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山スキー修行日記 南会津

南会津の某峰へ。
山スキーで登り、滑降し、温泉へ入り完結。

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ダケカンバに残った葉には、虫こぶと思われる物がぴっしり。
よくよく木を観察すると、落葉せずに残った葉は全てこの虫こぶらしきものが付着している。
(文一総合出版の「虫こぶハンドブック」で調べても名称不明)
この虫こぶらしきもの、落葉させない何かを分泌しているのだろうか。

Pa0_0961
奥深い山の中のブナに、終戦直後の鉈目。隣の木の鉈目は大正年間のものでした。
その時代、この山麓の人々の暮らしはどんなだっただろうか。
ヤマケイあたりに寄稿している三流「山岳ライター」風なことは言いたくないが、当時から現在まで、人々が失ったもの、得たものは何なのだろう。
昨日訪れた会津若松市立図書館で読んだ「会津学」に掲載されていた、地元のマタギ衆の聞き取り調査報告を思い浮かべる。

Pa0_0960
樹林の間を滑降。
少しおべんきょうして、スキー板はしっかりワクシングして今回の山行に臨む。
またいろいろと自分の課題を突きつけられる。
もっとゲレンデでの滑り込みが必要ですな。

Pa0_0958
帰路、南会津の名物らしい「栃餅」を食す。
うぐいす豆で作った黄粉の緑色が鮮やかでございます。
餅三個で結構なボリューム、餅一皿で結構な値段(笑) 一皿600円也。
そば処 大川 にて。

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コメント

確かに、ちょっと高いですね。(笑)
 ただ、栃の実のアク抜きやサラシ、粉引きのたいそうな手間を考えると、食料の乏しかった頃の苦労が偲ばれます。
 雑穀やドングリ類は腹持ちがしないのですが、年貢にとられない、大事な食料だったのでしょう。ケガツ(飢饉)の年はワラをも食べたとか。米沢の資料館あたりに当時の記録があったかと記憶してます。米沢でも黄な粉は緑でした。

投稿: かもめ | 2010.02.20 22:13

re:かもめ様

<<確かに、ちょっと高いですね。(笑)
ガラッと戸を開けて店内に入ったら、川魚の定食物が中心で値段も「1000円」の数字がズラッ~と並んでいて思わず財布の中確認しました(笑)

<<米沢の資料館あたりに当時の記録があったかと記憶してます。
 米沢の短大の先生が糧物(かてもの)と呼ばれる飢饉時の食糧について充実した研究・出版物を出してまして、こちら山形では結構マスコミに取り上げられておりました。
 栃餅ってあちこちでお土産で売られているのですが、ご指摘のようにアク抜きをはじめとした調理の手間を考えると、店先に並んでいる栃餅ってだいぶ餅米のおかげで美味しいような気がします。いつか機会があれば昔の人が食べたような栃餅を食べてみたい・・・と考えています。

投稿: 聖母峰 | 2010.02.21 17:33

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