激したかといえば、やはりこの映画が「山」を描写しているというよりは「地図」「測量」に焦点を当てていると感じたことに由来するものでしょう。
 剣岳そのものは大学時代、毎夏合宿で訪れていたのでさほど関心はありません。
 しがない土木作業員の私、立正大学地理学科で地図学と測量学の授業を受け、会社のエラい人からは「ペーパー測量士」と笑われ、水準測量がメインで光波なんぞ数える程しか経験の無い私ですが、測量に全てを賭ける主人公達の姿に心を奪われました。
 もう冒頭の陸軍測量部の場面から、山岳映画としてではなく、「測量士としての柴崎」の姿に感情移入していることをはっきりと自覚できました。

以前当ブログに書いたように、この映画の「仮編集DVD」を見せて頂く機会に恵まれました。
 そのときの音楽が全てバロック音楽で、本編でも余計なイメージソングなぞ作らず、BGMはバロック音楽だったらいいなあ・・・と思っておりましたが、本編でも全てポピュラーなバロック音楽で構成され、私としては満足満足。
ヘンデルのハープシコード組曲第2番・第4曲サラバンド(←Youtube・クリックすると音が鳴ります)が良かったでした。

 新田次郎の小説、特に映画化された「八甲田山」など、マシラ某氏が素晴らしい指摘をされているように、「ビジネスマンの教本」になりさがってしまう傾向があるのですが、今回の「点の記」もある意味サラリーマンにとってはよい教訓でしたね。

 必死で努力しても、上の人は認めてくれるとは限らないってな。

それから特に強調していおきたいのは主人公の柴崎芳太郎氏は山形県大石田町出身。
劇中の『ちょどしてろっ!』は見事に私のツボにはまりましたね。

この映画は山岳映画なんでしょうか。私は違うと思います。
測量を学ぶ学生、「測量」「登山」にとらわれず「仕事とは何か」考えさせてくれるという意味で、勤労者全てにおすすめしたい映画でありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

す・て・き・な・ザック。

毎年楽しみにしているのが、ドイツで開催されている展示会「Outdoor」の記事。
現地尋ねるコネもカネも無いので、ウェブ上で閲覧するのが精一杯ですが。

Das war die OutDoor 2009: Die wichtigsten Neuheiten, die spannendsten Entwicklungen by Bergleben7/20

Z1
ラフマのザック。
色合いが、命懸けの登山で鼻高々のアルパインクライマーにお似合いですな。
血だらけになっても目立たないカラーリング(棒読み)

Z2
同じくラフマのザック。
・・・東京モード学園か?

Z3
こちらはマムートのザック。
背面から出し入れするという斬新なアイデアと共に、システマチックにクライミングギアを収納できるのが魅力ですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ジェフ・ロウ、AACの名誉会員に

ジェフ・ロウがAACの名誉会員に選ばれたようです。

Jeff Lowe será nombrado miembro honorario del AAC by Montanismo.org7/17

Jeff_lowe_2
最近のジェフ・ロウ氏。
トレードマークの髭も剃って、ちょっと太った?

ジェフ・ロウの功績とAAC(American Alpine Club)の伝統は今更語るまでもありませんが、Montanismo.orgの記事には名誉会員のリストが記載されていましたので、ここに転載してみます。

Sir Christian Bonington
Yvon Chouinard
Kurt Diemberger
Norman Dyhrenfurth
Elizabeth Hawley
Maurice Herzog
Lynn Hill
Thomas F. Hornbein
Reinhold Messner
William Lowell Putnam
Royal Robbins
Douglas D. Scott
Allen Steck
James Whittaker
Vitaly Mikhailovich Abalakov (故人)
Duke Abruzzi (故人)
Riccardo Cassin
Robert Charles Evans (故人)
Sir Edmund Hillary (故人)
George H. Mallory (故人)
Otis McAllister (故人)
Noel E. Odell (故人)
Rear Admiral Robert P. Peary (故人)
Gaston Rebuffat (故人)
Galen A. Rowell (故人)
John Salathe (故人)
Vittorio Sella (故人)
Sir Ernest H. Shackleton (故人)
Eric E. Shipton (故人)
Lionel Terray (故人)
Bradford Washburn (故人)
Edward Whymper (故人)
Fanny Bullock Workman (故人)
Geoffrey Winthrop Young (故人)

登山史に関心ある方ならご存じの名前がキラ星のように並んでいますが、ジェフ・ロウがこの系譜に連なるとすれば誰もが納得するでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月山山頂で熟女を激写したい方へ。

あ、タイトル間違えた。
『月山山頂を激写したい熟女のあなたへ』でした。
(こーいうタイトル付けるとエロトラバが多いんだよな・・・)

