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真実の行方 映画『NANGA PARBAT』公開の波紋

このネタは一月から書こうと思いつつ延び延びになっていたものです。
現在滞在の宿の無線LANが我が家の夫婦生活より途切れ途切れなもので、引用先記事のリンクは最低限にしてあります。ご了解ください。

さて、表題の映画『NANGA PARBAT』公開については当ブログでも取り上げました。
他の山好きな方も、「見てみたい」という趣旨でこの映画の事をブログで取り上げているようです。
私の場合、この映画製作の報に接した時から、一つの不安に似た感情がわき上がりました。
それは、
「この映画はメスナー氏、ヘルリヒコッファー氏、どちらの視点で描かれるのか?」
というものです。

この映画ポスターをご覧頂きたい。

58004_2

タイトル『NANGA PARBAT』のロゴの右に立つ人物、この人こそナンガパルバート上に立つメスナー氏である。この写真は山と渓谷社刊『ナンガ・パルバート単独行』の表紙にも用いられ、ご記憶の方も多いはずだ。
この写真が映画のポスターに用いられること、すなわちこの映画がメスナー氏の視点から描かれたものであることを意味する。

 一月のドイツ国内における映画公開に伴い、ドイツメディアは様々な論評を掲載した。
 幾つか目立ったのは、登山隊の隊長であったヘルリヒコッファー氏の遺族が故人を侮辱しているとして強い抗議の意志を示したことに関する報道だった。
 またドイツメディアを検索していて特に目を引いたのは、シュピーゲル紙が掲載した記事のタイトル『Das ist nicht die Wahrheit』 (真実ではない)とさえ報じられている。その内容はすなわち映画の内容があまりにメスナー氏サイドに偏ったものだというものだ。

 この点について、当ブログに貴重なコメントをお寄せ下さっているpfaelzerwein様がご自身のブログの中で大変興味深い論評を掲載している。

環境、ただそこにエゴがあるだけ ブログ『Wein, Weib und Gesang』様

氏はブログでこう語る。
『私達は、四十年も前に「死の領域」で起こった事実を追体験などする必要などないのである。私達は、その事件に、こうした冒険に、そうした営みに、なにかを見出すことが出来ればそれで事足りる。ドラマには真実が存在してこそ初めて、スクリーンを抜け出して、劇場の空間を突き破って初めて社会に環境に様々に作用する。』

 この映画がメスナー側か、ヘルリヒコッファー側か、という描き方の視点に囚われていた私の凝り固まった考えを解きほぐすとともに、このような解釈もあるのだ、と考えさせられる。
 このように、他の聡明な思考に触れられる度に、ブログをやっていて良かったと思う時である。

 ちなみにこのpfaelzerwein様のブログを引用するこの記事を書くため、一月に改めてヘルリヒコッファー氏の著書『ナンガパルバート回想』、メスナー氏の『ナンガ・パルバート単独行』『大岩壁』を読み返してみた。
 
 ヘルリヒコッファー氏の著書では、メスナー氏がその著書の中でヘルリヒコッファー氏がルパール壁に見いだしたルートを勝手に「メスナールート」と表記していることにご立腹、またメスナー氏がボロボロになってディアミール側から生還した際、助けてくれたお礼にと約束した報酬を受け取りにきた地元住民にメスナーは冷たく当たった、と赤裸々に描いている。
 そしてメスナー氏は著書の中で、ルパール壁からディアミール側への横断への野心を隠すこともなく綴っている。

 いずれにせよ、ルパール壁という世界最大の岩壁(たしかギネスとかいうくだらない団体にも認定されていると記憶している)を登るという冒険において、ギュンター・メスナーは死に、ラインホルト・メスナーとヘルリヒコッファーは裁判沙汰となり、多くの人が巻き込まれた。
 そのスキャンダルは現在進行形ともいえる中、映画は作られた。

 「単独登頂」を宣伝文句にしながら、無線機でベースに判断を伺い登る青年が「感動」とやらを振りまく今の日本の登山界では死語となった『アルピニズム』がこの映画にはあるらしい。
 見てみたい。
 それが一方的な視点からの制作にせよ、この映画には日本の山岳映画には無い素晴らしさがある予感がする。

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コメント

エベレスト無酸素登頂の後、ナンガパルバット無酸素単独登頂が、彼のヒマラヤ登山のピークだったのではないでしょうか。メスナーは野心家。登山内容より、記録重視でしょう。晩年は商業主義に走った気がします。ボナッテイは私の理想の登山家。そのボナッテイが山を去る時に、若きメスナーにアルピニズムの継承を期待したのですが。。メスナーは登山家としては野心が大きすぎ。それゆえに目立ったことも。

投稿: 小島 | 2010.03.03 22:29

re:小島様
 コメントありがとうございます。
 
<<メスナーは野心家。登山内容より、記録重視でしょう。
後続のククチカの登山内容がさらに過激だっただけに、また14座終盤にさしかかった頃のメスナー自身の発言からも、「記録重視」という見方からは免れないでしょうね。

<<メスナーは登山家としては野心が大きすぎ。それゆえに目立ったことも。
 そうですね。
 「岩と雪」「クライミングジャーナル」廃刊後、日本で知られていないだけでメスナーを凌ぐ内容のクライミングは幾つでもあるのですが、ここまで英雄視されるのも、日本では横川文雄氏の一連の名訳があってこその存在と私は考えています。

 ただし、それだけの「野心」が無ければ、時代の先端を行くというより常識を覆すような登山はできなかったのでは、と思います。

 小島様のようにボナッティを慕う方は大変多いようです。実は当ブログも「ボナッティ」の名前で検索して来られる方が結構いらっしゃいます。
 またご意見ございましたらお気軽にお寄せ下さい。

投稿: 聖母峰 | 2010.03.05 00:20

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