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いばらぎ和菓子巡り

はいはい、筑波山にはふられるし、このストレスは甘い物で発散だ!

つくば市に下りて、まずは『栗のわたなべ』に突入~

Pa0_0910 栗のわたなべマロン洞峰店

栗といえば、長野の小布施だとばかり思っていたのですが、栗の生産量って茨城が日本一なんですね。(栗のわたなべのウェブサイトより)
Pa0_0907 本日は名物の「栗の美」(小豆あん)と豆大福購入。

その後霞ヶ浦西岸を走り抜け、稲敷市の有名な「こうの菓子店」で大福購入。

Pa0_0909_2 こうの菓子店。向かい側の空き地で交通誘導員が交通整理しているほど。
店内には客の行列、たいてい午前中で大福は売り切れるといわれているが、本日は昼過ぎでも買うことができました。
 小さなパンフレットには、
 『大福のいのちともいうべき餅には上質の水郷産もち米を玄米にて貯蔵し加工直前に精白、洗米してなめらかな舌触りと餅の香りを生かすよう務めております』とある。
Pa0_0908 本日は絹大福(こしあん入り)と草大福(よもぎ味)を購入。
 餅の旨さもさることながら、大きさがちょうどピンポン球くらいで食べやすい。
 コンビニで売ってる大福の大きさだと、ちょっと甘さでお腹いっぱいになるけど、こうのの大福は絶妙な大きさなのでもう一つ食べたくなる(笑)

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 本日のぷち茨城トリップに貢献したレンタカー。
 普段大きな車ばかり乗ってるので、軽自動車の小回りの良さに惚れ直しました。

 明日からまたお仕事の日々です。

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つくばスポーレは甘い香り。

朝レンタカーを調達して、筑波山を目指す。
百名山であることもさることながら、古い歴史を誇る山。
また昨日図書館で得られた資料によれば、筑波山の稜線には茨城では珍しいブナ林があるという。
月山のガイドとしては、ぜひ訪れてみたい山。

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走れども走れども、霞ヶ浦は広いです。
神栖から走ること2時間少し、筑波山山麓は

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どっちゃりと大雪、吹雪、視界不良でございました。とほほ。
(画像はつつじヶ丘駐車場の様子)

峠道も積雪2~3cmほどの雪道になっており、今回借りたレンタカーではヤバい状況。
ヘッドランプや雨具・防寒着など最低限の装備は持ってきているが、何より今の自分は出張中の休みで来ている身分。不必要なリスクは無用である。
「観光地」「百名山で最も容易」と言われる筑波山であるが、この悪天候では選択肢はもう決まっている。
さっさと筑波山から引き返し、つくば市の つくばスポーレ を目指す。

 事前につくばスポーレのサイトを見て「駐車場1200台」の文字にびっくりしたのだが、つくばユーワールドという家電販売店・スーパー銭湯・アミューズメント施設の中に位置しているのでした。
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 建物の吹き抜けの壁を利用した人工壁。
 このクライミングジムを企画・設計した方は相当キレる方に違いない。
 クライミングジムといえば、工場・倉庫跡を改装した施設をよくみかけるが、そういった施設では中で何が行われているのか、一般人にはわからない。
 その点、つくばスポーレはアミューズメント施設の一番目立つ入り口に面していることもあり、とても人目につく。クライミングを知らない一般人の関心を引く作りになっているのだ。(そのかわり、暖房に乏しいためちと寒いけど)

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 リード壁は子供達でいっぱいだった。
 同じ年頃の子供が登っているのを、クライミングを知らない大人や子供が眺めており、興味をひく。大勢の人が通るアミューズメント施設入り口に露出した人工壁のアピール度は相当なものだろう。
 事実、私がビジター料金で申し込んだ後も、やはり初めてらしい少年達が続々と受付で申込書(誓約書)を書いていた。

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 悪天、日曜ということもあってボルダー壁は人でいっぱい。
 ここで体を動かして、少しすっきりする。

 このつくばスポーレ、近くのクレープ屋かポップコーンの自販機かわかりませんが、とても甘いキャラメルの香りがプンプン漂ってくるジムでした。

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先輩との対話

利根川向こうの千葉に山岳部の先輩が住んでおり、土曜夜、会食。
話題は他のOBの様子やら、思い出話やら。

やはり話はお互いの境遇・・・家庭と仕事と山の話になってしまう。

面白かったこと。
その先輩とは、ある8000m峰登山を共にしたのだが、その報告書を読み返してみると、当時の登山隊の隊長や牽引役を務めたOBの年齢が、今の自分たちの年齢とほぼ同じだということ。
ふりかえって、今の自分にあの登山隊を率いて、成功させることができるだろうか。
私がそう考えたことと全く同じ事を、先輩も偶然ながら、登山隊の報告書を読みかえして思ったらしい。

山岳部の先輩と話をするのは、ガイド仲間と山の話をするのともちょっと違う。
出張の合間の息抜きでした。

Pa0_0905 会食場所は神栖市のまさに奥深くの目立たないところに店を構える『海山』。
神栖・鹿島の工業地帯に各地方から出張に来る現場労働者の皆様、タクシー代かかってもここずばりお薦めです。穴子ほか、天ぷらものがGOODでした。

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神栖市 デリーマハル

ここ神栖市はやたらとタイマッサージやフィリピンパブが多い。
工業地帯に就労する外国人労働者が多いらしい。工業だけでなく農業も外国人労働者の力が今や不可欠な状態らしい・・・と新聞で読んだ。

Pa0_0901 神栖市立図書館の帰り、国道沿いにぽつんと立つインド料理屋『デリーマハル』で本日のランチ。
周囲は原野、潰れた店舗も目立つここ神栖の国道で、これまた殺風景な店内。
まあ過剰なヒンズー装飾もなく、シンプルと言えばシンプル。

Pa0_0902 本日はランチBセット。好みのカレー2種、ナン、サラダ、ラッシーの組み合わせで850円也。
ナンはふかふかの柔らかめ。
カレーはマトンカレーとほうれん草のグリーンカレー、味は辛口で注文。
なのにマトンカレーがなぜか甘ったるい。
まあ好きなラッシーの量が多いから許す。