月山山頂を歩いていると、別のツアー団体の小柄なおばさまが何やら騒いでいた。
聞いてみると・・・
「普通の山には絶対あるでしょっ!」
「山の名前と標高が書いてある標識、あるはずなのよっ!」
(語尾の「っ!」が凄かった・・・)

そうです。
そのおばさまは、頂上での記念写真を撮るための「山頂を示す標識」を探していたのです。

ご存じの方も多いとは思いますが、最高地点に月山神社が鎮座ましましているため、月山には通常の山にみられる目立つ「月山山頂」という標識が あ り ま せ ん 。
私が引率する場合、撮影ポイントとしておすすめしているのは、

1.月山神社前の看板
2.月山頂上小屋玄関前の看板
の2カ所です。
頂上小屋玄関前の看板には「1984m」という月山の標高が書いてあるため、ここで登頂の記念写真を撮影される方が意外と多いようです。

月山山頂を訪れる皆様、どうぞ良い思い出を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

続・月山の7月。

都会の中間管理職、お局OLの皆様、

Ol
小生意気な若い部下に疲れたら・・・・
                                                                                                  


Pa0_0707
新入社員より可憐なヒナウスユキソウとミヤマリンドウが、月山でお待ちしております。
(月山・金姥周辺にて)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

亀割山

19日。
某山のロングコース日帰りを目指すが、
Spas_071909 この気圧配置じゃね・・・

登山口で一眠りして、雨の勢い収まらず。
近場の温泉に直行、小原庄助さん状態。
温泉の休憩ベンチで足を投げ出し、紙コップ自販機の安物アイスコーヒー飲みながら源氏物語(大学受験向けの対訳本)を読む。
あ~、家庭から離れて朝っぱらから温泉と読書三昧。
これに幸せを感じる俺って、やっぱりろくでなしだね。

コーヒーと源氏物語とコインマッサージ機で気力回復後、新庄方面に転進。
山形県最上町の瀬見温泉近くに位置する里山、「亀割山」標高594mを目指す。
ここ瀬見温泉、そして亀割山は義経一行が逃走中に立ち寄ったという伝説がある土地だ。

Pa0_0683 瀬見温泉、町全体が義経と弁慶伝説一色だ。

Pa0_0694 登山口となる亀割神社

Pa0_0693 神社の脇を進み、陸羽東線を歩いて越える。無造作に線路を渡る機会は滅多にないのでドキドキ。

Pa0_0691 登山道の登り始めは藪がひどい。膝まで伸びた草、胸元まで垂れ下がった枝が行く手を遮る。ふり続くしとしと雨、つづら折れの道、湿度100%の中、汗と雨で全身ぐっしょり。

Pa0_0692 登山道にはとにかくクルミの木が多い。昔から住民が護ってきたものか?

Pa0_0690 登り始めて10分もすると、立派な杉林、水平に近い登山道が延々と続く。

Pa0_0688 登山道から30分ほどで、巨大な杉の木と古い碑が建っている。ここが義経の北の方が産気づいて「亀若丸」を出産したとされる場所。

まあこのへんに関するいいつたえは、こちら参照

Pa0_0689 花の乏しい夏の低山、雨の中、一服の涼となるエゾアジサイ。

 この山の奇妙なところは、登り始めはつづら折れの急登なのだが、それを過ぎると水平に近い平坦な道がだらだらと続くこと。
 義経伝説の類は、私にとっては各地に残るキリスト・仏陀の伝説に等しく眉唾ものと考えているのだが、この水平な道はやはり産気づいた北の方が歩んだ道なのでは・・・などと想像してしまう。
 (後に資料をあたったところでは、古来の新庄城下に続く峠道だったらしい)

Pa0_0685 登山道から歩き始めて約50分、見晴らし台からアンテナ施設の脇を通過し、頂上到着。傾斜しているものの、気持ちの良い草地。激しく降っていた雨も、頂上に立つころには降り止んだ。
頂上からは雨雲とガスの間に新庄市街が見える。

Pa0_0684 さてさて今回の行動食は、山形市の女性客で常に混雑しているケーキ屋「パティシェ・ル・ショージ」の焼き菓子。マドレーヌ、フルーツケーキ、マカダミアクッキー、ヘーゼルナッツクッキー。
雨上がりの爽やかな山の空気と、薫り高いブラックコーヒーを楽しむため、マドレーヌをチョイス。しばしコーヒータイム。
 雨に濡れた草地に座り込みコーヒーを口にしていると、眼下にひろがる平野と新庄の街並み、一切の人工物が、白いガスで覆い隠されていく。
 もしかしたら今私が目にしている光景は、義経一行が見た昔のそれと変わらぬ光景なのかもしれない。
 そんなことを思いながらコーヒーを飲み干した。

