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厚着の地蔵

北蔵王の峠道を歩く。
室町時代以前から、奥羽山脈を越える街道として利用されてきた、古い峠だ。
参勤交代の行列も通った道であるが、今は枯葉の積もった細い道だ。
少し車の音が耳障り。近くに高速自動車道が通る。
物流の要としての役割は、遙か昔から現代に至るまで、変わらない。

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この季節にしか見られない、明るい新緑の色。
足下にはイワウチワとショウジョウバカマの混在した大群生。

やがて春まだ浅い稜線、峠の頂きに近づく。
標高900mそこそこの峠は、昔から強風で知られる。
江戸時代、ここで冬の峠越えの人夫6名が遭難、死亡した。
亡くなった人夫たちを弔うため6体の地蔵が建立されたが、放置され埋もれた状態になったが昭和50年代、地元の篤志家により発掘・復元された。それが「六地蔵」である。

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 地蔵様の足下には、いつまでも枯れない造花が捧げられ、地元集落の人がお供えした跡だろう、紙皿が朽ち果てている。
 地蔵様は厚いボアの毛布で作られたフード付きコートを身にまとっていた。
 私はといえば、峠の登りで汗ばんでいる。
 5月のぽかぽか陽気の中、地蔵様は冬の強風を防ぐ分厚いコート姿のままだ。
 強い日差しの下、厚着でも地蔵様は、何も言わずに立っている。


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コメント

>北蔵王の峠道を歩く。
笹谷峠のことですね。
小学校の遠足で笹谷峠に行ったのを思い出しました。
関沢までバスで行き、関沢からは一部石畳の旧街道を歩き峠へ、峠の広場(当時は駐車場なし)でお昼ご飯、しばらく遊んだ後に同じ道を下って関沢へ、関沢からバスに乗って学校へ帰りました。
遠足の前に社会の授業で峠の歴史などを学んだ気がしますが、何せ遠足のことで頭がいっぱい授業の内容はほとんど記憶にありません。
笹谷峠と言えば、かなり前の事ですが仕事で仙台に行った帰り関沢の料金所近くで山工山岳部の生徒たちが車を拾ってたので乗せて緑町まで送ったことを思い出します。
彼らの服から匂った(強めの)草の香りが印象に残っています。

笹谷峠は好きな場所です、実家に帰った時など天気が良ければ笹谷峠(旧街道)を歩いたり、西蔵王側から瀧山に登ったりして気分転換しています。(登りは問題ないが、最近かなり肥ったため下りがきつい:膝に負担がかかります)

とりとめの無い文章で申し訳ありません。

それから、仙台の朝市ですが仙台駅西口のぺディストリアンデッキの南側下り口より宝くじ売り場(今もあるのかな?)横の道(南町通の南側の道)を西へ、つきあたりで右前方を見れば仙台朝市が見えます。よく見かける観光朝市ではありませんのでお土産になるものはありません。近くに住む仙台市民の冷蔵庫代わり?です。殆どの店が値切りOKです、かなり安くなるか増量に応じてくれます。朝市に駐車場が無いのと、午後は殆どの店が閉まっている(朝市なので当然かな)、日曜は開いている店が少ない等にご注意ください。(あまり朝早くても開いていなかったような気がします)
下手な説明ですが大体の位置がわかりましたでしょうか。

投稿: 御隠居 | 2010.06.16 06:20

re:御隠居 様
 仙台朝市のご紹介ありがとうございます。
 持ってきた仙台市の地図帳片手に拝読しました。ネットで調べると朝市独自のサイトもあるんですね。今現在、日中は仕事で拘束されているのでちょっと行けそうにないのですが、次に仙台を訪れる機会の楽しみが増えました。

<<峠の広場(当時は駐車場なし)でお昼ご飯、
 ええ!駐車場が無かった頃の笹谷峠ですか。
 一度見てみたかったですね。

 ご指摘のとおり、私が訪れたのは笹谷峠なのですが、私も山形では好きな場所の一つです。石畳の道、笹に囲まれた道、美味しい水場、標高900mそこそこにもかかわらず現れる森林限界と、日本の山の良さが凝縮していると思っています。

 私も高校山岳部出身なのですが、バス代を節約するためによくヒッチハイクで笹谷と学校の間を行き来していました。当時の恩返しのつもりで、ごくたまにバス停待ちの山岳部の高校生を見かけたときは車に乗せたりしています。
 笹谷は季節を変えて訪れますが、いい場所ですね。

投稿: 聖母峰 | 2010.06.16 23:25

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