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茨城県山岳連盟創立50周年記念誌『思い出の山 これからの岳連』

出張業務では珍しく、土日の2日間お休み。
土曜日、朝から激しい雨で出張チームの面々は皆ホテルに缶詰。

昼前に雨が止み、ホテルのレンタル自転車で神栖市立図書館へ。
明日の山行の資料、そして郷土資料の閲覧。
この神栖市立図書館、なかなか蔵書は充実しており、古くなった蔵書は「欲しい方はお持ち帰り下さい」として玄関前に並べてある太っ腹な図書館。古い「地球の歩き方」某国編を頂戴する。

Pa0_0903 明日の山行資料をコピーし、それから地元・茨城県山岳連盟の創立50周年記念誌『思い出の山 これからの岳連』を拝読する。

 茨城県の山岳会リストを拝見して非常に特徴的な事は、近辺の工業地帯・コンビナート、原子力発電所の存在を反映して、職域山岳会(企業内で結成された山岳会)が数多いこと。
 (このような言い方は関係者の方に大変失礼ではあるが)先鋭的な海外登山の記録には乏しいが、非常に堅実な活動をされており、記念誌もその堅実さをよく表している。
 県の山岳連盟や山岳会の記念誌といえば、ともすれば爺の自慢話・苦労話の文集で終わってしまうものを幾つか見かけるが、この茨城県山岳連盟記念誌の素晴らしい点は、表題に「これからの岳連」とあるように若い世代の登山者の座談会を収録していること。
 職場、家庭と山との釣り合い。
 「楽しい山」と「努力を積み重ねて登る登山」との達成感、価値観の相違。
 国体の「登山競技」への疑問・とまどい、日山協の指導員制度への疑問と期待など、現役で活躍されている若い方のナマの声が収録されていて、とても共感を覚える内容である。
 連盟の軌跡だけでなく、茨城県の代表的な山の紹介記事もあり、内容がバラエティに富み、かつ充実しており、山岳団体の記念誌の一つのモデルともいえる内容ではないでしょうか。
 関係者皆様のご尽力に敬意の念を表します。

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真実の行方 映画『NANGA PARBAT』公開の波紋

このネタは一月から書こうと思いつつ延び延びになっていたものです。
現在滞在の宿の無線LANが我が家の夫婦生活より途切れ途切れなもので、引用先記事のリンクは最低限にしてあります。ご了解ください。

さて、表題の映画『NANGA PARBAT』公開については当ブログでも取り上げました。
他の山好きな方も、「見てみたい」という趣旨でこの映画の事をブログで取り上げているようです。
私の場合、この映画製作の報に接した時から、一つの不安に似た感情がわき上がりました。
それは、
「この映画はメスナー氏、ヘルリヒコッファー氏、どちらの視点で描かれるのか?」
というものです。

この映画ポスターをご覧頂きたい。

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タイトル『NANGA PARBAT』のロゴの右に立つ人物、この人こそナンガパルバート上に立つメスナー氏である。この写真は山と渓谷社刊『ナンガ・パルバート単独行』の表紙にも用いられ、ご記憶の方も多いはずだ。
この写真が映画のポスターに用いられること、すなわちこの映画がメスナー氏の視点から描かれたものであることを意味する。

 一月のドイツ国内における映画公開に伴い、ドイツメディアは様々な論評を掲載した。
 幾つか目立ったのは、登山隊の隊長であったヘルリヒコッファー氏の遺族が故人を侮辱しているとして強い抗議の意志を示したことに関する報道だった。
 またドイツメディアを検索していて特に目を引いたのは、シュピーゲル紙が掲載した記事のタイトル『Das ist nicht die Wahrheit』 (真実ではない)とさえ報じられている。その内容はすなわち映画の内容があまりにメスナー氏サイドに偏ったものだというものだ。

 この点について、当ブログに貴重なコメントをお寄せ下さっているpfaelzerwein様がご自身のブログの中で大変興味深い論評を掲載している。

環境、ただそこにエゴがあるだけ ブログ『Wein, Weib und Gesang』様

氏はブログでこう語る。
『私達は、四十年も前に「死の領域」で起こった事実を追体験などする必要などないのである。私達は、その事件に、こうした冒険に、そうした営みに、なにかを見出すことが出来ればそれで事足りる。ドラマには真実が存在してこそ初めて、スクリーンを抜け出して、劇場の空間を突き破って初めて社会に環境に様々に作用する。』

 この映画がメスナー側か、ヘルリヒコッファー側か、という描き方の視点に囚われていた私の凝り固まった考えを解きほぐすとともに、このような解釈もあるのだ、と考えさせられる。
 このように、他の聡明な思考に触れられる度に、ブログをやっていて良かったと思う時である。

 ちなみにこのpfaelzerwein様のブログを引用するこの記事を書くため、一月に改めてヘルリヒコッファー氏の著書『ナンガパルバート回想』、メスナー氏の『ナンガ・パルバート単独行』『大岩壁』を読み返してみた。
 
 ヘルリヒコッファー氏の著書では、メスナー氏がその著書の中でヘルリヒコッファー氏がルパール壁に見いだしたルートを勝手に「メスナールート」と表記していることにご立腹、またメスナー氏がボロボロになってディアミール側から生還した際、助けてくれたお礼にと約束した報酬を受け取りにきた地元住民にメスナーは冷たく当たった、と赤裸々に描いている。
 そしてメスナー氏は著書の中で、ルパール壁からディアミール側への横断への野心を隠すこともなく綴っている。

 いずれにせよ、ルパール壁という世界最大の岩壁(たしかギネスとかいうくだらない団体にも認定されていると記憶している)を登るという冒険において、ギュンター・メスナーは死に、ラインホルト・メスナーとヘルリヒコッファーは裁判沙汰となり、多くの人が巻き込まれた。
 そのスキャンダルは現在進行形ともいえる中、映画は作られた。

 「単独登頂」を宣伝文句にしながら、無線機でベースに判断を伺い登る青年が「感動」とやらを振りまく今の日本の登山界では死語となった『アルピニズム』がこの映画にはあるらしい。
 見てみたい。
 それが一方的な視点からの制作にせよ、この映画には日本の山岳映画には無い素晴らしさがある予感がする。