--------------------------------------------------
山岳ガイドのアドバイス

頂上は展望がよく、草地になっているので休憩に良し。
近場には瀬見温泉、ちょっと足を伸ばして舟形町周辺では鮎など食べ処もあり、紅葉の時期などはおすすめ。
登り始めの藪こぎというデメリットを補ってあまりある魅力的な山でした。
なお雨天時は滑りやすい登山道なのでご注意を。

立ち寄り湯はもちろん目の前の瀬見温泉。
Pa0_0681 脱衣所と浴槽だけの、超シンプルな公共浴場です。

Pa0_0682 入り口は自動ドアで、あれ?開かない?とおもってよく見たら、コイン式の自動ドアでした。山奥のひなびた温泉にしてはスレてるというか合理的というか・・・200円いれるとドアが開きます。500円玉は使えません。100円玉二枚用意して下さいね(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

末端ガイドからの提言 トムラウシの事例をうけて

はじめに、今回トムラウシ・美瑛岳で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します。

日本山岳ガイド協会所属ガイドの一人として、今回のトムラウシ・美瑛岳遭難事故をうけて次の項目を提言致します。

1.アミューズトラベル社ならびに株式会社オフィスコンパス、もしくは日本山岳ガイド協会による事故状況報告書の早急な公開を望む。

2.日本山岳ガイド協会はその研修内容において、集団登山の形態に即した内容を盛り込むべきである。

------------------------------------------------
以下、本音で想うところを書く。

事故の詳細については山岳ガイド嫌いな某遭難ブログとか性格悪そうな雪氷学会会員のブログとか登山は知らないけど想像力豊かな方のブログとかで散々書かれるでしょうから割愛します。
ガイド会社、山岳ガイドを社会悪に仕立て上げたくてうずうずしているマスメディアの記事は、情報収集のために目を通しますが、それで今回の事故を解析しようとは思いません。

北海道の宮下岳夫氏が自身のブログで書いてあることが、私にとって全てですね。
『たとえ非難のど真ん中に入ろうとも、ガイドは一人も殺してはいけない。』

提言1について
 誰もウェブ上では触れていませんが、アミューズトラベル社はガイド組織として、れっきとした日本山岳ガイド協会傘下の組織(マウンテンツアーガイド協会、担当者は現在社長としてメディアの格好の餌食となっている松下氏)なわけです。ぜひ今回の事故の事実を、メディアという粗悪なフィルターを通した情報ではなく、組織としての報告をJMGA会員に報告してもらいたい。またその義務があると思います。少なからぬJMGA会員が、アミューズ社の業務に関わっているのは周知の事実ですから。

提言2について
 日本山岳ガイド協会の登攀ガイドのセンセイ方にみられる、「ロープさえあれば顧客が助かる」ってさんざん言われてましたが、今回のような事故にロープが何か関係ありました?
 我々日本の山岳ガイドは、ヨーロッパの山岳ガイドのサルマネする以前に、もっと突き詰めなければならない問題(旅行社との雇用形態、業務形態などなど)を抱えているのではないでしょうか。
 今、JMGAのエラい人とツアー登山の最前線で力を尽くしているガイドの間には乖離がある、と私は考えています。

 ツアー登山、アミューズ社について想うところは多々ありますが、本日はこれまで。
 私の姿勢は、今回の事故を教訓に、また粛々と登山初心者の方々を月山に引率する。それだけです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

韓国隊、スパンティーク北西壁に成功

ゴー・ミスン女史遭難死は韓国メディアを賑わせている。
望遠で撮影した、顔面にモザイクをかけた滑落遺体のアップ写真までメディアに掲載されているのは、お国柄の違いだろうか。

ルートセッターの資格を持つ韓国の知人も、コンペでのゴー・ミスン女史の笑顔が印象に残っていた様子。
その知人からスパンティーク韓国隊の続報が届く。
7月 8日午前、BC(4,500m)を出発、13日午前11時50分(韓国時間午後2時50分)、新ルートからの登攀に成功とのこと。
さっそく中央日報も登山隊の成功を報じています。

ゴールデンピーク頂上に立つ by 中央日報7/13

中央日報によれば、今回の登山隊成功の意義は韓国初の7000m峰ビッグウォールのアルパインスタイル登攀成功とのことで、2006年のパク・ジョンホン氏によるチョラツェ登頂以来のアルパインスタイルによる登山とのこと。

さて、我が国のGIRIGIRIボーイズの皆さんの奮闘はいかに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【訃報】韓国の女性クライマー、ゴー・ミスン滑落死

Go 連合ニュース・キム・サンフン特派員によれば、ナンガパルバット登頂後、フィックスロープの途切れる6200m付近でゴー・ミスンが滑落、死亡が確認されたと駐パキスタン韓国大使館が12日公表。

