【映画】『カティンの森』
注:下記記事にはネタバレが含まれます
アンジェイ・ワイダ監督の新作が完成する。
一昨年、NHKの報道で『カティンの森』を知ったとき、必ず見に行こうと思っていた。
仙台での公開初日、不忘山から自宅に戻らず、まっすぐ仙台の映画館へ。
放送大学大学院の学生証を提示し、しっかり学生割引料金でチケット購入。
ふーん、休日は会社員じゃないもーん。
カミさんには下山報告と、映画の終わりが遅いので先に皆寝ているよう電話。
あ?
夕餉の家庭団欒だぁ?
わたしゃ家庭よりも山とワイダの映画が優先ですが、何か?
カティンの森事件。
1939年、ドイツとソ連の両国に侵攻されたポーランド。
ソ連の捕虜となった約15000人のポーランド軍将校が行方不明となり、後にカティンで幾層にも埋められていた数千体の遺体が発見された。
ドイツはソ連の、ソ連はナチス・ドイツの仕業として互いに否定した。
そして旧ソ連の下、共産国家となったポーランドではカティンの虐殺について語ることも禁止・弾圧されることになる。
やがて90年代のグラスノスチ、共産圏崩壊の中で、ソ連、そしてロシア政府は虐殺の実行を認めることとなる。
NHKの報道では「カティンの森事件」は今まで日本では知られていなかったような報道を行ったが、少し第二次世界大戦戦史に詳しい者ならば、その名前は聞き覚えがあろう。かくいう私も90年代、新聞の海外欄のベタ記事でソ連・ポーランド両政府間の「カティンの森」に関する交渉を読んだ記憶がある。
しかしワイダ監督の肉親が実際に「カティンの森」で犠牲になっていたとは、映画製作の報道に触れるまで知らなかった。
だからこそ、ワイダ監督の新作「カティンの森」は絶対に私にとっては見逃せない映画だったのだ。
人々の人生のように、この映画では誰もが主人公であり、脇役ではない。そして皆、救いがたい悲劇に見舞われる。
映画には幾人もの「カティンの森」に巻き込まれた当事者、虐殺される運命を辿る軍人達、生き残った軍人達、そして残された家族のそれぞれの姿を描いている。悲劇の人々を突き放すかのように、死んでいく者を除いて、残された家族たちの人生は最後まで描かれることはない。
それぞれのエピソードを紹介・感想を述べるのは煩瑣でしかない。
映画の終わり、ソ連(正確には内務人民委員部(後のKGB))の手によってポーランド軍人たちが次々と射殺され、屠られた家畜の如く手際よく運ばれ、埋められる光景が写実的に描かれ、映画は幕を閉じる。
殺された軍人がさまよっているかのごとき死の世界を表すような、暗闇がしばらく続き、宗教歌が流れる。
やがて映画制作者のスクロールとなって映画は終わるのだ。
この映画を見て思う。
監督が描きたかったのは、人間の邪悪な姿なのだろうか?戦争の悲惨さなのだろうか?
そうではあるまい。
「カティンの森」を映像として作り上げることそのものが、『灰とダイヤモンド』を厳しい検閲をくぐり抜けて作り上げた映画人アンジェイ・ワイダの最大の目的だったのだろう。
映画の中で、新生ポーランド・・・その実態はソ連の共産圏の支配下におかれたポーランド、美術学校に入学希望の若者の履歴書から、父の死因についてカティンそして「ソ連の虐殺行為」の文字を消すよう冷たく指示する女性校長が語る。
「自由などありえない」と。
そして21世紀の現在、映画として「カティンの森」が描かれたのだ。
この映画は戦争の悲惨さを訴えているという軽々しい評価を与えている人々に尋ねたい。
ポーランド人が、ナチスドイツ下のワルシャワ蜂起はじめ、その独立を手に入れるために、そして共産圏の支配下から自由を得るために、自らの意志でどれだけの血を流したとお思いですか?
アンジェイ・ワイダ監督は歳月を経ても心に残る映画を作る。
今回の「カティンの森」も、その期待を裏切ることはなかった。
ワイダ、そして『灰とダイヤモンド』 by 月山で2時間もたない男とはつきあうな!08/06/18
なお上記は私個人の『カティンの森』の感想である。
アンジェイ・ワイダ監督自身の想いについては、映画公式サイトをご覧いただきたい。
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