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春の関東にやってきました

当ブログの読者の大半を占める関東地方在住の皆様こんにちわ。
本日より短期間ですが、交通事故死亡率全国第一位を誇る茨城県に滞在です。
通りすがりの民家の庭先には梅が咲いていましたね。
コンビニで買った茨城新聞の一面を飾っていたのは、「水戸の梅まつり」の梅の花でした。
筑波山も梅まつりで梅が咲き始めとのこと。
山形は山も下界もまだ雪ですが、茨城は春ですね。

Pa0_0994 今回の住処はビジネスホテルの和室。
風呂はともかく、トイレも共同、部屋にポットも無くお湯は洗面所備え付けの給湯器から使えという宿なもんで、今回の出張チームの間では『 合 宿 所 』とあだ名が命名されました。
しばらくコンビニ依存の生活です。

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生キャラメルとバターを作る。

山形県朝日少年自然の家2月のプログラム『朝少・キャラ畑牧場』に娘と共に参加。

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娘はもう「生キャラメル」に心奪われ、数日前から「お父さん休みとれるの?」としつこく聞かれる。
このプログラムのねらいは『食べ物を自分で作る喜びと、みんなで食べる楽しさを味わう。』
今回は小5、小6の女の子と同じ班になった。サポーター(ボランティアスタッフ)のエメちゃんも山形市内の女子学生で、女の子に囲まれ娘も緊張なく参加の様子。

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牛乳、はちみつ、砂糖などの材料をフライパンに入れ、強火で熱しながらひたすらかきまぜます。

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焦がさないように注意しながら、ぐつぐつ煮詰めて・・・

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アルミホイルとキッチンペーパーで作った型に流し込みます。

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型に流した生キャラメルの他、フライパンにこびりついたキャラメルをそぎおとし、皆でつまみ喰いの嵐。

生キャラメルは二回作り、室内の常温、そして屋外の雪で冷やします。
その間、今度はバター作りに挑戦。

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材料は牛乳15ccと生クリーム15cc(小瓶)、好みで塩をひとつまみ入れ、これを空のペットボトルに入れてひたすらシェイクします。

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総勢50名近い大人・子供が一斉にペットボトルを上下に振っている姿はかなり奇妙な光景だったりする。

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シェイク開始12分が経過したもの。かなり凝固してバターらしくなってます。

そしてお昼。
ホワイトシチューとパンが配られ、今自分たちが作った作りたてのバターでお昼です。
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 子供達もびっくりでしたが、私もできたてバターの味にはびっくり。
 こんな感じ↓

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 たしか左翼偏向漫画『美味しんぼ』の朝食勝負で海原雄山も絶賛してましたが、作りたてのバターのあっさりした味は最高でした。油のしつこさが無く、クリームチーズに近い味わいです。
 娘や子供達に感想を尋ねると、やはり生キャラメルが楽しい様子でしたが、私はなんといってもバター作りでした。
 15分程度の短時間で、バターという身近な食材が自分の手で作ることが出来、味が最高。
 ちょっとしたキャンプのプログラムにも使えるかもしれません。

 どちらかといえば楽しさを強調したプログラムでしたが、子供達にとって食べ物を作る喜びと「皆で味わう」楽しさを知ってもらえれば・・・と願っています。

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スポーツ・健康科学 単位取得

先月、38.2度の発熱とひどい鼻づまりで臨んだ放送大学大学院の単位取得試験。
学生限定のネットワークシステム「WAKABA」にアクセスして自分の成績照会してみると、試験結果は成績評定は最低ランクの「C」ながら、何とか合格・単位取得とあいなりました。ふー。

なんとか単位取得できましたので、少し入学の顛末をふり返ります。

○なんで放送大学だったか
 通信制大学で学びたいことは幾つかありましたが、まあ他のことは足腰もチンポも立たなくなった爺になってからチャレンジすることにして、自分の登山活動をふり返る手段として運動生理学又はスポーツ指導を学びたいと思ってました。
 通信制としては、平成21年から開講した淑徳大学の人間環境専攻でスポーツ指導・心理・マネジメントとかなり魅力的な講座が開設されていたのですが、単位認定試験の期日が公開されておらず、事務局に問い合わせても学生登録してから(登録するということは入学金を払うということです)学生用ウェブサイト参照しろという、つっけんどんな対応だったのでパスしました。
 通信制大学というと「いつでもどこでも学べる」をウリにしている所が多いのですが、実際にはスクーリング(実際にキャンパスまたは用意された会場で講義を受けること)に通わなければならなかったりで、現実には勤労社会人にはあまり遠方の学校の講義を受けるのは厳しいのであります。
 その点、放送大学は各県に「学習センター」という拠点があること、入学申請時点で単位認定試験の期日が確定していること、そして何より他の通信制大学に比較して学費が安いことがメリットであります。

○で、放送大学大学院の授業の内容は?
 「スポーツ・健康科学」講座は成人病の定義・行政の対応から人体の生理学、中高年者に対する運動の指針などが講義の主な内容です。(詳細はシラバス参照)
 その内容は登山と直接関係はありませんが、放送大学大学院が指定参考書として推奨しているテキスト「身体福祉論-身体運動と健康-」(放送大学テキスト)は東京大学名誉教授の宮下充正氏の共著となっています。
 この宮下教授は山岳雑誌でもご存じの山本正嘉氏の恩師に当たる方で、そのつながりでしょうか、「身体福祉論」には山本氏が「手軽にできるウォーキングと山登り」と題する章を執筆しています。またこの本には「冬の楽しみ雪上ウォーク」と題する章を福崎千穂氏が執筆、わかん・スノーシュー、XCスキーに関して運動生理学の面から紹介しています。
 (ただし、福崎氏のわかんとスノーシューの運動強度を同一視する考え方は多少納得しがたい面がありますが)
 「スポーツ・健康科学」講座で直接に登山が取り上げられることはありませんが、今まで漠然と接していた「中高年(登山)者」の生理について、関心を引き起こすきっかけにはなりました。