 ゴー・ミスン女史については、コンペクライマーとしてロクスノ誌にも度々登場、日本人クライマーとも交流がありました。
 当時から既に将来的には高所クライマーになることを宣言、女性初の8000m峰14座登頂を目指しておりました。

 同様に14座を目指しているオ・ウンソン同様、韓国クライマーの連続登頂にはハイリスクなものを感じておりました。韓国メディアでも、オ・ウンソンとの競合、そして1シーズンに複数のピークを目指す計画に無理が無かったかを問うコメントが出ています。
 かつては世界でもトップクラスのフリークライマーであり、単なるピークハンターに終わらず素晴らしい登山を展開する可能性を秘めていた女史がこのような形で亡くなるとは、アジアのみならず世界的にも大きな損失だと私は考えます。

 あらためて女史のご冥福をお祈り致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大岡山

月山の花状況を確認すべく、牛首・姥ヶ岳を廻る。
午前中に山行を終え、移動の車中で軽く昼食。
以前から気になっていた、山形市北東部に位置する大岡山(標高401m)に向かう。
本業に育児に時間が制限される兼業ガイド、本日はダブルヘッダー山行。

Pa0_0664山形市近郊の山といえば、千歳山、盃山、富神山がよく知られている。
いずれも形が整っていて展望も良く、市民に愛されている山だ。
大岡山は、北蔵王連峰から張り出した山岳地が背景にあるためやや目立たないが、顕著な台形をしている。
山に近づく程に、登高意欲をそそられる。

山と渓谷社の分県登山ガイドをもとに、山麓の風間地区からアプローチしてみる。
藪と蜘蛛の巣だらけの細い道をたどるが、少し登った稲荷神社で道は途切れていた。
一端下山して車に戻り、「南側登山口」から登ってみる。
細い農道の先に車が2台ほど駐車できるスペースがあった。
少し登ると不動明王のお社。細いパイプから清水が流れ、水の音だけが聞こえる。

そこからの登山道はひたすら「つづら折り」の急登。
気温は27度、午前中の月山とはうってかわって暑い。
ナラとマツで展望のきかない道をひたすら登ること約20分。
両腕と顎から汗がしたたり落ちる頃、姥神の像が突然現れた。
頂上にはそこから1~2分で到達。
木々の間から山形盆地がのぞくことが出来る。

Pa0_0667 お社が3体並んだ、静かな頂上。

Pa0_0665 7月の低山、唯一楽しませてくれた白い花。名前不明。

頂上で涼しい風に吹かれ、下山。
この大岡山、とりたてて展望が良いわけでもなく、登山道に特徴は無いのだが、頂上直前の姥神像が強烈に印象に残った。
急登を登り切った、絶妙なタイミングの場所に配置されているのだ。
胸をはだけ、口をカッと開いた形相。
分県登山ガイドの著者、奥田博氏は「ユーモラスな」姿と形容しているが、私は畏怖、恐れに似た感情を抱いた。(そのため写真を撮るのもためらい、撮っていない。)

姥神像の強烈な印象、それが私にとって大岡山の全てである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

月山の7月。

都会のビジネスマン・OLの皆さん、

Hillary
上司の顔に見飽きたら・・・
(ヒラリーの部下って苦労しそうね)                                                                                                                                                                                                                    
1
月山のニッコウキスゲが待ってます。
(姥ヶ岳の稜線にて)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

アレイスター・クロウリー、登山家としての再評価へ

イギリスが生んだ神秘主義者にして黒魔術師、『邪悪な男』、アレイスター・クロウリーに関しては、当ブログで池田常道氏に対する異議として取り上げました。

池田常道氏に異議あり。

 彼の地イギリスで、クロウリーの登山家としての業績を再評価する動きがあるようです。

Actor tackles 'the great beast'  by BBCNEWS6/25

注目すべきは、この記事中で

What is not well known about Crowley is that he was an exceptional mountaineer

とあり、イギリスでも登山家としてのクロウリーはあまり知られていない模様。
作家兼俳優のジョン・バーンズ氏が、クロウリーを演じるために詳細に調査したようです。

私の「クロウリーはアルピニズム以外の、オカルト的な目的を抱いてヒマラヤを目指したものであり、登山家として評価すべきではない」という持論は変わりありませんが、こうして生地イギリスで再評価の動きがあること、そして遠く離れた日本でクロウリーの存在とその評価に言及した池田常道氏の眼力には、改めて敬意を表します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴー・ミスン、オ・ウンソン、ナンガ峰登頂

女性初の8000m峰14座登頂をめざす韓国のオ・ウンソンが9日、ゴー・ミスンが10日、いずれもナンガパルバット登頂。
これでオ・ウンソンは12座、ゴー・ミスンは11座登頂。
登頂後、ゴー・ミスンはスカルドで休息後、ガッシャブルム1~2峰の連続登頂を目指す予定。
オ・ウンソンはガッシャブルム1峰をめざし、その後最後に残ったアンナプルナに挑む予定。

