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6月27日、漢(おとこ)の命日。

いつもチェックしているドイツの登山サイトに、偉大な登山家の画像が!!

H ヘルマン・ブール。
山野井泰史氏は少年時代に下敷きに某クライマーの写真を入れていたというエピソードが語られていますが、かくいう私、山の世界を知り始めた中学時代、カンペンケースにこの←精悍なブールの写真を貼っておりました。いや、ナンガパルバートの単独登頂のエピソードは、山を知り始めた中学生の私にとっても衝撃な話題でしたね。かたや世界に知られる山野井氏と違い、わたしゃ単なるハイカーに過ぎませんが。

6月27日、ヘルマン・ブールがパキスタンのチョゴリザで雪庇を踏み抜き、行方不明となった日であります。

Heute vor 53 Jahren: Bergsteigerlegende Hermann Buhl stirbt in Pakistan by Bergleben.de 2010.6.27

ドイツの登山サイト Bergleben.de の記事も、6月27日をブールの命日とした記事でした。
特に目新しい新事実発見という記事ではなく、簡潔かつよくまとまった内容でブールの人生をふりかえっています。

H3なんといっても、記事の中心はナンガパルバートの単独登頂ですね。左の画像は高所衰退の事例としても紹介されているのでよく知られていますが、ナンガ峰登頂直後のブールの近影写真。29歳とは思えぬ程、老人のようにやつれて見えます。記事では人工的な手段を用いない無酸素登頂とする一方で、覚醒剤(ペルベティン)の使用も明記されています。覚醒剤の使用があったとはいえ、やはり当時の水準からみればナンガパルバートの単独登頂、そして過酷な下山は超人的だったのではないかと思います。
 ナンガパルバートは「ドイツ人の山」と形容されますが、ブールが参加したのはヘルリヒコッファー率いる「ヴィリー・メルクル記念登山隊」。後のメスナー兄弟(南チロル)も含め、数々のドイツ圏の著名なクライマーがヘルリヒコッファーというオーガナイザーによってナンガパルバート峰と関わってきたわけです。「ヘルリヒコッファーの山」と形容するのもまた、より的確な表現の一つではないでしょうか。

H31 1957年6月9日、ブロードピーク初登頂後のブール。この撮影から18日後の1957年6月27日、チョゴリザ登山中に行方不明となる。享年32歳。その遺体は、未だチョゴリザ峰のどこかに眠ったままです。

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