○実際のおべんきょうは?
 私の場合、山形県では放送大学の放送は視聴できず、貧乏なのでスカパー!も導入できないので、もっぱら山形学習センターから講義CDを借りての講義聴講でした。
 前にブログにも書きましたが、出張期間が長いのに対して貸し出し期間が一週間のため、CD借りてはPCにデータをダウンロードし、すぐにCD返却という生活でした。
 後でわかったのですが、現在放送大学では講義内容をウェブ上で視聴できるよう進めており、「スポーツ・健康科学」の講義もウェブサイトからダウンロードできるようになってました。とほほ。
 山形学習センターは平成22年度から閉館時間が今までの19時から18時に変更されるとのこと。ヒマな老人やNHKの時報なみにきっちり正確に17時に退出できる山形市役所の爺どもと異なり、私のような一土木作業員にはますます利用しづらくなるようです。
 山形学習センターは、センターがあるビル「霞城セントラル」の駐車場の駐車券を発行してくれません。これまた金欠な私は最寄りの大型スーパー(一時間以内駐車無料)に駐車、一時間以内にCDや関連図書の借用を済ませダッシュで戻ってくる、というパターンでした。

○単位認定試験は?
 「単位認定試験」「過去問」のキーワードで検索して当ブログを訪れる方が結構いらっしゃるようです。
 「スポーツ・健康科学」に関して言えば、テキストをしっかり読んで、通信指導に出題される問題・ポイントをしっかり押さえておけば、まず大丈夫ではないかと思います。
 正直言って論述形式の試験だったら私の場合は確実に落ちていたと思います(笑)。

 論文書いて、担当教授に直接指導受けて、というのが大学「院」の本当のあり方なんでしょうが、私の場合運動生理学について体系的に学びたいという希望があったので、その形式にはこだわりません。
 修士号取得のために努力している方が数多くいらっしゃるようです。
 「スポーツ・健康科学」に関しては、私のような一土木作業員も何とか単位取れましたので、受講される方はぜひ頑張って下さい。

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山スキー修行日記 南会津

南会津の某峰へ。
山スキーで登り、滑降し、温泉へ入り完結。

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ダケカンバに残った葉には、虫こぶと思われる物がぴっしり。
よくよく木を観察すると、落葉せずに残った葉は全てこの虫こぶらしきものが付着している。
(文一総合出版の「虫こぶハンドブック」で調べても名称不明)
この虫こぶらしきもの、落葉させない何かを分泌しているのだろうか。

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奥深い山の中のブナに、終戦直後の鉈目。隣の木の鉈目は大正年間のものでした。
その時代、この山麓の人々の暮らしはどんなだっただろうか。
ヤマケイあたりに寄稿している三流「山岳ライター」風なことは言いたくないが、当時から現在まで、人々が失ったもの、得たものは何なのだろう。
昨日訪れた会津若松市立図書館で読んだ「会津学」に掲載されていた、地元のマタギ衆の聞き取り調査報告を思い浮かべる。

Pa0_0960
樹林の間を滑降。
少しおべんきょうして、スキー板はしっかりワクシングして今回の山行に臨む。
またいろいろと自分の課題を突きつけられる。
もっとゲレンデでの滑り込みが必要ですな。

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帰路、南会津の名物らしい「栃餅」を食す。
うぐいす豆で作った黄粉の緑色が鮮やかでございます。
餅三個で結構なボリューム、餅一皿で結構な値段(笑) 一皿600円也。
そば処 大川 にて。

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足の、お・て・い・れ。

足の、お・て・い・れ。
携帯で更新。平日休みで家庭を棄てて会津ぷち一人旅。
会津若松市立図書館で調べ物した後、夜まで駅前のスーパー銭湯風温泉「富士の湯」で過ごす。古い皮膚や角質を食べる魚を飼ってる水槽がありまして早速私の悪臭漂う足いれてみました。(有料)ピラニアの如く魚が寄ってきて気持ちよいです。
これから深夜のドライブで南会津某所行ってきます。頂戴したコメントへの返信は後程。

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アルプスの山の娘

A 旧かなづかいに悩まされながらも、岩波文庫の『アルプスの山の娘(ハイヂ)』を、一月から二月にかけ、現場帰り、育児の合間の隙間時間を利用して読了。
副題に(ハイヂ)とあるように、皆様ご存じ「アルプスの少女ハイジ」の原作本である。訳は作家の野上弥生子。
野上弥生子のあとがきは昭和9年となっており、本人によれば初めて訳したのはそれから二十年前と書いてあることから、ハイジの物語は大正年間には日本に紹介されていることになる。

結論から書く。
いや良かった!
感動したっ!(小泉純一郎風)
物語は多くの善人で占められ、純朴なハイジという存在を軸に周囲の人間たちが変わっていく姿を通して、厚く神を信仰すること、人間としての生きる姿勢をさりげなく示唆している物語である。

夢枕某とかなんとかの最近の山岳小説もどきとか、新田次郎の極悪人が出てくる山岳小説ばっかり読んでる方は、ぜひ一度『アルプスの山の娘』を読んで心の洗濯してくださいまし。

 日本で放映されたアニメ番組『アルプスの少女ハイジ』は絶大な支持を受け、そのクォリティの高さは海外で放映された当時、日本製のアニメ番組と思われなかったという。
 私はこのアニメ番組に関してはあまり記憶に残ってないのだが(なぜならば当時裏番組が宇宙戦艦ヤマトだったから)、今回の「アルプスの山の娘」を読んでのサプライズは次の通り

 ○アルムじいさんの人生が詳しく語られている
 ○放牧の無い冬季、ペーターが学校に通う姿が描かれている
 ○物語の結末、自分の人生が残り少ないことを思ったアルムじいさん、クララの父は協議してクララ付けの医師にハイジの養父になってもらうことを決める。また医師もそのことを幸せに思うというハッピーエンド。

あとはだいたいアニメ版「アルプスの少女ハイジ」とほぼ同じ物語ですが、なんといっても冒頭に書いたように、クララの家の女中が意地悪な程度であとはだいたい登場人物は善人ばかり、純朴なハイジに感化されていく姿がとても美しい。

 話題は変わるが、ハイジは幾度も実写映画化されているが、あまり原作に忠実ではなくいろんなストーリーがあることが知られている。(詳細はハイジに関する日本のウェブサイトを検索してみてください。)
 昔私が見た海外で製作された実写版ハイジでは、なんとペーターが登場せず、クララは感動的な山羊の出産シーンを自分の眼で見ようとして立ち上がる・・・というストーリーでした。