最近は二人とも欧米の山岳サイトでも取り上げられるようになってきました。
さて、エデューナ・パサバンらとの競合はどうなりますやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パン屋さんのひみつ

竹内洋岳君のブログで紹介されていた、エベレストBCのパン屋さん。

ベースキャンプ名物 by 竹内洋岳ブログ2009年5月5日

このパン屋にはちょっとした仕組みがありました。

Want to save Mt. Everest? Eat an apple pie by The Hindu7/4

このパン屋を運営しているのは、エベレストの環境問題、トイレ問題に深く関わっているダワ・スティーブン・シェルパ。
パン屋ではアップルパイ、チーズクロワッサン、ズッキーニパン、チョコチップクッキーなどなど扱って登山者の人気を博していますが、料金は350ネパールルピー(約4.60ドル)。カトマンズのそれの約3倍高価ですが、この料金中の100ルピーは、エベレスト山清掃費用に廻されるのだそうです。

 チョモランマ北面、中国側では登山隊費込みで「環境費」などと徴収され(96年当時)、しまいにゃ環境保護名目に入山閉鎖などということもやるようですが、観光・登山隊の落とすカネが重要な外貨収入であるネパール。
 このようなBCでの販売品に環境費用を負担させることにより、環境問題を軟着陸させるのがベストな選択でしょうか。
 あまりにも人が増えすぎたエベレストは、それゆえにモノとカネの流通に沿って環境問題を解決していくしかないのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【訃報】川喜田二郎氏逝去

「KJ法」の川喜田二郎さん死去 by 読売新聞7/9

 大学の地理学科在籍の頃から氏の著作は読みあさりました。
 今も幾つかは手元に置いてます。
 その教えが今の自分の人生に反映されてないのはお恥ずかしい限りですが。

 故人のご冥福をお祈り致します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「暴動」という名の殺戮ショー

出張先でウイグルの暴動を知る。

ちょっと中国の知識がある方なら、新疆で暴動が発生するなどというのは時間の問題、ということは予想していたはず。
日本のマスゴミの皆さん、何カマトトぶってんですかね?

こういうときこそ、親中の加藤紘一氏や社民党の皆さんにはズバッと中国に進言してほしいのになー(棒読み)
こんな100数十人死人が出る暴動がアメリカで発生したなら、平和人権団体の仮面を被った左翼のバカどもがこぞって「社会の不公平」だのなんだの騒ぎ出すのに1000万アフガニ。

しっかし、ウルムチでウイグル族に対抗するため手に武器を持った漢族市民のデモ。
売国偏向放送局NHKは「手に棒などを持った市民が・・・」と報じてましたが、どうみても「市民」が手にしていたのは中華包丁、牛刀なんですけど。
(しかもかなりでかい包丁を女性が手にしてうろついていた)

あの刃物は実に象徴的でしたね。
殺意の象徴、ひいては少数民族の人間性・人権、そして存在すらを否定する姿そのものですよ。

刃物を手に祖国統一ってか。
出張先の衛星放送ニュースで、実に愉快な映像を鑑賞させていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

【訃報】ジョン・バーカー(John Bachar)死す

ジョン・バーカーといえば日本のクライマーに多大な影響を与えた岩雪72号の方ですよね?
フリーソロ中になくなった模様。
現在出張中の身にて詳細割愛・くわしくは下記サイトご覧ください。

John Bachar dies soloing by BMC7/7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蘭の花

山形も暑いです。

090706_162401_2
土木作業員の命・スコップの柄でカエルも避暑のご様子でした。

090706_183501_3 勤務先の駐車場で、私の駐車スペースのところにネジバナが咲いていました。
1cmほどの花が幾つも螺旋状に咲いています。
ネジバナは川原など、身近なところに咲く野草ですが、これでも立派な蘭の一種。

ネジバナが蘭の一種であることを私に教えてくれたのは、今は亡き上司でした。
その人が逝った季節も暑い7月。

暑い夏も歳月も、ネジバナの花のごとく周り巡ってきますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

季節の移ろい、夏。

Pa0_0663
 本日は、幼稚園で息子の七夕発表会。
 先日の運動会のダンスでは棒立ちだった息子も、本日はノリノリに踊っていて一安心。
 現場仕事の日々で季節どころか曜日すら意識しない日々。
 会場で頭上の七夕飾りを目にして、夏だなと思い起こす。

Pa0_0661
 息子の出番が終わった後、所用のため私は中座。
 幼稚園と自宅の間にある公園を歩いていると、頭上のケヤキからは今年初めてのアブラゼミの声。
 季節の移ろいは頭上からやってくる。