 また日本の絵本「ハイジ」にも様々なバリエーションがあります。
 物語の終盤、ペーターがハイジとクララの仲に嫉妬し、クララの車椅子を谷底に蹴飛ばして壊してしまいます。
 日本の絵本によっては、最後のページ、クララが立ち上がり皆が喜んでいるすみっこで、木陰から陰気な表情で皆の喜ぶ姿を見ているという「最後までペーターは悪役」で終わる絵本もあったりします。

 「アルプスの山の娘」では、車椅子が壊されたことが村人に知れ、警察沙汰になりかけたところ、初めから全てお見通しのアルムじいさんとクララのおばあさんの機転で巧く解決、ペーターが改心していく姿が道徳的な教訓として描かれています。

 この本の中でとっておきの言葉

 ※初めてアルプスの山に連れられ、夕日に輝くアルプスの山々に驚いたハイジの質問に対して

 『ぢや、あの牧場だの、岩山だのが急に火事みたいになるのは。』
 『それはおひさまが山々に「さよなら」をするのだ。』
 おぢいさんは申しました。『さうして明日また来てやるといふ約束のために、お日様の一番美しい光線を投げかけてやるのだ。』

 ※クララとクララのおばあさんがアルプスにやってきて野外で食事をとる場面で

 アルムをぢさんは言いました。
 『山の空気というものは、台所の不足をおぎなつてくれますからねえ。』

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ハーネスパンツ

スキー用具メーカーであるロシニョールが、氷河登高・スキー登山用にハーネス一体型のパンツを開発した模様。

Harness Pant by Rossignolウェブサイト(紹介動画あり)

Rossignolharnesspant_2

価格は295$で発売予定とのこと。

あ、この人に着せては危険っすね。↓
Ku

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選択の余地

今日は心療内科の診察日。

こんな日に限って、職場の職人気質な人間関係にガツンと落ち込むこともある。

ドクターは休日の気分転換をしっかりと大事にせよ、とおっしゃる。

帰宅。

夕食をとりながら、息子が私の腕の中に入って抱っこをせがむ。
そして、そのまま眠り込んでしまった。

育児をしていて、一番幸せに思うのは、自分の腕の中で子供が眠りにつくことである。
眠りこんでしまうほど、自分は信頼されているのかな、と思うから。

鬱々で一番辛いのは、自分の腕の中で子供が眠りにつくことである。
こんな社会や会社で役立たずなクズ人間でも、子供という他人に頼りにされているんだな、と思うから。

某女性登山家の言葉「自分を粗末にしないように」はとても自分の内面に響いているし、当ブログの読者様からも「自分を卑下するのは間違っている」と有り難い言葉を頂戴しているが、私はどっかの女性アルパインクライマーみたいに強い人間ではない。

一緒に食事しているカミさんに、
「今こうして俺みたいな人間の腕の中で眠り込んでるけど、子供は親を選べないよな。」と問う。
カミさん曰く、
「子供は親を選んで産まれてくるって言う人もいるよ。」
私「誰が言ったの?」
カミさん「テレビでやってたよ。」
私「それってどういう意味かね。」
カミさん「人を元気づけるために言ってんじゃないの?」
( 会 話 終 了 )

何があろうと、明日という日はやってきて、いつもと同じように職場に出て、働くことに違いはない。
眠り込んだ息子を布団に移し、私はテーブルでコーヒーを飲んだ。

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祝・バレンタインデー

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「義理とは負債のことか?」
「義理とは、重荷です。」

映画『The Yakuza』  ~ロバート・ミッチャムと高倉健の会話より~

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【映画】『カティンの森』

注:下記記事にはネタバレが含まれます

アンジェイ・ワイダ監督の新作が完成する。
一昨年、NHKの報道で『カティンの森』を知ったとき、必ず見に行こうと思っていた。
仙台での公開初日、不忘山から自宅に戻らず、まっすぐ仙台の映画館へ。
放送大学大学院の学生証を提示し、しっかり学生割引料金でチケット購入。
ふーん、休日は会社員じゃないもーん。
カミさんには下山報告と、映画の終わりが遅いので先に皆寝ているよう電話。
あ?
夕餉の家庭団欒だぁ?

わたしゃ家庭よりも山とワイダの映画が優先ですが、何か?

Katyn カティンの森事件。
1939年、ドイツとソ連の両国に侵攻されたポーランド。
ソ連の捕虜となった約15000人のポーランド軍将校が行方不明となり、後にカティンで幾層にも埋められていた数千体の遺体が発見された。
ドイツはソ連の、ソ連はナチス・ドイツの仕業として互いに否定した。
そして旧ソ連の下、共産国家となったポーランドではカティンの虐殺について語ることも禁止・弾圧されることになる。
やがて90年代のグラスノスチ、共産圏崩壊の中で、ソ連、そしてロシア政府は虐殺の実行を認めることとなる。

 NHKの報道では「カティンの森事件」は今まで日本では知られていなかったような報道を行ったが、少し第二次世界大戦戦史に詳しい者ならば、その名前は聞き覚えがあろう。かくいう私も90年代、新聞の海外欄のベタ記事でソ連・ポーランド両政府間の「カティンの森」に関する交渉を読んだ記憶がある。
 しかしワイダ監督の肉親が実際に「カティンの森」で犠牲になっていたとは、映画製作の報道に触れるまで知らなかった。
 だからこそ、ワイダ監督の新作「カティンの森」は絶対に私にとっては見逃せない映画だったのだ。
 
 人々の人生のように、この映画では誰もが主人公であり、脇役ではない。そして皆、救いがたい悲劇に見舞われる。
 映画には幾人もの「カティンの森」に巻き込まれた当事者、虐殺される運命を辿る軍人達、生き残った軍人達、そして残された家族のそれぞれの姿を描いている。悲劇の人々を突き放すかのように、死んでいく者を除いて、残された家族たちの人生は最後まで描かれることはない。
 それぞれのエピソードを紹介・感想を述べるのは煩瑣でしかない。

 映画の終わり、ソ連(正確には内務人民委員部(後のKGB))の手によってポーランド軍人たちが次々と射殺され、屠られた家畜の如く手際よく運ばれ、埋められる光景が写実的に描かれ、映画は幕を閉じる。
 殺された軍人がさまよっているかのごとき死の世界を表すような、暗闇がしばらく続き、宗教歌が流れる。
 やがて映画制作者のスクロールとなって映画は終わるのだ。

 この映画を見て思う。
 監督が描きたかったのは、人間の邪悪な姿なのだろうか?戦争の悲惨さなのだろうか?
 そうではあるまい。
 「カティンの森」を映像として作り上げることそのものが、『灰とダイヤモンド』を厳しい検閲をくぐり抜けて作り上げた映画人アンジェイ・ワイダの最大の目的だったのだろう。

 映画の中で、新生ポーランド・・・その実態はソ連の共産圏の支配下におかれたポーランド、美術学校に入学希望の若者の履歴書から、父の死因についてカティンそして「ソ連の虐殺行為」の文字を消すよう冷たく指示する女性校長が語る。
 「自由などありえない」と。

 そして21世紀の現在、映画として「カティンの森」が描かれたのだ。

 この映画は戦争の悲惨さを訴えているという軽々しい評価を与えている人々に尋ねたい。
 ポーランド人が、ナチスドイツ下のワルシャワ蜂起はじめ、その独立を手に入れるために、そして共産圏の支配下から自由を得るために、自らの意志でどれだけの血を流したとお思いですか?

 アンジェイ・ワイダ監督は歳月を経ても心に残る映画を作る。
 今回の「カティンの森」も、その期待を裏切ることはなかった。


ワイダ、そして『灰とダイヤモンド』 by 月山で2時間もたない男とはつきあうな!08/06/18

なお上記は私個人の『カティンの森』の感想である。
アンジェイ・ワイダ監督自身の想いについては、映画公式サイトをご覧いただきたい。

映画『カティンの森』日本版公式サイト

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フォーシーズン パストリー

遠刈田温泉から仙台に向かう途中、以前には見たことの無かったケーキ屋さんを見つけたので早速突入~。

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フォーシーズン パストリー

中にはいると、パン屋とケーキ屋、レストランを兼ねた店舗だった。
メロンパンに力を入れているらしい。
ピンク色のメロンパン・・・イチゴ味とある。イチゴパンではないのか?
チョコ色のメロンパン・・・チョコパンではないのかっ!!!
なんとも不思議なお店である。
カレーパンは揚げていない焼きカレーパン。うーむ、こちらも捨てがたい。
山で簡単な昼食しかとってなかったので、ティラミスを食べたかったが、ここは南蔵王高原、せっかくだから乳製品を使ったもの、と思い買ってみたのが店舗おすすめとうたった『スティック フロマージュ』。
スティックタイプのチーズケーキである。
デリケートな製品らしく、買うときもいつ召し上がりますかと聞かれる。
持ち歩き2時間以上の客のために、冷凍製品も用意されてある。

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スティック フロマージュ 一本180円也

仙台方面に向かう車中でスティック フロマージュを食べると・・・
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激ウマっ!
わたしゃチャリンコでバンクーバーを走った時に立ち寄ったカフェで喰ったケーキでチーズケーキに目覚めて以来、いろんなとこでチーズケーキ食べてきたが、「おっ」と思う味でございました。
ベイクドチーズケーキと書かれているのだが、実際にはしっとりタイプで、口の中で容易に崩れていく。チーズ・乳製品の味がしっかりしておりますです。

ガイドの甘味処としていろんな菓子屋について書いてますが、別に女性登山者に媚びるつもりは私の貯金残高よりさらさら無いのだが、山の帰りにはお薦めでございます。

フォーシーズン パストリー Blog

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凍み大根

正直いえば、蔵王の宮城側というのは、あまり知らない。
山形自動車道を降り、青根温泉、遠刈田温泉、不忘山方面に向かう道路は「南蔵王高原」を通過する。
どうもバブリーな時代の名残らしく、温泉付きの別荘地などの「不動産仲介・売買」の看板が目に付く。
しかし道路沿いに見かけるのは、開拓農家の空き家、つぶれたドライブインや釣り堀などが ま ば ら に点在しているだけだ。
もちろん、そこで生活している農家や店舗を構えている方々もいらっしゃる。
その方々には大変失礼な表現になるが、この蔵王の宮城側、開拓地の光景は寒々しく、あまり好きになれないというのが正直な感想である。

その道路沿いには、「産直」の看板をよくみかける。
高原野菜を農家が自分の敷地内で販売しているのだ。
不忘山の帰路、変なものが目に付いた。
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その農家に立ち寄り、断ってから見せてもらうと、それは凍み大根だった。
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店番をしていたのは純朴そうな青年で、ちょうどカミさんが野菜が足りないと言ってたのを思いだし、大根を一本買う。100円也。
聞けば、この辺で凍み大根はこうして串刺しにして作るらしい。
山形では大根そのまんまか、半切りにして紐で吊すのが一般的である。
蔵王は脊梁山脈で、水分を含んだ雪は山形側に多く雪を降らせ、宮城側にはいわゆる空っ風が吹く。
凍み大根には、うってつけの土地だろう。
まるでソロバンか、幼児の玩具のように串刺しになった凍み大根を見て、山を越えれば身近な食材の作り方もまた異なるのだなあ、とその光景を眺めていた。

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【山スキー修行日記】 嗚呼、不忘山の大失態

宮城蔵王、白石スキー場のリフト終点から不忘山めざしスキーで登高開始。
スキー場はどんより厚い雲で覆われている。
リフトの終点から藪に入る。
南蔵王のブナ、ダケカンバを眺めながら登高。

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先日の暖気、そして突然の寒波を物語るように、ダケカンバから今にもしたたり落ちそうな滴がそのまんまの形で凍結していた。
標高が上がるとともに青空があらわれる。

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二月の蔵王でこんな青い空が望めるなんて!!
気分はもう

Ply0851タイトルそのまんまです。

登高開始から約2時間、頂上直下の稜線にたどり着く。
山形側からガスと雲が沸いてきた。
今日の目的は山スキーの足馴らし、頂上は意識せずここから下降することにする。
稜線からの斜面には先行者たちのスキーのトレースが幾重にも付いている。
少し斜面に入り、ピットを掘って雪質チェック。
15、30cmで容易に破断。
表層15cmは結晶体も大きなフワフワの新雪で予想どおりだが、深度30cmは堅雪中の弱層。
もっとも、それ以前に自分のスキーの技量を考慮して、登ってきた稜線を忠実に下り、樹林帯を戻ることにする。

スキーのシールを外し、踵を固定して、さあ滑るぞっ!!