Pa0_0660
 実家に立ち寄り、サクランボをもらう。
 冷蔵していた「ナポレオン」(サクランボの品種の一つ)、酸味は消え、甘みだけが残る。
 今シーズン最後のサクランボ。
 今年も沢山食べました。
 高級料亭で桐箱入りサクランボ食べてる代議士連中と違い、我々山形県人は丼に盛ったサクランボを豪快に食べるのだ。

Pa0_0657
 旬を過ぎたサクランボは、カミさんがジャムに。

Pa0_0659
 カミさん実家からもらった、唐辛子を効かせたミズナの醤油漬。大変美味でした。

 外の風景も、食卓も、初夏から真夏に変わっていきますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エベレスト南西壁 韓国隊新ルート開拓の記録

韓国の登山雑誌「山」にパク・ヨンソク率いるエベレスト南西壁隊の記録が公開されました。
月刊「山」が後援していたらしく、頂上に立つパク・ヨンソク氏の姿が月刊「山」の表紙を飾っておりました。

エベレスト南西壁 by 月刊「山」2009年6月号

以下記事引用開始
-------------------------------------------------------
 2009年5月20日午後3時(韓国時間午後6時15分)、ついにパク・ヨンソク エベレスト南西壁遠征隊が南西壁新ルートを経てエベレスト頂上に登った。
 2007年春と2008年秋に続き三回目の挑戦。パク・ヨンソク隊長とチン・ジェチャン副隊長、シン・ドンミン、カン・キソク、イ・ヒョンモら5人のメンバーと7人のシェルパが南西壁登攀を目指した。
 少ないメンバーだが、皆昨秋の遠征を共にしたし、パク・ヨンソク隊長と私は三回目の登攀だ。

1
▲南西壁を背景に。 左側からイ・ヒョンモ隊員、パク・ヨンソク隊長、カン・キソク隊員、チン・ジェチャン副隊長、シン・ドンミン隊員。

日照で氷無く、確保に困難をきわめる

 遠征隊は4月18日から本格的な登攀を始めた。 冬季間、強い日差しと強風に苦しめられた南西壁には雪を探すのが困難なほど岩が露出していた。 20日から始まった南西壁ルート作業に色々な困難が現れた。雪と氷が無く支点確保が困難(スノーバーとスクリューの使用が困難)で、落石の危険の中かろうじて前進、二日ぶりにC3(7,350m)までルート作業を終えたが、強風が続きキャンプ設営が遅れた。

24日。パク・ヨンソク隊長とチン・ジェチャン副隊長、二人のシェルパがかろうじてキャンプ地に到達、岩場を削って3時間ほどの作業を終えてやっとC3を構築した後、800mのロープ設置作業を終えて降りてきた。 その後27日カン・キソク隊員とシェルパらがC4までのルート作業を終えて7,800m地点にC4を設営した。

2
▲頂上直下の「セカンド ステップ」地帯を登攀中である隊員ら。C3とC4は雪が不足して岩を削ってハーケンとロープで固定させなければならなかったし、C3のテントが落石に遭い穴があくなど不安だったのだが、私たちの意志で作り上げたこのキャンプは登攀が終る時まで私たちの安全を守ってくれた。

バトンを繋いで受けたシン・ドンミン隊員と私はC5設営のために28日C4に到達、29日ルート作業に出発したが、私は不調のため8,050mで下山しなければならなかった。 だがシン・ドンミン隊員と2人のシェルパが昨秋の最終到達地点から200m程度さらに進み、高度8,350m地点の良好なキャンプサイトまでルートを切り開いた。

3
▲ C4で登攀中のカン・キソク隊員。

ここは1982年ロシア登山隊が南西壁を経て登攀したルートと接する地点で、登山隊が使った酸素ボンベとテントの残骸などを発見することができた。パク・ヨンソク隊長の綿密な隊員の采配、シェルパらの献身的な助けでついにエベレスト南西壁にコリアン新ルートを切り開いたのだ。

 もう新ルート開拓の意義を高め、行動を共にした隊員らを賛えるためには南西壁を越え、西稜を越えて頂上に登る仕事だけが残っていた。西稜登攀に成功した隊は1979年ユーゴチームの初登、1982年南西壁を経て西稜登攀に成功したロシア隊以後一度もなかった。 ユーゴチームは下山途中頂上を上がった隊員全員が死亡する悲劇を体験したし (訳者注) 以後多くの登山隊の試みが皆失敗した悪名高い稜線だ。 それでも私たちは険しい南西壁に登った後、西稜を突破しなければならない。

4
▲海抜7,800mの壁に飛び出してきたテラスにきわどく設置されたC4。

 4月30日、皆BCで下山して休息を取り頂上攻撃の意思を確かめ合った。遠征隊長のク・チャジュン隊長(LIG損害保険会長)がBCに訪ねてきて激励、六日後の5月6日、計画のとおり1次アタックのためにBCを出発したが天候悪化によって失敗した。
 BCに戻った遠征隊は韓国気象庁から天気情報を受け、他のサイトの天気情報と他遠征隊の頂上アタック例を土台に5月19日を再アタック日に定め、鬱陶しい休息に入った。

5
▲パク・ヨンソク遠征隊が3度の挑戦の結果、新ルート登攀に成功したエベレスト南西壁全景。

頂上アタックメンバーはパク・ヨンソク隊長と実直に登攀を支えたチン・ジェチャン副隊長、上に登るほど怪力を発揮するシン・ドンミン隊員、登攀に対する意志と哲学が格別なカン・キソク隊員とサンゲプリ・シェルパに決定した。パク隊長はルート開拓の際に足を負傷したが、不屈の闘志で登攀に臨んでいた。 調子が良くない私はBCに残って支援任務を引き受けた。

 17日、隊員らは南西壁へ向かった。キャンプが狭いからシン・ドンミン、カン・キソク隊員とサンゲプリ・シェルパはC2(6,500m)からC4に移動、パク・ヨンソク隊長とチン・ジェチャン副隊長はC3に移動した。 その間二人のシェルパはC5(8,350m)で荷物を輸送してC2には二人のシェルパが緊急事態に備えて待機していた。
 隊荷輸送にトラブルがあり計画を修正、20日に頂上アタック日を修正、18日シン・ドンミン隊員とシェルパがC5を設営してC3にあったパク隊長と副隊長はC4に進み、カン・キソク隊員と合流した。

6
▲海抜8,350m地点で発見した1982年ロシア登山隊の酸素ボンベとキャンプ跡。

 19日、C5のシン・ドンミン隊員はシェルパとともに西稜に250m程ルートを切り開き、シェルパは不調のため下山した。 この時C4にいた隊員らはC5に移動、酸素とロープなどを荷揚げした。頂上アタックのために皆受け持った任務に最善を尽くしていた。
 午後5時、頂上アタック隊員4人がC5に集まった。思ったより西稜は険しくて長い。岩も不安定で落石も頻繁だ。だが頂上へ向かう彼らの意志は折れなかった。

“ア~,ベース,ベース.”

7
▲海抜8,600mの「ファーストステップ」を過ぎて、登攀中の隊員たち。パク・ヨンソク隊長の後にチン・ジェチャン副隊長が登攀中だ。

 夜12時49分、頂上アタックに出発するという無線が入った。4名の隊員が吐き出す情熱が胸に渦巻いた。シン・ドンミン隊員が前日設置したロープに沿って用心深く登った。
 総数10本の酸素ボンベと500mロープと意志。これが彼らが携帯したすべての装備であった。
 アタック隊員らは闇の中で道を探すため、動きが鈍くならざるをえず、さらに落石のために動きが遅くなった。空が明るくなる頃、イエローバンドが終わる8,600m地点の「ファースト ステップ」に到達した。

8
▲ C5から出発して頂上アタック中の隊員らが海抜8,500mのイエローバンド付近を通過中。

 明け方3時50分、まだ時間は充分だがロープが不足して壁がとても険しく、左に迂回して用心深く移動した。シン・ドンミン隊員を先頭にパク隊長が後から支えた。
 孤軍奮闘の末、ファーストステップを越えたのが朝8時30分。身体は疲れたが照らす日差しに、お互いを眺める暖かい目つきに頑張った。西稜は思ったより遠く険しかった。 8,700mのセカンドステップに到着するとロープもすっかりなくなった。しかたなくアンザイレンして登り、さらに速度は遅くなった。すでに時間は12時をまわった。

9
▲頂上に立つ隊員たち。左側からカン・キソク隊員、パク・ヨンソク隊長、チン・ジェチャン副隊長。撮影シン・ドンミン隊員。登山家らの安全を祈るルンタが頂上を飾っている。

 BCに滞在していた私は心配になる心を押さえ込み、拳をぎゅっと握った。
 12時39分、もう1時間半程度なら頂上に立つという無線を最後に連絡がなかった。これ以上遅れてはいけないのに、頂上を覆ったガスが悔しい。

 ある瞬間、岩稜が終わって傾斜が緩やかになりながら雪が現れた。遠くに五色ルンタがはためいていた。
 頂上だ。
 シン・ドンミン隊員を先頭にカン・キソク隊員、副隊長、パク隊長が頂上に登った。誰が何ということもなしに互いに抱き合って泣いた。現地時刻、午後3時であった。