あれ?
あれれ????

最大傾斜に向かって前傾姿勢だというのに、全くスキーが滑らない。
ヒューヒュー冷たい風が吹いている中、ザックを背負って前傾姿勢で斜面に停止している姿、もし他の登山者がいたらすんごいシュールな光景であっただろう。
それはともかく、全くスキーが滑らない。

真っ先に頭に思い浮かんだのは、遭難報道で知られる左翼ジャーナリスト本○勝一もやらかした、シールの接着剤がスキー板に残ってしまう状態だった。
板を脱いで滑走面を調べる。
接着剤ではない、板の滑走面が薄く凍結して雪が張り付いている。
こすって氷をはぎおとし、再びスキーを履くが、まず滑らない。
仕方なく、加藤文太郎なみのきついプルークボーゲンで稜線を下降。
200mほど高度を下げると少しスキーが滑るようになった。
そのまま樹林帯に入る。
するとまたスキーが滑らなくなる。
仕方なくペタペタ歩くが、板だけに雪が張り付くだけでなく、板より大きな幅の雪の塊がスキーにくっついてくる。
マッサージを受ける度、マッサージ師の方に「お客さん、凄い脚の筋肉ですねえ」と言われる私だが、水上飛行機のフロートなみに巨大な雪塊がスキー板にくっつき、脚が疲れてきた。
樹林帯を抜けた緩傾斜地で休憩。

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べちょべちょべっちょりな私のスキー板

性格Mと言われる私だが、汗水たらして登ってきた斜面をスキーで歩いて下るというのはさすがにイライラする。
スキー板にこびりついた雪をみて、いつも仕事で使っているプロパンガスバーナーでぶっとばしたくなる。
ガスバーナー → 熱 で少しひらめいた。
ちょうど青空が戻り、日差しも出てきた。
太陽の方角に滑走面をむけてスキー板を差し、ゆっくり昼食をとる。
パンとコーヒーを食べながら色々考える。

この原因は板か?雪質か?
昨冬、休日に時間がとれず蔵王のナイタースキーに行った際、激しい降雪と気温-10度の中、普段使っているゲレンデスキー板が滑らなくなり難渋したことを思い出す。あれと同じ現象だろうか?
雪質なら、どうしてシールを履いた登高時に雪がまとわりつかなかったのか?
山スキーヤーはこんな雪質でも対応できる技術があるのか?
この板を購入した時、ブログにコメントを頂戴した山岳ジャーナリストの柏さんはご自身のブログでワックスにこだわっていたが、ワックスの使用・使い分けは必須なのか?
一昨年、ゲレンデスキーに入れ込んでいた頃、ガイドの師匠から「ゲレンデと山スキーは違いますよ」というメールをもらっていた。そのときは滑走技術の違いのことかと思ったが、師匠が言いたかったのは雪質も含めた事だったのか?

 山岳ガイド嫌いなアルパインクライマーの糞爺どもに「山スキーの取り扱いも知らねえのか」と笑われそうだが、誤解なきよう書いておけば、今バックカントリーと称してブイブイ言わせている連中が赤ん坊どころか精子と卵子の状態以前のころから、高校山岳部で山スキーで歩いていた。当時は貼り付けシールではなく紐とフックで固定するシールだった(あ、わたしゃこれでも70年代生まれだい)
 その後ブランクをおきながら、ジルブレッタ300で蔵王・月山や北海道の山を歩いたが、もっぱらアプローチ用途専門で、山スキーで滑降ということを意識したことは 全 く 無かった。
 やれやれ、失われた時間は大きすぎる。

問題点を野帳にまとめながら、短い昼食が終わる。
太陽に向けて差しておいたスキー板の滑走面を見てみる。
黒い滑走面は日光の熱をよく吸収し、融けかかった雪塊は触れるとヌルっと落ちていく。
今だ。
急いでスキーを履き、滑り始める。
なんとかゲレンデで滑るように、スキー板を操ることができた。
しかし滑るうちにスキー板は冷え、再びパッタンペッタン歩く。
ようやくスキー場のリフト終点がみえる藪に到着。
そこを抜けると、圧雪車の排雪用空き地だった。
圧雪車のキャタピラの跡に踏み入れると、今までの滑りにくさが嘘のようにスルッとスキー板が走る。
あまりの変貌、まるでうちの会社の女子社員のようだ(←これオフレコね)

今までのストレスを解消するがごとく、白石スキー場のゲレンデを急傾斜は小回りで、緩傾斜は大回りで姿勢が後傾にならないよう注意しながら滑降、スキー場の駐車場に戻る。
いやいや、なんとも、スキー板の取り扱いについて深く考えさせられる半日でありました。

※2/14追記
早速スキー用ワックス購入しましただ。
チューンナップにも気を配らねば・・・ね。

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【山岳ガイドおすすめ温泉】

Pa0_0943_2 南蔵王高原と命名された一帯には、幾つか新規に掘削された温泉があるが、とりあえず無難であろうと考えて古くからある遠刈田温泉をめざした。
遠刈田温泉の公共浴場、神の湯。入湯料300円。無料駐車場有。
石けん・シャンプーの類は備わってませんのでご持参ください。

遠刈田温泉 神の湯 ウェブサイト

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ニンジン

ロシアの某クライミングサイト眺めてたら、「なつかしのギア」っぽい感じで掲載されてました。
ロシア語で「ニンジン」と呼ばれるクライミングギアだそうです。

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 氷壁でのプロテクションらしいのですが、場合によっては岩のクラックに打ち込むとあるので、イボイノシシのロシア版といったところでしょうか。ハンドメイドっぽいですが、ロシアのURALALPSというメーカー?で製作されたもののようです。

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クラウディオ・コルティ(Claudio Corti)逝く

 コルティという名前を覚えていたのは、その惨劇を記録した邦訳書名が『地獄への登攀』という強烈なものだったから、と思います。
 イタリアのクライマー、クラウディオ・コルティ(Claudio Corti)氏、2月4日に逝去。81歳でした。

Lutto nei Ragni: scomparso Claudio Corti by montagna.tv2/4

Claudiocorti_2 ←晩年のコルティ氏。
 1957年、イタリア隊(クラウディオ・コルティとステファノ・ロンギ)とドイツ隊(ギュンター・ノートドゥルフトとフランツ・マイヤー)がアイガー北壁にとりつき、イタリア隊は北壁上部で身動きがとれなくなります。
 山頂から約300mのロープを下ろすという、当時のアイガーでは画期的な手法で救助隊が到達しましたが、既にステファノ・ロンギは疲労凍死、ドイツ隊の2名は全く行方がわからなくなり、助かったのはコルティ氏のみという悲劇となります。
 この事故を巡り、生き残ったコルティ氏は行方不明になったドイツ隊の責任まで問われ、様々な批判中傷を受けることとなります。ちなみにコルティ氏批判の先鋒に立ったのは、あのハインリヒ・ハラー。

1957_2生還後、悲痛な表情でステファノ・ロンギの遺影を抱くコルティ氏。

Zeitungsbericht 救出直後のコルティ氏(当時の報道紙から)

この事故と救出、コルティ氏のその後の顛末については、ウェブサイトSwissinfoがよくまとまった記事を公開しています。

アイガー悲劇の記憶 by swissinfo.ch 07/9/22

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コルティ氏の救出に関する邦訳書といえば、このジャック・オルセン著『地獄への登攀』でしょうかね。だいぶ昔高校生の頃読んだので中身は忘れてました。

 数々の悲劇を生んだアイガー北壁ですが、その苦しみは、生き残った者の人生にまでも大きな影がまとわりつくことになりました。
 コルティ氏の安らかなご冥福をお祈り致します。

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登る金正日

先日のゲーリングに引き続き、悪名高い著名人の登山の様子がまた明らかに!

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朝鮮電視台公布金正日年経時登山照片 by 新民網2/1

中国メディアも取り上げた上記画像は、朝鮮中央放送が放映した記録映画『人民の登山道を辿って』の一こま。

・・・うちわ片手にした金正日の登山姿は、夕涼みしているオッサンそのものですな。

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月山のパウダーなんて大嫌い

リストラ寸前で社内失業中のワタクシめに
『おい、○○の現場手伝って』
とお声がかかる。

月山山中の、某大規模自然災害の工事現場のお手伝い。
天候は、折しも今季一番の寒気襲来。
職場の古参社員からは
「この天気に呼ばれるとは、いじめだよな(笑)」
とまで言われ、当該現場担当の若手エース社員からは
「大滝さんも(猛吹雪で)スゴい時に呼ばれましたね」
とまで言われる。

本日朝、猛吹雪の中、月山某所の現場到着。

パフパフの粉雪を、腰までのラッセル(笑)で現場に到着。

日中の気温-10度。
吹雪は降り止まず。
工事用水はみるみる凍り、プロパンガスボンベに直結した火炎放射器のようなバーナーで常に機材を炙っての作業となる。

『何がパウダーだくそったれ!粉雪なんかこうしてやる!』
と心の中で雄叫びながら(暗い)、バックカントリー愛好者なら狂喜乱舞しそうな雪をバーナーの炎でぶっとばす。

月山の名を冠したブログを書いている私、月山で働いて給料もらえるんですから勤労にいそしみますよ。
私の中ではガイドも仕事のうちなんですが、この大雪の中、本業でも雪と格闘です。

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やっぱ安全第一ですよね。

そうですよ。
やっぱ安全第一ですよ。

Arva

雪崩ビーコンで知られるARVAブランドの『 コ ン ド ー ム 』でございます。

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IPCCのイカサマ記事のとばっちりを喰らう登山者たち

国連のIPCCが発表した、地球温暖化によるヒマラヤの氷河後退に関する主張が、実はいいかげんな根拠に基づいた説だっちゅーのがメディアを騒がせてましたが、どうもこのIPCCの根拠にクライミング誌が関わっていたという報道です。

Climbing magazine cited by climate panel by Nationalpost.com2/1

同じ話題を検索していたら、AFP通信が日本語訳を流していましたね。

IPCCの山岳氷河後退論、登山愛好家雑誌と学生論文が根拠か 英紙 by AFP通信2/1

いずれも元ネタはイギリスのサンデー・テレグラフ紙の報道です。
ちなみに、この「登山愛好家雑誌」(Nationalpost.comではClimbing magazineと報道 )における気候変動関連記事の執筆者、Mark Bowen氏はNationalpost.comの記事中で
『他の人々がめったに訪れない場所で環境の変化に気づいた登山家たちの証言を無視する理由はない』
と主張しています。

もっとも、IPCCのメンバーでダブリン社会経済研究所のRichard Tol教授は

"There is no way current climbers and mountain guides can give anecdotal evidence back to the 1900s, so what they claim is complete nonsense,"

と、登山家達の証言を先に問題となった論文の根拠として用いるには懐疑的な姿勢を示してます。

私自身は地球温暖化についてはあまりにも人為的・作為的な匂いがして声高に「温暖化」を叫ぶ「知識人」とか「アウトドア関係者」って胡散臭く感じるのが正直な感想です。
おお、そういえばアメリカやらヨーロッパでは原発推進の声が高まってきましたね。
やたらとCO2排出を気にするアウトドア愛好家の皆さん、よかったですね(棒読み)

たしかに身近な人からも面識のない方からも、世界各地の氷河後退の話題はときおり耳にするのですが、それを論理立てた学術論文またはそれに準ずる主張行為に用いるのは、「科学者」の態度としていかがなもんでしょうかね?

今回のIPCCのトンチキなミスでもっとも重大なことは、地球温暖化に疑いの目を向けるということよりも、真剣にヒマラヤの環境問題を憂う人々の活動にとって大きな妨げになったことでしょう。

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