10
▲去る93年と07年の南西壁登攀中の事故で亡くなった故・アン・ジンソプ、ナム・ウォンウ、オ・ヒジュン、イ・ヒョンジョ隊員の写真を頂上に埋めるパク・ヨンソク隊長。

 パク・ヨンソク隊長はふところ深く大事に保管してきた1993年、2007年の南西壁登攀中の事故で死亡した隊員らの写真を取り出した。 故アン・ジンソプ、ナム・ウォンウ、オ・ヒジュン、イ・ヒョンジョ4名の隊員がパク隊長をはじめとする4名と一緒に魔の南西壁と西稜を経て頂上に登ったのではないだろうか。パク・ヨンソク隊長はただ有難い、という言葉を繰り返した。

 BCにいた私は、やはり頂上を登ったような気持ちだった。このように素敵な遠征隊と行動をともにするということに、彼らの意志と情熱に・・・

 南西壁。その険しい道に登ろうとした多くの人々が彼らを見守っていた。午後3時35分、下山を始めた隊員らは21日C2に降り立った後、22日BCに無事到着した。

11
右より、赤のラインが82年の旧ソ連隊、青のラインが韓国隊、緑のラインが初登の英国隊ルート

文 イ・ヒョンモ
--------------------------------------------
訳者注:
 79年のユーゴスラビア西稜隊ではシェルパのアン・プーが滑落死、他の隊員は生還している。88年秋、エベレスト南西壁を初のアルパインスタイルで完登したチェコスロバキア隊の4名全員が登頂後行方不明となっており、手記を書いたイ・ヒョンモ氏はこのチェコ隊と混同していると思われる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱ人間、余裕は必要だよな。

カタロニアの登山家、ザビ・アリアス氏のローツェ登山時のベースキャンプなんですが・・・

Barra20del20bar
バールーム(笑)

Tienda20expedicion20comercial
ミニシアター(笑)

Una visita al lujo en el campo base del Everest by Desnivel

こーゆー画像を見ると、未だに海外登山計画で食料のカロリー計算とかマジメにやってる人たちが可哀想ですね(笑)

ちなみに記事を読むとラルフ、ガリンダ、タケウチ・ヒロタカとローツェで行動を共にしたと書いてありますが、竹内君のブログにこんなの出てなかったぞ!
(ミニシアターの装飾は彼の趣味に合わない気がしないでもない)

もー、エベレストBCにキャバクラでもできるのは時間の問題か?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ビール用パウチ発見!

元ネタは、さすがビール消費量世界一の中国の登山サイトから。
登山用の水筒に「プラティパス」のようなパウチ(袋)を愛用されている方も多いと思います。(私も)
ビール用パウチ発見!

Beer20pouches

Well It's About Freaking Time: Beer Pouches

この製品のウリは、「ビールの風味を変えない容器」だそうです。
いやいや、これでアル中爺山岳会の皆様も大喜びですね(棒読み)

ちなみにお隣韓国ではピールはペットボトル入りで販売されていてびっくりでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

墜落禁止。

ドイツの登山用品メーカーVAUDE(ファウデ)がド派手な広告を出してますな。

W
ボーイング機の翼。

いきなりアイスクライミングのイラストですね。
いいかげん、登山者のイラストといえばチロルハットにニッカボッカという時代錯誤なイラストがまかりとおっている日本の広告業界も見習ってほしいですな。

しかしよくよく考えてみれば旅客機の機体・翼という広告媒体に、今まで大手アウトドアメーカーが手を出してなかったというのは不思議ですな。

VAUDEというメーカー、最近は日本でも販売されるようになってきましたが、私が強烈に覚えているのは、VAUDEのウェブサイト。
たいていの欧米メーカーのウェブサイトは英語の他、ヨーロッパ各国の言語、たまーに親切なメーカーでアジア言語では日本語・韓国語のページが公開されているわけですが、VAUDEのサイトはいきなり中国語サイトのみ、という作りになってました。
(現在このサイトは修正されたらしく、検索しても見あたりません)

いかにヨーロッパのアウトドアメーカーが中国市場を重視しているか、痛感した次第でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スパンティーク遠征隊 続報

 仕事帰り、山形県立図書館へ。
 韓国の知人(恩人)の依頼でとある資料を検索、コピー。

 その恩人より情報。
 スパンティーク韓国隊は7月1日、ベースへ退却。8日、再アタックの予定とのこと。

 現地での日韓登山隊の交流は韓国隊を後援している中央日報(日本語版)でも取り上げられています。

 ヒマラヤゴールデンピーク遠征隊-韓日間の善意の競争 by 中央日報(日本語版) 

 ギリギリボーイズのメンバーは、我々下々の者から見れば十分「プロ」クライマーにみえるのですが、韓国メディアは「アマチュアイズム」に焦点をあてています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »